イメージ

 大河ドラマ「花燃ゆ」。
 次回には坂本龍馬さん登場、ということで、すでにけっこう、あれこれ取り沙汰されているようです。

 私も仲間内では龍馬さんファンで知られているので、どう? と言われたりしますが……とくに、どうということもないです。(^^;)

 キャスティングについて、イメージが合うとか合わないとか、もう、そういうことをいう時期はとうの昔に過ぎましてございます。
 ……イメージなあ。

 小説や漫画が、アニメや実写のドラマ映画になるとき、必ず、原作のイメージがどうだこうだとヤカマシイのが原作ファンだと相場は決まっておりますね。
 あれ、正直に言わせていただきますが、バカらしい、と思って見聞きしております。

 小説や漫画というものが別のメディアの「原作」になるとき、原作通りにいかないのは当たり前。
 メディアごとに、たぶん、特徴が違う。人に訴えるもの、伝達する特徴は、まるっきり違う。

 小説——文章であれば、読者の想像力を刺激するものですが、映像は、ある意味で観客の想像力を「封じて」しまう。よけいな想像力を制限した上で、製作者がこう見せたい、こう表現したいというものを見せてくる。

 メディアの「面白さ」は、メディアごとに全然違うわけですよ。

 小説のイマジネーションの刺激っぷりを、映像で「再現」できるわけない。

 キャスティングについては、これはもうそれこそ、議論するなど愚の骨頂。
 登場人物を文章による表現でとらえるとき、読者が100人いれば、その「イメージ」は100通りあるでしょう。
 たまに、ファン同士の対立の方がよっぽど先鋭化しちゃっておっかない、というものを見ますが、あれ、なまじ同じもののファンであるからこそ、そのイメージの違いが、互いに許せなくなるんですね。

 そんなわけで。
 ドラマでもなんでも、私が持つイメージ通りのものが、あるわけない。

 そのように悟りますと。
 あとに残る楽しみは、その俳優さんが、どんなふうに表現なさるのだろうか、と、その点に尽きますね。
 私のイメージなんぞはどーだっていいんです。

 私の持つイメージは、ある意味、私だけの宝物。
 それを外部の人に再現されることは望まないし、また、望んだところで実現されるものではない。

 坂本龍馬さんはいろんな人が演じてらっしゃいますからねえ。メジャーな映画ドラマ以外でも、舞台、お芝居というものを含めたら、ものすごい数になるんじゃないだろうか。

 そのドラマが何を目指したか、そのなかで俳優さんがどんな芝居をするか。
 それがすてきだったら嬉しいし、ちょっと意見が合わないかなー、というのも、それはそれで、しょうがない。それも、だれかが表現した、だれかのイメージを垣間見ることの、楽しみのひとつですから。

 ただ、いちど、そりゃないよ〜と泣いたのは、大河ドラマ「龍馬伝」の、今井信郎(いまい・のぶお)です。
 中岡慎太郎、坂本龍馬暗殺の、実行犯の一人とされる人物ですが。
 この役を演じたのは。
 あの。
 二代目・市川亀治郎丈(当時。現・四代目猿之助丈)だったんですよね。

 あれは、正直言ってショックでしたよ。
 じっさいの放映を見て、その立ち居振る舞いには、さすが、と恐れ入ってしまいまして。

 主人公より暗殺者のほうが魅力的になってどーすんのよー!!!

 ……と、もはや喜んでるんだか泣いてるんだか。(^^;)

 まあこれまでもちょこちょこと、坂本龍馬を殺した男にはそれなりの器量、魅力、大義を持っていてほしいという、これもファン心理でしょうが、そのように描いた作品はあります。

 うーん。まあ、いいですけどべつに。
 気持ちとしてはわからなくもないし。
 最愛の人がつまらないチンピラに殺されたなんて思いたくない。それは、わかる。

 ただ、読める資料を読んだ限り、私には今井信郎にはそういう印象は持てませんでした。むしろ、薩摩藩(というか西郷さん)なにやってんの? という疑惑のほうが濃い。

 あ。脱線してますね。
 
 そんな感じで。
 龍馬さん登場! にも、私はとくに思い入れはありません。(^^;)

 いいドラマとなってくれるように願う。それだけです。

         ●

 光の加減で……じっさいの色というのは、どうも写真ではよくわからない…ですね。
 どちらにしても、よく似合っておいでのことには変わりないです。(^^)
 
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ホワイト・ローズ White Rose



ドライ・ジン……………40ml
マラスキーノ……………15ml
オレンジ・ジュース……1tsp
レモン・ジュース………1tsp
卵白………………………1/2個

 卵白が入るので強めにシェイクする。

マラスキーノはさくらんぼのリキュール。甘酸っぱい香りがふくよかな味わいをもたらすそうです。
そうです、というのは、私は味わったことがないので。

好き嫌いとは関係なく、体質的に、どうしても生卵を受け付けてくれない胃袋のようでして、熱い山菜そばに割入れられた生卵さえ、拒否したほどです。自動的に。
ゆえに、このカクテルもちょっと怖くて手が出せませんでした。(^^;)

生卵でも平気なのは卵かけご飯。とはいえ、あれは熱い白飯に溶き卵を混ぜているので、実質、卵は加熱された状態になるからではないかと思われます。

で、今日は、供花を買いに花屋さんへいきましたら、可愛いミニブーケがありまして。
思わず、ひとつ所望(しょもう)しました。
mini-bouquet.jpg

ガーベラと、白いミニ薔薇が可愛い。
IMG_0736.jpg

ということで、本日は、「ホワイトローズ」を。

ものの本によれば、この生の卵白が入ることで口当たり、のどごしともにふくよかな、やわらかいものになる、とのことですが。
考えてみると——卵白をシェイクするので、ちょっとメレンゲっぽくなる……のかな?
ジンベースであるにもかかわらず、メレンゲ化される卵白と、スイートチェリーのリキュールのおかげで、可愛らしいイメージのカクテルですね。

カクテル言葉の「繊細」はなるほどという感じ。珍しいですね、カクテル言葉がそのまま腑に落ちるのは(笑)
ちなみに、ミニバラの花言葉は「無意識の美」だそうです。


カクテル言葉:「繊細」
 
 
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昭和の日に

 DVDは未着ですが、10日のチケットは無事に来てくれました。ホッとしてます;;
 やはり手元にくるまではなーんとなく不安感はあるので。

 DVDのほうはもうね。今日発売日なんですけども、Amazonさんからのメールによれば到着は明日だそうです。予約の意味がない。

ONE OK ROCK 2014 “Mighty Long Fall at Yokohama Stadium” [DVD]ONE OK ROCK 2014 “Mighty Long Fall at Yokohama Stadium” [DVD]
(2015/04/29)
ONE OK ROCK

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 今年2月にも大荒れに荒れたので、もう密林はやめよう、ほかの入手ルートに変えようと言っていたはずなのに、忘れたままになっていたことに気がついて、じつのところ、ここ2、3日、不機嫌状態が直っていません
 自分で自分に腹がたつというのは、ほんとにもう、解消のしようがない………。

 2月、あれほど荒れていたのにほんっとに学習能力がない。
 今日はとくに機嫌が悪くなりそうなので、もう家にはいないでどこかに出かけていた方がいいと思っておりますはい。

        ●



 オオグソクムシは私にはわかりませんが、メンダコちゃんは可愛いと思います。(^^)
 とくにこれ、ぬいぐるみではなくて、パペットマペットとのこと。
 ……港湾までいってきますか。メンダコちゃんのためだけに!
 でも、今日あたりだと、道路状況として、まともにあのへんは走れない気がする。
 GWですねー。
 うちはカレンダー通りなので、それほどの大型連休でもありません。(^^;)



        ●

 ちょっと以前の記事になりますが——じっさいApple Watchが発売となって、どうかな、と。

Swatch共同開発者「Apple Watch到来でスイス時計業界に氷河期が来る」
2015年3月11日 06時51分 iPhone Mania
http://iphone-mania.jp/news-65179/

 たしかに、Apple Watchは、「時計としてもいいモノ」ということは聞いておりますが。
 スマートウォッチと時計は異なるもの、として考えていいんじゃないかな、と、ひとごとながら思ってみたり。

 いまのところ、そりゃ困るね、と思ったのは、充電直後のApple Watchは熱くて着けられない、というお話でした。
 これが本当だったらけっこうな「バグ」って気がする。(^^;)

 本来の腕時計の方はソーラー式とかで充電自体、そんなに気にしなくていいものが出てきてますもんね。

 それに——この記事が書かれたとき、予想されていたよりも、スマートウォッチ、というかApple Watchについては、これ単体ではほとんど意味がないデバイスということも、わかってきましたし。

 Apple Watchはスマートフォンのように、それひとつあれば大抵の用事がこなせるということはない。そんなに万能性はない。
 スマホを「補助」する機器だということが、わかってきました。

 で、スマホなしでは情報機器としてはほぼ意味をなさないとき、それなら、単純に時計として使うかというと。
 たぶん、あの充電のこともあって、「本物の」時計の方が結局は使い勝手がいい、ということになりそうですね。

 スマートウォッチと、「本物の」時計——というのが妥当ではないなら「従来からの」時計、と申しますが、それらはやはり、「似て非なるもの」じゃないでしょうか。

 求める機能、あるいは使い道、目的が違う。
 スマートウォッチは、「ウェラブル端末と従来の腕時計の、両方を身につけるのはちょっと……」というとき、「じゃあスマートウォッチってことにして、時計機能『も』つけよう」という感じになるのでは。

 それに——スマートウォッチが、スマホの「補助」機器に過ぎないのなら、スマートウォッチを本当に便利に使う人って、けっこう限られている気がします。
 スマホのヘビーユーザー。
 かつ、外出が多い人。

 そのどちらか、あるいはどちらにも該当しない人間にとっては、あえてスマートウォッチを選ぶ理由はない。
 実用性、あるいは好み、あるいは服装について考えると、従来型時計の意味を打ち消していくほどの理由にはならない。

 ……という気がする。

 人間と時計とのおつきあいもだいぶ古いものになりましたが、腕時計というのは究極の形であって、これ以上に形が変わっていくとはちょっと思えない。
 本(紙の)という「物体」が、形としてはこれ以上の変化はないのと同じように、時計の形も、これが究極じゃないかな。

 時計好きな人はいろんな時計を持っていて「着替え」ますが、そのコレクションの中にスマートウォッチが入るということはあっても、スマートウォッチ「ばかり」になる、ということは、ないんじゃないかと。

 というのは、グーグルさんもあのメガネ型、諦めていないようですし、たぶん、ウェラブル端末というのは今後もほかの形状で出てきそうですし。
 とするなら、ウェラブル端末は手放せないものになったとしても、時計型が「絶対必要」ということもないでしょう。メガネ型のほうがいいとか、今日は指輪型にしようとか。
 Apple Watchが、腕時計に「とってかわる」ことはないんじゃないかな。

 というのが、じっさいのリリース後の感想。

 事前予想ではApple Watchってもっと「怖い」かなと思ったけど、そうでもない。日常の中のひとつの道具としてちんまりおさまった、という気がしています。

 で……スマホのヘビーユーザではない私には、これ、当分、用がないだろうな、という予感も、だんだん濃くなってきております。(^^;)
 新しいものは好きだけど、用もないのに買うこともない。ちょっと残念だけど。
 
 
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チェドラータ Cedrata



・甘夏、ゆず果汁の果実酒
・砂糖、シロップ
・ソーダ
・(飾り用)甘夏のスライス、フレッシュミント。
 ソーダ以外の材料をグラスに注ぎ(ビルド)、軽くステア。


イタリアではアペリティーヴォ(食前酒)の定番として親しまれているものだそうです、チェドラータ。

本来のチェドラータは、イタリア、ディアマンテという地域で取れる柑橘系の果物「チェドロ」の果汁を、炭酸水で割ったもの。。
地元では定番中の定番といわれるような食前酒(アペリティーボ)なんだそうで。
食前酒とは言っても、ノンアルコール。


cedrata.jpg
チェドラータ
https://mitsuifoods.co.jp/mfp/import/baladin/8033976675226.html

チェドロというのはイタリアの巨大レモンだそうです。大きさは、ふつうのレモンの4倍くらい。

巨大レモン、チェドロ(cedro)——イタリア/シチリア島特派員ブログ
http://tokuhain.arukikata.co.jp/sicily/2013/03/cedro.html
cedro.jpg

この果汁に砂糖などを加え、さらに炭酸水で割ったものがチェドラータ。
ガルバニーナ社のものがメジャーのようです。
カフェイン、保存料等いっさい使わず、有機栽培のものだけを使用しているとか。

私が先日いただいた「チェドラータ」は、イタリアからの輸入品などというのではなく、お店が作ったオリジナル・カクテルでした。
日本ですから、チェドロは入手しにくい。
そこで、原材料は甘夏、ゆずとなったんですね。

アルコールを飛ばした白ワインに、甘夏、柚を漬け込んで果実酒を作ります。
ノンアルコールだから、ワインベースとも言えませんね。
でも、ワインからアルコールを煮飛ばしただけですから、ワインの風味は残っています。

この煮飛ばした白ワインに甘夏などを漬けて作った果実酒に、砂糖、シロップなども加え、炭酸水を加える。

本家チェドラータはレモン風味だそうですが、こちらは甘夏と柚子。
柚は香りが軽やかですし、甘夏には少し苦味がありますよね。そのほのかな苦味がアクセントとなり、甘やかなカクテルながら、飽きのこない味でした。

グラスを飾ったのはレモンじゃなくて甘夏のスライスでした。グラスの中に漬けていたら、時間がたつほどに甘夏の香りが移って、おいしゅうございました。

写真にはうまく写っていませんが、ミントの葉っぱも付いておりました。
淡い柑橘類の黄色と、ミントの緑。
見た目にも涼しげで、気温の上がった初夏を思わせる昼下がりにはぴったり。

ノンアルコールだから、その点でも、ドライバーにはありがたかったです。



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その覚悟

 今年はとにかく花が咲いていくのが早い。
 通常ならGWごろに咲く著莪(しゃが)が、今月初旬から咲いていたし、同じく5月の花というイメージだった花水木もそこらじゅうですでに満開、今日あたりはもう、落花盛ん状態。
 なんとなく不思議な気持ちで花をみている今年です。

 花水木も、きれいでいいですね。
 赤い花も可愛いですが、やはり緑に映えるのは、白い花かな。

 うちの庭の花海棠が昨年、病気で枯れてしまいまして。ぽっかり空いている空間がちょっと悲しいのですが、ここに花水木を植えようかな。と考えてみたり。

        ●

 ネパールの地震は、最初に聞いたときから、ひたすら被害の深刻さが募っていきますね。しかもまだ、はっきりしないことも多いので、死傷者数も増えていくだろうと思うと、胸が塞がります。
 義援金の募集も始まっていますが、これはいつも、悲しい気持ちになりますね。

 先日、新聞に、曽野綾子さんの本の広告がありまして。
 本文紹介の見出しの中に、義援金は助けにはならない、という項目がありました。
 そのとおりなんですよね。
 義援金など、少なくとも緊急事態の折には無意味。

 でもだからって——きちんとした装備を持ち、訓練された専門家ですら容易には立てない場所に、私どもがたとえば大挙して押し寄せてもかえって迷惑。

 どれほどの被害を聞かされても、なにもできない、というのが、「現実」。
 その現実の中で、なにもできない焦燥をなだめる意味では、義援金集めも無意味ではないといえる。その程度のことですよね。

 お金をいくら積んでも、人ひとりをがれきの中から救えるわけではない。
 でも、お金すらもないよりはマシ——という「現実」にすがるしかない。

 じっさい。
 こういう大規模な天災についてはもう、どんな装備もどんなスーパーマンでも、できることは限られるものなんですよね。
 なんとかしたいという気持ちはあっても、何もできないに等しい状態に置かれる、これだけは、妙に「平等」な話だなと思います。

 日本にはただいま、「安全安心」教の信者さんがいます。
 なにか事故や、不測の事態が起きたとき、100%こういう事態を防げるはずだし、防げないのは誰かが悪いのだと、無意識に信じている人も多いようです。

 これはじつは、ちょっと傲慢な考えだろうと、ひそかに思っております。

 いかに資金が潤沢であろうと技術がすぐれていようと、人間は神様ではない。神様にはなり得ない。

 安心教信者さんのいうことを聞いていると、あたかも、人間は万能であり、すべての不測の事態も事故も災害も、100%完全無欠で防ぎ得るものだ、ということが前提のように聞こえます。
 できるはずなのにやらない、といって彼らは怒る。

 でもこれが妥当な考えだとは私には思えません。
 傲慢だな、と思うばかりです。

 もちろん、いろんな備えをすることも、想定しておくことも大事ですが。
 いちばん大事なのは「不測の事態に直面したとき、可能な限り対応できる、その覚悟があること」じゃないでしょうかね。
 
 事故も不幸も災害も起こり得る。
 それにいつ遭遇するかわからないし、それを完全に防ぐ手だてなどない。
 メメントモリではありませんが、そういうことを覚悟しておく以外、本当の意味で、人間にできることはないんじゃないかと思っています。

 自分だけは絶対安全で、安心できる環境を確保する、安心のためなら他人を殺すことも厭わない。
 
 苦手だわそういうの——と思って見ております。

 事故も不幸も、人間の意志でどうにかできることじゃない。
 しかたがない——そういうしかないものはある。

 そういうものに遭ったときに、できるだけ見苦しくなく、冷静に対応できる、「覚悟」をこそ、心の中に「準備」しておく。
 本当は、それがいちばん重要なことじゃないか、と。
 そう思っています。

 ——緊急事態におちいったとき。
 見苦しくなく、「美しく」いたい。
 という願望は、ずいぶん昔から——子供の頃から——漠然と持っているように思うんですが。

 かっこつけて、といわれるかもしれませんが、そうじゃないんですよ。
 非常事態においては、パニックを起こすとかえって生存率が下がるんです。知能が著しく低下するから。

 厳しい状況のときこそ冷静に美しい態度で、というのは、生き残るために有効、というより、必須というべきもの。

 案外、現実主義なんだと自分では思っております。

        ●

 お忙しいなかで更新がありますと、嬉しいプラス、ありがたい、という気持ちになります。(^^)
 ただときどき、これにはどういう意味が…? と考えてしまうこともありますが、どういうもこういうも、考えすぎなんでしょうね。
 
 
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プレリュード・フィズ Prelude Fizz




カンパリ……………30ml
カルピス……………20ml
レモンジュース……10ml
ソーダ………………適量
 
 ソーダ以外の材料をシェイク。グラスに注ぎ、ソーダで満たす。


クーラーとフィズの違いはなにかというと。

クーラー▶︎▶︎ スピリッツ(蒸留酒)にレモンやライムのジュースと甘味を加え、ソーダやジンジャーエールを満たして作ったもの。

フィズ ▶︎▶︎ スピリッツの中でも主にジン・ベースのもの。



という認識は間違っていないはずですが、でも、このプレリュードフィズはカンパリベースなんですね。
それが私にはちょっと衝撃。
えっ、フィズっていってんのにカンパリベースなの? と。

もう何をオーダーすればいいかわからないという気分の時は、ナントカフィズを頼んでおけば間違いないと思ってる(←ジン好き)のに。
フィズつったらジンベースでしょ?! と、ちょっと混乱しそうです。(^^;)

先日には、カンパリはあの苦味がどうも苦手で、と申しましたが、でも、このプレリュードフィズはカンパリベースながら、初恋の味カルピスが加わるせいか、苦味はないそうです。
アルコール度数も低くて4.4%、ということは、市販のビールくらいしかない、ってことですね。
ゆえに、のんびり時間をかけて飲んでね、という、ロングドリンク。

苦くないのはいいけれど、逆に、カルピスと聞くと、ベタベタに甘いものを想像してしまいます。
が、それも、レモンジュースとソーダのおかげで、意外とスッキリしているんだとか。
カルピスも、甘いだけではなく、乳酸菌飲料ということで酸味はあるので、それでうまいこと味わいが溶け合っていくのかもしれません。

カクテルタイプとしては、意外とスッキリなので食前酒といわれる、とのこと。
甘いものならデザートカクテルに分類されるでしょうから、本当に、甘ったるくはないんでしょうね。


カクテル言葉:「真意を知りたい」
 
 
 
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言葉の偽装

 おととい、昨日とありました「ニコニコ超会議」、文字通りの盛況だったようで。(^^)
 もうカオスといいたいほどの、それぞれの「深い」世界がひしめきあっているので、なるほどネット空間を3次元で、というコンセプトに適っているのだな、と。
 両日ともお天気にも恵まれ、ご参加の皆様の楽しげなようすは何よりでした。
 
        ●

 具体的なことを書くとちょっとアレなので、一般論としてぼかしつつ。

 世間でよく言う「プライドが高い人」って、あれ、じつは本来の意味での自尊心はむしろ希薄で、「劣等感が強い人」というのが正解ですよね。(^^;)
 
 ほんの少しでも他人の、自分への態度、言動が気に入らないと怒り出し、不機嫌になり、当たり散らし、あるいは根に持つ、というのは、べつに、自尊心でもなんでもない。
 誇り高いんじゃない。人から馬鹿にされることに異常に敏感になっている、つまり「気にしている」ということは、劣等感が強いということ。

 自尊心とは、ひらたく言えば「自分で自分を尊重する」こと。
 自信過剰でもなく、過小評価もしない。
 あるものをあるままに見て聞いて、そうか、と受け入れる。
 これが徹底してくると、他人が自分をどう扱うかには、あんまりこだわらなくなる。

 そりゃまあ露骨な悪意からは身を守る必要があるので、そういうものには対処するにしても、態度が悪いとか言葉が気に入らないとか、もはや妄想レベルですべてのことを悪いように解釈して怒り出す、なんてことはしない。
 プライド高いというより、あれはもはや「被害妄想」ってヤツでしょう。
 でも、そういうものをいうときについ、「あの人はプライドが高いから」と口走るときがあるようです。

 なんでそんな見当違いの表現をするようになったのかな、と、うすぼんやり考えておりまして。

 ——そんなら、仮に、ああいう人をつかまえて、「劣等感のカタマリだね、あの人」って言ってみたら? と想像してみると。
 ああ、それは無理。と思いました。
 正直すぎて、そうは言えないです、やっぱり。(^^;)
 たとえ本人に向かっていうのではないにしろ、角が立ちます。

 そう考えると、「面倒くさい人」を「プライドが高い人」と表現するのはひとつの「方便」なんでしょう。
 でも、その方便がひとり歩きして、方便であるということが忘れ去られて逆に、自尊心=過剰な防御反応、というイメージになってしまっている、そんな気もする。

 自尊心というものが誤解されているんじゃないか、と、思うことがあります。
 
 自尊心も、誇りも、それは自分の中の話。
 自分を「高く」見せるために、他人を低める必要はない。

 相対評価と絶対評価というものがあって、なにかと比較することで決められるものと、ただその単体ごとに、評価していく方法とがあります。
 相対評価だと、たとえば定員何名の入学試験だと、受験者全員を合格させるわけにはいかない。ゆえに、成績は同じなのに、ほかのことで比較して無理やり、定員におさめるんですね。

 でも、絶対評価の場合は、たとえば、合格者に定員はないので、とにかく、何点以上とれば合格、という基準だけがある。こちらは、全員合格ってことは当然あり得る。

 人間の社会は、どうしたって相対評価をするしかないところがある。それは仕方のないことではあります。
 でも、誰かひとりについて本当に知りたいときは、絶対評価のほうが「正確に」理解できる。というより、相対評価って「参考」にしかならないんですよね。
 その人がどんな人かを知りたいときは、比較したって意味がない。本質は、その人単独を見つめることでしかつかめない。

 最近は、ブレないということが、ずいぶんエライことのように言われますが、ブレないことに価値を見るというなら、相対評価はまったくク▲みたいなものでしょう。
 比較条件をかえてしまえば、同じものの評価のはずなのに、もう「成績」はバラバラに見える。
 つまり本当のところはどうなの、ということになります。
 そういうときは、絶対評価が必要なんですよね。

 自尊心とは、究極の絶対評価のことじゃないかと思っております。
 
 もう面倒くさいから「あの人プライド高いよね」と「方便」でいうだけのことなのに、それを真に受けて、「自分はプライドが高いから、ついピリピリしてしまう」などと自己紹介された日にはアナタ。(^^;)

 そういうのは本来の意味でのプライドじゃないだろう……などというわけにもいかず、そうですか、と、うすーく笑うしかないというのも、どうにも。

 世間でいう「プライド高い」は「劣等感が強い」の言い換えにすぎない、ということが——本来の意味でのプライドとはどういうものか、ちょっと世間一般における認識を、あらためてもらえればいいんだけどな。
 と、ちょっと顔を強張らせつつ、考えておりました。

 表現するって、甘くない。
 
 
 
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ハイランド・クーラー Highland Cooler



スコッチウィスキー…………45 ml
レモンジュース………………15 ml
砂 糖…………………………1 tsp
アンゴスチュラビターズ……2 ダッシュ
ジンジャーエール……………適量

ウィスキーベースのカクテルは少ない、と思っていたんですが、そうでもないようです。
今日は、高原というほどでもありませんが、ちょっと山の中でゆっくりしてきたので、このハイランドクーラーにしてみました。

ハイランドは大雑把には高地、クーラーはこの場合、冷房とかって意味ではなく、「縦長のグラスに入った冷たいカクテル」のことをクーラーというので、それだけの名前じゃないかな、と。

そういえば今まで取り上げてきたウィスキーベースのカクテルは、もっぱらアメリカ大陸——バーボン、ライ・ウィスキー、カナディアンといったウィスキーを使うものが多かったですね。
今回はスコッチウィスキーとあるので、おや、と逆に珍しく思いました。(^^;)

甘さと苦さ、すっきりした酸味それぞれが自分の「陣地」を持ちながら、グラスの中で手を組んでいる、という感じの一杯です。レモンジュースが入っているのと、炭酸のおかげで、スッキリ爽やか系ですね。

カクテル言葉は「憧れ」。
これはハイランド、という言葉から連想されたものなのかな。
下界から見上げるイメージですかね。

なお、「カクテル日和」様によりますと、レモンが結構つよいので、ジンジャーエールも、ウィルキンソンドライのような辛目のものが合う、とのことです。
同じにウィスキーといっても、お酒の銘柄ごとに特徴があるから、味わいも変わってくるんですね。

 
カクテル言葉:「憧れ」
 
 
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扉のむこう

 まだ考え中で、考えとしてまとまっていないので、思いついたことだけをぽんと申しますが。



「ほんとうの」本気、というキーワード。
 本気、というもののなかにも、「ただの本気」、「ほんとうの本気」というものがあって、それはどういうことかと——自分なりに考えておりまして。

 ほんとうの、あるいは、本物の、——という形容は、ときに私もつけてしまうことがあります。
 でも、ほんとうとか本物とか、口走るときは何をもって、あるいは何と比較して、ほんとう、本物、と言っているんだろうか。——と、自分の内心のことながら、ちょっと疑問に思いました。

 あるいはまた、この、「ほんとう、本物」にこだわる危険性を指摘したご意見もお見かけしまして、うん、それもあるなあ、と。
 自分探しというものがさかんに言われた時代がありまして、そのときは、まるで呪文のように「ほんとうの自分」という言葉が繰り返されていました。
 
 最近思うのは、「底がない」ということ。

「本気」であれ、自分というものであれ、もうわかった、と思い、これでつかんだ、と思ったことがあっても、ふとしたときに、さらにその奥に扉が開くんですよね。
 もういいんだ、ここまでだ、と「見切った」はずのことが、ある日突然、さらに扉が現れる。
 ただ扉が見えるだけならいいんですが、ちょっと半開きになって、扉の向こうのものをちらりと見せたりするわけです。

 えーっ? と思います、あれは。

 もうこれでいいじゃないか、これでいいんだと思ったことが、実は全然「浅い」ものだと知らされる。
 イヤラシイことには、チラ見せされるんですよ、大抵。
 見えなければ、見ないふりもできますが、半端に扉が開いてむこうの景色が見える。

 進むのも自由。扉をシッカリ閉めて錠をさすのも自由。

 でも、大抵の人は、自分なりに努力してきたこと、好きなもの、目指した場所に関わるものについては、どうしたって扉の取っ手に手をかけてしまうんじゃないでしょうか。

 これでいいとか、ここまでだとか。
 無意識にでも思っていて、いきなり、そうじゃないよと知らされる。
 あれはいったい、なんなんだろう。

 自分はこのうえもなく本気でやってきた、と思っていたのに、ある日、自分の中にまだまだ深い井戸があるのを見てしまう。
 いままでだって一所懸命やってきたけど、でも、本当はまだまだだったんだと知る。
 知ってしまえば、その井戸に釣瓶をおろさずにはいられない。
 尻込みして、あわてて蓋をして、「なかったことにしよう!」と思うものもありますが。(^^;)

 かと思えば、まだまだ先があると思ってコツコツやってきたのに、突然、鉄の門が立ちはだかって、文字通りの終わりを示すこともありますし。

 難しいな、と思うのは。
 自分なりに信念と言われるものをもって、たゆまず、あきらめず、艱難辛苦を乗り越えて、みたいなものも必要だし。
 でも、扉が見えたり門に閉ざされたりしたときは、それらを手放したほうが「次」へ行けることもある。

 信念を持つことと、でも「すなお」であることと。
 そのどちらもが、必要なんだなと思います。

 で、いまはそのどちらを選ぶべきなのか。
 見極めるのは難しいことですが、そういうこともある、とだけ、覚えておけばいいのかな。
 どうだろう。

 ——ということで、今日は何の結論もなし。(^^;)
 そんなことを、つらつら思っていますというお話。

        ●

 昨日はなかなか刺激的で面白い(楽しいとは言わない)ものがありましたが、でも、人に揉まれてちょっと疲れました。
 人と会って話すことは、本来としては、嫌いではないと思うんですが、疲れてしまうというのはどうしようもない。

 面白いけど、どうもメンタルやられる、と思いながら帰ってきて、ふとお見かけしたわけですが。
 なんかもう——癒されるというより「救われる」感じでした。大袈裟なようだけど。
 ありがたい。(-人-)

 ただ、そんなことを言っていて迂闊なところがあり、皆さんのコメントを拝見して、やっと、「あ、そうなの?」と気づくという——いささか鈍いところは要反省ですね;;
 どちらにしろ、すてきであることには変わりないと思います。(^^)
  
  
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クイーンエリザベス Queen Elizabeth I



ブランデー………………30 ml
スイートベルモット……30 ml
オレンジキュラソー……1 ダッシュ
 以上をミキシンググラスに入れてステア。

イングランド女王、エリザベス(1世)の名前を冠したカクテル、「クイーンエリザベス」。
ややこしいことに、というべきか、律儀に、というべきか、現女王エリザベス2世陛下の名前のカクテルもあるんですよね。「クイーンエリザベス2世」というカクテルが。

