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2016.02.23 (Tue)

時代考証




 個人的なことですが——小説や漫画などが映画の原作になったり、アニメ化されたり実写化されたりしたときに「原作とイメージが違う」というのはアホの極みである、という結論になったのが10年くらいまえ。
 面白いもので、ああではないか、こうではないか、と考えているあいだは、相当もやもやしましたが、これはもう決裁ずみ、と決めてしまったら、その後は何を聞いてもハイハイとスルー出来るようになりまして。

 自分なりの結論を出すのも、そう無意味なことじゃないなと。

 そんな経験を踏まえ、現在、これもぜひ、自分内稟議書つくってハンコ欲しいわ、と思っているのが、「大河ドラマにうっるさい人々に対するもやもや」。

 時代考証がどうとかっていう。

 なんどもいうようで気がひけるのですが、あれ、ドラマですから。歴史ドキュメンタリーじゃないですから。
 衣装から小物から、まーなにからなにまで、史実と違うじっさいとちがう、そうじゃなかったあれはオカシイ、ってねえ……うっるさいわ! ドラマを見てんだからドラマに集中させろよ! 
 と、頭にきてしまってもう、大河ドラマに関するツイートは見なくなりました。

 絵画は「じっさいとはちがう」ものですよね。デフォルメというものが、絵画からは切り離せない。なにを誇張しなにを省略し、ものごとを「ゆがめ」、それをどう表現するかというのが絵画の面白いところ。
 その絵画を見て現実はこうじゃない、オカシイなんていってるひとをみたらどう思います?

 考証なんて現実通りにやってドラマがなりたつわけがない。日本にはあんなしゅっとしたかっこいい馬なんかいなかったし、着物だってあんなに鮮やかな色ものを庶民は着てないし、そもそも着物のパーツの形が違うんですよねあの時代。
 前身頃はもっと巨大で、体を左右から包み込むような形態で、庶民は帯なんかじゃなくて荒縄だったりします。
 やりきれますかそんなことまで。

 それに——上記ツイートにもありますが、逆に、ほんとうに、学術的に話をすると、学説というのはしょっちゅう変化している。自分が聞きかじったことなんて、もう化石みたいなものになっているのに、得意顔してひとさまにあれこれ(えらそうに)いう——これがどれほど滑稽なことか。

 滑稽ならまだいい。私のような気の短い人間は、簡単にイライラしてきますからもうね。(^^;) カンベンしてくださいほんとに。

 これって何かに似ているなと思ったらあれだ——真の着物好きの天敵、不倶戴天の敵、「お直しおばさん」と同じなんですね精神構造が。
 そりゃー私がイラついて怒るわけだわ……と自分でナットク(笑)

 お直しおばさんは、かなりよけいなことをいったりしたりします。
 着慣れていないらしいひとの、帯やらなんやらとちょっと直してあげるだけなら親切ですが、よけいなセッキョーたれたり、意味不明の批判をしたり(そんな色付きの半襟だなんて! とかね)。

 私も最初は、ふーんそんなものなの? と思っていたんですが、資格とるのに勉強したり、あとは自分の趣味として装束の深みにはまってみたらもう、あの人たちがどんだけデタラメを言っているかがわかって卒倒しそうになりました。

 ようは思い込みだったり、おばさんの作り出した正論にすぎなかったりで、根拠と歴史を求めていくと、すぐに崩壊するようなことばかり。

 ……なのにあのえらっそうな態度か。
 それで初心者を萎縮させては着物嫌いにさせるのか。

 いっときは、お直しおばさん許すまじ、とまで思いましたねあたしゃ(笑)

 たぶん。
 中途半端な知識でえらっそうに「ドラマに」文句垂れる人たちの精神構造は、お直しおばさんと同じ。
 自分を疑わず自分の知識を疑わず、しかも自分を「正義」と見立て、ひとさまを断罪する。

 なんというかもう……ドラマにおける考証にあたる方々のご苦労を考えると、頭が下がります;;
 そのうち引き受けてくれるひとがいなくなっちゃうんじゃないの? あんまり馬鹿馬鹿しすぎて;;

 他人にいちゃもんいうのを生き甲斐にしているひとって、でも、けっこういるのかな。
 迷惑な生き甲斐だな。

 ドラマは、ドラマとして楽しめるなら、私はそれでいいです。
 大河ドラマも歴史を「モデル」にしているだけのことなので、ドラマ本来が目的にするもの——「人間を描く」ことを、最優先でやっていただくほうがいい。

 歴史の勉強ならほかでやりますよ。

 それで、今年、堺雅人さんを見ていて思い出したんでした。「新撰組」のとき、山南さんの「助命嘆願」があったんですよね(笑)
 私は、ドラマなんだから、べつに助命したっていいんじゃないかなあと思って見てました(笑)
 これはフィクションです、ということを知らしめるためには、たまには、それくらいやってもいいかもしれませんよ?

 それやると、山田風太郎とか半村良とか(文中敬称略;;)になっちゃうんでは、と言われましたが——いいじゃないのさ大河で伝奇ロマン!! くだらないいちゃもんつけてるよりははるかに楽しめると思うね。

 ちょっとヤケ気味ではありますが、でも最近ほんとにそれ、考えます。(^^;)

 なんにしても。
 もしかしたら自分の知識はもう「古い情報」になってんじゃないかとか、自分には知らないことがあるのではないかという、そういう謙虚さは、学ぶときには必須というくらいのはずなのにな。

 私自身もこういういちゃもんを聞いても、モヤモヤしないよう、決裁をはやいところ終わらせたいと思います。(^^;)

(いちいち、かちんときてるってことは、まだなにか、自分の中では決めきれていないものがある証拠なんですよね;;)
  
 
 
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