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2012.02.29 (Wed)

「百姓貴族」2

 2月も今日で終わりですか……。
 閏年ではありますが、それでも、この2月は私には長かったなあ……。しみじみ…。

 まあ、仕事が立て込んだとか、とうとう、ものが食べられないくらいになったとか(現在はおかげさまで回復してます)、ドタバタしてたからな~。(^^;)
 明日から3月。
 すでに日差しには春の匂いがしています。いいですねえ♪

 ………日焼け止めもせっせと塗り始めました;;

     ●

百姓貴族 (2) (ウィングス・コミックス)百姓貴族 (2) (ウィングス・コミックス)
(2012/02/25)
荒川 弘

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 ということで、荒川弘さんの「百姓貴族」、待望の第2巻です!
 予約してたんだけど、なんだか届くのが遅かったなあ……ねえAmazonさん。届いたの月曜日だもの。

 農家と言ってもじっさいのところ事情は千差万別なんでしょうが――なんにしてもやはりすごいですわ北海道。命がいくつあっても足りない感じですね。(^^;)

 とはいえ、それは本当は誰でもそうなのかもしれませんね。生活環境がワイルドであるゆえに、命がいくつあっても足りないと感じるのはある意味「自然」なことでしょうが、じゃあ、都市部に住んでいれば命がいくつかあればなんとかなるか、というと、じつはそうではない。
 むしろ、人が管理し、安全策が講じられている、と、信じられているぶんだけ、じつは、生存環境は厳しいのかもしれませんね。

 単純に考えても交通事故はあるし。最近じゃ、ほけほけ道を歩いていると、自動車のみならずチャリンコにひき殺されたりしますしね。
 道路は陥没するかもしれないし、ビルは倒壊するかもしれない、地下にいるとき火災に巻き込まれるかもしれない、おまけに犯罪者に遭遇する可能性もある……これは山中でクマに遭うよりじつは確率としては高いのでは、と考えると、都市部にいたって、やはり「命がいくつあっても足りない」と申せましょう。

 今日の次に明日があるなんて、ほんとうはそんな保証はどこにもない。そういう意味ではどこにいようと、人間が生きていくときの「リスク」は、たいして変わらない。

 ただ、そういうリスクが隠されてしまったり、さっきも言いましたが「だれかがなんとかしてくれる」と信じられてしまったり、――「自分は安全地帯にいる」と思わされている分だけ、じつは危険なのかもしれないです。
 なんでかというと、「安全なはずだ」「誰かがなんとかしてくれるはずだ」と思い込んでいると、「自分で自分の身を守る」という意識がなくなるからです。

 ビクビク怯える必要はないが、それでも、自分の周囲に気を配るという健全な警戒心は、生物にとっては必要なものです。
 それを放棄する、というのは、生き物としては危険な状態だ――と私は思いますです。

 今回の巻では作者の父上様の豪快伝説があいかわらずすごいのですが――個人的にはそこはちょっとおいといて。
 印象に残ったのは「じゃがいも畑オーナー制度」の顛末。

 ジャガイモ畑のオーナーになってもらい、そのオーナーさんには、北海道のおいしいジャガイモ――畑でとれたイモは全部、大きいのも小さいのも送ります、という企画。
 ジャガイモが収穫され、オーナーさんに無事、送り届けられた。
 ところが。
 オーナーさんから農家へ来たのはクレームの嵐。

「こんなクズイモを送ってくるってどういうこと?」「形悪い」「食べられるものが半分しかない」「だまされた」「金返せ」

 ようは、スーパーで並んでいるようなきれいなもんばかりが畑で採れると思われていたということで。
 自然相手にそんなことあるわけないじゃん。ということなんですが。

 ああ、あるんだろうなあこれ……と思いました。
 私はもとから、ああいう「規格」にはあまり好意的ではないほうでして。安全基準は理解するけど、きゅうりが曲がっていたらダメだとか――まあ納得できないですね私は。だから、いきおい、農水省や農協さんに対して、態度が厳しくなるところがあるんですけども。(^^;)

 そういう規格が必要な業界もあるんだろうから全否定はしませんが、――でも、庶民の台所ってそういうもんじゃないじゃん?! いいじゃんキュウリが曲がってたって! イモが小さくたって! ミカンの皮に汚れ(?)があったって! りんごにちょいとへこみがあっても! トマトの形がヘンでも! 大根が大根足状態でも!(2股に分かれたような大根のこと) 食えないわけじゃないでしょ! 味は同じなんでしょ? ちゃんと売って下さいよ!
 
 最近でこそ、そういうものを「訳あり」などといって売っているのを見るようになりましたけれども、そういう「規格外品」は基本的に処分されるとわかったときの私の怒りというのは、そりゃあたいへんなものでした。(高校生くらいのときかな。そういう理不尽を知ったのは)

 腹が膨れるわけでもない「規格」のために、あたしら、いちいち不必要に高いものを買わされているのか! と思ったもんでございます。
 しかし生産者側にいわせると、その「見た目が悪いと買わない」消費者も悪いということになるわけですね。

 そうやって形のよいものばかりを見ていると、むしろそれが「不自然」なことなのだ、という常識が欠落して、ますます、生産者と消費者の意識の乖離が進んでしまったということ……なのかなあ……。(遠い目)

 私みたいに「規格外のものも売って下さい!」などという消費者は、じつのところはあんまり多くはない(なかった)ってことでしょうか。
 このへんの意識は、消費者は変えていくべきでしょうね当然。
 なにが自然でなにが不自然か。
 そのことが判別できなくなるというのは、生物として、生きる本能と意欲をなくしていくということなんで――私はそういうあたりに「危機」を感じます。

 安全は自分で確保するもの(基本は)。
 逆に言うと、きちんと安全が担保されているものを、くだらないことをいって(このキュウリ曲がってる!)排除するという愚かなことをしていると、生物としての本能が破壊されていく。――そのように思います。

 ……ヘッドフォンで音楽を聴きながら街を歩いたり、はなはだしくは走ったり。
 メールを打ちながら車を運転してみたり。

 私にいわせれば、ああいう人々はみんな、「自分で自分の安全を確保する」能力を失っている、失いつつある、ひじょーに「ヤバイ」人たちです。
 
 どういえばいいんでしょうか……、自分の命にとって、ほんとうには、なにが安全で、なにが危険なのか、判定する基準がなくなっている。
(それで事故でも起きようものなら、自分が不注意だったとは思わずに、他人のせいにするわけだ)
(アメリカでありましたっけね、アタシが肥満になったのはマクドナルドのせいだ、つって訴えたって話。(^^;) 笑っている日本人は多かったけど、私は笑えなかったですよ。目くそ鼻くそだもの)

 自然界が生み出すものが、すべて、工業製品のように統一されて成型されて出てくる――なんてことはない。――そういう認識さえ、なくなっている「消費者」なる人々。

 いろんな意味で、やばい人種なんだけど、それを言ったらまた怒られるのかなあ、あたし……。
 ということを、それこそ高校生のころから漠然とでも考えてきたもんですから、「百姓貴族」2巻のこの章は、ひじょーに印象に残りました。

 あとは、酪農に関する事情はもう、聞けば聞くほど奥が深いっつーか。

 ホントに、牛乳にしろ乳製品にしろなんにしろ、食事のときには手を合わせるくらいしないとバチがあたると思いますね。
 そういえば「いただきます」なんて子どもに言わせんな、つったバカ親が話題になったこともあったけど、まだいるんですかね、ああいうバカ親。

 あらゆるものがそこにある、という「結果」にいたるのには、じつにいろんな「過程」がある、とは思うのですが。
 やはり、食に関する「過程」の話を聞いておくくらいは、ちゃんとしておくべきだと思います。
(いちばんいいのは自分がその過程を味わうことですよね)
 食育がどうこうというより――だってそれ、自分のことなのよ? と思う。どうしてそう、なにもかもが他人事感覚って人が多いのかなあ。自分が食べるものは自分になっていくんですから――食べるものの「出自」くらい、意識の中に入れておいていいじゃないかと思うんですけど。

