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通り過ぎた言葉

 GWも本日で終わりということで。
 皆様はGW、いかがでしたでしょうか。
 私はカレンダー通りながら、なんせ相手先が軒並み休みですから、(^^;) 休みみたいなものでした;;
 電話が来ないというだけでも気が楽になるという。

 今年のGWはまあいろいろあって、楽しくすごせました。ありがとうございました。(^^)

 いちばんの出来事は、でも、ジョナサン・ケイナーさんのご逝去ということに、なってしまいましたが……。
 サイトの方はまだ大丈夫みたいなんですがでも、じわじわと、寂しい気持ちが募ってきております。

 その訃報に接したその日の「予報」が、またちょっと心に残っております。
 名言集ではありませんが、ケイナーさんの、気になった言葉はちょいちょいメモしていたのに、あの日はさすがに動揺してそのままになり、アーカイブがないからもう再読もできない。
 
 私のアヤシイ記憶をもとに申しますと、「自分を愛してくれる人をむしろ『軽く』『低く』見ることについて」でした。

 自分を好きでいてくれる人を、そうとわかると急に「軽く」「低く」見て、「ぞんざいに」扱う傾向が、人にはある。
 それを親しさの表現だと勘違いしている人もあるけれども、もちろんそうではない。
 なぜ、自分を好きでいる人を「大したことのない人」扱いするかというと、「こんな大したことのない自分を好きになるようなら、この人もまた大したことがない人だ」という感情があるから。

 自分で自分を大切にしていない——自分をきちんと尊重していない人は、こんなくだらない自分を好きになるなんて、この人もくだらない、というように思うわけですね。

 これはほとんど無意識のことなので、たいていの人は、自覚はないはず。

 私もけっこう長い間、疑問に思い、また自分を責めた理由のひとつ、「手に入れば冷めてしまう」現象がなぜなのか、わかったときはけっこう愕然としました;;

 相手のせいではもちろんなく、自分が性格異常だったからでもない。
 ただただひたすら——自分で自分を見下して、軽蔑していることの、「結果」に過ぎなかった。

 自分で自分をちゃんと尊重して、自分を大切にしている人は、他人からそのように扱われても、感謝こそすれ、動揺などしない。
「私にはそんな価値はない」と、せっかく伸べられた手を、「わざと嫌われるように」はねつけることもない。
 当たり前といえば当たり前ですが。(^^;)

 自分を好きでいてくれる人を「低く」みるなら、自分を大切にできていない、ということ。

 好きな人を好きでいるために、自分を大切にすることをためらわずに。——

 それが、あの日の「予報」でした。

 記憶力がひたすら弱っていく昨今、放っておけばこの先どんどんわからなくなっていくだろうと思われますので、アヤシイ記憶ながら、いまのうちに、メモ書きがわりに書いております。
 概略、こういうお話でした、ということは言えるんですが、あの独特の表現をとった言葉をほとんど思い出せないのは、ちょっと悲しい……。

 好きな人を大切にするためにも、まず、自分で自分を大切にして。 
  
 
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