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自分の「日常」



 阪神淡路大震災のときは自粛がいきすぎて、現地の観光業にむしろ大打撃を加える結果になったし。
 東日本大震災では同じく自粛が「委縮」にまでなってしまい、被災地から「いいから旅行して! 買い物もして!」と叱られたという始末。

 なにより、テレビ等ではマスコミが、被災映像を明けても暮れても繰り返し繰り返し流すということをしたせいで、被災していない人にも深刻なショックを与え、被災者にも二次三次被害をあたえることになりました。
 たまりかねて精神科の先生がたからは(公式声明ではなかったと思いますが)マスコミには映像を控えるように、また、視聴者には、嫌だと思うならそういう映像をみたりニュースを聞いたりしないでスイッチを切るように、ということがありました。

 そのあたりから学習したいところですね。

 被災状況を知っておくことは必要なことでもありますし、協力出来そうなことがあればすぐさま行動するのも大事なこと。
 ですが、自分が精神的に不安定になるようでは本末転倒。

 自分が被災者ではないのなら、自分の日常を守って「適切な距離を取る」ようにしたいところ。
 こんなときだからお金を使え、というツイートもお見かけしたし、いままでほどは極端な「不謹慎」批判も聞いていませんし、なんとか、このペースでいきたいなと個人的には思っております。

 不謹慎、というのも不思議な言葉ですねえ。この言葉で、他人になにを「強要」しようとしているんでしょうね。
 そのへんを考えると、こんな言葉にまともに付き合うことはない、とわかると想いますが。(^^;)

 たしかに不慮の事態を聞いて、我が事のように思って心を痛めるのは、おやさしい気持ちがあってのこと。
 他人と自分は関係ない、と、ドライに割り切っている社会ではむしろ、こういうことを他人事と思わずに思いやりを持ちましょう、という呼びかけの方が多く聞かれることになるでしょう。

 そうではなく、「あまり思い入れを持ちすぎないように」という注意がなされるのは、そういう意味ではちょっと面白い現象ではあるのでしょう。
 自分と他人の、「健全な」線引きっていうのも、誰かを思いやるのと同じくらい、大事なことなんですね……きっと。

 思いやっているつもりでじつは経済的な打撃を加えてしまう、というのも、本末転倒だし、支援したい気持ちを、自分で裏切ることになるわけ。

 ということで。
 私もせっせとくだらない、アホなことを言うようにしようかな、と。
 いえくだらないことを言っているのは私の「日常」なんで(笑)

 あれこれ聞いたり考えたりしていると、つい、眉間に力が入ってしまいそうになるけど、——そういうシワはご遠慮したい。
 どうせだったら笑いジワのほうがいいな。うん。

 微笑みは伝染する。どうせ他人にうつすんだったらあたかかくて柔らかいものがいい。
 自粛ということばに惑わされず、できることはできるようにこなして、「日常」、過ごしていきたいとおもいます。
 
 
 
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