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柵はしがらみとも読める



 逆の立場から「そーなんですよー…」と思ってしまったツイート。(^^;)
 逆というのは、親ではなく子供の立場として、ってこと。ノーと充分に言えないころって、つらいよねえ。

 思い込みの激しい人というのはいるもので、家族とはこうあらねばならない、とか、こうすべきである、とか、なにか理想的なイメージがあるのはいいけれど、それを「枠」にしてしまい、その枠におさまっていなければ「ならない」という——そこまでくると思い込みっつーより「強迫観念」だよな、という人。いらっしゃいますね。

 休日はこうやって過ごさなければならない。このように振る舞うものだ、それが「常識」だ、というくらいならまだいいですが、これが自分のみならず他人にまで範囲を広げてくる人も、これまた、いらっしゃいますよね。

 自分がこのようにしたのだから、オマエはそのように反応すべきである、という、方程式じみたものを持っている。
 持っているのは勝手なんですが、それを他人に押し付けるなよって話。

 この、「子供とはこのように過ごすべき」「こどもとは遊園地で楽しむべき」「楽しむべきだから楽しいはず」「楽しくなければならない」「楽しくないなんていう方がまちがっている」——
 ツイートを見て、うわー……と思ってげんなり。
 こういう、自分が作った強迫観念で自分をまずは痛めつけ、ついでに周囲の人間をトラウマになるレベルで痛めつける人っているよなあ。

 理想の形、思い、そうでありたいという希望——わかりますよ。わかりますけどもさ。
 人には諸般の事情ってものがあるし、本来はできることでも、体調が悪ければできなくなるのも当たり前だし、気分悪かったら手当てしろって話だし。

 そういうことを、いくら言って聞かせても、絶対理解しない人がいるんですが、あれはなんででしょうね;; 
 臨機応変とか十人十色とか人生いろいろとかって言葉も覚えた方がいいと思うな;;

 私は逆に、ひとさまが持っている「かくあるべし」「これが常識」「こういうときにはこういうリアクションがあるもの」という——、これはこれで、世間様の一般常識になっていて、疑うひともあんまりないといったものにも、あまり従えないところがありまして。
 ようは「期待はずれ」をやらかすわけです。で、言われる言葉が「変わってるねえ」。

 変わっている、というのを褒め言葉だと信じていたというノーテンキぶりでもあって、変わっている、変だ、というのを褒め言葉だと思うこと自体がすでに「変わっている」んですねどうやら。
 だって皆さん個性、個性的っていうの大好きじゃないの。個性的ってようは変わってる、ひとさまとは違う、ってことでしょう。
 個性的であることがよいこととされるのなら、変わってるねというのが、なぜ褒め言葉ではないのか?

 そのあたりをやっと飲み込んだのが17歳のときでしたというのも困ったものだったんでしょうね、周囲の人々には。本人は平気なもんでしたが。

 ということで、このツイートにある親御さんほどではないにしろ、世間一般からの「かくあるべし」「これは楽しいはず」という「期待」に、たいていの場合、お応えできないという人間なもので、このお話も、強迫観念に支配されているひとはともあれ、この子供さんの立場になってしまい、「応えられないほうもつらいんだよね。心苦しいしさ」と、みょーなふうにしんみり。(^^;)

 そうやってふるいおとされ、現在はその「変わってる」のを受容できるひとだけが残ってくれているというところなので——こういう息苦しい記憶がふとよみがえり、「昔はツラかったわ……」と。
 ご期待に添えないことは、腹の底から、本当に申し訳なく思っているのですが、でも、こちらはこちらで、つらいものでして。

 そういう強迫観念は、でも、本当はご本人にとっても精神衛生面には悪影響を及ぼすものなので——短期的にはまだしも、これを何十年もやっていくとどこかで問題になってしまうから、可能であれば、強迫観念までいかないうちに、「思い込み」で済んでいるうちに、その締め付けを少しでいいから、弱くできるといいんだろうなと思って拝読。

 子供さんについて申しますと。
 基本、子供というのは本来なら楽しむ遊ぶの天才ですから、大人が「これが楽しいことだよ」などと押し付けずとも、好きにやらせておけば自分で勝手に楽しみますよね。
 環境が変わってちょっと戸惑うようなら、あれこれ手助けしてやってもいいでしょうが(遊び道具を作るとか、ゲームを『提案』してみるとかで)、そのうち、自分たちで楽しみ始めてしまうもの。

 大人が無理にこれが楽しいはずのものです、とは、言わなくてもいいように思います。本来は。

 大人は、危険のないように目配りしていればいい。
 それはむしろ必須。
 でもそれ以上は「不要」。

 お察しでしょうが、大人が設けた「柵」の外で遊ぶのが大好きだった、「もと子供」としましては、実感込めて言ってしまいますよ(笑)
 大人が手を焼くような悪童ではなかったし、むしろ「いい子」タイプでしたが、でも、柵の外へ出てしまうってことで、それなりに問題児だった——という話を大人になってからあれこれ聞かされて、アラごめんなさいねーといまだに反省の色もなく言ってます(笑)

 
  
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