 そういう意味で「百姓貴族」、楽しみながらその過程の話をじっくり聞けるところが、ありがたいですね。
 こういう作品は、ホント、貴重だと思います。
 面白いのですが、それ以上に「ためになる」って感じですね。(^-^)

 
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2012.02.27 (Mon)

周縁より中核

 NHK大河ドラマ「平清盛」、視聴率、あんまりよくないんですか?
 私は楽しんで見ておりますが……。面白いと思うけどなあ。

 とはいえ目下のところ、主な目的は中井貴一さん……もとい、忠盛さまだったりしますが(笑)

 あのキッタナイ演出は、「龍馬伝」と同じ演出家だと聞きまして。なんとなく、納得。
「龍馬伝」のときも、汚い、とくに岩崎弥太郎さんがひどすぎる、と評判になりましたね。
 でも、ちゃんと中身は面白いと思うんだけどなあ。

 昨日は、藤原頼長――山本耕史さんがよかったとおもいますよ。
 好青年の役をやってもすてきな役者さんですが、むしろああいう、鬱屈したというか、内面が複雑そうな役も、いい感じを受けますね。
 本来的にはすごくイヤラシい役でも、どこか、清涼感を残す。サリンジャー風にいうなら「汚濁」をきれいに表現できる役者さんなのではと思って見ていた昨日でした。(^^)

 ……ちなみに、登場人物相関図を、ご参考までに↓。

大河ドラマ「平清盛」 相関図
http://www9.nhk.or.jp/kiyomori/cast/index.html

       ●

若者の言葉づかい、イラッとくる1位は?
http://news.nicovideo.jp/watch/nw201582

 というような記事があったのですが――まあ、若者言葉というのは「符丁」だからなあ。ことば、という言い方をしていいかどうか、というところがそもそも、悩むところですが。
 私は個人的には「なにげに」「さりげに」は、はっきりいって無視の体勢をとっています。(^^;)

 もうなんでもかんでも言葉を省略する最近ですが、なにげなく、というのを、なにげに、といってしまったら、それはもう「省略」ではすまされない。なんでかというと、意味が違っているから!
 赤という言葉を略して白といってるようなもんですよ。意味不明どころじゃないですよ。
 これだけはホント、勘弁してほしいと思ってます。

 ともあれ――、ならば「大人の言葉遣いでイラッと来る」のはなにか? と考えてみました。…個人的に。勝手に。(^^;)
 思いつくままに書いてみますと――

・~しようではありませんか。
・御社さま
・(敬語として)られる、されるの乱用
・「命の大切さ」(常套句としての)

 言葉遣いじゃなくて言葉そのもの、というのもありますが。(^^;)

 御社さま、はマジで言われたんですよ……。なんだそりゃ、と言いかけて思わず言葉を呑み込みました。

 助動詞、られる、されるの乱用は、これはもうねえ。ひどいもんですねえ。これは間違いなく、若者ではなくいい年をした大人が発信源です。マスメディアですね。
 皇室関係のニュースの聞き苦しいことといったらありません。なんでもかんでも通常の動詞にされる、られるを付ける。
 召し上がる、いらっしゃる、くらいは使ってもいいでしょうに、ニュースの中では尊敬語の動詞を使ってはならないという決まりがあるのでしょうか、食べられる、来られる。
 これじゃあ、ぱっと聞いたときに、「尊敬」なんだか「受け身」なんだかわからないじゃないの~;;

 何年か前のエントリーにも書いたんですけど、――びっくりしますよ場合によっては。
 数年前、テレビをつけたら、いきなり、「(美空)ひばりさんはいつもお客様に笑われていて」という言葉が耳に飛び込んできて「はあ?!」となりました。

 美空ひばりさんの追悼番組のなかで、とある演歌歌手の方がひばりさんの思い出を語る、みたいなコーナーだったんですが、いきなり聞こえてきたのはそれ。
「なんでひばりさんがお客さんに笑われてんの?」
 と思ったんですけども、よくよく聞いたら、
「ひばりさんは、どんなにつらいときでも、ステージにあがったら、必ず、お客様に向かって微笑んでいらした」
 ということのようでした。

 ………いやほんとに、この助動詞乱用はやめてほしいです;; 聞いててたまに本気で虫酸が走ることがありまして;;
 なにをやられてるんですか、も、思わず耳にした瞬間ぶん殴りたくなるくらい気持ちが悪い(実行はしませんが)。

 尊敬語のふりしてじつは他人を馬鹿にしてんのかこいつ、と思ってしまいますよ。そう聞こえるから、皇室関係の気色悪い日本語には耐え難いものを感じてしまうわけですけども。
 ……じっさい、尊敬語の動詞を使っちゃいけないという規則があるのかどうか、教えてもらいたいです。あれ、意固地に感じるくらいに尊敬語を使わないですよね。となると、故意に尊敬語を避けているのだとしか思えないんです。事実関係を聞きたいところですねえ。

 で。
「~しようではありませんか」は、いまは政治家の決まり文句になっていますね。
 そもそもは左翼よりの政治家が使い始めたものと記憶しております。

 あー気色悪い! やりたいんなら自分からさっさと率先してやれ! と叫びたくなる言い草ですね。なんでか、左巻きって「おともだち」を欲しがりますよね。放射能ヒステリーがそうですが、自分一人で考えて、自分一人で決めて、自分一人で行動する、という「覚悟」がない。
 だから大声でぎゃあぎゃあわめいて、人様の耳目を集め、そうだそうだと言ってもらいたがる。二言目にはみんなで、みんなで、という。あげくの果てには「しようではありませんか」? ――いちいち他人を巻き込むな! と言いたくなるのは私だけなんでしょうか。(^^;)
 あの依存心の強いメンタリティ、やめてほしいんですよね。

 こちらとしても、最初のうちこそ、ああそうですかハイハイと聞いていますが、そのうち、あまりにも「しようではありませんか」と言われると「やりたきゃ一人でさっさとやれ!」と言いたくなるわけです。
 なんで他人の許可を得たがるのかしらね~。(^^;)

 さらに。
「命の大切さ」という言葉が、ふっと思い浮かんだというのは自分でも、ちょっとどうかと思うんですが;;
 もちろん、そういったものを蔑ろにしているということではなくて、なぜか、この「ことば」が、ひじょーにウソっぽく聞こえるからなんですけども……。

 命の大切さ、なんて仰々しく言っているけど、それが本当にはどういうことか、「感覚」を、ちゃんとつかんでいるのだろうか。という、我ながら、身も蓋もない疑問を感じることが多いです。

 生きてあることを本当に大事にしている人は、こういう言葉を使わない、という印象があります。
 生きていること、というのは、ひとつひとつ、じつにさまざまな場面があり、条件があり、ひとりひとり、命ひとつひとつ、あまりにも多様にケースバイケースなので、――そのときどきに応じた表現をする必要がある。そんな気がするんですよね。

 たとえば――命の大切さ、なんて大ざっぱな言い方を、天皇陛下、皇后陛下はいっさいお使いにならないのは、各種報道を見ているだけでわかることですよね。

 そういうことを「実感」していない人ほど、こんな、形骸化した、大げさな、大ざっぱな、そのわりにはちっとも体温を持って伝わってこない言葉を使う、という印象があります。――独断と偏見なのは自覚しておりまして、ちょっと申し訳ない言い方になっているとは、思いますが。

 ……偽善的。
 そういう印象を受けてしまい、それでたぶん、この言葉を聞くと、ちょっとイヤな気持ちになるんだろうと思います。

 また、この言い方を好んでする人には、政治家とか日教組のセンコーとかが多いというのも事実でして、……言葉がイヤなのか、発言者を嫌っているのか、ちょっと不分明だなというのも、ありますね。(^^;) 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってことで;;

 若者言葉が――言葉のみならず若者の風俗というのは馬鹿っぽいのは時代を問わないことでもあるし(それが若さの特権でもあるんだから、好きなだけ馬鹿をやってりゃいいのよと私は思う)、若者という存在は社会全体からみれば「周縁」であるに過ぎませんから、私はそんなに気にならない。

 むしろ社会の中核になっている大人連中の「乱れた日本語」のほうがはるかに気になるわ、と思って書いてみました。

 こうしてみると乱れているのは、言葉じゃなくて精神状態ってことになるのかなあ、と、いま、ふと思いました。(^^;)

 
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2012.02.26 (Sun)

小さな卒業

 ただいま東京マラソン2012を見ております。
 今年は雨でもなく、太陽がかんかんしているわけでもなく、ランナーにとってはいい気象条件になっているでしょうか。
 ご参加の皆様、事故なく楽しんでいらっしゃいますように。(^-^)
(一般参加者のなかには仮装行列のような方もいて、見ていて楽しい♪)

       ●

 とりあげるのを忘れておりましたが、今月は嬉しいことがあったんでした。
「宇宙ヨット」のイカロスくんのブログがひさびさ、2月12日に更新されておりまして、わーいと喜んでいたくせに、いままでそのことについては、書いてませんでしたね私;:
 まあ、イカロスくんからの返事はないそうなので、たしかに、そう単純に、わーいとは言っていられませんが。(>_<)

 次回の運用は3月14日だそうで――、ホワイトデーですね。(^-^)
 ただいま通信途絶中のイカロスくんですが、返事をもらえるんなら、いくらだってチョコを渡したい気持ちです…。チョコくらいで通信が復活するわけもないですが、なんだかそんな妄想をしてしまいます;;
 ……イカロスくんとの通信、復活するといいですねえ…。

       ●

 だいぶ――そうですねえなんだかんだで5年くらい? お世話になったんでしょうか。私、この2012年を迎えたときに、これを卒業したのでした。
 矯正箸。

 お恥ずかしながら三十路も半ばを過ぎるまで、私は箸の持ち方がちょっとヘンでした;;
 露骨にヘンだったわけでもないから、持ち方がちょっと変だとはひとさまからも気づかれにくいのをいいことに、「これだと違うんだよね(持ち方が)」という自覚はありつつ、放置状態できてしまいました。

 持ち方は一見、ふつーなのですが。右手中指にかつてはペンだこがあり、そのペンだこを支点にして箸を使っていたのです。
 それでとくに不自由もなかったんですが――大豆を箸でつまむのも不自由なくできていたし――、しかし、ある日、外出先で、異人さんが、それはもう基本どおりの美しい箸使いでお蕎麦を召し上がっているのを見たときに、
「これでいいのか私」
 と思ったんでした。

 で――子ども向けの矯正箸ばかりではなく、大人用もあるとわかって使っていたのがこちら↓。
 左利き用もあります。



 見た目はふつうの箸ですが、指のポジションを示したくぼみや印があって、それに従って持てば、自然にきれいな持ち方になるという。

 最初のうちは箸を持つときに、印をみながら「えーと……中指……人指し指…」などとポジションに悩んでしまいましたが、慣れればどうということもなくなり。

 以来、朝晩に箸を使って数年。どうやら体が箸使いを覚えた、という感じがあったので、お正月から思い切って、矯正箸を卒業。初詣でのときに神社で買ってきた干支の柄の箸を使い始めておりました。

 おかげさまで――やはり、ちゃんと使えるようになってました。(^-^)
 なんとなく嬉しいもんですねv

 んなことはできて当たり前じゃないのと言われるでしょうが――まあ、私としては、ちょっと嬉しい自分の「成長」だったんでした。(^^;)
 不惑を超えてやっとかよと笑わば笑え、できなかったことができるようになる、というのは、小さいことでも、そりゃあ嬉しいですよ~。

 またそんな具合で、小さい挑戦ができたらいいなと思います。

 
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10:32  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.02.25 (Sat)

約3cmの虫にも約1.5cmの魂とは申せども、

 文藝春秋社といえば、菊池寛が創始者で、なーんとなくブンダンにおいては老舗というか「エライ」出版社というイメージがあったんですが、それももはや、今は昔の物語、ってところなんでしょうか。
 まあもちろん、ひとつの出版社が発行しているひとつの雑誌だけであれこれいうのはナンセンスではあるのですが、それにしても、最近の文春はひどいわと思っていたので…。

 私も新聞広告で見出しだけ見ましたけどねえ。あの「衝撃スクープ」ての。
「郡山4歳児と7歳児に『甲状腺がん』の疑い」だそうで。

 アホかい。ほんとにおまえら、いーかげんにしろよ、としか私は思いませんでしたが(……いや、ホントに悪いんだけど、もう飽きたわ……そういう話)。
 そのアホ記事中に「架空引用」されたお医者さまが、ことの深刻さに黙っていられなくなったごようす。

 約1時間に及ぶ記者会見のもようです。私も頑張って見ました。
 早い話が、上記記事は、中華人民共和国なみに「針小棒大」なことをいったうえ(針小棒大もあまりにも大げさになればウソのレベルになる)、名前を勝手に利用されたこのお医者さまには取材の了解さえとっていない、ということですね。

USTREAM 【録画配信】120223 週刊文春に掲載された、北海道への自主避難者のお子さんに甲状腺異常が見つかったことについての記事に対する、抗議の会見
http://www.ustream.tv/recorded/20642071

 私はすでに自由報道協会なるものは、ようは破落戸(ごろつき)だと見なしているのですが、その「おしどりマコ」なる人物がこのデタラメ記事を書いたということになるそうで。
 ……原子力ムラがどうとかと言う人が必ずいるわけですけども、そんなこというなら、こういう、「反原子力ムラ」が何をしているかについても、きっちり言及するのが筋ってもんじゃないですかね?

 これでいったい、いくら儲かるんでしょうね~。
 ひとさまを不当に傷つけ、だまし、まどわせ、不安を煽る行為を、ジャーナリズムと呼ばなければならないほど、我々の社会は劣悪になってしまったのか。
 どうにも呆れたものでございます。
 
 概要はこちらの記事↓がわりとよくまとめてくれていると思います。

週刊文春に「言ってないこと書かれている」 「甲状腺がん疑い」記事に医師が反論
2012/2/24 19:47 J-CAST
http://www.j-cast.com/2012/02/24123372.html?p=1

 どのみち、その自由報道協会とやらが自分たちの取材における不手際を認めるとは私は予想しておりません。
 そのおしどりマコ氏なる人が、当該医師に正式に取材を申し込んではいないこと、つまり医師の取材を受けるという承諾は得ていないこと、「こういう内容で、●月●日発売の雑誌に掲載します」という事前の連絡をしていないことだけは間違いないわけで。

 これだけで充分、このお医者さまがお怒りになるのは当然だと思いますよ。

 おしどりマコ氏らを庇うツイートもおみかけしましたが、この「取材をきちんとしていない」ことをどう擁護するというのか。不思議でなりません。(というのは言葉のあやでして、なに、どうせ反原子力ムラはこんな程度だろうさと思っております)

 この自由報道協会、おしどりマコ氏、ならびに週刊文春編集部による記者会見は本日午後7時からあるそうです。
 なにを言うかはだいたい見当がつくので、聞くまでもない気がしますね……。(--;)
 ま、こちらの記者会見もまた記事になってくれるでしょう。

 しかしまあ、空しいですなあ。
 そんなになにもかもにビクビクおびえる人生、そういう人をさらに煽ってビビらせる人生、――そんなに楽しいですかね、そういうことって。

 一寸の虫にも五分の魂、とはいうけれど。
 燕雀いずくんぞ…とまでいったら大げさだけど。
 ……もうちょっと、「志」を高くもって生きようって気になりませんかねえ?

 昨夜も外回りを掃除していたら、すでに、小さい蜘蛛がもごもご動いてました。まだ充分に暖かい気候とはいえないけれど、もう、彼らは活動を始めているんですね。――小さい体で、彼らは、この冬の寒さを耐えきったんですよね。
 この小さな虫ほどの魂もないと思われる人間がいるというのは、残念に思います。

 
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10:17  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.02.24 (Fri)

フロンティア

 今日は暖かいです。いいですねえ。
 春だなあ! と言いたいところですが、しかしじつはこれで平年並みってところなんですよね。
 もう寒いのはいい……あたしゃもう冬がない世界に行きたい…(遠い目)

 なんて言っていたら、気象庁がまた性懲りもなく長期予報を出して「暖かい春になります」といったので、「もうだめだ~! また寒い春になるんだ~!」と号泣したのは私だけでしょうか。(^^;)
 なにしろ、およそ当たらないんだもん、この3ヶ月予報って。
 この冬だって、3ヶ月予報では「平年並み。1月はちょっと寒い」くらいだったんですよ。ふざけんな、って言いたい気分なんですよ個人的には。

 気象庁の長期予報は外れる、ということは、「逆の方向であたる」ともいえ、気象庁が暖かい、といったから、寒くなるのだ、と、そのように思っております。

 いえ本当に暖かい春になってくれれば文句はないんですけどねえ。
 ………だいたい、ここで「当たる」「外れる」という動詞を使っている時点でダメだよね……という気がする……。

      ●

「超光速」ニュートリノに誤り?=ケーブルに緩み―5月に再検証・国際チーム
時事通信社 2012年2月23日(木)11時41分配信
http://news.nicovideo.jp/watch/nw201671

 量子の世界というのはこの地球上における物理の常識がまったくあてはまらない、「非常識」な世界なので、もう、何を聞いても驚かない、という感じになってきましたね。(^^;)

 アインシュタイン自身は量子論に反対の立場で、量子論が間違っているということを証明しようとして考えたものが、しかし、その後の宇宙論の基礎になったというのはなかなか、皮肉な話でもあるし、同時に、科学者としてのアインシュタインの優秀さを語るものでもあります。

 個人の見解のために研究の内容をゆがめて捉えてしまいがちなのが人間ですからねえ。それを、自分の意見とは異なる法則をきっちり導き出したというあたりには敬服しております。

 が、その、特殊相対性理論が、しかし覆されるのか?! と思われた、「光速を超える」素粒子――ですが、…うーん。やはりこの量子の世界は難しいですねえ。

 光を超えるものがあるなら、タイムトラベルも可能かも(ただし未来にいくだけで過去へのタイムトラベルはなし)、なんて妄想してたんですけど……やはり、アインシュタインは伊達ではないでしょうか。

 光の速さを超えるものがあるわけないじゃん、なんでそんな話信じてんの、とお思いになる方もあるかもしれませんが。
 いえ量子の世界はほんとに非常識なんですよ;; だから、なにがあっても不思議じゃないという気持ちになるのです。

 量子の世界にまで物質を分解していくと、とうとう、時間というものさえ、その概念が崩壊するのです。
 虚時間というものがありまして――虚時間の話を聞いていると――私にはとてもじゃないですが説明なんかできませんけども、我々が当たり前だと思っている時間の流れ、あるいは「(3次元の)空間」の概念が崩壊します。

 色即是空、空即是色、と思わず呟いてしまうほど、わけがわからない、「非常識な」話になるんですよね。(^^;)

 ゆえに、光速を超える素粒子がある、と聞いたときも、「そんなもんあるわけが」ではなく、「………そうなの!?」という反応になってしまいます。

 が、やはり、なにしろかの特殊相対性理論が違ってくるかも、となると、まことにもって大問題でして、――慎重に調べていくことになるんでしょうが。

 当分この話も二転三転はありそうで、「しばらくは楽しめそうだなあ」と思って聞いたニュースでした。

 結論はなかなか出ない、よくわからない、――だからこそ、知のフロンティアというのは楽しいんじゃないかと思いますね。

 宇宙はまだまだナゾに満ちている。
 すぐに思い上がる人間の「傲慢」の鼻っ柱なんか、どんどん、ぽきぽき折られてしまえと思っている私としては、「うふふふふ。面白い♪」と思って聞いているニュースですね。この素粒子関係の研究は。

 身命を賭している科学者の皆様には張っ倒されそうな態度で申し訳ありませんが。(^^ゞ

 でも、「わからないこと」って、聞いていて、なんか、わくわくしません? ……しないかしら。

 
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2012.02.23 (Thu)

いくらか復活

 ということで3日ほど、お休みをしておりました。

 まだ完全復活というわけにはいきませんが、まあなんとか。(^^;)

 詳細を申しますと、土曜日、18日の夜から、胃の膨満感があって、しかしこれはもう私にはまいどおなじみの感覚なので、ああまた胃の働きが悪くなってるなと思っただけでした。
 が、日曜日、朝食後、みるみる気分が悪くなり、食べものの写真を見るだけで吐気がするありさま。

 ただお腹の調子が悪いというだけならまだしも、吐気がするというのはちょっと尋常ではない。
 日曜日はほぼ絶食し、月曜日はそうそうにかかりつけの内科へ参りました。
 胃にも腸にもとくに所見なし。ただ、腸内に便が残っている(胃腸がストップ状態なので当たり前なんですが)から、これが悪さをしているのだろうこということに。

 胃の働きをよくするガスモチンという薬と、便秘薬である漢方薬(ツムラさんの麻子仁丸)と、あとは、大腸検査のときにも使用されるという下剤をもらって帰ってきました。
 薬のおかげで吐気もおさまり、お粥くらいは食べられたし、出るべきものも出たらたしかに落ち着いたので、やれやれとは思ったんですが――それは吐気がおさまったという程度で、食べる気がしない、という事態には変化はない。下手をすれば水を飲んでも胃が重く感じたりして。

 火曜日、お世話になっている整体にいって、かくかくしかじかと話したところ、先生、胃腸という説明には納得しない顔で、私めの右上腹部を押し、おっしゃるには、
「胃腸じゃないよ。胆嚢(たんのう)だよ」
 とアッサリ。
 
 あー、なんか、そんな気もしてたんですけどねー。肝臓、胆嚢、膵臓はつねにヨワイんですよね体質的に。
 中学のときには肝臓が腫れたことがあり、高校では腎臓をおかしくしました。(それでも入院騒ぎにはならないあたり、私の内臓はへんにしぶとい)
 ということで整体のN先生、
「胃がおかしいっていうと胃しか診ない。勉強不足なんだよ医者って」
 ……身も蓋もないことを。(^^;)

 まあ、でもじっさいそうなんですよね。私が西洋医学にあんまり信用をおかないのは、子どものころからそのパターンを数限りなく(←大げさではない)味わってきているからです。

 最高だったのは整形外科で、小学校5年のとき、右足土踏まず付近が痛い、といって受診したら、レントゲンをとられて「骨が多い。手術で取らなければならない」と言われて親子で顔面蒼白。
 びっくりして、評判のいい整体にいったら、「骨が多い? ちがうよ、腱がかたーくなってるだけだよ! 手術? とんでもない!」と言われ、治療してもらって事なきを得まして。
 爾来30年、痛みもとれてふつーに歩いたり走ったりしてますんで……。たしかに、べつに骨が多かったわけではなさそうです。

 最近のお医者さんは、ろくに患者の顔もみず、当然、体に手を触れることもなく、すぐに検査、検査。
 出てきた数値だけを見て患者を診ない。検査結果でなんだかんだというばかり。
 患者の顔色がいいか悪いかくらいは見たらどうだね、と言いたくなるお医者さんもたしかにあります。(^^;)

 それでも私がかかりつけの内科の先生は、触診その他はしてくれますんで――胆嚢ということに思いが至らないのはしょーがないとして、まあ、それほど悪い先生ということでもないと思います。はい。

 ともあれそんなことで、肝臓から胆嚢をじっくり整えてもらい、ようやく落ち着きました。
 が、その、肝臓、胆嚢の症状の原因はとにかく「疲労」ということなので、今週いっぱいはおとなしく、栄養とりつつ安静にしております。
 内臓の疲れはもう、神経を使わずに安静にしているしかないんですよね。(^^;) ゆえにホントはパソコンも御法度(笑)

 何にそんなに疲れたか、というとやはり、肉体的な疲れとともにストレスということになるわけですが……。

 気分転換が下手な私は、いまだに、父の病態末期から、その最期、葬儀後まで延々つづいたもろもろの疲れを解消しきれずに――つまりは自分の中に溜め込んじゃっていたようで。
 もうずっとゆっくり休みたかったのに、どうしてもそれができずにいたということになるようで(本人には自覚なし)。積もり積もってここまできたということのようです。

 ……なんにしても、この肝臓/胆嚢の不調の引き金になったのは寒さによるストレスだってあたりが……。
 ホントに、とことん、寒さがダメなんですねえ私。(^^;)
 夏の間はなんだかんだで、そういうストレスも紛れているのに、冬になると逃げ場もないほどの状況になるわけだ……。うーむ。

 なんにしても今回はおかげさまで、N先生相手にだいぶゲロゲロ吐かせてもらったので(胃の内容物じゃなくてストレスをね;;)、あとはゆっくり寝ていれば大丈夫だと思います。
 じっさい、ホントにどうかしてんじゃねえかと思うほど眠れます;; 眠り病じゃないかと思うほど昼も夜もよく寝てます。うーむ。

 私もここでやっとリセット、ということでしょうか。生まれついてのものとはいえ、ストレス解消が下手だというのは、やはりちょっと不便ですねえ。(^^;)
 N先生にはカウンセラーみたいなこともやらせてしまって、恐縮しております;;

 昨日あたりはまだ、少しでも胃にものを入れるとなんかこう、ずーんとお腹が重くなるような感じがありましたが、でもまあ、油と肉を避けていればものは食べられますし、吐気もないし、異常なだるさも、貧血みたいなめまい、あるいは頭痛もなくなってきたので、ちゃんと回復はしております。

 まったく、今回はいきなりどかーんときたからびっくりしました;;

 日記のほうはそんなわけで、しばらくのんびりペースになるかと思いますが、よろしければまたちょこちょこっと、おつきあいくださいませ。m(_ _)m

 
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2012.02.20 (Mon)

胃腸ストライキ

 本日より2、3日、ちょっとお休みいたします。

 どうもこの寒さによるストレスが限界にきたらしく、胃腸が本気でとまりました……。

 昨日はもう気持ち悪くて、テレビ番組とかで食べるものを見ただけで吐気がする(本当に吐いちゃうわけではなく、気持ち悪くなる――悪心がする――という状態)ありさま。

 今朝病院へ行ってきましたが、これといった疾患ではなく、まあ、よーするに疲れと自律神経の乱れということらしいです。

 熱があるわけでもなんでもないのですが、どうにも食欲と気力が出てこない状態なので、ちょっとおやすみします。m(_ _)m

「ストレスとか、なにかあります?」
 とお医者さまに聞かれ、
「まあ、あるっちゃあある、ないっちゃあない……強いて言うと、この寒さですかね」
 などと寝言をいうわけにもいかず、
「特にありません」
 と無難な答えをしておきました。(^^;)

 なにかデカイ理由があって胃腸がストライキを起こしたんではなく、寒い、ということが私にはすごいストレスになるのを、もうこれで何ヶ月も耐えてきたのが限界にきたということだろうと考えております。

 もうほんとうにいい加減にしてほしいもんですよ……。

 皆様もどうぞお大事に。m(_ _)m
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2012.02.19 (Sun)

祈りの日

 天皇陛下の手術も、時間どおりに開始、終了とのことで、ひとまずはなによりでございます。1日も早いご本復をお祈り致しますとともに――このさいなので、もう当分、ゆっくりお過ごしいただきたいですねえ……。
 皇室典範を改正し、諸事情から必要であれば、ご存命中のご退位も「可能」、というようにしてもらったほうがいいんではないだろうか、と思います。
 …………死ぬまで働かされるってのはどうなんだろう。と、私は本気で思います。

 天皇とはつまりなんなのか、は、なんだかんだいっても結局は、――最終的には、皇室でなければわからないことだと思うので、ご意見を充分にうかがって法整備ができればいいなと、あらためて思っております。

 私としては、上皇さまになられて、上皇さまとしてのご公務を果たしていただければと思うのですが……。どうなんでしょうか。

 それにしても、やはり時代は変わりましたね。
 現役の天皇が外科手術をお受けになるとは。(^^;)

 は? なんて言っちゃいけません、昭和天皇のころはまだ、「玉体(ぎょくたい)に刃物を入れるのはどうなのか」という意見もあったし医師団にもためらいがあったんですから。あれから、まだ正味30年は経ってないけど、時代はやはり変わったんだなあと思いましたです。

 私も、そういう声を聞いてびっくりしていたうちのひとりですが――、いちど刷り込まれた人間の意識というものの強さも感じた話でした。
 私は立派に(?)戦後生まれですから、そもそも「玉体」という言葉にはもはや縁がないまま成人しておりましたんで、「そういう発想がまだ生きているのか」というのでびっくりだったんです。

 玉体であろうがなかろうが、必要な処置は必要だろうと思ったもんでございますが、でも――やはり子どものころから、「現人神(あらひとがみ)」とはどういうものかを意識に刷り込まれた側は、そう簡単には、その意識を払拭できなかったということでしょう。

 ……という話を他人事だと思って聞かないように。私がそのとき思ったのは、終戦までの日本のことではなく、「すりこまれた意識の強さ」についてなんで。

 いちど思い込んだもの、というのはなかなか、頭じゃわかっていても洗い流せない、ということを、まざまざと見た思いがしました。
 面白い、というより、状況によってはやっかいなのは、自分が、どういう意識を抱え込んじゃっているのか、自分ではなかなかわからないから。

 他人から見れば、「あの人、あんな思い込みに縛られてるよ」と、一目瞭然だったりすることでも、本人は、自分にはそういう思い込みがあるとすら、気がついていない。
 それで、あちこちで無用のトラブルを起こしたり、あるいは、自分で自分を阻害していたりするわけです。
 仏教で言うところの「常見(じょうけん)」もそうでしょうね。

 自分で自分がどんな思い込みにとらわれているか、それがわかるだけでも、ずいぶん、生きていることが楽になるのではないかと思われます。
 
 正義なんてもんは、そういう思い込みの最たるものでしょうねえ。
 正義というのは絶対のものではなくて、あくまで主観的な、あるいは相対的なものに過ぎない。
 正義が絶対のもの(どっからどう見てもだれが見ても変わらないもの)であるなら、なんで正義が戦争の原因になるのか、ってことです。

 わたくし、ただいま、ひとさまのお薦めで、下記のような本を読んでいるわけですが、いわば、そういう「思い込み」からいかに自由になるか、そんな話を聞いているところなもんで、つい、――そんなことを考えてしまいました。

〔非まじめ〕をきわめる―隠された〔智慧〕の威力 (講談社プラスアルファ文庫)〔非まじめ〕をきわめる―隠された〔智慧〕の威力 (講談社プラスアルファ文庫)
(1995/04)
森 政弘

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 話は変わって天皇陛下。
 原発事故のあと、天皇陛下はご一家で東京から避難なさったという、言語道断のデマがネットに流れましたね。
 私はまたネットのいいかげんなデマだと思い、腹を立てつつも無視しましたが、あとから考えて、あのニュースのコメント欄に現れたそれの、コメント主のアカウントを控えておくべきだったと後悔しております。
 
 あの時点ではそれは「噂」でしかなかったのを、妙に確信をもった調子で、それが決定事項もしくは既済事項であるかのような調子で書かれたコメントがひとつあり、私はその確定的な言い方に、たいへんひっかかっておりました。

 そうしましたら、――先日もご紹介しました、飯島勲さんの「官僚」に、こういうくだりがございまして。

「官邸は、宮内庁に「万が一のため」陛下に京都御所へ行かれるよう進言したといいます。陛下がどうお感じになられたかはわかりませんが、避難とはまったく逆の行動をとられたようです」



 あのとき、あの不遜きわまりないコメントをした人は、民主党関係者か、そのシンパ、それに近い人間だったのだろう、と、上記部分を読んだときに思いました。
 噂として「~だそうだ」という言い方ではなく、すでに陛下は東京を脱出した、という、テメエそれを見てきたのか、と詰め寄りたくなるような書き方だったのが印象に残っておりまして。
 アカウントを控えてどうすると言われてもお答えはいたしかねますが、でも、アカウントくらい控えておけばよかったな、と思っております。
 ………今度ああいうのを見つけたらぜひそうしよう。

 ついでですから、あのときの陛下について、飯島さんのお話をうかがいましょう。

「太平洋戦争末期、空襲で危険な東京に、覚悟を持って留まった昭和天皇の代わりに、当時皇太子だった陛下は、神奈川県葉山の御用邸へ避難を余儀なくされました。国家の一大事に首都を離れなければならなかったことに、いまだに強い思いを持っていらっしゃるといいます。
 この話は、日本の政治家なら当然知っているべき決定事項です。しかし、自分たちに都合の悪い人材を徹底して排除した「市民運動家」政権には、そのことを知る人がいません。」


「陛下は今回の地震にあたり、国民を励ますために、史上初めてのビデオメッセージを公開されました。節電のため、皇居の不必要な電気を消し、不自由な生活に耐えていらっしゃいました。わたしは、ここに陛下の強い意志を感じています。」


(赤字、引用者)

官僚官僚
(2012/01)
飯島 勲、大下 英治 他

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 陛下は3月11日に予定されている、東日本大震災の追悼式へのご出席を強くお望みでいらっしゃるとうかがっております。
 陛下のご回復をお祈りいたしますとともに、もう式典までは、なにがなんでもごゆっくりお休みいただきたい、と思ってもおります。
 ………このへんは担当のお医者樣方にお願いしたいですね。
 お医者さまのいうことなら聞き入れて下さるのでは、と思う――んですけどどうでしょうそのへん。(^^;)
 
 
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2012.02.18 (Sat)

嵐、ふたたび

 本日寝坊しまして、いつもより遅刻しての投稿となっております。(^^ゞ

 ……先週、やっと、1個98円という値段になったところだったんですよ。
 それが、昨日見たときにはまたも1個148円に!
 いやな予感はしたんだけどさ。(T_T) 例の話を聞いたときに。

 そうです。トマトの話です。

トマトの成分、中性脂肪減らす 京大がマウスで確認
2012年2月10日15時7分 朝日新聞
http://www.asahi.com/science/update/0210/OSK201202100080.html

トマト「店頭から消えた」 “メタボ効果”研究発表でカゴメ株価も急騰
2012.2.17 09:58  MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120217/biz12021709580008-n1.htm

 1日にどれくらいの量をとりつづければいいということかは存じませんが、ともあれ、トマトを食べるか、トマトジュースでもいいが、とにかく中性脂肪を減らす働きがある、という例の話。

 あれをネットで見たときは、
「ああ……なんかイヤな予感がする…」
 と思ったんですが、案の定ってやつですかねー(涙)

 私は1年中トマトを食べてます、とはいえ、なんせもうここ2年くらいはずーっと価格はお高めであることが多く(夏が暑すぎたり冬が寒すぎたり、天候不順があったり)、1日1個、ってところですが。
 もう最高だったのは昨年末~今年の正月くらいですかね、トマト1個300円くらいまでいきましたもんね。
 さすがにあのときは手が出せず、ミニトマトでしのいでおりましたが。

 それがやっと、98円までさがってやれ嬉しやと思ったところだったのに! のに!!!

 思わず、「先生、余計なことをいわないでくださいっ!」と叫びそうになりました……学者さんが研究して発表するのは当たり前のことで、それをやめろというのはまったくとんでもない話なんですが;;

 中性脂肪を減らすというだけで、べつに「痩せる」わけじゃないんですけどねー。

 それに、食生活の改善をいっさいしないで、トマトだけ食べたってダメだと思いますよ。(--;)

 このへんについて、私が不満に思っているのは、「世間には豚のバラ肉が多すぎる!!」ということ。
 テレビでも雑誌でも、豚を使った料理のレシピには、じつに登場する確率が高いんですよねバラ肉。
 なんでこんな脂肪が多いもんを食わせようとするんだろう、と、私としては不満たらたら。

 豚肉でも赤身肉ならむしろヘルシーなくらいなんですが、なんでバラ肉。
 それはお値段が安いから、ということはもちろん承知していますけれども――しかしこれではバラ肉がへんに推奨されているような気がしてきます。
 以前は私、レシピにバラ肉とあるときは豚小間(こま)にしておりました。豚のコマ肉というのはたいていは、肩になるんだそうで、ロースよりはお安く、バラ肉よりは脂肪も少なくて済むといったところから。

 お肉の部位とか名称って、知っていそうで知らないもんですよね。
 解説はこちらのサイト様↓がわかりやすくてよろしいかと。

「豚肉ランド」様
http://www.pork-land.com/

 ともあれ、その後、私の体はどうも動物性脂肪の消化を苦手にしているらしいとわかり、現在は肉は鶏肉以外はめったに食べなくなりました。(^^;)
 これはこれでどうなのかという気もしますが……食べる回数を減らした分、消化がよくて栄養価のある(高タンパク低カロリー)赤身に予算を回すって感じですね。
 揚げ物もしなくなったなあ……。牡蠣フライだけは好きで作りますが。
 鶏肉の唐揚げも、「揚げない唐揚げ粉」というものを見つけて以来、唐揚げにはしていません。(^^;)
 ようは蒸し焼きとローストの間の子みたいな感じになるのですが、「揚げない唐揚げ」もお薦めですよv
 
 ということで(?)、――油分の多い食事の内容を変えないまま、いくらトマトを食べようがジュースを飲もうが、十分な効果が得られるとは思い難いんですよね。

 だから安易なまとめ買いはやめてー! アタシにトマトを食べさせてー! あたしゃもとから毎日食べていたんですから!!

 ……バナナや納豆のときと同じなんでしょうかねえ。(--;)
 もちろん健康効果は疑いませんが、しかし、本当に改善すべきことはほかにあり、むしろそっちのほうが問題の原因としては大きい場合、バナナがいいとか納豆がいいとかトマトがいいというのは、「補助的な」意味合いだと思うんだけどなあ。

(バナナダイエットは、食が細くて朝ご飯が食べられないような人には向いているでしょう。無理にものを食べなくても、朝、必要な糖分やミネラル分を補給できるから、まったく朝ご飯を食べずに飢餓状態でいるよりも、かえって体にはよい。結果、栄養が吸収されて代謝がよくなり、適正体重になる、ということだったはず)
(朝食を減らした分だけ他でがっつり「食べ過ぎる」人には、そりゃ、効果があるわけがないですわ;;)

 せっかくさがったトマトの値段がまた上がってしまったのは、さて、品薄になったせいか、それとも単純に、また寒くなったせいなのか。
 なんにしても品薄気味というのは私にとってはちょっと困った事態ではあるので(田舎ですから、品切れとまではいかないのですが、でも品薄)、
「はやいとこ、皆さん飽きてくださらないかしら」
 と思っているところです。(^^;)

 いちばん安いときだと、トマト1個88円かな。
 それくらいで安定していてくれると、毎日食べたい私にはありがたいんだけどなあ。(^^;)

 
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2012.02.17 (Fri)

寄付金控除の還付率がよくなってました

 先週、私もすき間を見つけて税務署にいってきまして、

 私の場合は、医療費と寄付金控除の申請なんですが。(歯の治療と、お世話になっている指圧院で領収書をもらった)

 申請書作成の相談は1月下旬には始まっていたはずで、やっぱりその時期に行けばよかった……と激しく後悔したほど、会場は混雑してました。(^^;)

 10何年かまえにもいちど、医療費控除申請にいったんですが、あのときは1月中だったんですよね。1月ですと、まだ全然、会場もがらがらで、待ち時間ゼロで終わったんでした。

 が、先週はもう…寒い廊下で1時間待ち(途中で室内の待ち合い席に入れましたが)。

 会場に入ってから、現在はインターネットから申請ができるとわかり(ポスターが貼ってありました)、番号札を返して自宅で申請しちゃおうかと思ったんですが。(じっさい、待ちきれずに、いちどは番号札をもらったものの、途中で帰ってしまう人も何人かいました)
 
 今回は私、複数年度分あるもんですから、やはりちゃんと聞いたほうがいいだろうということで、寒い中、「忍」の一字で待ってました。

 もう絶対、来年からは自分で申請しよう! と思ったのは、税務署の職員さんたちのてんてこまいぶりを見たから。
 本当に大変ですよね。(>_<)
 私の申請をみてくれたお兄さんも目が充血してらして…お昼ごはんを食べにいくのも容易ではないところで。
 すみませんこんなことで来ちゃって。来年からは自分でやります、と内心で平身低頭の気分でおりました;;

 ということで控除申請は過去3年分、まとめることもできます。
 必要な書類を確認し(つっても、私の場合は各領収書と源泉徴収票だけですが)、パソコンで入力していくのですが、恐縮したのはその入力も職員さんがやってくれたこと。
 キーボード叩くくらいならできるんで、指示だけしていただければとは思ったんですが、逆に面倒なのかな。(^^;)

 3年分なのでさすがにちょっと時間がかかりまして――、本当に申し訳ない;;

 しかし複数年分、まとめたせいで、寄付金控除の還付率がよくなっていることがわかりました。
 東日本大震災にあたり、2011年分から、還付率がだいぶあがってますね。ちょっとびっくりしました。え、こんなに返ってくるの? と思っていたら、職員さんも少しびっくりしたようで、
「ああ、だいぶ違うんですねー」
 と。

 じつは私の場合は震災関連の寄付はないんですが(してないわけじゃないが受領証はもらわなかったり、物資を送ったからだったり、寄付ではなくオーナー権を購入という形にしているからだったりしているため)、それでも、ちょっとした額でかえってくることになってびっくりです。

 そうなると医療費控除の雀の涙っぷりが目立ちましたが。(^^;) これくらいしか返ってこないんだったら、そのままお国にとってもらってていいんじゃないか、というくらい;;

 なんにしても寄付金控除還付率がよくなっているので、――どうも日本には寄付という「文化」はあんまり根付いていないのですが、このさいですから震災関連の事業があればどんどん寄付して、どんどん税金を戻してもらうのもいいのでは。と思いました。

 会社員の場合は税の徴収も源泉徴収も、血も涙もないくらいはっきりしてますから、申請もやりやすいってもんです。

 ……で、なるほどこういう人には税務署に相談する必要があるんだろうと思ったのは、相続税関係の御相談の方でした……。聞くともなしに漏れ聞いてしまいましたが……やっぱりたいへんですねえ、相続関係って;;
 うちなんか、親父が亡くなったって事実上、税法にひっかかるようなものはなにもなかったですから、すっきりしたもんですよエエ。

 ということで、私もこれで、インターネットから申請ができまして、来年からは、今年付与された番号を使ってさらに簡単に申請ができるそうです。
 電子上の身分証明となるICカードを取得しなけりゃならないと思っていたのは、確定申告をばっちりやる人のことであって、私のように医療費や寄付金の控除くらいでしたら、そういう準備もいらないのです。

 なんだ、それがわかっていたら自分でやったのになー…と思いつつ、帰ってきました。

 還付される時期もいまは短縮されて、3週間くらいで戻ってくるんだそうです。
 ちょっとしたお小遣いくらいの額になったので、少し楽しみにしています。

 医療費控除だけだったら、お茶代くらいにしかならないところでした。(^^;)
 そうとわかれば寄付金も出しやすくなるというもの(気分的に)。
 こういうことがきっかけでもいい、とにかく寄付というものが「文化」として根付くといいですねえ。

 
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2012.02.16 (Thu)

怒髪天を衝くとはこのこと

 馬鹿じゃないの? とお思いでしょうが、もちろん馬鹿ではありません。
 キチガイです。
 静岡県の恥さらしです。

静岡に震災がれき 反対派集結、警察出動も
2012年02月15日19時44分
提供:日テレNEWS24
http://news.livedoor.com/article/detail/6283024/

 出ていけ! この静岡の恥さらしが! と叫んだのは私だけではないと思う。
 出ていくのは静岡県からであり、この連中のいう「汚染」の定義をあてはめるならもはや本州にはいられないはずなので、とにかく、とっとと出ていってもらいたい。

 静岡の恥さらしと申しましたが、これはまったくゴキブリみたいなもんで、本当にどこにでもいますね(あ。北海道にはゴキブリいないんでしたっけ)。京都、福岡、日進市、神奈川県もひどいし、当然、静岡も。
 効果的に駆除する方法ってないもんですかね。(本気)

 被災地の皆様には、おわびのしようもございません。本当に申し訳ございません。m(_ _)m

 ただ、全国ニュースに乗ったかどうかは存じませんが、じつは、がれき受け入れ賛成署名を集めて同じく役所へ持っていった人々もいるということを、どうか、少しでも聞いていただけたらと思います。

「馬鹿とキチガイは声がデカイ」の法則(?)どおりで、良識ある人はべつに、がれき処理のお手伝いに反対なんかしないんですけども、――ご覧のとおりの有り様で、まったく、付ける薬がない連中にはどうしたらいいのか。(--;)
 常識人は目立たないが、馬鹿とキチガイは目立つんですよね。騒ぐから。

 昨日はもう、夕方の静岡ローカルニュースはこればっかりで、うんざりしました。

 オバサン連中がわざとらしくエプロンにマスクをつけて、そのマスクにもなんだかくっつけていたようですが私はよく見ていませんでした、とにかく「ふつうの市民」をそうやって偽装する時点でふつうの市民じゃないことはバレバレ。
「危険だ」――あんたの頭ほど危険じゃねえよ。「不安だ」――これで不安ならさっさと精神病院へ行け。(脳神経外科や神経内科になるかもしれないけど)
 というのが、地元ローカルニュースを見ながらの私のつぶやきでした(吐き捨ててましたが)。

 県内外からの「反対署名」を役所に持ってきたというのですが、県内ならまだしも「外」ってなにさ、「外」って。部外者に勝手なことをなんで言わせなきゃいけないのか理解できない。
 ま、これが左巻きのやり方なんですけけど。
 小さな運動を見つけると、協力するような顔をして乗り込んできて、最後にはその運動を自分たちが乗っ取り、当初の主張とはまったく異なるキチガイ運動にしてしまう。……昔からのやり口ですから、県外から口出しさせることになんの疑問もないんでしょう。
 
 先だって島田市市長を脅迫して書類送検された男も「渋谷区」でしたしね。

 そんな無意味な反対署名を馬鹿面さげて持ってくるとは、まさに真性のキチガイですが、そういうのを相手にしないといけないお役人様には、心の底から同情します。

 夕方の情報番組では、同県他市(島田市以外の市)在住の視聴者からの、「がれき受け入れは賛成。なんでしょうかこの騒ぎ。安全が確認されているのだから受け入れていい」というご意見が紹介され、ようやく私の気持ちもなだめられましたが。

 ………左巻きってほんとどうにかならないか。
 フィギュアスケートのジャッジもコロラドの山中に氷漬けにして放置してきたいと思いましたが、この左巻き連中は、このさいなのでみんなまとめてマリアナ海溝最深部(水面下10,911mと推定される。海面をゼロとした場合のエベレストの高さよりも深い)に簀巻きにして沈めたほうが世のため人のためだという気がしています。
 マリアナ海溝最深部までいけば放射線はないでしょうから(ゼロでもないが)(人体には6000~7000ベクレルの放射性物質が含まれるので)、連中だって本望でしょう。

 静岡県の昨日の地上1mの放射線量は0.052μSv/h。 今回運ばれたがれきの放射線量は0.05μSv/h。
 これでぎゃーぎゃー言うんだから、キチガイでなければなんなんだ。ええ?

