2012年01月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

2012.01.31 (Tue)

「秘帖・源氏物語 翁」

 けっこう長いことサボっていたのに、ここんとこまた本の感想がつづいてしまいます。(^^;)
 もうちょっとバランスよくいったほうがいいのでは、と思いつつ、どうもなにかと偏ってしまってすみません。(^^ゞ

 先日は、岡野玲子さんの「陰陽師 玉手匣」でしたが、この本を注文したら、夢枕獏さんの本がリンクされていたので、こちらも「ぽちっとな」。


秘帖・源氏物語 翁‐OKINA秘帖・源氏物語 翁‐OKINA
(2011/12/02)
夢枕 獏

商品詳細を見る



秘帖・源氏物語 翁‐OKINA (角川文庫)秘帖・源氏物語 翁‐OKINA (角川文庫)
(2011/12/02)
夢枕 獏

商品詳細を見る

 夢枕獏流、源氏物語――というところでしょうか。

 源氏物語の、光源氏が主人公なのは当然として、物語はそこに蘆屋道満(あしや・どうまん)という、なかば伝説化しているとはいえ、いちおう歴史上の人物が登場しまして。夢かうつつか、源氏物語の世界でありつつ獏さん得意の伝奇物語へ変容していくのでした。

 なるほど源氏物語に蘆屋(秦)道満か――源氏物語では、しかし陰陽師などよりは圧倒的にお寺さんのご祈祷の方が好まれているようですが、しかし、当時の貴族の生活は陰陽道なしには語れないわけなので、なるほどこれもアリだなあ、と感心しました次第。

 物語は、これはもう非常にドラマティックであるゆえにしょっちゅう翻案されたり舞台化されたりする、「葵」の巻のお話を背景にしています。
 光源氏の正妻、葵(あおい)の上は、光る君の子を身ごもっているのですが、そこに六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生き霊がとりついて、葵を苦しめる、というあのあたり。

 歴史と、「古典」と、伝奇の世界が混ざりあってくる感じで、なかなか楽しめます。
 
 これはある意味、獏さんの「源氏物語をどう読んだか」の感想文ととらえることもできる、と私は思いました。
 完全にネタバレになるので、さしもの私も具体的なことはいっさい書きませんけれど――、とにかく、この物語に通底するのは、とてもやさしい感性だと思いました。
 ……獏さん、やさしいなあ。(^^) というのが、私の感想だったりして。
 
 葵の上にも、六条の御方にも、――獏さんが寄せた思いはやさしい。
 あの光る君に思わず説教したくなる、というあたり、おやさしい、と思います。
 下手な男だったらうらやましがるところでしょうに。(^^;)
 そんなやさしい気持ちに触れたら、源氏物語に登場する女君(おんなぎみ)たちも、喜んでくれるのではと思います。

 なんにせよ、葵の上の苦しみをなんとか取り除こうと、身分柄あり得ないところへ出歩いていく光る君と道満の「道行き」は、たいへん奥深い謎の探求であります。その蘊蓄(うんちく)に触れるだけでも、意外なつながりも、情報もある。あ、これはそんなほうへつながるのか、というところはまさに迷宮の探検のようで楽しゅうございました。アリアドネの糸はないけれど。

 それにしても――思うのは。
 なぜか、光る君って、翻案されると暗くなるんだよなーということ。

 これは獏さんがどうこうの話じゃなくてですね。私もこれまで、源氏物語を翻案した映画、舞台、というのを見ているのですが、ことごとく、「光る君」のはずなのに「暗い君」になっちゃってるんですよねー。(^^;)

 確かに彼は胸の奥には、非常な孤独という「闇」を持っているのですが、しかし、ふだんの彼はまさに、光り輝くような――容姿ばかりではない、その人柄そのものが、明るく、人々を楽しい気持ちにさせてくれるような人物。その人がいるだけでそこにぱあっと明るい光が射すようだから、それで「光る君」と呼ばれている、はず、なんですよね。

 しかし、なぜか、源氏物語を翻案すると、翻案者がその「闇」に心を引かれてしまうのか、光る君の、肝心の、「光」が消されてしまい、闇ばかりが目立つということになってしまいます。
 原作のとおり、普段はぱーっとして明るい、魅力的な人で、しかしなにかのはずみで、ぎょっとするような闇が顔を出すという――いってみればその「ギャップ」を、うまいこととらえた作品というものには、私、いまのところお目にかかったことがない。

 じつのところこの「秘帖・源氏物語」の光る君も、お世辞にも明るい、光のような男とは思えない人物になっているので。
 不思議だなあ、なんでかなあ、やっぱり源氏を翻案するとこうなっちゃうのかなあと思いつつ読了した―――と、付け加えておきます。完全に主題から外れている感想ですが。(^^;)

 とはいえ、この秘帖…では、物語全体のトーンに合わせたら、そりゃどうやったって明るいキャラにはできないよね、ということで、そこは当然だとも思っています。

 なんにしても光る君と道満。――意外にしっくりくる、楽しい(?)組み合わせでした。(^-^)
 
 あ、ちなみにこの本は、単行本、文庫本、電子書籍も同時発売とのことです。
 私が買ったのは文庫本でしたが(素直にリンクに従ったら文庫だった;;)。

 
関連記事
10:20  |   |  EDIT  |  Top↑

2012.01.30 (Mon)

平清盛

 兵庫県知事さんがクレームをつけているなんて話も聞きます、2012年NHK大河ドラマ「平清盛」ですが。
 あのう。……いまのところ結構面白いと思いますよ~。
 私はけっこう楽しんでみていますよ。(^-^)

 過去にもこのパターンはありましたが、主人公が充分に成長するまでは、そのお父上様がすてき♪ という――今回もそのパターンかなあ、と思っております。
 中井貴一さんの平忠盛さま、すてきですv
 純愛と仁愛のお方だし。なかなか食えないところもあるし。
 中井貴一さん、さすがだなあ、と思って拝見してます。

 兵庫県知事さんはこのドラマについて、画面が汚いとかなんとかおっしゃったそうですが、まあこの時代はこんなもんじゃないでしょうか? 一部上層階級をべつにすれば。
 いってみればああいう「汚さ」から、上流階級にのぼっていくさまが、画面の上からも実感できるようになる、ということなんでしょう。

 私も、「平家物語」愛読者ですから(あれは古文だけどもとが『語り』であるために、いくつかの単語を押さえてしまえば、現代語訳を読まなくても充分意味がとれる。平易ですよね、古文の中では)、合戦の描写においてさえ、美美しいイメージがあるのは理解できるのですが。

