時代の片隅で

 世の中、図々しい人のほうが勝ちだとは思うんですが、しかし、じゃあ自分があのようにしたいのかと言われると、それもちょっとなー。(^^;)

 昨日はそういうわけでお出かけしておりました。
 とあるお店で買い物をしたのですが、ここのレジで、その「ちょっとなー」がありまして。

 レジは2台ありましたが、お昼時のことで店内は混んでおりました。
 人でいっぱいになっているうえ、出入り口付近ですから、出る人、入ってくる人ありで、そういう人のためにスペースを空けておく必要もあり、レジ待ちの列は、列のような、そうでないような状態で、ちょっとばらけ気味ではありました。
 
 ということで、私の目の前に、ご年配の——そうですねえ、70歳代くらいでしょうか、ご婦人が割り込んできまして。
 わざと割り込んできたというよりも、列がばらけているのでちょっとわかりにくかったから、という感じではありました。

 まあご年配の方ですから、いちいち「最後尾はアチラ」というほどのことでもないかと思って、そのままおとなしくしておりました。
 私の後ろにも人がずらっと並んでいたらそういうわけにもいきませんが、そのときには私が最後尾になっていたので、ま、いいか、と。

 ただ買い物をして、お会計をして、おつりをもらうというだけの行動ですが、そのご婦人の場合、なにかこう、しぐさがいちいち破壊的な感じだったというのが面白いところ。がさつといえばがさつですが、割り込まれたときもそうでしたが、「余裕がなさすぎて、周囲のことにも自分の仕草にも、気を配れない」感じ。

 お年のこともありますし(これをあんまり言うと怒られるでしょうね。(^^;))、まあ、そんなもんかなと思って後ろから眺めていたのですが。
 そのご婦人、やはりあたふたと余裕のないしぐさで、受け取ったおつりを財布に入れながら、店員さんにひとこと。
「レシート捨てといて」

 は? と思った瞬間には、そのご婦人はあたふたと、店内に入ってくる人に体当たりするようにしてかき分けながら、外へ向かっていました。
 店員さんは、レシート捨てといてと言われてハイとは返事をしていたものの、レジのなかの整理にちょっと手間取ってました。
 どうぞと声をかけてもらったので、私も自分の買い物かごを台のうえにおかせてもらいましたが、私がそのレシートをとって、「レシートがご不要の方はこちらへ」という箱へ入れておきました。
 が、思わず、
「すげーな…」
 とひとりごとが漏れてしまいました。(^^;)

 なんだかねえ。
 レシート捨てといて、って、自分がやりゃあいいじゃん。と、つい、思ってしまいまして。

 その人のその言い方が、いかにもこう、人をアゴで使うのに慣れている感じがしまして。
 それがなんとなく、カチンときたんですね私。

 割り込みをされたことは私がとろかっただけですが、……店員さんを奴隷かなんかだと思っているような、自分の手を動かす代わりに他人をアゴで使って、しかもなおかつ、ありがとうでもなければごめんなさいでもない、というあたりに、
「すげえな」
 という感想を持ちました。

 とはいえ。
 ……こういうのをお里が知れるってんですよねえ、つい「すげえ」という言い方をしてしまった自分を反省。
 せめて「すごい」と言いましょう。と、自分で自分に(内心で)ツッコミ。

 ふだんの態度が、ああいうときって、つい、ぽろっと出ちゃいますよね〜。(^^;)
 かしこまったときだけカッコつけてりゃいい、ってわけには、やはりいかんのだなと思いました。

        ●

 昨夜の「日本・ベトナム国交樹立40周年スペシャルドラマ The Partner 〜愛しき百年の友へ〜」を見ました。
 例によって途中で風呂に入ったりしてましたが、だいたい、ちゃんと見たと思います。(……「思います」??)

 明治維新のざっと20年まえに、ベトナムは(簡単に言えば)フランスに攻め込まれ、当時は清の配下にあったものが「清から独立させられて」フランスの支配下に。
 ……ようは、フランスはベトナムを、清から「かっぱらった」わけですね。(--;)

 最初にドラマ中で、浅羽佐喜太郎公紀念碑の、ネット検索画像がちらっと映ったとき、「袋井市」という文字が見えたので、「え、静岡県?」とびっくりしました。

 聞けば、浅羽佐喜太郎さんが当時いらしたのは国府津(こうづ)。ドラマ中にもちらりと出ましたように、病気の療養を兼ねてかの地にいた、ということのようです。

 当時の日本政府が、フランスと国交関係を結んだために、ファンと浅羽の友誼というものも、なかなか世の中には広く伝わらなかったというのは無理もないのでしょうが、——それでも、ちゃんと地元、関係各所では、お話が残っているというあたり、故人のことを思えば、よかったなと思います。

 ドラマを見ている最中だというのについ気になってしまい、途中でベトナムのことを思わず検索してしまいました。(^^;)

 ものすごーくおおざっぱなところは聞いていたのですが、あらためて話を聞いてみますと、本当にベトナムの歴史というのは苦難に次ぐ苦難ですね。
 今回ドラマの主人公となった、ファン・ボイ・チャウは、ベトナムの独立は見ないまま、1940年に没し(あら。真珠湾攻撃の同年だ)——彼亡き後のベトナム自身は、いっときは日本の後援もあってフランスから独立したものの、1945年の終戦後、またのこのこと戻ってきたフランスと交戦、それがおさまるのかと思ったら、今度は(諸事情あって)アメリカによる北爆へなだれこみ、ベトナム戦争(1960-1975)ですもんねえ……。

 また、その諸事情というのが、ざっと聞いただけでもかなり複雑。なるほどこれは大変だ、と思いました。
 なるほど、海に囲まれた日本は恵まれているのだと、つくづく思いました。

 もちろん、日本だって、列強の植民地になっていても不思議ではなかったわけですけども。

 なんで日本の隣って、あんなのとかそんなのとかなんだろう、なんの嫌がらせだよ、と思うのはしょっちゅうですが、——ネットで有名なジョークだそうですが、日本があまりにもいい国すぎて、あれじゃあ不公平だと言われた神様が、
「大丈夫、となりに朝鮮をおいたから」
 と言ったというお話、あながち、間違いでもないのかもなと思いました。

 こういうベトナムの苦難に比べたら、朝鮮にストーカーされるくらい対応できるはず……と思わなければ(苦苦苦;;)

 もちろん、昨夜のものはドラマですから、史実とはあれこれ異なるところもあるでしょうが、でも、「へー。そうなんだ!」という驚きはありました。
 こういうことを互いに知ることで、それこそ、善隣外交の礎石となっていくといいですよね。

浅羽佐喜太郎公紀念碑と潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)
袋井市議会議員 寺田守 オフィシャルサイト
http://www.mamoru-t.net/index.html

浅羽ベトナム友好85周年記念行事のご案内
http://www.asaba.or.jp/machiokosi/vietnam/index.htm

 
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本日おやすみ

 本日おでかけのため、お休みです。m(_ _)m

 いきなり冷え込んで、ちょっと風邪っぽい気がする。
 やっぱり、寒いよりは暑いほうがいいかなと思いますが、今年の夏はいかんせん、あまりにも殺人的だったので、さすがの私もその言葉を飲み込みます。(^^;)

 とはいえ、去年の冬もかなりのもんだったのが、今年の冬も寒さ厳しいという予報が気象庁から出されまして。
 季節性うつを抱える私としては、これから冬になると考えただけで、抑うつ状態になれます。
 
 そういえば、宝くじ(ロトシックスでしたか)のCMで、「おまえの夢は金で買えるのか」と柳葉敏郎さんが言っていましたが、私のこの夢は確実に、お金で買えます。(きっぱり)
 すなわち、11月〜4月上旬まで、あたたかい南の島に滞在する。
 これが私の夢(のひとつ)でございます。

 夢と言えばもっと精神性のあるもの、というイメージですが、お金があればあっさり実現、精神性は関係なし——そういう「夢」もありますよね。(^^;)

 そんな夢は夢としつつ。

 昨夜はこちらの動画を見ておりました。

字幕【テキサス親父】日本の旭日旗が韓国ではナチスの旗扱いだって? - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=66Nqv5WB_78



 そりゃあ、どこの国でも、たいていは、隣の国とは仲が悪いものだったりしますが、日本はもうね。
 アレやアレが隣だなんて、なんの罰ゲーム………いえ、嫌がらせなんでございましょうね。(^^;)

 
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物言えば唇寒し秋の風

 私にはこれ、本気で言っているとはとても信じがたいのですが……。
 どこまで本気でいってんだろ?::

なぜ嫌いですか
2013/9/27付日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGKDZO60257060X20C13A9PP8000/

 私は日経の紙のほうを購読しているので、そちらで読みましたが、そもそも見出しを見ただけで「はあ?!」でした。
 民主党さんが、なんでこんなに自分たちは嫌われているのかという「世論調査」を考えているというお話。

「なぜ」ですと? 
 
 いや……そもそも、ここで好き嫌いという「軸」を持ってくるほうが間違っているというか、幼稚というか、それは政治家が語ることじゃないというか。

 好き嫌いではなく、自分たちが支持されないのはなぜかということを考えないと、私のようないわゆる無党派を取り込むことはできませんよ。無党派というのはつまるところは「是々非々」派なので——なにをもって是とし、何を非とするかはそれぞれ違うでしょうが——、好き嫌いという軸を持ってくるだけで、「うわあ、政治家失格」と思っちゃいます。

 というか、なぜ支持されないか、ほんっっっとに、わからないんだろうか?
 本気で言ってるんだろうか?

