Entries

百科事典の別巻



 飽きっぽい、というのが、悩みとまではいいませんが、ちょっとコンプレックスで。

 人物評にも無意識のうちに「飽きなくていい」などと口走るくらいで、私にとっては飽きる、退屈する、というのはよくあることであり、できれば避けたいことだというのがわかりますね;;

 趣味にしろ何にしろ、基本的には飽きっぽい。いろんなことに首やら足やらを突っ込んでおりますが、いずれも長期間は継続せず、ある程度のことは習得するけれども、奥深いところにはいかない。
 可能な限りいい表現をしてもせいぜい「広く浅く」、って程度。

 一意専心、この道一筋ウン十年、石の上にも三年、初志貫徹、……という、いわば、「ひとつのことを、石にかじりついてでも貫く」のを美徳とするこの国においては、どうも肩身がせまい。

 どうしてこうアタシは飽きっぽいのかなあ、一意専心てことがないんだよねえ、と、それなりに気にして、恥じ入ってもおりましたが。
 もうね、そんなことを半世紀近くやってきますとね、しょーがないや、という気持ちになりますね。

 先日は、それこそ無意識のうちに自分で押さえ込んできた、自分の根っこにある望みが、やっとわかった、ということを申しましたが。
 この飽きっぽいというのも、「根源」にあるもののようです。

 一意専心を尊ぶ文化の中では肩身がせまいというのはどうにもなりませんが、とはいえ、私自身にとってはようは、「いろんなことを見て聞いて触ってみたい」のは、どうにもならない「衝動」です。
 深い場所にある、根っことなる望み。
 可能な限り、いろいろ見て聞いて触ってみたい。時間と体力と財力には限りがあるので、それぞれが「ある程度」どまりになるのはしかたない。人生は一千年もあるわけじゃないから。
 ある程度、取り組んでみて、なるほど、と思ったら、よし次、ということになる。

 バカみたいに乱読したのも、そういうことと共通してるんでしょうね。
 それが私の望みだし、やりたいことなんだなとやっと悟りました。(^^;)
 そのへんを妙なふうに抑圧するとまた歪むぞ、というのもよっく! わかったし;;

 これが私の望むところなら、ひとさまからなんと罵られても、変えるわけにもいきませんね。これで本人、幸せなんですよとしかいいようがない。
 これという技能が身につくわけではないから、社会のお役に立つようなこともなくて、そのあたりは申し訳ないなと思いつつ。(^^ゞ

 たまに、いろんなことを知っていてすごいですねというようなことをおっしゃってくださる方もありますが、いや、それは誤解ってもんです;;
 強いて言うなら私がやっていることは、大きく見るなら「百科事典の索引(インデックス)づくり」でしょうか。
 
 世の中にはどんなものがありどんな分野とされているかを把握して、こういう分野は彼に聞けばわかる、この項目はあの人に聞けばわかる、その関係ならこういう資料がある——自分自身に知識を溜め込むというよりも、「誰に聞けばわかるか」を把握する。
 そういうことが好きなんでしょうね。
 そういえばなにかと「一覧表」つくるの好きだしなー。
 紙を広げてぱっとみて一目でわかる、というの、好きですね。
 鉄道・地下鉄の路線図などはもう、見るとぞくそくするくらい好きです(笑)

 あんまり飽きっぽいのもいいことではないのかもしれませんが、「よし次」ということなら、それはそれでいいのかもしれません。
 経験上、ある程度の区切りを悟って、「次」へいく時期になったから、というのは問題ありませんが、なにかからの「逃避」である場合は。
 これは、見かけ上、似ているところもあるのですが、中身はぜんぜん違います。

 その場を離れたいと思ったとき、それは、ある程度の区切りだからなのか。
 それとも「逃げ」なのか。

 その見極めさえ誤らなければ、飽きっぽい、というのも、そう悪いものではないと断言できます——少なくとも本人にとっては、悪いことじゃない。
 周辺の方々にとってどうかはわかりませんが。(^^;)

 まあ、自分の人生のことですから。
 周囲には、ごめんね、といいながら、次へ行くしかないですね。
 飽きっぽい自分にちょっとお悩みの方に——ご参考になれば幸いです。

       ●

 病院の予約とれました。
 24日です。クリスマスイブか〜、と聞いた瞬間大笑い。
 や、でもよかった、もしかしたら年内ギリギリなんてことになるとコミケと重なるかも? と心配していたので。(心配なのはそっち…;;)
 
 
関連記事

ご案内

プロフィール

みずはら

ブログ内検索

最新記事

地球の名言

presented by 地球の名言

右サイドメニュー

月別アーカイブ