 まあ、本当にお金のある上層階級以外はこんなもんだっただろうと思いますよ。埃っぽいし、庶民の衣料には木綿すらない時代だし、入浴の習慣もないし。

 いまのところ忠盛様中心で見ておりますです。
 ……宮中がちょっと狭いようですが、これは予算の都合上、仕方ないんでしょうね。(^^;)
 
      ●

 官僚たたきが最近の流行ですが、へそ曲がりのわたくしは、多勢に無勢とか、寄らば大樹の陰とか、長いものには巻かれろとか、勝ち馬に乗るとか空気を読めとかが大キライ。
 そもそも、世の中の人がものを深く考えて喋っているなどとは金輪際、信じていないので、世間で官僚たたきが流行れば流行るほど、「ホントかよ」という気持ちが芽生えて参ります。

 そういうへそ曲がりのわたくしにはちょっと面白そうだと思ったのがこちらの本。
 小泉総理の秘書官を勤めていた、飯島勳さんのインタビューだそうで。

官僚官僚
(2012/01)
飯島 勲、大下 英治 他

商品詳細を見る


 小泉内閣はその閣僚の「身体検査」はみごとでした。そのみごとな仕事ぶりの中心はこの飯島さんだったとうかがっております。
 そういう人が、いまの官僚たたき「ブーム」をどう見ているのか。
 面白そうだと思って注文したら、届くまでに日数がかかるようです。(^^;)
 世の中にはサイレントな、私同様にへそ曲がりの方々が、じつはけっこうな数、いらっしゃるということでしょうか。(^^;)
 
 
関連記事
11:05  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.29 (Sun)

「惚れてもない女の悪口を言うな」

 ようやくハードだった今月も、大方のことが片付きました……。本日つかの間の休息。なんつって。
 ぎりぎり今月いっぱいはまだ詰まってはいますが、あと2日。がんばれ私。

     ●

 本日のお題は、日経新聞1月27日(金曜日)夕刊のコラム「プロムナード」、鎌田敏夫さんの小題。

 鎌田さんが接した映画や舞台の作品のセリフについてのあれこれを書いているエッセイですが、今回はこの、ちょっと目をひくセリフについてでした。

「惚れてもない女の悪口を言うな」

 西部劇の変遷をとりあげつつ、そのセリフや物語がしめす、「男女の永遠の平行線」の関係についてのエッセイになっています。

 もうこのへんについてはあれこれ言ってもしょーがないでしょうから、私は触れません。(^^;)

 今回の小題となったのも、とある映画――西部劇――中のセリフだそうです。
 だた、これ、なにも男女関係における態度について「のみ」言っているわけではない。

 自分とは関係のないことで――関係を持つ気もないくせに――あれこれ言うな、と。
 つまり、「批判のための批判」をするな、ということです。
 パッと見よりも含蓄があるセリフです。

「作品そのものは忘れているのに、このセリフだけを覚えているのは、いろんな人生の局面で自戒の言葉として、何度も思い出してきたからだと思います。」



 批判のための批判。
 どうしても人間はそういうことをしてしまいますが、それにしても今の世の中にはそういうものが多すぎますよね。
 私も自戒、反省致します。

 ただ、このブログ上で漫画なり、小説なり、映画なりをとりあげるとき、私は「批判のための批判」はしないように、と、それは心がけております。
 なんですか拝見しておりますと、自分が見てきた映画なりなんなり、もうクソミソにけなしているものをよく見るのですが――それに対する私の感想は
「そんなにツマラナイと思うんなら無視すりゃいいじゃない」
 です。

 世の中には自分が好きなもの感動するもの、胸を打たれるものがいっぱいあるわけで、そういう感動を共有するために、こういう場所で紹介するのだと思っておりますんで。
 私は基本的には自分が面白いと思うもの好きなもの感動したものについてのみ、書いております。
 ちょっと好みじゃなかったなあというものは、そんなわけで取り上げません。
 ――という話を何年か前にも書いたっけな…。
 もう5年くらいはたっているかと思いますが、その方針は変更しておりません。

 批判のための批判は、なんのために行われてしまうのでしょうか。
 ――悲しい「自信回復」のためですね。
 他人を腐していれば自分がエラくなった気になれる。
 ………いま、自分で書いてて胸が痛くなりました。やれやれ;;

「ものつくりの仕事をしていると自信をなくすときが必ずあります。すると、他人の作品をあれこれ言いたくなる。他人の作品を批判していると、自分がそれ以上の作品が作れるかのように錯覚するのです。」



 そんなとき、鎌田さんが思い出すのがこのセリフだ――というのです。

「惚れてもない女の悪口を言うな」

 他人を腐すことで自分がエラくなったように錯覚する。そんなことで自尊心を回復しようとする。
 しかしそれは「錯覚」ですから、いずれ、そんな悲しいことをしている自分の惨めさ、という「現実」に打ちのめされてしまうわけです。

 でもまあ――そういうことを自覚し、自重を心がけるだけ、人としてはまともだと私は思います。
 自分の馬鹿がわかれば馬鹿じゃないよ――、高校生のとき、誰かに言われたことを、私もこういうときに思い出します。

 本当は誰しもが、自分の馬鹿はわかっているんだと思うんですよね。でも、自分のその馬鹿さ加減を認めるのにはけっこう勇気が(じつは)要る。
 自分がどんだけ馬鹿か、という「現実」を見るのは、やっぱり心が痛むし自信もなくなる。
 だからこそ、自分がどんだけ馬鹿か、きっちり意識化できたら、人として馬鹿じゃないんだよ。
 ――そういう意味だったんだなあ、ということを、いささかおつむの働きが鈍い私がわかるようになったのは、じつに三十路にはいってからでした;;

 とはいえそれでもやってしまいがちな「批判のための批判」。
 そういうことをしているな、やりそうになっているな、と思ったら、私もこの含蓄あるセリフを胸の内につぶやいてみたいと思います。

「惚れてもない男の悪口を言うな」

 ――なるほど。これを実行すると世の中の大半について、いちいち言及しなくて済みますね(…オイ)。

 これは、女性の悪口を書いた記事を見かけると、ものすっごい勢いで嬉しそうに食いついてきて、悪口を並べている男性諸氏にもお勧めしたいところです。

 くだらない女に関わっていると、あなたもくだらない男になります。
 悪口を言うのも、その対象に「関わる」行為ですから、おやめなさいまし。ということですね。

 ――さて、それにしても。
 悪口を言いたくなるほど、ちょっとくらいは誰かに惚れてみたいなー、という気持ちも、本音だったり……。(^^;)

 
関連記事
10:56  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.28 (Sat)

地震の際の猫

 諸般の事情により本日おやすみです。
 
 ですが、今朝、静岡県も思いっきり揺れていたので、「生きてます~」のご報告まで。(^^;)

