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となりのサイコパス

 昔から疑問に思ってここまできてしまって、いまだ、納得できる答えを得ていない疑問はいくつかあります。
 そのうちのひとつ。
 ——「有名人」は、その基本的人権は蹂躙されて当然——、というのはなぜか?

 不倫がどうたらというのもいいかげん「のぞき見」趣味すぎてうんざりですが、ご家族がご病気で、ただでさえ心身ともに大変な人をつかまえて、さらにあれこれストレスをかけまくり、それに対する反省もなにもない——という事態にいささか頭にきております。

 移動中の新幹線車内で眠っていたところをいきなり赤の他人に叩き起こされた「有名人」もいらっしゃいましたし、——それは無礼失礼というのではなくもはや「犯罪」だと指摘すると、指摘されたほうは、そりゃもうすんごい居直りを見せるわけですね。

 いわく、知る権利だ、有名人「だから」当たり前だ(意味不明)、「ファン」に対してはそれくらい当然だ(意味不明)、とつづき、挙げ句の果てには、有名人は一種の「公人」なのでプライバシーなどない……と。

 総理大臣という公職の人であってもプライバシーくらいはある。まして公の職にあるわけでもなく、いってみれば「自営業」で(民間ですよ当然)、でもちょっとふつうよりは名の知られたというだけの人を、いきなり公人扱いするだけでもマトモとは思えません。
 それはそれとしても、公人にはプライバシーがないというのはどういう了見なのか。


 映画の宣伝などで日本に来た俳優さんや、人気のあるスポーツ選手が、「日本のファンは友好的」「女の子は可愛い」などというのをリップサービスだと思っておりましたが(もちろんそういうことも多いでしょうが)、そういう方々のお国での、「ファン」というものがいかに「すさまじい」かを見たときに、へんなふうに納得しました。

 捕って食いやせぬ、という言い方が日本語にはありますが、いや捕って食うだろこの人たち。というくらいの勢いで、びっくりしました。
 その俳優さんなどに掴みかかり押し倒さんばかりの勢いを感じて、うわ怖い、と思わず怯えましたよ。
 なるほどあれじゃあ日本人がおとなしく見えるだろうなーと納得。
 友好的、可愛い、というのも、アレと比べたらそうも見えるだろうさ、と。

 しかし。
 ああやって危害を加えてくるような連中を「ファン」と呼ぶべきなのか? というのが、そのとき胸の底に芽生えた疑問でした。

  ONE OK ROCK さんが南米某国にいらしたときも、これは思ったこと。
 インスタグラムに投稿された動画を見たときはもうね——あのときは特になにも言いませんでしたが、頭にきたなんてもんじゃなかったですよ。
 ライブ後に出待ちしているファンというのは珍しいものではないでしょうが、メンバーの乗った車を完全に「襲って」ましたもんね。車を取り囲む、進路妨害する。車によじ登る、窓と言わずドアと言わず叩きまくる。
 暴徒でしょうよ完全に。
 じつのところ、あれにはかなり頭にきてまして、いまだに怒ったままです。じっとり、根に持ってます。

 ……とはいえ、私が見たものはごく一部以下のことなんだろうなあ、と思うと………なんとも;;

 ああいうのを本当にファンと呼ぶ「べき」なのか? という疑問は消えません。

 ファンというからには、「好き」なはずですよね。
 好きな人やものを、ひとは大切に扱うものではないんでしょうか?
 暴徒と化して人を襲うあの凶暴性は——「好き」と関係があるんでしょうか? 本当に?


 ストーカーを思い出します。
 彼らのいいぐさを聞いていると、「この私に好かれていることに感謝して」無条件になにもかもを許し受け入れ認めるべきだ、という考えにいきつきます。

 誰かに好かれる、ということは、そんなにありがたい、素晴らしいことなんでしょうか?
 たとえ殺されても感謝しなきゃいけないほどに?

 有名人のプライバシーを「認めない」冷酷さ、自分が好きである以上はその好きは必ず満たされるべきで、満たされて当然だという傲慢さ。

 これらはいずれも、「好き」だからではなく。
 自分のエゴを押し通すために、もっともらしい理由をくっつけているだけじゃないのか。

 好き、という感情は、なにを示すものなのか。
 他人を傷つけることに無神経になるくらいなら、なにをも好きになどなるな、と思います。

 好きでさえあればなんでも許される、誰も彼も自分の好意や興味に応えて当然だ、という考えには、私は、鼻毛の先端ほどにも同意しない。——なにさまのつもりだ?
 
「有名人」に基本的人権なんかないとする考え方と、「私が『好き』ゆえに行うことなら殺人も許されて当然」との考え方は、どちらも同じ「質」のものだと思います。
 冷酷無比の人権蹂躙を、恥じるどころか開き直って正当化するという点で。

 そうもあっさり他人の人権を無視できる、そのメンタリティはどこからくるんだ——という疑問と、そういう行為と人々への嫌悪感を思い出すことが、最近、重なりまして。 
 こんな話に付き合ってられっか、と、席を蹴ってきたついでに、昔からのこんな疑問について書いてみました。

 ………書いてみたら、…これ、ただの愚痴と悪口ですよねえ;; これはこれで、ちょっとお恥ずかしい。(^^;)

 ただ、公人なり有名人の基本的人権を認めないという考えと態度に対する、私の反対、怒り、抗議それ自体は、ひっこめる気はございません。

 自分が同じことをされれば発狂レベルで怒るようなことを、なぜ、良心の一片の痛みもなくそうも冷酷になれるのか。
 あらためてテレビ新聞雑誌をシャットアウトしながら、考えたのはそんなこと。
  
 
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