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伝えること

 カルチャースクールでお世話になっているH先生は私よりもちょっとだけお姉さま。
 花も実もある独身ですが、独身主義ということでは全くなくて、結婚願望あるわよ! とのことだったので、本気でおすすめしようかと考えているジョン・グレイ博士の本。



 なんかもう、私、ほっとくとこれからしばらくこの本周辺の話しかしなくなりそうです。それくらい、カルチャーショック以上のものを感じているわけですが……。
 同じような話が連日つづくと飽きますよね? (^^;)
 そのへんには気をつけながら参ります(笑)

 これは弟のご意見も聞きたくなってきました。
 私は父親との関係はこじれにこじれまくってしまい、おまけに潜在的には同性愛の傾向さえあるなか(残念ながらあくまでも潜在的には、であり、じっさい現実は、どこまでいっても私のセクシュアリティはヘテロです)、異性というものに100%の失望をしないで済んだのは弟くんのおかげ。
 数少ない、異性の理解者なんで。
 ちょっと彼の意見・感想も聞きたくなってきましたよ。

 じっさい、グレイ博士のおっしゃることは、自分の現実にすぐ応用できることが多いと思うんですよね。たいへん「実用的」だと思います。抽象的な「論」じゃなくて、数万件以上というカウンセリングをしてきた、その裏付けがあるので。
 いってみれば「フィールドワーク」から、体系づけられてきたものですから。

 いま現在、ちゃんと行動できている人でも、あらためて論理的な裏付けが得られると、自分の考えや行動にいっそうの確信が持てるでしょうから、やっぱりおすすめしたい。
 しっかり建っている建物に、もーちょい補強を加えると、大きめの地震がきても耐えられるような強度にもなっていくってことで。

 いまのところ、これは実用的な「知恵」になりそうだなというのが、「落ち込んでいる相手への対処法」。
 自分としては気を使ったつもりなんだけど、なぜかかえって相手のご機嫌を損ねてしまった、ってこと、ありませんか。

 もちろんこれは「概論」であって、全員にあてはまることではありませんが、「一般的に」、なにか落ち込むようなことがあったときの対処法が男性女性では異なるというお話。
 一般論ですが、男性の場合はわりと、自分一人で静かなところに引きこもって耐えてしまい、むしろ他人からあれこれ言われるのはいやがる。
 よほどのことがない限りは、あるいは本人からリクエストされないかぎりは、この「自分一人でなんとかする」態度は尊重すべきもの。
 だからよかれと思って、女性が男性にあれこれ聞いてしまうと、嫌がられるわけですね。 

 でも女性の場合は落ち込んだようなときには、誰かからの共感、なぐさめを望む。
 落ち込んでいる女性を放っておいてはイケマセン。それが友達ならまだしも、とくに親しい間柄なら。
 でも、多くの男性は「そっとしておく」ほうがいいだろうと思ってそうしてしまい、「冷たい」と恨まれるわけですね。

 具体的なアドバイスなんぞはいらん、というのはどちらにも共通しているのですが、よかれと思ってあれこれ聞き出そうとしたり、つらい悲しい気持ちに同情を示すどころか「上から目線で」ああしろこうしろといわれるかそうでなければ「無関心に」「放置」されるかでは、——そりゃもう、どっちにしろキレるよねえ……、と。
 あらためて説明されればもっともなことと思うけれど、じっさいは、かえって「地雷を踏」んでいるのが現実。

 自分がやられて嫌なことは他人にはしない、自分がしてほしいことを人にもしてあげる、というのは間違いじゃないんですが、そもそも求めるところが違う人に、自分と同じだろうと思って行動すると、「地雷」になる。

 そういうことにもし心当たりがあるなら、ぜひ、——1回くらいは読んでも損はないと思います。はい。


 さて。
 先日には、同じ言葉を喋っているのに解釈がもうとんでもない方向へいってしまうのはなぜか、と——ただあさっての方向へ行くだけならまだしも、言葉を「誤解」するといっても、誤解はいいようにも悪いようにもできるはずなのに、なぜか、(男女共に)自分が相手から責められたり拒絶されている、という解釈ばかりしてしまうのか不思議だ——と思いましたが。

 ネガティブな解釈をして、自分が責められていると感じたり、拒否されていると感じるのは結局——、それだけ、相手のことを思うから、なんですねえ。そっかぁ。

 誰だって好きな人には好かれたい。嫌われるのは怖い。その「怖い」思いが、怯えた心を生み出して、ビクビク怯えているから、あれはまずかったのかな。怒らせたのかな、がっかりさせたのかな、もう嫌われたのかな。と——つい、そちらへ振れてしまうんですね。

 べつになんとも思っていない人が相手なら、こうまでもおびえることも気にすることもない。
 だからみんなつい、ネガティブな「誤解」へ向いてしまうんだな、と思ったらなんかこう——「かわいいなあ」という気持ちになりました。

 まあじっさいには、かわいいなあどころじゃないですけどね;;
 それで深刻な行き違いになり、こじれるだけこじれて、最後には憎しみさえ覚えるというのは——やはり悲しいこと。

 でもその悲しさは、相手を思う気持ちから(もとをただせば)生まれている、ということが。

 本書を読むうちにしみじみ、しみてきました。

 で、博士は、絡んでしまったネックレスの細い鎖をほどくようにして、そうまでねじれることがないようにと、あれこれ、解説していらっしゃるわけですね。

 源氏物語第41帖「幻」の、源氏と紫の上を見て、「どれほど愛していようとも、それが本人に伝わっていなければ無意味」だとつくづく思ってしまいますが——なにしろ火星人と金星人だそうですから、伝えるにも、やはり理解と「メソッド」はあったほうがいい、ということなんでしょう。

 人の心は、そこにあるだけでは、他人にはわからない。
 ささやかな理解と少しの技術があるだけで幸福度が違ってくるなら、それを取り入れるほうがいい。
 
 まあもっとも、源氏の君の場合はさすがに、多少の技術でどうにかなるようなことでもなかったかもしれませんが。
 裏切りは裏切りであり、それをも丸く収めるってことは、さすがにありませんようで。(^^;)
 
 
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