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2016.03.10 (Thu)

静かな日





 明日はそういうわけで3月11日。東日本大震災発災からまる5年となります。

 思うことはいろいろありますが、なにを喋っても悪口になりそうなので(とくにマスコミと反原発派とやらの馬鹿騒ぎについては、その主張ではなく手法について、もう悪口言いだしたらとまらない恐れがあるほどで;;)置くとして。

 静かな日にしたい。それが当事者のいちばんのお気持ちだと考えますので、私も明日は、とくにこの件については言及しません。
 ということを、いまのうちに書いておこうというのも、へんな話ですかね。(^^;)
 明日の予告することって滅多にないですよこのブログ(笑)。なんせ風の吹くまま気の向くままでやってますので(笑)

 そういうこととも合わせて最近、「忘れること」について、うすぼんやりと考えています。

 先日、「ウェブ魚拓」様が、過去の魚拓の機能を新しいものに変えるにあたり、一時的に機能が停止されてちょっとネット上もざわついてましたね。
 過去の魚拓の機能が更新されることになった理由に、「忘れられる権利含む諸々の権利に現実的な対応」をすることがありました。

「過去の魚拓」機能を再開しました
ウェブ魚拓 お知らせ 2016年03月06日 23時

 ネットにおける情報の取り扱いにはまだいろいろと、潜在的にも問題があるのでしょうが、「ひとの噂も七十五日」が適用されないというのも、かつて人類が遭遇したことのない「問題」ですね。

 忘れられる権利。
 聞いた瞬間には不思議な気持ちにもなりましたがでもたしかに——「忘れる」ことによって、またどうにか明日を生きていける、それもまた、事実。
 
 私は自分の忘れっぽさに日頃は泣いておりますが、でも、ネタバレを気にしないのはこの忘れっぽいアタマのおかげでもある。——事前にネタバレとなる話を聞いていても、自分が実際に、たとえば映画を見たり本を読んだりを始めると、聞いたことはほぼ忘れておりますので。(^^;)

 忘れねばこそ思い出さずというのは、まあ、いいことであればそれでいいでしょうが、でも、忘れるからこそ人は生きられる、そういうこともある。
 忘れるという「機能」は、思っていたよりも人間にとっては重要なことかもしれない。

 忘れたくないことを忘れてしまい、忘れたいこと(忘れたほうがいいこと)はいつまでも記憶によみがえって苦しめてくる——、そんなこともまた人間の「事実」で、もうちょっとうまいことできないものかな、と思います。

 過去は過去としてどんどん「流して」いくほうが、自然なことかもしれない。
 忘れることによってまた立ち上がることができるなら。
 そのほうがいい。

 明日はとにかく、どんな種類の馬鹿であってもただ静かに——1日でいいから主張なんぞ忘れて、ただ、人の心に添って、静かに過ごしてくれることを願っています。
 
 悼むというより、静かに「思う」日となりますように。

 やさしい日となりますように。
 
 
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