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2015.03.31 (Tue)

桜の木の下にて

 3月も今日で終わり、明日から4月ですね。
 ………信じらんない;;

 と申しますのは1月すえからずーっと取り掛かっていたことがありまして、おかげさまでそれも昨日で終わったんですが(本当にギリギリ;;)、それがそのまま、「2月ごろの気分」を引きずる原因になっているみたいで。
 頭のどこかが、2月を残してまして。

 はっと気がついたら明日、もう4月だって。
 と、この明るい日差しのなかで、ぼーぜんとしている、という感じです。

 ほっとしたし、……どうも、気が抜けてます今日は;;

       ●

 こちらの桜は、まだ三分咲きといったところです。
 昨夜は午後9時くらいで帰ってきましたが、月が明るいのでちょっとびっくりしてました。

 昨夜は十日月。
 午後9時で、すでに、かなり西へ滑り降りていましたが、明るい光でした。
 地面の上に自分の影がくっきり落ちるほど。

 見上げると、三分咲きの桜が、白くぼうっと浮かび上がって見えて。

 ちょうど折良く(?)街灯が切れかかってまして、周囲が暗かったんですよね。それで、月の光と花のコントラストがきれいに見えました。

 夜桜は。
 妖しい美しさです。

 昨夜は三分咲きでしたからまだいいですが、満開の夜桜は——あまりに綺麗で、逆に、怖いくらい。
 いちど、夜のそぞろ歩き、近所の夜桜めぐりをしたことがありますが、最初のうちこそウキウキしてますが、途中からはもう、しーんとしてきて、最後には、ちょっと怖くなって、足早に帰ってきたという記憶。
 あれっきり、私はあえて、夜桜見物にはいったことはありません。(^^;)

 何人かの人数があれば気にならなかったでしょうが、懐中電灯片手に母とぼつぼつ歩くだけ——近所はフツーに民家ばかりですから夜は静かですし、人の気配もない。
 そういう暗がりと静けさの中で、きれいと思うことこそが、背筋をそっと撫でるような「怖い」に変わっていく。

 きれいだからこそ怖い——

 坂口安吾の「桜の森の満開の下」。桜の樹の下には死体が埋まっている——そう言われると、つい信じてしまいそうになる。
 本当にすべての桜の樹の下に死体が埋まっていたらえらいことですが。(^^;)
 でも、そういう妄想を掻き立てられるくらいの、凄絶なうつくしさが、夜の中の桜にはありますね。不思議なことに。

 いきなり怖いものがわっと飛び出してくるよりも、いつのまにかじわじわと、——気がついたら、隣になにか怖いものがある——気配もなく、そっと寄り添うようにそこにいる——と「気がつく」怖さ。

 これも、春特有の雰囲気だなと思えば楽しめる、かもしれない。(^^;)

 花見の宴で賑やかにやるのもいいですが、なにか妖しい気配を感じて歩くというのも、なかなか楽しいですよ。
 ——と言いつつ、私は当分、やりませんが。(^^;)


 いちどやってみたいのは、桜前線を追いかける旅。
 1ヶ月以上をかけて、九州から北海道まで桜を追う。
 きれいは怖い、と言いつつ、そういうことをやりたがる(笑)

       ●

 詳細をなにも存じ上げませんので、そうですかというばかりですが。
 楽しそうなのが一見すればわかる、というのは、見ている方にも嬉しい。(^^)
  
  
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2015.03.31 (Tue)

CC桜 Sakura



参りました。今日は画像がありません。あくまでもイメージです;; 画像はオールアバウトさんの記事「桜デート2012」から拝借しています。

今日は桜の便りも多く、私も妖艶な夜桜を見たりしたので、桜のカクテルを、と思ったんですが。
日本人の桜好きは異常! と叫びたくなるくらい、桜カクテルというものは多数ございます。検索しているだけであの淡いピンクに酔いそうになりました。
桜カクテルを名乗るものは数多く、その種類も、炭酸、ミルク、ノンアルコール、ソフトドリンク系、フローズン系、はてはカルピス入りまで! きたよ初恋の味が!

桜のリキュールを使ったものもあるし桜の花の塩漬けを使った大胆なものも。
もー、どんだけ桜好きなんだ、と思いました(ちょっとげっそり)

ともあれ、そのなかではわりと定番化していると思われる「CC桜」のご紹介を。

CCは、カナディアンクラブというウィスキーのことです。
レシピとしては、カナディアン・クラブ30ml、桜リキュール15ml、トニック・ウォーター適量。

コリンズグラスに材料を入れてステアするとのこと。シェイクはしません。

特徴となるのは、桜リキュールですね。
数多くあるオリジナルの、桜と名乗るカクテルも、このリキュール使用が多いです。
桜の花びらと葉を漬け込んだ和風リキュール。……つまり桜餅の香りかな? (^^;)

このCC桜にはカクテル言葉がありまして、「美形」。
なるほどそりゃそうでしょ、と思いました。

今日は、一杯引っ掛けたわけでもないのに、桜の花とその色合いに酔っ払った気分です(笑)


カクテル言葉:「美形」
 
 
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2015.03.30 (Mon)

大樹も寄り過ぎれば落雷直撃

Apple Watchは時計としてイケているのか!? 某モノ系マガジンの編集長に聞いてみた
2015.03.29  ギズモード
http://www.gizmodo.jp/2015/03/apple_watch.html

 盛り上がっているようですね。Apple Watch。
 ふと気がついたら、私のiPhoneにも「Apple Watch」というアプリが入ってましたが。(iPadには来てない……はず)
 iPhoneとペアリングできるそうですが、そんなことより、いつ来てたの?! というほうが驚きでしたわ。(^^;)

 Apple Watch、「純粋に時計として、いいものだ」というのは、いいですね。

 記事中に出てくる「UI(ユーザーインターフェイス)が、原始化している」というのは面白いです。家電の方では多機能になるあまり、リモコンがもうボタンだらけになっちゃって馬鹿みたいだなと思うほどでしたが、そういうなかで、タッチパネルで直感的に操作ができる——というのは、革新的な発想でしたね。

 あの美意識の権化、ジョブズさんからすれば、ボタンだらけのリモコンも、アイコンとプルダウンメニューで展開していくパソコンのメニューも、ぜんっぜん美しくないものだったんだろうなと拝察します。
 美しさはシンプルなもののなかにある、と。
 そういう概念があることはつねに感じる。

 現在では、テレビのリモコンにも液晶画面がつき、小さいけどタッチパネルになっていて、操作ができる機種があるそうですね。
(電器屋さんのお兄さん情報)(タッチパネルじゃなくて、タッチパッドって言うんだ……)
 
 単純にシンプルなものへ——、たしかにそれは「原始化」とも言えるんでしょうね。
 でも、基本操作がわかっていれば直感的に扱えるということは、言葉がわからなくても——メニューになんて書いてあるのかわからなくても——操作できるということでもある。
 絵文字が、文字による意思伝達の幅を広げたように、原始化したUIも、バリアフリーを実現していくと言えるのかも。

 そんなわけでAppleさん、株価も堅調だし、パナソニックさんの工場跡地に開発拠点作っちゃうしで絶好調ですね。

横浜のパナ工場跡地に米アップルが技術開発拠点
2015年03月26日 07時16分 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150326-OYT1T50004.html

 私がMacを最初に買ったのは1996年。
 Macといえば高嶺の花だったのが、廉価版(コンシューマー向けと言えと?/笑)、Performaシリーズが出てきたので、これならなんとかなる、といって買ったんでした。

 あのころのAppleさんはそりゃもう、まごうことなき絶不調。
 業界でもいずれAppleは消えて無くなるのは「常識」として語られていました。

 そういうなかで、なんでMacなんか買うのと言われたのは、1度や2度や3度や4度…ではございません。
 なんでと言われても。
 いいなと思って、かつ、買えるのなら買いますよ。ねえ。

 せっかくパソコン買ったって、Appleなんかなくなっちゃうんだから、もったいないじゃない、と言われましたが、ま、つぶれたらつぶれたでそれはしょうがない。
 寄らば大樹の陰とか長いものに巻かれろとか、そういうの趣味じゃない。
 ——と答えて呆れられたことは数知れず。

 そんな時代を知っている身としては、現在のAppleさんの姿には、しみじみ、感無量、でございます。

 ジョブズさんの実現したかったものを、現実の製品にできる、技術の発展がやっと追いついた——そういうことなんだろうな。

 ただ、私の感無量は、嬉しいなあとかいう意味ではなく。
 栄枯盛衰、荒城の月。——そっちのほうの感無量です。(^^;)
 盛者必衰は世の習い、ただ春の夜の夢の如し——それを思ってしまう、ということ。
 
 ただ、いずれにしろ。

 笑われようが馬鹿にされようが脅迫されようが(……された。ちょこっとだけど)、自分が好きでこれがいいと思ったものを選ぶ——ということは、私は、今後も変わらないと思います。

 時の運、ものの勢いの上下、運不運、時流、これらはもう、仕方がないこと。
 ただ、そういうなかでも、私はこれが好きと言えるものを、Appleさんが作り続けてくれたらいいなと思っております。

        ●

 本当に時間がないなかだったり、集中してることがあってじつはそれどころじゃなかったり……ではないのかなと思いますと。
 ありがとうございます。とは、何度でも言っていいことだという気がします。

 それはそれとしても。
 この悩殺ぶりには思わずうろたえてしまいます——うろたえたってしょうがないけど——、どうしたらいいんでしょう(笑)
  
 
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2015.03.29 (Sun)

サイドカー Sidecar



ブランデー1/2、ホワイトキュラソー1/4、レモンジュース1/4。これをシェイクしてグラスへ。

第1次世界大戦時(1914〜1918年)、パリで誕生したとか。とするなら、誕生してから100年ほどですね。

誕生にしろ名前の由来にしろ、諸説あるようで、よくわからないそうです。ハリーズ・バーの創業者が発案したとか、創業者じゃなくて客だったとか、ドイツの将校がフランス民家にあった酒を混ぜて作ったのが初めとか、
ようするに詳細は不明。

はっきりしているのは、これを世に広めたのは、「ホワイトレディ」でも登場しました、パリのハリーズ・バーだということ。

キュラソーとレモンの味わいと、ブランデーの香りのバランスの良い一杯。甘口でも辛口でもない、中口、といったところでしょうか。
アルコール度数は25〜30%くらい。特別に強いというわけでもないでしょうが、ブランデーの香りで、酔いが早まる気がするのかな。

さっぱり系が好きなので、サイドカーもよくいただいておりました。古典的カクテルというのは、やはりバランスがいいんでしょう。香りも高くさっぱり味。
飽きのこない味と香りです。


カクテル言葉:「憧れ」「いつも二人で」
  
 
 
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2015.03.29 (Sun)

桜めぐり

 今年は桜が、けっこうばらつきがあります。
 一斉に咲くのではなくて、同じ品種の桜でも、また、隣り合って立っている木でも、ある木はもうどんどん咲いて5分咲きなのに、となりの木はまだ、ちらほら、2、3輪ほころんでいるだけ、とか。

 やけにばらつきがあるねえ、と思って眺めております。

 桜といってもいろいろ品種がありますね。ソメイヨシノはじつはけっこう異端の存在で、私はじつは——あんまり好きではありません。(^^;)
 もちろん花を差別はいたしません、よく見かけるのはこの品種ですしね。

 でも、ソメイヨシノは純粋に人間の勝手が産み出した品種、というイメージだし、クローンでしかないせいか寿命も短い。
 人間のエゴが生みだした、ゆがめられた花、という印象が、どうしても頭の片隅にこびりついていて、見ると、ちょっと悲しい気持ちになります。

 また、花というのは緑とともにあってこそ引き立つもの。(梅や木蓮にケンカを売る気はありません;; 一般論ということでひとつ;;)
 ということで、花と葉が同時に出てくる山桜の系統が、一番好きです。
 あんまりおみかけしないのが残念ですが。(^^;)

 山桜は品種としてはあんまり安定していないようで、パッと見てこれは山桜、とすぐに断定できないことが多いように思います。
 ソメイヨシノに比べると、ようは「雑草」的なんですが、その雑草的なところがいいんですよね。
 木ごとに特徴があり、一様では(案外)なく、人が植えたものではなくて自生しているものも多い。

 自生するくらいですから、その場所、その土に合っていることが多いんでしょう。けっこう長生きする木も多いですよね。
 ソメイヨシノは寿命が80年ほどと言われます。
 いま、多くの人が出かけていく桜の名所は、多くソメイヨシノが植えられているはずです。同時に植えられたのなら寿命も、ほぼ同時期に訪れるわけで——どうなるのかな、と、たまに、ちらっと思ったりもします。

 うちは田舎住まいのメリットで、花見の場所取りなぞをしなくても、ちょっと外へ出て歩けば桜があります。群生しているわけではなく、あちらに1本、そちらに1本、桜の木があるという感じなんですが、その木をひとつひとつ見て回る、「歩いてめぐる花見」も、いいですよ。

 宴会には宴会の楽しみがある。花とともに浮かれ騒ぐのも、それも季節の楽しみ。冬の間にいつのまにか縮こまってしまった心を開いていくのには、いいものですよね。
 酒なくてなんのおのれが桜かな。——ね。

 でも、私はひとりでゆっくり歩いて桜の木に挨拶する「ツアー」を楽しみにしています。
 なにしろ自生している木なので、いつ、人間の勝手で伐採されるかわからないご時世ですから、毎年ちょっと心配しながらだったりもしますが。

 ………人間は勝手だ。いろんなことを理由にして——思いもかけないことを理由にして——花をさえ、差別しやがんの。

 今年も無事だったか、今年も綺麗だね、と、そんなことを思いながらゆっくり歩く。
 歩くだけなので、酒どころかお茶も飲みませんが。

 今週はまだ、桜巡りにはちょっと早い。来週にはたぶん、見頃じゃないかな、と、楽しみにしつつ、今年も無事に木はあるのだろうかと不安にも思いつつ、過ごしているところです。

 ——あしひきの 山桜花(やまさくらばな) 日(ひ)並(なら)べて
  かく咲きたらば いと恋(こ)ひめやも


万葉集 巻八
(もしも山の桜が何日も咲いているのだったら、こんなに恋しいとは思わないでしょうに)

yamazakura02.jpg
岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科
植物生態研究室HP
様より

ヤマザクラ 山桜(Wild cherry blossoms)
花言葉:「あなたに微笑む」「純潔」「高尚」「淡白」「美麗」
 
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11:49  |  身辺雑記2015  |  EDIT  |  Top↑

2015.03.29 (Sun)

オールド・ファッションド Old Fashioned



バーボンウィスキー 45 ml、角砂糖1つ、アロマティックビターズを1ダッシュ。飾り用に、オレンジスライス、レモンスライス、チェリー。
19世紀半ば、ケンタッキー州ルイビルのペンデニス・クラブのバーテンダーが創作した、というのですから古い。
アメリカ南部の古いカクテル「トディ」に似ているのでこの名前になったとか。

私が持っていたレシピ本では単にウィスキーとあるだけですが、調べてみますと、アメリカ出身のせいか、これは正確にはバーボンウィスキーを使うべきもののようです。
バーボンといえばアメリカさん。バーボンは労働者階級の飲み物だと、見下す発言に触れたこともあるのですが、本当に労働者階級のものなのかどうか、エスタブリッシュメントは本当にバーボンは口にしないのか。——真相は存じません。

オールド・パルのところで、ウィスキーベースのカクテルって少ない、ウィスキーはそれ単体で飲料と完成しているため、「混ぜる」ことには不向きだから、ということを書きましたが。

このオールドファッションドは、ほぼウィスキー単体でありながら、角砂糖が入るという思いがけないことをするんですね。
ウィスキー自体の味わいを楽しめるのに甘口のカクテルです、と、それだけを聞いたら、え、それってどんな味!? とびっくりしそうです。
さらには、甘口に寄りすぎないようアロマティックビターズを入れて、香りと味わいは引き締めるということでしょうか。

甘口ですがアルコール度数は30度ありますので、まあ、ごゆっくりどうぞ。

このカクテルはシェイカーは使いません。ビルドといって、直接グラスに注いでいきます。で、最後にバースプーンでステア(混ぜる)。

参考にさせていただいておりますブログ「カクテル日和」様によりますと、バーボンも銘柄によって特徴があり、このカクテルにおすすめなのは、 I.W.ハーパーだそうです。

I.W.ハーパー、フォアローゼス、ジャックダニエルは、私もオンザロックでいただいたことがあります。
トウモロコシ原料の、独特の香りはありますが、慣れるとそれもおいしゅうございます。
労働者階級の飲み物だからなんだってんだよ、と思うくらいには美味しいですよ。
 
ちなみに、オールド・ファッションドのカクテル言葉は「わが道を行く」。
なんかいかにもアメリカさんのイメージだなーと思いました。そういう土地の雰囲気なんでしょうか。


カクテル言葉:「わが道を行く」
 
 
 
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2015.03.28 (Sat)

群集心理

副操縦士が病気隠して勤務か 事故との関係捜査
2015年3月28日 4時58分 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150328/k10010030591000.html

 フランスの山中に墜落したドイツの旅客機。
 原因はいまのところ、事故でもなくテロでもなく人の意思によるもの、といわれていますね。

 副操縦士が故意にやったこと、と。

 どうにもいたたまれない話です。乗り合わせた乗客、乗員——そのご家族のことを思いますと。

 今回のことをうけて、ドイツの航空当局は、操縦室には「つねに」二人いる規定を、各航空会社に求めることにしたとのこと。
 国の命令ではなく、あくまでも各社の運行規定に盛り込むように求める、ということですかね。

 操縦士は二人いますが、一人がたとえばトイレなどで席をはずすなら、そのかわりにもう一人が操縦室に入って「つねに」二人いるようにとすると。
 てことは実質、3人態勢てことになりますか。
 ……正直なところ、LCC(ローコストキャリア)にとっては、厳しい条件となるでしょうね。

 アメリカは、あの同時多発テロ以来、同規定を導入していた、のかな。日本ではどうなっているんでしょう。
 今回は、あのテロ以来、外部からでは操縦室のドアの開閉はできないようになっていたことが、かえってあだになりました。

 なにをどうしようと、不測の事態というのは、予想されていないから不測の事態て言うんだな、と思いました。
 100%確実なことなんて、ほんとは、この世のどこにもない。

 副操縦士が故意に引き起こしたことだと仄めかす話を聞いたとき、真っ先に考えたのは、その副操縦士のご家族のことでした。
 ただ家族を突然に失うだけでもつらいことなのに、その原因を作ったのが自分の身内だという現実がのしかかる。
 考えただけでも、胸が苦しくなる話です。

 日本人がISに殺害された事件でも、まるで被害者の方が悪いように言い立てる輩がいて、私としてはもう、被害者の親御さんがお気の毒でたまりませんでした。

 いつもいつも思うことだけど——世間様とやら、すでに苦しんでいる人に向かって、よくもああいう非人道的なことが言えたもんですね

 なにか犯罪が起きたとき、その犯人とは、家族身内といえども(犯罪に加担したというのではない限り)無関係のことだというのに、なぜかこれを同一視する。のみならず、彼らに私刑をくわえるというのが、私にはどうにも理解できません。理解したくもないからいいけど。

 さらには、そういう私的制裁を加えながら、正義をふりかざす。
 まるで自分が正義の執行官気取り。
 あれはいったい、何なんでしょう。

 ケガレ思想がある日本では、犯罪者が出ると一族郎等同罪とした歴史がありますが(中世では、住居ごと焼き払ったという私刑の記録もある)、あれは、犯罪がケガレであり、犯人はケガレであり、そのケガレは「伝染する」ものなので、その家族も感染を広めるものとしてまとめて「処分」して、汚れを払う——という理屈ですね。
 そういうものは決して昔話ではない。
 昔からの伝統をないがしろにする一方で、今もなお、こんな理不尽が「文化」として生きている。

 でも、なにかの当事者と、その人の家族等は「無関係」なのに、同一視してわけのわからない正義をふりかざす人というのは、日本以外にも当然いるわけで。
 今回の件は、本当に衝撃的なので——その「理不尽な正義」の味方が大勢出てくるのではないかと、心配しております。
 いまのところは、そういう報道には接しておりませんのは、幸いなこと。

 ともあれ。
 その副操縦士のかたは、病名は明らかにされていませんが、精神的な疾患もあったとの報道ですね。
 ただ、その病気の管理は本人に任されていて、医師が直接、会社に、勤務をやめさせるよう連絡することはなかったようで。
 そんなあたりからまた、管理運用が正されていくのかな。

 なんにしろ。
 どうもこういうニュースを聞くと、まっさきに、そうやってくだらない正義をふりかざす人々を警戒する気持ちがわいてくるってあたり、私の人間不信も、くるところまできてるなと思います;;
 
 正義なんぞクソ食らえだ。
 じつのところ、悪人ほど正義が大好きなんじゃないかと最近では疑ってます。
 正義ほど、悪行のすてきな隠れ蓑になってくれるものはありません。

 特にこういう事件では、正義なんか聞きたくもない。
 ただ、思いやりがあれば事足りる。
 そう思います。
 
 
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2015.03.28 (Sat)

ホワイト・レディ White Lady



ドライ・ジン30ml、コアントロー15ml、レモン・ジュース15ml。ほんのり乳白色の外観は、名前の通りの優雅さ。
ジンとレモンジュースだけではいかにもレモンチューハイになってしまうでしょうが、コアントロー、つまりはホワイトキュラソーがポイント。

ホワイトキュラソーはオレンジの果皮を使って作ったお酒。ラム酒やブランデーに浸出させたものですね。コアントローはとくに有名なホワイトキュラソーだそうで、ビターオレンジとスウィートオレンジの果皮からエッセンスを取り出しブレンドしているそうです。

けっこう強烈ではありますが、レモンやオレンジの香りと甘さですから、飲みやすいですね。口当たりはよく、でもホワイトキュラソーがコクを出したり引き締めたり苦味をしのばせたりしますから、単調ではない。
歴史は古く、1925年、パリにあるハリーズ・バーの、ハリー・マッケルホンという人が創案したものだそうです。

昨日は、その名前に怖気付いてオーダーできなかった「マイフェアレディ」を取り上げましたが、こちらホワイトレディは、よく飲んでいました。
アルコール度数が30%あるとは、今回調べて初めて知りました。道理でキックが強いわけだ……ほんのりやさしい乳白色の姿といい、白い貴婦人という優雅な名前といい、やさしいイメージでいると、しかしじっさいの味はなかなか強烈——というところが好きでした。

カクテル言葉は「純心」。
純「真」じゃなくて、純「心」。
純真だと、ちょっと純情すぎる感じですが、純「心」とくるとまたイメージが変わる。心にはさまざまな姿があるわけですが、それがどんな心であれ、偽らず、思うままにふるまうというのでしょうか。

愛情や思いやりの心なら美しくていいでしょうが、そういうことではない場合は……。
さて。
それとも、よくも悪くも純なところがいい——ということか。

ジョン・ル・カレの小説「境の国の戦争」には、孤独なスパイが登場しますが、彼がひと息つくとき、このホワイトレディだけを飲むんですね。
白い貴婦人という一杯に、彼はいっとき孤独の思いを軽くしたのでしょうか。


カクテル言葉:「純心」
 
 
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2015.03.27 (Fri)

臨死体験

 不覚……! これシリーズだったんですね……!?

臨死体験
 立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0914/

 番組宣伝をどこかで見かけて、あ、予約しよう、と思っていたんですが。
 3回くらいのシリーズだったんでしょうか? 1回目は録画したけどシリーズとは気づいておりませんでした。

 昨夜、ふとテレビをつけたらちょうど終わるところで、立花さんの総括、というところでした。
 (がっくり)

 再放送は……ないだろうなあ。とりあえず、オンデマンドがあるようなので、そちらを見ることにします……。

NHK オンデマンド
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2014058088SA000/

 20年ほども以前にも、やはり同じテーマで番組があったというお話がありまして。
 言われてみればうっすらそんな記憶もあるような。

 立花さんの面白いところは、科学的なアプローチがあること。
 人の心や意識は物質ではありませんが、それを、物質の変化を通して捉えようとする。
 物質の変化をとらえられるということは、「再現性」があるということ。——機械の修理などなさる方ならおわかりでしょうが、なにか問題があったときに大事なのはこの再現性。
 
 ある条件下では「必ず」その問題が再現されること。これをとらえることができれば、機械の故障であれば、具体的にはなにがどう壊れているのかあるいはトラブっているのかがわかる。
 ときどき調子が悪くなるんです——というのが、いちばん困るんですよね。(^^;)

 特定の条件を与えれば必ず「それ」が起こる、ということがわかれば、問題の「正体」に近づけたということ。

 私は霊も魂も信じていますし死後の世界も輪廻転生も自分の存在の「大前提」にしているので、そのへんのことはもはやどーでもいいのですが、ただ、「物質を介して再現性が得られるか」には、興味津々でございます。

 魂はまあともかく、霊(spirit)の存在を否定する人をお見かけすると、「だったら霊長類という看板は取り下げてもらわないと」と思います。(^^;)
 我思うゆえに我ありとはいえ、だったらその「我」ってなんなの。と。

 人の意識は複雑で、深刻なトラウマの除去が難しいのは、人の意識は休むことなく活動を続けているから。
 外傷であれば、無理やりでも安静状態を作れますが、人の意識は絶えず活動しているので、そこにできた「傷」を安静にさせることができない。だから難しい。

 私どもは、こういう話になるとつい、「脳」を見てしまいますが、じつは、心臓と腸にも、記憶、とくに感情的な記憶を保存する機能があるということが、医学的に言われるようになりましたね。
 脳はじつは、コントロールセンターではなく「アンテナ」のようなものではないか、というのも、面白い説です。

 つまるところ、私どもは自分というものについてさえ、じつはほとんどなにもわかっちゃいない。心とはなにか、自分とはなにか、気持ちとはなにか、それを最終的に制御しているのは「何」なのか。
 
 死、というのは、大きな「状態の変化」です。
 状態が大きく変わるということは、ふだんは隠れて見えにくい組織も変化するので、隠れているものを見つけやすい、ということ。

 死後の世界があるかどうかが問題ではなく、その状態の変化によって、ふだん見えないものを見つけ、自分というものへの理解を深める。

 そういう姿勢が面白いんですよね。立花さんは。

 死後の世界なんていうともう、キチガイみたいに「怒って」否定する人たちがいるのですが、あれはもう、いいや。私もああいう人達にさんざんいじめられましたけど(笑) 宗教にもいじめられてるけど(笑)
 死なない人間はいない。死後の世界があるかどうかは死んでみればわかりますわ。
 そんなことはどうでもいいんです。

 そのとき起こることをとらえることで、人の心、意識、自分の存在の「構成」を、知っていこうとする。
 そういうことに興味があり、ぜひ知りたい、と思っているだけのこと。

 で、そういうアプローチを見せてもらえるということは案外少なくて、だから、立花さんのお話は興味深いんです。

 ………なのにシリーズであることに気づかなかったとは。
 不覚。(←冒頭に戻る)

 オンデマンドがあってくれてよかった——と、こんなときには思いますね。(^^;)

        ●

 ミケランジェロの「ピエタ」像が、やはりまっさきに連想されます。
 私もローマへ行ったときに拝見して感動しました、が。
 非常に美しくてすばらしいのですが、いかんせん、イエス様に比べるとマリア様がお若いのでは? と。
 そうしたら、あれがイタリア男の理想なのだと聞かされて(まあいろんな意味で)、納得すればいいのかどうかもわからず、ひたすら困惑したという思い出。

 ラテン語 amor (愛)と、mors (死)は関係があるとかないとか聞いた記憶があるようなないような。

 ……たしかにこのふたつは、なにかと関係することは多いように思います。
 
 
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2015.03.27 (Fri)

マイ・フェア・レディ My Fair Lady



ドライ・ジン 45 ml、オレンジ・ジュース 20 ml、レモン・ジュース 20 ml、ストロベリー・リキュール 1 tsp (5 ml)、卵白 1 個分。
あの有名なミュージカル(映画じゃない方)は、ブロードウェイで、7年間で2717回というロングランを達成。
主人公イライザをイメージしたと思われるカクテルですね。

私はじつは、これまたオーダーしたことがありません。なんせ名前が名前なので、どうにも気後れしてしまいまして;;

卵白が入るというのが特徴ですね。口当たりは一瞬、重いかなと思うけれど(たぶんクリームっぽいんですかね)、じっさいはやさしい口当たりに、ストロベリーリキュールの香りが効いて、美味しいそうです。
イライザのイメージなんでしょうか。冒頭部分ではびっくりさせられるけれど……という。

レシピのなかには、レモンジュースじゃなくてレモン・ビターズ(苦味酒)としているものもありますね。ビターズだと果皮が原料となるので、苦味が強くなり、またちょっと味わいが変わるのでしょう。ビターズを使用するなら、20mlも入れることはなくて、1ダッシュだと思いますが。

レモンジュース使用であれば、アルコール度数は11%程度ということで、軽くて飲みやすいですね。
(マティニあたりだと、度数は30%くらいあります)

My Fair Lady、直訳するなら「私の美しい人」でしょうが、なにしろ原作があの皮肉屋、バーナード・ショウですから、そう単純ではないようです。
「メイフェア」という高級住宅地を、コックニー訛りで「マイフェア」ともじり(イライザはそのコックニー訛り)、また、フェアにも、「美しい」という意味の他に「うわべだけ」という嫌味ったらしい意味もあるとか。

そう考えれば、私も、我が美人、という名前に臆する必要もなかったのかもしれません(笑)
でもやっぱり、いちばんに思い浮かぶのはあの映画のオードリー・ヘップバーンですから、そりゃやっぱり気後れくらいはします(笑)

ちなみに、カクテル言葉は今のところ、「我が美人」にはないようです。
  
 
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2015.03.26 (Thu)

感情の記憶

慶大、ALS治療薬候補を発見 患者のiPS細胞使う
2015/3/20 12:20日本経済新聞 電子版(有料)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG19HAB_Q5A320C1CR0000/

複数の既存薬 ALS患者特有の変化抑制
2015年3月20日 20時40分 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150320/k10010022761000.html

 ALS 筋委縮側索硬化症といえば、昨年のアイスバケツチャレンジを思い出しますね。(^^;)
 本来の、そのお志はありがたいものなのに、なんだか途中からへんなお祭り騒ぎになったのはナゾでしたが——ともあれ、あのときに話題だったのはこの病気です。

 現在ALSは、原因も不明だし治療法も薬もありません。いちおう研究はされているようで、うちの父も、この病気の診断がついたとき、治験に参加するかどうか、尋ねられました。
(拠点病院へ通うのが負担すぎてお断りしましたが)
 原因もわかっていないのに、根本治療ができるわけがない、というのが私の率直な感想でした。

 あれから6年。父が亡くなりましてからも、4年ちょっと。
 少しずつでも、あのときの苦しさからは離れた気でおりましたが、この、既存薬で細胞の変成を抑制できたという実験についての記事を読んだとき。
 わっとばかりに、なにかが胸から喉元へこみあげてきて、泣きそうになって。
 自分でも、ちょっと驚きました。

 いちど痛いとか苦しいとか思ったことって、そう簡単には体からは抜けていかないものなんでしょうかねえ。

 あのころの、いちいち感じていた「感覚」が、フラッシュバックのように思い出されたのにはちょっと驚きました。
 もう、あの日常のいちいちを思い出して感情的になることもなくなっている、と思っていたのに。

 こみあげてきた思いは、でも、基本的には、嬉しいというものでした。

 病気を治すことはできなくても、せめて、病状の進行をとめられたら——と、あのころ、どれほど願ったでしょうか。
 治せなくてもとめられたら——とめられなくてもせめて、進行を1年でも2年でも遅らせることができたら、と。
 無駄な願いをくりかえしくりかえし。

 そういう思いを味わってきたせいか、iPS細胞を使っての実験段階ではありますが、細胞の変化つまり病気の進行を「抑える」ことができた——と聞いたときは、鳥肌が立つほど嬉しく感じました。

 おまけに、薬は新薬ではなく既存薬(ALS以外の病気に使用されているもの)だということで、じっさい患者さんのところにとどくまでの時間を、大幅に短縮できる可能性も高い。

 ありがたい、と思い。
 そう思ったら、急に泣けてきまして。

 人の感情というのは不思議なものです。父はすでに去り、私はその問題の関係者とは言えないところへ下がっているはずでも、「進行を抑えるだけでもできないのか」という、あのころの無念さ、悔しさは、どこかに残っていたんですね。

 晴れない思いが、でもこれで、少し「浮かばれる」気がしました。

 1年後をめどとして、臨床実験を進めていく、とのこと。
 順調にいくことを願っております。
 変化の抑制ができるなら、1ヶ月でも1日でも、待つ身には長い。早く。——できるだけ早く。
 そう思います。

 それでも効果は100%ではないかもしれない。すべての患者さんに有効ではないのかもしれない。それでも、現状よりはよほどいい。
 
 この実験の成果による薬が広く患者さんのもとに届いてくれれば。
 私の「無念」も、そのときには、「成仏」してくれる気がします。


 それにしても。
 ——感情とか、「情」というのは、不思議なものだなと思いました。
 自分でも認識できない領域で、それらは呼吸を続けている。忘れたつもりでも、もう消えたのだと思っていても、消えずに残って、ある日、ここにいるよとドアを叩く。

「忘れる」ことの難しさを感じたニュースでした。
 
 
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2015.03.26 (Thu)

バイオレット・フィズ Violet Fizz


パルフェ・タムール45mi、レモン・ジュース20ml、砂糖 tsp1、ソーダ適量。レモン・スライスは飾り用に。

ブルームーンというカクテルでは、名前にも味にもポイントになりましたリキュール、「完璧なる愛 パルフェ・タムール」。
ニオイスミレのリキュールは、飲む香水とも呼ばれるほどに香りがよい。
果物ではなく、花のリキュールと聞けば、それだけでも、ちょっと気になりますよね。どんなお酒? と。

直接パルフェタムールの香りを味わいたいなら、ブルームーンより、こちらバイオレットフィズをどうぞ。
ほぼパルフェタムール単体といってもいい一杯ですので。

甘い炭酸水にレモンが爽やかで、パルフェタムールの色と、あの香りを直接楽しめます。
アルコール度数も高くなくて飲みやすい。
静かなバーで、べつに酔いたいわけでもなく、ただのんびりしたいときにはありがたい一杯です。

ちなみに。
花言葉があるように、カクテル言葉というのもあるんだそうです。誰が制定しているんだか存じませんが…、バイオレット・フィズのカクテル言葉は「私を覚えていて」。
忘れな草 forget-me-not みたいですね。色合いからの連想もあるのかな。

カクテル言葉もそれぞれのエントリーに追記しましょうか。なんでそんな言葉になる? と、びっくりするようなものもあり、由来、理由は全くわかりませんが、なかなか面白いので。

バイオレット・フィズ:カクテル言葉「私を覚えていて」
 
 
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2015.03.25 (Wed)

人肌の天女

 興味のない方には興味がない話題でしょうから恐縮ですが、先日の「花魁」について、確認取れた内容をちょこっと書いておきます。

「ついていい嘘、悪いウソ」2015-03-23(Mon)
http://hsmile.blog4.fc2.com/blog-entry-4583.html

http://togetter.com/li/797661" target="_blank" title="太夫と花魁は根本的には違わないだろとあらぶる私の様子。 - Togetterまとめ">太夫と花魁は根本的には違わないだろとあらぶる私の様子。 - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/797661


■徳川幕府公認の遊郭
 禁止したところでなくなりゃしないんだから、だったら公のものにして管理、取り締まりを徹底しよう。——という判断があったかどうか、江戸時代にはときの政府が営業を認めた遊郭がありました。
 江戸吉原、京都島原、大阪新町が有名ですが、これ以外にも全国20箇所以上の遊郭があったとされます。

 遊郭と呼べる場所、そこで働く女性を遊女と言えるのは、公の許可を得ているところだけ。
 ゆえに、どれほど栄えようが人気があろうが、品川も新宿も深川も——すべて岡場所(不正規の場所という意味)。
 したがって、岡場所には「遊女」はいない。いろんな名称があったようですが、飯盛女というのがよく知られた名称ですね。

■遊女の階級
「人肌の天女」には階級がありました。上は大名相手の高級遊女から、下は地獄(河岸)女郎まで。

 最高位は太夫と呼ばれる遊女ですが、顧客である大名が経済的な余裕を失っていくと、当然、顧客はなくなるので太夫さんもいなくなる。江戸中期の宝暦以後にはいなくなったとか。

 花魁というのは享保頃に現れた名称といわれ、遊女仲間で「おいらの姉さん」というのが縮まっておいらんになったという説が一般的。
 花魁は当然、当て字。
 太夫はいなくなっても、花魁というのは遊女同士での呼び方ですから、その後も生き残ったわけですね。
 基本的には、その当時の最上位とされる遊女(太夫が絶えてのちは、散茶女郎)が、おいらんと呼ばれたようです。

 だから逆に、最高位の遊女=太夫=花魁、という誤解も、生じたのかな。
 じっさいは、太夫は途中でいなくなるし、太夫がいなくなれば次の位が最高位となるわけだし、花魁というのは仲間内の呼び方であって階級を示すものとは限らない。


 いまのところ、まあ間違いないだろうと思われるのはこのへんまで。

 ありんす言葉ともいわれる、吉原の遊女独特の里言葉にしろ、花魁とは誰のことを指したのかという問題にしろ、その他の習慣にしろ、ぜんぶ、「〜と言われる」「という記録がある」ていどのことばかりです。
 地域ごとに違いがあるのはもちろん、時代によっても違うし、店ごとに異なるものもあります。
 ゆえに、かんたんに、江戸時代の遊郭はこうでした、遊女はああでした、とは、言えないんですよね。

 島原の現役太夫さんがおっしゃることも、「島原ではこうです」「角屋ではそうです」と言われれば、ああそうですかとしか、いいようがないものもある。
 だから、私としては、あんまり目くじら立てて正しいだの間違ってるだのとは言わなくてもいい、と判断するのですが。

 ——とはいえ、太夫は芸能、花魁は売春、太夫を花魁とは呼ぶな——というような、それはもう絶対に違います、というものもあるので、確認が取れているものだけ、ちょっと書いてみました。

 切ないなあと思うのは。
 島原のその太夫さんの言葉の裏には、他地域への侮辱(差別)があるのももちろんですが、同じ業界に身を置きながら、売春婦というものを見下していること。

 そりゃもちろん、現在は島原だって違うでしょう。でも、歴史というもの、過去というものを考えれば、そこまで他人事として捉えたうえに、私はあんなキタナイこととは無関係なのよ、私はキレイよ、とは、あんまりな態度ではないでしょうか。
 
 女性蔑視、女性への差別は、男性が女性へ行うよりも、女性が女性を差別する方が、タチが悪い、とは、私もたびたび申し上げておりますが、——なんでかなあ。どうしてこうなるのかな。

 私はありがたいことに、同性の友人には恵まれておりまして、そのせいか、もう本当に厳しいとき、本当に助けが欲しいときに、いちばん心強いのは同性の友人たちだと思っているので。
 差別される立場の中で、自分は違う、自分はあの人たちとは違う、といって、「自分より下位のものを探す」のは、やりきれないことだと感じます。

 なんでこんなことにそんなにムキになってんの、しつこいよ、とお思いの向きもあるでしょうが、——たぶんそのへんが理由ですね。(^^;)
 同じ立場にいるものなら助け合うべきところなのに、なぜそんな悲しいことをするのか。
 それを指摘したいんだと思います。
 無駄なことかもしれませんが。


 おまけですが、私が好きな江戸川柳を。

 ——傾城(けいせい)は 二十八にて やっと足袋

 ——寄りたまえ あがりなんしと 新所帯(あらじょたい)

 吉原の遊女の年季明けは数えの28歳。満年齢では26, 27歳ですね。遊女は冬でも足袋は履けません。やっと年季明けて足袋が履けるねという一句。と。
 年季明けの、もと遊女との新婚さん。新居に友達が来て、まあ寄っていけとご亭主がいい、内儀さんもあがってくださいなというのですが、まだ里言葉が残っているんですね。

 江戸時代の人の方が、現代人よりも偏見もなくおおらか——そういう「一面」はあったのかもしれません。

         ●

 なにをどうしていようとも、つまるところはカッコイイ——というのは、やはり内面からのことかもしれませんね。
 内からのその光があるなら、見失うことはない。

 それにしてもホントにお忙しいんだなあと思います。
 ここのところ気温も(いかにも春らしく)不安定だし——ご自愛を願うばかり。
 
  
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