Asexual
2016年03月18日 (金) | 編集 |
 3日ぶりということになりますが、なんだかたいそうお久しぶり、という感じ。
 自分の息抜きのためにやっているブログなので、よくもまあと言われながらほぼ毎日更新していて、休むとしても1日。
 2日連続で休んだというのも久しぶり。

 さすがに父が亡くなりましたおりには数日間お休みしましたが、あれ以来かもしれませんね、「連休」にしたのって。(^^;)
 そういえば今年は秋には七回忌。はやいもんです、三回忌のときにはまだまだ先という気持ちでいましたが……あっというまの6年ですねえ。
(亡くなったときに葬儀やって、翌年の法要が一周忌。一周忌の翌年を三回忌といいます)
(年齢の数え年と同じで、ゼロ年という概念がないため、亡くなって2年目が三回忌。6年後を七回忌と言います)
(こういう、毎年くる命日を年忌ねんきといい、◯回忌というようなものはまとめて年回ともいいますね)

(そういえば最近は享年を満年齢でいう人が多いんだよなあ。あれ、昔からの慣習に則るなら数え年でいうもの……でした)

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 フェミニズムは、伝統主義へのアンチテーゼとして誕生したもの、と思っているし、私の目にはこのふたつは「鏡像」としか見えない、つまり「同じもの」にしか思えない。
 ので、フェミニズムもじつは苦手にしております。伝統主義には賛成しないのとまったく同じ理由で。

 きけば最近では「アンチフェミニズム」というものもあるのだそうで、これを聞いたときはちょっと笑ってしまいました。

 自分が気に入らないことについて、誰が悪い彼が悪いととにかく他人のせいにばかりするのも幼児性のひとつだと思っているのですがまったく——ホモ=サピエンスはいつになったら幼児をやめられるのかねえ、と思わず。(^^;)

 そうはいっても、私もこれで女の身に生まれるのであればおかげさまでいい時代に生まれたと思っているし、そう思えるまでの歴史にはこのフェミニズムの役割は大きいことは事実。
 私自身の利益と関係している以上はもうちょっと評価するのが筋ってもんでしょうが、でも、いまのところはチョットなーと思っている。

 と申しますのは、少なくともこれまでのあいだ、フェミニズムというのは他者への感謝というものを示していないからです。
 権利を勝ち取った、という考えも100%の間違いではないですが、でも、それにしたって、フェミニストたちだけではここまでは話は進んでこなかったはず。
 
 その主張をいれて、もっともだと思って、協力もし守りもしてくれた人たち、なかんずく男性たちが、無視できない人数はいるはずです。
 自分たちだけの「戦果」だというあたりが、どーにも私にはついていけない。

 どんなものごとであれ、男性だけ女性だけで話が進んで行くものではないのに、なぜ、そのことを無視するのか。
 
 さきほども申しましたが、こういう、他者への感謝もなにもないってところは、伝統主義者の主張とまったく同じです。
 主張の内容が違うだけで、「やっていること」自体は同じ。

 自分がされて嫌だと思うことを、なぜ他人にもしてしまうのだろう。
 嫌いな人間の嫌いな行為を、自分自身がなぞってしまったら、自分もその嫌いな人間と「同じ」だということに、なぜ気づかない?

 トランスジェンダー、性的少数派と呼ばれる人々が、少しずつでも世の中に現れるようになっておりますが、伝統主義もフェミも、あの多様性には対応できない、と思っております。

 フェミもこれまでは、伝統主義の壁を崩す役割を果たしてきたといえるでしょうが。
 フェミニズムが伝統主義と同じ狭量さから脱却できなければ、いずれフェミは廃れていくでしょう。
 だからといって、伝統主義の復活もないですけどね。

 伝統主義でもなくフェミでもなくアンチフェミでもなく(……ごめんどうしても笑っちゃう;;)、真に人を人として受け入れていく価値観といったものが、いずれ誕生してくれることを、ひそかに願っております。

 フェミニズムが、本来の女性性を「取り戻し」て、受容というものを取り入れられたら、それはすぐにも実現することだとも思っているんですが。
 あんまり言うと本当に張っ倒されそうだからこのへんでやめておきます。(^^;)

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 ……WOWOWさんに加入しているのにそちらではぜんぜん見ず、いまごろDlifeさんで、CSI のシーズン5を見ているのですが(見られるときは)、昨夜はその第8話「第三の性」で、あまりのハードコアぶりにげっそりしてしまいました。

 寝るまえにみるものではなかったように思います;;

 エロという意味ではなくて——性転換手術の詳しい話を聞いたのは初めてで、……他人のものすごい外傷を見ただけで自分が痛がるというへんな習性(?)があるもので、もうね……痛いとかなんとかそういうものではなくてですね;;
 あらためて、たいへんだなあ、と思ったんですが。

 グリッソムさんのセリフに、ああ、それ、と思ったものがありまして。
「君たち(=トランスジェンダー)は、(世間からは)『性』ではなくセックスに執着していると思われている」
 これ、ほんと、よくある誤解ですよね。曲解というべきか。

 トランスジェンダーであれ同性愛者であれ、そういう人が身近にいたら自分はすぐにも襲われるようにいう人がいましたので、つい、
「ずいぶん背負ってるねえ」
 自分がそんなにモテると思ってんの? と。
 つい言ってしまい、まあ怒られたのなんのって。(^^;)
 だけどこの場合、失礼なのは私じゃなくてアンタなんだからね。と念を押しましたけども。

 もうひとつ。
 最後に牡蠣の話がありましたね。
 牡蠣は最初から性別を持っているのではなく、環境等にあわせて適宜、性を変えていく。
 人もかつてはそのようだったのかもしれない。であるなら、最初から性が固定されて生まれてくる方がミュータント(突然変異)なのだと。

 人類はあと500万年もすると、Y染色体がなくなるという説もありますね。
 いずれ、固定した性は存在しなくなると。
 私としては早いところそうなってくれんかなーと思っているのですが。ただ。

 たとえ、固定された性はなくなっても、人類が(ホモ=サピエンスより進化した新人類であっても)人であるのなら、人を結ぼうとする愛情関係はなくならないはず。

 そんなふうに思います。 
 
 
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