 今朝地震がありましたときは、私は休みの日のことでのんびりストレッチなどしておりました。
 ちょっと大きい揺れに感じたので、窓をあけて(寒い!!!)避難経路を確保。テレビで地震情報を確認しておりました。
 結局3回くらい揺れましたかね。

 けっこう大きい地震だったなあ、と思いつつもまだ自室でうだうだしておりましたら、廊下の方から猫の声が。
 ドアを開けますと、黒猫が1匹、あたりのようすをうかがいながら、そろりそろりと私の部屋に向かってきておりました。

 この子はよく私の部屋にきて昼寝をしていくので、「なんだい、昼寝かい(朝だけど)」と言いながら部屋に入れました。
 猫はなおあたりをみまわし、部屋を1周し、しかるのち、私の顔を見上げてにゃあと鳴き――そのまま出ていきました。
 ………何の用事だったのさ。(^^;)

「いま地震だったけど、大丈夫? 異常ないね?」
 ということだったんでしょうか。

 黒猫は性格が穏やかな子が多いそうですが、この子もじつに温厚タイプ。
 地震があったのにちっとも起きてこない(階下にいかない)私めを心配して見に来たのでしょうか。

 ……うん。震度3や4でガタガタいってちゃ静岡県民やってらんないから、大丈夫。
 
 ちなみに他の猫連中は、地震が起きるや騒いで外へ飛び出していきましたそうな。
 ………静岡県の猫としてそれはどうかと思う。


 
関連記事
10:35  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.27 (Fri)

「陰陽師 玉手匣」

 お久しぶりで漫画のお話。

 岡野玲子さんの「陰陽師」の続編、になるんですね。


陰陽師 玉手匣 1 (ジェッツコミックス)陰陽師 玉手匣 1 (ジェッツコミックス)
(2011/12/28)
岡野玲子

商品詳細を見る


 もはや夢枕獏さんの小説の方とは無縁のものになっているようで……表紙にあるのは「原作」ではなく「原案:夢枕獏」の文字。(^^;)
 ………原案か……成程…。

 内容についてはAmazonさんにあるレビューをご覧いただければよろしいかと存じます。

 私は前作「陰陽師」がすごく好きでしたが……じつは、最終巻から、今回もそうなんですが、画面を見ていて、つらいんですよね。

 デジタル処理なんでしょうが、鉛筆画のような画面が、どうもコントラストが弱すぎるというか、メリハリがないというか、画面全体がハレーションを起こしているみたいで、どうも見づらい。目が疲れるような気さえします。

 作者はもう、ふつーの画面で描写する気はないのでしょうか。
 メリハリのない、白と黒がはっきりしない、ぼうっと光でぼけたような画面が、私にはすごくつらいのです;;
 白黒はっきりしている方が好き、という性分だからかな~。(^^;)
(じつは先日もそのへんについて説教されたばかりだからちょっと悩んでしまったり……関係ない話ですが;;)

 あと、大きなお世話なんですが、登場人物の鼻梁の線がはっきりしすぎているのも、見ていて違和感がある。
 鼻の付け根――目と目の間のあたりから、まっすぐ、同じ太さで鼻の先端へ向かって下りていく、がっしりした鼻梁というのは、日本人には滅多に見られないものです。
 なんといっても「平たい顔族」ですから、私ら。(^^;)

 人間の顔のはずが、むしろ動物的な――それこそ馬っぽい――感じになって、これまた違和感があります。
 
 過去にも何度か経験していますが、好きだった漫画家さんの、絵柄が変わるというのは切ないものがありますよね。(私の場合は萩尾望都さんが顕著だった…)
 たぶんこの時期の絵が一番好きだ、と思う「絵柄」があって、そこから、たしかに「技巧」としては向上しているんだけれども、「好み」ではないふうに変わってきた場合、ちょっと切ない気持ちになります。

 巧いんだけど馴染めない。
 読者としてはちょっと困った現象です。(^^;)
 とはいえ、あの絵柄の変容というのは描いている本人にもコントロールができないものなんですねえ。さる漫画家さんの、「昔の絵は描けない」というお言葉を聞いて、そうなんだろうな、と納得しつつ………でも、寂しい気持ちがします。(^^;)

 岡野さんの絵柄についても、ちょっとだけ、以前の絵の雰囲気に戻っていただくわけにはいかないものか。せめて、このハレーションを起こしているみたいな、ぼうっとかすんでいるようなデジタル処理の画面を、やめていただくわけにはいかないだろうか。
 ――などと、しばし悩んでしまいました。

 内容については。
 あの古代エジプトにまでぶっとんでいっちゃった、前作「陰陽師」に比べれば、いまのところはまだ、我々の常識に近い世界になっています。
 というのも、安倍晴明の息子――いま何歳くらいなんでしょうか、活発な若子(わこ)さまが、主人公になっているらしい。
 史実の人物としての彼の名前は吉昌さんとおっしゃったと思うのですが、今回の作中ではまだみずらを結っている童子ですので、そういうお名前ではない。
 父上である晴明様は「朔」(さく)と呼んでいるようです。

 ご母堂さまたる真葛(まくず)様もあいかわらずです。(^^;)
 強いというかマイペースというか。しかし、そう見えてじつは、ちょっと珍しいほど背の君には献身的な、可愛い奥方でもある。
 こういうのもツンデレというのだろうか。――私の目には、ツンデレなのはむしろ、晴明様のほうに思えるのですが。……まあいいけどどっちでも。
 
 私は男女いずれもツンデレには興味ないです。最初のうちこそ面白がっていても、そのうち、疲れてくるんですよね。ツンデレといえば聞こえはいいが(……いいか?)、「裏表がある」ように私には見えてしまう。
 ということで、裏も表もない、純粋な源博雅さまが、私にはあいかわらず好ましい。「いい男」です、ホント。

 さて、この若子さま、利発にして闊達、すでに陰陽の術なども使っていたりして(家庭環境のせいでナチュラルに術を覚えたんだろうなあ)(なんせ乳母が式神だし)。
 たいへん勉強熱心で、好奇心も旺盛。東寺――教王護国寺に侵入したうえ、密教の神仏をあれこれ調べたり解説したり、あげくには、弘法大師(の霊)から秘経を授けられてしまったり――すでになかなかの活躍ぶりです。

 晴明様がなんだか重たっ苦しい存在になってしまったので――もう人間じゃないわけですねこのお方は――、その分、若子様が、元気に、明るく、物語を引っ張っていってくれるのかもしれません。

 まだこの「玉手匣」も1巻。この先がどうなっていくのかは、いまのところ全然わかりません。(^^;)
 この1巻はまだ、各登場人物の顔見せと、伏線が張られた、というところで終わりのようです。

 私としては好きな世界観なんですが、いかんせん、この画面にどこまでついていけるか、ちょっと不安なものも感じております。ホントに目が疲れる…;;
 好きなことは好きな作品なんだけどな……。
 複雑な気持ちです。(^^;)