 自分たちがどちらを向いて、誰のために、どんなことをしたのか、しようとしてきたのか、しようとしているのか、本当に自覚がないのか?
 それとも、自覚はあっても「私たちは正しい。支持されて当然」だと思い込んでいるから、支持されないことが不思議でならず、それで、
「あっ、もしかして、(正しいかどうかではなく)嫌われてるの?」
 と思ってしまったのか。

 なんにしても、イタマがアタイ( (C) 小松左京)です……。

 権力者、権力に携わる人というのは基本的には「嫌われ者」なんですよ。どの組織、どういう国、どれほどの大きさの組織であるかに関わらず。

 権力者が、市民から「好かれる」ようだとちょっとアブナイんです。
 権力者は、嫌われているくらいでちょうどいいんです。
(日本のマスコミは、反権力ではなく、反日なので、あれはあれで健全性を欠きますけど)

 嫌われている権力者でも、まともな政治をするなら支持されます。
 政治権力というのはそういうものですよ。

 権力者が、人から好かれたいなんて思って、大衆のごきげんをとるようになったら終わりですよ。

 人に好かれようなどという、小市民の感覚でものごとに当たってもらったら困る。
 人に好かれよう、嫌われないようにしよう、と、そういうことを思考や行動の基準にしている人間が、最終的には破滅するのと同じで、そんなことを基準にして考えて行動していたら、そりゃあ国が傾きもするわ。

 権力者は人々から好かれないのが基本。嫌われているのが前提。
 でも、支持はされる(ことはある)。

 ………なんでこんなことをいちいち言わなきゃならんのかな、と、ふと我に返ると、気が遠くなりますね。(^^;)
 なるほどこれが朝鮮人クウォリティなんでしょうかねー。

 ともあれ、その朝鮮クウォリティの発想では、善隣外交というのは、相手の言うことをへーへー聞いていればいいんだということになるようですが。
 そういうことしか考えられない民主党の皆様に、「なぜ嫌いなの?」という質問への回答としても、下記マキアヴェッリの言葉を申し上げます。




 謙譲というのはじつはけっこう実現が難しい、高度な精神状態なんであって、民主党のご面々に実現できることではないので、これはあくまでも「参考意見」です。民主党のやり方が謙譲の精神に基づくという意味では金輪際ありません。

 彼らのやっていることは、ただの阿諛追従(あゆついしょう)でしかない。

 弱きには尊大にふるまい暴虐の限りを尽くし、強きには卑屈になり、相手の足を舐め回して媚びへつらう。

 ——これを嫌うなと言われても、困りますけどねえ。
 まして、自分たちがそうであるだけでは飽き足らず、他人にまでその態度を強要するとあっては。

         ●




 為末さんのツイートを拝見していて、この体罰問題についても思うことがいろいろありますが。

 いまは、その内容よりも、為末さんに絡んでくる人々の主張のほうが気になっております。

 あいかわらず、為末さんの主張をきちんと読めていない人がいるのが、どうもなー、という感じですが、さらに気になるのは——これ、毎度毎度、拝見するご意見ですが、
「有名人で、フォロワーも大勢いる人は、世の中に影響力があるんだから、へんなことを言うな」
 というのですね。

 へんなことというのは何のことはない、その人とは違う意見を言うな、ということになるんですが(最終的には)。

 そりゃあね、オピニオンリーダーという人は世の中にはけっこういますし、そう言われるからにはある程度の影響力はあるでしょうが……こういっちゃなんだが、いまどき、リーダーとなっている論客(ろんかく)ひとりが言ったことで、世の中の意見ががらっと変わるなんてことは、あり得ないでしょう。

 有名人はそれでなくても、私から見ると、ずいぶん、発言内容はすでに制約を受けているし、ご自身でも制約なり、自分なりの「規則」を設けて、かなり自制的にしているんですよね。

 あちらこちらに気を配るのもたいへんだなーと思って見ているわけですが。

 それでも、配慮というものはしていつつも、「何を言いたいか」くらいは、言ってもいいんじゃないでしょうかね?

 影響力があるんだから、そんな「へんな」ことを言うな、というのは、よくわからない。

 失礼な言い方に聞こえるでしょうが、為末さんおひとりの意見で、世の中がどこまで影響されて動くものでしょう?

 結局こういうことを言っちゃう人って、自分がものすごく影響されやすいんだろうなと推測しますが、いかがなもんでしょう。
 
 ま、それは、迂闊な一言で市場の動きが変わってしまう、FRB議長みたいな人なら、イエスノーさえ、なかなか言えないということはあるし、それはそれでわかりますが。

「議論の場」で、有名人はへんなことをいうな、自分の意見をいうな、当たり障りのないことを言っていろというのは、どうなんでしょうかね。
 
 ………こういう人は自分とは違う意見とか気に入らない意見を見ると、すごく不安になるのかな、と思いました。
 不安になり、脅かされていると感じるんでしょうか。
 そういうことなら、言論というものには触れないことが、まず、自分の精神衛生のためになると思うので、読まない・聞かない・触れない、とようにすればいいのでは。

 最初は「有名人はへんなことをいうな」って、ずいぶん横暴なことを言うなーと思っていたのですが、多少、世の中の意見がわかれているような話題になると、必ずと言っていいほどこういうご意見が寄せられるのを見ているうちに、
「横暴なんじゃなくて、怖いのか」
 と思うようになりました。

 そんなに怖がることはないですよと申し上げたいと思います。
 日本は、言論の自由はたしかに守られている国ですから。
(守られすぎてて頭にきているところはありますけどね確かに;;)

 ヴォルテールの言葉はご存知でしょう。

「君の意見に賛成できないが、君が意見を述べる権利は死んでも守る。」



私はヴォルテールほどには覚悟がありませんが、でもまあ、そういう態度は、自分の意見にも他人さまに対するときも、必要だと思っております。
 
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愛はなく、怒りもなく

 外出したついでに、コーヒーを買ってきました。

 TULLY'S COFFEEさんのコーヒがお気に入りです。
 もとはアメリカ発のコーヒーショップチェーンですが、あれはいつごろでしょうかね、日本においては、商標権、焙煎権ふくめて買い取って、あちらとは別会社になっているそうです。
 同じようなアメリカ発コーヒーショップの日本における販売については、豆は一括してアメリカの本社が買って、それを日本に輸入して販売しているのにたいし、日本のTULLY'S COFFEEさんは「焙煎権」を持っているため、豆を輸入し、その焙煎は日本において行っている。

 というわけで、——それほど大きな違いがあるわけでもないでしょうが、それでも、アメリカで一括して大量に処理された豆で淹れるコーヒーよりは、もーちょっと繊細に対応できるところが、TULLY'S COFFEEさんの強みでしょうか。

 うちの地元にはスタバはないので(……あ。名前を書いちゃった)、あまり比較もできませんが、ともあれ、TULLY'S COFFEEさんのものが、いまのところはお気に入りです。

 自宅で自分で飲むコーヒーも、TULLY'S COFFEEさんで購入し、お店で、ペーパーフィルター用に挽いてもらいます。
 あれこれといろんなブレンドを飲み比べるのも楽しいですが、うちの親のお気に入りは、もっぱら、「ピッコロバンビーノ」というブレンドです。
 以前にはこれは、価格に寄付金がついていたと思うのですが——WFPかなにか——、いまは違うのかな。

 私はフルボディの、味ががつんと強めのものでも、酸味の強いものでも、ごくライトなものでも、美味しいんだったらなんでもござれの節操無しですが、うちの母は、酸味はあまりなく、ライトボディのもので、味そのものよりは、香りを楽しみたいタイプのようです。

 タリーズさんのモカジャバというブレンドは、ミディアムボディくらいだと思うのですが、これでも「重い」と母が申しますので、結局、この、やさしい味わいの、名前のイメージどおりの「ピッコロバンビーノ」(たぶん、直訳すると『小さい子供』)になっちゃいますね。(^^;)
 でも、やさしい味わいと口当たりなので、イチゴショートケーキなどにはほんとによく合うコーヒーです。

 ということで、また豆を挽いてもらってきたのですが、ただいまキャンペーン中とのことで、スクラッチくじがついてきました。

タリーズ/ スクラッチキャンペーン| Beans Thankx Month
期間:2013/9/20〜10/31

http://www.tullys.co.jp/cpn/beansthanks2013/scratch/index.html

 福引きをしても、まあ、たいていはポケットティッシュくらいで終わる私は、このスクラッチくじ、3等といわれたときは、そんなもんだろうなと思いましたが、この3等、「2名様以上4名様までのご来店で、お好きなドリンク(トールサイズまで)が50%オフ」というチケットなんですよ……!
 わ、嬉しい! と思いまして。(^^)

(私のくじ運がどんなものかを思えば、はずれ、じゃなくてちゃんと3等当選というだけでも、すばらしいと言える)

 可愛いテディベアもマグカップもお菓子もいいんですが、やはり、ドリンク半額というのがいちばん嬉しいです。けっこうちょこちょこと飲みにいくので。
 2〜4名様まで、トールサイズまで、なら余裕。ふだんはショートばっかりですし。(あんまり大量にコーヒーをがぶ飲みするタイプでもない;;)

 3等でよかった! と思うというのもあんまりないことかもしれませんが。
 やった! これはついてる! と嬉しがっております。(^^)
 ありがたやありがたや。(-人-)

       ●

 プロ野球、楽天ゴールデンイーグルス、初のリーグ優勝、おめでとうございます。(^^)
 創設以来9年で初優勝というのはすごいですよねえ。
 震災を機に、かえって強くなっていった印象があります。
 おめでとうございました。 (^^)

       ●

 ………最近私も、どうもなにかがプチッと切れた感じでして……。
 韓国が何を言おうと、なにを聞かされようとも、すべて、
「うるせえ」
 と一言つぶやいて終わるようになってしまいました。
 もちろん、この件↓についても。

朝日新聞社旗を掲げると逮捕? 海上自衛隊の寄航は? 韓国「旭日旗法案」、日本にどんな影響があるのか
2013/9/26 19:42
http://www.j-cast.com/2013/09/26184770.html

 もとから韓国・朝鮮嫌いで、嫌いと言い出してから30年、昨日今日の嫌韓派じゃありませんから、愛想も小想も尽き果てるという言い方は当てはまらないはずなんですが、でも、そんな感じだな。
 もはやいちいち怒る気にもならない。

 怒るというのは人間を相手にしたときの感情である。——そんな感じがする。

 もちろん、怒らない=その愚行を見逃す、ということではありません。
 いまさら怒りゃしないが、見逃すことも配慮もしない。

 ゆえに、怒るとしたら、ああいう気狂いにまともにつきあおうとする日本人に対して、です。韓国についてはもはや怒りもない。ただうるせえと吐き捨てるだけ。
 くるところまで来たというよりも、それをすら通り越しちゃったようです。

  
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願い下げ

「噴飯もの」=腹立たしい? 半数が誤用 国語調査
2013/9/24 19:26 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2402K_U3A920C1CR8000/

