オール・ハロウズ・イヴ

 ツイッターの方で、「ハロウィンというといきなり怒り出す人がいる」と呟いていたら、なんだそりゃ? と言われましたんですが。
 いらっしゃるんです、そういう方が。(^^;)

 サッカーの、全日本チームの試合で渋谷の例のスクランブル交差点でのばか騒ぎにも、そりゃーもー、罵倒というくらいのことをいう人なので、ハロウィンというと、ああいう乱痴気騒ぎ(……死語でしょうねえこれ;;)を連想するようです。
 で、ハロウィンと聞いた瞬間怒り出すから、こちらとしては「え?? え、なに? どうしたの??」という感じで、ぽかんとするしかないわけです。(^^;)

 ハロウィンは正確には「オール・ハロウズ・イブ All Hallow's Eve」で、キリスト教では10月31日〜11月2日まで、死者の霊を慰める行事を行うんだそうです。

 とはいえキリスト教はその教えを広めて行くにあたり、他宗教や、あるいは在来の信仰をツブしながら自分たちの宗教行事に取り入れて行くという、なかなか不気味なことを繰り返してきたわけでして、このハロウィン、万聖節イブも同様。

 ケルトでは11月1日が「新年」。冬の始まりの日でもあるそうです。
 いわば10月31日は大晦日なんですね。で、この時には亡くなったひとの霊が帰ってくると言われる。
 そう聞くと「ケルトのお盆か」と思いますが、決定的に違うのは、彼らは悪霊だということ。
 生きている人間に取り付いてあの世へ連れて行こうとするんだそうですよ。物好きな。

 ともあれ、いきなり死者の世界へ連れて行かれるのは嫌だなということで、ああいうお化けの扮装をして、生きている人間ではなく、悪霊の仲間だと思わせ、だます、というのが、あの仮想の本来の目的だそうです。

 日本でも正月になると祖霊はくるけど、それは「年神様」と呼ばれ、丁重に神棚や床の間に迎え入れられるので、………なんか、ケルトの亡魂は可哀想だなあ、という気がしてくる。
 なんだろうこの扱いの差。

 このハロウィンについては調べれば調べるほど納得しがたいものが出てきて、話しているとキリがありません。(^^;)
 
 現行のあの「トリッカートリート」っていうのは、いつからそうなったかは存じませんがともあれ、欧米で子供のための行事として浸透したもの。
 大人が参加するようなものではない(お菓子をあげる方)ですが、例えばスクランブル交差点のああいうのは——確かに、ハロウィンでもなんでもないんでしょうね。(^^;)

 ハロウィンが日本でももてはやされるようになったのは、ここ10年以内のことじゃないでしょうか。
 私は一応、英米文学に多少なりとも関わった都合上、この行事のことも聞いていて、大人どもも仮装する、どうかすると仮装したまま仕事OKなんて会社もあると聞いて、それいいなあなんて思っていたんでした。

 ゆえに、他人にはあんまり話が通じない行事、という認識でいたんですが——、知られるようになったのはいいけど、今度はわけわかんないことで「あんなバカなものをやるなんて」と、ぷんすか怒り出す人と遭遇し、「…………はい??」と戸惑う羽目になりました。

 イヤリングはこっそりハロウィンのを着けていたりしますが、髪の毛に隠れているので気づかれないのは幸い。(^^;)
 自己満足で自分で楽しんでるだけですから、気づかなくてけっこう。
 気づかれたらウルサイし(笑)

 ただ、浦安のネズミーランドや、お菓子メーカーさんの気合の入れようを見ていると、今頃の季節というのはこれまでは「イベント枯れ」というのか、クリスマスまでは目ぼしいイベントがなかったのを、ちょうどよく、イベントを仕掛けて、お客さんを呼び込めるものになっている——ようですね。

 その辺りを見ると、「いーんじゃないでしょうかハロウィン」と思います。
 それなりの経済効果があるなら、そう悪いもんじゃないでしょう。

 個人的には。
 仮装する元の意味が「悪霊の仲間のふりをする」ものだったというなら仕方ないかとは思うけど——、どうも、おどろおどろしいもの、ゾンビっぽくて臭そうなもの、流血状態、という、目で見てあんまり楽しくない路線の仮装は、どうにかして欲しいような。(^^;)

 現行のハロウィンの行事は子供を主役にしたもの、と私は認識してますが、でも、肝心の子供さんの中には、ああいうお化けを怖がって、ハロウィンを嫌がることもあるんだとか。
 そりゃ可哀想だよ……。お菓子をもらえたってダメでしょうねそういうの;;

 そう考えると、グロではない可愛い系列の仮装が、主になってくれるといいなと思います。

 元から日本人のほとんどにはキリスト教の宗教行事は関係ないし(クリスマスにミサに行くひとなんていないのと同じで)、日本から見れば本家と言える欧米でも、多分、元の意味を知っている人も多くないと思われるし。
 どうせ原型を崩してしまったのなら、時代に合わせて可愛い、楽しめる仮装が主流というふうになってもいいんじゃないかな。

 基本的には子供さんに楽しんでほしいので——小さい子が喜んでくれる仮装の方が、いいですよね。

 頭に斧をめり込ませて流血ダラダラ、みたいな、そーゆーのはやめれ。(^^;)

 そもそも、新年に帰ってくる祖霊を「悪霊」扱いするところからしてアレなんだろな……。
(言いにくいことはぜんぶ「アレ」で済ませる)
(日本語ってベンリ)

 ともあれ。
 確かに言えるのは、ここでいよいよ「冬」になること。

 日本では新年は早春、命の胎動の季節とみなしますが。(一陽来復ってことで)
 太陽が弱りきり、「死」の世界になることをもって「新年」とする、という、この発想の違いがそもそも興味深いことではあります。

 レイ・ブラッドベリが愛した10月も今日で終わり。
 秋と冬の間(はざま)となる今日、どうぞ楽しくお過ごしください。(╹◡╹)

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ホテルアソシア静岡

 だいぶおひさしぶりになると思いますが、本日はホテルお泊まりレポ。
 レポというほどのものでもありませんが、(^^;) でも、これけっこう需要はあるようで、アクセス数としては馬鹿にならないお題の一つだったりします。

 今はあちこちでホテルの口コミも見ることが多いですが、口コミはそれとしても、ブログ記事というのは案外のぞいてもらえるようです。

 ということで、本日は、概ね地元と言える、JR静岡駅目の前、ホテルアソシア静岡。

 ほぼ地元なので、静岡市にホテルを取ることがあろうとは前には想像もしていませんでしたが、縁は異なもの、って奴ですね。

 不動産広告では駅目の前という文句は信用してはいけませんが、こちらアソシアさんはほんっとーに目の前。さすがマリオットホテル系列。

 他にもお泊まりのお宿はありますが、やはり駅目の前の便利さが一番かなあ。
 落ち着いた雰囲気もよろしいです。
 
 お部屋はカードキーで、エレベーターは、客室階にはこのカードキーがないと行けません。そういうシステムも最近では増えてますね。
 レストランなどは今のところ利用したことがないのですが(夕方について外出、夜中に戻って寝て、朝は軽く食べたらすぐ出発という本当の素泊まり)。
 でも、ロビー、ラウンジは明るすぎず落ち着いた照明で、しっとりした感じが、遠目に見てもいい感じです。
 
 いつかはゆっくり、せめてお茶でもしたいものですが;;

