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状態と選択すること

 月曜日なんだから、もうちょっとこう、さわやかな系統のお話ができればいいんですが、なんだかへんなことが思い浮かんだのでメモ代わりに。

 いままでもちょこちょこ書いてきたことではあるんですが、
「希望がない≠絶望」
 ということについて少し。

 夢も希望もない、という——まあいろいろあって、あったはずのものも全部打ち砕かれて、持っていたはずのものが塵になって風に飛ばされてしまった、というような状態ですね。
 でもこれ、絶望しているわけではない、というのが、私の思うところ。

 辞書をみれば絶望とは「希望を(すっかり)なくすこと」とあって、言葉の意味としては、それはそのとおりなんですが。
 自分の経験、「実感」としては、ちょっと違う、と感じる。

 すっかり希望をなくす、ということは、即座に絶望を意味しない。

 絶望する、のと、希望を失う、というのは、きわめて近いけれども、厳密には、同じではない。
 それが「実感」。

 希望がないだけなら案外平然と生きていられますが、絶望すると、人事不省になったり病気になったりどうかすればそれだけで心臓がとまったりする。

 さすがにまだ心臓がとまったことはありませんが(不整脈はある)、それ以外の状態にはなったことがありまして、あとからゆっくり思い出してみると、希望を失う感覚と、絶望する感覚は違うな、と。

 絶望は——あれはなんなんでしょうね、ただ希望を失ったというだけではない、なにか衝撃がありますね。一種のショック状態だと思います。ご高齢の方が精神的に強い(負の)衝撃を受けると、昨日までお元気だったのに急にお亡くなりになることさえありますが。

 絶望するということは、衝撃を伴うなにか。

 希望がないだけなら案外、平気なもんだな、と思います。

 ときどき、自分には夢がない、これといってやりたいことなどない、ということで、まるで夢を持たないと「人間失格」みたいに思い悩んでいる方をお見かけすることがありますが。
 私の経験上、夢や希望がないくらい、なんだってんだ、と思いますね。

 そりゃあればあったほうが望ましいし生きる張り合いにもなるでしょうが、それがなければ死ぬってことはない。
 夢や希望がないのなら、ないように生きていればいい。
 でも、絶望はいけません。

 絶望は愚か者のする仕事、という——、不思議な言葉が私の脳内に残っておりまして。
 いつ、だれにいわれたのか、あるいはなにかで見かけたのか読んだのか、それもまったく記憶にございませんが。

 希望がない、イコール、絶望する、「ではない」。

 希望がないというのは「状態」にすぎませんが、絶望するというのは、「自分で選択すること」かもしれません。
 希望がないとは、そういう状態にある、というだけですが、絶望するというのは、自分でなにもかもを「放棄する」選択であり、「行動」である、と。

 とある自死志願者に、「あなたは死にたいと思っているかもしれないが、私には、あなたの体の細胞たちが死にたがっているようには見えない」といった方があるそうですが。
 そんな感じかなあ。

 人の体を構成する細胞の数はざっと60兆個。
 ミクロの視点になればその60兆の細胞はひとつひとつが一個の生命体。
 彼らが死にたがっているようには見えませんけどね、と。

 自分の身は自分の身であっても自分の所有物ではない。

 そう思いますと——自死はその60兆の命の、ジェノサイドとも言える。

 絶望するのは自分の選択。

 でも、その選択をしない限り、——こちらがどれほど夢も希望もないのだとしても、60兆の「彼ら」は、今日も元気に頑張っているわけですね。

 夢や希望がないくらい、なんだってんだ。
 というのはずいぶん、奇妙で乱暴な言い方に聞こえるでしょうけども、まあ——そういう理由です。

 希望がないという状態だけでは、「なんてことはない」のです。
 絶望するということは、もはやなにもかもを放棄する、その選択をする、ということ。

 希望がないという状態にあるからって、それは生きている意味や価値がないとか、生きていては「ならない」ようなことじゃない。
 希望がない、というところから、絶望を「選ぶ」のは、(『状態』ではなく)自分自身の行為。
 いやならそんな選択、しなくたっていいんですよ? ってこと。

 これはなかなかの「発見」だったと、自分では思っております。(^^;)
 こんな話は聞いてもわからないほうがいい——そのほうが幸せなんだと思いますが。
 ときどき、そういう迷いの中にいる人をお見かけすることがあって、……あのー、希望が無くたって平気ですよ? と、声をかけたくなる(笑)
 その状態から何を選んでいくのか、それは自分の意思ですよ、と。

 状態は。
 万物流転のこの世にあって、絶対変化しない状態なんてものはない。状態だけのことなら、変わるそのときまで、そのままでいたって、いっこうに差し支えはない。

 希望がないということを、希望というものを、あまりにも「過大評価」してるんじゃないだろうか、と思うことがあります。

 この話、わからない、意味不明、馬鹿みたいと思っていただけるほうが本当はありがたいです。
 でも、ギリギリのところにいる人には、ちょっとでも参考になることがあるかもしれません。

 そんなふうに思ったので、メモ代わりに。(^^)
 
  
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