2世のほうはジンベース、こちらはブランデーベース。
カクテルとしては、レシピとしてもシンプルな1世のほうが個人的には好きです。
2世のほうは私がちょっと苦手にしているカンパリが入ったり、砂糖が入ったりしますが、1世のほうはジュース類も入らないスッキリぶり。

アルコール度数は25%ありますから、けっこうキツめですが、コクがあり、ほんのり甘い。カクテルタイプは「オールデイカクテル」。食前、食後、デザート、カクテルタイム、ナイトキャップ、なんでもよろしいですよ、と。

で、毎度問題の、カクテル言葉は「素敵な笑顔」。
………どう思いますこれ。

このカクテルは、人物のほうではなく豪華客船からつけられた名前だという説もあるそうですが、でも、その船の名前は人物からとっているわけなので。
エリザベス女王(1世)といえば、こちらですよ……。

elizabeth-1-portrait.jpg

………素敵な笑顔。ねえ。

カクテル言葉って、あれこれ拾っては不思議に思うことが多いんですが、これはまた極め付けです。
というか……これってイヤミなのかな? というものもけっこうありますね。(^^;)

まあ、肖像画はこういう感じですが、人間ですし浮名を流したことさえあるんで、笑うことが皆無だったということでもないでしょうから……笑うとかわいい人だったかも、というような、そんな意味なのかな。
イヤミか? と疑うとけっこうドギツイ。
きっと笑顔は可愛かったんじゃない? という気持ちからだと思うことにしましょう。
(ちょっと無理矢理)


カクテル言葉:「素敵な笑顔」
 
 
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昨日はお祭り

 今日はお出かけのため、予約投稿です。

 出かけるといってもニコニコ超会議へいくわけでもなく。
 単に仕事です。(^^;)

 昨日は、Apple Watch祭りでなかなか楽しかった。ツイッター、そのTLを見ていただけですが。

 スマートウォッチの位置付けとか使い方とか、イメージできずにいたんですが、ようは、スマートフォンの無線端末、ってところなんですね。
 基本、Bluetoothでスマホと接続されていて、音楽を聴くにしろ、電話の通話にしろ、メインはあくまでもスマホであり、スマホを取り出さなくても操作できるものは操作する。そういうイメージのようです。
 Apple Watch単独で何かをするわけではなくて、あくまでも機能の主はスマホ。

 なるほど、それで、Apple Watchが出る以前に早々に、スマホとApple Watchをペアリングするためのアプリが強制的に配布されたんだな。と納得しました。

 とするなら、これはスマホのヘビーユーザーにはありがたいもの、ということでしょうか。
 スマホすら、そんなには触らない私には「へー」で終わる話が多かったです。(^^;)

 なんせ友人知人からよく言われるのは、——ケータイにかけてもつながらないよね? というクレーム。
 固定電話がない場所にいるということがほとんどないので、あんまり携帯電話には用がないんですよね。(^^;)
 スマホは、もってはいますが電話としてはあんまり使いません。
 
 古い友人たちは慣れたもので、私に電話をかける場合、まずは家電にかけてきます。(^^;)
 ケータイにかけてもまず滅多に本人が出ないので(ごめんよ;;)、面倒になって、とうとう家電のほうが優先となったようです。
 ……家にいるときはスマホはカバンに入れっぱなしになっていることが多くて。

 それにもともと、初めて自分でケータイを買ったとき、——これは自分が電話をかけるためのツールなんであって、私が電話を受けるためではない。ということを、かなり強固に心に決めました。(^^;)
 まだ、auさんが IDO さんだったころのお話。

 考えてみればそもそも、電話で話すということがほんとに少なくなりました。よほどの急ぎでもないかぎりはメールで連絡、というのが定着してますし。

 Apple Watchも通話は可能ですが、あまり内緒話には向かないようで(ようは、スピーカーフォン状態になるので、相手の話は周囲に筒抜け)、内緒話をするときはスマホでね、というのはちょっと笑えました。

 スマートウォッチの使いこなし方も、これからまだまだ、出てきそうですね。(^^)

         ●

 なんだかいろいろ、お粗末なことにもなっております、「首相官邸の屋上にアレ」ですが。
 こちら⬇︎のツイートのイラストが、みょーにツボで、見るたびに笑えてしまいます。
 ドローン実物を見たことがない状態で、その名前から想像してみた図だそうで。

 名前だけを聞いていると、確かにこんな感じかな。
 かわいい❤︎


  
 
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カリフォルニア・レモネード California Lemonade



ウイスキー …45ml
レモン・ジュース …20ml
ライム・ジュース…10ml
グレナデン・シロップ…1tsp
砂糖……1tsp
ソーダ……適量
 ソーダ以外のモノをシェイクし、氷を入れたコリンズグラスに注ぐ。さらにソーダ水を注いで軽くステア。

画像が見つからなくて参りました。これ、そんなにマイナーかなあ? そんなはずはないと思うんですが。

ウィスキーはバーボン、ライ、カナディアン、と指定しているレシピがありますね。スコッチウィスキーではないもの、という感じかな。(^^;)
この綺麗な赤は、グレナデン・シロップの色です。これはザクロ果汁のシロップ。ノンアルコール。

カリフォルニアレモネードは、レモネードと言いつつライムジュースも入るし、シロップ、砂糖も入るということで、アルコール度数は15%くらいの中口。飲みやすく、また爽やかで、グレナデンシロップのほんのりした赤もきれい。
炭酸水で飲みやすく、親しみやすい味だからか、これも、いつ飲んでもいいとされる、オールデイカクテルです。

名前から察するに、カリフォルニアの気候をイメージしているのかな、と。
そう思える、爽やかな一杯ですね。

例によってカクテル言葉は由来が不明です。(^^;)
でも、いい言葉ですねこれ。

気候のいいところだから、というので、こういう言葉になったのかな。
心地よい場所というのは、天地の恵みというほかはないわけなので。
——感謝の思いは果てることなく。と。


カクテル言葉:「永遠の感謝」
 
 
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モノとして美しい

 そんなわけで今日、4月24日、Apple Watchがリリース。ですね。

 ギズモード・ジャパンさんがApple関係をけっこう熱心に取り上げてくださって、なにかあるとリアルタイムでツイート実況してくださるので、見ているほうとしてはありがたい。

 なにかものを買うのに行列に並ぶという趣味がないので、完全に他人事として面白がっているのですが。(^^;)

(買うとか食べるとかを目的に出かけたとき、そこに行列があると、今日はいいや、と、とって返すくらい待つのは苦手)
(そこであえて待つほど、執着するようなものは滅多にありません)
(私が並んで待つのって、新幹線の自由席に乗ろうとするときくらい……)
(新刊買うときだって滅多に並ばない)

 ということで、Appleさんのサイトをのぞく。

Watch
http://www.apple.com/jp/watch/

その時がやってきた。
 
 おお、かっこいい。

 私が興味深く思ったのは、これ、「単純に、時計として、いい物」だということでした。
 時計学の大祭司、Benjamin Clymer氏による記事。

時計専門家から見て、Apple Watchはどう?
ギズモード・ジャパン
http://www.gizmodo.jp/2014/09/apple_watch_14.html

 これは原文の抄訳と紹介記事。本文はこちら⬇︎

A Watch Guy's Thoughts On The Apple Watch After Seeing It In The Metal (Tons Of Live Photos)
http://www.hodinkee.com/blog/hodinkee-apple-watch-review
2014.9.10

 情報端末ということばかりが強調されますが、じっさい身につける以上、「モノ」としてよいものである、というのは、いいなあ、と思いました。
 どうも目新しいところにばかり気持ちが入ってしまい、「時計として」どうか、なんてことは私は考えていなかったので、これほどまで時計というものを愛する人が、時計として、よいもの、と認めるというのはなかなかすごいことだな、と。

 もちろん、Apple Watch——スマートウォッチは従来の意味での時計そのものとは違う。そりゃそうでしょうね。

 でも、使いやすいこと、ものとして美しいこと、というのは、「便利」にばかり気をとられる価値観を、びしっと問いただしてくる厳格さがあって、好きですね。
 
 たぶん、私がかつての(初代iMac以前の)PCというものに、およそなんの親しみも愛着もなく、「とんでもなく値が張る消耗品」として嫌っていたのは、「モノとして、質が悪い」ことがあったかもしれません。
 便利さ、新しい機能、新しいスペック、拡張、新しい機器、——そんなことにばかり気を取られ、「製品」としての品質、美しさ、使いやすさ、「愛好」できるモノであることが、無視されていたように思います。

 そういう、「モノ」として美しくないことを、嫌っていたのかな、と。
 PCは、私が望むと望まざるとに関わらず、「新たな文房具」となったけれど、たとえば、気に入った万年筆を手の中に握りしめてはその感触を確かめ、ペン先の角度に「互いに」馴染んでいき、自分の手の一部のように愛好する。そんな楽しみが1mmもない、無機質の、面白みもない「箱」を。
(なのに数十万円もすんの! 5年も経てば化石と化すのに!)

 便利さも大事だけれど、自分が身の回りにおいて自分が手にとって使う「モノ」としての品質——そういうものをAppleが問うたびに、でも、デジタル業界の人々は冷笑していたような印象があります。

 パソコンが、家電と同じように「人の暮らし」の中に溶け込んで、「美しく」あること。——それをひとつの理想としたことは、ずいぶん長い間、理解されなかったな、と思います。

 今回も、Apple Watchの機能や、対応アプリなどの話題はよく聞きますが、「時計として」どうなのか、という評価は国内からは聞こえてきませんね。それが私には残念です。

 Appleさんももう心得たもので、ものとしての品質について厳しい目標を持ってきたんでしょうに、そのへんのことはほとんど語りませんね。
 そんなことをどれほど語ってみても、「便利」「機能」にしか興味のない人々には届かないことだと、もう、見切られてしまった気がします。

 日本のものつくりがもし「ダメ」になっているのだとしたら、「便利」「機能」にかまけて、「人間の生活の中にあるモノ」として、どうなのか、という視点がなくなったからじゃないかな。と、ふと思いました。

 便利も新機能も新技術もいいですよ、それ、大事なことです。

 でも、「ものつくり」であるなら、そのモノが、人間にとって心惹かれる「もの」であるかどうか。
 まず、そのことは、忘れてはいけないことではなかったのか。

 そんなふうに思います。

         ●

 朝イチで、まだ半分寝ぼけた状態では、なかなかの衝撃(笑)
 状況を飲み込んであらためて、ああそういうことかとわかるまでにかかった時間の長さに、自分のボケっぽりが見えてまたそれに笑ってしまいます(笑)
  
 
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