 立地条件は最高だし(隣が駅、パルシェ、パルシェからも直接入れるコンビニもある)土日ですとか祝日前だともう部屋は全然空いてないことが多いですが、平日だと割と融通してもらえるようです。
 予約よりもランクアップしたお部屋に通してもらえることが多いですね。
(エレベーターから一番遠い、なんてことはありますが気にしない)
(てことは非常階段には至近ということなので、万一のことを考えればこちらの方がいい)
 シングルで予約しておりましたが、前回はダブル、今回はツインのお部屋でした。ありがとうございました。(╹◡╹)♡
 ことにツインだと格段に広いので、ゆっくりできてありがたい。

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 あ、シングルもいいんですよ。極端に狭くて圧迫感があるなんてことはありません。でも、ツインはそれ以上ってことですね。

 これ便利だなあと思ったのが、この棚。

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 大抵はチェストがあると思いますが、そう長期に滞在するわけでもないから、細かい荷物をチョイとばかり、目につくようにおいておけるのは予想以上に便利で使いやすかったです。
 ……あれなら多分、忘れ物も防止できるのではないかと。

 ツインをシングルユースにしてもらえると何がいいかって、お茶もタオル類も2人前あるので、心置きなく使えるという点ですね。(^^;)
 タオル類はやはりちょっと余分にあると助かる。特に今回は、意外なほどの本降りの雨となり、けっこう濡れてしまったので;;

 バスルームもゆったりしてます。バスタブも大抵の人なら、足を伸ばして入れますよ。
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 シャンプーなどはポンプ付きボトル。

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 私はこの方が好きです。エコ目的でこういう形式になるようですが、実際には、濡れた手で小袋を開ける、なんていうよりはずっと使いやすい。

 オークラ神戸さんだったかな…こういうボトルタイプと、従来からの1回使用分ずつの小分けになったもの、両方があって、まあ、好きな方を使えというんでしょうね。
 ………やっぱりああいうボトル式、嫌がる人っているのかなあ。(^^;)

 ボディシャンプーはお茶の香り。これ本当に好き♡
 色合いもきれいだし、心安らぐ香りです。多少ほろ酔いした頭もシャッキリします(笑)

 ベッドの足元にあるこれは、ベンチというか、……オットマン、でいいのかな。

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 細々したもの——着替えとか、使わない枕とかを置いておけて便利でした。もちろん座ってもいい(笑)

 枕は、割と充填物が多いふかふか枕と、高さのない枕の2種類あって、ありがたかったです。私は高さのないものの方があいます。
 昔は枕にまで気を使ってもらえるってことはなくてホテルに泊まったら枕は諦めるか、バスタオルなどを畳んで仮の枕にするか、そんなことをしてましたんで。

 部屋には冷蔵庫もあり、飲み物類も入ってます。ありがたいのは加湿機能つきの空気清浄機。
 ホテルはどうしても乾燥が気になりますもんね。ありがたやありがたや。(-人-)

 あと、以前から気になっていた、「ロビーの可愛い子」も、今回やっと写真を撮らせてもらいました。
 
 彫刻家、前島秀章(まえじま・ひであき)さんの作品。
(→前島秀章さんプロフィールページ

 キューピッドのような天使のような——なんとも愛らしい子が、両手を差し上げて、少し唇をつぼめて突き出して——なんとも可愛いベーゼのしぐさ。

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 無邪気な、明るい表情には、可愛い、と和むと同時に、なんとなくほっとするものがあります。

 タイトルには「あいちゃん」とありまして。

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 むべなるかな、と思わず微笑んでしまう作品。
 
 エントランスからフロントデスクへ行く途中にあるので、案外、そのまま見落として通過しちゃう人も少なくないみたいなんですよね〜;;
 素通りだなんてモッタイナイ、と思っちゃうほど可愛いので、機会がありましたらぜひ、お立ち寄りください。(╹◡╹)♡

(おまけ・部屋からの眺め)
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本日おやすみ

今日はお出かけのため、こちら、お休みいたします。m(_ _)m

秋の行楽シーズンとは言いながら、今年はお天気がイマイチということが多いですね。
気温の変動も大きくて雨がち…とあっては夏の疲れを癒す間もなかったような;;
野菜はお高いし;;
あ、でも果物は夏の暑さのおかげで美味しいし、雨がちなので椎茸はお手頃&おいしいのはありがたいですよね。

皆様も体調にお気をつけて、
どうぞよい週末をお過ごしください。

また明日、元気にお目にかかれますように。

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東西モテ文化の思い込み

 明日は1日お出かけとなってしまうため、こちら、おやすみいたします。
 日曜日にはまた、お目汚しに参上いたします。m(_ _)m

         ●

 どういう人がモテるのか。という問題についても「文化の違い」は影響しますようで。

 またファンの戯言かと、聞き流していただいて結構ですが、 ONE OK ROCK さんの「Taking off」のMV/PVが公開されまして、陶然と見入ってはコメントを見たり、インスタグラムを眺めたりしております。

 今回のPVについては、ドラマ仕立て部分がかなりのセクシー路線で、花恥じらう乙女の中にはちょっと戸惑う向きもある様子。(^^;)
 ……私ですか。私は平気です。立派な中年なので。
( ONE OK ROCK さんのファンの中核年齢層はやはり、中学〜高校生くらいじゃないかなぁ)

 小耳に挟んだところでは、ことにアチラのプロモーションでは、セクシーであることはひじょーに大事なことなんだそうですね。
 確かにこれまでの人生で洋楽を眺める中で「これ……必要?」と思うようなセクシーな表現がありましたが……。
(マドンナさんはそのもっとも端的な例かもなあ…。何もこんなにセックスを前面に出さずとも、才能ある人なんだから要らないんじゃないの? と何度も思った)

 歌ったり演奏したりしているご本人たちがもうそれで充分セクシーじゃないですかー。ねえ。これはファンの欲目とばかりは言えない、と思ってます。

 その昔、NHKの「英語でしゃべらNight」という番組がありまして、俳優の加藤雅也さんがゲストでいらしたときのことが印象深く記憶に残ってます。
 加藤さんが渡米してハリウッド俳優を目指して活動していたときのエピソードですが、あちらのスタッフさんと雑談中に、ハリウッドでは黄色人種はことさらに扱いが小さいというか軽いというか、思いつくのはジャッキーチェンやジョン・ローンくらい。
 なんでだろう、という疑問をぶつけたところ、「だってお前、あの映画の(大きい)スクリーンでキイロのアップなんか誰も見たくないだろう」とあっさり言われたそうです。

 面白かったのは、加藤さんはそういう話を淡々となさったのに対し、番組ホストの一人、パトリック・ハーランさんの方が、いきなり顔色を変えたことでした。
「そんなこといったんですか?!」
 という、その声にも顔にも、一瞬ですが、抑えがたい怒気が滲んだ。

 ああでも、そういう認識なんだろうな——と、私も思いましたね。実態がその通りかどうかは知らんけど。

 美人というのも実際には文化というものが影響しているのはお分かりいただけると思いますが、これ、男性にも同じことが言えるようです。
 こういう人が美人である、こういう人がモテる人である、というステレオタイプが出来上がっている。
 ステレオタイプ全てが的外れではないんですが、ステレオタイプって「思い込みの共有」なんですよね。

 これはこういうもの、それはそういうもの、という「思い込み」を大勢の人が共有している。
 ある文化においては絶世の美男子、例えば光源氏も、もはや異文化となった私どもから見ると「ぽっちゃりとして福々しい、目鼻口いずれもちんまり小さく、色白で、ふっくらした頬が目を引く」男性が、美男子ですと言われれば、さすがにちょっと、納得はしがたいですよね。

 どうも肉体的な、もう骨格そのものからしてどうしたって小さいアジア系、黄色人種は、欧米の女性にはモテない「はず」だ、セックスアピールも弱い「はず」だ、という思い込みが、あるんじゃないかな。

