わかりにくいお話
2015年12月21日 (月) | 編集 |
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安保法廃止へ「市民連合」=参院選で野党と共闘
2015年12月20日(日)19時10分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151220-00000057-jij-pol

 これはじつにいいことで、安倍総理がいい仕事をしている証拠だな、と思って聞きました。
 
 自分の身の安全を守ることに反対するというのはおかしなことです。自分をわざわざ危険な状況へ追い込んで喜ぶ馬鹿がかどこにいるでしょう。
 そう考えると、「安全を守るな」という主張をする、この人々の奇妙さ、拠って立つ場所は、「ほんとうは」どこなのか、ということが自ずと見えてきます。

 獅子身中の虫として存在されるよりも、こうして表立って、しかも「集結」してくれるというのはありがたいことです。
 昨日はこのニュースは新幹線車内の、電光掲示板の簡易なニュースで見ましたが、思わず「いいね」と呟いておりました。
 このあぶりだし効果のみごとさ。
 安倍総理がいかに的確に仕事をしているか、よくわかります。

 それにしても人間というのは悲しいものだし、悲しがっている場合じゃなくて自分も気をつけようと思いますね。

 先日は、フィギュアスケートの羽生結弦選手が、テレビ各局のニュース番組につづけて出演していましたが(帰国したその足でねえ……。感心しない。誰ですかああいうことやらせるの)、テレビ朝日「報道ステーション」を見ていたうちの母が面白いことを申しました。

「あの番組のメインのあの人ね。羽生くんにあれこれ聞いて、その最後にさ、『(羽生さんが質問に答えるなかで)なにかへんな事をいったら突っ込もうと思ってたけど、なにもなかったです』って言ったんだよね。ばーか、って思った」

 人間というのは、どうしても、自分を基準にしてしまう、ということでしょう。
 自分が馬鹿だと世の中の人間全部が、自分と同じ馬鹿だと思ってしまう。無意識に。

 羽生選手は頭のいい人です。年齢こそ若いですが、人間的にもすでに十分、磨かれている人です。
 報道ステーションのキャスターごときとはレベルが違うのです。
 それを自覚できない、というところに、人間の悲しさを見ましたねあたしゃ。

 今昔物語なかにか、琵琶の名手、蝉丸法師のお話を読んだとき、なるほどなあ、としみじみ感じ入りました。
 隠遁(いんとん)して静かな山のなかに住んでいる蝉丸法師、夜にひとり静かに琵琶を奏でるのですが、夜ですから音が響く。
 いくつ先の峰、峠のあいだからなのか、法師の琵琶に「合奏」してくる人がいる。

 ある晩の合奏相手は、しばらくは合奏していたれど、途中でやめてしまった。
 ある晩の合奏相手は、最後まで演奏し切った。

 蝉丸法師を訪ねていた人(これがたしか、源 博雅さんだと思ったけど…)が、法師に、どちらの弾き手の方が上手ですかと聞いた。法師は、
「腕前はどちらも同じくらいですが、前者の方が上手でしょう」
「なぜですか」
「前者は、自分の腕前がどれほどのものかを悟って、恥じて演奏をやめたのです。後者はそれがなかった。自分の腕前を理解するだけ、前者の方が上手といえます」

 報道ステーションのあの人は、後者のタイプだったということですね。

 でもこれ、本当にひとごとじゃないんだ……。
 自分の理解は結局、自分の知っている世界を出ない、ということを感じることが多くて、私も、あとから、あー、あれはイカンかった、と思うことが多い。

 下手なのはもうしょうがない。でも本当の上手はだれなのか、それを理解できるくらいには、精進したいと思います。

 安倍総理にあぶりだしにされている連…、人たちも、そのへんのことが理解できれば、こうまでもやすやすとはあぶり出されてこなかっただろうと思いますと、ある意味、気の毒ではありますね。

 
 ……今日はちょっとわかりにくい話になりました(笑)

(こういうことはよくあって、私もこっそり「意味」を忍ばせて、でも相手には悟らせずにいることがあるのですが、悟った人からは、怖い、と評されて恐縮したこともなんどかあります)
(面白いことに、そうと気がつく人は大抵、第三者の立場にいる)
(私がにっこり笑って馬鹿面してるから油断する人が多いのでしょうが、わかる人はわかるんだから——と、私も肝に銘じております)
 
 
 
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