ウィスキートディ Whisky Toddy
2015年08月31日 (月) | 編集 |


ウィスキー……45 ml
砂糖……………1 tsp
 水……………適量
レモンスライス…1枚

グラスに砂糖を入れ、水で溶かしておく。
ウィスキーを注ぎ、水で満たす。レモンスライスを飾る。


先日ご紹介しましたホットウィスキートディと同じですね。
あちらはお湯割りで、こちらは水割り。あと、シナモンやクローブはない、というだけのことかな。
トディはヤシ酒のことですが、現在では、スピリッツの水割り・お湯割りに、砂糖を加えたカクテルのスタイルの名称となっております。

ウィスキー、じつはちょっと苦手という方もいらっしゃるかと思いますが、この飲み方だと、濃いめの水割りに砂糖とレモンが加わったものなので、ほんのり甘く、すっきり感もあって、飲みやすいスタイルですよ、とおすすめしたいです。(^^)

今日とりあげたのはカクテル言葉が興味深かったから。
「誘惑のしぐさ」って。
昨日ご紹介した「シルクストッキングス」と同じカクテル言葉なんですよね。

ほぼ同じレシピで、お湯を使うか水を使うかの違いでしかないのに、カクテル言葉は、ホットウィスキートディと、このウィスキートディでは異なるんですね。
お湯と水でそんなに大きい違いになるもんかな。と不思議に思いまして。

シルクストッキングスのほうは、カクテル言葉が「誘惑のしぐさ」はわかるんですが、このウィスキートディは、どのへんが誘惑のしぐさなんでしょう? (^^;)
水がお湯になっただけの、ホットウィスキートディのカクテル言葉は「静寂」。
お湯割りと水割りでは、なにがそんなに違うというのか。
謎ですねこれも。

誰がどこでどうやって決めてるんでしょうね、カクテル言葉って。
——これまでの何度も思ってきたことですが、やっぱり不思議。(^^;)


ウィスキートディは、ロングドリンク。TPO、シチュエーションはオールデイカクテル。
アルコール度数は18%ほどで、中口。
技法はビルド。


カクテル言葉:「誘惑のしぐさ」
 
 
 
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「嵐が丘 Wuthering Heights」
2015年08月31日 (月) | 編集 |


 メディアミックス、という言葉を聞くようになって久しいですが。
 久しいわりには、「原作」とされるもののファンというのは、いまだに悟りを開いていないことが大半のようです。

 小説や漫画を原作にした、アニメなり、ドラマ・映画なりが製作されるというとき、原作ファンの悲鳴や怒号というのは、いまだによく聞かれますね。
 もういいかげん、そのへん、悟りを開こうよ、と思います。(^^;)

 小説が、たとえば映画になるとき——その映画は、あくまでも映画作品なんであって、原作とは「無関係の関係」くらいに思ったほうがいいと思いますよ。(^^;)
 原作ファンがよくいう、「イメージとちがう」「原作はそうではない」というような愚痴は、批判にも当たらない愚痴、泣き言でしかない。
 原作と違うって? ——だからこそ、ちがうメディアで表現されるわけなんで。
 批判にはならない。

 ほかのメディアで表現されるものは、もう、それ単体として扱うべきものではないでしょうか。
 原作まんまだったら、原作以上のものはあり得ない。そこをあえてほかのメディアが表現しようとするなら、それはもう原作にはないなにかを目指してのこと、じゃないでしょうかね最初から。

 ということで、個人的には、小説が映画なりなんなりになることについては、期待もしなければ怒りもしない、面白そうなら見てもいいけど、原作と同じタイトルを冠しているというだけで見に行くことはないなーという、たいへん薄情な態度が、私の基本的なスタンスです。

 そんなわけで、エミリー・ブロンテ「嵐が丘 Wuthering Heights」には、十二支が一巡するくらいの年月をいれあげたけれども、映画なり舞台なりは見たことがありません。(^^;)
 もし映画にするなら、制作側は原作のことは全部忘れてゼロから組み立てていくしかないだろうし、そういう思い切ったことができる人というのは、まずいない。
 小説の嵐が丘は、あのままなら、映画には「できない」。
 
 なぜというに、小説の「嵐が丘」は、恋愛小説というところにはとどまらず、「家系」をもひきずってまきこんで、世代をまたがって展開していく「因縁話」だから。(^^;)
 おもに二人の人間を追いかけていればいいというわけにはいかんのです。
 2代にわたり因縁話が、2、3時間の映画におさまるわけがない。

 先日、「嵐が丘」のタイトルを聞いて、わーなつかしい、と思い、久しぶりに再読していました。
 あいかわらず面白いとは言い難い小説です。(ゆえに、ひとさまにはおすすめしません/笑)
 でも、引き込まれる。あいかわらず。

