好きと評価は別物
2016年04月27日 (水) | 編集 |


 これはすごい。
 2020年東京オリンピックのエンブレムですが、こういうことだったんですね〜。
 市松模様ではありつつ、違う形のマス目(?)があるなと思っていたんですが、それはたんに円形にするためだけじゃなかったんですね!
「パーツごとの角度も変えないまま、パラリンピックに」なるとは。

 昨日は私も、デザインには、しろうとにはわからない精緻な考えがあるんだろうな、たいへんだったんだろうな、と申しましたが……これはすごい。
 恐れ入りました。
 これ、報道では見ないですよね。せっかくなので外国の方になにか言われたら「あー、あれはですね…」と、たいていの日本人は説明できる、というくらいに有名になるといいなあ。

 ……あ。でもその説明の時にこのGIF があればいいんだけど、数学はぜつぼー的な脳みそなので、自分では説明できないと思われる…;;
 どなたかー。数学得意なかた、いらっしゃいませんかー。
(本当にデキる人は、できない人でもわかるように説明してくれるので)

       ●

 今年のNHK大河ドラマ「真田丸」。
 主人公、真田さんちの、中小企業としての悲哀はそれとしつつ、徳川さんち、羽柴さんち、北条さんちという覇権を争う戦国メジャーそれぞれ、ファンがついては楽しんでいらっしゃるようです。

 個人的に面白く拝見しているかたのなかに、たいへんな秀吉スキーな方がいらっしゃいまして。
 で、「秀吉の評価は『狂ってる』とかって、歴史家の間でもいわれるけど、自分は彼を擁護する。彼の経済政策はまっとう」というのがありまして。

 これなあ。
「評価」と「好悪(こうお。好き嫌い)」、ごっちゃにされるんだけどなんでだろう? と。

 秀吉さんだけのことではなくて、なんでもそうですね。
 これが私は昔から不思議でならないもののひとつ。

 以前、私が、高杉晋作さんが彦島租借の要求をがんとしてのまなかった、その功績についてしゃべっていたら、新撰組ファンの人に「倒幕派」とレッテル貼られて(意味不明)、わけわかんねー喧嘩を売られたことがありまして。
 ………べつに私は長州スキーでもなんでもありませんよ???
 司馬遼太郎のご意見にすら反発する、「明治イデオロギー嫌い」ですからね。薩長いずれも「好き」なわけないでしょう。

 私個人の好き嫌いと、外国に日本という国を侵略される危険性を排除した功績の評価のあいだには、なんの関係もございません。
 あったら問題だろうよ逆に。

 好きな人ならばなんでも高評価し、嫌いな人ならば功績を認めずクソミソってね、そういう態度、大嫌いなの。
 そういうのも情実だと思いますね。

 個人的な感情と評価はべつです。
 くどいようですが、感情と、結果の良し悪しの決定は、ものさしが違います。

 困ったねえどうも。と、ちょっと苦く笑って拝見したツイートでした。

 ちなみに、秀吉さんの経済政策、政治というのはなかなか立派なものですが、もちろんご本人がボンクラであったわけではないのは当然ですが、でも、あれ具体的には石田三成さんの功績だったりするじゃん……。
 まあいいけど。

 以前にも申しましたが、わたくし、「人殺しは好かぬ、権力者は好かぬ、基地外は好かぬ、権威主義者はもっと好かぬ」というのをひとつのガイドラインにしておりまして。
 このガイドラインに従いますと、歴史でメジャーなところはみんなひっかかります。

 歴史の登場人物で誰が好き、と聞かれると困るというのは、だからです。
 好きな人なんかいない。滅多に。とくにメジャーどころは全滅と言っていい。

 そのわりには誰それを褒めるじゃんとかいわれますが、そりゃ、見るべきところ、評価すべきもの、これはすばらしいというものはそのとおりに申しますともさ。
 でも、だからってその人を「好き」かどうかは関係ない。

 逆を行っていたのは坂本龍馬さんで。
 私が彼を好きというのはきっかけは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」ですが、その後、自分なりにあれこれ本を読んだり史料をみたりするうちに、この人はいいなあ、という思いが強まって好きになりまして。
(衆人、善をなせば我ひとり悪をなせ、というメモ書きには、ヤラレましたよ)
 
 彼の場合、歴史上メジャー人物とはいえない。それでも評価すべきものはあるのですが、なぜか、彼の功績とされたものを全否定して、「地位」を貶める説は、なんどか現れたことがあります。
 それらも結局は新史料(むろん一次史料)が見つかり、龍馬さんを貶める説は否定されました。
 龍馬さんの評価が上がったり下がったり元に戻ったりのその間、私が感情的には揺らがなかったのは、好きということと、彼の行ったことの真偽の問題は、まったくべつの話だからでした。

 そんなん当たり前じゃんと私は思うんですけど。
 どうも、世間一般では当たり前ではないらしい。 
 
 ものの評価にあたり、自分の好き嫌いを基準にしていると、最後には道を誤りますよ? 大丈夫なのかホントに;; と余計なお世話を言いたくなることもたびたびだったして。(^^;)

 秀吉さんの功績は功績でいい。
 このへんは、信長さんでも家康さんでも同じ。
 伊達や酔狂で天下人になれるわけがない、それぞれに、見るべきところがあるのは当然。

 でも、人殺しだし権力者だからねえ……。私が「好き」になることはないです。
 好きじゃなくても評価はする。それだけ。

 私も個人的には、秀吉さんはそれでも「梟雄」と呼ぶにふさわしいと思っているので、好きという人に会うと、へえ……、と、ちょっと珍しいものをみる思いがしてしまいますが、そのへんはご容赦いただきたく。
 ただ、孤立無援の気持ちがするなかで好きを貫くのも、「見るべきもの」だと、僭越ながら、評価を申し上げます。
 
 自分の好きを否定されるのって、悲しいし、つらいですよね。
 同意はできなくても、その好きというお気持ちは、尊重いたします。
 
 
関連記事