 
関連記事
10:33  |  アニメ・漫画  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.26 (Thu)

文殊の知恵

 あとでまた追記しておこうと思いますが、取り急ぎ、昨日お話ししました「湯の花」ですが、通販がありましたv
 旅館玉子湯さんで、湯の花の通販をしてくださっています。

旅館玉子湯 源泉「湯の花」
http://www.tamagoyu.net/yunohana/index.html

 殺菌力が強いので、水虫他、皮膚病にも効果があるそうです。

(B様、お忙しいのに、ありがとうございました! (^-^))

      ●

貿易赤字転落、2010年代に経常赤字の予測も  エコノミスト調査 財政再建の重要性増す
2012/1/26 0:04日本経済新聞 電子版

 日本の貿易収支、31年ぶりの赤字つまり輸入超となりました。

 もろもろ事情はありますが、原発が停止しているために火力発電所の燃料輸入が大きく影響しているのは事実でございます。
 原発をぜんぶとめても「大丈夫だ」と言っていた人々。
 まだ完全には全停止には至っていませんがこのありさまです、これでも大丈夫と言い張るのでしょうか。
 彼らの言う「大丈夫」というのは、どういう意味で言っているのでしょうか。

 毎度のことだけど、ホントに左巻き言語は意味不明ですねえ。
 無責任でいいよなあ左巻きって。

 くどいようですが私も原発に頼ることはいずれやめるべきだという考え方なんですが、こうも性急に行うことではないという立場におります。

 だいたい、滑稽なんですよね。この震災があろうがなかろうが事故があろうがなかろうが、原発があること、あることによるメリットとリスクという現実は、もうとっくに存在していたのに、――それにたいして呆れるほど無関心だったくせに、関心を持ったかと思ったらいきなりヒステリー、恐慌、パニックを起こしてまともな話もできない。

 関心を持っただけでパニックを起こすくらいなら、そのまま無関心を続けていてくれと私は思いますね。
 まともに話ができないんじゃ、かえって有害というものです。

 いきなり原発をとめることは非現実的だし、社会に与える悪影響は無視できるレベルではありません。
 原発への依存度を下げていくのは数十年単位で計画を立てて実行していくのが現実的でしょう。

 日経ビジネス(2012.1.23号)では、農業生産法人グリーンリーフ社長、深浦彰司さんが提言をしていらっしゃいます。
 深浦さんもまた自然エネルギー利用を提案していますが、それは太陽光や風力ではなく、農村を利用すること。

 地熱発電、小水力発電、植物残滓の熱エネルギー化など。
 農村には、活用されていない循環可能なエネルギー資源が豊富に眠っている、とのこと。

 じっさい私も現行では太陽光にも風力にも懐疑的になっております。
 日本の風土を考えると地熱発電がもっとも「現実的」ですが、これも、じつはその実現が見込まれる土地がほとんど国有地――国定公園なので開発は難しい、という問題もあります。

 ちなみに、この有望な地熱発電の開発事業については、現政権の例の事業仕分けとやらで「廃止をふくむ抜本的改善処分」に処せられています。
 はやぶさの予算も削るし、2位じゃだめなんでしょうかだし。ろくなことしませんね、いまの「政治主導」とやらは。

 ともあれ、深浦さんの提言によれば、農業をしながら発電する、ということが、かなり現実に近いものですね。これはいいな、と思います。
 じつのところ、これはまったくの私見なんですが、これからは、ふたたび農業がこの国の主力になっていく――主力というと大げさかもしれませんが、従来よりも「産業」として伸びていく、というように予想しています――というか、その可能性がいま、がんがん伸びている、と見ております。

 農業生産のかたわら、――かたわらといってもかなりの量をここで発電することは、かなり有望だと思われます。
 個人的には、あとは蓄電池ができればなあ、と思っているんですけども……まあそのへんはともあれ。

 「自然循環可能なエネルギー」も、実現には当然お金も時間もかかる。
 原発は安全性を(可能な限り)確保しながら稼働させ、ただし40年という年限はきっちり守り(廃炉にするときまたお金がかかるんですけどねえ)、順次、廃炉させていきながら、同時にこういう農村開発を進行させれば、エネルギー資源の「交代」は、大きな負荷をかけることなく実現できるというように、私も考えております。

 時間がかかるんです。手間もかかります。お金もかなり要ります。
 はっきり言えば面倒でしょう。でも、こまかいことをきちんとこなすことが、日本人の強みではなかったでしょうか。
 この国で革命が起こらないのは「急激な変化による大きな負荷」を嫌うメンタリティが強いから。
 逆にいうと、「本当に必要な変化ならば、時間をかけて、犠牲者を出すことなく(あるいは犠牲は最小限におさえつつ)、きっちり変化を遂げる」ことが、できる、ということ。
 日本の歴史をふりかえれば、そうやって変化をしてきたことはわかると思うんですけどね。

 この農業生産法人の社長さんもその提言中におっしゃっている。

「…だが「原発もダメ、化石燃料もダメ」と反対するだけでは問題は解決しない。重要なのは感情論ではなく、冷静かつ科学的に何をすべきか分析して、対応策を提案していくことだと思う。」



 まったく同感です。
 こういう人ばかりなら、日本も国全体でもうちょっと賢くなれるんでしょうに。

 それでも、こういう人が存在してくれている、ということは、心強いです。

 三人寄れば文殊の知恵という言葉がありますが、私はこの言葉には懐疑的です。馬鹿は何人寄ろうが馬鹿ですから。

 世の中に本当に必要なのは、千人の愚者より10人の賢者。私はそう思います。

 
関連記事
10:48  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.25 (Wed)

湯の花パワー

 昨年9月に福島は高湯温泉にいってまいりまして、そのとき、お土産で「湯の花」を買ってきました。

 硫黄の成分が含まれるので、お風呂の追い焚きはできません。そんなこともあってついつい、いままで使わないできてしまっていたのですが。
 ――あの超絶カラダの温まる温泉の湯の花を使うときがきた!
 この寒さは並じゃない!
 ということで、昨夜ついに! お風呂に湯の花をいれてみました。

 おいだきはできませんから、とにかくお湯は温かめにしておいて、湯の花を溶かしていれてみました。
 この硫黄の匂いを嗅ぐだけであったまる気がする~といいながら、3分ほど、のんびり浸かっておりました。(私はふだんからそんなに長湯はしません)(すぐのぼせるんです…;;)

 効果のほどはというと。
 いやーもー、すごいです。ぽかぽかです! 高湯温泉オリジナルの湯にはかないませんでしょうが、自宅の風呂だとしたら、すんばらしい効果です。

 1袋買ってきてこれで5回分くらいらしい。もうちょっと買ってくればよかったなあ。(^^;)

 うーむ、冷え性のわたくしが、このクソ寒い季節、おまけに今年は車も人もアイスバーンで滑りまくっている極寒だというのに(超強力な寒気団だそうですね;;)、風呂上がりに「暑い」と口走るとは!

