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半可通

 半可通、ということについて考えております。

はんかつう【半可通】
よく知らないのに知ったふりをすること。通人ぶること。また,その人。



 去年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」、私は楽しく見ておりました。
 去年はまだツイッターを始めたばかりで、最初のうちは、そのタグを開いて、皆様のコメントを面白く拝見していたのですが、そのうち——3ヶ月もたずに、嫌になって見なくなりました。

 というのは、史実とは違う、史実はこうだ、じっさいはああだ、●●を無視するのか、全然違う……という、まったくもって、この人たちは何を見ているのだろうかと思うようないちゃもんの山になっていったからです。

 不気味に思ったのは、そのいちゃもんが詳しいんですよねじつに。
 つまり、ドラマをちゃんと見ていないといえないようないちゃもんなわけです。

 ドラマですから、つまらないとか面白くないとか、そりゃあるでしょう。で、ふつうなら、面白くないドラマって見なくなりますよね自然と。

 でも、この方々は、まるでいちゃもんをいうために、熱心にドラマを見ているようだ——と思ったらもう、なんだか気持ち悪くなりまして。
 製作側の「まちがい」をいちいち指摘してやるのが自分の使命だくらいに思ってんじゃないの? という気配すらあって気持ち悪い。十字軍かよ。

 ドラマはいうまでもなく「フィクション」です。虚構です。嘘です簡単に言えば。
 もちろん、歴史の中に登場する実在した人物を「モデル」にすることはあるでしょうが、ドラマはあくまでもドラマです。
 史実と違って当たり前ですよ。

 史実通りの考証でやったら不評だったのが「平清盛」のシリーズ冒頭部分でしたよね。
 史実に近くやれば文句を垂れ、ドラマとしてやれば文句を垂れる。
 私もいいかげん「文句たれ」なところがありますが、あれほどじゃない。

 誰かにいちゃもんを言うために、面白いとも思わないドラマを毎週熱心に見て、ツイートをタグつけて流しては悦にいるのかと思いましたらもうね。(^^;)

 で、ふと思い出したのは、やはり大河ドラマの脚本を担当したかたのお話。
 歴史がどうたらといって苦情を入れてくる人たちは当然いたけれど、いわゆる専門家——学者の先生がたはべつになにもおっしゃらず、熱心に苦情を入れてくるのは、「市井の歴史通」がほとんどだったと。

 ああこれはあるだろうな、と思いました。
 専門家であればあるほど「あれはドラマだから」ということを認識する。ま、フィクションだし。ということになるわけですね。

 史実、と皆さん簡単におっしゃるけれど、なにが史実かなんてのはそうそう定まるものではない、ということを、専門家はぎゃくに、よくご存知、ということでもあるでしょう。
 現在、史実と「されている」もの、というのが正確な表現なんであって、またなにかの新史料でも見つかれば、従来の学説なんて吹き飛ぶ——そういう可能性があることは、専門家は、当然、よくおわかりなんでしょう。

 中途半端な知識がある人ほど、かえって他人に対して威丈高に出るものなんでしょうかね。ちょっと謎です。

 畑違いの話ではありますが、私がきものの勉強を始めた時にもこれは感じたこと。
 いわゆる「お直しおばさん(2008-05-06 エントリ)」がいうことって、たいていがでたらめ、あるいは思い込み、あるいは「極端な意見」にすぎない、ということが、わかってきたとき。

 ほんとうに着物好きだったり、ベテランの先生ほど、きものはかくあるべしという思い込みはなく、感覚はむしろ「自由」だと気がついたとき。
 えらそうにものをいう人には要注意だなと思いました。

 ケンカするときは理論武装するタイプの私、いつなんどき、お直しおばさんに捕まってもいいように、いっときはかなり知識を詰め込んでました。(^^;)
 が、どういうわけでしょうか、いまのところお直しおばさんには遭遇すらしないんですよねー……。待ってるのに(ある意味で)。

 ただ。
 中途半端な知識を持ち始めたときほど、むしろ、思考の自由度を失い、かくあるべし、これが常識、これが事実、それ以外はぜんぶ「間違い」、という、ガッチガチの石頭に傾くようだ、と思っております。
 これは、でも、自分もどこかでやっているかもしれない、ということで、注意したいと思います。

 とりあえず今年は、大河ドラマのタグ検索はしないでいようと思います;;
 ユーモアのあるツッコミは大歓迎。
 でも半可通のいちゃもんは、断固お断り。

 それが今年の視聴ポリシーってことで。(^^;)
 
 
 
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