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2015.07.31 (Fri)

誰かのために



 人を見て法を説け、という言葉がありますね。

 また辞書から引っ張ってくるのもイヤらしいようですが念のため。(^^;)
(先日、蓼食う虫も好き好きというのをビミョーに誤用しているのを見てしまって、こういう小さい誤用が積み重なると、そのうちとんでもない誤解、意思が通じない事態になりかねないなと思ったので)

【大辞泉】
人を見て法(ほう)を説け
〔釈迦が相手の能力や人柄に応じて法を説いたことから〕
人に応じた働きかけをしなければ,相手の気持ちをつかむことはできない。人(にん)を見て法を説け。



 真面目が過ぎる人にはちょっとは遊べというし、遊んでばかりの人には、たまには勉強したらというし。
 べつに、どちらも間違いではないのは、ご理解頂けるかと。

 いま聞こえてきた言葉が、どういう状況で言われているのか、というのも、言葉の解釈上には必要な条件ですよね。
 でも、ここんところをまったく考慮してもらえなかったり、あるいは誤解されると、困るなあ、と思うことがあります。

 ネットでぽつんと呟いた言葉は、べつに誰に向けてということでもない、ほんとに単なるひとりごと、自分自身へ向けた言葉だったりするのを、そうは受け取ってもらえないことがある。
 
 人が見ている景色は人それぞれ。言葉を聞くときは可能な限り、その言葉が、どんな景色を見ている人へ向けられたものかは、考えなきゃいけない。

 禅宗のほうで、本なんか邪魔になるばかり、作務(さむ)に励めという教えがある、と嬉しがって勉強をサボろうとするガキんちょに、それをいったお坊さんはすっごい頭がいい上に、イヤというほど勉強しまくり本を読みまくり考えまくった人だぞ、というと、さすがに黙りますねー。(^^;)

 あれはご自身が相当、勉強して勉強して、考えて考えて、その果てに、実践する意義を見出したゆえのお言葉。
 なーんにもものを考えていないがきんちょとは、はっきり言って比較になることではありません。

 そんなふうに、ある人に向けていった言葉なのに、傍からへんなふうに解釈して、人の話に割り込んできて、わけわかんないイチャモンをつけたり怒ったりする。
 そういうことも、ある程度は仕方のないことだとは思いつつ、
「アンタに言ったんじゃない」
 と、冷たくいい捨てたくなることは、けっこうありますね。(^^;)

 先日もちょっと考えたのは、「無償の愛」ってやつでした。

 これは以前、美輪明宏さんの人生相談へのお答えの件でも考えたことでした。

 無償の愛はたしかに素晴らしい。でも、これを安易に、しかも他と比べても異様に、健全な自己愛が薄い現代日本人に語るのは危険である、というのが、私の考えです。

 無償の愛と、たんなる自虐というのはまったく異なるものであるとはいうまでもないのですが、健全な自己愛が育っていない人には、言葉だけではわからないことなんですよね。
 自分の犠牲を顧みないとは美しいことですが、自虐癖があり、自傷を繰り返す人にはまずは、「自分で自分を愛すること」を説いていくほうが先です。

 これはまったく感覚の話なので、言葉で説明するのは限界がある。認知行動療法といったことがどうしても必要。
 であるにもかかわらず、そういう手当をしないまま、無償の愛などときわめて美しい言葉で語るのはあぶないなあ、と思ったんでした。

 人にはそれぞれの、課題のようなものがある。

 その人に合ったものを選んで、言葉は継いでいかなければならない。

 自分にとっての理想がすべての人にとってもよきことである、と単純に信じ切って、「人を見」ないでものをいうのは、どうも困ったもんだ、と思っております。

 とはいえ。

 広く人に伝えられるというのはネットのいいところでしょうが、「あんたのことを言ってるわけじゃないよ」という人までもが首を突っ込んでくることも、避けられないという点は、ちょっと困るところ。

 もちろん、本来自分には関係のない話に、過剰に反応するということ自体、その人が内側に抱えているわだかまりやひっかかりがあることを示している。それも確かなんですが。

 自分がぽつり漏らした言葉は本来は、だれにも聞かせず、ほんとーに独り言にしておくべきものを、あえてネットに載せるのは、自分と同じような人に届くことを願っているわけですよね。意識しているにしろ、いないにしろ。

 そういうとき、なんだか、ぜんぜん「種類」の違う人から、わーっと反論されたりすると、まずびっくりして、それから、腹が立つよりはなんだか呆れてしまって、「あなたのような人に向けて言った言葉ではありませんよ」と言いたくもなる。

 人を見て法を説け、とは。
 話を聞く側にも、その言葉がどんな人を想定していて、どんな問題への手がかり足掛かりになることを願ってのものなのか、ちょっとくらいは考えてもらわないと、実現しがたいのかもしれません。

