賭博罪
2016年04月07日 (木) | 編集 |
高校野球賭博は違法で逮捕? 刑法185条を読み解く! 根本的なポイント
2015/08/07 「雑学は三文の徳」様

 賭博問題がつづいておりますね。

 カジノを作ろうなんていってるくらいなのに、スポーツ賭博のなにがいかんの? という疑問は多少なりとも浮かんでくるこのごろ、ちょこっと検索の旅へ出てみました。
 上記記事は半年ほどもまえのものになりますが、法律違反についてのお話で、かつ、あんまり堅苦しくなく読めると思いますので、ご参考までに。

 賭博については刑法185,186条にある、とのこと。
 ことと次第によっては賭博法ではなく刑法にひっかかることもあるそうなので、あまり軽く考えない方がいいものでもあるようですね。
 博打(ばくち)となるような賭け事というのはそこらじゅうで見る気がするし、仲間内でちょっとした賭けならやっているし、となると、なにが法律違反でなにがおとがめなしになるのか? というのが、ちょっとわかりにくいですよね。

 いちばん単純な見極めは「現金が掛かること」。
 あとは、博打に参加する「参加費」が取られているか否か。

「たとえ仲間内のやりとりであっても、賭けに現金が1円でもかけられていたら賭博罪」と覚えておけば、一般市民であれば「危険」は避けられるはずです。

 賭博罪も「単純賭博罪」と「常習賭博罪」があり、後者のほうが罪が重いんですね。

 法律というのもそうとう入り組んだ話で、具体的に聞いているとイタマがアタイ(©小松左京)ってことになってきますが。(^^;)
 賭博については聞けば聞くほど、パチンコのあやしさにたいする疑問がむくむくと膨らんできますね。
 戦後のどさくさに、ああいうのを、こういう形で認めちゃったヤツって誰よ。と思わずにはいられない。

 それはともあれ。
 博打はたとえ1円でも現金がかかれば賭博罪となりますが、警察の取り締まり対象となるかどうかは別問題。
 ここのところスポーツ賭博の話題が多いですが、これも結局「常習」的であり、「組織的」というところで、摘発を受けているんでしょう。

 ごく個人的な、友達同士のことだからいいじゃない、という見方もあるでしょうが——そういう軽い気持ちでやっていたら、じつはぜんぜん友達同士、「内内のこと」ではなく「組織的な賭博の『末端』だった」ということになりかねないわけです。
 末端だろうがなんだろうが組織は組織ってことで、そのままお縄——ということも、起こり得るわけ。
 だから、現金がからんだら、これはダメだなと思って、その場を離れる。
 それだけ気をつけていれば、一般市民であれば、身を守ることはできるはずです。

 でも友達付き合いってものがあって、断るのも義理が……というご意見もあるかもしれませんが、そんな犯罪に引っ張り込もうなんてのは友達でもなんでもない——と考えるほうが妥当じゃないでしょうか。
 犯罪になんぞ、「付き合いが悪」くてちょうどいいですって。

 たまにちょっと遊ぶくらいならいいけれど、賭け事が好きな人——やめようと思いながらやめられない人というのも、「依存性パーソナリテイ(人格)障害」なんでしょうね。

 私はこういうくじ運とかにはもう、完全に見放されているのは自覚しているし、じっさい、なにがそれほど「楽しい」のか、まったくわかりません。ありがたいことに。
 宝くじでも他の公営の賭け事でも、——仮に「勝つ」ことがあったとしても、そのお金には負けた人の怨念がかかっていると思いますとどうにも。(^^;)

 宝くじの高額当選の券が、災害のあった自治体へ送られてきたということがありましたが、これは、人の怨念を背負ったお金の「正しい」使い方だと思いますね。
 そういうことができないのであれば、やはり、手を出すべきものじゃないなと思います。

 ちゃんと自分でそのあたり、コントロールできるなら、宝くじでも公営の賭けごとでも、おやりになればいいと思いますが。
 そんなつもりはなくてもいつのまにやら依存症、という人もいらっしゃいますしねえ…。


 私のように、くじ運、ぜんぜんナイです、という人間のほうがそういう意味では、幸せかもしれません。(^^;)
 友達とカードゲームをやると、大勝ちはしないけど、完全なドベ(最下位)になることもなく、そこそこ、というところで終始します。
 勝ち運ないから、ということで勝ちにはこだわらないけれど、本格的に負けるのもイヤというあたり、私もまだまだ、悟りきれていない気がします(笑)

 まあ、なにごともほどほどに、ということで。
 
 
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