 主人公ヒースクリフの苛烈な情熱は、——最初に読んだのは中学2年のときでしたが、衝撃そのものでした。自分がなにを読んでいるのかわからないくらい、「なんだこれは」状態でした。
 恋愛ものなのか、といわれれば、まあ、そうとしか言いようがないけどねえ。という煮え切らない返事になるばかり。
 因縁話——因果応報の物語です、なんていうと、おどろおどろしいと思われるんだろうな;;

 我ながら無謀だったと思うのは、あらすじを追うのが精一杯だったあの年で、読書感想文なんてものを書いていたこと。
 宿題だったからちょうどいいやと思って書いたんでしょうが——13、4歳の子供にわかるわけもない。(^^;)

 その後数年ごとに再読していきました。読むたびに発見があり、「構造」が見え、——ヒースクリフにしろキャサリンにしろ、あるいは語り手のネリーさん自身にしろ、彼らが「なにを言っているのか」、あるいは、「言葉にならない場所になにがあるか」を、まがりなりにもちゃんとつかめた、という感触を得たのは、12年後でした。
 作者が「嵐が丘」を書いた時と同じ年齢になっていました。ちょっと感慨深かったなあれは。


苦しみもだえて目をさますがいいんだ!……
キャシーがどこにいるって? いいや、あすこじゃない―― 天国なんかじゃない——まだ死んではいないはずだ——
…………
おれもただひとつの祈りを捧げよう、おれの舌の根がこわばるまでくり返そう——
キャサリン・アーンショーよ、おれがこの世に生きてある限り、安らかに眠るなかれと!
きみは、俺が君を殺したと言っていたな。
それじゃ亡霊となって出てくるがいい!
殺された人間は殺したもののところへ化けて出ると言うじゃないか。
亡霊が地上をさまよい歩いた実例は知っている。
いつも俺のそばにいてくれ――どんな姿でもいい、
ただお願いだ、君の姿が見えぬこの深淵に、俺を置き去りにしないでくれ。
俺はおれの命なしには生きて行けない!
俺の魂なしにどうして生きて行けよう!


Emily Brontё :Wuthering Heights
「嵐が丘」河野一郎/訳(中央公論社刊)



 こういうとんでもない「弔辞」は、ヘンタイぞろいの文学作品のなかでもとくに異様、異色です。
 ほかでは聞いたこともありません。
 ヒースクリフは一事が万事この調子で、振幅が激しく、純度が高いんですよね。
 情熱、というしかないけど本当はその言葉は合ってないとも思います。

 私は好きだけど、あんまり人にはすすめない小説です。冒頭から1/3くらいはだいぶ、のったりのったりしているし。(^^;)
 それでもいろいろと強烈な小説なんですよね。

 これを2、3時間の映画にってそりゃ無理よ——と。
 映画にするなら、なにかほかのところに焦点を当て直して、ほかの物語に組み替えるしかないだろう、と思いますし、それができる製作者は、めったにいるもんではないだろうとも思います。

 他メディアになるとき、原作とは違うものに組み替えられる、その違いの面白さをこそ、ほんとうは、楽しむべきものではないかと思います。

 原作ファンの顔色を気にして、思い切った製作ができない方々のようすを見ると、気の毒だなーという気持ちになることが多いです。

       ●

 思い出したので蛇足。

 そういうわけで文学少女で過ごしておりまして、世間ではこの文学少女というのをたいへんロマンティックなイメージでとらえていると知ったときはけっこう衝撃でした。
 文学は、人間そのものを描くもの。
 人の業といった、どうしようもないものを取り上げているんで、そういうものを好んで読むような奴がですね、そんなロマンティックで夢見がちでおっとり可愛いわけがないでしょうが。

 文学なんてのは人間のなかでも極め付けのヘンタイばかりを取り上げていくものですよ?

 そういう実態を、世間はわかってない、と知ったときは、どうしたものかと思いましたね。(^^;)

 高校のとき、友人Kちゃんと同じクラスだった子が、ちょいちょい顔を出す私をみて、「汚れを知らない、純粋、って感じ」と褒めてくださったんだそうですが。
 実態を知るKちゃんが爆笑したのは申すまでもございません。

 現在の世の中では文学少女自体が珍しい存在になったのかもしれませんが、絶滅したわけでもないようなので——世間様におかれましては、この種の誤解、そろそろ解いていただきたい。
  
 
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シルクストッキングス Silk Stockings
2015年08月30日 (日) | 編集 |


テキーラ……………30 ml
ホワイトカカオ……15 ml
生クリーム…………15ml
グレナディンシロップ……1 tsp.
マラスキーノチェリー(飾り用)

材料をよくシェイクして(生クリームがあるので強めに)グラスへ注ぐ。マラスキーノチェリーを飾る。

テキーラにカカオの香り、生クリームでこっくりした舌触り、グレナディンシロップでほんのり酸味も加わり、甘口ではあるけれどさっぱりした後味に。

シルクストッキングス。絹の靴下。
それだけだったらべつにどうということはないと思いますが、これ、「セクシーな名前のカクテル」に加えられてるんですよね。
でもって、カクテル言葉が「誘惑のしぐさ」ですから、……まあなんとなく想像はつく。かな。うん。
(18歳未満の方はわからなくていいですからね;;)