 で、今回冒頭に引用させてもらったツイートが、さらに紹介しているもの、水木しげる先生の漫画の一コマからですが、

「この世は通過するだけのものだから」
「あんまり気張ることはないよ」


 
 これは、自分で自分を励ましてどんどん意欲的に人生を生きている人に、冷水を浴びせるための言葉ではありません。

 あまりにも生真面目で、思いつめてしまって、がんばりすぎて、疲れ果てて、すりきれてしまった、生きる気力が枯れつつある、——そんな人に、大丈夫大丈夫、と、背中をぽんぽん叩いてあげる、そんなための言葉、と解釈しています。
(ブータンの人たちはこんな考えに近いものをお持ちだそうですね)

 この世の有り様はひとつではないということ。
 すべての言葉がすべて自分に向けられていると思い込むのは、ちょっとばかり、自意識過剰というものでしょう。

 届けたい人に的確に適切に言葉が届く。
 そんなふうであってほしいと思うのですが……。
 
 
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2015.07.31 (Fri)

チェドラータ Cedrata





甘夏のシロップを使った、いわば「日本版チェドラータ」が美味しかったので、本場イタリアのチェドラータも購入してみました。
綺麗な黄色。ノンアルコールということでどなたでも安心して飲めますね。

ツイートにも書きましたが、チェドロはレモンの仲間。通常のレモンの4倍くらいあるとか。

巨大レモン、チェドロ(cedro)
http://tokuhain.arukikata.co.jp/sicily/2013/03/cedro.html

チェドラータはそのチェドロの果汁を炭酸で割ったものだそうです。
レモンの香りと微炭酸で爽やか。後味にはレモンの香りが残って、いまの季節にはピッタリですね。(^^)
炭酸もきつくないところがありがたい。イタリアではよく知られた食前酒(アペリティーボ)だそうです。

ちなみに、このチェドラータは1本250ml。ほんとに一人分の、飲みきりサイズ。

飲みやすいし食事の邪魔にもならない味だったので、これ、ぜひ、レストラン、バーなどでも、置いてくれると嬉しいな。
ノンアルコール、ソフトドリンクというと、どうも食事に合わないことが多い気がする。
その点でも、チェドラータ、いいですよ。


(今日はもう眠くて仕方がないので、カクテルではないけれどカクテルのように飲めるチェドラータのご紹介でした。
余談ですがこのチェドラータを飲んだ後にノンアルコールのビール的なものを飲んだら、かなり不味く感じたのには参りました;;)
(苦いと感じたんじゃなくてあくまでも、不味い。と。化学薬品のように感じたんですよね;; なんででしょう)
 
 
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2015.07.30 (Thu)

熱中症注意

 今日はちょっとおやすみしようかと思ってましたが、あんまり暑かったのでぐだぐだ言いに来ました;;
 午前中から外回りでお出かけでしたがいやはやもう——、体力なくなったら確実に死ぬ、と思いましたわ;;
 
 もとから丈夫な方ではないので(ゆえに自然、自己管理にはうるさくなります)、なおさらそう感じるのかもしれませんが。
 これじゃあ、体力十分とはいえない子供さんや、ご高齢の方には本気で危険だわ、と。
 さきほどお会いした何某さんも、たぶん昨夜、寝ている間に熱中症になっていたと思う、とのことでした。

 エアコンがタイマーで停止してからどれくらいの時間が経っていたかはわからないそうですが、ともあれ、暑いなと思って目が覚めたら、もうそのときには体がろくに動かなかったそうです。
 で、自宅の中だというのに枕元においてあったケータイ(目覚まし時計として使用するとのこと)で、まだ就寝していなかった息子さんに電話をかけて、ことなきを得たとのことで。
 声を出してご子息を呼ぶこともできなかったということですね。

 持ってきてもらった氷で首筋などを冷やし、レモンジュースに塩を少量加えたもの(ご令息特製とのこと)を飲んだら復活。
 スポーツ飲料などは枕元に常備するのがいいと思う。と真顔で言われ、そうですね、私もそうします、とおもわず真顔で答えました。

 粉末状になっていて、水に溶かして自分で作る、スポーツ飲料のもと、みたいなものは買ってあるので、あれを作って置いておこうと。
 母もいちおう病後の身ですから、母の分も作っておこう、と。

 たとえ一人暮らしではなくても、寝ている間にじつは状態が悪化した場合は、人を呼ぶこともできない。
 まずは、人を呼べるくらいのレベルには復帰する必要がある。
 ので、スポーツ飲料は常備。

