Entries

謝らせないと死ぬ病

 世事にうといタイプなので、ツイッターの「トレンド」に上がっている言葉から知ることも多いのですが、今日も今日とて、またどなたかの不倫がどうたらという話題があった模様。

 そりゃいいか悪いかでいえば不倫がいいことの訳はありません。ありませんがしかし、あの「謝罪」てのは、なんなんですかねまったく。
 世間をおさわがせして…という常套句を聞くたびに「いや世間が勝手に騒いだだけだから」と思ってしまいます。

 不倫がどーたらというのは、当事者間の問題でしかない。謝るなら当事者だけでやってりゃいいことで、私ども赤の他人が、なんでそんなことを謝ってもらう必要があるんでしょう。わかりません。
 公職にある人が「公金」を私的なことに使ったということなら、「公共物を盗んだ」ことになるので、そりゃまあ、世の中の大勢の人に関わることですが。

 ひとさまのプライバシーに、頼まれてもいないのに首を突っ込んで、なにひとつ責任なんか取れないくせにエラッソウにものをいうほうが、よほど無礼だし、謝るべきなのはこちらなんじゃないの?
 と、いつも思っております。

 ここんとこ、どこへいっても、行方不明だった子供さんが無事に見つかったお話ばかりで、ただ「よかったね」ですめばいいのですが、そこから始まってひとさまん家の内情から、会ったこともないひとを勝手に妄想で「こういうひとに違いない」と決めつけ、意味不明の悪口をいう、というのが多いので。
 うんざりしてます正直。(^^;)

 なんにしても不思議なのはなぜ、「謝罪を求める」んだろうか、ということ。
 不倫であれ子育ての問題であれ、それはあくまでも、自分とは無関係の他人のプライバシーに関わること。
 他人がよけいなお節介をすることはあるかもしれないけれども、なんにせよ、「謝罪」されるような立場にはありません。

 謝罪というのは、ある程度の「関係」があるもの同士の間で、なにかトラブルがあった際、「このトラブルは解決し、またあらためて関係を取り結んで行く」ためのもの。——違いますかね。

 私はもう2度と関わりたくないので、謝りたいといったひとを拒絶したことがあります。
 謝ってもらったらまた、なにがしかのことが今後ありえる。冗談じゃない。謝ってもらったらこっちが困る。

 謝罪を求めるというのはなかなかたいへんなことで、「このトラブルを乗り越えよう」「そのうえで、また、関係をもっていこう」という意思表示なんですよね。

 でも。
 もともとなーんの関係もない「赤の他人」が、あらためて結ぶ関係なんかないのに…………どうしろっての?

 もっとも、謝罪しろと他人に強要して、無抵抗の人間を殴る蹴るして「楽しむ」下劣な人たちがいることも、近辺の地域をみて、なるほどねえと思っておりますが。
 たぶん、あらためて取り結ぶべき関係もないのに、円満にやろうなんて気もないくせに、ただ自分の「楽しみ」のために謝罪しろというのが、ああいう——マスコミやら世間様やらが求めるものなんですね。

 そう思うとなおさら気持ちが悪い。

 赤の他人のことで血圧をあげて激怒しまくり、馬鹿の一つ覚えで謝罪謝罪というのは、まったく、正気の沙汰ではありません。
 キチガイなのは自分のほうじゃないの——と思うにつけ、なんなのこの「病気」? という疑問と嫌悪が深まります。

 と思っていたら、えらいもんですね、ちゃんと分析して命名した方がいらっしゃる。
「謝らせないと死ぬ病」だそうです。

 中2病という言葉は、もとの「創造主」である伊集院光さんの手を離れ、勝手に独り歩きして、みんながてんでに使ったために意味が崩壊、とうとう伊集院さんも放棄してしまったという経緯があありますが。

 幸い「謝らせないと死ぬ病」の定義付けはされているようです。
 謝らせないと死ぬ病という造語の「制作者」御本人によるエッセイ。

ネットにはびこる「謝らせないと死ぬ病」の治し方とは?
連載「ネットは1日25時間」。本当にその人はあなたに謝る必要がありますか?

2016年01月03日 10時00分 更新 ねとらぼ

 これは以前にもご紹介しましたっけ。(^^;)

 ともあれこの病はなかなか深刻のようだな、と、今日もツイッターのトレンドをみても思いました。

 この病の深刻さと有毒性はたぶんたびたび、どこかで誰かが必ず指摘しているはずですが、いっこうあらたまるようすもない、それどころか、こういう言葉への反応さえないってあたりに、それこそ、「病は重い」と感じます。

 自分が病気であるという認識、自覚を持つことを「病識」と申します。
 自分が異常だと気がつけばもうその精神病は治ったようなもの、とおっしゃるお医者様がいらっしゃるくらい、じっさい、自分の異常性に気がつく——「病識」を持つ——のは、難しいことなのかもしれません。

 それでも少しずつでも、それは異常だと指摘し続けることは、無意味なことではないと信じたいところ。

 ということで。

 赤の他人の不倫話を聞いて、「謝罪」を求めるのは異常心理。
 ——と、申し上げて、本日はこれにて。m(_ _)m
 
  

関連記事

ご案内

プロフィール

みずはら

ブログ内検索

最新記事

地球の名言

presented by 地球の名言

右サイドメニュー

月別アーカイブ