星を読む人
2016年05月06日 (金) | 編集 |


 西洋占星術家のジョナサン・ケイナーさんが、5月2日に心臓発作のため、ご自宅で急逝なさったとのこと。
 謹んでお悔やみを申し上げます。

 Facebookにエントリーございました。(リンク貼れるのかな?)
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 いまは下げられていますが、公式サイトでこの訃報のなかで、

この射手座の言葉を読まれた方は「ジョナサンは自身に起きることを予知していたのでは?」と思うかもしれません。しかしジョナサンは、占星術師は人の死について予知すべきではないという方針を貫いていました。


 というところに、うん、と思いまして。

 なんで中学生にあんな話をしたんだろうというのはいまになるとかえって不思議なんですが、昔、そんな話をしてくれた人がありまして。

「占いでは、占うことを禁じたものがある。盗、死、姦(とうしかん)の三つ。
 これは占ってはいけないし、ほかのことで占っているときに、占断から偶然わかってしまうこともあるが、それも他言無用で、言ってはならないこと」
「これが占い師のタブー。これを犯す占い師は『まがいもの』である。いかに当たると評判のものでも近づいてはいけない」


 この三つのタブーというのは、人の名誉にも深くかかわることだし、へたすりゃ人生狂うし、あまりにも影響が大きいことですよね。
 そのうえ——お気づきでしょうが、これ、ゴシップ、噂話の三大お題でもある。
 それらは占いは触れてはならないというのは、もっともなことだなと思われました。
 占い師なのに自分のことはわからないのか、と、揶揄するひとがありますが、そういうわけですから、私としては、こういう態度はもっともなことだと思いますね。
 
 なんにしても。

 占いどうとかいう以前に、ジョナサン・ケイナーさんの文章というのは独特で、また、哲学的でもありました。
 占いが当たるか当たらないかではなく、あの独特の、遠回しとも思えるような表現の仕方が、私は好きでした。

 箴言(しんげん)めいて、ドキッとするようなことも多かったけれど、表現はあくまでも謙虚でいらした。 
 その一方では、占星術上の自分の立場や考え方については徹底しており、ほかの占星術家が安易に人々の不安を煽るような解釈をするのを、その理由をはっきり示しながら(つまり感情的にではなく)、斥けることはなんどもありましたね。

 通常嫌がられる惑星の逆行も、あれはもちろん星が逆行しているのではなくて、地球からはそのように「見える」だけのことだ、というのを、なんども聞きました。
 もっともなことと思います。

 なにかっつーと不吉だの何だのといって、いやーな空気をあおりたがる奴は信用ならん(『放射脳』みたいに)、というのを、私も密かにひとつの指針にしているので、最初にこのかたをおみかけしたときは、なんだか嬉しくなったものでした。

 盗死姦を安易にいう占術家は「ニセモノ」だと教えてくれたのは父の知人でしたが(ふつう中学生にああいうことをいうかな;;)——そういう意味では、ケイナー氏は、「ほんもの」の占術家だったと言えると思います。

 占星術を理解するのには数学ができなければなりませんが、私の脳みそはもうこの件についてはぜつぼー的でございます。(^^;) でも、自分じゃわからなくても、お話を聞くのは好きで。
 そういうなかでもことに、ケイナーさんの「星の読み方」を聞くのが、本当に好きでした。

 ご冥福をお祈りしますとともに、彼が残した占術がなお引き継がれていくことを願っております。
  
 
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