芸は人なり
2015年11月23日 (月) | 編集 |
 本日、勤労感謝の日。
 新嘗祭(にいなめさい)と関係なくはないけどあんまり意味がある祝日でもないようで、なんで11月23日? と思ったら、「とくに意味はない」って。(^^;)
 そうだったの?

https://ja.wikipedia.org/wiki/勤労感謝の日

 新嘗祭とGHQがでてきちゃったよ(笑) ダブル効果で共産党さん、この日はいやだろうなあ(笑)

 でもって今日は二十四節気「小雪(しょうせつ)」。わずかながら雪が降り始めるころ、と。
 七十二候では「虹蔵不見」。虹を見かけなくなる、と。

https://ja.wikipedia.org/wiki/七十二候

 いろいろありますが、すでに立春が待ち遠しいです。(^^;)
(大雪もまだだっつーのに;;)

       ●

 ここ数日、個人的に「小松左京フェア」になってます。

 小松左京さん(1931年1月28日—2011年7月26日)にはそりゃもうハマりまくり。御大の小説群に、「知で遊ぶ」楽しさを教えてもらいました。

 最初に読んだのは忘れもしない、アンソロジーに収録されていた「くだんのはは」でした。
 当時わたくしは中学校1年。

 そのアンソロジーは、怖い話というほどでもなくて、ちょっと不思議なお話(フィクション)を集めたもので(本当にあったわけではない怖い話/笑)、申し訳ないですが本のタイトルも編者も覚えていません。
 そのなかでとくに印象的だったのは「くだんのはは」と、筒井康隆さんの「佇む女(ひと)」。
 おふたりがSFの大家であるとはまったく知らなかったのに、やはりこのおふたりが際立っていたんですね。(^^;)

 そこからはもう、ハマったの転んだのという騒ぎではなく、なにしろ多作の方でもあるしショートショートの名手でもあるし、その時点ですでに文庫化されていた本が山のようにあったというのも財布の事情が厳しい中高生にはありがたいことで——読みまくりました。しかも繰り返し繰り返し。

「日本沈没」みたいな長編もいいのですが、やはり中編に、心惹かれるものが多かったです。「くだんのはは」も短編ですし。
 その熱がここで再燃——というほどでもないけど、再読ブームきてます。
 それで読み返して思うのは、やっぱり御大はいいなあ。と。

 なにがいいかって。
 ——なんともいえない、ひとへのやさしさ。
 これに尽きます。

 芸術家でもなんでも、個性で勝負するひとの場合、作品はすばらしいのに、ご本人のお人柄はちょっとアレだったりするのも、珍しいことではないですね。
 もうお亡くなりになっている方ならともかく、まだお元気で(……まだ、って;;)いらっしゃると、そこはそれ生身の人間、いらぬスキャンダルやゴシップネタになってしまって、ファンとしてはげんなり…ということも、よくあること。

 それでも、作品とその人柄はべつものであり、よい作品を生み出すひとが人格高潔である必要はない、と。
 それは私も認めます。
 文芸批評において、作者のプライバシーまで詮索するような真似をするのは好きではないし、作品を読み解くのに「必要」なこととも思えない。

 作品と作者は切り離していい。

 ………それは当然認めてはおりますが。

 そうはいっても——これは評論じゃなくて自分の好き嫌いの話なので。
 どこがどうとは具体的には指摘できない(してもいいけどとんでもなく細かい話になります)、そのやさしさの感覚あればこそ、ああまでもハマったんだなあ、と感じます。

 御大なきあと、これほど知と情のバランスを感じさせてくれる人は現れていない。まあそのうちには——とも思いますが。
 
 人格破綻者でも史上の傑作を生み出すことがある、というのはそのとおりだと思います。
 それでも、言葉にはならないような部分で、私は「やさしい」感覚に、いれあげていたんだな、と思います。

 皮膚の上に神経をむきだしにさらして歩いているような年頃のとき、こういう感性のものにどっぷり浸かっていられたのは幸せなことだったな……と、しみじみ。

 作品と作者の人格は別問題、というのはそのとおりだと思いながらも。
 五代目・柳家小さん師匠がおっしゃったという、「芸は人なり」もまた、そのとおりのことだとも思います。

 うかれ、というあだ名がつくほど剽軽(ひょうきん)だったという小松左京さんの、けれどもその心底に、驚くほど暗い闇があるとは、後からだんだんにわかってきたことでした。

 人間というのは面白いもんですね。日頃はおどけてばかりの明るい人にこそ計り知れない闇がひそんでいたり、物固いとばかり思う人に、意外なまでの豊かな世界とユーモアがあったり。

 御大は明るいとはいえない青春時代を過ごし、阪神淡路大震災後には鬱をわずらい、それでも——やっぱり「うかれ」で、おやさしい人だったなと思います。
 お亡くなりになったのが2011年の夏、東日本大震災後です。亡くなる直前にも人を励ますメッセージを残して——ご友人がたが歌う「カンカン娘」に合わせて末期の水——じゃなくてお酒を(脱脂綿に湿らせたものを)飲んでいったとか。

 芸は人なり。
 本来、直接お会いすることもないなかから、人柄からは切り離されたはずの作品越しに、それでも感じ取ることはできる。再読するなかで、そのことを実感しています。
 
 直接は触れられないはずの人柄に惹かれていく、そういう私の「嗅覚」には自信を持ってもいいのかもねえ——と、再読を続けながら思っているところです。


 せっかくなので、小松左京さんの最後のメッセージを。

「今は大変な時期かもしれないけれど、この危機は必ず乗り越えられる。この先、日本は必ずユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている」



 ——うつせみの みをかへてける 木(こ)のもとに なほ ひとがらの なつかしきかな
 
 
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