 今年は梅雨が明けたら、へんなふうに暑くて、ほんとに、体がついてこない感じですもんね。
 体力自慢の方でも、今年はお気をつけになった方がよろしいかと存じます。

 スポーツ飲料を飲んでそんなに早く復活するか? と疑問にお思いの方もおいででしょうが、まだ熱中症もさほどでないなら、効きますね。
 私の友人も一度、炎暑のなか、両足がつったことがありまして。

 両足が同時につるというのもちょっと尋常ではありません。おまけに、ふだんなら、少し筋を伸ばしてやれば治るのに治らない、というので、急いでアクエリ買ってきて飲ませたら、治りました。
 具体的なメカニズムは存じませんが、軽症のうちならそんな程度でおさまるようです。

 いちばん困るのは、体が動かないとか、意識がなくなるとか、朦朧としてしまうとか、ですねえ。これはけっこうひどくなった状態ではありますが、でも、夜寝ている間、というのはコントロールしがたいところがあるから、ホントに注意。

 私もふだんはエアコンの効いた屋内にいることが多いのですが、今日はちょっと歩いただけで、ああこれはヤバイ、と思いましたので。

 体力自慢のかたも、ごはん食べて、ちゃんと寝てないと、いきなり不意打ちをくらうかもしれませんので、どうぞお気をつけて。ひごろ体が丈夫というひとほど、案外油断しちゃってること、多いような気がするので、老婆心までに。

 屋外で働くかたをお見かけすると、おもわず内心で拝んでしまいます。
  
 
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2015.07.30 (Thu)

アラスカ Alaska



ドライジン ………45ml
シャルトリューズ・イエロー…15ml

サボイホテルの、ハリー・クラドック氏の作品。
シャルトリューズは「リキュールの女王」と言われる、薬草系のリキュールだそうです。
17世紀ごく初めの修道院で作られ、「不老不死の霊薬」と言われたとか。

シャトルリューズには、このジョーヌ(黄色。イエロー)と、ヴェール(緑)がありますが、作られたのはヴェールの方が先。ジョーヌはヴェール誕生から74年後、1838年に神父プルーノ・ジャケの処方によって誕生しました。
アルコール度数はジョーヌが40%ほど、ヴェールが50数%。

このシャルトリューズ・ヴェールを使ってこのカクテルにすると、「グリーン・アラスカ」です。グリーンの方が度数は高いですね。

こちら、ジョーヌを使ったアラスカも、かなり強いようです。それでもシャルトリューズジョーヌからくるきれいな黄色と、ほのかな甘さが効いて、きついながらもほのかな甘さもあり、きりっと厳しい感じがアラスカのイメージなんでしょうね。

ショートドリンク。オールデイカクテル。アルコール度数40%で、辛口。
技法はシェイク。

どうもアラスカというと、厳しいが美しい自然、というほかに、青池保子さんの、「エロイカより愛をこめて」「Z(ツェット)」が脳裏をよぎって行くんでした。(^^;)

エロイカの、いわばスピンオフであるZ(ツェット)には、ツェット君の先輩方である、部下A以下がアラスカ送りにされていた間のエピソードがありまして。
シベリア送りよりはマシなはずとは思いつつ、アラスカ送りは、——なかなかイメージ強烈です(笑)

カクテル言葉:「偽りなき心」
 
 
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2015.07.29 (Wed)

使用開始から半年経ちまして

Twitterがパクツイ規制に本腰? 盗用ツイートを次々と強制書き換えか
2015年7月27 12時47分  ITmedia ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150727-00000038-zdn_n-sci

 ツイッターを始めて半年ほどが過ぎましたが、最初はもう謎の暗号だらけに思えたもんでした。
 リツイートはいいけど公式非公式ってなによとか、(仕様が変わったためもあり、現在は見かけませんが)QTはなにが違う? とか。
 そういう「暗号」のうちのひとつが「パクツイ」。
 ちょっと考えて、ああ、パクリ・ツイートの略なんだろうなと見当はついたものの、なんだそりゃ状態。(^^;)

 で、世の中には、ひとさまのツイートを自分の発言としてツイートしてしまう人がかなりいる、それが問題にもなっているのだということがわかって参りまして。
 最近ではテキストのみならず、画像のパクツイ——ありていにいえば無断転載ってやつでしょうが、そういうものも通報できるようになってきているとか。

 パクリツイートをする人の心理というのもちょこっと当たってみましたが、ふーん。と。
 わかるような、わからないような。

 ということでそこは無視して。
 ともあれ、でも、他人の話を盗むのも、物品では無いにしろやはり窃盗であることは確か。
 でも、お話、言葉の場合は、少しでも自分を乗せればオリジナルになるんだから、それくらいすればいいのになあ、というのが、私の感想。

