昏い日の、永遠
2014年10月31日 (金) | 編集 |
 大臣を辞任に追い込んでますます意気軒昂の野党の皆様ですが。
 そんなことはどーでもいーから仕事しなさいよ——と言っていたら、なんですかまたブーメランですか……。

民主に“ブーメラン” 枝野幹事長も不透明収支 新年会費不記載
2014.10.29 ZAKZAK
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20141029/plt1410291700004-n1.htm

 懲りないというか——学習能力ゼロなんだな……ようするに。

        ●

 本日、日本は一足お先に万聖節イブ——ハロウィンでございます。

 とはいっても私としては、仮装をするわけでもなく、ひとさまにお菓子を振舞うこともなく、ただ自分がかぼちゃプリンをいただくくらいしか予定はありませんが。
(胃が悪くてもプリンは大丈夫♡)

 ハロウィンが日本においてこれほどメジャーになってきたのは、いつごろからだったでしょうね。
 いまやバレンタインデーよりも市場規模は大きいんだそうで。
 それで、年々、イベント関係も派手になってきているわけですか……。
 ものを売るのも大変です;;

 そうやって派手になっていくほどに、「ハロウィンて、結局、なに?」というご質問を受けることも増えてきました。

 私の場合は自分の好みをもろに反映させ、キリスト教をあっさり無視して(万聖節は無視)、起源である、古代ケルトのお祭りについて話します。
 あのお化けっていうのは、ご先祖の霊なんだってさ、というと、
「ああ、お盆なのね」
 という反応が、判で押したようにかえってくるところが楽しい。日本人の反応なんだなーと思う(笑)

 ただ、日本のお盆では先祖霊は大事にされるのが、ケルトでは、悪霊扱いというところがあわれ、と感じてます……。

 ハロウィンでは、祖霊とともに悪霊までが来てしまう、という考えだそうですね。
 あの仮装は、悪霊と同じような扮装をすることで彼らの仲間であるようなふりをし、悪霊どもをあざむき、その難を逃れる意味があるんだとか。
 ……だとすると、キティちゃんの着ぐるみとかはちょっと不適切なんだろうな〜。(^^;)

 ——「ケルトのお盆」は秋の収穫祭、季節の変わり目のお祭りでもあるそうなので、やはり仏教の盂蘭盆会とは違う。
 生きている人間もお化けも、楽しく過ごせればそれでいいよねもう。(^^;)

        ※
IMG_0491.jpg

 2、3日まえの写真です——まだ完全に暮れきってはいない西の空、爪痕のように細い月。
 ハロウィンのイメージは、個人的にはこんな感じ。

 ブラッドベリの描く、あの「一族」の世界は、夜そのものではなく、こんな暗い日暮れの光と闇の世界——。
 そういえばブラッドベリも、たびたび「永遠」を主題にしました。
 でも、彼の示す「永遠」はけっして明るいものではなくて——昏(くら)い光と闇に包まれている。
 

 
「ティモシー」ママが呼んだ。
 ……………
 彼女は彼の頬にキスをした。
「……もしもおまえが死んだら、おまえの骨には、だれも手をつけさせない。そのようにしてあげるよ。おまえは永久に、安らかな眠りをつづけることができるんだ。万聖節の宵祭に、わたしはきっとやってきて、おまえが安らかに眠れるように、気をつけてあげるつもりなのさ」
 家の中はしずかだった。遠く、丘の上を、風がわたっていく。最後の荷に、黒いコウモリを運ぶこだまを伝えて……
 


 ——レイ・ブラッドベリ 「集会」 宇野 利泰・訳

        ●

 思うことがいろいろありすぎの今朝。

「仲良きことは美しき哉」が、いちばんあったかくて嬉しい。

 あとは「健康第一」で。(実感)
  
 
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本日おやすみ
2014年10月30日 (木) | 編集 |
 富士山に雪が積もって、気温が下がってくると———胃が止まるという持病(…なのかなぁ)が出てきてしまいます。毎年のことですが、この季節はちょっとツライ。
 そんなわけで、本日はおやすみいたします。m(_ _)m

       ●

 朝起きると一番にチェックするというのが、ほとんど習慣化してしまいましたが……、今日のところは、さすがにないだろうなーと思っていたので、ちょっとびっくりでした。

 それに——幸せの景色というのは、どれほど見てもいいものですね。誰にとっても。

 
 
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努力の意味
2014年10月29日 (水) | 編集 |
 眠くてぼーっとしているときというのは、酔っ払っているのと同じようなもんですね;;
 昨日のエントリを見返して、ああ(いつにもまして)こりゃヒドイ、と;;
 こっそり追記しようかな——と思いましたが、意外に長文になったので、本日もカテゴリー分けました。

        ●

 これはたしかに厳しい。



 修行とか努力の「意味」は、でも、その一方で変化しているのかもしれません。
 これまでのところは、修行も努力も、「苦しむため」、それだけのためにしてしまう、そういうマゾヒスティックな意味があったように思います。

 でも、修行も努力も——苦しくないわけではないけれども、本人にとって「苦痛」である「必要」はないんじゃないでしょうか。本来は。
 そのあたりに気がついている人が、だんだん増えているのかもしれないな、と感じます近頃は。

 先だっても、とある禅寺のご住職が、修行は、ああなりたいこうなりたいということのために存在しているのではなく、修行自体が楽しいことで、楽しむために修行する、ということをおっしゃってました。
 バーターとしての努力ではない、ということですね。

 ここで苦しんでおけば、こういう結果を得られる。修行なり努力なりは本当は死ぬほど嫌だけど、でも、その結果が得られるためなら我慢する、というのが従来型の認識だとすれば。
 見た目、やっていることは同じでも、その修行や努力は本人が楽しんで行うものというふうに変わってきつつあるような。

 ほんとうに身につくことって、やはり、好きなことだと思うんですよね。
 死ぬほどいやなことを無理矢理やってみたところで、技能として「覚える」ことができたとしても、「身につく」には至らない。

 ただ、いずれにしても。
 それがあなたの望みならきっと大丈夫——と思うんですよね。近頃は。直感で。

 糸井重里さんは「今日のダーリン」で、いつだったか、「それが本当にイヤなことなら、逃げていい」と、お話しになっていました。
 もちろん喰わず嫌いや、軽々しいわがままのことではありません。
 でも、数の中には、命をかけてでも拒否すべきことってあると思うんですよね。そういう自分の生命の存続に関わること、精神の領域を侵されることは、断固として退ける——。
 我慢なんかしている場合じゃない。やはり自分の意思を持って、退ける「必要」がある。

 そのへんの見極めは自分自身にしかできないので、他人はあれこれ言うかもしれませんけど。

「そのときの選択は、いつも正しい」
 自分の過去について、あのときああすればよかった、こうしては悪かった、と思うことは誰にでもあるでしょうが、そうではない、というテーゼがあります。
 それが過去になってしまった現在から振り返ると、ああすればよかったこうすればよかったと思うかもしれないけど、でも、そのときの選択は、そのときの自分にとっての精一杯だったはず。
 あなたはいつも正しい選択をしている。
 あるいは、最上の選択を。

 私も以前にはこの考え方にはちょっと納得できないところがありましたが、結局は、「そりゃそうだ」という結論になりました。
 明らかな失敗になったとしても、失敗すること自体が必要な経験とも言えるわけだし。
 そう考えると、失敗も成功も同じことかもしれません。

 それが必要なことなら必ずやる羽目になるし、縁がないことは、いくら望んでも願っても縁がない。
 あるとき、自分にはそれが必要だったと気がついたなら、すぐ始めればいいし、これは本当には必要ないものだった(それどころか自分自身を殺しかねない危険物だった)と気がついたなら退ける。
 こういうことには、遅いも早いもない。
 必要なことは必要なように存在するし、起きてくる。

 そういうあたりについては、不安に思うことはないと思うんですよね。
「あなたはいつも正しい選択をしている」。
 
 ただそれを確かに言うためには、自分自身とは、つねに、対話し続けることは必要。
 ポイントはそれだけ——だと、思うんですけど。

 でもそのポイントこそがいちばん難しいことかもしれません。
 私はそこのあたり、かなり長い間、断線しつづけていたので、あんまりえらそうにひとさまに言えた義理ではないんですけども。(^^;)
 でも、断線したのちに、いくらか回復してきたから、「努力するしないより、自分とつながって必要性をいかに見極めるかのほうが重大事」だと身にしみている、とも言えますね。

 人間、本当にやりたいこととつながっているなら、黙っていても努力はするもんです。
 だからきっと、迷っても転んでも大丈夫。
 そう思います。
 
 
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代償には睡眠時間(2)
2014年10月29日 (水) | 編集 |
”Mighty Long Fall at Yokohama Stadium”(WOWOW)
http://www.wowow.co.jp/music/oneokrock/

 寝不足は酔っ払い並みにどーしよーもないらしい。ということで、事実上の追記を。

 そんなわけでたぶん、今回の公演の様子を拝見してTomoyaさん(のみ)のDVDあれば欲しいなあ、というのがいちばん心に残ったことだったわけですが。
 考えてみると、でも、メンバーそれぞれ「のみ」のものって、あればファンには喜ばれると思うんですけどどうでしょう。
 
 そんなアホな妄想を話したら、
「画面4分割で同時に見るのってどうですか?」
 と、後輩のSちゃんが提案してくれました。(こんなアホ話につきあってくれるやさしい子です)
 ——うーん、それだといずれも中途半端な感じがするんじゃないかなー。

 ToruさんとRyotaさんですが、——本当に私から見ると神様みたいな方々で;;
「音」のことももちろんですけども、なんであんなに動き回りながら演奏できるんだろう、と。
 音だけをじっと聞いていて、ふと目を見開いたときにそのようすが映ると、ある意味ぎょっとする(笑)

 今回は「火」を見たせいもあるんでしょうが、途中でおふたりを見ていて(たぶん Instrument で?)、ふと、
「赤い炎よりも、青い炎の方が温度は高い」
 ということを思い出していました。
 
 Takaさんにつきましては。
 これ、最初に拝見したときから思ってたんですけど、——今回つくづく、「ワームホールみたいだな」と。

 ワームホールというのは、異空間とつながる、(宇宙)空間のトンネルみたいなもの。
 
 Takaさんを見ていると、なにか、どこか、こことは違う空間とつながっているような、そういう感覚を覚えることがありまして。
 高次元の、エネルギーが高い場所とつながっていて、その声を通じてこの場所へエネルギーが流れ込んできている、そんな印象。
 多くの人が彼の歌によってはげましや前に進む力を得る、と言いますが、それ、ものの比喩とかじゃなくて、「ほんとうに」そうなんじゃないのかな。
 そういう高いエネルギー「そのもの」になれる人なんでは、と。
(寝言が本格化してきましたよ)

 生身の人間にあんまり大げさなことをいうものではないとは思いますが、でも、そういう妄想を引き起こされるくらいのものを感じる、ということで。(^^;)
 
 録画録音を見聞きしているだけでも、かほどに楽しめるわけですから、本当の「現場」はいいんだろうなと思いつつ、視聴を終了しました。

 そのあとは、へんに興奮して眠れなくなったのは昨日既述のとおり(笑)

       ●

 なにはなくとも、道中のご無事と充実した時間をお祈りしています。
 あ、あと、ご健康を。
  
 
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人事を、まず、尽くす
2014年10月28日 (火) | 編集 |
 エボラ出血熱の感染が疑われた日本人男性ですが、結局、非感染であると確認された由、まずはようございました。

 スペイン、フランスでも感染者がありましたが、やはり最近頻繁に耳にするのはアメリカ。
 医療従事者、関係者のみならず、とうとう、軍人さんまるごと隔離なんてこともやってるそうで。

 帰国した医療従事者は問答無用で、帰国してすぐ、21日間の隔離をすると言っていましたが、「人権の侵害」ということで反発も出たそうですね。

米NY・NJ州の「強制隔離」方針、一部に批判の声も
2014.10.26 Sun posted at 14:00 JST CNN.co.jp
http://www.cnn.co.jp/usa/35055673.html

 これでエボラが空気感染するタイプだったら、いまごろは、完っ全にパニックになっていたんだろうな〜。

 隔離方針への批判ですが、上記記事によりますと、

「国際医療支援団体、国境なき医師団(MSF)は声明で、両州が発表した指針には不明点が多いため、詳細の確認を急いでいると述べた。そのうえで、「西アフリカに手を差し伸べようとするボランティアの意欲をそぐ結果になることだけは避けたい」との立場を示した。」



 なるほどなと思います。
 危険、リスクというものには対応することは必要ですが、そのリスクを過大なものに「妄想」したあげく、不安と恐怖に負けて、自分がするべきこと、本来ならできることを投げ出すべきでもないんだろうな、と。

 この国境なき医師団の声明にも批判する向きは多そうですが、私としては、ある程度は支持したいと思います。
 無謀と勇気は異なるもの。
 専門家がリスク対策を講じるのは、自分たちのできること、すべきことを行うためである、ということは理解——承知しておきたい。
 恐怖に怯えてものかげに隠れ、自分がすべきことを放棄する。求められている場所から逃げ出す。
 これはこれで、「正しい」こととも思えませんので。

 人間は、なにごとかを行ったことへの後悔よりも、何もしなかったことへの後悔の念の方が強い、というのは、本当にそうなんじゃないかと思ってます。
 医療従事者を支援する意味でも、感染を可能な限り防ぐ手立ては考えるべきところでしょうね。
 一方で、こういうときは隔離には有効性もあるわけなんで、不自由ではありましょうが、隔離に協力するということも、医療関係者側には必要なことなのでは。

 てなことを、雑談でしゃべっておりましたら、——エボラ出血熱に自分が感染することを想定するとどうなのか、同じことを言えるのか? と言われましたが。
 ——人間は、なにをどうしたって、死ぬまでは生きてるよ。
 それが私の答えです。(^^;)

 もちろん対策も心がけも用心もする。もともと、石橋を叩いて壊すくらいの人間ですから、無謀なことにはいっさい賛成なんかしませんて。
 でも、生きるか死ぬかは最終的には、人間の意志だけでどうにかなることではない——と、どうもこう……、へんなふうに腹を決めたところはあるようです。

 死神を渇望するというのはイヤな経験ではありましたが、でもそのおかげで、私もそのへん、肚をくくったのかもしれませんね。

 まあ、人間生きてりゃいつかは死にますから、それまでの間に、できること、やるべきことがあるなら、可能な限りそれを行うつもりでいるほうが、後悔は少なめにできるんじゃないかと思ってます。
 
 
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代償には睡眠時間
2014年10月28日 (火) | 編集 |

 案の定、寝不足状態になってますよこんにちは。

 本日の寝不足は、深夜になってまでも録画を無理に見たからではなく、見ちゃったあとはなんか変なふうに興奮したらしくて、「眠いのに眠れない」状態におちいったため。


 放送時間が1時間半ということで、あれこれ端折られていたのは仕方がないんでしょうね。——「 Be the light」と「Heartache」、あとはアンコール部分まるごと、無し。

 そのへんは、でも、予想はしていたので、——がっかりしなかったといえば嘘でしょうが、でもまあ。なんとか。

 ただただ、なるほどライブはすごいなと思って見終わりました。
 個人的には、——アコースティック、いいなあと思いました。うっとりですね文字通り。
 純粋に音を楽しめる。そんな印象です。
 でもこれは——ライブならでは、かなあ。あれをあのまま録音となると、また話が違ってくる気も。

 で、見ていて思い出したのは。
 私はオフコースのファンでしたが、その昔、友達と話していて、
「ジローさんだけのビデオ(当時はDVD以前)が欲しいな」
 と言ったこと。

 大間ジローさんはオフコースのドラムでした。
 なにがどうとは説明できませんが、大間さんの演奏を見ているのがとにかく好きで、でも、コンサートを収めたビデオとかだと——なにしろステージ上を移動できませんから、あまり長時間は映っていない。
 それが残念でしょうがなくて、「ジローさんだけのビデオがあれば欲しい」と私は言ったんでした。友達はきょとんとしてましたけど。(^^;)

 そのことを思い出しました。Tomoyaさんのパフォーマンスを見ていて。
 これはもうそれこそ、 DVDの特典で付けてくれないかな、と。

 クラシックのコンサートでもパーカッションが気になってしょーがないというくらい、もともと打楽器が好きですが。
 ドラムなら無条件で見ていたいのかというとそうでもない。

 大間さん以来だとすると——20数年ぶりってことですね。(^^;)
 ずーっと演奏ぶりを見ていたいドラムというのは。

 どうもうまいこと言葉になりませんね、この感覚;;
 見ていたい、と感じるものを、説明できない。
 ようは好き嫌いの話でしかないんでしょうが、それにしても説明できない、言葉を持たない、ということがじれったいです自分で。
 
 いずれにしても、ONE OK ROCK さんというのは、ほんとにバランスがとれているんだなと思いました。
 楽しかったです。

 WOWOW、テニス以外にはあんまり見るものがなくて、解約しようかと考えてもいましたが、当分、見合わせます(笑)
 今回の放送では、音のバランスがどうなのかとも思うところもあったけど(他はいいんだけど、肝心のヴォーカルが;;)。
 この問題はなぜか、テレビ本体のスピーカーではなくヘッドフォンで聞いたら大丈夫でした。
 ——ヘッドフォンなら聞こえる、というのが、またちょっと不思議な現象でしたけど……。

 なんにしても、見れてよかったです。
 たとえ睡眠不足におちいったとしても。(^^;)

 bon voyage.
 
 
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ときめきの訳(わけ)
2014年10月27日 (月) | 編集 |
 今日もちょっとカテゴリー分けできず。
 ずるずるになってきた;;

       ●

 私も好きでお世話になっております、こんまりさんこと、近藤麻理恵さんのご著書、「人生がときめく片づけの魔法」、なんと、英語版も出てたんですね!

海外でも近藤麻理恵 『 人生がときめく片づけの魔法 』 が絶賛されてる件
2014/10/26 「誤訳御免Δ」様
http://goyaku.blog45.fc2.com/blog-entry-750.html

The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and OrganizingThe Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing
(2014/10/14)
Marie Kondo

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 The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing ですか〜。
 うーん。これだと「ときめき」が落ちちゃってますよ……。翻訳の難しいところですねえ。

人生がときめく片づけの魔法人生がときめく片づけの魔法
(2010/12/27)
近藤 麻理恵

商品詳細を見る


 私はこんまりさんのおっしゃることの最大のキモは、片付けることではなく、「ときめき」にあると思っているのです。
 片付けることよりも、自分のときめきをしっかりつかむ、という「感覚」のほうが、こんまりさん最大の特徴だと思うので、それが抜け落ちたら——ただのハウツーものみたいじゃないですかこの本;;

 上記エントリのコメントの中にも「ときめき」の意味をわかっていないものがありまして(未読なら仕方ないですが)、残念です。

 この場合のときめく感覚というのは、好き嫌いや、いっときの「都合」のことじゃないんですよね。
 本書を読めばわかるとおり、いわゆる「真我」などといわれるような、自分の深い場所にある感覚にコンタクトすることなんですよね。
 …なんていうと、スピリチュアルとかの話を嫌う人は、退散しちゃうのかな(笑)

 まあ、本を読んでどれかひとつでいいからやってごらんなさいまし、——と、おすすめしたいです。

 エゴというのはどうもろくなことをしないな、というのが私の近頃の感想なんですが、エゴを「自分」だと思っていると、人生を誤りますよ、と。

 エゴには本来、自分を守るという役目があるので、エゴを全否定する気は無いのですが、でも、あまりまともに付き合っていると、自分が本来持っている「善きもの」からどんどん切り離されてしまいます。
 嬉しいとか楽しいとか好きと思うこと、わくわくすること、というものをエゴは持たない。エゴの正体は不安と恐れですから、そんなところに嬉しい楽しいなんて感覚があるわけがない。

 いまの社会ではありとあらゆるところから、その不安と恐れを感じるように仕向けられるし(商売になりますからね)、それがみんな「当たり前」だと思い込んでいる。
 そういうなかでは、不安と恐れにつかまっているのが「常識」だと思い込まされるのですが、そうなると、本来自分が持っている、嬉しいとか楽しいとか好きとかいったもの——胸の高鳴る「ときめき」から、はるかに遠ざかることになります。

 これは現代人の「やまい」だと思ってます。

 かくいう私も最初は、まずは処分しやすい服とか鞄から取り掛かりましたが、それを手に持ってみて、胸に押し当てて——ときめきがあるかどうか、みようと思いましたが。
 ぜんぜんダメでした。

 いつのまにか、自分がほんとうには何を好きなのかさえ、わからなくなってる。
 そもそも、ときめき——心が軽くなる、楽しい、という感覚自体、思い出すのが難しい。思い出せない。自分の心がどれほどガチガチに硬くなっていることか。
 それを自覚するところから始まりました;;

 なにを見ても聞いても手に取っても何も感じない。
 胸の中がからっぽになってる。

 それを自覚したときは、そりゃもーショックでしたさ。(^^;)

 服一着を、残したいのか処分していいと思うのか、ときめくのかどうか、決めるのに1週間かかりました。
 ただひたすら、こんまりさんのおっしゃるとおりにその服を抱きしめるようにして持って、どんな「感覚」がやってくるのかをじーっと待ってました。

 たぶん、本書に登場するような、こんまりさんの依頼主さんたちは、私などよりはるかに心はやわらかだったんでしょう。あるいは、こんまりさんの指導が適切だったせいもあったかもしれません。
 あんなふうに、するすると自分の深い場所とコンタクトを取れる人は、「病」は軽症なんだと思います。(^^;)

 自分が何を好きなのかさえわからなくなっている(これを好きだと思っていても、それは、好きなはずだと思い込んでいるだけだったり、無意識に、誰かの思惑にしたがっているだけだったり。つまりは、ほんとうには、自分はそれを好きではない)人間にとっては、その、ときめきを思い出すこと自体が、たいそう時間のかかる難行なんですよね。

 でも、病も篤い現代人には、このときめきを思い出す、というのは、必要なことじゃないのかなと。
 この場合の「ときめき」って「浅い」もののことじゃないんだよね、と思いつつ、コメント欄を拝見しました。

 個人的にはとりあえず、英語版のタイトル、考え直したほうがいいような気がするなあ…。

       ●

 本当ならカテゴリーを分けてゆっくり書きたいところですが;;
 まだちゃんと見ていませんもので;;



 昨日は、やはり、放送時間にテレビの前に座ってなどいられませんでした。
 どーせそんなこったろうと思ってましたよ と思わずいじけた…。

 録画はしてあるので、なんとか今日は見るつも……、あ。
 ………今日も外出予定だわ……。
 そんなこと言ってたらいつ見られるのかわからない もう睡眠時間はナポレオンでいくしかないですかね。

 ともあれ、それでも昨日は、最初の20分くらいまでは粘って見ていたんですけども。
 ——なるほど、これは惚れ直しちゃうなあ。
 

「空席」。
 ちょっと意味深な感じ?
 なぜなんでしょう、なんだか泣きそうです;;
(というかちょっと泣いた;;)
 
 
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言うことが極端
2014年10月26日 (日) | 編集 |
 ただいまですー。
 2日がかりのボランティア活動から帰ってまいりました。
 今週は準備で、本番は来週。

 今回はちょっとこまごました仕事ということで、女性ばかりで集まっての作業でしたが——何時間か過ごしたところで、ふと、そこでむやみに和んでいる自分に気がつきました。
 やっぱり女の人っていいな〜。と。

 ………むかーしよりは私の男嫌いもだいぶマシになりましたが、……あの和んだ感覚。
 女子校に過剰に馴染んでしまった過去を思い出しました。
 あんまり女子校に馴染んでしまったので、これでは将来的にマズイのでは?(社会不適応になる可能性があるから)と自らいぶかって、あえて共学の学校を選んで進学したくらいでしたよそういえば。

 女性ばかりの環境にいる方が、なぜか落ち着くし、気持ちも和む。
 残念ながら、私はバイでもオンリーでもありませんけども。

(こうも男嫌いの女好きなのに、なぜ、セクシャリティはあくまでもストレートなんだろう、と、かなり本気で疑問に思ったことがあります)
(ここまできたら同性愛のほうが私は幸せなのでは? という話をすると、みんな——親きょうだい友人——黙っちゃうんですが…… (^^;))

       ●

 昔よりは男嫌いもマシになりました、とはいっても。
 それはしょせん、「マシ」になったのであって、健全なレベルでバランスを取れるようになったわけではない——と、思い知らせてくれるのが、一神教カルチャー。

 一神教は男性原理に基づいているので、もう、ドグマ以前の問題として、イヤでイヤで。
 そういうわけですから、一神教はどれも平等に嫌い。
 ではありますが、ことに、イスラムというのは、私から見ると最低最悪。

 ゆえに、「イスラム国」という名前は聞いただけで虫唾が走る。
 そもそもそのネーミングがダサすぎる——といったら怒られるでしょうか。

カナダ首相「議会銃乱射はテロ」
2014/10/23 11:23 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM23H0T_T21C14A0MM0000/

 アラブの春だなんて、寝言をいってんなよ、過去のいきさつを見れば、そんな民主化がどうこうなんて甘い夢を見ることも不可能なはずだろう、と、私は、主に欧米というあたりのメディアの論調には疑問を申しましたが。
2011年10月25日エントリ「独断と偏見で」

 人間としてのぎりぎりのラインを守れたのは、タリバン、アルカイダ、あたりが限界だったのかな、という感じがしています。
 イスラム国でも、ナイジェリアの「ボコ・ハラム」でも、もう、末期を通りすぎた印象です。もはや人間ですらない、と。
 
 どうにも私のもののいいようも、ずいぶんひどいものになってしまいます。
 馬鹿だというくらいならいいけど、基地外ではしょうがない。基地外にはそれでも人間としての良心があるけれども、もはや、それをすら、彼らは持たない。
 私が嫌いな「ネガティブな男性性」の、最悪の形には、人としての良心もない、知性など求めようもない。
 ただそこにあるのは暴力暴力暴力暴力。

 ……と思っていたら、意外な弱点があるんですね。話題としてはけっこう以前のものですが。

「イスラム国」脅かす女性兵組織
2014年08月20日10時01分 新華社ニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/9163956/
 
 勇敢なイスラムの戦士(笑)は、女性に殺されると天国に行けないんだそうです。
 それで、女性兵士からは逃げ回ることになるそうです。
 女性を殺すのは問題ないけど、女性に殺されるのはダメなんですね。
 …………へえ。(冷然)


 それでなくても、このイスラムの天国というのは、どー聞いても、「帰って来たヨッパライ」のアレなんで、どこまで真面目に聞いていい話なのか、かなり悩むレベルのもの。
 なにしろ、この世では厳格にお酒を禁止されているのが、天国へ行くと、おいしいお酒も飲み放題のうえ、きれいなおねえさんたちとで、お楽しみになれるんですと。
 それ、例の歌のとおりじゃないの? (^^;)

「帰って来たヨッパライ」(歌ネット)
http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=1240

 コーランによれば、このきれいなおねえさんたちは「永遠の処女」とのこと。その彼女らと楽しめるというのですが、そうなると処女というのは語義矛盾になるわけなんで——言葉、間違ってない? もしくは解釈がおかしいの? 翻訳が間違ってんの? と考えてしまいます。


 ああいうものと、日常、なんの関係も持たずに生きていられることを、私は心から感謝しております。
 ………でも、彼らの犠牲となっている人たちについて考えると……どうにも。
 ばからしいの一言ではすまされないことばかりですから。

 ……うーん。
 どうも今日は、イヤな話全開になってしまいました。ごめんなさい;;

       ●

 何が起こるかわからないのが人生とはいえ。
 私も、まさか、ひとさまの歯磨きを(15秒ほどとはいえ)凝視することになろうとは考えてもいませんでした(笑)
 
 あれはべつに、怒っていらっしゃるということではない……んでしょうね;;
 歯磨きまでもがS、という寸評をお見かけしましたが——そういうものなのかな???

 目を射るばかりの朝日は美しいですが、でももう、季節が変わったことがはっきりわかりますね。
 また公転軌道を半周するまで、あの柔らかな色彩の空とはしばしのお別れですねえ…。
 
 
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ごった煮
2014年10月25日 (土) | 編集 |
 今日、明日は、ちょこっとボランティア活動に参加。
 ということで、今日はまだいいんですが、明日はお休みになるかも。あるいは、更新時間が大幅に遅れるか。

 そんなわけで今日はもうカテゴリー分けもしないでそのままいっちゃいます。
 あとで時間ができたらまた分けるようにしよう;;

        ●

 今回ばかりはSNSのありがたさに脱帽。このタイムラグのなさときたら。



 それにしても——この動画ばかりではないのですが、ほんとにアチラのお客さんはにぎやかだなあ、と思います。
 盛り上がるのはいいんですけども、……盛り上がるあまりに、肝心の、いちばん聞きたいものが向こう側に霞んでいる感じになるのが、ちょっと悲しい………。(^^;)

 いやまあ、その場にいるなら気にならないことかもしれません。こちらはライブにいるわけではなくて「ネット動画を視聴」という状況だから、求めるものが違うというか。ね……。

 それで思い出したのは、ワンダイレクション One Direction の、日本公演(ワールドツアー ”Take Me Home Tour")のときの動画。

 アンコールとして、アカペラで「Story of My Life」を披露してくれたときのものだそうですが、……私が驚いたのはコメント欄のほうです。
 ハーモニーの美しさに感嘆するコメントに混ざって、「日本のファンはいいね」的コメントが、ちらほら見受けられるんですよね。

Story of My Life LIVE in Japan(YouTube)
http://youtu.be/7V78MtpWnu0


 日本のファンはだれも、叫んだり騒いだりせず、この美しいうたをじっと、敬意を込めて聞いている。と。

 ………うーん。
 そりゃ、こういう場合は静かに聞かないと聞こえないわけだから、当たり前なんじゃないの、と、そのときはそう思っただけでした。
 が。
 べつにリスペクトがないってことじゃないが、……ああなるほど、こうなるのがアチラの標準的な感じなのね、と思いました。

 「Story of My Life」のコメントでは、——お客さんが静かに聞いてくれるので、この動画を視聴する私(たち)にも、よく聞くことができて嬉しいというものもあったと思いますが——いまさらながら、なるほど。と。

 …………たしかに、そうしてもらえたら、動画視聴者としてはありがたさ100万倍だよね、と、今回は私もつくづく思ってます。(^^;)
 いえまあ、会場の盛り上がりや雰囲気はよくわかりますからこれはこれでいい。「2番目の記念すべき日」が2回あった気はしますが……気のせいでしょうきっと;;

 いいか悪いかの問題ではない、楽しみ方それぞれというだけのこと。
 そのへんは私も承知しております。はい。

 まあ、聞きにくかろうが音が向こうに霞んでいようが、名曲は名曲です。
 それでいいです。充分です。

        ●

 ゴロゴロしながら音楽を聞くうちに寝てしまったようで。
 そのうち、やけに体が重い(横になっているのに)ことに気がつき、「金縛り?!」と焦って目を開けたら、ご覧の通り……。
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 どいてくれ……。
IMG_0480.jpg

 生後3ヶ月くらいのとき、死にかけていたのを拾った仔です。
 これで2歳になっているんですけど、やっぱりまだ小さいですね。

 拾った当初は目が見えていませんでしたが、現在は、視野の欠けはあるようですが、なんとか見えているようです。
 
 野良さんなのに、この仔は人の膝にも乗るほど人懐こい。生来の飼い猫でも、人の膝には来ないという子もいるんで、猫の性格って面白いもんだなと思っていたのですが。
 ………人の寝入りを襲うのはやめれ。
 びっくりしたわ本気で;;
 
 
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無 題
2014年10月24日 (金) | 編集 |
 片付け物をしながら、居間でテレビを見ている母の背後を通り抜けるときにちらっと見ただけなんで、詳細はわからないのですが。
 番組欄を見ると「アウト×デラックス」というバラエティ番組だったようです。
 昨日は、東大教授という方がゲストで、そのかた、男性なんですけど、女装をしておいででして。
 それはもうまったく私にはどうということもないのですが、ふと聞きとがめたことが。

 その女装の先生にいろいろほかの出演者が質問をしていたようですが、ひとり女性が、「下着はどうしているのか」と質問したんですね。
 ちょっとそれ失礼でしょう、と、思わず足を止めてテレビを振り返ってしまいました。

 感心したのはその先生、ちゃんと「それはセクハラですね」と指摘なさって、ノーコメントで通したんですよね。
 それでいいと思います。
 というか、ああいう無礼な質問は、もうちょっとシメておくべきだったんじゃないかな。
 
 あれ、男性が女性に下着について質問していたらどうだったでしょう。もうちょっと、質問者はきついお叱りを受けていたのでは?
 自分がされれば怒ることを、なんで男性相手だと平気でやれちゃうのかな。
 どうもこういうのは、見苦しくていやだな。
 
 ああいう無礼千万なことをいわれる不快さは、たいていの女性はどこかで自分が経験していると思うんですけどねえ。わかっているはずでしょう——それがどれほど不快なことか。
 なのに、なぜ、そうも無神経な態度を取れるんだろう。

 ………人間はどうも、男女を問わず、異性というのを同じ人間扱いしないところがあるんですけど(であるにもかかわらず、都合のいいときだけ愛だの何だのいうからややこしいことになるんじゃないの?)、これも、そういう事例のひとつだな、と思いました。

 セクハラはセクハラだし、無礼なものは無礼です。
 見ていて愉快なものじゃない。
 そういう、無礼だったり不快だったりするのを、相手が異性だと「べつにいいじゃんそれくらい」になる、というのは、——どうもね。性別関係なく、見苦しいことだと感じる。

 もうしょうがないので、世の心ある男性諸氏に、こういう無礼な事例に行き当たったら、きっちり、セクハラならセクハラ、不快なら不快、と表明するようにお願いするしかないですねえ……。
 そんなんいちいち面倒、というのも、わかるんですけどね。(^^;)
 
 女性も男性も、そろそろ、どこかで、従来の価値観から抜け出すことが必要になってきているのではと思います。
 
 そういう意味で、その東大の先生はさすが、と思いました。
 感情的に「怒る」必要もないでしょうが、言うべきことはやはり言わないといけません。
 先生がきちんと、セクハラですと指摘のうえ、毅然とした態度で回答を拒否なさったのはよかったです。——ことの重大さが、質問者にどこまで通じたかはわかりませんが。

 そういえば、以前には、職場にヘソ出しの服装で出てきた同僚の女性に対し、「それは逆セクハラです」と指摘した男の子がいましたっけ。
 私はあとから話を聞いただけですが、思わず本人には、えらいぞ若者よ、と、妙な褒め方をしてしまいました(笑)。
 でも、それは私の本音。(^^;)
 彼にしてみれば、それも十分、勇気のいることだったでしょうから。

 わりと服装は自由にできる職業とはいえ、さすがに、ヘソ出しはありませんわ。
 ヘソ出しがいかんのじゃなくて、場所柄に合わないということ。プライベートのときならいくらでもどうぞ、ということですね。

 そういえば昨日は、なんですか不倫騒動のせいでしばらくお見かけしなくなっていた女性タレントさんが、復帰するとかしないとかでまた「小さな親切大きなお世話」コメントが世上あふれたようなんですけど。
 これももうなんだかねえ……。(^^;)
 あれが、男性タレントさんなら、ああまでも「干される」ことはないはずだ、というのは、たしかにそうでしょう。

 なんだかときどき——こういうのって、話を聞いているだけでみょーにガックリ疲れるんですけど、なんなんでしょうかね。
 なにかの幻想、思い込み、ご都合主義。
 それらを自分でみじんも疑わない、怠惰。

 もういいかげん、あきらめているつもりなんですが、やっぱり、たまに、ひどく癇に障ることがあります。(^^;)
 修行が足りないのかあきらめが足りないのか(笑)
 
 
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LIVE
2014年10月24日 (金) | 編集 |
 ふだんはSNSのデメリットばかりが目につくので、悪口ばっかり言っておりますが。
 でも、なるほどこういう使い方なら、ありがたいなあ。と。



 リアルタイムとまでは言いませんが、でも、それに近いくらいに「即時」で拝見できるというのはやっぱりすごいな、ありがたいな、嬉しいな、と。
 お客さん撮影によるものをあれこれ拝見していると、文明の利器のありがたさが実感となってじわじわくる。

 ただ、どうもお客さんの盛り上がりがすごすぎて、せっかくの動画も音がえっらいことになっていたことだけが残念。
 ——途中で(撮影していた)スマホが落ちたということでしたが……うん……あの状態だと、一時的にでもブラックアウトしたというのも納得できる(笑)

 はるか太平洋の向こう側のこと、ご参加のかたにうらやましいもなにもないだろうと思っていましたが、なまじ見聞きすると——やっぱりうらやましくなりますね。(^^;)

 ともあれ、皆様それぞれ、楽しくお過ごしになるのが一番だと思います。
 どうぞ最後まで楽しくお健やかに。
 
 うらやみつつ、太平洋ごしに(笑)祈ります。

 
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正直のありよう
2014年10月23日 (木) | 編集 |
 自覚がある、ということは、やっぱり大事かな。





 反対という立場をとる理由あるいは動機が、感情的な「嫌い」であるにもかかわらず、それを認めず、もっともらしい理屈で押し通そうとする。
 ——たしかに、これはだんだん苦しくなるでしょうね。

 じつのところ、自分の「嫌い」の強さについては子供の頃から罪悪感をひきずってきたので、なんとなく——勝手な解釈なんでしょうが、為末さんのこちらのツイートには、ちょっとほっとしたというか——、あ、それでもいいでしょうか、と思いまして。

 嫌い、ということでバッサリやっちゃうことがいいことだとは思いませんが、反対の理由が嫌いという感情であることを率直に認めることは——、その「嫌い」を隠して、あるいは他のことでもっともらしく「偽装」して他人様を責めるよりは、害は少なくて済む。
 そういうことでいいのかな。

 勝手な解釈だと言われるかもしれませんが、あ、そうなんだ、と、ちょっと肩の力を抜くことができた感じです。
 罪悪感はやっぱり重い。

 嫌いという感情の根っこは、何かに対して危険を感じている、ということだと思うんですよね。
 自分の安全をおびやかすもの。——そう見なしたとき、危険物は身から遠ざけようというのが本能ですから、嫌い、という感情を持つことで、危険を避けようとしている。

 親しい人間関係を長くもたせる要素として「嫌いなものの共有」を挙げた、そういうエッセイを読んだことがありまして。
 親しい友人との関係で考えますとたしかに——好きというものは、べつに共有しなくてもいい。あたしはあれが好きで、あんたはそれが好きなんだよね、で済む。
 でも、嫌いなものが共有できないと——話をするだけで互いに不快になるし、不満が積もれば喧嘩になり、最後には疎遠になっていく。

 嫌いという感情が、自分の身を危険から守るためのものだとすれば、「嫌い」を共有できない相手とは共同、協調の行動はとれなくなるというのは、無理もないことかもしれませんね。
 嫌いなものを押し付けてくる人というのは、ようは自分を危険に陥れようとしている人、ということになるわけですから、………まあ、そりゃ、いっしょにはいられないな;;

 ただ。
 そういうあたり、自分できっちり自覚していれば、あえてそれ以上の不要な攻撃をする必要もない、その判断はできるでしょう。
 自分の反対の理由が「嫌い」でしかないことが自分でわかっていれば、「危険とみなしたもの」が遠ざかっていればいいのだとわかる。なにも相手を殺す必要まではない、と。
 でも、感情に起因することを認めず、「自分は正しい。相手は《悪》。《悪》は滅ぼすべし」みたいなことになると、これは、無用のはずの攻撃をもたらすことなりそうですね。

 正義なんてもんは、相対的な価値でしかない。
 殺す必要のない人を殺す、そんな正義は、ほんとうには存在しない。
 正義とか正論とか、そんなもんにご威光があると信じている人はけっこう多いけど。

 正邪という判断も、かなりいいかげんなご都合主義だということを共有できると、ちょっとは世の中の様相も変わってきそうな気がする。
 なにもかも、絶対なんてものはない。人間のご都合にはとくに。

 私はともあれ、嫌いという感情の強さに自分でも辟易し、これはダメでしょ、と思い続けておりますが。
 少なくとも、その感情を持て余すあまり、「正義」なんてものを持ち出して自分を正当化しようとしないこと。
 それだけは気をつけていれば(まだ)いいのかなと思いました。

 罪悪感というのも、これはこれで、取扱注意の「危険物」ですので。
 嫌いは嫌いでしょうがないが、それがへんな「ウソ」を呼び込まないように。
 それができているなら、罪悪感まではもたなくてもいい——そう思えたら、ちょっと楽になれますね。

 それはそれとして。
 この記事↓ ——マジですか;; いやそんな激しい運動はしてないからいいけど。……逆効果って;;


 
          ●

 日付変更線があると、どうもときどき混乱します;;

 映画「インデペンデンス・デイ」(1996年)、作中、起死回生の作戦実行にあたり、我らが自衛隊にも決行日のお知らせがくるという場面、心配しました。
 ほんのワンカットですが、自衛隊の、たぶんえらい人(制服組)のところにお知らせが入るのですが、
「(作戦の決行日は)7月4日です」
 といったとき、
「日本時間じゃないですよね?!」
 と思わず心配に。(^^;)
 セリフ上ではそのへん、なんの説明もなかったので。
 日付変更線があるから、アメリカさんはこちらからすると1日遅れてんですけど大丈夫ですよね? わかってますよね? と。つい;;
 
 ………えーと;;

 時差のことはともあれ。
 楽しい時間でありますように。
 
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熱海の海岸散歩する
2014年10月22日 (水) | 編集 |
 10月はちょっとでいいから遊びに行きたいといっていたところ、本当にちょっとだけですが、温泉へいってきました。

 夕方にあちらについて朝早々には帰って来るような状態ですが、……で、今日も午後からは仕事ですが……いいんです。行って来れただけでも。

 毎度お世話になっております、熱海温泉「ホテルミクラス」、今回はハロウィンプランということで(……もうなんでもいいんだろうな、人を呼べそうなプランが銘打てれば;;)、お部屋にかぼちゃプリンのサービスが。
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 かぼちゃ風味、とかではなくて本当にかぼちゃの甘さがあって、おいしゅうございました。

 夕食まで中途半端に時間があったので、ホテル前の通り——サンビーチあたりを散歩。
 いままであの通りはまだまだ整備途中という感じでしたが、今回いったら、きれいになっていたので。

 部屋から見下ろすとこんな感じ。
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 いままでは窓から眺めているばかりだったところを、初めて歩いてみました。
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 犬のお散歩にきているという人が多かったです。ゆっくり歩けていいですよね。
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 芝生は養生中ということで、ベンチはあるのですが、目下のところは立ち入れず。来年の春には、芝も根付いてくれるでしょうか。

 いままで何度か来てはいても、サンビーチまで出たのは初めて。
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 ちょうど日没直前という時間帯で、きれいでした。
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 瀬音というのもいいものですが、でも、個人的には波の音のほうが気持ちが落ち着きます。
 ……動画も撮ってみたのですが、アップロードの仕方がわからない。というか、アップロードできるのかな? まあ、できそうでしたらまた追記ってことで。

 そんなわけで本日は遊び疲れのためこのへんで。(^^;)
 いえちゃんと寝てきたんですけど、朝風呂はいりたさにふだんより早起きしたために、いまごろになって眠くなってまして;;

 そんなわけで本日はこれにて。m(_ _)m

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        ●

 これほど、カッコイイと可愛いとで同等比の人もないだろうなと思い。
 いろいろ考えているんですけれど、なかなか適切な言葉もしくは表現が思いつかない……。
 adorable というのをみたときは、ああなるほどと思いましたが、横文字で間に合わせるというのは、こちらとしては面白くないし。

 ただ、これは言えると思うのは、——目で殺す、とはこういうことなんだろうなと。
 心臓がもたない感じです……か。(^^;)
 罪作りともいう。(かもしれない)

 とりあえず、スペイン語知りませんといいつつ、「 Te amo 」がわかったのはなんでだろう;;
 
 
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