ロックなるもの
2017年08月03日 (木) | 編集 |
 この3年ほど、気になっていたことがひとつ解決したように思います。
 昨日付の、「ほぼ日刊イトイ新聞」、「今日のダーリン」から。

 こちらはアーカイブはないのかなあといつも思うんですが……そんなわけで後からゆっくり読み返したいものはコピーを取っているのですがもちろん再配布等はいたしません;; 自分の参考用です。

 ロックとは何か、ということが、どーにも私には理解できずにおりまして。
 理解できないというより「定義」がぜんぜんわかんねー、という戸惑いですね。(^^;)

 女子力ということばも、何を意味しているのか指しているのかがわからん、とぼやくんですが、ロックもそう。
 これはある種の美学として使用されることも多い言葉ですが、ならばその美学(か、理念?)はどんなものか、というのが、私にはぜんぜん見えてこない。
 
 いろいろ本や雑誌、こういうことに詳しい人お好きな人のコラムエッセーその他を可能なかぎり見てきましたが、どうも言っていることがバラバラに思える。
 ただ、何かを賞賛したいとき、あるいは自分が持つ何かのポリシーや美学を言いたいときに使われる、ということだけはわかる。
 でも、わかるのはそれくらい。

 しょーがないので音楽史としてのロックの発祥というものも見てみたけれども、これは音楽としての特性の話になるし、現在では、一言でロックと言ってもその種類はかなり枝分かれした状態で多種多様。
 音楽としての特徴と、美学として言われるときの思想性の関連性は私にはわからず、さらにその上、洋楽のロックだの、Jロックだのと言われた日には、何がどー違うんですか! とわめきたくなるほど訳がわからない。

 ……歴史の方でもそうだけど、庶民の間にあるものって体系的に研究されることなんぞまずないから(誰もその資料をまとめないし。そもそも)、自分の感覚ではなく、部外者として「理論的に」理解しようとすると、手がかりがないんですよねえ。

 ロックとはそもなんぞや、と思いつつ、もうわからないものはわからないでしょーがないやと思い始めていたところだったので、糸井重里さんのこのコラム、初めてなるほどと膝を打つことができました。

 ちなみに。
 文学でも音楽でもジャンルというものを無視する私は、ロックというジャンルにも当然興味がなくて、ただ漠然とその言葉には「反抗期の中学生」というイメージがありました。
 若いというよりは幼く、反骨というほどの強靭さはない。そんなイメージですね。
 
 面白いもので、わからない、と言いながら、そういう無責任なイメージだけはあるんですねえ。で、それをうっかり口にすると、ものすごく怒られたりする。(^^;)
 怒られるのは当然なので、だから、自分はよく知らないことなら、少なくともある程度を理解できるまでは黙っていろんな話を聞いておくべし、というのが私の思うところ。

 ということで迷える私に光を見せてくれたのがこちら。
  ↓↓↓

「人が生きている社会というのは、
 これまで生きてきたたくさんの人たちが、
 いろんな試行錯誤をしながらつくってきたものだ。
 それまでの人がつくってきたのだから、
 つまりその時点での大人たちが生きやすいように
 つくられているわけだ。
  ……………
 これから社会に出ていく人には、
 必ずしも都合のいいものだとは言えない。

 そこで、若い人間たちは、
 「おれたちには、こんな社会はくそったれだ」と
 ついつい言いたくなったりもする。」



「で、「30歳を過ぎた人間は、信用するな」とか心に誓う。
 常識だとか規則だとかは、いったんすべて壊して、
 おれたちが新しい社会をつくるんだ、と言う場合もある。
 そういう態度やら、考えやらを、どういうわけだか、
 「ロック」と総まとめにして言ってる場合もあった。」

 「じじいども」が、じぶんたちの都合よくつくった社会を
 どうにかしてやりたいとか言ってるうちに、
 じぶんも29歳とかになってしまったりして、
 信用しちゃいけない30歳さえもすぐに通り過ぎる。
 「だけど、ロックは忘れちゃいない!」とかも言う。」



 あー、なるほど! と、思わず膝を打ちました。
 実際にはこれにも異論が出てくるのかもしれませんが、でも、私なりにいろいろ聞いたり読んだりしてきた「断片」が、これでひとつにつながった、と感じました。

 私が、「反抗期の中学生」などと失礼なことを漠然とでも感じ取っていた理由も。(^^;)
 ロックに携わる音楽家には悲劇的な、あるいは破滅的な「におい」がまとわりつくことが多い理由も。
 それらが繋がりをもって、見えた気がします。

 ようやく、腑に落ちました。
 この糸井さんの「仮説」に基づくなら、私が、あんまりロックというものに「ハマる」ことなくきた理由も。
 後に続く、糸井さんの鋭いご指摘が、それに関係する。