でも、そんなことを言っているところをみると、ナイロン開発以前のカクテルか? と、つい色気のないことを考えてしまいました。(^^;)
シルクだから絵になるんで、ナイロンや、現行の、「ナイロン+ポリウレタン」だと、カクテルの名前としてはイマイチですね。(^^;)

あと、レシピは同じはずなんですが、調べてみますとこのカクテル、この写真のようにきれいな、ほんのりしたピンクにならず、やけに白いものもあったし、茶色というか肌色っぽくなっているものもありました。(^^;)
これは、クレームドカカオの選び方によるようです。

カカオリキュールには、無色透明の「ホワイト」と、漂白されていないチョコレート色の「ブラウン」がありまして。
肌色っぽいシルクストッキングスになったのは、ブラウンカカオを使ったものなんでしょう。
白っぽいものは、グレナディンシロップの量が少なめだったのかもしれませんね。

生クリームが入っているので、見た目も、舌触りも、なるほど絹のようななめらかさ。まったりした味わい、だそうです。
ちなみに、生クリームといっていますが原文では Heavy cream とあります。これは同じ生クリームといっても、ライトクリーム(コーヒー用)と、ヘビークリーム(ホイップ用)が、その乳脂肪の比率で分けられているためだそうです。


シルクストッキングスはショートドリンク。アルコール度数20%前後の中口。
TPO・シチュエーションは、カクテルタイム、デザート、ナイトキャップ。
技法はシェイク。

カクテル言葉:「誘惑のしぐさ」
 
 
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本日お出かけ
2015年08月30日 (日) | 編集 |
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本日はお出かけのため、おやすみします。

雨が思ったより強く、寒いくらい。冷たい缶コーヒーがなおさら冷たく感じます。(^^;;



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シンデレラ  Cinderella
2015年08月30日 (日) | 編集 |



オレンジ・ジュース…………20 ml
パイナップル・ジュース……20 ml
レモン・ジュース……………20 ml

材料をシェイカーでシェイクしてグラスへ注ぐ。

代表的というか古典的というか、よく知られたノンアルコールのカクテルです。
昨日はちょっと強いお酒を持ってきたので——今日はノンアルコールで軽やかに、と思いまして。(^^)

上記レシピが一般的らしいのですが、ブログ「カクテル日和」様のエントリによりますと、レシピ通りに作ると、かなり酸味が強いようです。
そりゃ全体の1/3という割合でレモンじゃあねえ……。酸っぱいでしょうね;;

私もシンデレラはいただいたことがありますが、ちょっとばかりカルピスぽく感じるほど甘かった、という記憶が。
とすると、あれはレモンジュースの量がもっと控えめで、オレンジジュースが多かったのかもしれませんね。

ブログエントリーを見て、え? シンデレラが酸っぱいの? と思いましたが、レシピをみると確かに、レモンジュースが1/3では、酸っぱくなるだろうなあ、と。
でも、ものの本には、「ノンアルコールのなかでも甘口のほう、とある……。

私がいただたいたものは、あるいはアレンジで、オレンジジュースのほかにマンゴージュースを少し足していた、とかかもしれませんね。とにかくけっこうトロリとして甘くて、カルピスっぽいなと思った覚えがあるんで。

ノンアルコールのカクテルながら、シェイクして作ってもらえるので、いかにもカクテルという気分を味わえるところが楽しいですね。(^^)

シンデレラは——ロングドリンクでいいのかな。TPOはオールデイカクテルでいいでしょう。レストランのメニューに、アペリティフとして載っていたりするし。でもフルーツで甘いからデザートカクテルにもいい。
技法はシェイク。

カクテル言葉:「夢見る少女」
 
 
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萌えキャラ擁護論
2015年08月29日 (土) | 編集 |
三重県志摩市の海女「萌えキャラ」は女性蔑視 
「サミット」開催時に海外首脳に見せられない??

2015/8/ 7 19:15  J-CAST
http://www.j-cast.com/2015/08/07242285.html

 話を小耳に挟んでから考えるともなしにぼんやり眺めてきたんですが、どうにも不思議な話に思えてきまして。

 来年5月に予定されている伊勢志摩サミット、その志摩市の公認萌えキャラがけしからんので公認から外せとか。署名活動してるところがあるとか。
 
 公認といってもなにもサミットのマスコットということでもなくて、地元志摩市のキャラなんで、厳密にはサミットそのものには関わらないわけだし。
 
 で、ぼんやりご意見も聞いておりましたが、どうも話が散らばっていて、いまだにわかりにくいんですよね。
 萌えキャラ「だから」いかんのか。
 服装その他がセクシーだからいかんのか。
 萌えであるかどうかに関係なく、マンガキャラがいかんのか。

 じっさいのいちばんの問題点て、どれなんですかね?

