言葉のテンプレート


 連続誘拐殺人の犯人が、ペドフィリア(小児性愛者)であり、アニメや特撮のビデオ等の収集家であったことから、世間様から、「オタク=異常性愛者=犯罪者」、という烙印を押された、あの事件から、もうそろそろ30年近くが経ちます。

 もうそんなになるのか……と思わず遠い目をしてしまいますねえ……。
 なんだかあのころは——関係ないはずの大勢の人間までもが、妙な烙印を押され、偏見にさらされ、つらい思いをしました;;

 たぶん、当時よりはいくらか、その偏見も和らいだとはいえ、現在もやっぱり根強い…と思いましたが「誘拐といえばアメリカ」とはまたひどい。(^^;)
 ……あ、でも、私はそのソースをあたっていないので、あんまり言わないほうがいいか;;

 なんにしろ、この手の偏見は本当にしつっこいですね〜。
 なにを趣味とするかということと、性的な指向と、犯罪者であるかないかは、それぞれがまったくの別問題。犯罪心理学の話しましょうか? ええ? と思わず(軽く)言いたくなるくらいには、むかっ腹が立つのはたしか。

 毎度毎度、テレビや雑誌で「識者」とやらがこの手の発言を繰り返す。
 この言い草は「ステレオ(ステロ)タイプ」(紋切り型、決まり切った態度・モノの見方・言葉)ってやつなんでしょうが。
 本来、ステレオタイプはそれでも、たしかにある傾向があり、多数派、一般化できるくらいにはサンプル数が多い、ということで、「嘘」とも言い切れないモノですが。

 漫画・アニメ好きは必ずペドフィリアであり、かつ、犯罪者である、というのは、これはもう、ステレオタイプともいえません。
 そういうのは単なる偏見というのです。

 ステレオタイプでも偏見でも、なぜ、さまざまな啓発活動や「教育」が行われてもなくならないか、というと。
 やっぱり、面倒臭いんでしょうね。こまかく考えるのが。
 ひとつの事件、そこに関わるそれぞれの人の、抱えた事情はさまざま。その事情、ひとつひとつに向き合って、思いやって考えを巡らせて、そのうえで、自分の対応を変えていくというのが、もっとも望ましい——というよりも、「そうあるべき」なんですが。

 直接自分と関わりのないことゆえ、ひとつの事件だけでもそんなまともに関わってはいられないし、類似の事件は山とある。
 いちいち丁寧なことなんかしてられない、——というのが、本音でしょう。

 自分とは関係ないんだったら、ハナっから余計な口を挟むなっつーんですよ
 結局いつも結論はそれになってしまう。

 最終的には「ゴシップに関わっていられるほど暇があるだなんて、幸せだね〜」という嫌味に辿りつく。これはこれで、よろしくない態度ですね。

 ああいう偏見はでも、そういう、「面倒臭がり」「でも偉そうに言いたい」人達には便利な「テンプレート」なんでしょう。

 テンプレートをなぞることに抵抗がある人間からすれば信じられないほどの怠慢ですが、でも、とにかく偉そうに言えるならなんでもいい、という考えの人にとっては便利な道具。
 そうである以上は、いくら啓発活動しようと教育しようと、「絶滅」はしないでしょうね。

『誘拐の容疑者がアニメに熱中』と報道されると、反発されるのはなぜか?」という問いかけに答えるなら。
 私の場合は、「(反発するのは)エラソウな奴は嫌いだから」(偉い人は好き)(偉い人はエラソウにしないのよ、えらそうにする必要がないから)——それが答えですね。

 テンプレートに頼るような不精な人にこまごま説明したってしょうがない。面倒臭いつってどうせまともに聞きゃしないでしょう。だから、こちらもシンプルにお返しする。

 なんにしても。
 約30年前の事件の時にも思ったことですが。
 ——犯人はそれとしても、そのご家族、ご親戚が、お気の毒でなりません。

 無関係のはずの人が、(犯人とは)無関係のはずのひとを「正義」感を振りかざして「殺す」というのは、どうしても、納得できない現象のひとつです。

 くだらない偏見より、「えらそうな無関係者」のほうが、実害としては深刻だという自覚を持ってもらいたいです。本当は。

  
 
関連記事
プロフィール

みずはら

ブログ内検索
最新記事
リンク
地球の名言

presented by 地球の名言

カテゴリー
RSSフィード
月別アーカイブ