ゲーム悪玉論
2016年05月07日 (土) | 編集 |


 なにかあるたびにゲームが「悪玉」扱いされることについて、うんざりしている方も多いかと思います。
 ゲームをやらない私ですら「またかい」と思うんだから、ゲーム愛好者のお気持ちは察するに余りあるものが。

 なにごとも、過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如しってやつで、これについてはまったく世の中、例外はないですね。
 一般的にはよいイメージがある趣味とかスポーツとか生活習慣とか飲食物……もうなんでもね、「過ぎ」はいけませんね「過ぎ」は。

 過剰もダメだし大きな欠乏もイケマセンし。

 そのへんいい例になってくれるのはお酒かな。
 100歳ご長寿の方々は、男女ともに、「少量のお酒」を「(ほぼ)毎日」嗜むかたが多いですね。少量ってどのくらいかというと、たとえば「毎日、日本酒1合を、2時間かけて飲む」というかたがありましたが、おおむねそんな感じ。

 毎日日本酒1合はいいけど、2時間?!! と思いますね。
 醸造酒というのはいずれ不純物を含んでいるので内臓にはより負担がかかる。これは「毒」ですが、でも、少量のアルコールでは、ストレス軽減の働きもあるし、少量なら食欲増進効果もある。このへんは「薬」。

 でも、そんなコントロールもぶっとんじゃって、アルコール依存症や、酒乱となる人もあり、こちらは身の毒どころか人生そのものを破壊しますね。

 お酒、という物体自体は同じなのに、「百薬の長」といわれ、「狂い水」といわれる。
 ……狂い水って最近はいいませんか。むかーしの本を読んでいるとちょいちょいみかける表現で、なるほどもっともだなと思います。
 人が狂い人生が狂う。

 どんなものでも、それを用いる側の態度が問題の本質ですが、面倒になるとついつい、「もの」のほうに責任を負わせることは多いですね。

 ゲーム悪玉論も、そういうことのひとつでしょうね。

 ほかのものにくらべ、とくにゲーム悪玉論が目につくのは、比較的、ゲームは「新しい」ものだから、ということもあると思います。

 人類にとってはまだ、歴史の浅い、おつきあいも浅い、目新しく、珍しく、「正体不明」のストレンジャー。そういうものでもあります。

 人間は、見慣れないもの馴染みのないものを警戒します。これはこれで、自分の身を守るにあたっては「正しい」反応。これがないと危険を察知できなかったりするから、この態度自体は否定できない。
 
 でもこれがときどき、偏見となることも事実。

 見慣れないものは、見慣れないというだけで悪玉扱いされる。
 
 そういうあたりに憤るお気持ちはわかりますが、大事なのはこの先で。
 ——見慣れないというだけで悪玉にしたがる、それはやはり間違った態度だとは私も思いますが、そう思うのなら、自分はそのようにならないこと。

 これから先も、新しいもの、いままでなかったもの、これまでの概念からは「はみだした」ものが現れるでしょう。
 ゲームのことをよく知らず、よく知らないからこそ安易に悪玉にしたがる連中に、困ったもんだと思うのなら。
 自分が彼らと同じことはしないように。

 人のふり見て我がふり直せっていうのがありますが、そんなもんです。
 他人のことをとやかくいっていたら、なんのことはない、自分もほかのジャンルで同じことをしているだけだった、というのは、ありがちなことなんで。
 せっかく、「見慣れないものを安易に悪者扱いする愚(ぐ)」が見えたわけですから、自分が同じことをしないように。

「今どきの若いものは」という愚痴が、自分が若い頃も嫌いでしたが、これがねえ、自分の同世代がいうのを聞く機会が増えてきて、いま、ほんっっとに、嫌なんですよね。
 人の意識の不思議なところだなと思って見てます。……で、たまにキレる。
 そやつの過去の悪行は逐一おぼえてますから、「いまどきではない若いもん」がどんだけ××だったか、じっくり思い出させてやることもありますね。たまにね。たまに。

 でもこれも、同世代としての役目かなとも思ったり。

 いつの時代でも、若いもんというのは古いもんから見れば「ストレンジャー」なんですが、それだけで安易に悪玉扱いされるとはどんなことなのか、自分たちがさんざん経験したことじゃないのかね、と思うと、不思議だったり情けなかったりでしてねー。(~_~;)

 いまはゲーム悪玉論がさかんですが、あと30年もしたら別のものが悪玉扱いされるかもしれない。
 現在、安易なゲーム悪玉論にうんざりしている方々には、そのときには、「見慣れないというだけで、安易に悪玉を決めつける」ことについて、そのうんざりした経験を生かして、もっと賢い対応をしてくださるだろう、と。
 期待してます。(^-^)
 
  
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