 面白いと思う話を聞いて、なにか自分なりに思うことも感じることもあるはず。
 そういえばと類似の自分の経験も、思い出すこともけっこうあるのでは。

 そういうのを少し付け加えれば、——自分の感覚や思いや経験ですから、そのときにはもう、パクリではなくなっているんですよね。

 絵を描くのはやはり特殊な技能だから、なかなか自分なりのなにか、というわけにはいかないかもしれませんが、言葉——言葉が伝えているなにか、は、わりと、自分のものと置き換えることはできるのになー、と思うと、ちょっと不思議。
 承認欲求がどうたらとか、少々意味不明の中毒性、習慣性があるとか、そのへんは、わかるようなわからないような気もしますが。

 借りにその盗んだもので賞賛を得られたとしても、——いずれどこかで行き詰まったり、自分ではない誰かにかき消されてしまったり、かえって寂しいことになるのになあ。

 そのあたりも、自分が経験してわかること、でもあるのでしょうか。

 Twitter社が最近、このパクツイ対策に本気を見せてきたという話を聞いて、そんなに数が多いのかと思うと——盗んだもので身を飾っても意味ないのにな、と。
 プライドという言葉を、私は敬遠することが多いのですが。(例によって、世間様がいうのとは言葉の解釈が違うもので;;)
 プライドがない、というのは、こういうときに使う表現なんじゃないかと思いました。

 自分ではないものとして自分を偽るということは、本来の自分をみずから否定することですから。

 プライドという言葉は好きじゃないけど、こういうときにこそ自分につぶやいてみたらいいんじゃないかな。
 盗んだものを飾って、満たされる欲求なんかありませんて。


 ネットは現実の人間社会と同じだったり、現実社会にあるものを、シャーレの中で培養した細菌のコロニーみたいに、「純粋」化して見えやすくしたり。
 面白いもんだな、と。
 Twitterを始めて半年の、それがいちばん大きな感想です。

 いま、いちばんナゾに思っているのは、フォロー先にしろフォロワーさまにしろ、なんだかしょっちゅう、消えたり現れたりしているアカウントがあること。
 凍結されちゃっていることもあるようですし(凍結と解除を繰り返す、って、あり得るんでしょうか;;)、勝手にフォローが解除されてしまう場合もないこともないらしく、そういうことなのかな? と、目下はこれがいちばんの疑問。

 私も自分のツイートよりRTのほうが圧倒的に多いので、凍結される可能性もなくもない。
 まだ勝手がわからず、どきどきしているTwitterの世界です。(^^;)
  
   
 
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2015.07.28 (Tue)

からっぽのバケツ



 言葉が悪くて恐縮ですが、「バカと基地外は声がデカイ」というのが私の持論でございます。
(基地外、という表記は、御大、筒井康隆©)

 声がデカイというのは、じっさいそういうことも多いですが、メタファーです。いちおう。

 自分が不利になると話し合おうといってくるヤツがいう「話し合う」とは、自分の要求や主張を相手に押し付けるための方便のことであって、じっさいは人の話なんか聞きゃしない。
 わざと大声を張り上げて人を威嚇したり、大声で喚くことで相手の話をさえぎる。
(じっさい大声でギャーギャーいうヤツに、そんなに怒鳴らなくたって聞こえますよと言ったことあり。ほんっとに物理的にウルサイ

 文字通り、「お話にならない」んですよね。

 とはいえ、「バカと基地外は声がデカイ」といってしまってはさすがに露骨すぎて、表現としてはよろしくない。
 芸がないというか能がないというか。(^^;)
 そのへん、自覚があるのであまり言わないようにはしているのですが、——でも、このバケツのたとえ話は、確かに! と思わず膝を打ちました。
 わかりやすいしイメージしやすいし的確だし。
 これちょっと覚えとこ。——と思いまして、ここでちょこっと。ご紹介までに。
 
 あと、震災以後にこれに加えて思うようになったのは「空(から)のバケツは仲間を欲しがる」こと。

 仲間を欲しがるというよりも、他人を巻き込みたがる——成(な)ろうことなら「抱き込みたがる」。
 あれはいったい、どういう心理なのか、まだちょっと測りかねているところがあります。
 
 空のバケツは、寂しかったり不安だったり怖かったりするんだろうな、とは、ぼんやり思うこと。
「放射脳」のいいぐさでいちばん気に入らなかったのは、人に同意を求め、あるいは強要し、それに乗らないとものすごい勢いで「恨み」を募らせること。

 なんだあれは、と最初は憤り、ついで気持ちが悪くなり、最近では、あれはちょっとかわいそうなのかもしれないと思うようになっていますが。
 なんにしろ、いちいち他人を巻き込んで、いわば、自分と同じような人間が大勢いると確かめることで安心しようとするのは、たいへんに迷惑なのでやめてもらいたい。

