やわな抱負
2016年01月09日 (土) | 編集 |
 松も取れましたが、お正月行事はまだ続きますね。
 ただいまは、百人一首カルタ——競技かるた、第62期名人位・第60期クイーン戦をニコ生さんで拝見しております。

 いつも思うけどこれは本当に格闘技ですね;;
 
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 いつもおいしい井村屋さん。
 やわ餅に関連して(ですよね?)「やわ」な今年の抱負を、という企画。
 絵馬を眺めているとなかなか面白いので、自分も何か抱負……と考えているのになにも思い浮かばないというのはどうしたもんでしょうか;;

 この企画が目に付いたのは、このツイートにある画像、絵馬のひとつの抱負が面白かったので。
心霊番組を見たあと 夜、一人でトイレに行く

 私は怖い話を聞くのは好きですが、俗に心霊スポットと呼ばれる場所にじっさいに踏み込んでいくという番組は見ません。
 シャレにならん、と思うからです。

 じっさいそこに何かがいるにしてもいないにしても、「失礼」だろうよ、という気持ちになるんですよね。

 なにかがいるかいないかが問題なのではなく、「ひとさまん家に面白半分に侵入する」ようすなど、誰が見たいかってんですよ。いえ世の中の大勢のひとが見ているわけですけど。

 いるいないではなく、「他者を尊重する気持ちの欠如」を見るのは、やはり気分が悪い。

 自分のテリトリーではない「他者の領域」にたいする、あの尊敬のない心根と態度って、どーにかならんのでしょうか。
 世の中、プライバシーだなんとかの権利だ個人情報がどうだと、まあウルセエことになっているというのに、自分のことにはそうやってわあわあいうのに、ひとさまのことにはまるで道端の石ころほどにも気を使わないのね。
 そういうの、どうも好きませぬ。

 どうせ空き家で、あるいは廃屋、廃棄された施設だから、誰もいないから、いいじゃない——というかもしれませんが、そーゆー問題ではございません。
 廃屋であれなんであれ、所有者は必ずいるはずだし、それがはっきりしなくても、それが自分の領域ではないのなら、「ひとさまのもの」として扱うのが筋ってもんじゃないんでしょうか。

 ユーレーがいるかいないかの問題じゃない。
 他者の領域を尊重しない——自分がそれをやられればキチガイみたいに怒るくせに——、という態度が垣間見えるところが、嫌なんですよねああいうの。

 いるかいないかは問題にしないのか、というと。
 あんまり、気にしませんね。
 いてもいなくても、それは自分には直接は関係しません。

 怖い話を聞いた直後に、うわー怖かったーといいながら、ひとりで暗い夜のトイレ(合宿所;;)に行ったという人間ですから、本人も無自覚のレベルで本当に気にしてないようです;;

 面白かったのは、私がそのまま、話の輪から外れて黙って席を立ったのを、え、もしかしてあれ、トイレに行ったんじゃない? と気がついた友達が、あとから走って追いかけてきたこと。
「トイレに行くなら行くって言ってよ!」
 と言われました。(^^;)
 なんだ。みんなも行きたかったの? と。
 怖くていい出せなかったようで(笑)

 怖い話を聞くのが好き、この世ならぬものを信じている、輪廻転生を信じてる(そうじゃないとこの世がなぜこれほど不条理かつ不平等か説明がつかないと思ってる)、——そういっていながら、なぜひとりでトイレに行くのだ。と、ちょっと怖い顔で問い詰められたけど——さてね。(^^;)
 私にもわかりません(笑)

 なにか、そういう関係でもいいから、抱負、ないかなあ。

 …………アシダカグモを見ても逆上しないようにする、とか?
(ウィキの画像を見ただけで気が遠のく)
 滝行しても無理かもしれない。というかそれだとちっとも「やわ」じゃない。
 
 なにかないかな〜などといわずに、抱負をさっと思いつけるくらい前向きになる。とか。(^^;)
(根本からなにか間違っている気が;;)
 
 
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