 ふだんの私は、冬期の場合、湯上がりであってもすぐさま温かい服装に着替えなければなりません。浴室を一歩でたら、もう汗なんかかきません。湯上がりから布団にはいるまでの1時間ほど、いかに体を冷やさずに過ごすか、それだけに腐心しなければならない、それほどの冷えっぷりなのです。

 なのに、昨日は、またこれほどの冷え込んだ日でありながら、湯上がりに暑いといい、汗などぬぐっている。
「高湯温泉の湯の花、おそるべし」
 なにしろ、ふつーの水道水を沸かした自宅の風呂に湯の花を溶かし込んだだけですからねえ…。
 おまけにそれも、3分、湯に浸かっていただけで、この温まりようです。その効果のほどは推して知るべし。
 なんてパワフルな土地の恵みだろう。
 つくづくそう思います。

 あと何回か分はまだ残っているので――「今夜は冷える」と思ったら、またちょっとずつ、使っていこうかと思っております。
 やっぱり、もう一袋くらい、買ってくるべきだったかな。(^^;) 冷え性人間の特効薬じゃないだろうか。

 ただし。
 硫黄の匂いがダメ、という方にはおすすめできませんが…。

 温泉の成分を利用するために、お風呂からあがるときにシャワーなどは使わない。肌にそのまま、温泉成分を残しておくのですね。ゆえに、湯上がり、自分の体から硫黄っぽい香りがしますが、これをイヤだと思うようだと、ちょっとお薦めはできませんね。(^^;)
 私の場合はこういう匂いはもとから平気だということと………ちょっとクセのある匂いくらいなんだ! ぽかぽか温まって眠れる幸せに勝るものがあるか! ――という勢いですので。(^^;)

 私の場合は手足が冷えて困るというタイプではなく、体幹部分がふかーく冷えている、というタイプ。
 重ね着しようがホッカイロをあてていようが、お腹の芯が冷たくなっているというタイプですから、体が温まるというこの感覚はまったくもって、なににも替え難い「冬の日の幸せ」なんですよね~。

 じつのところ太陽神経叢(たいようしんけいそう)が冷えのために働きが鈍ると、血流が悪くなるのはむろんのこと、それゆえの便秘にもなるし、じつは、うつ症状とも関係があるということで。
 あたたかい、って、大事なことなんですよねじっさい。
 なんで冷えや低体温がいかんか、というのは、――死体の温度は何度くらいだと思う? という質問について考えていると、わかってくるわけです。
(ちなみに、がん細胞はそういう、冷えた場所が大好きです)(血行が悪いために、酸素がいきとどかず、体温も低いままの場所は、がん細胞がたいへん好む場所だそうです)

 今年の冬はことさら、冷えが堪えます。

 各種温泉のもと、という入浴剤は、ふだんから使っておりますが。
 やはり、本場の湯の花はパワーが違った。というお話でした。
 
 うーん……この湯の花って、お取り寄せできませんかね…?(←真剣)

 
関連記事
10:37  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.24 (Tue)

春の色

 年度末が押し寄せてきております。
 ということで本日は事実上おやすみということで;;

 用事がたてこんでくるときって、なぜか、ほかのことも立て込んでくる気がします。
 仕事だけで立て込んでいるなら(まだ)いいんですが、プライベートの方もなんだかゴタゴタしてくるという……。

 学生時代の同窓会が計画されているのですが「この年度末のクソ忙しいときに予定を入れられてもねえ」というところ。(^^;)
 もう1件同窓会があるけどこちらはお盆休みなので、これはこれで「コミケがあるんだよー!」という……。

 仕事とオタク案件でだんだんつきあいが悪くなる感じ……。
 これでいいんだろうか…。(遠い目)

 ところで、そろそろ春物の通販カタログが手元に来ているのですが、今年の春はちょっといいかも。
 と申しますのは、ひさびさ、ラベンダーカラーが目につくからです。

 ここ数年は、春ものとはいっても色合いが暗くて、「秋物との違いがどこにあるんだよ」と、モノトーンには完っ全に飽きている私はなんだか不機嫌になるほどでしたが、今年はいいですね。
 あいかわらず、「そんなに葬式が多いのかえ」とイヤミを言いたくなるほど真っ黒なページもありますが、今年は爽やかなラベンダーカラーが目に入ってくるのです。

 いいですねえ。春の明るい日差しにはこの色は本当に映えます。

 この淡い紫には、空気を浄化するような爽やかさが感じられて、好きな色です。

 私も何か、ラベンダーカラーのものを新調しようかなあ。
 淀んだ空気を、ぱあっと一新するような。
 そんな春になるといいな――と思っているところです。

 そんな具合でちょっとうっとりしたところで。
 ――現実に戻ります;;

 
関連記事
11:22  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.23 (Mon)

堅いお話

 本日は、カッタイ話題でございます。(^^;)

 政府の言う「社会保障と税の一体改革」の、具体的内容とその意味がよくわからん、と言っていた件ですが。
 ひとまず、「日経ビジネス」(2012.1.23号)にちょこっとその話がありました。

 一言で社会保障といってもいろいろありますが、こちらの記事で取り上げているのはまずは年金についてです。
 記事によりますと、民主党がかねてマニフェストで訴えてきたことは。
 

 国民年金と厚生年金を一体化。
 支払った保険料に応じて年金を受け取る、所得比例年金の導入。
 低所得で年金額が少ない層にも月額7万円の最低保障年金を給付すること。

 ことだそうです。
 低所得者には満額給付するが、ある程度以上の所得がある人は給付は減り、さらに所得が増えると給付はゼロになる。

 記事では給付を減らすにあたっての3つの案を紹介していますが、結局は、中、高所得者については年金給付は現在よりも減り、おまけに、財源は現在よりももっと大きくなるんだそうです。
 その必要となる追加財源は、じつに25兆円超。

 ちなみに、現在よりも年金給付額が減る「中高所得者」とは、「生涯平均年収260万円~690万円」。
 ……てことは、堅気で真面目に会社勤めしているような人は、ほとんどここに該当しますね。

 なお、小沢一郎氏は「年収600万円で給付額の減少が始まり、年収1200万円で給付がゼロになる」案を2007年に検討したそうですが、これがもう、財源としてはとんでもないことになるので立ち消えになったそうです。

 民主党は基本的にやっぱり「ばらまき」なんだなあというのが私の感想。私見ですので念のため。
(ちなみにこの民主党案では、どっちにしろ、必要となる財源の規模からいって、消費税は11.2%まで引き上げが必要になるとのことです)