 今までも、意外と日本男児、モテてるぞ、と思ったことは何度もありますし(あ、私のプライベートの範囲ですが)—— ONE OK ROCK さんだけで判断もしちゃいけないのでしょうがでも、かなり……ねえ。
「The Way Back」PVにご出演の方に、(おそらく)ヨーロッパ系と思われる女性たちのコメントには興味深いものがありましたし。

 女性に可愛いなんて言われると不本意に感じるそうですが、まあそれはともかくおいといて、でも、多分、「文化による思い込み」とは逆に、あんまりゴツゴツしない、どこか容貌に繊細な面影を宿すアジア系——モテてますよかなり。

 とにかくマッチョであることが素晴らしいことで、男女問わずモテるのはマッチョであるという「思い込み」文化圏では、多神教やアニミズムや祖霊崇拝の文化で育つアジア系はあまりにも「女性的」で「ひ弱」でモテない、と「決めつけられてい」ます。
 でも。
 これ、あちらさんの「思い込み」じゃないですかね。
 私は最近では特に、そのように疑ってます。

 実は、30歳過ぎてもまだどこか少年めいた繊細さがあるアジア系男性がモテるとは、欧米文化圏の(はっきり言えばキリスト教文化圏の)人々、なかんずく男性たちには、「認めたくない」ところがあるのでは?

 なぜ私たちの(音楽)ビデオではこういう繊細な陰影の美しさを見ることができないの!? というコメントは「The way back」PVにあって、あー。なんかわかる……と思いました。
 私もお宅様んとこのマッチョイズム?が苦手だから、おっしゃること、よっく! わかりますわー。(^^;)

 そういう「思い込みの共有」も、でも、「他の人の思い込みを、共有する」ことで、ちょっとずつ、変化しているとも、思います。

 それでも、アイデンティティに関わるものは根が深いので、そう簡単に価値観が変わることもないとも、思いますが。

 日本人男性とお付き合いしたいんだけど相手にしてもらえない、と嘆く女性たちを私も見ているので。
 ああ、あれ、相手にしてないんじゃなくて、自信がなくて怯えてるだけだから、と言っても、あんまり納得してもらえないのは異文化の壁か。(^^;)

 ということで(?)、日本男児の皆様におかれましては、その繊細さ、華奢であるゆえの「色気」は、ちゃんと魅力として見なされるので、どうぞ自信をお持ちになってくださいまし。

 加藤雅也さんが見た「壁」は、依然としてそこにあるものなので、なかなか実感は難しいのかもしれませんが。
 でも、思い込みは所詮、思い込み。
 じっさいに好きになることとは別問題だったりする。これも事実。

 私としては、性器や準性器をむき出しにしてりゃそれがセクシーなんだ、と思い込んでいる「文化」には、もちょっと遠慮してもらった方がいいな、と思っております。(^^;)

 繊細な陰影の美——、いいじゃないですか。ねえ。


・ONE OK ROCK: Taking Off [OFFICIAL VIDEO]
https://youtu.be/slbGwyE_9oY

 
 
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見る人、見られる人

 もうこれも定番というべきお題であり、周期的に現れるのはたばこ増税以上のものがあるので、「またですかあ」どころじゃないんですが。
 どこだかの広告で、電車内で化粧する女性をディスったのが、ちょっとばかり話題になっていたようです。

 電車の中とは限らず、いわば「公衆の面前」で化粧するのはアリかナシかは女性の間でも意見の分かれるところ。
 私は自分はやりませんが人様のことをとやかくいう気はない、というところにおります。

 ありかナシかの判定基準の根底には「公衆の面前」という意識、つまり「人から見られている」という意識のあるナシがあるように思います。
 アリ派の人々は「人に見られている」意識はないんじゃ無いかな。つまり、周囲にいる人間を人間だとは思ってない、というところがある。

 私も田舎者ですので仕事等で東京へなど参りますとビビることがいろいろあるわけですが、(^^;) 何にまず驚くかというと「東京の人は、歩いているとき、人を避けない」こと。
 そこに人間がいるなんて思ってない、みたいにガンガンぶつかってくる。
 なんで?! と、結構なカルチャーショックを受けましたのも、もうかーなり昔のことですが、この辺は、故・中島梓御大の「コミュニケーション不全症候群」に詳しい。
 あの解説を読んだときは、あーなるほどなーと納得しました。



 毎朝、御大にぶつかってくる女性がいて、なんだこいつと思ってたけど、ひょんなことからその女性と知り合いになり、顔を見ればあらこんにちは〜というくらいになったら、もうぶつかってこなくなった、という。
 つまりは、せめても知人ということでも無い限り、それは「人間として認識していない」のである、ということですねかいつまんでいうと。

 これだけ人がひしめき合っているのを、「ぜんぶ」の人を、全て、自分と同じ人間だと思うと神経が持たない。都会に住む人の自己防衛(本能)だろうというお話。
 なるほどなあ、と思います。

 電車の中で多少の化粧直し——ちょっと油紙を使うとかファンデで抑え直すとか口紅を塗りなおすくらいなら私にもわかりますが、本当にもう、洗顔後の下地作りからぜんぶ、という人を見ると、驚異的に感じますね。(^^;)

 私も一度だけ、それこそ化粧水から後の工程ぜんぶ、という人を見たことがありますが、思わずじっくり観察しちゃいました。

 ただ、見ている間に一番気になったのは、私自身の快不快ではなく、——アイメイクなんですよね。
 電車ですから当然揺れる。アイラインどころかアイブロウでじゅーぶん「ビビれる」。(^^;)
 ガクッと揺れた瞬間にペンシルやらで目を突かないとは限らない。
 ………怖かったです。見ている方が。

 人が少ない車内だからいいだろう、時間が30分もあるんだから丁度いい——という考え方は、「合理的」というのとは、ちょっと違う気がするなあ;;

 ところで、電車内での化粧が「迷惑」かと言われると、そうとも言えないでしょう、と思ってます。
 それこそ化粧品で人様の衣服を汚したとなれば迷惑以外の何者でもありませんが、痴漢が「迷惑」とするなら、化粧なぞは迷惑ってことにはなりませんよね。

 女性差別か、というと——、まあ、差別の一つとして騒いでる人たちも、いるでしょうねえ。

 痴漢に比べたら迷惑とは言えないものを、ことさらに論(あげつら)っては露骨に不快がり、必要以上の言葉で罵倒する人たちの言いたいことは、やっぱり、「こちらをちゃんと人間扱いしろ」ってことじゃないかなと思ってます。

 衆人環視の中で——つまり、大勢の人にじろじろ見られているのに、それを意にも介さないというのは、やはり、社会的動物という人間としては「まとも」じゃない。
 人に見られても平気、というのは、例えば窃視症みたいな特殊な性癖があるのでもない限りは(こういう場合は被窃視症、とでもいうのか)(見られていると嬉しいという場合ね)(でも化粧する人は別に嬉しいとさえ思わないでしょうから)、「周囲の人を、人だとは思っていない」から、平気、なんですよね。

 ここにいる「私」を、人間扱いしないとはどういうことだ——という、そういう不快感。
 化粧を「見る」のを迷惑だという人が訴えるのはそういうこと。

 ただ、自分が無視された、人間扱いされない、「私」を無視するとはなにごとだ、という抗議は「したくない」ので、他の、もっともらしい理由を、あれこれ言い立てるんでしょうね。