 あー。あるある。
 とうなずきつつ、個人的にはこちら↓の記事のほうが、そうなんだよーと共感できるものでした……。
 嗚呼、バベル。

「言いたいこと伝わらない」6割が経験 国語調査
2013/9/24 19:27 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2402I_U3A920C1CR8000/

「エホバくだりて、かの人々の建つる街と塔を見たまえり。いざ我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。ゆえにその名は、バベルと呼ばる」


(拙訳:エホバは地上へおくだりになり、かの人々が建てた町と塔をご覧になった。さあ、我らはあの場所へ赴き、彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしてやろう(とおっしゃった)。ゆえに、その塔はバベル(=混乱)と呼ばれる。)

 というのは、押井守監督の、映画「機動警察パトレイバー 劇場版」に登場して、これが非常に印象深いんですが。
「ゆえにバベルと呼ばれる」
 と、ぽんと言われてもよくわかりませんのでちと調べました。
 バベルというのは、アッカド語で「神の門」とも言われますが、旧約聖書(ヘブライ語)では「混乱」の意味になるそうです。なるほど。

 私もたびたび書いておりますが、ほんとにもう、あまりに意外な意味をのせて言葉を喋られると「は?」「え?!」の連続になって、なかなか、話の意味を汲みあげるのにも、骨が折れますね。

「気が置けない」というのを反対の意味で使われて一瞬あせったり、「お門違い」を、意味が違うとまではいわないが、この言葉が持っているニュアンス——多くは非難するときに使われる言葉なので、ちょっと攻撃的なニュアンス——を理解していないで使用され、思わず「なんだと?!」となりかけたこともあったりとか。(^^;)

 あと、これはまあしょうがないんだとは思いますが、中学生のとき、クラスの連中のくだらない「いじめ」企画——ある子をターゲットにしてその子を「ハチにする(=村八分にする、から。無視のこと)」というありがちなやつね——への参加を断ったところ、
「お前もハチにされるぞ」
 と脅迫されまして。
 ふざけんなこの野郎、と思い、
「ああけっこうだね——こっちから願い下げなんだよ」
 と啖呵を切ったんですが……、そのクソガキどもが、一瞬、きょとんとした顔をしたのには、がっかりでした。

 願い下げ、という意味がわからなかったようです。

 せっかくカッコつけて啖呵切ったのに〜。(^^;)

 あれは、もう少し言葉を足して、
「あんたらとつきあうなんざ、こっちから願い下げなんだよ」
 と、言ってあげればよかったのかもしれません。これなら、なんとなく、「誰がてめえらみたいなのとつきあうか。こっちからお断りだ」と言われたのだと、ぼんやりとでも、伝わったんじゃないかな〜。
 私も未熟でした。(反省はそっちか;;)

 いまどきは、若い者がじゃない、いい大人どもがこの程度であることが、なにより問題なんじゃないかなと思ってます。
 若い人がなにかと間違うのはしょうがない、というより「当たり前」なのですが、そういうとき、「ほら、あの人みたいにしてさ。あの人をお手本にして、あの人の言うことを聞いててごらんよ」といって、指し示すべき、お手本が存在しないのが現状なんですよね。
 
 幼い人、若い人が間違うのは当然です。
 問題は、そういう人たちを教育指導する層が、事実上、「無い」こと。

 若い人に教育をほどこす、お手本になってくれる、そういう人がいない。
 こっちのほうがよほど危機的だと思うんですがねえ……。

 まあ、そういったわけなので。お若い方。
 日本語の基本はやはり古典にあるので、古典と、また、「現代日本語の古典」である、明治〜大正の、文豪と言われる人の作品を読み込んでください。
 
 今の世の中にはお手本はないかもしれないが、本の中には追いかけきれないほど存在するので。
 よろしくお願いします。

 先日も、——えーと、スッポンのなんとか、という栄養補助食品のCMで、最初は私も聞き流していたんだけれども、思わず、あまりにも耳と脳みそに抵抗があって、「は?!」とテレビを振り返ってしまいました。

 ものがスッポンですから、そのサプリメントの目的は強壮、てことですね。
「若い人に気後れしたくない方」
 にどうぞと言ったんですよね……。

 若い人に気後れしたくない。

 ——意味通じますかこれ。

 気後れ、というのは怖じ気づく、という意味なんですが。

きおくれ02【気後れ】
(名)スル
(恐れや恥ずかしさから)心がひるむこと。「大勢の観衆の前で―する」



 若い人に気後れする……?

 まあ、そういう人もいるかもしれませんが、なんで、若い人に対して「怖じ気づく」「怯む」必要があるんでしょう? それはどんな場面?

 と、しばし考えたあと、
「ようは、若い人には負けたくない、ってことだよね?」
 
 気後れ……、気後れかあ。
 やっぱり違うんじゃないかなあ。若い人をみて、なんでびくびく、ドキドキ、おどおどしなけりゃならんのだ。

 もうさ、日本語がよくわからないんだったらさ、凝った言い回しをしようなんて衒(てら)いや色気は捨てて、素直に「わかりやすい」ように、そのことだけに集中したらどうだろう。

 新聞記事の見出しもひどいしなあ。ネットのほうは言うに及ばずってことで。

 ことほどさように、今の世の中は、若い人の手本になるべきところがすでに崩壊しているので、もう、どうしようもない。

 それでも、意味を違って解釈し合う同士が喋ることで、絶望的なディスコミュニケーション、バベルになってもらっても困るので。

 正しい日本語なんかない、言葉は変化する、なんていう屁理屈は捨てて、できるだけ、「正しい」意味は何かを探りながら、読み書きと、聞き取りとスピーチを心がけるしかないんじゃないでしょうか。

 だいたい、「正しい」なんてことはない、と言うヤツに限って日本語がアレだったりするから、なお頭にくるんですよ、個人的には。(^^;)
 たしかな教養がある人が、言葉の歴史というものを見据えていうのとは、意味が全然違ってくるので。

 これ以上バベルが進行しないようにひそかに願っております。
 
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単なる愚痴でごめんなさい

 JR東海さんの、EX予約を私も利用させてもらっていますが(法人会員)、もとから、東日本に比べるとサービスが悪い、融通が利かない、と思っていたんですけども。
 ここらでなおいっそう、不便になるので、「こういうカードを申し込んでいる意味はあるだろうか」と、ちょっと悩んでいるところです。

 いままでは、こちらのEX予約をネットで申し込めるのはたいへん便利でありがたかったのですが、なんと、来たる10月18日をもって、乗車券の販売はしなくなるというのですね。

 これまでは新幹線の指定席特急券を申し込むと同時に、乗車券も購入できていたのですが、乗車券は、自分でその都度、駅で買え、ということになりました。

 ネットから申し込んでおき、時間があるときに駅によって切符を受け取り、当日は、駅に着いたらそのまま改札を通過ということができていたのに、これからは、とにかくいちいち駅で乗車券を買わなきゃならんのです。
 ドタバタと駅へ駆け込むことがある私としては、けっこう、考えると血の気が引く思いが致します。

 ICカードというのも発行されておりまして、こちらは、まあSuicaなどと同じですね、予約をしておけば、当日は、改札のところでピピッとカードを認識してもらえばそのまま通過ができる。
 こちらには乗車券の機能(?)も含まれているので、ICカードを使えば、乗車券をいちいち別個に買う必要はありませんが、ICの場合は、複数人分は使えません。

 何人かで出張するので、カード1枚で切符を複数購入する、というようなことが、ICカードではできないんですね。まあ、当たり前かもしれないけども。

 ということで、私ひとりが移動するときはICカードを使えばいいから不都合はありませんが、たまに、ほかの人といっしょに出かけるというときは、人数の指定席特急券を予約できるが、乗車券はあくまでも、駅で買わねばならないことになります。

 ………だんだんユーザーに対して便利になっていくならわかるが、だんだん不便になっていくというのはどういうことなのか?

 で、なぜ、乗車券の扱いをやめるか、ということについてなんですが。
 その理由については、SuicaなどのICカード乗車券が普及したことにくわえ、

「現在、エクスプレス予約では「e特急券」購入時に同時に乗車券(e特急券と同一区間、割引なし)をご購入いただけるようにしておりますが、「e特急券」をご購入される場合、新幹線と在来線をお乗継のため、乗車券はJR線のご乗車前に指定席券売機や窓口で別にご購入いただくケースが多くなっております。」



 つまり、これまで販売されていた乗車券というのは、たとえば私が、静岡←→新大阪で新幹線を使うとしたら、乗車券もまた、静岡←→新大阪のみ。
 新大阪は在来線から外れているので、結局、目的の駅までの乗車券は買い直すとか清算するとかが必要になります。
 特急券はEX予約で買って、乗車券は自分で駅で買う、というユーザーがけっこういる、ということですね。
 つまり、乗車券の利用者があんまりいない(見込みほどには)ということなんでしょう。

 が。
 
 それで、なんでいきなり「そんなら乗車券は扱いません」になるのかがわかりません。
 むしろ、私も、「乗車券は目的駅まで買えるようになるといいのにな」と思っていたので、「利用者の利便性向上のため、乗車券を、もっと柔軟に扱う」方向に考えてくれてもいいんじゃないか、と思います。

 利用者が少ないから、利用してもらえるように柔軟に運用しよう、ではなく、利用者が少ないからやめるわ、という、その発想がすごいと思う。

 私は新幹線駅同区間の乗車券でほとんど用事が間に合うため、つねに特急券+乗車券で購入していたので、じつに不便なことになります。
 ユーザーフレンドリーにするどころか、かえってサービスが悪くなるって………。

 回数券預かりサービスもなくなるし。
 ………EX予約に登録している意味、あるのかな?