 この萌えキャラのばかばかしさというのは私も認めますが、でも、そのばかばかしさこそが存在意義ですもんね、萌えキャラって。
 妄想だったり、大きな声では言いにくいリビドーだったりを秘めているのは確かですが、でも、いわゆる萌えキャラのすごいところは、そういうものを「可愛い」にデフォルメもしくは昇華させたところにある。

 いいったって悪いったって、人間には欲動があるというのはもうどうしようもない「現実」。
 それは使いようによっては「前向きな」エネルギーにもなるし、暗い情動にもなり得る。
 前向きのほうはいいとしても、ちょっとアングラに向かったものについての対処は、人類はずいぶん苦労してきたように思います。

 でもいずれ、効果的な対処法はなく——倫理道徳、戒律、宗教で縛るくらい。
 抑圧されればかえってその姿は歪む。
 そういうことを繰り返してきた、というのがせいぜいでしょう。

 さりながら。
 この萌えキャラというのは、野放しにするのではなく、抑圧するのでもなく、「かわいい」次元へ移動させちゃった。
 そういうものなんじゃないでしょうかね。

 シナの方々が日本の最大の蔑称として「日本鬼子」(リーベングイズ)というのを、まともに相手にせず、といって無視もせず、「日本鬼子=ひのもと・おにこ」という萌えキャラにして「お返し」したというのは記憶に新しいところ。
 
 あれを聞いたときは私はもう、ひっくり返って大笑いしましたよ。(^^;)

日本鬼子 ひのもと・おにこ【ピクシブ百科事典】
http://dic.pixiv.net/a/日本鬼子

 くだらないいちゃもんには、ユーモアで返すのがいちばんだなーとしみじみ思いました。(^^;)

 ともあれ萌えキャラというのはそういうわけで、否定したってしょーがない薄暗いものを、薄暗くないようにしてしまう、独特のユーモアとその文化が生んだもの。
 
 そのあたりを、外国の人に100%理解しろというのも、これまた限界があるのも事実でしょうが、まあ、そこまで目くじら立てることでもないだろうと思います。はい。

 私個人としては、いわゆる萌えキャラには特段の好意も執着もありません。かわいいのは確かだし、かわいいんだったら、いいんじゃないですか。という態度でおります。

 セクシーかどうかはなー……。これは昔から、芸術か、わいせつかっていうのは、終わらない議論のひとつですから、なんとも。
 性的なものを感じて嫌だと思うというのは、その人の感性だとしかいいようがないところじゃないでしょうか。
 こういう議論が面倒ならもうゆるキャラにしておけば? ということになりますが、ゆるキャラもいまや飽和状態ですしね。

 なんにしろ、私には特別な問題点があるとは思えず、そもそも何を問題とされているのかがいまだにはっきりわからないので、どうもぼんやりしたことしかいえませんが。

 公認キャラにふさわしいかどうかというのなら「いいんじゃないですかべつに」。
 萌えキャラであることが不必要にとりあげられているのは確かなようだったので、ちょっとだけ、「萌えキャラ擁護」でした。
 
 
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コザック Cossack
2015年08月28日 (金) | 編集 |


ウォッカ ……………20~30ml
ブランデー……………20ml
ライム・ジュース……10ml
シュガー・シロップ…1tsp

氷を入れたシェイカーに材料を入れてシェイクし、カクテルグラスに注ぐ。


コサック(コザック)は14世紀以降、ロシア中央部から南東部へ「流亡」し、定住した農民集団、とありますね。
16世紀にはいると自治的な性格をもつ騎馬戦士集団を作り、騎兵としてロシア政府に仕えた、と。
私は正直、あまりいい印象がないんですが、この場合のコサックには「豪胆な者、自由な人」のイメージもあるんだとか。

そしてコサック騎兵のイメージですから、カクテル言葉もわかりやすく「強敵」と。

先日ご紹介の、ブラックルシアンのカクテル言葉も「強敵」なんですよね。なにか間違えたかと一瞬焦りましたが……まあ、同じカクテル言葉をもつものが他にあってはならないという理由もないし。(^^;)

ウォッカとブランデーという、度数が高い同士の組み合わせですからきついですね。
多少のライムジュースとシュガーシロップでどうにかなるのか、と思わされるレシピです。(^^;)
ものの本によれば、それすらもないよりはいいようで、これで飲み口も「緩和」されて、味わいとなっている…と。

ビミョーな表現してますね。(^^;)

カクテル・コザックは、ショートドリンク、TPOはオールデイカクテル。
アルコール度数は25%、味は辛口。
技法はシェイク。

カクテル言葉:「強敵」
 
 
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クラウド・ファンディング
2015年08月28日 (金) | 編集 |


 なんの比喩でもなく些少の支援を申し上げておりました、「リレーションセンターキット」1式の購入資。
 目標額50万円、無事満了ということで、ようございました。

【毎日新聞×JapanGiving】ブラインドサッカーに熱い声援を!
http://japangiving.jp/p/2288

「リレーションセンターキットというのは、全試合を実況中継したり、障がい者らへ情報提供するための音声ガイドシステムや、手で触れて会場内の場所を確認できる3Dスケールモデル(縮小模型)、そして筆談ツール、拡大ガイドブックなど、障害のある方にも気軽に観戦を楽しんでいただくためのサービスです。」



 とのことです。
 これがあると、視覚障害のかたに、じっさいの会場でリアルタイムでその場で体感して楽しんでいただけるわけですね。

 お金が集まることがもちろん最初の目的でしょうが、でも、クラウドファンディング(直訳すれば群衆資金調達……このクラウドはcloudじゃなくてcrowd)では多くの人に趣旨説明をするから、いままで知られていなかったことを知らせる方法としても、有効でしょう。
 話を聞かないと、出資するかしないかは決められない。話を聞けば、知らなかったことを知ることになる。
 こちらの効果の方が長期的には意義がありそうです。

 いまはこのクラウドファンディングもだいぶ、数が増えましたね。
 お話を聞いているとどれも興味深い。でも可処分所得には限界がある。ということで、自分なりに考えて、判断して、そうして出資先を選んで決める必要が出てくる。
 そうやって考えていくときに、自分の価値観や、日常ではまったく意識されない願望とか、こうだったらいいのになという漠然とした思いとかに、あらためて出会える。
 
 自分には、こういうことを(現実として)見たい、という気持ちがあったのかと、我ながら、ちょっとびっくりすることもありますね。潜在的ともいえないくらい、淡いところにあった願望にぶつかったりする。
 面白いですこのへん。
 自分で気が付いていない自分のことって、まだまだあるみたいです。

 とはいえ、お話を聞いていると、あれもこれもと思えてきて、金のなる木か無尽蔵のお財布、ほしくなりますけどねー。(^^;)
 お話を聞いているとどれもすごいなあ、面白いなと思うから、たいていのことには出資したくなります。
 が、そのとおりに行動するわけにも参りませんで;;

 このクラウドファンディング、今回のように、目標額に到達しなくても集まったお金はその支援にいくやりかたと、目標額に到達しなかった場合は資金調達はなされず、プロジェクトは「お流れ」となり、何千円とか申し出ていた分もなかったことになる、という、2つの方式があります。

 目標額に到達しなくてもともあれ集まった金額は手渡される(即時支援型)のは「寄付金型」に多く(まあ寄付ですから)、目標額が集まらなかったらプロジェクトもぜんぶお流れ(達成後支援型)というのは「金融型」「購入型」に多いようです。

 そのあたりも参考にしつつ考えてみたり。

 ツイッターでは基本的には自分が支援したものをリツイートRT しておりますが、たまーに、「財布の都合で私は支援できないんだけど、もしかしたらどなたか応援してくださるかも」という気持ちでRTしていることもあります。(^^;)
 
 RTするだけで、内容についてはほとんどなにも言わないでおりますのは、「興味があったらぜひ」程度のほうがいいだろうと思っているから。

 強制とか強要とか、義理とかしがらみとか、そういうこととは切り離されているのがクラウドファンディングのいいところだと思うので——あくまでも、自分の考えと判断と責任で行うべきものと思いますので、あんまりね。支援とはいえ、押し付けがましくならないようにしたい。そういう気持ちです。

 興味があれば自分からあれこれ調べるでしょう。たぶんそのこと自体にも、クラウドファンディングの意味もあるんだろうと考えます。
 ゆえに、情報として流す、くらいの姿勢でやってます。

 なんにしても。
 これほど数多くのプロジェクトがあるとなると、自分の希望というものをはっきりさせる必要が出てきますよね。
 自分なりの考えに沿ったところで、どのプロジェクトを応援するか決める。

 そのへんの過程が、個人を「鍛えてくれる」気もしています。

 私は今のところ、サッカー関係と、社会の中ではまだマイナーなもの(社会的ナントカ弱者だなんて言葉は使いませんからね! 左巻きにはわからないだろうけど人のことをやたらに弱者だなんていうもんじゃないですよ失敬な)の支援を決めることが多いようです。傾向として。

 新しい商品やアイデア商品にもかーなり心は揺れますが、優先順位はいまのところ、そう高くないらしい。
 自分の傾向が見えてくるのも面白いもんです。(^^)
 
 
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アフターディナー After Dinner
2015年08月27日 (木) | 編集 |