 私も、電車内の化粧は迷惑だと息巻いた人に同意を求められ、
「いえ、別に、迷惑とは思いませんが」
 と何の気なしに返したら、そりゃもうスッゴイ目つきで見られましたわー。(^^;)
 なんでそんなふうに平気なんだ、という、心底からの驚きの表情でした。

 でも実際、なんの実害もない。私に迷惑ってことはない。強いて言えば、変わった性癖だねえ、と思う程度。

 ま、みんないろいろ、自分の「本当のこと」を、「もっともらしいこと」にカモフラージュして、ものを言いますよね。
 自分で自分の「本当のこと」に気づいてないことも多いから、仕方のないところでしょうが。

 
 ということで、私としてはこの話題、「別にいーんじゃないですか」ですが、ただ一点、本当に、怪我とかしないようにしてください;; 怪我してからじゃ遅いよ;;
 あと、そうやって「人間扱いされない」人の気持ちは、あんまり軽く考えない方がいいと思いますよ、とも。これは全く余計なお世話ですが、老婆心からってことでひとつ。(^^;)

 思ったのはそれくらい。
 
 
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タバコ1箱千円



 え? と思って検索。
 ツイッターならもっとTLが沸くかと思ったらそうでもなかったですね。

「たばこ1箱1000円に」=自民議連
2016年10月25日(火)16時46分配信 時事通信

 受動喫煙の話は好き嫌いの話ではなく、例えばそばアレルギーの人にそばを食わせるのと同じ行為なんですが。
 相変わらず喫煙者の皆様はそのあたり、ご理解いただけないことが多いようで。
 そんなに自分が「加害者」だということを認めたくないものでしょうかね?

 とりあえず感情的になってわあわあいうのは(喫煙者も非喫煙者も)なんの益もないことなのでご遠慮願いたい。
 今朝も今朝とて、なんですか日本は「男女格差」ランキングでさらに順位を下げたということについて、それぞれの立場でそれぞれの人がヒステリーを起こしているので、ひとまず落ち着こうか? と突っ込みたくなりましたわ。(^^;)
 女は感情的になるからダメなんだ、と、顔を真っ赤にしてヒスってる男を見たときは、さすがに私も怒るよりも、「……大丈夫ですか?(イロイロ)」と心配になりました;;

 感情かあ。
 
 感情などない方が世の中平和でいいんだろうなと、たまーに思うことがあります、正直なところ。
 でも、感情は感情で大事なものだしこれを「味方につける」ことも大事なことなんだそうで。
 感情を邪魔者扱いするのは間違っているそうです;;

 タバコ1箱千円、というのは、これはまた提言があったというだけで草案作りさえされていない。
 この話も半ば定期的に出てくるので「またですかあ……」というのが、正直な感想。

 酒税はとっくに上がってるし、タバコだけが「保護」されるべき理由もないはずですが、愛煙家の方々は「税金を払っているんだから威張っていい」とお考えのようです。
 私はむしろこれは納税を褒めるのではなく、「他人の健康を害する罰金」という考え方の方が近いと思ってるのですがこれをいうとまたヒステリーを起こされるので厄介。(^^;)

 愛煙家でも長生きをする方を例にして、タバコの有害性を否定するのも虚しい言い訳。
 これは感受性の違いでして、有害物質を浴びても平気な人と、ほんのわずかでも重篤な病気の原因になってしまう人とがある。
 同じ花粉症でも、閾値(いきち)という、発症するレベルは個人差がある。それと同じこと。
 生まれつき体が丈夫な人を基準にものをいうのは、傲慢というものじゃないでしょうか。

 タバコの場合は煙が出てくるところが困るんですよねえ……。
 分煙というものが、もっと確実にできれば、双方にメリットになることなんでしょうが、液体でもないものですから、どうにも。

 タバコを1本吸うと、吸い終わってから5分後まで、吐く息のなかに有害物質が含まれている。
 小さい子供さんがいる場合は、喫煙者は、吸い終わってから10分くらいは、子供さんには接近禁止にしないと「分煙」にはならないというのですからなかなか、しつこいもんですよねタバコって。
 
 このしつこいいやらしさ、というのが、愛煙家のイメージそのものに思える……と言ったら怒られますか。(^^;)

 とはいえ、私も人様の趣味嗜好をとやかくいうのは好きではないし、寒風吹きすさぶ真冬、カフェのオープンテラス、誰もいないテーブルでタバコを吸う方を見たときは、本当にお気の毒だと思いました;;
 なんとかできないものでしょうか;;

 タバコ1箱千円は、それが禁煙のきっかけになったり、どうしても「好き嫌いの話ではなく健康の問題」「他人への傷害」だということを認めてくれない喫煙者の意識をわずかでも動かすきっかけになってくれればいいなとは思いますが。
 私としては、今回もこの話、なんとなく立ち消えになるんじゃないかと予想してます。(^^;)

 なぜと申しますに、立法府においでの方々に、相当数の愛煙家がいると見込まれますので。

 酒量はまだ調整できるけど、タバコは「中毒」だから、難しい……そういうことになる気がするな。
 オリンピックどうたらは後付けでしかなかろう。という予想。

 愛煙家の方にはお気の毒にも思います。本当に。

 ……結局「好き」なものって、「弱点」のことなんだよなあ……。
 
 
 
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窓を開ける

電通、全館消灯で深夜残業防止
新入社員の過労自殺受け改善策

2016/10/24 22:34 共同通信社

 過労による自死が数件続くというのはやはり尋常ではありません。その尋常ではない「前科」があるうえ、すでに昨年、労働基準監督署や労働局から指導が入っていたのに、なんらの手当てもされていなかったとすれば、電通さんは「わかった上で過重労働をやらせていた」とみなされても文句は言えないでしょう。

 先日、電通さんが残業時間の上限を設けたと言ったときの、私が見ているのはツイッターですが、こちらでは「つまりサービス残業を増やすってことだろ」というツイートが多くて、まさに総ツッコミ状態。(^^;)
 それを聞いたのかどうか、今回の「お達し」は、引用した記事にあります通り。

 わざわざ午後10時5分撮影として、確かにビル全体が真っ暗になった写真を掲載したところもあるようですが、
「消灯させて暗がりの中で仕事させてんだろ」
「消灯した様子を撮影させて、午後11時ごろになったら明かりがついてんだろ」
 というツッコミが多い多い。(^^;)
 まあ、無理もない反応です。

 別に手抜きをしているわけでもなんでもないのに、社員が1週間で2週間分働く必要が、本当にあるのだとしたら、それはもうマンパワーが絶対的に不足しているのであり、とすればそれは完全にマネージメントの失敗、ということです。 
 社員のやる気の問題でもないしカイゼン程度でどうにかなることでもない。
 組織を見直したうえで人を増やすか業務の縮小に当たるか、考える必要があるってことですよね。

 ここはもう社員側もドライに徹して、労働基準監督署に、具体的な「証拠」を集めて「通報」するってことが必要だと思います。
 アタシも思わず真顔です;;

 ただ——もうそういう気力さえ奪い取られているのだと言えばそうなんでしょうが、サービス残業がどうとか、ブラック企業がこうとか文句を言う人は多いけれど、例えば労基署を「利用」しようと言うような、何がしかの行動を取る人って、少ないですよね。

 文句を言いながら、何もしない。
 自分だって嫌だと思っていることを、他の人にも強要する人さえいる——というのは、ちょっとどうなのかと。

 定時でさっさと帰るのが当たり前で、残業はむしろ冷たい目で見られる、というくらいの「風土」を願うなら、自分がまず(自分の業務が終わっているなら)さっさと帰る、ということも、必要でしょう。
 ……いやわかってますわかってます、これをいうとどんな反論くらうかは私も重々、承知しております。何しろこれをいうのは初めてではありませんので;;

 実際こうやって、「企業もアレだけど行動する人も少ないよね」なんて余計なことを言っているわけですから私;;
 憎まれるよなあと思いながら書いてます;;

 でもそれでも——誰かが風穴を開けなければならないんでして、——少しでもいいからそういう「空気」を変える、窓を開けて風を通す、ということを、「考える」だけでも、やってみたらどうかと思います。

 私もそういう意味では「空気を(あえて)読まない」で行動するというのをいくつかやってきまして——うまくいったこともあるし、潰されたこともあるしで、リスクも、自分の気持ちとしての抵抗も、わかっているつもりです。

 それでも、文句を言いながら殺されるよりはいいんじゃないでしょうか——あるいは、その場があまりにもどうしようもないなら、自分は立ち去るということを含めて、考えてみる、というのは。
 箸にも棒にもかからない環境なら、自分には似つかわしくない場所だと見切りをつける。それもアリでしょう。

 一度、社の中で割と大きめの組織替えがありまして、大型の異動となったとき。
 私と同期の子も何人かが他県への異動となり、まあ、そうなりますと何かと物入りだし大変。
 何しろ異動させる方も慣れないことが多くて、あれこれと洩れがあったんですよね。で、みんなが、そりゃーもーすごい勢いでブツブツいうので、確かにそれは大変だよな、と思い、私がちょっとばかり「上」に事情を説明したところ、いくつか条件が緩和されたり手当てが増えたりしました。
 が。
 文句を言う人々は、それについて喜ぶどころか、ふーんといってスルーして、今までは何も言わなかったことについて、またあれこれ言い始めまして。

 私は、誰に頼まれたことでもなく、自分で勝手に、そりゃ大変だろうと思って動いただけのことですから、私が掛け合ったのだなんてことは言わずに黙ってましたけども——正直、がっかりでしたね。
 文句を言う人は文句を言うだけで、例えば上に掛け合うなんて行動は一切なかったんですよ。

 文句を言う人は、言う「だけ」なんだな——

 元からちょっとニヒリズムなところがあるのでショックというほどのことはありませんでしたけど、でも、がっかり、ではありました。ちょっとね。

 空気が悪いと思うなら、そんな空気なんか読んでないで窓を開けちゃっていいと思う。
 労基署は別段、「労働者の味方」ではないかもしれませんが、身近な行政の窓口ではある。
 企業マネジメント側の違法行為を黙ってみているのも「共犯」だと言えるとしたら、——共犯になぞなりたくないなら、ああいうお役所に話を持ち込むのも、一つの選択肢。

 窓が一つでも開くように、願う次第です。

 お亡くなりになった方への、手向けになるなら、それもいいんじゃないかと。
 
 
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電脳化将棋

 原作をちゃんと読んだことが実はないんですが (^^ゞ、「攻殻機動隊」の世界だと、チェス、囲碁、将棋って棋士の方々、どーなってんるんでしょうね?
 スポーツはどうなってるのかなとぼんやり考えたことあるけど、そういえば、例えばこの時代でプロの棋士ってあるのかな、あったとしたらどうやってるのかな、と。

 ただいま将棋界を揺るがす話題を聞いて、そんなことを思ったり。

 かなり人様の名誉にも関わることだし、重鎮というくらいの方々の発言も出てきたり、そもそも部外者には繊細すぎる話題なのでニュース、記事の引用はいたしません。

 事実関係でいうと、日本将棋連盟が、対局中のスマホ持ち込みを禁止したということは言っても差し支えはないかな。

日本将棋連盟が対局中のスマホ持ち込みを禁止 ソフト進化でカンニング防止策
2016.10.5 17:43 IZA


 私はもっぱらニコ動さんで対局と皆様のコメントを楽しんでいる程度で、ルールもろくにわかっていない(なのになぜ見て楽しいのだとよく聞かれますが楽しいです)。
 当然あれこれ言えるようなもんじゃないのですが、でも、「時代は変わってきたねえ」という感慨はございます。

 将棋、囲碁のソフトなんてのは昔は子供のおもちゃ程度にしか思われなかったけれど、だからこそ開発者の方々には火がついちゃったところがあるようで、人と互角というようになり、それすら超えて「そりゃコンピュータの”記憶力”と解析には敵わないでしょ」というようになり、最近ではとうとう、人がソフトをあてにして、対局を見ながら、
「ポナンザの予想はどうなってる?」
 なんていうようにもなりました。

 考えてみるとこの進歩はやっぱりめざましいもので、開発関係者の皆様には頭が下がる思いです。
 人間との対局でものすごいバグがあって一瞬で対局が終わってしまってびっくり、なんて言ってたのから3年経ってないですからね〜。

 いろいろと、概念自体が変わってきました。

 いまや将棋では人よりソフトの方が「強い」という認識は当然のものになりましたし。
 障害者の「リハビリ」扱いだった障害者スポーツがはっきりとスポーツ、競技としてその魅力が認識され、「義肢を用いた選手が、(いわゆる)健常者の競技に参加するのはズルイ」などというご意見さえ聞こえるようにもなって。

 面白いやね。——と思っているのも確かだったり。
 こういう今までの常識とか既成概念とかがひっくり返されるのって、好きなんですよ。ふふ。

 で、攻殻機動隊のあの世界では人間がもろにインターネットと「常時接続」しているわけでして、あの時代だとこういうゲームってどうやってるのかなとふと思った、わけです。

 ああなってしまうとオフラインにするのは逆に困難だと思われるし(脳自体が機械=電脳化さえある)そうなったら逆にソフトの「サポート」があるのは全員同じ条件になっているとも言えるので、ソフト禁止、なんてことは言わないのかも。

 全員が同じ条件下であれば問題ないのだとしたら、ソフト使用についてのルールを設ける、というのはありそうです。

 スポーツについても、いずれ、サイボーグ(フルネームはサイバネティック・オーガニズム Cybernetic Organism)は「当たり前」になるという予想を聞いたこともありまして、そうなると、健常者も障害者も差異は無くなるという、そんな未来予測ですね。
 それはありそうだなあ。

 私は無節操な「何でも平等に」派ではないので、何でもかんでも「平等」ならいいとは全く考えませんが。
 将棋ソフトの使用を考えて「スマホ禁止」の決定は、当座、仕方のないことかと思います。
 が。
 サイボーグが当たり前になるように、人がネット等に接続しているのが当たり前になったら、こういうゲームってどうするんだろう、と。

 で、ふと、そういえば攻殻機動隊のあの時代だと、将棋とかってあるのかしら。と。(o ̄∇ ̄o)
 あるとしたらどんなルールなのかな。厳しく禁止して「生身100%」「スタンドアローン」を徹底するなんて言うことのほうが「非現実的」な感覚になってるんじゃないか——などなどと。
 
 そんな妄想で遊んでいるのも楽しいもんですが——関係者の方にしたら面白がってる場合じゃない、と怒られそうではあります;;


 ………余談ですが私が最初に見た「攻殻機動隊」は映画の1作目(GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊)。
 当時はネットにも全く触れていなかったので、物語を理解するだけでも苦労して、4回目でやっと「あー、そうか!」と言っていたという思い出…。




 
 
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ヘヴィメタル・ポニョ

 日曜日の朝からしばらく声も出せないほど笑い転げて悶絶状態。
 笑い出すのに呼吸とのタイミングが悪くて、本当なら声をあげて笑うべきところうっかり息を吸うタイミングになってしまうっていうこと、たまにありませんか。
 苦しいんですよねあれ。(^^;)