 指定席を求めるくらいの遠出というのは、年に何回もあることじゃないし、東京へ行くときはもっぱら回数券だし。
 会費に見合うお得が、私にあるんだろうか。

 指定席特急券を使う機会が年に何回あるか。すべてはここにかかっているということになりますね。
 しかも、ひとりで行くときならいいが、同僚と同行というときはICカードは使えないんだから、ホントに、——どれくらい意味があるのか。

 もとから、JR東海さんについては、けっちぃなあ、と思っていたんですけども、さすがに、こうもメリットを削られまくると、カード会費を払う意味はあるのかと悩んじゃいますね。

 便利さを求めるとはいえ、その「便利」とは、利用者本位、つまり利用者にとっての便利ではなく、あくまでも自分たち本位ってあたりが、ちょっとすごいんじゃないかという気がする。

 今日はどうも、変な愚痴になってすみません。m(_ _)m

 この件についてのアナウンスはだいぶ以前から聞いていましたが、考えれば考えるほど理不尽に思えてきて、さてどうしたものかと考えております。

 リニア中央新幹線も、うち、ぜんっぜん関係ないからどーでもいーしなー。(^^;) いえ、そりゃもちろん技術面では大したもんだと思うけど。

 なんにしても………しわいことよのう……。
 
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人間扱いしない

 しかしまあなんですね、Twitterをばかったー、デマッターと呼ぶようになって久しいですが、それもここまでくるともう、どうなのかと。
 人気俳優さんがとあるお店でお買い物をし、お支払いにはクレジットカードを使用したが、その店の店員をやっている人たちが、本人にサインをもらった利用票を写真に撮り、Twitterにあげた、と聞くに及んでは。

 なんでそんなことすんの、と言っていたら、やはり、その「○○さんが来た!」というので大喜びしているようすが、そのツイートの本文(?)だったんですね。
 それをただ仲間内に知らせるだけではウソだと思われるから、という理由なのか、本人が署名した利用票を写真に撮って、それをアップロードした、という。

 ………あのさー。

 思うんだけど、公共とプライバシーの区別がつかない人は、Twitterを、非公開に設定しておいたらどうですかね?
 限られた仲間内でしか、閲覧できないというようにしておけば、まだいくらかはましなんじゃないかと思いますが……、それとも、その「仲間内」にあほーがいて、勝手に画像を広めるようだと、結局は同じことになるんでしょうか。

 それにしても。
 私は中学生のころにはすでに疑問だったんですが。
 有名人に町ですれ違うようなことが起きたとき、——なんでみなさん、ああも騒ぐんでしょう?

 私も中学校の修学旅行では、新幹線の駅で、なんとかという有名な歌手のかたとニアミスしたのですが、そうしましたら、我が同級生たちは大騒ぎ。
 あの狭いホーム上で、そのなんとかさんを見に行くというので走ったバカが続出。
 
 あほらしいと思って私はそのまま、ホームの指定された場所で待っていたのですが、友人が
「見に行かないの」
 というので、
「いかない。——あんた、行ってくるならいってくれば」
 と答えましたら、彼女も、「べつにいいや」と笑ってました。

 昔からほんとに不思議でなりませんのです。

 有名人がいた。遭遇した。お見かけした。
 
 ——だからなに?

 え? その人がいた。だからなんなの?


 有名人といえども人間なんですから、そりゃプライバシーもあるし、ご家族もあるし、飯も食えばトイレにも行くでしょうさ。
 どこかですれ違ったりお見かけすることもあるかもしれませんよ。

 でも、だから何なの? その人がそこにいたからって、何を騒ぐの? なんのために騒ぐの? 生で本人を見る? 話しかける? ——だからなんなの? 幽霊じゃないんだからそりゃ移動に新幹線を利用することもあるでしょう。駅のホームでごいっしょになることもあったって不思議じゃないよ。

 それで遠巻きに騒いだり、図々しいのは「お久しぶり」などと話しかけたり(………すげえなオイ;;)、先方はプライベートでいるのにサインをねだったり。

 そういうことのいちいちに、なんの意味があるの。どういう意味があるの。

 そんなことよりも、あなたがたは、ひとさまのプライバシーに土足で踏み込み、プライバシーを侵害し、お食事なりご旅行なりの——あるいは「通勤」かもしれませんが——、本来ならリラックスできるはずの時間を踏みにじっているわけだが、そのことに関してなにか言うことはないのか?

 ………早い話。
 こういう人たちは、その有名人を「人間扱いしていない」んですよねえ……。
 私は、そういうところを、傍で見ているだけで不快でならないのです。昔から。

 そういえば、せんだっては、新幹線車内でくつろいで、おやすみ中だったとある有名人を、わざわざ起こしたという馬鹿の話もありましたっけね。

 どうもわかりません。

 たしかに有名人というのは世の中の多くの人によく知られているでしょうが、それでも、有名人だって人間ですよ? ロボットや妖怪なわけではありませんよ。
 移動の車中で、すっかり気持ちよく寝込んでいる人を起こす、レストランで楽しく食事しているのを無理に話しかけて邪魔する、長い旅程をこなしてきて、疲れてホームの待合室にいるのに、相手の顔色の悪いのも無視してうるさく騒ぎ、疲れているのだから愛想良くできなくて当然なのに「不機嫌そうに対応された」と不平を垂れ。

 あんたいったい何様だ? ——と、見ているほうが気分が悪くなりますわ。

 こういうのを「有名税」などといって、もっともらしそうなことを言う人もいますが。

 有名税だかなんだか知らないが、一個の人間は一個の人間だということは、1mmだって揺らぐことじゃない。

 なぜ、こういう人たちは、有名人を見ると舞い上がり、相手を人間扱いせず、虐待し、それで平気でいられるのか。
 私にはどうも、理解できません。
 自分だって、新幹線のなかで気持ちよく寝ているところを、無理に誰かに揺すり起こされたら、どう思うの。
 自分のカードの利用票が、インターネットにさらされているのを見たら、どう思う。

 今回のことは、ただバカッターということよりも、そういう——「なぜ、有名人を人間扱いしないのか」という、昔からの疑問のほうを、強く感じました。

 ………わからないですねえ。
 男は女を、女は男を、子供はオトナを、オトナは子供を、若者は老人を、老人は若者を、「人間扱いしない」ところがある。
 それを兼ねてから、少々疑問に思っているのですが。

 この、有名人を人間扱いしないことについては、上記各種よりも、ちょっとヒデエなとあらためて思いました。

 悪意などない、むしろ好意があるのだ、という主張は為されるでしょうが。

 どういう「つもり」があるか、ないかが問題じゃないんだよね。

 つもりがあろうがなかろうが、あんたのやっていることは、相手を人間扱いせずに踏みつけているのだ、と——、「行為」そのものを私は問題にしているわけなので。

 ——それに。
 本人は相手に対する好意がある、愛情がある、と信じているのだけれども、——ストーカーがこの心理状態になりますが、じつのところは、本人が好意だと信じているというだけのことで、本当の感情は好意や愛情なんかではない。ほんとうに好意や愛情があったらこんなことするわけねえだろう、ということを。

 あらためて思ったことでした。

 この一般人による有名人の虐待を指摘すると。
 虐待とはなんだ、自分は○○さんのファンなんだ、好きなんだ、これは好意なんだと言い募ってきますがね。そんなことは、私は問題にしておりませんのです。
 気持ちがどうであろうと、その行為が、虐待だから虐待だと言っているだけです。

 本人は、自分が、その有名人に「好意」をもっていると、「信じて」いるんですよね。
 でも、実態はまるで異なる。
 人間というのは、けっこう自分に嘘をつく、とは私もふだんから思っていることですが、それにしても、こういうことは、ほんとにひでえな、と思います。

 そうやって有名人を人間扱いしていないヤツに、だいぶ以前に、そこのあたりを指摘したら、そりゃもう鬼の形相になって反論されました。(^^;)
 本人の同意は得られないでしょうが、なにもそこまで、というレベルで怒ったところをみると、——本人の表層意識がどう思っていようと、潜在意識のレベルでは、私が指摘した内容はきっちり把握していて、指摘された「意味」も理解している。
 ゆえに、これは「図星を指された」怒りなのだろうなと解釈致しました。

 そういうことを、理解する人としない人のあいだには、深くて暗〜い川があるのかもしれないですねえ……。

 いまは、もはや、指摘するだけ無駄なことだと思って黙っていることが多いですが(言われてわかるようなら、言われなくても自分でわかっているはずだもんな)(言われなきゃわからないようなら、言われたってわからんでしょう)、——ちょっと今回のことはあまりにも見境がない行為と思えました。

 私の、中学校の修学旅行から30年。
 でも、やっぱりこういう人はいるもんだな、と思い出したので、書いてみました。

 
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ドラマ「半沢直樹」最終回

 おかげさまで、無事、山場も乗り越えまして。
 今日はちょっとボケ気味なんですが、家事も仕事も滞っていたものがあるので、そちらの解消にはげみたいと思います。……はー。やれやれ。

 今日は秋分の日ですね〜。
 明日からいよいよ冬か、とつぶやいていたら、周囲の人間に「は?」と言われました。(^^;)

 夏至をすぎてからはずっと冬に向かっている、と言えるのですが、これから夜の時間のほうが長くなるということは、私にとっては、それはもう、「冬」に含まれるのですね。

 日照時間が不足するとすぐに鬱になるんだからしょーがない。
 太陽光線にもろに影響されるというのは、私だっていいかげん卒業したいですわ……。
 どうしたら太陽光が不足しても大丈夫になるのかな。やはり、セロトニンとか、関係あるんでしょうか?

