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2012.06.30 (Sat)

実務屋さん

 本日は6月30日。「夏越しの祓え」ですね。
 私も参拝したいなと思っているのですが、さて、時間に間に合うか;;

     ●

橋下市長:「文楽協会」補助金、全額カットへ 面会拒否で
毎日新聞 2012年06月29日 12時13分
http://mainichi.jp/select/news/20120629k0000e010202000c.html

 私がなぜ、明治時代を嫌うかというと——キライというのもおかしいですが、少なくとも司馬遼太郎ばりの評価をしないのは確か——、「田舎侍が文化破壊をしやがった」から。

 なるほど明治維新、急速な近代化を成し遂げたというのはひとつの偉業ではありますが、その主力となった「下級武士」は、やはりこういうところが「下級」だったねえ、と残念に思う理由です。
 
 彼らは言ってみれば「現場」の人々であり「実務」には明るい人々だったわけですが、文化、という、「無駄とも呼ばれる『余裕』」、「精神文化」には、まったくもって大べらぼうのトンチキぞろいだった、と思いますね。
 そもそも戊辰戦争などで、旧幕方の兵士の遺体の埋葬を禁止したなんていう、「非人道的」なやりかた自体が、私は気に入らないのです。

 我らが清水の次郎長さんが、見るに見かねて、「死んでしまったものに、幕府方も官軍もない」といって、処罰されるのは覚悟で、路傍に打ち捨てられていた遺体を埋葬していった、という話を聞いて育った身としては、つい、そのように思います。

 そして私が最悪だと思っているのは「廃仏棄釈」。

 文化というのは「目には見えない」財産。(よいものは文化とか伝統とかと呼ばれ、悪いものは因習といわれるわけですが)
 それはひとつのブランドでもあり、意識しなくても人の心の支えにもなることもあり、安らぎであり、潤いであり、人々の「誇り」にもなるもの。

 「よりしろ」はあっても、精神的な財産ですから「物体」としては存在しない。物体がなければそれは「ない」ものなのか、という、——このへん、「科学教信者」とよく喧嘩になるお題にも通じますね。(^^;)
 物体としては存在せずとも、ひとの「精神活動」というものは存在する。ただし、物体ではないゆえに、破壊されることもたやすい。壊れやすいものであるゆえに、大事に守っていく義務が、現役世代にはある。

 ということを、いっさい理解しなかった、「儒教ヒステリー」の明治ってサイアク。というのが、私の見るところです。
 もちろん評価しているところもありますが、こと文化については、そのように判断しているということでして。
 で。
 ………そういうあたりが明治政府とダブって見えるんですよね、橋下さんて。(^^;)

 弁護士出身ということで、弁護士となるとそりゃもう、それこそバリバリの「実務屋」さんなわけだから、もうね……文化についての理解なんてのは、推して知るべしなんでしょうかね。
(こういう言い方をすると、世の中の弁護士さんすべてが文化音痴みたいに聞こえてしまうでしょうから、よくないですよね。すみません;; ただ、実務的なのはいいんだけれども、実務に「しか」意識がないのは、ある種の職業病なのかなあ、という意味で言っている、——とご理解いただければありがたいです)

 丸い卵も切りようで四角、ものはいいようで角が立つ、といいますが(……もとは都々逸だろうかこれ;;)、橋下さんはどうも、いらんところで角を立てまくっているようにお見受けします。自分を批判する人を、それこそ下品な言い回しで攻撃なさいますしね。
 
 基本的に私は、自分が居住している以外の地域についてとやかくいわないようにしていますが(事情がわからないことが多いんで、結果的に無責任発言になるでしょうから)、橋下さんの場合は国政を狙い出したということで——そうなりますと、私にとっても、もはや「範疇外」ではなくなるので、ちょっと言及している次第です。

 国政を狙っているそうですが、私としてはそうなりましても、いっさい支持はできませんですね。
 やはり投票に際しては、その人のモノの考え方の「バランス」を探っていきますが、こういう——「いらんところで敵を作る」タイプは、ちとあやうい、と感じます。

 そりゃ、どうしたって「実務」においては、ときには厳しいことを言いもし、行いもしなければならないのですが、ただ、それでも、「人に報いる」ということを知らない人には、結局大きな仕事はできない。それが私の見るところでございます。

 明治政府は大きな仕事をしたじゃないかって。——ええ、しましたとも。日本の伝統的な信仰の形態をぶっこわし、精神風土の破壊につとめ、それがためにのちの戦争、ひいては戦後の日本文化の「破壊の礎」になりましたさ。たいへんな「功績」でしょうよ。

 戦後の日本の問題を、すべてアメリカさんに押し付けるご意見の方が世の中にはあるようですが、私は、それはそれとしても、結局、少なくとも日本においては「自分で自分たちの文化を破壊した」ことを、見逃すことはできないと思います。
 いいことはすべて自分のおかげ、悪いことは全部他人のせい。——こういう態度、考え方には賛成できかねますね。

 原発問題についても、認識も甘いし考えも甘い、ということが露呈している方ですからねえ。「橋下ブラックアウト」、回避したとはまだ言いきれません。皆様のご無事をお祈りします。

 ということで、私の目には、橋下氏は、少なくとも「文化」というものについての考え方は、明治政府と同じ、というように見えます。
 
 三浦しをんさんはこの一連の動きをどうご覧になっているだろう、とふと思ってみたり。
 
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(2011/07/14)
三浦 しをん

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10:32  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.06.29 (Fri)

今年もこの季節になりました

 「ほぼ日」で、早くも今年の怪談募集が! まだ梅雨明けもしてないのに(沖縄以外)!
 とかいいつつ、私は怖い話、大好きなんで歓迎ですが♪

ほぼ日の怪談 傑作選
http://www.1101.com/fear/2012-06-28.html

 そういえば、今年はやってくれるかなあ。NHK BSの、「最恐! 怪談夜話」。
 この番組、再現ビデオも何もなくて、本当に、話す人が「話しているだけ」なんですけど、これがまたかえって怖いんだ(笑)
 再現ビデオって、下手な演出されると、怖いどころか笑っちゃうものがありますもんね〜。怖い、ということの表現には、情緒というものが必要なのだよと言いたくなる。(^^;)

 怪談夜話については、話は本気で怖いんですが、司会に荒俣宏さんが加わっているので、荒俣先生がいるとそれだけで魔除けになるようで、ホッとできていいんですよね。
 私は怖い話を聞くのは好きでも、「本物」はごめんこうむります。荒俣先生は本物にあってみたいんだそうですが、「僕のところには来てくれない」とのお嘆きで。

 ……まあ、荒俣先生のところに「出る」なら、出るほうにもそれなりの覚悟がいりそうですものねえ……。荒俣先生は「言葉で解剖」しちゃう。怪奇現象というのは、言葉で論理として組み立てられてしまうと、さっきいいました情緒というものがほぼ、崩壊します。

 荒俣先生のところに出ると、成仏というのではなくて存在が分解されそうですから、まあ、そりゃ、先生のところにはいかないよね。と思います。(^^;)
 世の中には明らかに、ああいう存在からは嫌われている人っていますよね。たいていそういう人は、明るく、陽気が強く、ある意味、脳天気で、お化けにあっても怖がるどころか興味津々になるか、面白がるかするだろう、という人。

 私などは本物に会うと、やはりしんみりしちゃいそうで——これはこれで、あちらさまとの波長があってしまいそう。そういう人がやはり狙われ……もとい、頼られるのかなあ、と思うことがあります。

 怪談夜話、2009年と2010年のお盆は放送してくれましたが、去年はなかったんですよね。今年はどうかなあ。
 いまのところ、私が最高にビビったのは、2009年の最後の一話と、2010年の、「山中にひっそりあるお地蔵様」のお話でした。

    ※   ※

 「本物」は辞退したいという私、「本物」に遭遇したことはあるのか、といいますと……あります。
 ありますが、べつに怖くはありません。(^^;)
 よくある話で、「その場では、それをおかしいとは思わない」んですよね。で、あとになってから「え? そんなわけないでしょ」と、現実ではありえない現象だったことに気づく、みたいなパターンです。

 さらにありがたいことには、私の場合、いずれも、害意があるものではなかったんですよね。
 害意とか悪意とか——やはりそういうものがあると怖いだろうと思いますが、私の場合は本当に、生きている他人様と街の中ですれ違うような感じで、なんの「衝突」もないから、恐怖もありません。

 でも、怖い話がダメという人には、とにかくイヤなものだろうから、どんな出会いだったかはナイショにしますね。(^^;)

        ●

 怖くない話をひとつ。

 先日、ちょっと感動したことがありまして。

 例によって平日昼間、ビジネスマンだらけの新幹線に乗っておりましたとき。

 出張からお戻りらしい(夕方でしたんで)ビジネスマンふうの男性5人が、わりと近い場所にいまして。
 どうしてもビジネスマンというのはああいう時間帯には、あれこれ気を張っていたのがほっと緩んで、かえって、不機嫌モードにはいってしまいがちですが、その方々は、わりと和やかな雰囲気でした。
 それだけでもありがたいなあ、と思うんですけども、感心したのは、途中の駅で彼らが降りていったとき。

 全員、シートのリクライニングを、きちんともとの位置に戻していったことでした。

 いまや、車内アナウンスでいちいち、「降りるときにはシートを戻していってね」などといわれるようになってしまいましたが、しかしそれでもなお、シートを戻さない人のほうが圧倒的に多いのが現状。

 いってみればああいうのは「よそさまのものをお借りしている」わけで、借りたものを返すときは、きちんとした状態にもどす、整える、というのは、最低限のマナーですよね。
 しかし最近ではホント、そんなことをする人のほうが少ないわけです。

 まして人間は不思議なもので、ひとりで行動しているときはそんなことしないのに、集団で行動しているとへんに気が大きくなるのか、やけに傍若無人なふるまいをする人がいる。
 そういうなかで、5人ほどのグループで、全員が、きちんとシートを元に戻していく、というのが、私にはたいへん珍しく、それゆえに爽やかなふるまいに感じられました。

 が、ふとみると、通路側の席の、前方にあるネットに、空になったペットボトルがそのまま残されていました。
 うーん残念、と思っておりましたが。

 新幹線が駅のホームへ滑り込んでいくとき、さきほどのビジネスマンのおひとりが、慌てて戻ってきました。
 ん? と思ってみたら、彼はそのペットボトルをとり、急いでまた、車両の出口へ戻っていきました。

 おお、と思いました。
 ペットボトルを座席に置いたままなのを、ちゃんと思い出し、かつ、回収に来るとは。

「発つ鳥あとを濁さず」、自分が使ったものをきちんと片づけていく。——当たり前っちゃ当たり前ですが、あまりにもその当たり前を行わない人が多いもんですから、しばし、感動しておりました。

 いいものをみた、と思います。

 見ている側までが気分が良くなる、爽やかな気持ちになる、というのは——いいもんですよね〜。(^-^)

 
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2012.06.28 (Thu)

請願署名、ふたたび

 またかよ、などと言われるかな;; どうぞご容赦ください。
 アメリカ大統領府への請願署名の件をふたたびお知らせということで;;
 
 過日お知らせ致しました、「いわゆる so-called従軍慰安婦の碑の撤去ならびに、そのデマへのサポートを即時やめるようにもとめる」署名(http://wh.gov/yrR)ですが。
 あれ、〆切が6月10日だったんですけど、まだ署名が続いてるんですよね。
 締め切り日過ぎたら受付されないと思っていたんですが………、というか、受付はしておいて、あとから「6月10日以降の分は無効」なんて言われちゃうのかなあ、となんともビミョーな気分になります;; どうなんですかねそのへん。( ・_・;)

 ともあれ、6月10日の〆切時点で、規定数の25,000はこえ、30,000には達していたので問題はないと思いますけども。

 それに引き続きまして別件の請願署名のお知らせ。

 2007年、日本は安倍内閣のときでしたが、アメリカ議会で「アメリカ合衆国下院121号決議」というものが可決されました。
 従軍慰安婦の件について、日本政府に謝罪を求めるという内容のものです。
 なんでそんな話にアメリカがしゃしゃり出てくるのさ、というのがそもそもありますが、しかし問題なのは、これが嘘、デタラメを根拠にしている決議であること。

 であるゆえに、安倍内閣としてもいちおう、新聞に意見広告を出して、従軍慰安婦というものは実在していないとは言ったんですが、みごとに無視されましたね。(むしろかえって非難された)

 あれはじつのところ、日本がどうこうというより、アメリカ議会における、民主党と共和党の選挙向けのアピール合戦に利用されたという側面もあったりして。
 ……いよいよもって迷惑なことでした。

 ということで、慰安婦「記念碑」(具体的には慰安婦のなにを記念するんだろう。面白い人たちだ)撤去を求めることにひきつづきまして、そもそもああいう記念碑設置を認める根拠にされてしまっている、この下院121号決議をまず撤回してもらおう、ということのようです。

 趣旨にご賛同の方、ご署名をいただければと個人的に思っておりますので、またも、こんなところで書いております;;

・署名サイト⇒http://wh.gov/lBwa

・署名方法について(PDF)
http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/05/whi-H-Syo01.pdf

 以前に署名のため、アカウントを作成した方は、今回は「CREATE AN ACCONT」ではなく「SIGN IN」のほうをクリックしてください。
 サイン・インしますと、「SIGN THIS PETITION」のボタンが表示されますので、このボタンをクリックして署名完了となります。署名が受け付けられれば自分の名前が表示されますのでご確認を。

 ちなみに、今回の署名は〆切が7月21日、規定数25,000となっております。m(_ _)m
 
 じつのところ、私個人としては、今回の請願の文章が、ちょっとなー、という感じで……趣旨はいいんですが、「ものはいいよう」という点で、じつのところ「稚拙」な表現が目立ちます。
 とはいえ、その稚拙と感じる表現を「洗練」させるだけの教養は私にはないもんですから、具体的にこうしたらいいのになということも申せません;;(日本語だったらなんとかなるかもしれないが、英語となると。(^^;))
 ……「こういう言い方はいかがなものか」とちょっと迷いましたが、趣旨自体は賛同しますので、署名いたしました。

 気持ちはわかるんだけど、こういうことで「激昂」するのは得策ではない。読むとわかるんですけど、ちっとばかり「論理の飛躍」があるんですよね;; もうちょっと冷静に文章を練っていただけるとよかったかな、というのが、私個人の感想です。
 なにごとにつけ、あくまで頭は冷静に、言葉と表現は慎重に選ぶほうがよろしいでしょう。

 ついでにいうと、明らかに韓国べったりなのが気持ち悪い(日本の)民主党ですが、——例のスワップ協定の話では、私、本気で頭に血が上りましたが。
 ただ、野田総理については、せんだっての韓国の李大統領との会談の席で、あちらさんがそりゃーもー、しつっこく、この「いわゆる従軍慰安婦」について食い下がってきたのを、絶対折れずに押し返したのは、評価しておきたいと思います。

 またそこでヘラヘラと迎合して、総理がへんなことを言っていたら、ますます話がややこしくなるところでしたからね。
 私はこの話を聞いたときは、「野田総理の態度は支持できる」と思いましたです。

 それにしても、さすが国を挙げて精神疾患というだけのことはあり、李大統領は本気でしつこかった(&感情的だった)ようで、さしも温厚な野田総理も、会談後、不快感を周辺には隠さなかったというのですから——国民の一人としては、この点については、総理をねぎらってさしあげたいところです。はい。
 ほんと、イヤなものですよね、キ○○イと話をするのって。(^^;)
 これが日本で古来から言う「ケガレ」気枯れ、ですね。こっちの正気や元気が損なわれてしまう。

 で。
 ホワイトハウスへの請願はそれとしても、まず日本人としては、村山談話と河野談話の撤回もしくは「訂正」をしたいところです。うーむ。これはどこに請願を出せばいいんだ。


《請願趣旨》

WE PETITION THE OBAMA ADMINISTRATION TO:
Repeal the House of Representatives Resolution 121 to stop aggravating int'l harassment by Korean propaganda & lies!
In "Discount Japan" campaign, using holocaust image conveniently, South Korea takes advantage of Seiji Yoshida's creation "comfort women" which later he confessed a fiction.

Oral testimonies are not evidence of coercing or abduction!

The House Resolution 121 in 2007 is based on fabrication. It gives South Korea a path to accuse Japan for its deed during WWII therefore to justify their murder, abduction, and invasion of Takeshima islands which has abundant of methane hydrate.

If US-Japan alliance is truly the cornerstone of US security interests in Asia and the Pacific and is fundamental to regional stability and prosperity, do NOT allow Koreans to deteriorate it. We strongly request US government to act only based on truth and justice!

【訳】

オバマ大統領府に請願します:
下院121号決議を撤廃し、韓国のプロパガンダと嘘による国際的嫌がらせの助長をやめろ!

韓国は、「ディスカウント・ジャパン(日本を貶める)」というキャンペーンのもとにホロコーストのイメージを体よく使って、吉田清治が後に嘘であったと自白した「慰安婦」という捏造を利用している。
口頭証言は強制・拉致の証拠にはなり得ない。
2007年に可決された米国下院121議決は、捏造に基づくものである。これは、韓国に大東亜戦争での日本の行いを糾弾する道を与えるものであり、ひいてはメタンハイドレートが多く埋蔵されている竹島での、殺人行為、拉致と占領を正当化することになる。
もし日米同盟が真にアメリカのアジア太平洋地域の安全保障の礎石であり、同地域の安定と繁栄を支えるものであるのであれば、韓国人による関係悪化を許すまじ!米国政府は真実と正義に基づいて行動されよ。

 
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10:23  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.06.27 (Wed)

四方山話

 おお、これはぜひ買わなければ。

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 電子書籍版もあるそうな。
 そういえばAmazonさん、日本でもキンドル発売ですねー。
 具体的にはいつからなのか、おいくらなのか、わかりませんが……。うーんどうしよう。

 iPhoneを使っている身としては、だったらiPadも、と思うところなんですが、先日もちらっと書きましたように、最近目が弱っているので、……キンドルは本当に目にやさしいんだそうですね……キンドルがというより、キンドルが採用している「E ink(イー・インク)」は、というべきか。

 キンドルにもカラー液晶のAndroid搭載のものがあるんだそうですが……うーん。単純に本を読むだけで考えれば、とにかく目にやさしいほうがいいです。読書だけならモノクロでもべつに問題ないし。

 ソニーさんのタブレット端末も、このEインクを採用しているそうですが……。むー……。

 よーするにこれは、私が、それをどんなふうに使いたいか、ということなんでしょうねえ。
 iPhoneを使っていると、やはり画面が小さいのがもどかしく、「iPadか」とも思うし、しかしそういう機能はべつにいらん、本を読めればいいや、というのであれば、キンドルなり、ソニーリーダーのほうが使い勝手がいい、ということになるし。

 はてさて。

 ようは「自分で決めること」が大事なんですねえ。これをもっていれば間違いないというような、「絶対解」はない、ってところでしょうか。
 自分で目的を決めれば「最適解」は見えてくる。そんなところですかね。

 とはいえしかし、——なんせ私も気が多いので、そうなってくると逆に迷いますねー。(^^;)
 本を読む、ということにまず絞ってみて、それでじっさい使ってみれば、ああやっぱり読めればいいやということになるか、それとも、「パソコンの機能」もほしくなるか、わかってくるかな。

 ひとまずは「本を読む」最優先でいきますか。ネット環境についてはiPhoneがあればとりあえず間に合うわけだし。

 ということで、ソニーリーダーも選択肢にいれつつ、キンドル待ちってことで。
 あとは価格か……。(大問題ですな;;)

     ●

 小沢一郎氏の「ぶっこわし」、これで何度目ですかね? と世間話をしていたら、近所の某さんが「5度目!」と即答してくださいました。(^^;)
 仏の顔も三度、という言葉もありますが、5度目となるとなー。……あたしゃ2回目くらいの時点でもう見切っていたような気がします;; 仏じゃないから;;

 で、今朝のワイドショーをザッピングしていたら、いまごろ、「いままでの消費税導入や税率アップのときとは違って、今回は、純・増税」なんて話をしている。
 ………遅いわ。

 こういう話はとっくに、経済誌では出ていましたよ(そういえば『自称・情報強者』がそろっているはずのネットでも見なかったような…?)。衆院で可決されてからこんな話して、なんの意味があるのか。
 ……やっぱりテレビメディアって、本当の意味での報道機関ではないってことですかね?
 
 とりあえず私としては、増税しなければならないことはわかっているので、その使い道、使い方のほうを重点的に報道してほしいんですがね。
 消費税の話と同時に可決された「社会保障改革法案」、なんど聞いても主旨がよくわからないのです私の頭では;; えーと、ひょうたんなまず、てんですかねこういうの。

 具体的に社会保障制度をこうする、というのではなくて、たとえば公的年金なら、「財政の現況や見通しなどを踏まえて、『社会保障制度改革国民会議』で検討し、結論を得る」んだそうですが。
 ……つまりなんですか? 具体的なことを考えようねってことを決めた、ということであり、具体的なことはぜんぜん盛り込まれていないのが、今回の「社会保障改革法案」てことですかね? そういう理解でOKでしょうか?

 こういう話をこそ、あたしゃ突っ込んで聞きたいのですが;;
 民主党が分裂とか、どーでもいーです。
 問題は国政であって、政党の「お家事情」なんかどーでもいいわ。早晩分裂することはわかってたでしょ。あのぶっ壊し屋がいる以上。

 とはいえ、ちゃんと国政の話をしろといっても、日本の「報道機関」には無理なんでしょうかね、この「痴的」レベルでは。(--;) 
(ああどうしよう、イヤミがとまらない;;)
 
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2012.06.26 (Tue)

虚実大混乱

 世間様とは意見のあわないことが多いわたくしですが、そのなかでも、アイドルといわれる人々については、意見が合わないのを通り越して「意味不明」になることが多い。

 ここまで意味不明なのも久しぶり。
 さるアイドルグループに所属の女の子(バッシングしている連中は忘れているんでしょうが、彼女は未成年です)の、世間様の大騒ぎにつきまして。

 まああれだ……「芳紀まさに十八」みたいな古典的表現もあるくらいの、お年頃の女性にたいして「恋愛禁止」なんてくだらねえことをいうこと自体、私としては「(笑)」というのが、そもそもなんですけども。

 禁止されようがどうしようが、どーにもならないのが恋愛というものなんで、理性でどーにかなるくらいなら、それは恋ではないので安心しろといいたいくらいです(逆説的に言ってます)。

 私がいちばん呆れたのは、アイドルにたいして幻想を抱くのは勝手だが、その幻想を幻想として認識できていない人々の荒れっぷりでございました。

 まあこのへんは男も女も同じですけどねえ…。どーも私にはああいうのが、昔から理解できませんで。(^^;)
 中学生くらいのころにはありましたよ…やはりアイドルとか好きな子が、そのアイドルに浮いた話でもあろうものなら、文字通り、涙にくれているというようなことが。
 ああいうの、申し訳ないが本気で理解不能でした。
 そういう意味では10代のころでもあたしゃなんだか冷めてましたねえ。こういうのって結局、「性分」なんですかね? (^^;)

 恋愛ゲームを恋愛の代替物にできると信じていたり、アイドルなり有名人なりに寄せる自分の「幻想」を、現実と完全にごちゃまぜにしたり。
 わからん;;
(近年では声優さんがすっかり『アイドル』化しましたが——あの現象も、私には正直言ってびっくりでございます。(^^;))

 今回、呆れるのを通り越したのは、男性の「処女信仰」でございました。
 荒れているファンの「怒り」の根底には、この処女信仰が関係しているのだからやはり無視はできません。

 ………こればっかりは想像を絶しているんですよね。
 たいていのことは、男性のある行為をみて、女性ならああなるんだな、というように「変換」ができるのですが、こればかりは…。まあ、女性の中にも「童貞信仰」するひとがいないとも限らないけど、ちょっと想像がつかない。

 あきらかにその人を自分の性的感情の対象にしていながら、その人に処女であることを求めるというのは、私の目にはすさまじい矛盾に見える。葛藤になりません?;;

 ニコニコニュースで記事についているツイートをみていて笑ってしまったことがあるんですけども、彼らにとって女性とは、「処女」ではないなら「B----」だ、という感覚らしい。

 世の中にはそういう人もいる、ということで、私もふだんは、そういうのをお見かけしてもスルーしているのですが、今度のことはちょっと目に余る。
 週刊文春も堕ちたもんですよね。そりゃ昔から下品な週刊誌だったけどさ、なにもここまで堕落しなくてもいいのに。泉下の菊池寛が聞いたら泣くでしょうよ。放射能怖いで不安を煽ったり、将来ある未成年者を潰して、それでやっと売れる程度でしかない、そんな雑誌しかつくれないなんて聞いたらね。

 幻想と現実を区別しない人たち、また、こういう人たちを焚き付けて商売するというのは、その下劣さはシャレにならないと思います。

 なんにしても、男性の性的幻想はすごいものがありますね。
 ——渡辺淳一さんの「愛の流刑地」以来ですね。男性の、女性に対する性的幻想のすさまじさに、ちょいと引いてしまったのは。(^^;)
 幻想を持つなとはいわないけど(異性に対する幻想を持つというのはお互い様ですんで)、それはある程度は隠しておこうとする「恥じらい」は、求めておきたい;; 男女を問わず。
 
 この「処女でなければ、B----」という極端な考え方ってなんなのかなあ、と思ったんですが、それでふと思い出したのは、筒井康隆御大の「20000トンの精液」という短編でした。
 うーん、タイトルからして刺激的。(^^;)

 私は「くたばれPTA」という本に収録されているのを読んだんですが、……現在入手可能だろうか……。
 ある意味、「名作」ではある。
 最初に読んで、読了直後には、「……………(笑)」でしたが。
 男の人ってフビンだなあ、という感じで、もう笑うしかなかったというか。(^^;)
 ま、なんだかニオってきそうな感じでもあるので、軽く吐気もありましたが;;
(でも本当に吐いたりはしませんでしたから、ドストエフスキーの『罪と罰』よりは大丈夫でした。私はあの小説、ラスコーリニコフが殺人を犯したあと逃げていく場面を読んでいて気分が悪くなり、トイレに駆け込んでました;; ロシアの下町の、汚い路地に充満する臭いを、つい、リアルにイメージしてしまった;;)

 この短編に登場する「夜ごと10億人の男たちと交わる処女」って、男性にとっては究極の、理想的なシステムなんでしょうね。
(10億の男と交わる処女ってなに?! とびっくりなさるでしょうが、そこが御大の発想力のすごいところ。その詳細をかたるとネタバレになるので書きません。どうしても気になる方は古本を探すか、図書館で探すか、個人的にお尋ねください;;)

 現在、我々の社会には、この小説に登場するような画期的なシステムは存在しませんが、しかし実在したらさぞかし男性にとっては理想的でしょう。
 なんせ、あんなことやこんなことが、妄想炸裂のままにし放題のうえ、相手は、彼らが大好きな処女でいてくれるんですから。
 そう考えると、「現実の世界には存在していない性的アイコン」「うつしみをもたないアイドル」である、二次元キャラクターというのは、かなり、「夜毎10億の男と交わる処女」にちかいものだといえますね。なるほど。

 やはり筒井康隆御大はすごいなーと思いつつ、しかし、未成年者にたいする尋常ならざる仕打ちは、これはもう犯罪だといえるのではないかとも思い、この件についてのニュースを聞いている次第です。

(じっさい、道義に反することをしているのは、女の子ではなく、彼女を食い物にしている週刊誌であり、金のために週刊誌にゲロった男であり、かつ、公私と虚実の区別のつかない人々だということは念を押しておきたい)

 ……まあ、日本が平和だという証拠ではあるんでしょうけどね……。ふー……(←ため息)

 ああ、そういえば、このアイドルグループのシステムはキャバクラと同じであるゆえに、この女の子にも(キャバ嬢同様)そういう幻想を守る義務があるのだというご意見もお見かけしました。
 すごい詭弁だなと私個人は思いますけれども、——では、そういう前提で私なりに考えてみますと。

 その昔の吉原というところは、完全に「3次元ファンタジー」の「夢の世界」を作り出していたわけですが、それでも、遊女たちの「虚構性」を理解しない男は、「野暮天」といって嫌われたし、目に余るようだと、もはや客の扱いも受けずに、そもそも吉原の大門をくぐれなくなった、という例を挙げておきたいと思います。

 これは現在でも通用すると思いますね。遊びを理解しない野暮天。虚構の世界で遊ぶから楽しいのだということを理解しない——虚構だということは、現実には存在していないということがわからない「とんちき」。

 しかるに現代では、こういう客にもならないような野暮天が非難されるのではなく、虚構であることそのものが非難されてしまうわけか。

 このアイドルグループがキャバクラと同じシステムだとしても、今回のような「客」連中の、虚構と現実の違いを理解しない態度は、野暮とかなんとかいうレベルを超えている。そういうことだと思いますね。

 現代は、「遊び上手」が極端にいなくなり、「野暮天」が増えたばかりか、大門の出入り差し止めレベルの連中が、ものすごい自己弁護の論理を展開している、ということでしょうか。

 遊びには遊びのルールってものがあるんでしょうに。

 そういえば野暮天なんて言い方も、めっきり聞かなくなりました。
 それがどういう人間のことかは、説明するのもそれこそ野暮ですが、まあ、ご参考までに。↓
(大辞泉より)

やぼ【野暮】
〘名•形動〙《語源未詳。「野暮」は当て字》
1 人情の機微に通じないこと。わからず屋で融通のきかないこと。また、その人やさま。無粋(ぶすい)。「—を言わずに金を貸してやれ」「聞くだけ—だ」↔粋(いき)。
2 言動や趣味などが、洗練されていないこと。無風流なこと。また、その人やさま。無骨。「—なかっこうをする」↔粋(いき)。
3 遊里の事情に通じないこと。また、その人や、そのさま。


 
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2012.06.25 (Mon)

「三毛猫ホームズの推理」

 最近では全体的にテレビドラマは低調だそうで。
 これはもうしょうがないのかなあ、と思います。昔みたいに「ゴールデンタイム」というような、家族がそろってテレビを見ていられるというような時間帯、事実上、なくなっているんじゃないでしょうか。

 私にしてもドラマを見ているとはいえ、ほとんどは、なにか家事を片づけながら横目で見ている、ほかの部屋へ出入りするときにちらっと見ている、みたいな状況がすごく多いんですよね。
 どうしてもじっくりみたいものは録画しますが、これがまた、録画が溜まっていくばかりで、ちゃんと見たのは3ヶ月後なんてのもザラです。

 ドラマの視聴率が10%を切るとなんだかんだといわれるようですが、どうなんですかねこの基準。この基準自体を見直したらどうでしょうか。
 あとは、この録画予約、録画がどれほどされているか、というの数字も含めないと、「どれくらい見られているか」の実態は、わからないんじゃないかとも思います。
 が。
 賭けてもいいですが録画の場合は、リアルタイム放送を見ているときとは違って、まずCMは見ませんよね。(^^;)

 私などはリアルタイムで見ているときは、CMというのは「トイレタイム」ですから、見ないことには変わりないですが。(^^;)

 まあなんにしましても。
三毛猫ホームズの推理 http://www.ntv.co.jp/mikeneko/」面白かったですよ〜というか、……ホームズ役のシュシュちゃんが、かーわいかったわ〜♪

 テレビドラマ初の企画、ってなにかと思いましたが、Wエンディング投票ということで……、あれですね、エンディングのどちらのパターンがいいかを投票するということだったんですね。ナルホド。

 それにしても、過去にもドラマ化されたことがあった三毛猫ホームズですが、今回は、なんといってもホームズ自身がしゃべるというのが面白かったです。
 マツコ・デラックスさんの存在感が、すべてだったような気がする(笑)
 あの存在感なくしては、ホームズのインパクトも全然ちがっていただろうと思いますです。

 それにしてもホームズは本気でナゾですね。主人公たる義太郎さんのおじいさまとホームズが写っている写真があって、それがざっと60年前……。
 ………まあ、人間の姿になるし(しかもなぜか毎回コスプレ…)、日本語話すし、というより人間以上に推理がキレてるし、……化け猫ですよねどう考えても;;

 化け猫といえば、古式ゆかしい「ねこまた」。
 私が昔聞いた話では、猫も10歳をすぎると、尻尾が二股に割れ、人間の言葉を話すということでした。

 が、昨今ではペットも寿命が長くなる傾向にありまして、飼い猫なら10歳超、珍しいことではなくなってきましたね。うちでも、過去、10歳をこえた猫が何匹かいましたし、現在も1匹いますけれども、今のところ、尻尾も分かれないし日本語も話しませんねえ。
 日本語を理解しているらしい気配はありますが。(^^;)

 なんにしても、今回のドラマ「三毛猫ホームズ」、可愛い化け猫でした。(^-^)
 
 
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2012.06.24 (Sun)

本日お休み

結局、予約投稿する間もなくお出かけのため、本日お休みです。

三毛猫ホームズの感想も書きたかったけど、また明日にでも。(^_^)

それにしても…東海道新幹線、こだま、いつから車内販売がなくなっていたんでしょう?
ちょっとびっくりしております。( ̄◇ ̄;)
最近、車内販売に当たらないのは平日だからだと思っていましたが、営業がなくなっていたようで、さっき寄った駅の売店で、こだまには車内販売がないと貼り紙に書いてあってびっくりしました。

いよいよしわくなってきたかな…。
そのうちこだま自体がなくなる可能性もじつはあるんでは…….?

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2012.06.23 (Sat)

大事な人

 もうだいぶ長いこと、まともにお日様を拝んでいない……。
 ほかの地域では晴れていても、山間になるせいか、うちのほうだけは曇っているというようなことが多いのですが、今日もそんな感じ。
 久しぶりに明るいことは明るいのですが、晴れているというほどでもなくて、こういうのは「薄曇り」っていうんですよねー……。
 そろそろ……晴れて欲しいなー。(^^;)

       ●

 日経新聞夕刊、「こころの玉手箱」というコラムがありまして。
 月曜〜金曜日の夕刊に、インタビューをまとめたコラムがあるのです。
 今週6月18〜23日は、もと大関魁皇の、浅香山博之さんでした。
 思わず記事をスクラップ。(^^;)
 しかし木曜日分は、先に母に新聞紙を使われてしまって確保できませんでしたが;;
 飼い猫が吐いたので、その始末に使われてしまいました(涙) しくしくしく(涙)

 大関魁皇は、「気はやさしくて力持ち」の、典型的な「おすもうさん」でしたね。相撲に品格があり、好きなおすもうさんでした。
  
 そのなかでひとつ印象深いお話が。
 武双山関の優勝、ひいては大関取りがかかった、千秋楽の大一番で、魁皇関のほうが緊張してしまい、あっさり敗戦。
 私もあのへんのことは覚えていますが——、でも、なんというかね……、そういう、お人好しのところが魁皇関の持ち味でもあり、そういう「人の良さ」が、相撲の品格の理由のひとつだったから、私としては特別、どうという感慨もなかったんですけども。

 ただ、周囲がうるさかったという話は聞いておりました。今回のコラムでは、そのへんのことがきっちり語られていて興味深い。

「(場所後の)打ち上げ会場で、こっちはただでさえ、ぶざまな負け方でへこんでいるのに、後援会の人が追い打ちをかける。「武双山のほうが優勝がかかっているからもっと緊張しているはずなのに、何で勝ち越しくらいで緊張するんだ」「何考えてるんだ。あんなみっともない相撲を取って……」
 相撲を取ったこともない人に言われるのが悔しくて、我慢がならなかった」



 まーるいお人柄、という印象なので、こういう話をずばりなさるとは思っておりませんでしたんで、
「あの魁皇関が、こんなことをずばり、新聞紙上でいうとは」
 と、ちょっとびっくりでした。

 ああ、でも、いますよねえこういう人。(--;)
 サッカーファンとかサッカーメディアなんか、みんなこんな調子ですよ。あたしゃああいうのがキライでね——自分の分をわきまえない発言を平気でする、というのがね。
 で、そういうのを指摘すると、批判を受けて強くなるんだとかなんとか開き直りやがるでしょ。
 話の外だわ、としかいいようがない。
 そんなことを繰り返して、いまやわたくし、「サッカー自体は好きだがサッカーに関するカルチャーはキライ」という立場になってしまいました。(^^;)

「そのころから人との付き合い方も変わった。上辺の付き合いではなく、自分が今何をやっているか理解してくれる人が大事だと思った。そういう人は、治療、リハビリ中は誘ってこない。「元気になったら行こう」。そういう人が本当のファンなんだと思った。」



 なんかこう——若い人の話を聞いていると「友達」の有る無し、あるいはその「数の多さ」をひじょうに——非常にというか私から見ると異常に気にする傾向があるようですが。
 あげくには恐喝の被害を受けていながら、その恐喝犯のことを「友達」と表現してしまうのを聞くと、なんだか痛々しい気持ちにさえなりますが。

 そういう人には、浅香山親方のこのエピソードを、聞いて考えてもらいたい、と思いましたです。
 まずは自分を大事にしましょう。自分を大事にしていれば、誰が本当に自分のことを思ってくれている友人なのかが、わかるようになりますから。

 ほんと、空気なんか読まなくていいから(←付和雷同や同調圧力が嫌いだからこういうことを言う;;)、人の心の機微を学べ、ってところですね。(^^;)

 ——誰に対してもいい顔をしておきたい気持ちって、たぶん、多かれ少なかれ誰にでもあるもんだと思いますが、そうやって、あらゆる方面のあらゆる人を大事にしようなんて思っていると、いつのまにやらものすごい大荷物になって、たいへんな負担になる。

 やはりある程度の割り切り、あるいは見極めというのも、大事なことだと思いますね。
 魁皇関はそのとき、いい意味での荷物の整理ができていたんじゃないかなあ。

 ——そんなことが印象に残ったお話でした。

 
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2012.06.22 (Fri)

大統一理論

 昨日は夏至でしたが、やはり日の出から日の入りまでを楽しめる夏至にはなりませんでした。
 きっちり「昼間が一番長い日」を楽しめた記憶がないんですけど。
 いくら梅雨時でも、たまにはあっていいはずですよねえ、晴れた日の夏至。
 それとも私の記憶がどこか抜けているのか。(^^;)

 ともあれちょっと気分を出したくて、ブログのテンプレート、PC版とケータイ版は七夕にしてみました。スマートフォン版は七夕イメージのものがないので、フリフリな感じのものになってますが。(^^;)

 昨日はまたちょっとお出かけ。タクシーの運転手さんと日本の経済政策について熱く語り合ってしまいました……;;
 しかしまあ、なんにしても小沢一郎氏というのも変な人だと思いました。同じことを何度も何度も………、これで何度目でしょうね。
 こういう人の、こういうありさまをなんども見ているのに、まだ「小沢待望論」を語る人は、私には、脳味噌か、精神のいずれかあるいは両方に、なんらかのトラブルを抱えているんじゃないかとしか思えない。
 それとも確信犯なのか。(こっちのほうがタチが悪い)

     ●

 為末大さんのツイートがあいかわらず、深い。
 短い言葉ですぱっ、すぱっといえるのはカッコいいなあ。(^-^)
 私はどうも思考が散漫なせいか、どーしても、うだうだ、くだくだ、長くなっていったうえ、最後には「……なんの話でしたっけ」などと言い出す始末ですから;;

 ともあれ、「勝負事」についての考察は昨日からあいかわらず、深く、鋭く、かつ、経験による言葉なので、うんうんとうなずきつつ拝見しております。

勝ちたいと勝たなきゃの違いがわからない人の世界観は、競争が善か悪かの二元論になっている。

 ………はーい…。(←該当者なので手を挙げる)

人より優れていなければ自分に価値はないと感じている人の勝負は義務化しやすい。

 そういうことですね。で、いまの社会では、自動的にその義務の勝負が「あたりまえ」という価値観を、知らず知らず心に埋め込まれるようにできているし、また、そういう価値観を持った人間でないと適応できないような仕組みになっている。

 そういう(社会が要求している)価値観ではない自分を持つということは、社会不適応にならざるを得ないが、それでも社会の中に存在しようとするなら、それこそ他者を寄せ付けないような圧倒的な勝者であることが必要。

 よーするに、負けているあいだはただの「はぐれもの」だが、勝ちさえすれば、「あの人はへんなひとだけど、でもすごいよね」という評価のもと、その社会の中で地位を確保できる。
 社会が要求する「ガイドライン」からはずれている人間は、はずれたまま、独自の世界に生きるか、あるいは、その独自性を社会に認めさせ、ヘンなヤツと思われる部分はそのままに、社会の中に存在するか。
 そこまでの独自性を発揮できない場合は、もちろん、「単なる、ヘンなやつ」「ただの敗者」で終わるだけ。

 私はいまの社会の「仕組み」を、そのようなものと捉えております。

勝ちたい人と勝たなくてもいい人を上手に共存させるのが難しいんだと思う。勝ちたい人から勝負を奪うのも酷、勝たなくてもいい人を勝負に巻き込むのも酷。

 ………まったくですねえ。
 
 種々さまざま価値観を認める、ということが、なぜ、求められるかといえば、その「酷」であることが、ただヒドイ、というだけではすまされず、人の命を奪うようなレベルにまでいたるからでしょうね。
 酷ではない、もしくは、酷であたりまえだ、という考え方の人々からの、あいかわらずの圧力、暴力はあるけれども、それでも、その苛酷さの緩和を求める声もまた、やむことはないだろうと思います。

 さてしかし、かくも生きにくい世の中でも、自分の「好き」を守っていかに生きるか、というのは、これは各人、テーマで背負っていることでしょうね。

 私なども為末さんがご指摘になる二元論が、意識から抜けない人間ですし、その価値観に照らし合わせると、私などはまさに「生きている価値がない」超・敗者ということになるので。
 正直言って、いろいろつらいです。(^^;)

 さりながら、でも、どーかんがえてもこの「二元論」はおかしい。誰がなんと言おうとこの二元論は「ちがう」と感じる。
 二元論では「道理」というものが、成立しないので。

 物理学においては4つの力——電磁気力、強い力、弱い力、重力——のすべてを、ひとつの理論で表そうというのがひとつの理想だそうで。
 重力以外の3つの力をひとつの理論であらわす「大統一理論」はあるけど、重力をもふくむものはまだ、という話だったと思います。

 私も、物理ではなく、宇宙にも、その憧れの大統一理論みたいなものが、解明されていないだけで存在しているのじゃないかと思っているんですよね。
 その理論にはすべての存在のありようをつらぬくなにかがあるはずで。

 そう考えていくと、白か黒かの二元論なんてのはもう、お話にならないくらい、「狭い」考え方だという気がする。
 だいたいこれだと窮屈でしょうがない。
 せっかくこれほどの手間をかけて存在している宇宙が、そんな狭いことで満足できるものなのかと考えると。
 二元論は「ちがう」と感じる。

 どうも理数系の才能に見放された頭なので、うまいこと言葉にならずに申し訳ないのですが。(^^ゞ

 人が思考の段階を深めていく、進化の過程においては二元論と対面するのは仕方ないことでしょうが、そこで止まっていてはいかんでしょう——という感じ。

 じっさいこうやって、二元論を遥か超越した世界観というのは、たとえ少しずつでも語られるようになっているわけですから。

 二元論の相克を、人類の意識全体が、いつか超えていくことを、ただいま、わたくし、ぼんやりと希望しております。

 
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2012.06.21 (Thu)

愛の明星

 火曜日〜水曜日にかけては台風、水曜日はじつは新月、そして今日は夏至です。
 ………季節の節目をまえにして、なんだかすごい「クリーニング」がされているような気がする……。
 とはいえこのクリーニングの目的、その効果についてはちょっと……不明ですが。(^^;)

 かねがね、つらつら、考えてきたことのひとつに、「社会の『女性化』」があります。
 現代の文明というのは、はっきりいえばキリスト教文明でありまして——日本はキリスト教文明ではなくても、しかし世界の主流がキリスト教文明である以上、軋轢や葛藤を抱えながらもその価値観に従っているわけなので、まあ、現在の近代国家というのは、キリスト教文明の影響下にあると思います。

 で、キリスト教の根本精神その原理は何かというと、男性原理、父性原理なわけでございます。
 たとえバチカンの信者数が減少していても、欧米では無宗教を名乗る人ががんがん増えていても、その社会の基礎となる「精神」は、いまだ、滅んではおりません。

 以前よりは少しずつ、社会の中に、その鬱陶しい男性原理から脱却するものが現れているとはいえ、まだまだ——世の中はマッチョイズムでございます。
 ——欧米の、「マッチョ」であることがとにかくいいことだという、彼らの無意識の価値観に触れてご覧なさい。気持ち悪くなること請け合いですから。
 
 だいたい、なにかひとつのガイドラインを設けると、何人たりともこのガイドラインからはずれてはならぬ、という態度になる、あれはもう、父性原理以外の何者でもない。
 いままでさんざん男尊女卑でやってきたくせに、国際上の建前として、男女平等、女性の社会参画をうながすのだ、という「ガイドライン」ができると、こんどはそれを馬鹿みたいに相手かまわず押し付けてくる。
 そのガイドラインからはずれている国(日本のことだと思っていただいてけっこう)があると、こんどは口を極めて居丈高に罵る。

 相手の言い分を聞き、相手の状況に柔軟に対応するという態度がない、その高圧的なところがすでに男性的すぎると気がついてもらいたいもんだ、——と、個人的には思っております。
 日本において女性の社会参画に遅れがあるのは事実だが、あんたがたに、そんな言い方をされる覚えもないね。——と、強圧的な態度で頭ごなしになにかをいわれると——そう、昔の頑固親父に政略結婚を強いられる娘の気持ちそのものになって、私はどは、たいへん気分が悪くなります。

 べつに男性原理「だから」悪い、というわけでは(本来は)ない。陰陽五行の思想を理解すれば、べつだん、特定の性質だけが、「絶対に悪い」なんてことはない、とは、わかってくることなんで。
 男性性であれ女性性であれ、それぞれにそれぞれの「性質」があり、性質それ自体はつねにニュートラルな存在なんですよね。ただその性質が、プラスに働くときもあればマイナスにも働くことがある——というのは、理解が難しいことではないはず。

 なにか不都合があるとすれば、「極端に偏る」ことでしょう。
 人には水も火も必要で、水がなければ三日と生きていられない、火がなければ文明的な生活は成り立ち得ない。——水も、火も、しかし「多すぎる」ときには、いずれにしろ生命はおびやかされることになる。

 ということで、べつに男性性が悪いというんじゃない。ただ、今の世の中のありようには、いささかこの男性原理が「働きすぎ」だということなんですよね。
 
 女性の社会参画というものに、ぶーぶー文句垂れて、口汚く女性を罵る男の言い分を聞いていると、ようは、社会の有り様をかえるという発想はいっさいなく、「女性の男性化」にばかり焦点を当てているから話がおかしくなるのだとわかる。
 つまり、いまの社会の問題点を変えるという発想はかけらもない。ただ、いまの社会が完璧であり、そこに女性という「異物」が、姿を変えて侵入しようとしてきている、という考え方をしているんですよね。
 そりゃ、そういう状況になったら誰だって気持ち悪いですよ。(^^;)

 そうではなく、今の社会が、あまりに男性原理が強すぎて、アンバランスになり、それゆえに諸々問題が生じている。ゆえに、男性性を弱め、女性性をもたらすことで、「バランス」をとろう、というのが、女性の社会参画の、本来の「意義」のはずなんですよね。

 今の世の中は、あまりに男性性が強すぎて、男性自身にとってさえ、苛酷な、生きていくのも覚束ないほど、苛烈な状況になっていると思います。
 男性にとって最適化されたはずの社会が、男性においてさえ生存が危ぶまれるほど苛烈なものになっている。それが現状なわけでして。

 その「行き過ぎ」をなんとかしよう、というだけの話——なのになあ;; そんなにわかりにくい話なんですかねこれ。

 たとえば——スローフードの概念も、そのきっかけは、「この状況、なんとかしよう」でしたよね。

 食事なんかどうでもいい、カロリーとれればいいからジャンク食って昼飯なんか3分で終わらせろというような、極端に競争的な、男性性が強い社会の有り様に対しての、アンチテーゼだったと思います。

 ファストフードが「男性性」であり、スローフードが「女性性」だというと、またちょっと語弊があるんでしょうけれども——、ファストフードが、あまりに競争的で合理的に傾きすぎた結果だとすれば、スローフードは、自分の体と、「命」そのものを愛する——競争という殺しあいではなく、愛することを大事にしよう——という、やわらかな価値観を訴えたと思います。

 こんな具合で、今の世の中は——あの市場原理主義にしろ、あまりにも無惨な拝金主義にしろ、「男性的価値観を反映した社会」が「発展」してきた、しかしいつのまにか、行き過ぎてバランスを失ってしまったということの、「結果」であるように思えます。

 女性の社会参画ということは、いままでは、女性がズボンのはき方を覚えることだった。私はこれはもう、ある程度は達成されたと考えます。
 世の中のバランスをとる、という視点で見るならば、あとは、男性がスカートをはくことが必要じゃないかと思います。
 ズボンをはいて歩く女性はかなり増えた。——あとは、男性がスカートをはくことですねと。

(これはもちろん比喩でいっているんで、本当にスカートをはかなくてもいいですよ。もちろん、スカートを着たいですという男性がいるなら、あたしゃべつにとめませんが)

 価値観として——、マッチョイズムも競争主義も合理主義も、まあいいです。いいですけれども、それがどうも行き過ぎになってしまっているのではないか。
 もう少し社会全体がバランスをとるために、女性の価値観というもの、その生理、行動原理を取り入れたほうがいいでしょうね、というのが——私の見るところでございました。

 少しずつそういう動きがあることもまた事実。イクメンとか、イクジイとか、お料理が得意であり、またそれを隠さない男性の増加とか。

 しかし、そういう動きがあればあるほど、頭蓋骨の中まで筋肉なんだろうなあ、器用だなあ、どうやってものを考えるんだろう、いや、だからまともに考えられないのかと思わず納得するような(納得するな;;)男性の、反発が強まる側面もある。

 必要なことだとわかっていても、そのとおりには動けないのが人間だしね——とも思っておりましたが。

 先日、ちょっと興味深いお話を聞きまして。

 西洋占星術のほうで、せんだっての、「金星の日面通過」の、占星術からみての意味、というお話でした。
 金星はヴィーナス。愛と美と芸術の女神の星。
 その金星が、太陽系の中心たる太陽を横切っていく。

「歴史的な金星の日面通過を見ていたとき、私はある種神秘的な経験をしました。 世界中の人々の心の中にある何を変えようとしているのか、金星が説明している のが聞こえるように感じたのです。金星は、女性たちにもっと世界の舞台で活躍するように勧め、影響力を持っている男性たちにも、もっと「女性原理」を受け入れ、銀行や政府が慣習的に従っているルールの一部を緩和することによって今の経済危機に対処するよう促していることに私は気づきました。最近起こってい たことが多くの人々を不安にさせていますが、私にはより繁栄した揺るぎない未来が見えました。 」


 ジョナサン・ケイナーさんのエッセイです。(アーカイブがないみたいで、どんどん消えていっちゃうんですけど;;)

 陰陽の世界で、男性は陽、女性は陰に分類されます。
 陽はいいもの、陰は悪いもの、という解釈をしたがる人が多いですが、そういうことじゃないんです、あいにくですが。
 陽だとて、行き過ぎればいまの世の中のように殺伐とした世の中になる。ちっともよかあないわ——ということ。バランスを失う弊害ってそういうことですよね。

 世界的な経済危機をひき起こすまでの弊害をもたらしながら、なお、その価値観をかえる——せめて「やわらげる」ことに、抵抗する人々も多いのだろうとも予想され、そう予想すると、気が弱い私としては、どうしても暗い気持ちになるんですけども。
 
 それでも、もしも本当に、あの女神の星——明け暮れに輝く明星——が「より繁栄した揺るぎない未来」を教えてくれていたなら、ありがたいことだと思います。

 さてしかし——いまの、加熱しきった金融のあり方を「モデレート」するとなると——どんな方策があるのでしょうか。
 白か黒か、自由か規制かではない、穏やかな、女神の「知恵」が、人々にもたらされるといいんですが。

 ………とりあえず個人的には格付会社には商売替えをお願いしたい;; 意味わかんないんだもん、あの格付会社のエラソーな態度って;;

 
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2012.06.20 (Wed)

梅ジャムとGI値

 まったくひどい台風でした。
 速度が速く、さっさといってくれたのがせめてもの…というところですが、それでも、やっぱり、木がやられました。(T_T)
 昨年9月の台風の、塩でもうぼろぼろになっていた庭木が、よーやくここでいくらかきれいに葉っぱを出していたところだったのに!
 梅、山帽子、百日紅は被害甚大。

 言っても詮無いことではありますが、今朝、雨戸を開けて庭木の確認をしたときの第一声。
「台風のバカヤロー!!!」

       ●

 ということでいきなり台風でやられましたが、じつはせんだっての土日では、うちは梅の実は収穫済みでした。

 今年は梅の実がたくさんとれました。なんだか久しぶり。
 父が亡くなった2010年は、じつは、梅の実がほとんどならず、昨年も、10個、ついたかどうだか、というくらいでしたが、今年は豊作です。
 おまけに、実のひとつひとつが大きいのでびっくり。

 うーん、これはやはり……万田酵素さんのあの肥料が効いているのだろうか。
 昨年はそんなわけであまりに実のなりようがかんばしくなかったので、秋には集中的に梅の木の周囲に肥料をまき、今年の春も2回ほどもまきました。

 万田酵素さんの体験談には、とにかく大きな作物がとれるというお話があるのですが、うちの梅もそうなのかもしれません。
 いままでこんなに大きい実がなったことはないです。

 ということでさっそく梅ジャムにしました。(^-^)
 とはいえ私は今年は出遅れてしまい、作ったのは母ですが。……ちぇ。あたしがやりたかったのに。

 自家製で作るわけですから、どうせだったら体にもやさしいものをということで、使ったのは白砂糖じゃなくて、ビート、つまり「さとう大根」の砂糖とハチミツ。
 結局、栄養面ではさとうきび糖もいいんですけども(上白糖などよりははるかに)、さとうきび糖は、上白糖と同じくさとうきびから作られているので、基本的には体を冷やす。おまけに、あの血糖値を上げてしまうという意味では、さとうきび糖は上白糖と同じ。

 どうしても甘いものは体を冷やしちゃうのかなあ、と私としては残念に思っておりましたところ、さとう大根があるじゃない! ということに。
 
 かのGI値で申しますと、さとう大根の砂糖、「甜菜(てんさい)糖」も、要注意といわれる「GI値60以上」ではあるのですが、それでも、栄養もないくせにGI値も高ければカロリーも高い上白糖よりはマシである、と申せましょう。

食品名 / GI値 / カロリー
甜菜糖  65    390
グラニュー糖 110  387
氷砂糖  110  387
粉砂糖  109  386
上白糖  109  384
三温糖  108  382
黒砂糖  99  354
水あめ  93  328
はちみつ  88  294
メープルシロップ 73  257
人工甘味料
(異性化液糖)  10  276


(参考:「低インシュリンダイエット」、「体を温める砂糖『てんさい』糖の話」)
(サイト:「エブリバディ・ナイスバディ」様、「知恵の生活」様より)


 ということで、私は煮物をするときはほとんどが甜菜糖です。私はこれでけっこう満足なんですが、母がねー……なんか、味が足りないとかっていうので、そういうときはさとうきび糖を使いますが、私としては甜菜糖でいくのが優先ですね。

 ハチミツはGI値等でみると上白糖にくらべ特に有利とはいえませんが、本物のハチミツなら(つまり水飴は却下ということ)栄養価は上白糖の比ではありませんし、甜菜糖と同じく、食べものの陰陽五行でいうと体を温めてくれるものですから、そういう意味ではおすすめ。

 ということで梅ジャムも甜菜糖とハチミツ、それでもまだちょっと酸っぱいと(母が)文句を言うので、仕方なく、人工甘味料(砂糖の10倍の甘さつまり、カロリーは砂糖の10分の1)を使いました。
 美味しいです。(^-^)
 
 あんずジャムよりもさらに、さっぱりした感じですね。それになんといっても香りがいい。
 今日みたいにじめじめむしむしした、いかにも梅雨だぞ〜という日には、梅のサッパリした酸味が、体の中からじめじめを追い払ってくれるように感じます。
 
 梅の花は爽やかないい香りがしますが、それが実の中にぎゅっと凝縮されているようです。美味しいv
 ジャムにしてもクエン酸てあるのかなあ……。梅雨時に疲労回復にもいいような気がする。

 
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2012.06.18 (Mon)

雑話

 昨日は父の日でしたが、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。
 うちは墓参りにいって、帰りにいつもの天丼屋さんへいってきました。
 ふだんはべつに何とも思わないけど、たまーに、むしょーに、食べたくなるんですよね、天丼。(^^;)

 お店のメニューを見ていたら、やっぱりうなぎ関係、値段が訂正されていまして……、値上がりしているんでしょうねえ……。うな重(上)が4,800円。これがいままでと比べてどれほど値上がりしているのかは、従来の価格を知らないのでわからないのですが;;
(私は、味覚ではなく、あのうなうなと長い、ご生前のお姿がどうしても脳裏に浮かんで、うっ、と思ってしまうため、うなぎはいただけません;;)

       ●

 私が神戸のホテルで狂喜しているあいだに、ようやく原発が再稼働決定ということで……やれやれというところです。
 長く喋っているとまた罵倒の嵐になるのでぼそっとだけ言いますが、
「反原発派と、ギリシアの、緊縮財政反対派って、気が合うだろうね」。

 従来の左巻きと大江健三郎はともあれ、原発稼働に反対している人の顔ぶれをながめていて気がついたのは、彼らは、いわゆる「実業」の人々ではないということ。鎌田實先生、瀬戸内寂聴氏。
 自分でもの(物体)を作って、それを売って、おあしを頂戴するということがまったくない世界に住んでいる。
 医療もボランティアも宗教も、それぞれに立派な仕事ですが、しかし、自分でモノを作って売るという「実業」の「実感」が、その「現実」が、結局、見えていないということなのか——と、しばし考えてしまいました。

 実業の反意語は「虚業」ですが、……医療を虚業といってはどうなのかと思わなくもないけれども、モノを作り出す現場ではない、という意味でなら、やはり、虚業ということになってしまうのか。……考えてしまいます。

 モノを作るのにはエネルギーがいるのだということが——そんなに理解できないようなことなんですかね。
 そうやって、モノを作って売った金があるからこそ、医療もボランティアもお布施もできるのだ、ということが。
 そんなに理解し難いことなのか。

 もはや、安定したエネルギーは、「生命の安全の確保」と同義の状況にあるということが(それだけ切羽詰まった状況にあるということが)、そこまで頑迷にも理解できないような、困難な概念なのか。

 私には理解できない。

 原発再稼働について、「結局、金か」と吐き捨てた、アホなツイートを見ましたが、この場合の「金」は、人間の生命を守るものなのだということが、ことここに至ってもまだ理解できないということに、あたしゃもう、驚くべきなのか呆れるべきなのか、わからなくなりました。
 もはや、乾いた笑いしか出ない。

        ●

 大河ドラマ「平清盛」。そろそろ本格的に、清盛さんがその出世の階を登り始めたようです。

 昨日のドラマでも、やはり、源氏と平家の出世ぶりの「差」が、のちの源平対立になっていくようですが。
 私はドラマはドラマで楽しんでいるのでそれでいいんですけども、史実のほうをあわせて考えるのもまた楽しみにしているのでちょっと考えてみますと。

 たしかに保元の乱後、たとえば叙位(従五位下、なんていうあれです)では、清盛のほうが上ですが、清盛さんは「白河法皇の御落胤」というのは当時から話にあったようで、法皇ご寵愛の祇園女御が清盛を猶子(ゆうし。養子ではないけど親子関係を結んだということ)にしていたというからこの扱いも相当なもので、ゆえに清盛は元服のときに、従五位下という、武門の子としては破格中の大破格の扱いだったし。

 また、清盛の父、忠盛は待賢門院の別当(なにかの役所の長官のこと、と思ってください)を務めていたし、清盛の父、祖父の代から、公卿(三位以上)ではないけれども、公卿のコースをすでにかためていたので。

 保元の乱の時点での、二人の立っている位置はぜんぜん違っていた、——すでに大きな差があったので、そういう目で見てみると、とくに源氏が「冷遇」されたとも思えないんですよね。

 平氏はすでに、正盛、忠盛、清盛と、公卿へのルートをかためはじめて3代目だったわけだから、——見かけ上の差があるのは、仕方なかったんじゃないかなあ。どうなんでしょ。

 しかし、そういうわけで清盛さんは「三代目」だし、白河法皇御落胤の噂をそれなりに「活用」もしたことを思うと——もちろん清盛さんもエラかったけれども、先祖の敷いたレールがないどころか「流人」から幕府を興すまでした頼朝さんは、やはりエラかった、とも、思いますね。

 義経さんが後白河院に抱き込まれたときの頼朝さんの危機感というのは、してみれば、それなりに理解できる気もする。

 あ、そういえば後白河帝。
 昨日の回ではじつにあっさり、ご譲位をお決めになってしまいました。
 頭はいいんだが、いささかキ××イじみているこの感じ、いいわ〜♪ とか言っている私も、ちとヤバイものがあるのでしょうか。(^^;) 

 
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2012.06.17 (Sun)

ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド(2)

 朝食は、洋食と和食を選べるのですが、チェックインのときにまず、どちらにするかを聞かれました。
 というのは、和食の場合は予約扱いになるからだそうで。食材の仕入れの関係なんでしょうね。

●和朝食
お目覚めのジュース/五国の旬の味わい/季節の焼き魚/須磨海苔/ご飯またはお粥/地産の味噌汁/地元野菜の漬物/一口甘味


 また、朝食は、ブッフェスタイルではありません。いわゆるプリフィックススタイルですね。これがまず、ちょっと驚いたところでした。
 しかしブッフェではないとはいっても、ちょっとケチ臭い(失礼)コンチネンタル(あたしゃあ初めてあれを見たときは『え……、こ、…これだけ?』と思わず言ってしまいました)ではなく、イングリッシュブレックファストとも違う感じですかねー。

●ル・クール ブレックファスト
お目覚めのフルーツカクテルジュース/お好みのジュース/氷上ヨーグルトと季節のフルーツ 蜂蜜添え/地元で育てた健康野菜のサラダ/身体に優しい季節のスープ/シェフおすすめの一品 お好みの卵料理を添えて/ホテルオリジナルベーカリー/お飲物


 というメニュー。
 ブッフェでいろんなものを自分で選んでくるというのも楽しいですけどね。おかわりもできるし♪

 とはいえ、最初からテーブルに落ち着いていられるというのも、いいもんですよ。
 とくに朝は、まだ寝ぼけていたりするから、ぼーっと座っていられるのもありがたかったり。(^^ゞ

 席につくと、フレッシュジュースはなにがいいか、卵料理はどうするか、コーヒーか紅茶か、サラダのドレッシングはどうするかを聞かれます。
 で、感動したのはこちらのホテルのオリジナルでしょう、「お目覚めのフルーツカクテルジュース」。
 これはフレッシュジュースとはべつもの。(私はフレッシュジュースはグレープフルーツをお願いしました)
「お目覚めのフルーツカクテルジュース」は、美味しくて、本当に目が覚めました(笑)

 いろんなものが材料に使われていたようです。ウェイトレスさんに聞いたらば、バナナなどの果物のほかに、パプリカと、酢も使われているとのことで(フルーツ酢か、黒酢かも?)、果物の味のほかになんともいえないスパイシーな感じで、おいしゅうございました。(-人-) ←思わず拝む
 
 パンがまたおいしくてですね。(^^)
 バスケットに入れて5種類のパンが運ばれてくるんですが、これがもー、ほんとに美味しい。
 私はなんといってもお米のごはん熱愛派で、パンはそんなに食べないんですが、そういう、とくにパン好きではない人間でも「やめられないとまらない」お味。

 とはいえ、ふだんから朝はがっつり食べるほうでもないので、さすがに、——いくら小振りのパンとはいえ、5個は無理だ。残念だ〜(涙)。と思っておりましたら。
 すすっとスタッフの方が来て、
「よろしかったら、お持ち帰りになりますか?」
「はいっ!!!」(全力で即答)

 考えてみると昔は、外食してもちょっと持ち帰ることもできたのが、もう最近では、食中毒が怖いもんだから、絶対ダメということになってきてますよね。
 ゆえにパンといえども持ち帰れるとは思わなかったので、本気で嬉しかったです。(^-^)

 ちなみに、このホテル直営の、パンとケーキのお店、「ル・パン」(Lupin じゃなくて LE PAN だそうです)が、北野のほうにあるそうで。4月末にオープンしたばかりですね。

LE PAN KOBE KITANO
http://www.l-s.jp/lepan/

 うーん、次回はそちらでケーキかパンを買って帰りたいなあ。
 ケーキを買って帰るなら、本当にもう、新幹線で帰る直前くらいのタイミングである必要がありますが………。

 ちなみに、すっかり評判を悪くした食べログで、この「ル・パン」さんのところを見ていたら、パンが小さい、と文句を垂れている人がいました。男性で。
 基本的に、ホテルで出されるパンというのは小振りなんですよね。千切って食べる関係もあるかと思いますが(あんまり大きいと、手にもって千切るというのがやりにくから)。
 こういう小さいパンを食べるのはよほどのおちょぼ口の人か、と嘲笑的に書いていましたが,
「え? ホテルのパンがどんなものかご存じない?」というのが私には逆に意外でしたわ。

 じっさいホテルで出されるのはこの「ル・パン」で焼いたパンらしく……。あー。買いにいきたいー。
 おまけに、たぶん、工場で大量生産ではないために、「売り切れ御免」なのかなという気配もありますが。(^^;)

 神戸はどこへいっても、ケーキもパンもおいしいところですけども、こちらのパンはそのなかでも、やはり美味しいと思いますです。はい。

 持ち帰ったパンはあとでゆっくりいただきました。少し時間を置いてしまったので、朝のときの香ばしさはやはりちょっと落ちていたようですが、それでもじゅーーーーぶん、おいしかったです。

 ということで、「ホテルラ・スイート神戸ハーバーランド」のお泊まりレポートでした。m(_ _)m

 ………次回いくことがあれば、アフタヌーンティーセットにチャレンジしたい……。
 
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タグ : ホテル

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