 日曜朝から悶絶したのはこちらのツイート。


 うっかりしてましたが、ケータイ、フィーチャーフォンだとツイートって見えないんですよね;; 自分がスマホに替えて以来、動作確認その他ができなくなっておりまして…大変失礼をしてしまいました;;
 引用扱いで文字は見えると思うんですが、画像はダメですよね;;

 ということで「崖の上のポニョ」、イタリアのヘヴィメタルバンド、Destrage(デストレイジ)によるカバーの動画を探してまいりました。
 最高。

・Gake No Ue No Ponyo (Ponyo On The Cliff) -DESTRAGE metal version on guitar
https://youtu.be/etovX3wLiDc


 ツイートで紹介されたものは音声のみですが、この動画は笑い転げるよりも、あーやっぱりすごいなー、と、見入ってしまいました。
 カッコイイ。
 ポニョでも。(……『でも』って失礼な;;)

 少し真顔になって申しますと、イタリア語も日本語と同じく母音は5つ。(基本的には、という但し書きはつきます。もちろん)
 ということで、スペイン語もそうですが日本人には割と——少なくとも英語よりは——親しみやすい、カタカナのまま発音しても、わりと、聞いてもらえる、ということはありますね。
 そういうことと関係があるのか、綺麗な日本語だなと思いまして。

 もともと耳がいい人たちではありますが、それにしても、このヘヴィメタル・ポニョの、日本語発音はきれいなので、笑い転げつつもそれは最初から感心していたんでした。

 ちなみに。
 2011年にも日本に来ていてライブ映像もあるし、今年はこれから、12月3日/4日に、東京公演(渋谷、clubasia/Cylone )があるそうです。
 詳細はこちらをどうぞ。
 ↓↓↓
https://g.co/kgs/bPpIF2

 いやー、呼吸困難になるほど笑ってしまった;;
 そこまで笑っといていうのもなんですが、でも、ほんと、カッコイイです。音。

      ●

 こちらもツイート引用ですが、画像はこのリンク先で拝見できます。

・うだま夫婦のLINE
「道化師を演じられるただ一つの条件」
http://line.udama.jp/archives/578



 ついったーさん、なぜにフィーチャーフォンのサービスやめちゃったんですかね(涙)

 それはともかく。
 まあそういったことで。

 私は一応、Facebookもアカウントを持ってはいるのですが、全く活用しておりません;;
 未だにホーム画面の見方もわかっていないというくらいの放置っぷりです。(^^;)

 ひとことでSNSといっても、面白いことに、サービスの違いによって、人によって合う合わない、というのがあるんですねえ。相性というものでしょうか。

 で、こちらのご夫妻の場合は旦那さんがツイッターよりはFacebookという方だったらしくて、ツイッターとの「文化の違い」にショックを受けている様子がたびたび見られます。
 今回のお題も面白いなと思いまして。

「Facebookだと、頭のいい人は頭のいい投稿をするんだけど」
「ツイッターでは頭のいい人ほど、おどけたバカなツイートをしてて」

 というご指摘。
 
「道化師を演じられるのは知能の高い人間だけ。——シェイクスピアのセリフだ」

 という奥様(ツイッター民)の返しがまた秀逸ですね。

 頭のいい悪いは置いといて、Facebookは、割と、「現実の社会」のつながりからデジタルにおける「連絡帳」というのが発生源でしたよね。
 ゆえに、「仮想空間」という性格を持つツイッターに比べると足が地についているというか、リアリティの延長線上にあるのがFacebook、という気がします。

 そんなわけで現実の社会、共同体、所属先での自分というものから離れられない、というところがあるので、「日頃、頭のいい人はFacebookでも頭のいい投稿をする」しかない、ってところがあるのかもしれないな。
 
 ツイッター民が、ならば現実から離れた仮想人格ばかりかというと、もちろんそんなことはありませんでしょうが、でも、ネカマというのはまた極端な例だとしても、自分の日常生活からは少し離れたところで、趣味だったり、文字通りの「つぶやき=ひとりごと」をしているのかもしれません。

 インスタグラムは? というとこれはまだ手探り状態なのでわかりませんが、私としては、Facebookよりはちゃんと使ってますので。(^^;) 何でしょうね〜。Facebookよりは「相性」がいいようです。
 でも、インスタの方は「フォーマル」な雰囲気を感じるんですよねえ。何となくだけど。

 私もこのブログはもう完全に自分の息抜きでやってますが(だから続いてると思う)、ツイッターも割と気に入ったよ、というのは、ブログともまた違う息の抜きようがあるからだという気がします。

 ——道化を演じられるのは頭のいい人だという見解は、全くそのとおりだな、と——、実は占い師の方に「あんたは裏も表もおんなじなんだねえ」と笑われたことがある(←本当;;)私としては、しみじみ、自分の実感を込めて思います;;

「演じる」というのは、いいか悪いかは別として、やはり知能というものを必要とする行為ですよね。
 
 
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macOS 新陳代謝

 今日は土曜日だし、のんびりと。(๑╹ω╹๑ )


 昨夜はけっこう時間もあってゆっくりできていたので、ほったらかしになっていたmacOSの書き換えをしてました、Sierra(シエラ)。
 いまのところ大きな不都合もなく——iCloud Drive にバックアップというのも、ものは試しってことでやってます。
 通信時にあんまり重かったらやめようと思ってましたが、今の所、問題はなさそう。

 絵文字がまたちょっと増えているのと、標準の辞書も種類が増えている(英英辞書とシソーラス)のがちょっと嬉しい。♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

 Siriちゃんは元から、スマホ等でもあんまり使ってないのですが、……パソコン上だとどうかな。手入力とか操作するよりも、覚えてしまえば便利になるのかもしれませんね。
 せっかくの機能があっても私が使いこなせなければ宝の持ち腐れ。(^^;) ちょっと勉強してみます。

 あるお店に一緒にいたとき、流れてきた音楽がいいね、ということで、知人がおもむろにiPhoneを取り出し、Siriちゃんを起動し、
「——この曲のタイトルは?」
 と聞いたときはちょっとびっくりでした。そんな使い方もできるの?! ってことで。音楽を聴いて、それでなんの曲かって言う、そんな検索もできるんですね〜。ほ〜。

 ちゃんと曲名出してくれるし(情報が見つかれば)、iTunes Storeのページまでも開いて見せたことについては、商売上手だのう、と思いましたが(笑)
 なるほど、そういう使い方もできるんだねえ。(‘ω’*)

 なんにせよDLは先にしておいたんで、Sierraのインストールだけなら、30分ちょっとで終わっちゃったし、楽なもんです。
 ………いかにハードとソフトの一体販売はしていないとはいえ、なぜ、こういう身軽さを、あと僅かにでも実現できないのかWindowsよ……。
(思わぬところで思わぬことをされ、業務妨害されて泣いた経験のある人がこの世にはどれほどいることか)

        ●

 プロ野球の方も日本シリーズ開幕だし、今年も山椒大夫きたし、この辺りのニュースを聞くと、秋の深まりを感じますねえ。
 日本シリーズのテレビ中継を横目に見ながら学園祭の準備していたという記憶と結びついているので、そういう季節感になるみたい。

 山椒大夫は、「人買い」ですからつまりはドラフト会議のこと。(^^;)
 ニュースでこの話を聞くと「ああ、今年も山椒大夫が来たか…」と呟いておりますが、あんまり気にしないでやってください。

 有り体に言うと、あんまりいい印象ないんですよねドラフト会議。
 まだ17、18歳の子が、目を真っ赤にして泣くのを我慢している姿を何度となく見て来ているので、そりゃーいい印象なんかあるわけないです。(^^;)