アプリコットブランデー……30 ml
オレンジキュラソー…………25 ml
ライムジュース………………5 ml

材料をシェーカーにいれてシェイクし、カクテルグラスに注ぐ。

アプリコットブランデーの甘さ、オレンジキュラソーの色と香り、ライムジュースがさっぱりとまとめて、飲みやすいカクテル。
甘いのでデザートカクテル向き、ということですね。
アフターディナーは、ヨーロッパの方でメジャーという話も聞きますが。

アフターサパーというカクテルもあるんですが、同一のものかどうか……。レシピはちょっとちがうかな。

キュラソーは、オレンジの果皮を使ったお酒ですが、コアントローに代表されるホワイトキュラソーは色がなく、オレンジキュラソーはオレンジ色をしています。
アフターディナーのきれいな色は、オレンジキュラソーの色ですね。

甘いカクテルなんですが、アルコール度数はじつは高い。
カクテル言葉が「奥ゆかしさ」というのですが、じつはアルコールはきついのに、この甘さと爽やかさで覆い隠してそれを悟らせない、ってあたりからなんでしょうか?
………とするなら、奥ゆかしいというより、猫を被っているイメージのほうが近い気がする………。(^^;)


アフターディナーはショートドリンク。TPO・シチュエーションはアフターディナー。
アルコール度数は28%ほど、でも味は甘口。
技法はシェイク。

カクテル言葉:「奥ゆかしさ」
 
 
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夏の終わりに
2015年08月27日 (木) | 編集 |
 ブログテンプレートを変更しまして、月見ウサギに。
 PC版とスマホ版は自分でいちおう確認を取れますが、フィーチャーフォン版は自分では見られない;; パソコン上で見ることはできるけど完全な再現ではないと思われるので、もし表示になにか問題がありましたら、お手数ですが、PC版のサイドメニューのところに連絡用メールフォームがありますので、そちらからおしらせください。m(_ _)m

 あ、そうか、ここにリンク置いときますね。
 フィーチャーフォンからでもいけると思うんですが……。
   ↓↓↓
連絡用メールフォーム

 スマホ版のほうも、メニューんところにリンクがあるので、ここからメールフォーム、いけるんですが、……フィーチャーフォンのほうだとサイドメニューもほとんどの項目が表示されないんですね。
 こうなるとコメントも拍手もとめちゃうと、フィーチャーフォン版からはコンタクトのしようがないってことになっちゃうんですね……。うーん。

 ちなみに、私はガラケーという名称がどうもイマイチ気に入らないので使いません。(^^;)
 なにがどうとは言えないんですけど、なんか……「ちがう」感じがするんですよね。
 ガラパゴス、という言い方自体が好きじゃないのかも。
 ガラパゴスの皆様に失礼でしょうよ。と。そんな感じがそもそも、ある。


 コメント止めるとこういうとき不便だよねとは思うんですが、だからってもうコメントの対応はできませんしねー。時間的に無理。
 通常のコメント対応なら問題ないんですが、あのスパムってやつ。ほんとどうしようもない。
 拍手ならいいだろうと思って使っていたんですがこちらにもとうとうスパムが来るようになって、頭にきちゃって、使用をとめてそれっきり;;

 スパムのせいで、通常の、たとえばコメントなどの機能をとめてしまうというのも、本末転倒なんで、考えるとちょっと悔しいですね。
 でも、今はほんとにあんなもんに関わっていられるような時間はとれないしとりたくないし;;

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします;;

        ●

 今年の中秋の名月は9月27日ということで、まあまあですかね。
 去年は9月7日とか? で、9月入って早々でした。まだ暑いし、ぜんぜん月見の雰囲気もなく——ススキの穂が出てたかなどうかな。どたばたと通り過ぎた記憶。
 去年は十三夜さんは落ち着いてできたのかな。

 9月下旬ならもうお彼岸もおわっているし、落ち着いてできそうですね。(^^)

 冬と寒いのが苦手なので、この月見というのは私にとってはほとんど「年の終わり」の行事の感覚です。
 とくに、日が弱っている11月〜1月は、季節性うつにもやられやすい。

 同じように冬が苦手という方が「この時期は半眼で過ごす」とおっしゃったのが、なるほどうまい言い方だと、印象に残っております。(^^)
 はっきり目を開けると、弱々しい太陽の光がかえって切ないから、半分は見ないふりで(笑)

 去年は——あんまり記憶にないんですよね9月……。母がまともに退院してきた 10 月に、やっと一息ついていたような気がする。
 今年はゆっくり月見ができるといいな。おいしいお酒もあることだし♡

        ●

 ちょっと世間話でも、と思ったんですが、どうも気が重くなるような話のほうが多いようで。あんまり喋る気力が出てこない。(^^;)
 ゴシップの類は可能な限り避けているし、もともと疎いほうでもあるし。

 いま身を入れて話せることといったら怪談なんですが(笑)、これは相手を選ばないといけないのでここでは書けないし。

 そんなわけで今日はグダグダしたまま、これにて失礼いたします。m(_ _)m
 
 
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ホットウィスキートディ Hot Whisky Toddy
2015年08月26日 (水) | 編集 |


ウイスキー ……45ml
お湯 ……………適量
角砂糖 …………1個
レモンスライス …1枚
シナモンスティック

シナモンではなく、クローブを2、3粒、とするレシピもあります。ようは香りがよい(のと、体を温める)ものならいいのではないかと。

あらかじめ温めておいたホルダー付タンブラーに角砂糖を入れ、お湯で溶かしておく。
タンブラーにウイスキーを入れ、お湯を7分目ぐらいまで入れる。
レモンスライスを飾り、クローブ、またはシナモンスティックを入れる。
シナモンスティックがない場合は、ロング・スプーンを添える。

トディ、というのは、スピリッツの水割り・お湯割りに砂糖を加えたスタイルですね。
トディ Toddy はもとは、ヤシ酒(シュロの樹液)のことだそうです。ヤシ酒は甘いんだろうな。

ホットブランデートディをご紹介したことがありますが、これはそのウィスキー版。

砂糖の量はいちおう、角砂糖1個となっていますが、ウィスキーの銘柄によっては2個くらいいれてちょうどいいものもあるようです。そのへんは、お好みで。

なんだか急に肌寒くなって、ついついホットカクテルを持ってきてしまいました;;
肌寒いとはいっても、こんな、いかにも冬向きのものを思い出すこともないんですが、なんとなく。(^^;)

ホット・トディは、香辛料の香りがよく、甘く、じーんわりと体を温めてくれるやさしい感じがいいんですよね。(^^)
ホットの場合はアルコールもある程度飛んでいたりするから、さらに飲みやすくていいのかもしれません。

ホットウィスキートディは、ロングドリンク。TPO、シチュエーションはオールデイカクテル。
アルコール度数は10%前後、中口。
技法はビルド。

カクテル言葉:「静寂」
 
 

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24時間テレビ雑感
2015年08月26日 (水) | 編集 |
 今年の24時間テレビも終わりましたが。
 ちゃんとは見ていないのが申し訳ないのですが、でも、毎年毎年、えらいなあ、とは思っております。

 偽善であるという批判が少なくないことももちろん聞いておりますが、——それでもね。
 なにもしないよりはいい、というのも確かだし。
 関わっている人たちそれぞれ、思うこともあるでしょうし、ご苦労もあるでしょうし、なにより体力削っているのは確かなんだし、それほど目を三角にする理由もないでしょう。

 ただ、それでも。
 あの番組の雰囲気が苦手だということも確かだったりして。(^^;)

 今年もちらちらと、チャンネルザッピング中に見るともなしに見てふと思ったのは、
「ふつーにやればいいんじゃないかなあ」
 でした。

 毎年、テーマを決めているそうで、今年は「つなぐ」とのことでしたね。(耳で聞くばかりなので字がわからない。ひらがなで失礼します)
 でもって、さまざま、チャリティなり、どなたかのチャレンジなりを追った番組作りのなかにそのテーマが差し込まれるのですが、あれがどうしても、みょうなこじつけに思える。

 なにしろ24時間ですから、統一する大きなテーマがあるのはわかるんだけど、そこまで強調しなくてもいいんじゃないかなあ。と。

 善意もわかるし、それぞれの方が一生懸命なのもわかる。
 それだけでいいんじゃないでしょうか。

 ああすごいなあ、えらいなあ、と思うときに、テーマがどうとか、そのテーマにこじつけたように、関係者の胸中を語ったりとか。
 そのときに、すなおな感動の思いがすっとしぼんでしまうのを、感じていました。
 
 なにがイケナイんでしょうね。(^^;)
 
 趣旨には賛同しているし、テーマ自体には文句はないし、ご参加の皆様にはすなおに感動してもいるのに、なにか——言葉で語られたときに、俗っぽい「におい」が鼻についていやになる。

 善意を前面に押し出し、テーマを誇張し、テーマに沿ったようにだれかの努力や挑戦を不必要に飾り立てて「美化」しているように感じます。

 それがちょっとした臭みに感じていやになる。

 この臭みをはずしてしまえば——テーマを語らず、善意を強調せず、ふつーに、募金やってお礼言ってお金の使い道を説明して、だれかの挑戦を番組にして流す——それだけでいいんじゃないだろうか。

 装飾過多。
 なのかな。

 不思議なもんですね、そこにあるひとつひとつには、なんの文句もないし反対でもないのに、それらを見栄え良くしようという「作為」を感じたとたん、うんざりして横を向いてしまう。

 あそこで取り上げたものは本来、美しいもののはず。
 放っておいても美しいものに、見栄え良くしようとギラギラした飾りをつけると、かえって、本来の美しさが損なわれてしまうのでしょうか。
 私にはそのように思えました。

 善意と美とをあえて語らないまま、ふつーのテレビ番組のように流したほうが、かえっていいんじゃないかな。
 なぜ飾ってしまうのかな。
 飾らないとならない、という強迫観念でもあるみたいに思えるんだけど、どうなんでしょうねそのあたり。

 素のままでカメラの前においたって、誰も振り向かないよ、というのも、ある面、たしかに言えることなので、それはそれで否定しませんが。
 適正、って、モノがなんであれ、なかなか難しいですよね。(^^;)
 受け取る側の感受性も人それぞれだしなー。
 私にはちょっと過剰に思えても、ちょうどいいという人も、まだ飾り足りないと思う人もあるでしょうしね。

 飾ることの功罪について、ちょっと考えてしまいました。

 とりあえず。
 もう命がけですでに頑張っている人に、頑張ってくださいというのは鬼の所業、と、今年も感じてしまったことを白状します。(^^;)
 すっごく言いにくいんですけど(と言いつつ言う)、あの番組の最後近くの「負けないで」合唱が、どーにもこーにも、つらいです;; 見ているだけなのに;;
(いたたまれなくて、まともに最後まで見たことないんですが;;)

 1年で一番、「頑張って」という言葉に恐怖を感じる日、かもしれません;;
 
 
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ホラー映画に一言
2015年08月25日 (火) | 編集 |
 怖い話を聞くのが好きというのはですね。ホラー好きとは違うのです(真顔)

 と、念を押したい今日この頃。

 ときどき誤解されるんですよね、怖い話が好きというと、なんですか身を乗り出してホラー映画の話をされたり。
 すみません、ああいうのほとんど見ません。

 基本、「聞く」のが好きなんであって、映像はほぼ、見ません。
 たまにテレビ番組で怖い話の再現ビデオみたいなものがありますが、あれもちょっと。演出過剰で、怖いよりも笑ってしまうことがけっこうあったりする。

 ホラー映画というのは、私から見ると「気持ち悪い」のです。
 人の亡骸だとか、血だとか髪の毛だとか。
 ポルターガイストをみればあとの片付けと掃除が気になるし。すっごいメイクをして出てくる亡霊には、ちょっと塗りすぎなんじゃないのと思うし。
 なにも楽しくない。(^^;)

 怖いのではない。
「気持ち悪い」のです。
 気持ち悪いと怖いは違う。
 不快ですねつまり。

 キチャナイなーと思うものには近づきたくないというのが人の心理ですから、ああいうの、予告編をみただけで後ずさりですよ;;
 ゆえに、ホラー映画は見ません。というかたぶん、全編通してちゃんと見たことって1回もないと思う。
 ホラーってでも「怖い」って意味だよね? とも言われましたが。
 そうかもしれませんが、たぶん、怖い、という概念が違うんじゃないのかな。ことにハリウッドあたりとでは。

 ハリウッドでは、たとえば牡丹灯籠が持つ、あの美しさと、情念の醜さとの、コントラストなど思いもつかないでしょう。などと思わず真顔で言ってしまいますよ。(^^;)

 そういう私が珍しく、本当に怖い、これはいい、といったのは、「リング」でしたが。
 あれだってハリウッド版では、貞子さんに該当する役の方、顔を出しちゃったと聞きまして。
 あれはねー。顔が見えないから怖いんだよー。契約の都合があるんだろうけど、顔を全面、見せたら怖くないでしょー。
(怖くないこともないんでしょうが、貞子の神秘性は崩壊する)

 そもそも、あの水に濡れてのたうつような黒髪こそが、まず、ぞわっとくるものなんで、あれよりも明るい色の髪ではちょっとなーというのが、ハリウッド版を見てきた友人の感想でした。……うん。それもあるか。

 怖い、という感情の、その原始的な感覚に震えるのが「好き」ですが。
 こうしてみると、怖いというのも、けっこう文化の違いを反映するものですよね。

 ちなみに。
 個人的に、洋の東西を問わず、いわゆるホラー映画でいちばん勘弁されたいのは、悲鳴です。たいていは甲高い女性の悲鳴ですね。

 ちょっと聴覚に敏感なところがあるので、あれが本気で苦手です。
 だいたい人間、ほんとうに恐怖にとらわれたときって声なんか出ませんよ。
 あの悲鳴で怖さを表現している、あるいは観客の感情を「誘っている」んでしょうが、不愉快でいたたまれなくなります。

 なにも見えているわけではないのに、じっとりとした闇の中で、それはもう音ですらなく、ただなにかの「気配」だけを感じている、あの原初的な恐怖を。
 表現してくれたものがあったらすごいだろうなあ。

 ということで(?)、怖い話を聞くのが好きな人は、ホラー映画好きと等号記号で結ばれるものではないので、そのへんよろしくお願いいたします。(^^;)

 でも、ホラー映画が好きな人も案外、「お仲間」がいなくて寂しいところがあるみたいですね。
 いい話相手が見つかるといいね;;
 
 
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