      ●

 iOS7にした我がiPhone 4S ですが、いまのところ、これといった不具合はありません。
 
 さっそくセキュリティの穴が見つかっているという話も聞いていますが、それはしょーがないとしても、それ以外の、動作そのものにかかわるような障害はありません。………あ、キャリアはauさんです。
 聞いている限りでは、どうも、iPhone5より、4Sのほうが安定度が高いようなんですが、これは——4Gとかにもぜんっぜん関係しないところが、かえって安定をもたらしているのでしょうか? (^^;)

       ●

 ということで、ドラマ「半沢直樹」、昨日が最終回でございましたね。

 私は例によってお風呂タイムにあたるので、あんまりちゃんとは見ていないのですが、さすがに、最後の30分くらいは見ていました。

 なるほど、あれは続編狙っているんでしょうね(笑)

 しかしまあ、組織というものを考えれば、半沢さんのあの扱いというのは、妥当だろうなあと私は思います。
 以前にも書きましたが、半沢さんはけっして「正義の味方」ではありません。

 見ようによっては彼は、私怨のために他人の失脚をはかった、と言えるのでございまして、これはけっして、「社会人」ことに、ああいう大きな組織においては、好ましいことではありません。

 銀行はかくあるべしという彼の考え方はもっともではあるのですが——彼の場合、そこには、なんと言い繕おうとも、「私怨」でしかないものが、動機のなかに含まれている。
 これはいけませんね。
 少なくとも、それを外へ出すべきではない。

 彼の有能であることは社内に広く知れ渡ったことでしょうが、あれをあのまま功績として扱い、順調に出世させるのは、やはりできることではないと思います。
 というか、——半沢さんをあれで部長に昇進などさせるほうが、組織のトップとしては見識を欠く、というべきでしょうね。

 周囲をつい、イエスマンでかためてしまいがちな人は、そうやってあっさり昇進させてしまうでしょうが。
 それをやらないところに、頭取の見識があるのではないでしょうか。
 いえ、あのドラマをちゃんと見ているわけではないので、あのへんの頭取を見ただけの、感想ですが。(^^ゞ

 半沢さんの処遇については、部長職待遇というところで功績への報酬(?)としつつ、けれども、あまりにも、今回のことでは上層部に大きな「傷」を作ったというのも事実なんで(やりすぎ、と言われた部分についてですね)、彼をあのまま、おいておくことはよろしくない——半沢さん本人のためにも——、ということで、ああいう処遇なんだろうと解釈致しました。

 何年か外においといて距離をおき、ほとぼりがさめたところで呼び戻すというのが、まあ、「セオリー」になるのでしょう。
 呼び戻されるまえに頭取が失脚やら退任やらしなければの話ですが。

 こうしてみると、(男)社会って、すっげえ情念の世界なんだよなーと思います。
 功績があるのに、それをそのまま評価に反映させない、させられない、というのは、この場合は(長期的に考えれば)理があることではありますが、そこにある「理」とはなにかというと、「同じ社内で働いている人々の心情」への、対応なんですもんね。

 あのまま半沢さんを昇進させれば、ある意味、行内は「恐怖政治」になる。
 たとえ本人にそのつもりがなくても、半沢さんと、かれの後ろ盾と見なされている頭取について、人々は、恐怖に近い感情を持つ。
 半沢さんが有能な人であるからこそ、あの人に目をつけられたらオシマイだと思う人は必ず出てくる。
 そんなことはない、といくら言い募っても、まあ、無理でしょうねえ。
 
 合併によって誕生した大きな組織をまとめるのにも、そういう「恐怖政治」は望ましいことではない。
 ゆえに、半沢さんのあの処遇は妥当だろう——ということになるのですが。

 結局は、人ですね。頭取のおっしゃる通り。
 いくら有能でも弁が立っても、人の心をそらせてしまっては、リーダーシップも成り立たない。

 人の心が何を感じ、どう動くか。
 それにどう対応するか、対処するか、そのときの「理」は、結局、「功績があるから出世」という、基本的な理屈にまさる。
 子供のように素直に考えるなら、半沢さんはもっと昇進してしかるべきですが。
 それではかえって、組織の安定が損なわれる。ゆえに、ああいう、「名目上は栄転でも、実質上は左遷だよね」という処遇になる。

 子供が考えるようなシンプルな原理どおりには、動かないのがこの世というもの。
 シンプルな原理をねじまげるのは、人の心。
 1+1=2、みたいな理屈どおりには動かない人の心。

 ここにどう対応するかが、結局は、ああいう男社会の「規範」になるんだな、と思った最終回でした。

 まあなんですねえ——人の情念というだけでも大変なのに、そこにお金が絡むと、ほんっっとに、たいへんだなーと思ってみてました。

 かのドラマ、まともに見なかった私がいうのもなんですが、面白かったと思います。(^^)
 地味ではあるが、関係する人間たちにとってはひじょーにドラマチックですし、「大どんでん返し!」と叫びたくなるような——ある場所に石をおいたとたん、一気に、盤上の色が黒から白にかわる、オセロゲームの醍醐味みたいなものが、見る人には快感を与えていたのでしょう。

 キャストの妙もあったと思いますね。
 半沢さんて——下手をしたら、けっこうイヤなキャラになっちゃうと思う。(^^;)
 どんな役でも、その役のなかに、魅力、愛嬌というものをもたらす堺雅人さんで、大正解だったんじゃないかと個人的には思っています。

 面白かったとは思いますが、続編は希望しません。
 きりのいいところですぱっと終わる「潔さ」も、面白い物語には必要な要素じゃないでしょうか。

 個人的には。
 くどいようですが、「やられたらやり返す」ことには反対です。
 いままでその人に煮え湯を飲まされた人々、殺されたも同然の人々と同じ思いを味わえとはいっても、——そんなら、土下座をした人が、「被害者」たちの気持ちを真に理解したでしょうか。
 自身を反省して、真人間になるもんでしょうか。

 私にはそうは思えない。
 半沢さんは、結局、またそこに恨みの種を撒いただけです。

 倍返しは、恨みではなく、恩を返すんだったらどんどんおやりになればいい。
 逆は賛成しません。

「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」と、スリランカのジャヤワルダナ大統領閣下(当時)は、かのサンフランシスコ講和会議で演説し、日本の国際社会への復帰を手助けしてくれました。
 長い目で見れば、ほんとうは、そういうものだと、私は思います。

 自分自身が実行できてんのか、と言われれば、できてません。(^^;) というしかありませんが。
 少なくとも、倍返しはやらないようにしております;;
 喧嘩を売られたときは7がけで買います。(←ダメだろうそれも;;)

 人間は、どこでどう、人様から恨まれているかわかりませんしね。
 自分は、人から恨まれるような覚えはない、なんて、思わないほうがいいですよホント。
 覚えがなくても、やらかしている可能性はあるし、逆恨みも恨みですからね。

 自分だけが「被害者」だ、自分だけが善人だ、自分だけが「正義」だ、という認識は、やめたほうがいい。それは本当にそう思う。
 7がけでケンカを買ったら、相手にはトドメを刺さないこと。これは鉄則。




 私どもが、そういう身も蓋もない世界に生きているというのは「現実」ですが。
 でもまあ、ドラマが面白かったなら、それでよろしいのではないでしょうか。
 
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不倶戴天

 この連休をのりきれば、ようやく、少しは楽になれると思われる。

 ということで、数ヶ月つづいたドタバタもここがクライマックス。たぶん明日は更新もおやすみになるかと思います。
 明後日も——ことと次第によってはおやすみかな〜。
 なんせお中日だし。
 やはりお墓参りはいかなくては。

      ●

 iPhone4Sは、iOS7にアップデートしました。

 昨日、フォルダにまとめて整理整頓していたのが消えた! とわめいた件ですが。
 失礼しました、これ、私の勘違いでした。(^^ゞ
 ちゃんと、フォルダも中身も、引き継いで残ってました;;

 4Sのディスプレイは、5シリーズのそれよりも小さいのは皆様ご存知の通り。
 ですんで、最初のホーム画面中に表示される、基本となるアプリのアイコンを、4Sでは、最初の1ページには並べきれなかったんですね。

 ひとつだけアプリのアイコンが次のページにはみだしておりまして、私がちまちま作っておいたフォルダーは、さらにそのとなりの3ページ目においやられていました。

 すなおに、その2ページ目に、ひきつづき、私が作ったフォルダーを並べてくれればいいだけなのに、なぜか、そうなっていない。それで私が早合点して、「フォルダーが消えた!」と騒いでいたという次第。

 2ページ目に、ぽつんと、追ん出されたアイコンがひとつありまして、あとはひろびろとしたブランクになり、私が作っていたフォルダーは3ページ目にありました。
 ………勘違いして騒いじゃってすみません。(^^ゞ

       ●

 この話も放置していると、またしてもファンタジーの世界へ連れ込まれそうだと思ったので、ご紹介を。

【韓国人の反応】日本が「関東大虐殺」の歴史を隠している【関東大震災での朝鮮人虐殺】
http://blog.livedoor.jp/oboega/archives/33118786.html
 2013年09月20日 エントリー/女子嫌韓宣言

 先だってご紹介しましたブログ「嫌韓宣言」様。
 ただいまはちょこっと改名(?)して「女子嫌韓宣言」様となっているそうで。

 なんで女子といちいち言うのかというと——それがブログの主旨なんだから仕方ない。女性の嫌韓派ということが主目的ですから、そういうタイトルになったということだそうで。

 それはともかく。

 関東大震災時、朝鮮人が「井戸に毒を投げ込む(投げ込んだ)」というデマなどがあり、日本人によって殺害されたという話は、私も以前から聞いておりました。

 最近の韓国はまったく末期的に気が狂っていますが(気が狂っているのはもとからでしょうが、最近はいよいよそれが加速している。とうとうパリでまでデモやっていたそうで)、そういうなかで新たなネタ探しにより、またこの関東大震災のときの話が、超絶「加工」されようとしている気配があるので、私も、ああまたかとうんざりしていました。

 というところへ、こちら、女子嫌韓宣言様がとりあげてくださったのでご紹介を。

 胸が悪くなるので、例によって、朝鮮人のコメントは読まなくてもいいと申し上げますが(……ブログ主さまがせっかく翻訳してくださっているのを、無にする態度ですみません;;)、朝鮮人のコメント以外の、詳細な情報とデータ、朝鮮人による「加工」がどのようになされていくか、ということとを検討、比較する意味で、たいへんわかりやすい記事になっていると思いますので、ご紹介を。
 勉強になります。

 私も、この朝鮮人がデマが原因で殺害されたという話は聞いておりました。
 10代のころは私もナイーブですから、それは気の毒なことだった、と思っていたのですが。

 とにかく知れば知るほど嫌いになる韓国のこと。ある意味、2002年のW杯のときがそれもピークでございまして、そのころ、この事件のことを思い出したとき、
「そりゃあ、流言飛語もよくないし、集団ヒステリー、魔女狩り、あまつさえ虐殺というのは悪いに決まっているが、日本人がそこまでの反応をしたというのも、それなりの背景があってことだろう」
 と思っておりました。

 そのあたりについてはじっさい私の予想したとおり——朝鮮人が常日頃、何をしていたか、ということが、この事件の要因としてはずせないという話を聞くにいたり、納得しております。

 戦後も、ひどかったというのを聞いてますしね。

 私の父などは、なぜかけっこうヤクザ屋さんに甘いというか、へんなふうに贔屓したことを口走ることがありまして。
 私が社会に意識を向けるようになったころには、もはや「やくざ」ではなく、「暴力団」に変質していたので、なんで父がそんな感覚でいるのかが理解できなかったのです。

 が。折々に、父が口走る話をつなぎあわせると、こういうことのようでした。

 終戦後、朝鮮人が日本人を見下し、手がつけられないほど好き勝手をしたことについては、現在の80歳代くらいの人に聞けば、必ず教えてもらえることだと思いますが、そういうなかで、日本の警察はまったく無力で、なすすべもなかったんですね。
 そういうとき、事実上、庶民を守ってくれたのが、自警団的な働きをしたヤクザ屋さんたちだった、ということのようです。

 いっときは、うちのような田舎ですら、ヤクザ屋さんがいなければ、治安を守れなかったようです。

 当時はうちの父は小学校低学年くらいの子供ですから、たぶん、「悪者(朝鮮人)」から、自分たちを守ってくれる人たちだという目で、ヤクザ屋さんを見ていたのでしょう。
 それで、——戦後数十年、ヤクザ屋さんというのは事実上いなくなり、「ギャング」と化してしまい、異質のものになったことはよくよくわかったうえで、それでも、子供のころに感じた親近感のようなものが、消えがたく残っていたのでしょう。

 ということで。
 ああいう混乱状態になったとき、朝鮮人が何をするかは、容易に想像がつきます。

 関東大震災時については、じっさい、現在で言うところのテロ計画もあったようですし、デマが発生する「下地」は、充分にありすぎたわけですね。

 そういうなかで、じっさいに犯罪を犯したかどうかを吟味もせず、無闇に朝鮮人だからといって殺した「こともあった」ことは、言い訳のたたないことですし、そのこと自体は擁護できません。

 でもね。
 そういうことを、また、ありもしないファンタジーに捏造して、不当に私どもの先祖を、そうして私どもを貶めるやり方を、これ以上、座視することもできません。

 そういうあたり、いざとなったらきちんとした指摘ができるように勉強しておくことは必要だと思います。

 ——小松左京御大の自伝のなかで、胸の痛むエピソードとして、印象に残っているものがあります。
 終戦後の混乱を示すお話のなかに、御大の初恋の少女のことがありまして。
 御大の初恋の少女は、強姦され、殺された、というのですが。
 御大の出身地が大阪ということもあり、このときの犯人は朝鮮人ではなかったか、と、思うだに苦しくなります。

 その疑いが濃厚でも、だれも口にしない。

 口にすれば、また、関東大震災時の悲劇が繰り返されるかもしれない。そういう事情もあったのではないかと思いますと。

 とはいえ、そこでまた怨念を生じさせると、朝鮮人と同じレベルに陥ることになるので、それだけは避けたい。
 ただ、違うものは違う、悪辣な意図には乗らない、また、許さない。
 それだけは肝に銘じて、冷静に対応していければと——、いえ、もはや、「そうしなければならない」のだと、思っています。

  
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新発売の日

 今朝未明、というのでしょうか、午前2時過ぎに、最大で震度5強の地震があったそうで。
 皆様、お怪我などございませんでしょうか。

 たいてい、あちらが揺れればこちら(静岡県東部)も、うっすら揺れるんですが……。
 え、わからなかったぞ? と思ったんですが、震源が浅いところだったようで。
 今朝、起き抜けに聞いたニュースがコレだったのでちょっと肝が冷えました;;

 これもまた「余震」だそうで;;
 しつこいっつーか、いいかげんにしろよというか;;

       ●

 昨日の十五夜さんはきれいに見えました。(^^)
 去年は悪天候(というか台風?)の影響でぜんぜんダメだったんですけども、それを一気に取り返すほどの名月でした。

 午前0時頃、外をながめたら、近所の家の屋根が、月光を反射して、ふしぎな明るさでした。
 明るいんだけれども、ぎんぎらしていなくて、青白く、静謐で、でも「輝いて」いて。
 飽かず眺めていたい月夜でしたねえ。

       ●

 昨日のNHK BSプレミアムの「BS歴史館」は、平将門がテーマでした。

 そこで、相馬野馬追のようすが、けっこうばしばし流れて、やはりときめいておりました…♡

 さすがNHKさんのカメラ、いいところから撮影してますよね。
 あの甲冑競馬、やはり見ればときめく、血が騒ぐ(笑)
 
 幟を付けて疾走するだけに、やはり空気抵抗がすごいな〜というのがよくわかりますが、でも、かっこいい……♡

 神旗争奪戦のようすもちらりと映りましたね。
 こんどは是非、神旗争奪戦も拝見したいな。

 黒地に赤い丸の馬印が、将門公の馬印だそうです。闇を照らす日輪を意味するのだとか。

 番組中、相馬野馬追祭りについて、
「東日本大震災以後も、途絶えることなく行われてきました」
 というようなナレーションでしたが。

 ……まあ、たしかに途絶えさせてはいないんだけれど、そうあっさりと言い切れるほど、簡単に行われているわけではないようですよ……と、思わずひとりごとが。

 けれどもこうしてみますと、やはり、あの祭りを継続させたことは、本当によかったんだなと思いました。
 将門公は、武士の「祖」と言えるわけですが……公の魂の響きが、あの祭りのなかに残っているのでは、とあらためて思えてきました。

       ●

 本日は、iPhone5C・5Sの発売日。

 私もさっそく、iOS7のアップデートをしてみました。

 ………インターフェースってようは慣れですからねえ…。もしかしたら、いいインターフェースなのかもしれませんが、いまのところは違和感バリバリ状態です。(^^;)
 なにかするたび、「え?!」「あれ?!」と叫びつつ操作中。
 ま、そのうち慣れるだろう……。

 Safariのページをめくるのが、立体的になったのは面白いですね。横にスライドさせるよりも、複数ページを一覧にできるので、これは見やすくていいんじゃないかな。

 焦ったのは、アプリ各種。

 インストールが終わって設定が終わって、最初の画面が立ち上がって、確認をしたら、これまでちまちまフォルダーを作ってカスタマイズしておいたものがぜんぶなくなっている。
 自分なりに使いやすいようにできるところがミソだったのに、どーなってんのコレ?! と、大変焦りましたが、「App Store」のアップデートというのを開いたら、過去、DLしたものが出てきました。

 iPhoneにDLできるのとできないのとがあるように思えるのですが、いまのところよくわかりません;;

 iPhoneにいちいちDLするんじゃなくて、使うときはここにアクセスし、クラウド上で動かすようにするってことかな……と思ってます。
 まあたしかに、そうしたほうが本体のメモリーを食わなくていいっちゃあいいんでしょうが……。

 フォルダで区分して、ちまちま整理整頓して、私なりに使いやすいように画面を作っておいただけに、なんだかがっくりしています。

 自分なりに可愛いお部屋にしておいたのに、親が勝手にあれこれ、処分したり家具を移動させちゃったみたいな、がっかり感……。
(そういう実体験はありませんけども。うちの親はそこまでまめじゃなかった…なんていうと怒られるかな。(^^;))

 カレンダーのインターフェースも変わったし……いいんだか悪いんだかわかりませんが、使っているうちに慣れてくるだろうと思います。
 
 それにしても……、並ぶ人たちもいらしゃって……、あれは、すごい光景ですね、いつ見ても。(^^;)

 並ばなくても入手できるはずですが、それでもあえて並ぶということは、きっと、並ぶこと自体が目的なのだろう、と推察しております。
 一種のお祭り気分で、楽しんでいるのだろうな、と。
 まあさいわい、今頃の季節なら、特に暑いことも寒いこともないから、比較的、並ぶのにはいい気候ですよね。

 私は並ぶことは基本的にきらいで、お茶しようとか、食事しようとか思って出かけたお店が混んでいると、可能な限り、待たずに済む方法を考えます。(^^;)
 もう、どうしようもないときはあきらめて並びますが、好きでやっているわけじゃない。

 こういうときは田舎住まいのメリットを感じるなあ。
 田舎では行列ができるほど人がいませんからね。

 そういうのに慣れているので、どこへいこうとも、なにをしようとするのでも、多少は並ぶ必要が生じる都会へ行くと、気分的に疲れます。(^^;)

 並ぶのが楽しいというのは……どういう気持ちなんだろうな〜。
 やはり世間様は広いなあ、と、こんなときに思ふ……。いろんな人がいるんだな〜ということで。

 あ。
 並ぶのが嫌いな私は、人と待ち合わせのとき、待つのも待たせるのも嫌いというタチなんですが、そういうのも、行列嫌いと関係がありますかね?
 待たされるのも好きではないが、待たせるほうがもっといやなので、待ち合わせ時間の10分まえには最低でも着いてしまい、相手が10分遅刻すると、20分ちかく待つことになるというパターンは多いです。
 それでも、待たせるよりはいい、と思って、早めに着くようにしてしまう。

 ひとさまからは「えらいね」などといわれますが、べつにえらかあないな、と本人は思っております。
 よーするに待たせたくないというのは私の場合「相手に借りを作りたくない」という、いやらしー感覚があるからです。(^^;)

 借り、というか、負い目、かな。

 好き嫌いの奥にあるものというのも、暴(あば)いてみると、身もふたもないのかもしれません。
 
 
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「真の保守とは……」(2)

 本日は十五夜さん。中秋の名月。
 ほんでもって明日はもう彼岸の入りですね。

 月見団子とおはぎを用意するのだ〜。

 ところで、今年はいい月が見られそうなんですが、もしかして雲にふさがれてしまったら、こちら↓の動画をどうぞ。(^^)



 たしか去年は雨に降られて月見ができず、残念に思っていたらこちらの動画を紹介され、なるほどこりゃいいやと思ってみていたんでした。
 ぼんやり見ているだけでもいいですし、瞑想としてご覧になるのもよろしいかと。(^^)

        ●

 なにしろ34項目もあるので、全部をご紹介というのはあきらめるとして、面白いとおもったもの中心で。

12。
 保守主義者は、社会の一部の人々の貧困と不成功が、社会組織の欠陥に必ずしも由来するとは限らないことを知っている。
 そして、それの改善は、ハンディを持つ人たちにもう一度機会を与える制度、つまり敗者復活的な制度で解決するほうが社会組織の全般的な改革よりも有効である事実にも盲ではない。



 左巻きのいうことが、なんでいちいち不必要にけんか腰なのか、なぜ、必ず誰かを悪者にしなければ気が済まないのか。
 ということを疑問に思う人は少なくないようで、そう考えていくと、やはりたどりつくのは「ルサンチマン」という概念。
 ニーチェを読んだことはなくてもこの言葉は知っている、という人も多いでしょう。

 で、ルサンチマンである、と指摘された左巻きが、ルサンチマンじゃねえよバカ、と逆ギレしているのをお見かけしたことがあって、
「いや、だから、そういう態度がルサンチマンなんだって(笑)」
 と思いました。

ルサンチマン
フランス ressentiment
〘哲〙 ニーチェの用語。被支配者あるいは弱者が,支配者や強者に対してため込んでいる憎悪やねたみ。この心理のうえに成り立つのが愛とか同情といった奴隷道徳であるという。怨恨。 →奴隷道徳

どれいどうとく―だう―4【奴隷道徳】
〔ドイツ Sklavenmoral 〕
ニーチェの用語。強者支配者に対する怨恨(ルサンチマン)から成立する弱者の道徳。キリスト教道徳がその典型であり,偉大な者への怖れと不信,弱者への同情,狡猾な卑下と反抗などを特徴とするという。 ↔君主道徳 →ルサンチマン


 マルクスは宗教を否定していながら、彼のいう共産主義の理想というのは、明らかに、キリスト教の「終末後の天国」の再現であるということには、なんだか乾いた笑いが出てしまう。
 あれ、本人には自覚がなかったんでしょうかね。自分の理想の、根っこはどこにあるのか、ということが。
 私はきっぱり異教徒なので、「そのお花畑の発想は何処から?」とすなおに疑問に思える。
 草の根元を掘り起こし、この草はどこに根を張って生えているんだろうとたどってみたら、そこでした。

 宗教を否定しているのに、その理想の根っこは宗教の教えにあるというのは、なんだか笑える。

 こうしてみるとやはり「ほんものの」左派は、キリスト教の精神文化と切っても切れないものなんだなと感じます。
 日本に「ほんものの」左派がいないのは、むべなるかな。

 それでも——キリスト教文明とは無関係の日本でも、人々の「怨念」は存在する。
 てなわけで、そういう人たちにはずいぶん、甘い水になるようですね、革新(自称)とやらは。

 とにかく私が、社会保障の話でも何でも、左巻きのいうことを聞いて不思議でならないのは、
「なんでいちいち弱者を強調するんだろうこの人たち」
 ということ。
 
 弱者と強者というのは、とくに、現代の日本においては、固定しているものではない。貴族と平民があった時代とは違うんですよね。それがいいか悪いかはともかく。

 今日は健康で元気でも、明日には、いきなり大病をして死線をさまようことになり、働けなくなるということはある。
 その逆もある。

 つまるところ、現行の社会においては、弱者の立場も強者の立場もいずれも「他人事ではない」。
 べつに、弱者と強者がこの世界にいるのではなく、立場なり、その人の状況なりが「異なる」というだけのことで、この状況はいつでも変化しうる。
 弱者も強者も、「固定して」存在しているわけではない。

 見るべきところは「身分」「階級」ではなく、その人が、現在、どういう状況か、ということだけ。

 であるにもかかわらず、左巻きは、誰かを弱者ときめつけ、だれかを強者と決めつけ、その抑圧と犠牲者の構図に持ち込む。
 そのうえで、弱者救済なんていうから、「イタマがアタイ」ことになる。

 民主党政権がやらかした、「高校の無償化」についても、なんでいっきに一律なんだよというお話。
 子ども手当もそう。
 なんで、どうして、なんでもかんでも「全員いっしょ」なんだろうか。
 子供=弱者、という発想があるらしいが、なんでそうなるのか。

 なにかの無償化、経済上の支援は、「弱者」じゃなくて、「必要とする人」に、必要だというだけのことじゃないのか。
 必要とするかしないかという話が、なんで弱者は一括救済という話になるのか。

 ふだんは高額所得者などを批判的に見るくせに、なぜ、一律いっせい、というのが好きなんだろうか。
 それが彼らの考える平等なんだろうか。公平とはそういうことだっただろうか。

 生活保護も、必要な人に適切に行うのは当たり前だが、その必要もない外国人に大盤振る舞いすることが、「公正」なことだろうか。

 生活保護は必要なときには適切に手当をする一方で、やはり、社会人としての「再起」が容易であるようにすることのほうが大事なんじゃないだろうか。

 大病をして収入が絶たれたときには、公的な支援が必要なのは当然としても、そこから回復したときに、また社会人としてやっていくというのが、高いハードルであってはならない、と思うんですよね。

 病気、経済的なトラブル、犯罪、といったことで一度は一般の社会からはずれたところへ行ったとしても、本人の気持ちがあればちゃんとまた、復帰できる環境をつくっていくほうが、結果的には、また納税者にもなってもらえるわけだし、社会全体にとっても、また、個人の人生にとっても、メリットは大きいと思う。

 福祉というのは、そういう観点から考えるほうがいい——というのが私の考えなので。
 この「保守の条件」12番目の項目にも、あ、そうそう。同感同感。と思いました。

 Twitterでおのれの愚行を全世界にさらした若者についても、あれで人生を棒に振るというのはいかにもひどい話だと思います。
 処分は処分で受けなければならないが、処分のあとは——ここからはもう本人の意思次第というのが、まず第一条件ですが——また、ちゃんとやり直せる社会であることは必要だと思います。

(話はそれますが、私はあの件については、馬鹿をさらした本人がバイトを首になるのは仕方ないとしても、そのお店自体を追い込んだ、大衆の側も、本来は、威力業務妨害や、脅迫罪で、処罰されるべきものと思います)
(お店の撤退や廃業にまで追い込んだ大衆のほうが、よほど悪辣で暴力的で、重大な犯罪者なんだけれども、自覚はなさそうですね)
(文明の利器を、ただ単なる犯罪ツールにするとは……)

 本来なら、革新と呼ばれる人のほうが発想が柔軟であってもよさそうなのに、案外、黒と白、正義と悪、支配と犠牲、いちど失敗したら永遠に失敗者のまま、とする傾向は、少なくとも日本では、左巻きのほうが強いというのは面白いもんです。おもしろがっている場合じゃないでしょうが。(^^;)

 とはいえ。
 これが「真の保守」の考えだとすれば、日本には、本物の左派がいないのと同様、本物の保守主義者というのも、そう数は多くない、ということになりそうですねえ。

 なぜ、「真の保守」のほうが、「敗者復活」の制度、社会であることをよしとして考えるか、というと。

16。
 真の保守主義者が一組織や一制度の変革に慎重であるのは、社会のなかの歯車は、互いに調和を保って機能されねばならないと思っているからである。



 ——ということだと思います。

 調和。

 あるものが絶対正義であるものが絶対悪で、本人が考えを変えようが、生活条件が変わろうが、あらゆる「変化」を認めず対応しない、という態度では、調和というのは実現できません。

 人は揺らぎ、変化する。
 社会もまた、揺らぎ、変化し、状況はどんどん変わる。

 そういうなかで、社会全体の安定を実現するには、その、善も正義も悪も、それぞれの「調和」が必要になる。
 保守のめざすところは「安定」なんでしょうね。
 ただ、安定は、固定できるものではない、ということも、よくよく承知しているのが「真の保守」と申せましょうか。

 キーワードは、「One for All. All for One」だと、私は個人的にはそう考えているのですが——さて。

 
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「真の保守とは……」

 明日は十五夜さんです。
 
 今年はしかし、自分で月見団子を作っているひまはなさそうで……、今年の月見団子は買ってきたものになるだろうなあ。
 というか、一昨年くらいからうちの近所は開発ラッシュで、どんどん木が切り倒され、草がぼうぼう生えているような場所もなくなってしまい、ススキが見当たりません。
 どうしたもんだろう……。

 なんでこんな田舎のくせに、また、人口も順調に減っているのに、山が開発されなきゃなんねーんだよ! と、またこんなところでヒステリー発作が出そうです。(^^;)

 尾花がないならないでしょうがないんですが……。
 ひとまずお団子はあるから。うん。
 昨夜も、台風後の空はよく晴れていて、すでにすばらしい月夜でした。(^^)
 
 月影はかわらないが、アタシの住環境は悪くなるばかり…という気がする…。

 ——月やあらぬ 秋や昔の秋ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして

 てところですかねー。(^^;)
 私の場合は色っぽい話じゃないけど;;
(これは伊勢物語から。もとの歌は、秋じゃなくて、春です)

        ●

 先日、塩野七生さん名言集botをご紹介しましたが。
 出典「サイレント・マイノリティ」は未読でしたので、買って、ただいま読書中。

サイレント・マイノリティ (新潮文庫)サイレント・マイノリティ (新潮文庫)
(1993/06/30)
塩野 七生

商品詳細を見る


「真の保守とは……」の章を読みましたら、あの名言は塩野さんのオリジナルではなく、イタリアの、知る人ぞ知る、ジュゼッペ・プレッツォリーニの書いたものだったそうで。

 保守(派)とはなにか、というのの定義も案外、具体的に考えだすと難しいものですが、なかなか面白くまとめているので簡単にご紹介を。
 本文はかなり詳細な解説付き。興味がおありでしたら「サイレント・マイノリティ」か、——翻訳があるかは存じませんが、プレッツォリーニの著作にあたってみてくださいまし。

 ともあれ。
「真の保守」の定義。参ります。

1。
 真の保守主義者とは、量よりは質に重きを置く人である。また、認識は軽視しないが、それが原則を伴わない場合は価値のないことを知っている。そして、時には後退も辞さない。なぜなら、前進には時として、いったん後退してから行うほうが効果があることを熟知しているからだ。

2。
 真の保守主義者とは、まず、いわゆる保守反動や伝統主義者や、回顧主義者とは区別されねばならない。

3。
 真の保守主義者は、自分たちが「明日の人間」にはならなくても、「明後日の人間」になることを確信している。

4。保守主義者は、新しきものに反対なのではない。ただ、新しきものなら何でもかまわず持ち上げる人の、無智には加担したくないだけなのだ。

5。
  真の保守派には、生まれながらにして、抽象思考を受け容れず、経験からして理論一辺倒を好まず、終世、刹那主義とは無縁である人々が多い。



 まずはここまで5項目。
 4項目目が、先日のツイートで紹介されたものですね。
 じつは、各項目はもっと具体的なことや補足が書かれています。
 面白いですよ。(^^)
 面白いんですけど、全部を書いていたらさすがに退屈だろうというので、最初の1行目だけ書いています。

 3項目目は、よーするに、「新しいこと」に失敗したときに、いま自分が言っていることが理解される、ということを理解している、という態度ですね。
 笑ったのは5項目目。抽象思考を(政治的)イデオロギーとすればイメージしやすいのではないでしょうか。
 基本的に、左巻きというのはあたまでっかちで、まさしく、抽象論、へんな理論に凝り固まって融通が利かず、でもって、みょーに刹那主義——というか、ほんとうに目の前のことしか認識しないんだもんなー。
 
 全体の状況を見ることなく、ただ目の前の「中共様のご機嫌を損ねないように」ということにだけ頭をいっぱいにして、尖閣諸島の、東京都による購入を「妨害」し、——中共様にへつらったつもりが、かえって事態をややこしいことにしてしまった、まさしくああいう思考回路。

6。
 保守主義者にとっての社会の自然な諸要素とは、私有財産、家族、国家、宗教である。

7。真の保守主義者は、責任の観念をことのほか重視する。

8。
 彼らはまた、人間は地上に現れて以来、環境改善に尽くした努力では、本質的にいつの時代も変わってはいないと思っている。

9。
 保守主義者といえども、政治上の変革を認めるにやぶさかではない。
 ただ、その変革が、慎重に平静に、階段を一つ一つ登るように為されるのを望むだけなのだ。

10。
 保守主義者は、世界中からの貧困や文盲や飢餓の追放は、少しずつ根気よく、1国ずつ手を付けるべき課題だと思っている。



 10項目。——じつはこの項目、全部で34もあるのです……。飽きますよね。さすがに。(^^;)

 私も自分の政治的認識は「保守中道」くらいのつもりでいまして、さて、「真の保守」には何項目該当するかな、と思って読んでいたんですが、けっこう該当するので、へー、と思ってしまいました。
 真の保守というほどの、バリバリではないつもりなんですけどね。自分では。

 6〜10項目中では、8項目目がちょっと私にはわからない。環境改善というと、私はつい、自然環境のことを考えてしまいますが、そう考えるとこの文章は意味が成立しない。
 これはどうも、人間中心の、人間にとっての環境、という意味で言っているのかな。人間中心で考えた環境。自然環境がどうとかってことはいっさいなくて、要するに「天動説」の考え方による、「環境」。
 自然環境については人間は、改善するより破壊するほうが圧倒的だものなー。

 7。の、責任の観念をことのほか重視、というのは、ああそうそう。とうなずきました。
 じっさい、私は、権利や自由というのは、それらは「自然(じねん)」なものではなく、むしろ、責任と義務のほうが社会においての基本であり、責任と義務を果たしたことへの「多少のごほうび」として、権利や自由が許される、というくらいの考えでいます。

 世の左巻きが責任と義務については、ひとっことも! 言及せず、権利だ、自由だ、とわあわあ騒ぐのの、反対を想像していたけば、ご理解いただけるかと。

 面白くなるのはここから。

11。
 真の保守は、いつの日か必ず革新が、保守と化すことを確信している。



 どんなに最先端ですばらしいきれいな建物だって、100年すれば歴史的建造物なるわけですから、ま、そうでしょうね、と思います。
 ただ、——日本においてはどうなるかわかりませんけどね。
 日本には本当の意味での革新なんてのはいないと思う。
 革新というからには、「新しい酒」を用意しているはずですが、そのへんについては、彼らはなーんにも考えてないということを、民主党政権はよくよく暴露してくれました。

 日本にいるのは革新ではない。
 ただ、日本を破壊することを目的とした外国勢力だけ。

 こういう人たちが、左派だの、革新だのと名乗るのは、本物のそれらに対してじつに失礼なことだと思います。

 ちなみに、では、どういうのを本当の革新というか。
 左派のほうはともかくとして革新、ということなら。
 歴史上なら織田信長。彼はちゃんと、新しい酒を用意していましたから。
 破壊の意味が全然違うのよねえ……。

 創造のための破壊と、破壊のための破壊。

 この似て非なるものを、なぜ、世間の人は区別できないのかが私には不思議でなりません。

 ということで、

14。
 保守主義者は、登場するやたちまち大衆から大好評で迎えられる新人を信用しない。



 大衆はいつの時代も、何処の国でも、やはりあやうい存在なんでしょうかね。(^^;)

 
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台風一過

 台風一過の今朝でございます。
 予報どおり、さわやかな朝でした。エアコン要らず。(^^)
 ひさしぶりで、富士山もはっきりくっきり見えます。

 今朝はあたらめて、今回の台風18号で被害のあったようすを聞いて、「天気予報がはずれまくり…」と思いました;;
 確か、予報では、近畿地方以西はさほど雨の心配もなく、こちら、中部・東海地方が300mmの大雨ということだったはずですが。
 台風が来る以前に、あの大雨というのは予想外そのものでした。

 京都、渡月橋の光景にはさすがに息をのみました。
 もう、いままではこうだったから、ということが、ぜんぶ崩壊しているような昨今の気象ですね。
 被害に遭われました方にはあらためてお見舞いを申し上げます。m(_ _)m

 激甚災害の指定は、どうなんでしょうね。
 例によって、竜巻じゃないの? という突風被害もかなりのもののようですし。

 災害にはある意味慣れている日本のはずが……。
 
        ●

 人の話はちゃんと聞け! というのは、わりとしょっちゅう思ったり、言ったりしているのですが、この話ほど、ちゃんとは聞いてもらえないものはない。
 ということで、きちんと聞きもしない人に聞かせる意味では、けっこうなことだと思います。

慰安婦問題 河野洋平氏を提訴へ 「国民運動」談話撤回求める署名も3万超
2013年09月16日17時22分  産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/8071279/

 この河野談話も、韓国の主張をさすがに丸呑みしているわけではなく、ある程度は、日本の立場をおさえているつもりらしいところはあるんですね。
 この談話を根拠として非難決議を成立させるほうも、そうとうに(頭が)おかしい。ちゃんと原文を読んでないだろ?! と言いたくもなります。
 
 とはいえ、この談話が相当ふざけているのも事実なので、裁判で、なにが問題であるのかをはっきりさせるというのは悪いことではないだろう、と、私も思います。
 河野談話もさることながら、朝日新聞の「誤報」っぷりもまた、刑事でも民事でもなんでもいいので、その責任をはっきり問うたうえで、彼らの「誤謬(ごっびゅう)」をはっきり、国際社会にも示せるようにしたいですね。
(誤謬をカッコ内にいれたのは、彼らは確信犯であるため。ある意味、誤謬であることは承知しつつ、でも、愛国無罪式の考え方でこれは「正しい」と思っているのでしょうから)

        ●

 日曜日夜は「八重の桜」と「半沢直樹」ということになっていましたが、半沢さんのほうは来週で最終回ですか。

「八重の桜」は、新島襄さんの、中身は溶鉱炉のように熱い、情熱的であるのに、本人の雰囲気が、あくまでも、ほわわ〜んとしているというあたりが、面白いな〜と思ってみております。

 思わず涙ながらに教育の理念を語る新島さんを、若いくせに石頭の(かつ、乗っ取り屋となりつつある)熊本バンドの諸君が、男らしくないと非難するのを、のちの徳富蘆花が、「自分の信念に燃える思いのままに(感情を隠さず)、涙を流すのは男らしいと思う」——というくだりで、そうそう。と思わずうなずいておりました。

 これは男でも女でも同じことですが、自分の裸の感情を、そのまま他人に開陳するというのは勇気がいることなんですよねえ。
 へんなふうにカッコ付ける——それも、「人から悪く思われる」ことを「恐れて」、自分の思いを隠すというのは、私は本当は、そちらのほうが、弱虫のやることだと思っております。

 これは本人たちにはいやがられるだろうと思うので、直接には言ったことはないのですが、俗に「オネエ」と言われる人々にこそ、「男らしい」と感じて、思わず近寄っていってしまうのは、それが理由です。
 私の目には、オネエである彼らこそが、男らしくてかっこいいと見えるのですね。(私みたいなのは、おこげ、と言われるんだそうです。オカマにくっついているから)
 彼らがああやって、自分の指向をはっきり示すまでには、それなりの葛藤もトラブルも、いろいろあったわけで、そういうのを乗り越えて、「自分はこういう人間だから」と、表にだす。
 私にはそれが、なんとも、かっこいい、てらいのない強さだと、そう感じるのですね。

 本人たちは、自分を女らしいと思っているので、男らしくて素敵、とは、言えませんが。(^^;)
 私から見ると、本当はこういう精神こそが男らしいのよと思うわけです。

 俺は男だ男だといちいちうっさいマッチョなんか話になりません。(←ヘミングウェイよりフィッツジェラルド、となるのも当然ですね我ながら)

 また、見れば見るほど、八重さんのバランスも面白い。

「夫の前を歩く」気性と気骨でありながらも、その、「夫に仕える」という感覚は、私から見るとあまりに古風。
 ですが、この、古風なところと、本人の、自分の信念に忠実なところの、バランスがじつに面白いですね。
 現代の女性の理想みたいな、精神の「自主独立」ぶり、でも、前時代的な献身ぶりが、無理なく、矛盾もなく、同じひとりの人に備わっていること。

 八重さんの面白いところは、徹底的に献身的なのに「滅私奉公」ではないところでしょうね。
 えー、なにもそこまでしなくても、というほど献身的なのに、「私」はちゃんとあるんですね。
「私」が納得したうえでの献身だから、揺るぎがないのだとも、言えそうですが。

 しかしそれもこれも、やはり、ご夫君の器量によるのかなあ。
 ダンナが、もっと別のタイプの男だったら、——頭の悪い、尻の穴の小さい、ぎゃんぎゃん吠えるばかりの腰抜け、弱いものに強く、強いものには徹底的に弱い——なんていうのといっしょになっていたら、八重さんのこの面白いバランスと個性は、発揮されなかっただろうとも思われます。

 それとも、八重さんの気性なら、そんな男だと思ったらさっさと見限ってくるか。(^^;)

 なんにしても、当時の日本においては(いえ、もしかしたら今でも)奇跡のようなバランスのとれたご夫妻なのかもしれません。

 んでもって、「半沢直樹」。
 来週が最終回ということで、盛り上がっているようですね。(^^)

 ただ、これが2作、3作とつづいていくというお話もあるようですが、それはどうなのか。

 続編も同様に面白いとは限らないというのはよくあることですし。
 あんまりそんなあたり(続編とか、ご長寿番組化とか)には、こだわってほしくないなと思っております。

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