 学生さんならまあ成人ですし、高校生よりは多少、発言権もあるようですし、それなりに世間知もあるのでさほど悲惨な印象もありませんが——さすがに、高校生はねえ;;
 希望球団すら言ってはならないって、妙な話ですねあれも。

 必死に涙を堪えている子の顔と、くじを引き当ててホクホクしている監督さんの顔が並ぶと、もうね、こちらとしてはやっぱり、見て気持ちのいいものじゃない。ドナドナされる子供を、山椒大夫が嬉しがって引きずっていく、みたいな印象になるわけですよ。
 ご関係者やファンの方には怒られそうですけど。(^^;)

 ドラフト会議がどうこうと言うよりも、プロ野球とアマチュアとの「付き合い」方が、どうにも、部外者から見ていると疑問点が多い。ひいては、高校野球のあり方も、「いつまで脳内が大正時代なわけ?」と言う疑問も多いですし。

 ドラフト会議「だけ」の話では終わらないからやっかいで、喋り出すと時間がかかるし気を悪くされる方も少なからずいるだろうしと思うと、やっぱり「面倒」になって、口をつぐむ——そんな、秋ごとの景色。

 ツイッターを眺めていて、面白かったのは、
「ドラフト会議のくじ引き、監督さんじゃなくて、各球団のマスコットがやれば」
 と言う提案。

 それやったら絵面だけでも和むかしら——てことは監督さんに着ぐるみを着てもらうってことになりますかね?
 それはそれで楽しそうですね。
 山椒大夫という本質は変わりませんが。(^^;)

 
 春は、日本においては新年度の始まりなので、人事異動も含めて、いろんな動きがあってざわつくものですが。
 じつは、秋も同じかもしれませんね。

 季節の変わり目と言いますが、いろんな意味での「節目」でもあり——人も、ものも、あれこれ移動したり異動が来たり、始まったり終わったりして、落ち着かない季節かもしれません。

 でもまあ、体の細胞も新陳代謝があるから健康を保っていられる、あるいは病気から回復していくわけなので。
 変化はゆるりと受け入れて、たおやかに過ごせたらいいな——そう思います。
 
  
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部外者からお願い

 フォロワーのひとりといたしましては、新著刊行にあたり、気持ちばかりではございますがご協力するくらいのことはやったっていいと思う。ということでツイートを一つ引用。



 とはいえ、本題にしているのは深爪さんのご新著のことでも何でもないんですが。(^^ゞ
 とにかくどこぞの下品な週刊誌のおかげでこの1年弱「つねに」不倫の話題にまみれてしまったようで気分が悪いったらない。
 今日はそういう愚痴ですすみません。(^^;)

 おまけにここで不倫と取り上げられている人が、うちの母も結構好きなミュージシャンてことで。
 ……先日、今年の前半話題になった川谷さんの関係から、
「ミュージシャンにはこういうだらしがない人が多いのか」という母に、
「そんなこたーないでしょう、そりゃ偏見です」
 と擁護したアタシの立場ってものがなくて、どーしてくれる、という気分です。完全に八つ当たりです;;

 本当にもう、どいつもこいつも、いーかげんにしなさいよ、と妙な方向で頭にきております。

 私の立場からいうと別に、どこのどなたが誰とナニをしようと知ったこっちゃありませんので、まあお元気ですねえというくらいのことですが。
 やっぱり、こんなことをいちいちいちいち記事にしてくる方に、いちばん怒りの矛先が向きますね。
 で、なんでそういうことをする輩がいるのかといえば、こんな、他人の使用済みトイレットペーパーを拾ってきて広げて見せるようなことを、これまたいちいちいちいち喜ぶ「世間」さまというものがあるからなんですよね。
(下品な例えで申しわけありませんが、でも、本質的にはそれくらいの話な訳でして)
(そんなものに身銭を切るってところが理解できないんですよね私には)

 こういうことで頭に来るたび、世の人が私のようにゴシップ嫌いになれば静かでいいだろうなと思ってしまいます。
 普段は、私並みの人間ばかりでは世の中も四角四面で「遊び」がなくてクソ面白くないだろうから、べつにいいや、と思っているんですが、あまりといえばあまりなことになりますと、——さすがにねえ。

 不倫、または不貞行為についてはどう思うかというのはこれまでも何度も(!)書いてますが、いいか悪いかつったらそりゃいいわけないだろう、と。
 そのうえで、でも、あくまでもこういうのは当事者間のことで他人には関係ないでしょうと言っているわけです。

 今回もこの話題を聞いたときはもうさすがにうんざりで、——せっかく擁護したのにそれが無駄になったという、我ながら理不尽な怒りも手伝って、
「やるならバレないようにやれ!」
 と思わず口走り、かえって私が顰蹙を買ったりして。(^^;)

 不倫なぞけしからん、というリアクションかと思いきや、「やるならバレるな」といったので、不倫を容認かと受け取られたようです。……違うって;;
 だって、100%絶対バレずにできることですかこういうのって? バレないようにやれというのは、ほぼ100%無理なことを言っているわけです。バレることを「完全に」避けようとしたら、やらないでいるしかない。
 私が不貞行為容認のわけないでしょ。(^^;)

 でも、人間がときに、理性のままには生きられないことも知ってる。
 だから。

 なんにしてもこういうことは他人がとやかく言うことじゃない。
 そういうことを、立派な商売にさせてしまうほど嬉しがって飛びつく「世間」さまというものが、結局は、なによりもだれよりも一番、愚にして下劣だということ。

 そのあたりはもう少し、周知されていいように思いますねえ。

 そんなことより、せっかく「ミュージシャン=下半身だらしない」を否定したのに、それを無駄にされ、「そら見たことか」という母の視線に、「だって100%ってことはないわけじゃん……」とごにょごにょ言うしかなくなった、という方が、当座、私には問題です;;

 やるなとは言わないから、絶対バレないようにしてください;;
 部外者からの(けっこう切実な)お願いです;;
 
 
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正しさに惑い、誤る

写真入賞作に自殺と見られる中学生の姿 入賞取り消し
10月17日 20時32分 NHKニュース

“入賞取り消し”一転 市長が賞授与を決定
2016/10/19 21:50 ytv ニュース

 それでなくてもご遺族はショック状態なのに、何をやってんですか何を。
 ——と思わざるをえなかった件。

 難しいところだ、と主催の観光協会などが考えたのは、最高賞受賞となった作品は、亡くなった女の子が撮影した作品、というのではなく、撮影者(受賞者)は別の人で、彼女はあくまでも被写体だということだったのかもしれません。

 自死とみられる、という中、亡くなった方の姿を公開にしていいのか迷ったというのは、わかります。
 ただ、その後の手順を間違えたかなと。
 観光協会などは、いきなり賞を取り消すのではなく、受賞者に確認、事情を説明したうえ、可能であればご遺族の意向を聞いてみるべきでしたね。
 お遺族のお考えとしては、そっとしておいて欲しいとおっしゃるかもしれないし、今回のように、その晴れ姿をせめてもの慰めにできるとお考えになるかもしれないし、そこは、聞いてみなければわからないこと。

 それを、いきなり決めちゃったというあたり「正しければ何をやってもいい」という考え方があるのを感じます。

「正しい」ことなら、誰にも相談もせずに決めて、進めてしまっていい、という発想をする人は少なくないようです。——私の身近なところでは、私の親父がそういう人でした。
 おかげで身内も外も問わず、しょっちゅうなにかとごたついてましたよあの人。

 言っていることは、確かに「正しい」。
 でも、正しいのなら人をいきなりぶん殴っていいのか、というお話。

 余談になりますが、この「正しければ何をやってもいい」のか、というのは、石田三成さんの業績を評価する時にはどうしても、浮上していくる話題ですね。(^^;)
 有能だし「正しい」んだけれども、彼には人がついていかなかった、——そこをどう見るか。という。

 閑話休題。

 上記ytvニュースの映像から、市長さんのお話も伺いましたが、それで思ったのは、「正しいことなら、遺族に聞かなくてもいい」という「感覚」がおありなのかな、と。

 たぶん、ご遺族に聞いてみようという発想自体がなかったか、あってもそれはちらっとしたものでしかなかっただろうし、ちらっと考えても、——なにしろ事情が事情ですから、そんなことを問い合わせるのは、ご遺族に負担になるんじゃないかという配慮も、あったかもしれませんね。

 取り扱いの難しいところがあるというのは確かなことで、それはわかるんですが、難しいことであればあるほど、「独断専行」はいけませんよ、ということでもありますね。
 人の情というのは、正しいかどうかなんてところとは違う場所にある。だから難しい。

 ともあれこの場合は、ご遺族は、娘さんがこの世に、こんなに元気で、美しく生きていた、その「証拠」を、まして最高賞というかたちで残せる、とお考えのようですから、ひとまずは、そのご意向に添うということで、よろしいのでは。
 受賞者ご自身にもお考えはあるかもしれませんね。

 亡くなった方の姿をやたらに公衆の前に出していいのか、迷う、というのは、わかります。
 市長さん他は、いかなるものであれ、すでにこの世の人ではない、まして自死ということであれば人目にさらすほうが残酷だとお信じになっているのでしょう。

 でもそれは自分の考えであり、他人は違うかもしれない。

 自分が正しいと思うことは、誰にとっても正しいのだというのは——少なくともこの場合は、適切ではなかったのでは? ということですね。

 あと。
 その「人目にさらすな」の発想ですが、これ、「死はケガレである」という感覚があるのかなあ。

 ケガレ、というのは「気」「枯れ」。
 汚れ、汚穢(オワイ)、dirty というのとは、本来はニュアンスが違います。

 「気」「枯れ」だったものが「汚れ」になったときから、どうも日本人もあれこれ間違うようになったんじゃないかと個人的には疑ってますが、——誰にも相談もせずいきなり「これが正しいことだ」と決めつけた根拠のひとつに、——現代人のことですからもう無意識だと思いますが、死、まして、横死では「ケガレ」として忌避すべき、という意識があったんじゃないかな。

 市長さんの会見の様子から、そのあまりにも強い「死」への抵抗感を見て、そんなふうに勘ぐってしまいました。

 なんにしても。
 亡くなった方、そのご家族には、心からお見舞い、お悔やみを申し上げます。

 と同時に、この事態の原因となった人(たち)には、今後の自分の人生が円満に行くとはゆめ思うなよ、と、念を押したいとも思っております。
 
  
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そのままの君でいて

 アマゾンプライムのCM。
 苦手なんですよ……。

amazon ライオン ゴールデンレトリーバー 続き
https://youtu.be/kK3jQVjMXOk


 ご夫婦に可愛い赤ちゃん、というご家族がくつろいでいるところ、ゴールデンレトリバーくん(女子だったらごめんね;;)が加わろうとするのですが、赤ちゃんは犬を見て泣いてしまいます。
 赤ちゃんと仲良くしたいのに、と悲しげな犬の顔を見てお父さんがアマゾンプライムのサービス「お急ぎ便」を利用して、ライオンのたてがみになるモノ(なんなんだろうアレ)を購入。犬に着けます。
 赤ちゃんはライオンのぬいぐるみがお気に入りで、ゆえに、ライオンになった犬を見て大喜び、という。

 ………なんか、すっげえ気分悪いんですけど;;

 うちの母は、最初は単純に、たてがみつけたわんこ可愛い、でウケてましたが、こういうCMあるよ、と言って教えたら、私がむすっとしたのでハタと気がついたらしい。
 ……そう。このCM、「一見すると」ほのぼので可愛い、と思えるけれど。
 本質の部分ではものすっごい「問題作」だと思いますね。

 関連動画には「海外の反応」というのもありまして(https://youtu.be/hJu5-mFbwkE)、こちらでは概ね好評のようです。
 もちろん動画制作者によるコメントの抽出がされているので、100%ではないのでしょうが、でも、まあ、疑問を感じている、というコメントの数は多くなく、全体には、感動する、可愛い、というものが多いのでしょう。

 私だったら、赤ちゃんに泣かれてすごすご下がっていく犬を見たら、犬の方をまず抱きしめますよ。
 あんなへんな被り物をしてまで、誰かに好かれる必要なんてない。
 赤ん坊といえども好みも相性もあるから、いかに犬の方が好意を見せようとしても泣かれることはある。でも、それは仕方のないことでしょう。なのに、なんでこんな気分の悪いことすんの?
 ——というのが、初見からの私の感想。(^^;)

 私だったらまず犬のほうを抱きしめてその傷心を慰める。あなたのせいじゃないよ、というでしょう。
 あの変な被り物で赤ん坊のご機嫌を取ろうなんて発想自体をしない。(だからまず、はあ?! とびっくりするわけですね)
 このCM作ったの誰? だれがこのコンセプトだしたの? と、不機嫌になるばかり。
 現在では、このCMがテレビに登場すると即座にチャンネルを変えてしまいます。(^^;)

 嫌なんですよねとにかく。
 本来の姿を捻じ曲げてまで人に好かれようとする、その発想自体が嫌だ、ということと。
 たぶんそれ以上に大きいのは——自分にも、変な被り物を着けてしまうときがあるのは自覚していて、それでさらに自己嫌悪に陥る。
 そういうことも経験済みで、自分自身の「嫌な記憶」が目の前で再生されるから。
 はっきり言えば拷問レベルだから、でしょう;;

 もちろん、このCMを考えた人って、他者に対する思いやりが何かはわかってないだろうとか、犬を好きな人じゃないな、とか、そういうことへの嫌悪感もある。

 徹頭徹尾、このCMには反感と嫌悪感しかない、わけですね。

 逆にこのCMを見て可愛いとか感動するとかいう人は——、まあ、素朴なお人柄なんじゃないかと。
 そのこと自体は、それぞれの考え方の違いですから、しょーがない。

 海外の反応では好意的なコメントが多いらしい(自分では直接、見ていないので)、へーえ。と思って上記の動画の日本語コメントを見ますと、やはり、私のような感じ方をする人が多いようで、これはこれで、面白い。

 思わず「犬の気持ちになって」「犬の立場になって」しまうのが、日本人のコメントに見られる「傾向」だと言えそうです。
 あるいは、犬の姿に自分自身を重ね合わせて見てしまう、という感じかな。

 犬はあくまで犬である、という、すっぱり割り切った見方をするなら、このCM可愛いね、(犬に)よかったね、ということになるようです。

 ものの好き嫌いって、自分自身の投影だと思っておけば間違いのないところなので——なるほどなあ、と思いました。

 
 ともあれ。
 日本のCMにはままあることなんですが、そのドラマ性や完成度に凝るあまりに、肝心なところがすこーんと抜けることがあるようで。
 以上のような話をして、うちの母が私の嫌悪感に、なるほどねえ、とうなずいて、思い出したように何と言ったか。
「………で、あれって何のCM?

 演出その他に凝るあまり、肝心の商品は印象に残ってない、ということ、結構ありますよね。

 …………これでいいのかしら……。(^^;)
 
 
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