 本気でああいうことを言っているなら、冗談抜きで行き先が違う。
 市役所じゃなくて(精神科か脳神経科の)病院へいけ、絵にもならない黒オフィーリアども。
(オフィーリアは純真さゆえに悲劇となりましたが、この左巻きはおのれの心の汚れのせいで正気を失っているので黒オフィーリア。……失う正気がそもそもあったのかは、はなはだ疑問ですが)
(まったく関係ない話になるのですが、絵画、ミレーのオフィーリアはなんともいえず、美しい。好きな絵です)
 
 ああ……いけないことだとは思いつつ罵倒がとまらない;;
 これでは私も連中と同じレベルということに;;(なるねえ……)

 まことに、本日は、こんなものをお目にかけて、面目ない次第ですが、私、本日脳味噌が沸騰しております。
 ちょっとは冷静に書こうと思っていたのにこのありさまで……申し訳ありません;;

 私も地元自治体のお役所に、電話じゃ迷惑だろうからメールで、はやいとこ、うちもがれき処理受け入れをしてくれとお願いします。
 静岡県東部はほとんどが東電管内なんですから、真っ先に手を上げるべきなのにと思うと、本当に、ただただ、情けないばかりです。 

 
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2012.02.15 (Wed)

「越前」の語源

 今日はまた時間がなくなっているので、昨日の補足をひとつだけ。

 昨日は、隠語「越前」の語源を知らないといってしまいましたが、思い出しました。

 越前福井藩、松平家の大名行列。
 供揃えのなかに、「槍(やり)持ち」がありまして、その槍の穂先には、当然カバーがかけられているのですが、そのカバーを掛けたようすが、「被っている」ものの形状に似ているから、ということが語源でした。

 ほかの大名家の槍持ちはどういうふうにしていたんでしょうねえ…。槍の穂先が鞘に収まっているのは当然としても、福井松平さんちはさらにそれに布製のカバーをかけていたわけですが、そこまで丁寧なことは、他家ではしなかったということなんでしょうか。

 それにしても、江戸の庶民は大名行列に遭遇したら、道脇によけたうえ、土下座をしていたと思っていましたが――長い行列だと通過に時間がかかる。となると、けっこうのんびり、庶民はその行列を眺めていたということでしょうか。
 殿様の御籠以外は、ぼーっと見ていられたのかな?

 ということで昨日の補足でした。m(_ _)m

 
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2012.02.14 (Tue)

2月14日いろいろ

 本日はバレンタインデーでございますね。(^-^)
 ですが、世の中にあるのはそれだけではないようで。
 2月14日はこれ以外にも、チョコレートの日、ネクタイの日、煮干しの日、そして、昨年末に誕生したばかりのニューフェイスは、おふんどしの日。

愛する人にふんどしを贈ろう! 2月14日はふんどしの日
2012年2月9日(木)10時00分配信
http://news.nicovideo.jp/watch/nw193221

日本ふんどし協会
http://www.japan-fundoshi.com/

 ………私、なんか、どうしても、「ふんどし」って「お」をつけたくなるんですよね……なんででしょうかね……おふんどし…。(^^;)
 他に、つい、無意識に「お」をつけてしまう名詞には「フランス」があります。「おふらんす」……無意識に言ってるんですよね。なんでですかね。

 襦袢(じゅばん)というのは語源がポルトガル語ですが、ふんどしの語源は何か、というのもなかなか奥深いものがあって面白いです。興味がおありでしたらWikipediaでどうぞ。

ふんどし
http://ja.wikipedia.org/wiki/ふんどし

 女性の下着は、腰巻き、湯文字というほか、ずばり「女ふんどし」という名称もあったもよう(現代においては下着という意味は薄れて『裾よけ』という)。しかしわざわざ「女」と断るところから推察するに、やはり男性の下着として、まずその名称が発生したんでしょうね。

 で、今日2月14日には「ふんどしを贈ろう!」………まあ、よーするにTバックだしな….いいんじゃないでしょうか。
 ちなみにこちらは、男性からとか女性からとか限定はせず、とにかく愛する人にふんどしを贈ろう、と。合い言葉は「みんなで締めれば怖くない」、ふんどし協会は、

「2022年(10年後)までに日本人全員がふんどしを1着は持っている、
そんな時代の到来を目標としています。」



 ふんどし、と一言でいってもいろんな種類が(じつは)あるんですけど、ここで言うのは越中ふんどしのことですかね…?
 あれはいちばん簡便なスタイルで、長い長方形の布の端にヒモがついており、長方形の布をお尻側にたらしてヒモを腰で結び、布を前に持ってきて、結んだヒモにひっかけ、余った部分はそのまま前に垂らすという。

 簡便で使いやすいのですが、局所の保護という意味では安定感はあんまりなくて、なにかのはずみで隠しておくべきものが出てきちゃったりするらしい。……あたし女だからよくわかりませんが。
 江戸川柳に「越中の下から 越前 顔を出し」というのがありまして――越前というのは(語源は知りませんが)その、男性の局所、かつ、……えーと、あのー……「被っている」ほうの隠語だそうです。

 …悪いけど、なるほどそれは見たくないわ;;

 その点、六尺ふんどしは、越中に比べるとかなりしっかりとした着用方法ですね。安定感はこちらのほうがあるんでしょう。

 ちなみに、江戸時代の女性が月経のときに使った下着が、男性の下着すなわち、ふんどしの形態をしていたらしいですが、詳細がわからないんですよね……。風俗とか民俗って、誰も真面目に記録したりしないから、かえってナゾの部分が多いという….。

 私は個人的にはふんどし、いいと思います。
 むしろ、子どもの相撲なんかをみていると、締め込みをつけている(締め込みは正確にはふんどし、すなわち下着ではない)のに、ショートパンツを着けていることが多いですよね。女の子はわかるけど、男の子はやめてほしいわ~。美観を損なうわ~。とつぶやいております。
 美観? と突っ込まれそうですが、いやなにね、なんか、締め込み締めてて下にパンツというのはどうも「思いっきりが悪い」ように思えるのです。
 学習院でしたか。赤いおふんどし(六尺)で海で泳ぐ伝統があるのは。
 あれはいいですよね。日本男児の美美しい姿だと思います。

 女性については――どうなんですかねー。きものを着るときは、西洋式のぱんつだとどうも下着の線が出てしまいやすいので、パンツははかないという人もいますが……さりとていまどき、腰巻きひとつじゃなんか心もとないし……となると、やはり越中ふんどしがいいかもしれませんね。

 ふんどし協会さんでは、ふんどし着用による健康効果を解説しています。事実かどうかは私には確認できませんが、まあ、そういうこともあるかなあ、と思います。(^^;)

 ちなみに、これはもう気の毒なくらい不発なイベントになっていますが、「メンズ・バレンタインデー」というのもございます。日本ボディファッション協会の提案によるもので、日付は9月14日。
 2月14日が女性から男性への愛の告白の日であるなら、こちらは男性から女性への愛の告白をとのこと。
 ……ただ、そのために女性に下着を贈るというのは、ちょっと無謀な企画ではなかったかと思います。
 たいして親しくない男性に女性用の下着を贈られたら、これはちょっと引く……。
 というか、下着売り場に男性がいくのかと考えると、気の毒すぎる……。

 そんなこんなで不発になっているようですが、でも、ご夫婦間であれば、それもアリな場合もあるのではないかと。(^^;)


 以上、バレンタインデーの話題に食傷をおこしている人のために、こんな話題もいいかと思って書いてみましたv

 
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