 あとは全国保険医団体連合会でも、同改革案には反対の立場で解説があります。

社会保障・税一体「改革」の狙いは、社会保障の切り捨てと消費税増税です
http://hodanren.doc-net.or.jp/kenkou/ittai-kaikaku/gaiyou.html

 こちらはもう完全に反対という立場のうえで説明されているので、読むときはどうぞそのおつもりで。(^^;)
 自分なりに検討する、ということのためには、なにかや誰かのご意見を「鵜呑み」にはしないようにしたいところですから、私としては先ずは「情報収集」というくらいのつもりでおります。

 それにしましても。
 民主党はなにかっつーと「弱者の味方」を気取りますが、やっていることは、自民党なんか目じゃないほどのすさまじいバラマキで、日本の財政を破綻させることしか考えてないとしか思えない……という感想に、自然に傾いてしまいます、いまのところは。

 現行の社会保障制度ではもたない、ということには異論はないのですが、その改革案は、上記のようなことがなぜか隠されたまま、現行システムでは持たないので消費税増税に理解を、とだけ言われている――というのは、やっぱり納得できないです。個人的に。

 なるほどこれじゃあ自民党が反対するのは当然だろうけど、自民党もこのへんのことについてはあんまり具体的にアナウンスしていない印象がある。――もっとも、それを報道するべき報道機関が、有名人の離婚にかまけて、まともな報道をしないのでは、当たり前かもしれませんが。

 なんにしてもこれは私が自分なりに集めてきた情報に過ぎず、とても「詳細な内容」がわかったとは言えませんで。(^^;)
 さらに参考にできるものがありましたら、ぜひ、お知らせください。マジで。ホントに。あたしゃ本気ですのでよろしくお願い致します。

 リーマンショックの折りにはきっちり見事な対応をしたのに、わけわかんねえことをマスコミに喧伝されたあげく、マスコミがかもし出す「空気」を読んだ人々によって政権からひきずりおろされたのが、かえすがえすも残念でならない――と、私は個人的には思っている、麻生太郎氏の、この件についてのコメントを下記にご紹介します。

麻生太郎オフィシャルウェブサイト
2012年1月19日

http://www.aso-taro.jp/diary/2012/01/20120119_1326958276.html

 麻生氏の言う「中福祉・中負担」の中身も詳細がなかなか見つからないのですが、とりあえず下の記事が見つかったのでご参考までに。(2008年当時の記事です)

社会保障は「中福祉・中負担」、税財政と一体で年内に改革計画=諮問会議
2008年 10月 17日 21:40 ロイター Reuter
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-34382020081017

 中福祉、中負担というのもなかなかビミョーな気がしますが、上記の民主党案「年金の保険料は取られるが、自分は年金をあんまりもらえない」(ゼロではないが、支払った保険料から見ると『損』となる)よりは、納得できる制度になり得るかな、と考えているところです。
(制度設計とじっさいの運用とでは、また違ってきちゃう可能性はありますけどねえ…)

 消費税増税は避けられませんが、問題は、その税金をどういうシステムでどう使うかということなんで。
 そこを伏せたまま、「増税に理解を」と言われても困るということ。

 つまり、消費税増税には反対ではないが、「社会保障制度改革案」には反対だ、ということです。(いまのところは)

 また、そういうことをまったく報道しない、「自称・報道機関」に、あたしゃいいかげん頭に来ているのです、ということ。

 本日はそういうお話でございました。m(_ _)m

 こういう話題って、やっぱり肩が凝りますねえ……。(^^;)
 
 
関連記事
10:46  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.22 (Sun)

六花亭さんのチョコでした♪

 先日申し込みをしました、NPO、JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)様のチョコ募金の、チョコが届きました。
support-choco1.jpg

「チョコ募金」
http://www.jim-net.net/choco/

 ウェブからの申し込みは20日で終了。現在は電話受付のみとなっているそうですが、申込数が多かった場合は早めに締め切られるかも、とのことで。

 1缶500円。
 ウェブ申し込みはこれが4個セットのもののみということで、私のところには4つ。
support-choco2.jpg

 チョコは六花亭さんのチョコです。美味しゅうございましたv
support-choco3.jpg

 サポーターは年会費3千円。ラナ・サポーターは年会費1万円とのことです。

 私が億万長者だったらなあ、と想うのはこんなとき。
 すでにほかのサポーターを継続しているのでけっこういっぱいいっぱいなんですよね……。寄付したい先は山ほどあるんだけどな。(>_<)

      ●

 なんかまあ、いろいろ、大変みたいですねえ、ヤフコメ。(^^;)

コメント機能の投稿者名(Yahoo! JAPAN ID)の表示に関するお知らせ(1月20日)
http://headlines.yahoo.co.jp/cm/guide/howto

 コメントのIDを全部表示し、かつ、表示名も表示する、という発表がありましたが、これがまた変更になり、IDの全表示はなし。従来どおり、「頭文字3文字表示、あとは伏せ字」になる。ただし「表示名」は表示されるようになる、とのこと。

 これで少しはヤフコメ欄もまともになるか………どうか。
 それはないかな。(^^;) 人間、いきなり改心するわけもないですから。
 
 ただ、あまりにも無責任なコメントが減ってくれるといいなとは思いますけども、そのへんは期待薄…でしょうね。
 私の、コメント欄は基本的には見ないという態度には変更ありません。

 震災後、あまりにデマがひどかったときは、逆に、どんなデマが出ているのかをチェックするために見ていましたが、最近はその必要もなくなりましたんで、まあ、平常どおりです。

 無責任な書き込みと言えば。
 ――やっぱり出たかこういう馬鹿が。――と独り言が出たニュースはこちら。

脅迫容疑:がれき受け入れの島田市長脅す 男を書類送検
毎日新聞 2012年1月20日 19時11分(最終更新 1月20日 19時26分)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120121k0000m040025000c.html

 犯人は、島田市民ではないどころか、静岡県民ですらない。
 東京都渋谷区。団体職員42歳の男――というだけで、団体ってどういう団体か、氏名も公表されないんですねえ。
 逮捕もされたわけじゃないからこういう扱いなんでしょうか。

 それにしても、馬鹿に馬鹿って言うと怒られるとすると、なんて言えばいいんでしょうか。左巻きってかなり可愛い言い方を心がけていたつもりなんですが、……馬鹿とか左巻きっていうと怒られるとすると………うーん……「知性に不自由している人」とか?
(かえって悪い…?)