 中身が入っていないバケツは、何個か重ねて置いておける。
 空のバケツは、無意識のうちに、同じような空のバケツ同士で重なって、少しでも重さを、中身を、得ようとするのでしょうか。

 べつに自分が、水を張ったバケツだなんて思っちゃおりませんが、少なくとも他のバケツと折り重なる趣味はないもんですから。
 お仲間をむやみに求めたがるのもどうかと思いますが、私のようにむやみに他人とつるむのを嫌がるというのも、バランスの良いことではありませんよね。(^^;)

 ……などと、ちょっと実験を兼ねて書いてみて。
 
 バケツの喩え。
 やっぱりわかりやすくて、いいな。

 ツイート主さまのいう「おじいちゃん」は、主さまのお祖父さまでいらっしゃるのか、それとも、一般的な、ご老人のことかはちょっと判断できませんが、——わかりやすい、いい喩えをおっしゃる。
 そんなあたりに敬意を表しつつ、(-人-) 本日はこれにて。
 
  
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12:27  |  身辺雑記2015  |  EDIT  |  Top↑

2015.07.27 (Mon)

メキシカン・コーヒー Mexican Coffee



カルーア………30 ml
テキーラ………15 ml
ドリップコーヒー…150 ml
ホイップクリーム……適量

アイリッシュコーヒーはアイリッシュウィスキーに、コーヒー、砂糖、生クリームを加えたもの。
温まりはするでしょうが、やはりきついのは事実ですね。(^^;)
コーヒーを使ったカクテルは香り高くて好きですが、あんまりキツイと、ちょっと考えてしまう。
——という方には、こちら、メキシカン・コーヒーがおすすめ。

レシピとしてはよく似ていますが、こちらのレシピですと分量からいって、テキーラベースというより、カルーアベースといえるかと。
(レシピによって、テキーラの量が多いもの、あるいはテキーラとカルーアが同量というものがあります。そのあたりはお好みで)

カルーアはコーヒーリキュールのひとつで、メキシコ産のコーヒーリキュールです。テキーラを使いますし、カクテル名がなにしろ「メキシカンコーヒー」ですから、やはりここは、カルーアで。(^^)
カルーアは、コーヒー、蒸留酒に、砂糖やバニラを添加したリキュール。
コーヒーの香り豊かで、かつ、甘い。

このカルーアベースですから、テキーラは入っていても、度数は高くなく、アイリッシュコーヒーよりも穏やかで甘い。飲みやすいカクテルですね。
フロートした生クリームが、口にするたびに変化を加えて、その味わいも楽しめる、とのこと。

ホットのロングドリンク。アフターディナー。アルコール度数は10%ほどの中口。
技法はビルド。

カクテル言葉はありません。
 
 
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2015.07.27 (Mon)

よしなし言

 下ネタは難しい(悩)

 週始めから何を寝言をいってんだと思われるでしょうが——ホントに難しいなと思ってしまって;;

 根が単純にできているので、Twitterでは、面白いと思うとほとんどなんにも考えずにリツイート(RT)してしまいます。
 で、たまに、しまったこれではよそさまのTLを「汚して」しまう、と慌ててやめてみたり取り消してみたりするわけですね。

 自分のプロフィールページはついつい、スクラップブックを作る感覚になってしまい、とりあえず面白いと思ったらRTしてここに集める、という感覚でやってます。
 ゆえに、RTするとフォロワーさまのところにも表示されるということを、いまだに失念してしまうことがありまして;;
 そういうことを「忘れる」ものなのか——Twitterをどういうものだと思ってるのかとお叱りを受けそうですね;; すみません;;
 なんか根本的なところから認識が間違ってるものがあると自分でも思います。(思うだけ)

 ということで、大抵はすなおにRTしますが、さすがに手が止まるのは下ネタのとき。

 私からみればまったく問題無いものでも、嫌がる人は嫌がるだろうなあという基準が、無意識のうちにできているようで、大笑いして、じゃあRT…とやりかけた瞬間、あ…、と手が止まる。

 もうこれは絶対にダメだろうなとはっきりしているものはいいんですが、微妙な境界線上にあると思われるものは、悩んでしまいますね。

 そのへんを考えていると、こういうものの基準や、許容範囲というのはなるほど千差万別で難しい、と思います。

 まださほど親しくない人で、親しくなる可能性も期待もありつつ、でも、気が合うかどうか迷うようなとき、ちょろっとこの下ネタを振ってみると、だいたい、気が合うかどうかはわかる。そういうことを、たまーにですが、やっております。
 不思議なもので、これ、ほとんど外れたことがありません。

 お堅いとか、ケッペキ気味であるとかいうこととも違うんですよね、あの基準、もしくは許容範囲って。
 その人自身のなにかのこだわり、価値基準の置き方、あるいは感性や、ユーモアのありようというもの。
 そういうものを、はからずも——かつ、いみじくも、炙り出してくれる働きがあるようです。

 いわゆる「地雷」もここでわかりますが、わかったときはもう踏んじゃって吹っ飛ばされたあと、ということもあるのは——、これはもうしょーがないですね。(^^;)
 早めにわかってよかったじゃん、と思うしかありません;;

 そんなわけで、先日も、結局RTしようか1昼夜悩んだ挙句に、やめた、というものがありました。
 面白いと思うんだけど、これを笑える人はあんまり多くないかも——という疑いが晴れなかったので、あきらめました;;

 RTでもなくお気に入りでもなく、自分だけが閲覧可能な状態で保存できるところがあるといいなと思いましたが——それだとSNSの意味がないわけですかね。(^^;)
 もちろんHDDへ保存するとか、ブラウザのお気に入りに入れておくとかもできますが、Twitterのお気に入りくらいの手軽さでできるといいな、と。
 ……やっぱりSNSが「わかってない」でしょうか私(笑)

 下ネタとなるとかくも気を使いますが、でも、考えてみるとほかのことでも、あり得る事態ですよね、自分としてはなんとも思わずにRTしたけど、人によってはそのままブロックの理由になるほどの「地雷」だというのは。

 とすれば、なにも下ネタだけを特別扱いすることもないのでは——とも思うんですが。
 やはり、そうはいっても、ほかのことよりは、ちょっと敏感にならざるを得ない話題ではあるんでしょうね。(^^;)
 
  
 
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2015.07.27 (Mon)

ナイトキャップ Nightcap



ブランデー …30ml
キュラソー …15ml
アニゼット …15ml
卵黄 …1個

寝付けない夜におすすめの一杯ということで「ドリーム」にしようかと思ったら、既出でした;;
慌てて、ほかになにかナイトキャップは? と探したらそのものズバリのこちらのカクテルがでてきました。

構成はほとんど「ドリーム」と同じ。香りの良さと、ほんのりした、キュラソーの控えめな甘さ、アニス系の香りでリラックスしてふんわりと夢路へ。
そのうえにナイトキャップは卵黄が加わるので、まろやかさもあって飲みやすいんでしょうね。

卵黄の量は多すぎないことと、かーなりしっかりシェイクする必要もあるのでしょうが。

アニス系のリキュールはけっこうあるんですね。アニゼットは今回初めて聞きました。アニスの「種」を原料にするそうです。
アニス酒のひとつと考えていいようですが、アブサンと違うのは、こちらはシロップを加えてあって、甘い、ということ。
ナイトキャップでは、ドリームに比べ、卵黄が入る分だけ甘さも強める、という感じでしょうか。

ナイトキャップは文字通り、おやすみまえの一杯。
カクテル言葉は——これだとちょっと矛盾してない? と思いましたね。眠れないから一杯どうぞといっているわけなんで、そのココロは、考え事なんかさっさとやめて早くおやすみ、ですよね。

ショートドリンク、ナイトキャップ(←これは種別としてのナイトキャップ)(まぎらわしいな)。
アルコール度数30%前後。甘口。
技法はシェイク。

香りは豊かでほのかに甘く、ふんわりやさしい飲み口のカクテルの、グラスをあけたら、そのままやわらかい夢路へどうぞ。


カクテル言葉:「眠れぬ夜、あなたを想う」
 
 
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2015.07.26 (Sun)

褒めること



 なるほどなー、と。
 褒めるって大事なこと、というより、もはや「必須」かもしれませんね。

 けなす、というのは日常的にやっちゃってるからなあ。あんまりいいことだとは思えない。

 褒める効用はけっこうあちこちで聞くことができると思うのでここでは書きませんが、でも、褒める習慣は、そろそろ確立してもいいと思う。
 他人も褒めるし自分も褒める。

 もちろん過剰にポジティブになろうとするのはかえってストレスになることがあるので、どのみち無理はしなくてもいいんですが、こんなふうに——泣こうが喚こうが目の前の状況は変わらない、というとき。
 同じことなら笑っとけ、というのは、そうできるといいねではなくて、最初は無理矢理でも繰り返して習慣にすべきことだと思えてきましたよ最近。

 結局、なにかあったときに自分がポジに反応するかネガに反応するかはほとんど「習慣」だと思います。
 で、人間て面白いもので、たとえそれが自分の身を損なうものであっても、馴染んだもののほうを好むんですね、新しい変化よりも。

 新しく試してみる笑顔より、おなじみの愚痴泣き言のほうが「心地よく」感じる。
 世の中嫌なことばかりだと愚痴泣き言をいうのは自分自身が「選んで」いることなんで、嫌なことがイヤなら、ネガな反応をやめればいい。
 ただしそれは、いままでずっと馴染んできた習慣をやめることを意味する。

 馴染んだ習慣を手放す——「新しいこと」に向かうとき、どうしても不安感が出てくる。
 自分の健康をさえ損なう習慣でも、それをやめるとなると、怖いし不安になる。新しいことを恐れる。
 だから、いつまでも、「いやな」習慣にしがみつく。

 面白いなあ、不条理だよなあ、と思います。

 褒めるというのをとにかく嫌がる人もいますが、まあ理屈は傍においといて、とりあえず、「同じ状況なら笑っとけ」、私もちょっとずつでも頑張ってみようと思います。
 
 あと。

 褒めるというのもひとつの技術——というと大げさなら、ちょっとした「コツ」はあるのかもしれない。

 誰かを褒めるとき、いちいち他人を引き合いにださないこと。

 同じ領域で同じように頑張っている他の誰かとひきくらべ、その誰かよりも優れている、だからあの人はすごい、という言い方。
 案外、やりがちです。

 でもこれだと、たとえその「つもり」はなくても、引き合いに出された誰かを不必要にけなしてしまうことになる。その危険性はかなり高い。
 そんなつもりじゃない、というのはいいわけにしかならない。つもりがあったかなかったかは問題にならない。
 せっかく誰かのことを褒めているのに、ほかでは結局、誰かの悪口を言っていることになる。それではいかにも残念です。
 結局アンタは、口を開けば人の悪口を言わずにはいられないんだね、ということになる。

 誰かを褒めるなら、その人のすばらしいと思うところ「だけ」に意識を当てて話す。

 もし、比較対象をもってこないと褒められないというのなら、それは本当の意味で感心も尊敬も感動もしていない証拠なので、黙っていることをおすすめします。

 ……比較かあ。
 なんで私どもはすぐに比較してしまうんでしょうね。

「当社比」はまあわかるけど——本当は、別個に独立して存在するそれぞれは、比較しようがないというのが、実相だと思うんですよね。

 今日はちょっと考えがまとまらなくて、言いっ放しで終わります。すみません。(^^;)
 
 
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2015.07.26 (Sun)

カフェ・コレット Caffe Corretto



お好みのリキュール……20 ml(グラッパ、ブランデー、サンブーカなど)
エスプレッソ……………1 杯
砂 糖
お好みによりホイップクリーム

カッフェ・コレット。
コレットは、英語のcorrect, proper などにあたり、適切な、正しい、という意味になりますね。
カフェ・コレットとは——正しいコーヒーとか、これがおいしいコーヒーというもんだよという感じなのかな。

アイスコーヒーでもいけるそうですが、コーヒーにお好みのリキュールを入れて、砂糖でととのえ、お好みでホイップクリームを飾りつける。
グラッパは有名ですね。ご存知の方は、聞いた瞬間、うわきつい、と思う方も多いのでは。
ぶどうの搾りかすから作られるもので、ぶどうの香りを残してなかなかいいようですが、ただ、アルコール度数は30〜60%ほどもあるそうです。……火を噴きそうね;;

なんとなく、今日は香り高いものがほしいなと思いまして、こちらを。
(後日追記予定)(今日はもう眠くてどうしようもないのでご容赦)

カクテル言葉はありません。

たまにはこんなふうに、香り高い大人のコーヒータイム、いかがでしょう? (^^)


 
 
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2015.07.25 (Sat)

性教育のお話



 ときどき拝見している、現役、産婦人科医の先生のツイートです。
(たぶん女性でいらっしゃると思いますが……考えてみたら確定的な情報がそのへんない;;)

 上記のツイートも、リンク先の記事を含め、ホントそうなんだよなあ、と思ったんですが。
 なんでしょうかどうもツイッターのほうだと、ちょっと突っ込んだ話ができない気がしまして。こちら、ブログへ引っ張ってきました。

 誰が見るかわからないという点では同じですが、ブログのほうがまだ安心感があるというか、少なくともツイッターよりは、おいでくださる方もある程度は絞られている気がするんですよね。そんなわけで。

 で、今回は性教育の話になっておりますが、こういう話題に限らず、きちんと話すべきことを話「させ」ない、日本の雰囲気っていいかげんどーにかならんのかいと思うんですよ。
 ツイートにあるように、「日本で性教育つうとなぜかセックスのしかたを教えると勘違いしてる人がいる」し——しかもけっこうな人数でねえ——、んでもって、こういう人の頑固ぶりというのがまたひどい。

 そうではない、衛生と健康の話なんだよといっても聞きゃしません。最後にはこちらが、えっらい不潔で不道徳な人間みたいな言い方をしやがるので、さすがに面倒になって、おきやがれ、と思うことになります。やれやれ。

 知識がないというのは恐るべきことで、まあ、知識があってもそれをきちんと活用できなきゃ意味がないのも確かですし、それはもう最後にはその人の教養、人格に関わることなんで、他人が関知し得ることではありませんが。



 先生のツイートを拝見していると、こういう、はあ?! と叫んだまま顎がはずれそうになるお話があるわけでございまして;; しかもけっこうな頻度で。
 知識はちゃんと持っておくべきだなーと、ちょうつがいのあたりをさすりさすり、考えてしまいますよ;;

 ただ。
 この知識をきちんと教えるということについて、教えるべき立場のオトナどもが、てんでなっちゃいない、というのは、どうしたもんでございましょうか。
 オトナどものほうに、先に教育が必要なんか;;

 私も度々、これは自分やひとさまの、大事な健康の問題だからと話をしようとすると、怒られたり、意味ありげな目配せされて妨害されたり、あげくにはこちらが色魔みたいな言い方をされたりで、さすがにうんざりです。
 
 そういう態度を取られたことに逆に衝撃を受け、これべつに下ネタじゃないんだけどなあ、と思いつつも、たとえばツイートも、RT(リツイート)するのをためらうようになってまして。
 で、まとめて書けるブログに書いているというわけ。

 結局私もああいうわけのわからない日本の「文化」に飲まれて負けてるんじゃん、と思うと、これはこれで腹が立つ。まったく。

 でも、知識がないゆえに、ほんとにシャレにならない事態に陥る人をみると、くだらない文化なんかに負けてちゃいけないなという気持ちになるのも確か。
 お若い方には、こういう次第ですから、くだらないオトナどもは相手にしないで、まずは自分を大事にするという観点から、きちんとしたことを自力で学んでいっていただきたいと思います。
 本来教えるべき人が当てにならないんじゃしょうがない;;
 幸いこういう時代で、本人がその気になればわりと、情報は取りやすいと思われますので。

 自分自身はどうだったかなと振り返ると——、「健康」には幼少のころから泣かされてきたので、わりと最初からそのへんはきっちり受け止めて考えてたなあ……。うちの親も、幸いにして、そういう話をエロ話と混同するようなタイプではなかったし。
 となると、やはり周囲のオトナの影響って、大きいのかな。(ー ー;)

 エロの方面については、——小学校高学年の頃から古典落語の本を読みあさっていたんですが、落語の、いわゆる「艶笑譚」に鍛えられた気がします。

 いずれ、耽溺するようなものでもないしケガレ扱いするようなものでもない、人の健康のことだろう、という感覚。(愛情の話は、べつの人に聞いてください;;)
 これは——どうなんだろう、最終的には、知識じゃなくてやはりその人自身の感性の問題、ってことになるんでしょうかね?
 
 
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2015.07.25 (Sat)

セブンスヘブン Seventh Heaven (No.1)



ドライ・ジン…………3/5
デュポネ………………2/5
マラスキーノ…………2ダッシュ
アンゴスチェラビターズ……1ダッシュ

このカクテルも、レシピがNo.1とNo.2がありますが、今日のところはわりと一般的なNo.1で。
No.1はヨーロッパ系、No.2はアメリカ系とも言われます。

デュポネはキナ樹皮を使ったフランス産のアペリティフ(食前酒)ワイン。マラスキーノはさくらんぼブランデー。アンゴスチュラビターズは香草リキュール。

セブンスヘブン、直訳すれば「第7天国」。
ムスリム、キリスト教、カバラ(ユダヤ教のなかでも神秘主義派)いずれでも天国というのは7階層あるんだそうで、そのうちの最上階の天国のことですね。
ということで、「第七の天国」は、最高、最上を意味し、喜びを表す言い方になるそうです。
「最高の幸せ」くらいの意味になるんだとか。なるほど。
 
また、ジンには「早く」「スピード感がある」という意味もあるそうです。ジンベースの美味しいカクテルなので、すぐに天国行きだよ、って感じなんでしょうか? (^^;)

ともあれ、グラスの色合いがまたきれいですね。淡くもやがかかったような、なんとも言えないやさしい色のなかに、マラスキーノ・チェリーの冴えた緑が、ひとつトーンを落とした色調で浮かんで見えて美しい。

割合と飲み口は甘いけれど、度数は高めなので、ご注意を。
No.2のレシピではパイナップルジュースが加わりますので、このNo.1よりも、No.2のほうが飲みやすいでしょうね。

ショートドリンク、オールデイカクテル。度数は35%ほどで、中口。
技法はシェイク——ですが、ステアとしているレシピもありました。


カクテル言葉:「チャンス」 
 
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