「キミのことでもあり、ボクのことでもある。
 ものすごく、よくあることだ。

 ほんとうは、「じぶんの都合のいいようにしたい」
 というだけのことだった、のではなかったか。
 若い人に都合のいい社会にしたい、そして逆が、
 いまの大人に都合のいい社会を変えたくない。」



 本当の意味での高い理念、社会全体のための構想にもとづく考えではなくて。
 ただ、「自分にとって都合がいいか悪いか」「自分にとって心地いいかどうか」、その視座に「しか」ないのなら、私は興味を持たない。
 
 革命を叫ぶ人は歴史の中に腐るほど登場するけれど、私が本当に革命家だと思う人物は今のところ、二人だけ。
 織田信長と坂本龍馬。

 諸外国にも様々いらっしゃるでしょうが、詳細はわかりきらないし、外国人が口を出せるものでもないと思うので、すみませんが国内で。(^^ゞ

 いつぞやも田原総一郎さんがテレビで「革命だよ」などと叫ぶのを見てうんざりしたんですが、結局、世の中多くの「革命」を気取る人は、ただの破壊願望しか持っていない。
「自分の気に入らないものだからぶっ壊したい」だけ。
 それをもっともらしいようにお体裁を取り繕って、革命だなんていう。

 信長さんと龍馬さんの場合は、彼らの破壊は、破壊したいから破壊するのではなく、「こういうものを作りたい」から、すみませんがその古い建物は壊して更地(さらち)にするね、空いた場所にもっといいもの作るね、ということなんですね。

 壊したい、が先なんじゃない。
 これを作りたいから、その場所を空けて、ということ。

 目的が全然違うんですよね。
 似ているようで全然ちがう。天と地よりも違う。

 とはいえこのお二方とも、最初から天下国家だったんじゃなく、自分の身近な、小さな疑問や、個人的な思惑からスタートしている。
 でも、彼らはその視座にはとどまらず、より広い場所があることに気づき、「こんなんじゃなくてもっといいものを」という方へシフトしていきました。

 特に、私が龍馬さんで感心するのは、例えば、武家社会と言われるものがなくなった、「その後」のことをも構想していた点。
 更地にした時、新しいものを建てたとき、それでは武士のほとんどは職を失い、食べていけなくなる。この点を無視しなかった。

 当時の武士としては少数派だったと思われますが、彼は経済観念が発達していて、海援隊の規約には「給料が足りなかったら自分で稼いで」というのがあるくらい。
 食べられない、ということがどういうことか、よく知っていたんだなあと思うと同時に、海援隊自身の、なかなか切実な財務状況が見えてきて、でもだからって「高楊枝」でもなくて、給料が足りなかったらアルバイトでもなんでもせいよというところが、この人らしい(笑)

 ということで、ただ武家社会を壊すだけでなく、「その後」、彼らをどうするかをも、ちゃんと考えていた。
 ここが、やたら壊しまくり殺しまくる、「自称革命家」との決定的な違い。

 まあ、自分のエゴのためだけに行動する人と、社会や国というものを見据えている人とが、同じなわけはないですけどね。

 そんなわけで。
 ロックというものは、あんまり難しいことは考えてない、自分個人の中にあるものを見つめているものなのかもしれません。私としては、そう考えると、なるほどと思える。
 語られる美学も理念も、なんかよくわかんないけど爆発してくるものも、バラバラではなく、一応の「繋がり」となって、腑に落ちます。
 私が、ロックというものに、さして興味もなく過ごしていた理由も。

 それも正しい「理解」ではないのかもしれませんが、でも、部外者なりに「掴む」ことが、幾らかでもできたように思います。

 何を言っているのかさっぱりわからない、という状態よりは、断片でも、なるほどねと言えるようになっただけ、ありがたいです。

 先日、どうしても悲劇的な印象につながっていくロックについて、ある種の「閉塞感」を嘆くコラムを拝読しましたが。
 ロックはまだ、発展途上のものなのかもなあ、と、漠然と思いました。

 個人的なエゴの中にあるとしても、でも、私のようなぼんやりした人間には想像もつかないような、高いエネルギーがあるのは確かなこと。
 このエネルギーは本来なら、個人的なエゴからもっと「外」へいくべきところ、でも何かの事情で、小さな範囲の中に押し込められているのかもしれず、であれば、どうしても、行き場をなくしたエネルギーは内圧を高め、それで、内部破裂を招く(ことが多い)のではないか、と。
 全く無責任な部外者の、無責任な発言なので恐縮ですが——、今はそんな風に思います。

 ロックファンの方にはずいぶん、不快なことを言っているかとも思いますが、部外者なりのひとつの考えということで、ご容赦ください。
(テレビ通販によくある、『個人による感想です』ってやつだと思って;;)

 私としてはどうにも理解の手がかりもないと思っていたことが少し解決して、ありがたいなと思っている。そんなところです。
 
 
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