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メディア特性

 インターネットは面白いな、と。
 おそらくネットがなければ存在さえ知ることはなかっただろうことに遭遇して、最近、その思いを深めております。

 こうなってくると言われるのが、もう新聞なんか読む「必要」はないでしょう、ということ。
 そうねえといいながら、私はそれでもまだ、新聞はとっております。
 なぜと申しますに、やはり新聞もまた、「知らないことを知る」機能がある、と感じるから、です。

 
高校受験に向かう女子3人が満員電車に乗れず半泣きに。それを見た別の受験生は…
2016年2月5日 BUZZmag

 実話かそうでないかも含めて、あんまり難しいことはつっこまず、でもその中学生の行動と心意気はよろしいではありませんかということで、私もRTしてまして。
 私としては、単に、面白いなすごいなえらいなというだけでしたが、この件に関する「ツイートまとめ」、そこにつけられたコメント欄を見たらなんとなくげっそりしまして。(^^;)

 コメント欄の中でも顰蹙(ひんしゅく)されていましたが、あのひがみっぽくて恨みがましい、「女尊男卑」などとすぐに口走り、男女平等なんて言う言葉に過剰反応する、被害妄想の塊みたいな方々のコメントがありましたもので。

 こういう人たちの存在は、それこそ、ネットでもなければ私はほぼ、知ることはなかったなあ、とも実感しました。
 私自身のリアリティの世界では、こういうことをいう殿方とはほぼ接触がないし、もしかしたらあるのかもしれないけれども、実社会の中でこんな妄想垂れ流しなことを堂々という人もいないからです。

 リアルな世界では知り得ない誰かの存在、なにかの存在を知る。それがネットの面白さではあるだろうな、と。
(リアルな世界においてはこーゆー被害妄想の人とは、老若男女の別を問わず、可能な限り、接触したくないから、ネットだけで充分です;;)

 これはちょっとネガティブな話になりましたが、ポジティブなこととしては、趣味のこととか、すばらしい特技をお持ちの方とか、がぜん興味深いジャンルについても、ネットのおかげで知ることが多い。
 世の中にはこんな面白いことがあるんだなと思ったり、自分の趣味を深めるものがあったりで。

 こうしていると、ネットがあれば情報としては充分以上のものがある、という、そんな感覚が出てくるときもあります。
 が。

 私としてはあまりそうは思わず、むしろ「世間知らず」になりそうな感じが強くなりました。
 これは目下のところはただの「感覚」でしかなくて、ひとさまに、こういうことですと具体的な説明はなにもできない段階ですが。
 
 ネットは、自分の内側にあるものを、強化なり深化なりするのにはずいぶん強力だけれど。
 自分以外の誰かのことを知るのには、ちょっとヨワイ、と感じます。
 理由はまだご説明できません;;

 もう朝刊コラムも社説も読まなくなって久しいけれど、それでも、「旧態依然」の新聞は読む。
 読めばやはり発見はあるし、発見があるときに、こういうことはネットだけじゃ「触れない」な、とも感じます。

 旧態依然だからこそかもしれませんし、媒体の特徴の違いかもしれませんね。

 ネットでは結局は自分の世界に没入することはできるけれども、ほかの存在には気づきにくくなる、——そんな感じ。

 そんなわけですでにマスコミというものを信用することはなく、社説等を読めば鼻の先で笑い、中立公正のふりなんかやめてむしろ主義主張を押し立ててくれた方がいいとイラつきながら、それでも、なるほど世の中にはそういうものがあるのかという、そんな発見がある以上は。

 新聞よりも新聞「紙」のほうが便利だよねといいながら、新聞購読はつづけております。

 メディアの特性の違いからくるものかなと思いますが、そのへんは、いずれまた、具体的にわかってくるかな。
 わかってきたらまた、くどくどしくここでご説明申し上げる予定(笑)
 
 
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