 
関連記事
10:57  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.21 (Sat)

大寒

 本日は大寒でございます。
 ここから立春までは、1年で一番寒い時期、ということになっているわけですが………なるほど今年は大寒の名に恥じぬ寒さとなっております。
 ……外へ出たくないというより、すでに窓を開けるのも億劫になりますね。(^^;)
 そういうわけにもいかないから、掃除のときだけでもいちおう、風を通しますけども。

 大寒の日にとれた卵を食べると、その年無病息災、というんだとか。
 大寒の日にとれた卵つってもなー。(^^;) スーパーマーケットでパック入り卵を買うのがせいぜいの人間には、それはハードルが高い験かつぎですね。

 ちなみに今月17日からは「土用」に入っています。
 土用と言えば土用丑の日、うなぎを食べて暑気払いというのは夏のこと。
 土用というのは季節の変わり目に(各節句の前の期間)存在するもので、じつは四季それぞれに土用はあるのでした。立春、立夏、立秋、立冬の、それぞれ前後約18日間。

「土用」
http://ja.wikipedia.org/wiki/土用

(余談ですが、いつもお世話になっているのでWikipediaさんには年に1回ですが、ご寄付を申し上げております)
(そういえば、一度寄付をすると催促のメールが来るようになるなんて話も聞いたことあるけど、私のところにはそういう、寄付を催促するメールなんて、いっさい来たことないです。……あれってガセ?)

 夏の土用丑の日がとくに重んじられた理由はなんなんでしょうね。冬もけっこう体力的にタフなんだけどなあ。……大寒の日に卵というのは土用とは関係なさそうだし。

 ちなみに、23日月曜日は新月ですが、ここで旧暦では月があらたまります。てなわけで、23日は旧暦の、1月1日になりますね。旧暦では、我々ただいま「年末」にいることになります。
 つまり今年は1月23日が「春節」ですね。

 立春のころになっていれば春っぽい雰囲気も感じられますが、この1月下旬ではまだちょっとなー。というところですね。おまけに今年はへんなふうに寒いし天気も荒れているし。
 うちのほうではもうずーっと毎日、天気がすっきりしません。天気予報が晴れと言っても雨が降っていたり、「天気予報って……どこの天気を予報をしてんの?」などとひとり言が出てしまいます。(^^;)
 春が待ち遠しいです。

 日の出の時間は冬至のときと変化ありませんが、日の入りはだいぶ伸びて、昨日で午後5時をちょっとだけ過ぎました。
 個人的には日の入りよりも日の出の方が早くなってほしいのですが、まあ文句を言ってもしょうがない。
 ただ、少し伸びた日脚に、ちょっと心慰められています。

 ところで大寒。
 卵を食べる以外にもなにか「イベント」がないもんでしょうか。
 お祭りが好きなもんで、なんかこう、ぱーっとしたことをやりたくなるんですよね。

 ぱーっとしたことは無理でも、なにか、気分転換できることをしたくなる今日でございます。
 んー……肉まん買ってきて食べるとか。(なんで)

 
関連記事
11:04  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.20 (Fri)

急募! まともな報道

 あまりの寒さで頭も凍る……ボケているのは1年中ですが。(^^;)

 イタリアの豪華客船の座礁事故ですが、なんだかこう……最初は、船長さんが真っ先に逃げちゃったという話を聞いたときは
「ああ、ヘタリア………」
 と思わずつぶやいてしまいました。

 その後、その船長を叱りつけたコーストガードの隊長さんとの無線のやり取りが公開され、隊長さんの言うことに、いちいちごもっとも、と思っていたら、今度はその隊長さんが「英雄」となり、通信中に聞かれた彼の言葉をプリントしたTシャツが登場した(っていうのは、誰かが販売したってことですよね?)……というところまでくると、これはこれで、「なんだかなあ」と思います。

行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」(by 勝海舟)とはいえ、最近、その「他人の主張」もあまりにも無責任になっているのではないかと思えてなりません。
 どのみち、他人なんざ無責任なものに決まってはいるのですが――無責任なら無責任らしく、軽々しい扱いをされるのが筋ってもんだと思うのですが、そういう無責任な輩の言うことを「世論」とかといって、あげくには「民意」などと大げさに祭り上げて、それが「正義」であるかのようにふるまい、人を傷つけ殺しさえする。
 こういうあり方にはたまに、本気で吐気を催しております。

 自分の立場というものをもうちょっとわきまえたらどうだ、と思うことは本当に増えましたねえ。
 
 誰かの失敗を、本人が自殺するまで責め続けることも、単に職務に忠実というひとを過度に「英雄」にすることも、私には、そのどちらにも嫌悪感を覚えます。

 他人を貶めることと褒めることは、行為としては逆に見えても、その根底にある根性は、ちょっとどころかかなり気持ち悪いと思います。

 なにせ、そうやって「英雄」だなどと勝手に祭り上げていても、なにかあれば、それこそ殺す勢いで叩くのですから。

 いったい、この極端な行為をもたらす精神というのは、どういうものなんでしょう。
 どちらにせよ言えるのは、「著しく公平性を欠く」精神だ、ということですね。

 ひとさまの離婚の話に興味津々になっている連中の顔を見るのもうんざりですが、さらに、どーでもいい他人のフトコロ具合まであれやこれやと公共の電波を使って詮索するという、どう形容すればいいのかわからない下劣さに、昨日あたりからうんざりしてしまい、今朝は虫の居所が悪いです。(^^;)
 
 虫の居所が悪い、で、八つ当たりするのも「著しく公平性を欠く」態度で、申し訳ありませんです;;

 なんにしても、他人のケツの穴を頼まれもしないのに興味津々で物差しもって測るような真似をしてないで(これは夏目漱石『三四郎』に出てくるのです……こういう言い方でスノッブを批判してるんですね)テレビにしろ新聞にしろネットにしろ、くだらないことばかり言ってないで、せめて、現在の政府の言う「社会保障と税の一体改革」の具体的な内容を、きっちり詳細にわかりやすく解説して報道するぐらいのことは、したらどうなんですか。

 そこがわからないと消費税税率アップに賛成とも反対とも言えんじゃないか、と思って、具体的な意味を求めてあれこれ調べたり記事を探したりしているのですが、――そういう、国民にとって大事なことがまったく目につかないので、私もいま、ちょっとキレかかっています。
 知るべきことが全然知らされずに、だれぞの離婚がどうとか、んなことばっかり言ってやがって、まともな報道をしろよ! と、寒さで凍った頭は現在、爆発寸前でございます。

 私のような頭でも理解できるような解説をしてくださっているものをご存知でしたら、なにとぞ、お知らせくださいませ。
 
 報道すべきことを報道しない。「1億総白痴化」と言われて久しいですが、やっぱり情報発信も質が落ちているんでしょうね。
 マスコミも、政治家の悪口いっている手間の半分でいいから、こういう「まともな」報道に手間をかけてみろ、といいたいところです。

