ならぬ無理はならぬもの
 それは誤解だ、と思うことは山ほどありますが、そのうちのひとつに、私があたかも洞察力のある、「鋭い」見方をするかのように言われること。
 なんも鋭いわけでもなんでもないです。
 ただあまりにも人間の作りが単純素朴なので、難しいところをいきなり取っ払って、超絶シンプルなところに話を持っていくのが、逆に珍しがられるだけでしょう。

 世間ではごちゃごちゃしている話をいきなり単純化して、「純粋な信仰心を、むしろ宗教は阻害する」「一神教は男性原理だからイヤ(←ドグマ以前でぶった切り)」などと口走るわけですね。
 それがちょっと珍しがられるみたいだなというのが私の見るところです。

 で、そのシンプルすぎる見方として、
「男尊女卑思想のいちばんの間違いは、モテない男が、モテる男とまったく同様の待遇を要求することにある」
 と思うわけですが、じつはさらに。
「結婚それ自体は構わないが、かならず同居して死ぬまで一緒にいるというのを、全員に求めるところが間違ってる」
 と思っております。

 まあ身内の人間はもう慣れたもので、そんなことをいっても「ふーん、そうかねえ」で終わってくれますが、ひとさまはそうはいかない。
 ので、これまでもほとんど、この件についてはここでも書いたことがありませんでした。(^^;)
 さりながら、自分ももういい年になったということは友人たちもそうであり、まあいろいろ——眺めているうちに思うことも出てきたということで。(詳細については突っ込まないように)

 どんな人間についてでも、やはりある程度の距離感というのは必要だと思われます。心理学のパーソナルスペースがどうたらなどと言わずとも。

 基本的には、他人と密接なところに「いすぎる」のが、精神的に負担にならないわけがない、と思うのですよね。
 個人差はあるにしても、ひとりになる時間や空間は、ある程度は、精神の健全性を保つのには必要でしょう。

 物理的、時間上の距離がありすぎて破局、ということがあるのも事実ですが、その逆も、じつはある。結局、あまりに密接すぎる距離もひとには無理になるし、無理になるのが当たり前なんじゃないかな、と。
 このへんは、愛情のあるなしとは別問題で。

 もちろん、数の中には、文字通りの琴瑟(きんしつ)相和(あいわ)し、もう片時も離れずにいても平気、それで穏やかに添い遂げるという方々もいらっしゃいます。美しいことだと思います。

 思いますが。
 これ、「モテる男」以上に、まれなことじゃないでしょうか?

 男尊女卑思想がすべての男にモテる男と同様の待遇を求めるというのが誤りであるのと同様、美しい理想的なカップルの姿を、およそ理想からはかけ離れたカップルにまで強要しようとしたのがそもそもの間違いなんでは?

 高い理想はけっこうですし、世の中にはその高い理想=厳しい条件をクリアしてしまう、そういう素晴らしい方々もいらっしゃいますから、そりゃあまあ——そういうのを見れば、ああうらやましい、ぜひ私もと、そんな欲が出るのもわかりますけども。

 冷静になって我と我が身を振り返ってみましょうよ、と思う次第です。
(身も蓋もない…)

 拝見するところ、琴瑟相和す、というご夫婦は、もともと、男女としてというよりも、人間同士としてそれぞれすばらしくて、そのうえで、相性もいい、というように思われます。
 もちろんいきなりそんなふうになれるわけでもなくて、ご本人たちには、いろんな努力もしてきたし波風もあったしということも、ちょっとお話を聞くだけでも、うかがえますが。人間関係だもの、そんな簡単なわけはないですよね。

 高い理想はよろしいが、それを見るなら現実も見た方がいいんじゃないかなと思う次第です。

 ヤマアラシのジレンマじゃないですが、敬意と愛情を持ち合うことと、べったりつねにいっしょにいることが可能かどうかは、別のものとして考えた方が、かえって関係のメンテナンスはやりやすいんじゃないかなと思うんですけどね。

 たぶん、昔の伝統的な結婚というのは、家、というものに組み込まれたもの。個人的なものではないわけですよね、その場合は。

 いいか悪いかは置くとしても、現在はその家「制度」も、事実上、「機能しない」から、であるならば、個人の生きかた、個人(同士)の生活様式として、適切かそうでないのか、そんなふうに見てみるのもアリになってるんじゃないでしょうか。

 ちゃんと愛情はあるのに、なまじ、物理的に窮屈な思いをするがためにストレスをため込み、このままいくと熟年離婚になりそう、なんてそんな話。
 聞く方だって、せつなくてやりきれないもんですよ。

 であるなら、ストレスを溜め込まずにすむ適切な距離をもてればいいんだよね——と思うんだけど、どうなんでしょうかね。
 自分に経験のないことだから、あまりにも無責任な発言になっているだろうとは、思うんですが。
 愛情自体はちゃんとあるのにな、というのがわかるだけに、やりきれませんでねえ;;

 年をとれば体力も落ちる。体力が落ちるということは気力も削がれていくということで——若い頃なら気力で「我慢」できたことも、だんだん、その無理は、ほんとうに無理になっていく。
 そのへんから考えると、文字通りの偕老同穴を実現している人たちって、超絶「例外」的なんじゃないかと思えてくるわけです。

 理想は理想でいい。でも、すべての人が、たったひとつの理想形を目指すのは、不自然なんじゃないか? と。
 シンプルすぎるものの見方をする単細胞は、そんなふうに思う次第です。

 ………何を言っているかというと、よーするに、「みんな仲良く、機嫌よく過ごしてほしい」ってこと。それだけなんですが……。
 
 
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