 ………我ながら、今朝は本当に機嫌が悪いです……。(^^;)

 
関連記事
11:07  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.19 (Thu)

我が愛しの猫たち

 私の「ネコ好き仲間」である友人は、恐らくは私以上のネコ好き――ということは、そろそろ「猫キチ」に近いところがあるほどなのですが。
 ネコは現在、飼っていません。

 飼えない環境にあるということではないのです。じっさい、いまはハムスターを飼っています。
 ネコは飼わないの、と聞きましたら、どうも「飼いたくない」気持ちがあるようです。

 なんでかと申しますと、昔飼っていたネコの思い出が鮮烈すぎるから。
 なんとなくその気持ちは、わかる気がします。(^^;)

 いままでそのへん、あまり突っ込んで話したことはなかったのですが、雑談の中で、うちで飼っているネコどもの話をしておりまして、折々、過去、うちにいたネコ、いまはもういないネコの話も混ざるわけです。
 で、友人がふいに、
「そんだけネコを飼っていて、昔の子を忘れたりしない?」
「しないねえ」
 即答しました。
「たしかに、似たような背格好とか、同じような色柄だとかはあるけど、1匹1匹、違うからね。同じ茶トラのネコだ、つっても、金ちゃんと金太ちゃんとチャッピーとピーちゃんとトラオとハマちゃんでは、ぜんぜん違うもん、個性が」
(ちなみに上記のうち3匹は故人……故猫)
「いま茶トラのネコを飼っているからといって、昔飼っていた茶トラのネコは忘れない?」
「忘れない。というか、ぜんぶ違うから」
「ふーん…」

 彼女が、ネコを飼えるのに飼わないのは、新しい子を迎えると、昔熱愛したネコを忘れるような気がして、それが心のひっかかりになっている――ということが、あるようです。
 私にとっては1匹1匹、それぞれが違う個性の存在なので、記憶が混乱したり前の子を忘れたりということはありませんですね。

 ………この会話、なんか、どこかでしたことがあるような、と思ったら、あれだ――その昔、友人と、「今の彼と昔の彼氏を比べてしまうことはないか」という話をしたのと、方向性としては似てるんですね。(^^;)
 ………こちらも、私は比較をしたことはないです。
 ないです、っつーより、質問されるまで考えたことなかったです。
 それはそれ。これはこれ。
 個性がまったく異なるものを「比較」できるものなんでしょうか? むしろ私にはそっちのほうが不思議なんだが。(^^;)

 愛猫を亡くした飼い主さんが、クローン猫をつくって「復活」させた、というニュースを聞いたとき私が思ったことは、
「愛猫とおっしゃるが、たいした愛情ではなかったようだ」
 でした。
 
 私には、その猫が亡くなったからといって、クローン猫を誕生させてその子を「身代わり」にするというのは、どうにも人間の勝手が過ぎるように思えたので。
 
 たとえ遺伝子情報としては「同じ」でも、この世に存在するものとしては、同じものはふたつとしてありません。
 年年歳歳花相似たり、といいますが、去年咲いた花と今年咲いた花は「似て」はいても「同じ」ではないわけです。

 花一輪もそうであるものを、まして、ああやって強烈な個性を放って生きるものが、「同じ」であるはずもない。

 クローンとして誕生しても、その猫はその猫、ただひとつの存在。
 
 だというのに、そのただひとつの存在に、かつてあった存在の「身代わり」をさせるというのは、ちょっとひどいなあ、と私には思えたのでした。
 まあ、このへんの飼い主さんの心情を、外部の人間がわあわあ言うのも不遜なことではありますから、私はそのように思う、というだけです。
 深刻なペットロスに陥って、精神的に不安定になっている人には、「治療」として有効ということもあるでしょうから、いい悪いの話ではありません。そこはわきまえているつもりでおります。

 愛猫を亡くすことは悲しい。
 私などは、もういない子を思い出しただけで、いまだに泣いてしまうくらいなので――その悲しみというものは理解できる。

 けれども、その存在はかつてそこにあり、今はもうここにはない、ということもひっくるめて、その子は、ただひとつのものなんですよね。
 悲しいなら、徹底的に悲しんであげることも、その存在に対する敬意の表明にならないだろうか。

 いまでも逢いたくてたまらなくなる猫はいますが、だからって、クローンでもいいから会いたいとは思わないですねえ、私の場合。
 クローンで誕生した猫がもしいたら、それはもう、それがすでにたったひとつの存在。誰のクローンとして生まれたか、とかは関係ない。そこに生まれたその子は、ひとつだけの存在。私が恋しがって会いたがった、「あの子」とは、まるっきり別の子です。遺伝子情報は同じでも。
 存在は混同させられない。存在はいつも、どれも、すべてが「たったひとつ」。

 失われれば悲しい。けれども、その、悲しい、という思いが、そもそも、たったひとつでかけがえのない存在に対する愛情と敬意の、表現の1つだと思います。
 正直なところ、クローンを見て「○○ちゃんが帰ってきた!」と喜ぶその気持ちは、私にはわからないです。もといた子と、いま目の前にいる子、双方に対して不誠実な(エゴイスティックな)態度に思えて仕方ない。大きなお世話なのはわかってますが。(^^;)

 ちゃんと悲しんであげる。――それでいいんじゃないかと思います。
 あんたがいなくて寂しいよ。いまでも会いたいよ。――今はいないその子に、そういってあげるのも、愛情ではないかと思う。

 失われれば悲しいし、悲しいことはつらい。
 でも、自分がつらいからといって、本来はまったく別の存在であるものを「身代わり」にして、自分のつらさから目を背ける態度は、私には、不誠実な逃避に思えてしまう。
 私の予想では、たとえクローンでも、オリジナルとはまったく異なる嗜好や行動――個性を見せるのではないかと思いますね。
 だって、生まれ方はどうでも、違う存在なんですから。

 まあそういうわけで。
 私が中学生のころからうちには猫がいるので、考えてみるともうけっこうな人数……じゃなくて頭数を飼ってきたことになるんですね。
 でも、その1匹1匹のことを忘れたり混同したりは、ないです。絶対。

 新しい子を迎えても、以前いた子を忘れることはない。
 ――そんなことを怖がらなくてもいいと思うよ。と。
 友人にはそう言おうかと思いましたが、「ふーん」という返事のうちに、そのへんは通じているのを感じて――でも本人にはまだ迷いがあるんですね――、黙っていました。




「白頭を悲しむ翁に代わりて」
          劉 希夷


古人復た洛城の東に無く
今人還た対す落花の風
年年歳歳花相似たり
歳歳年年人同じからず
言を寄す全盛の紅顔の子
応に憐れむべし 半死の白頭翁



 
 
関連記事
10:38  |  身辺雑記2012  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT