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2011.11.30 (Wed)

知覚過敏か上顎洞炎か

 上顎洞炎なんでしょうかねえ。
 よく、虫歯じゃないけど冷たいものが歯にしみたりする、「知覚過敏」というものがありますね。

 日曜日の朝、なにげなく、いつもどおりに水を飲んだら、右の歯、ご丁寧に上下にしみたんですよね。
 一瞬のことでもあり、さほどの傷み方でもなかったのですが、やっぱりいい気分ではない。

 この間、耳鼻科へいったときにもらっていた点鼻薬をつけてみました。鼻炎の炎症などを抑えてくれるクスリです。
 それをつけて、次の日に同じように水を飲んだら、もうしみない。

 上顎洞炎というほどではなくても、もはや慢性鼻炎状態の私には、上顎洞炎に近い状態で、結果、歯がしみて痛みを感じるということになっているのかもしれません。

 3年まえ、左上6番の歯の原因不明の痛み、左頬の腫れに悩まされ、その時点ではべつにどこも悪くないといわれましたが、結局今年、同じ歯の神経が死んでいたということになりまして。
 同じように右側が痛いなんてことがあると、ドキッとしますわ。(^^;)
 鼻炎も甘く見ないで放置しないことですね。

 日曜日はお察しのとおり、ちょっと鼻づまりがひどくなっていました。つまり鼻炎がひどくなっていましたので――水が歯にしみたとき「もしや」と思って点鼻薬をつけてみたという次第なんですが……ビンゴでしたねえ。

 私の場合は、歯が痛んだら耳鼻科へいけ、ということになるようです。(^^;)

       ●

<秋篠宮さま>天皇の公務「定年制必要」
2011.11.30(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111130-00000008-mai-soci

 なんだかいつも、ちょっと気の毒に感じるのが、皇族方は、お誕生日の報道があるのはいいのですが、いちいち年齢をばらされるという点。(^^;)
 もちろん隠し立てするようなことではないですが、でも、――ことに女性の場合は、いちいち年齢をいわなくてもいいんじゃないかなあ、なんて思ったりします。

 といったところで今日、11月30日がお誕生日である秋篠宮様の記者会見。
 この席で宮さまが、天皇陛下の「定年制」に言及なさいまして、……私もそれがいいんじゃないかなと思います。

 祭祀の詳細が我々にはわかりませんが、いずれにしても非常に激務であることは確かなようで、……60歳定年がいいか、70歳がいいか、あるいはご本人の意志で決める方がいいのかはわかりませんが、人生80年と言われる現代ですから、定年制度は設けてもいいんじゃないかと思います。

 昭和天皇のときにそれはすでにしみじみ感じたことでした。それでちったあ国会で話が出るかと思いきや、梨の礫で20年。
 本気で考えていいことではないかと思います。

 天皇の御位をお降りになると「上皇」さまということになりますが、いいんじゃないでしょうかそれで。
 天皇、皇太子、上皇とおいでになると、場合によってはご公務の分担も、現在よりやりやすいことになるのでは。(上皇さまがお元気のうちは、ということですが)

 先般には女性皇族による女性宮家という話もありましたが、このへんを考えるのには「天皇とは何か」の話をするしかなくなるのでしょう。……できるのか宮内庁(←古墳群の発掘調査をなぜか妨害している)。

 かつての天皇というのは、男性の天皇と、皇族の皇后というのがそろったうえで成立していた――まだ天皇という名称が確立していない時代の話――というのは、考慮すべきことだと個人的には思っております。
 基本的には男系ではあるのですが、同じ皇族の女性がいて、初めて正式な王位となる。
 興味深いことには、男性天皇だけでは王権は不完全であり、同族の女性がいて初めて王位は完成される。

 これはじつに興味深い。「ダ・ヴィンチ・コード」思い出しますよね(笑)

 あるいはこれは、いわゆる卑弥呼の話にまで遡っていけるのかもと思いますが……ま、このへんは私の妄想です、妄想。(^^;)

 妄想はともあれ、かつての王権のこの形態について聞いたとき、天皇の装束や、儀式のなかに、みょーに女性的なものがあるのを不思議に思っていたのが、腑に落ちた気がしました。

 どうも明治からこっちの話というのは、残念ですがあれこれゆがんでいる。そのへんを「訂正」しつつ、議論を進められればいいでしょうね。
 その場合、やはり皇族方のお話を最大限、尊重しなければならない。これは一般庶民(総理大臣だって一般庶民ですからね)にはわからない部分が多すぎるので、当然のことだと思います。

 しかし――いまの国会って、そこまで真面目に考える気、あるんですかね?

 
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2011.11.29 (Tue)

保留箱

 たまに、ここで日記を書いてはみたものの、どうも、これをアップするのは適切とは思えない、と迷うことがあります。

 どうも不穏当というか剣呑というか、親しい人なら大丈夫だろうけど、そうではない、まったくの行きずりの他人に見せるのにはあまりにも危険性が高いのではないかと思われる内容のものです。
 しかし、あーこれやめた、といって、一気に全部を削除する気にもなれない。
 なぜかというと、それは私にとっては大事な「心からの叫び」だったりするからです。

 ウソは言っていない。間違ったことを言っているとも思えない。むしろどっちかつーと堂々と主張したいくらいのことなんだけれども、しかし、「不特定多数」の人の目にさらすのは、妥当なのかどうか迷う。

 そういうものが、ときどき出てきます。

 考えた結果、それは「保留」ということにしよう、ということで、べつの下書き用のファイルに内容をコピーして保存しておきます。

 これで、いちおう、衆目には晒すことなく、自分の良心を裏切って削除することもない、という状況に落ち着くことができます。

 ほんで、だいぶあとになってから読み返すと――「まあ、出さなくてよかったんだろうな」と思う。(^^;)
 自分で読み返して、自分に対して、もっともだ、とうんうんうなずいている。それでもう、気がすんでいる。(済んでない場合もあるけど、まあ、人前に出さないという判断そのものには納得している)

 たしかに、むしろ広く主張したい心からの叫びだというのは事実だけれども、それを人様に理解してもらおうというのは間違っとるよ、ということって、あるんですね。

 そういうものが出てきたときは保留箱に入れておく。これでいいみたいです。
 しばらくして時間がたち、頭が冷えたところで読み返すと、「出さないでよかった」と思うし、「それでもどうしても出したい、というものではない」こともはっきりする。

 いつかは、しばらく保留箱で寝かせていても、やはりこれは言いたい、と思うことが出てくるかもしれませんが、まあ今のところは――それほどのことはないようです。

 自分が言いたいこと、なんてのは、そんな程度のものかもしれません。これは私ばかりではなく誰でも。
 本人にとっては本当に大事なことだと思えても、ちょっと時間を置いて眺めてみると、自分にとっては大事でも、他人からすればべつにどうってことはないものだ、――そういうことが、ほとんどじゃないのかな。

 もちろん世の中にはもっとちゃんとした大人のヒトって大勢いて、そういう人々は、保留箱なんて用意するまでもなく、最初から、言うべきこととそうではないことを、きちんと分別なさるでしょう。

 じつは今日もまたそんなわけで保留箱のお世話になって、仕方なく、こんなことを書いているわけですが。
 保留箱が要らなくなるほど、私も、ハナから冷静な判断ができる大人になりたいなーとしみじみ思っているところです。(^^;)

 ちなみに、過去の保留箱に残された記事と日付をみますと、私の場合、こういう「発作」が起こるのは、おおむね2ヶ月に1回くらいのようです。
 毎月1回、発作が起こったときもあるし、しばらくなかったという時期もある……しばらくこの発作はなかったなあなんて思っても、最大でも3ヶ月、ってところが、やはり私の気の短い、頭に血が上りやすい傾向を示しているようでお恥ずかしい。(^^ゞ

 それにしても、保留箱を用意していてこの程度か? じつは好き放題書いていたんじゃないの? と言われるかもしれませんが。
 ……そうは見えなくても、これでもけっこう、気を使ってるんですよ…(遠い目)
 自分が言いたいことと、でも、それを他人様がみたらどうなのか、ということの、それぞれを天秤にかけて、いちおう考えてはいるのです。いちおうは。
 考えてもこの程度か、と言われると、耳が痛いですが。(^^ゞ

 
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2011.11.28 (Mon)

ロミオとジュリエット

 私にとりましてはこの週末は、どたばたの土曜日、日曜日でしたが、世間様もやはり行事の多い週末でしたね。いろいろ行事が目白押し。
 
 まずはフィギュアスケート。
 グランプリシリーズロシア大会、男子シングル、フリー、見ましたよ~……録画を局部的に;;
 BS朝日で放送したのを予約録画して出かけていたので……帰ってきてから夕飯を食べながら、ひとまず羽生結弦選手と、ジェレミー・アボット選手だけ。ブレジナ選手もまだです;; ああ時間が;;

 女子シングルは浅田真央選手が優勝、男子は羽生結弦選手が優勝ということで、なんとアベック優勝となりました。これはすごい。
 ファイナルが、いっそう楽しみになりましたねv

 羽生選手については、まだグランプリファイナルはないだろうなと思ってみてました。すみませんすみませんごめんなさい;; 己の不明を猛省しております;; 逆転優勝は、すばらしいの一言。
 果敢に4回転、攻めていくところがかっこいいわあ……。女の子のようにやさしい顔をして、この人も中身はホントに男前だなあ、と思って拝見しております。
 もっとも、それくらい向こう気が強くなければ、トップにはなれないということでもあるんでしょうね。

 個人的には小塚崇彦選手がファイナルを逃したのが残念で……、でも、羽生選手が出場が決まったのは嬉しいです。(^-^)

 ジェレミー・アボット選手は、体、しぼりましたね~。私としてはそっちのほうがインパクトがあったりして。(^^ゞ

 現役のスポーツ選手が、競技をしながら体をしぼってくるというのはたいへんなことでしょう。ふつーの人と違ってもともと体脂肪率は高くないうえ、減量はしても筋肉量は減らせないわけですから、ああまで見た目でしぼったなとわかるほどということは、本当にがんばっていらしたんだなと思いました。

 全体にスピードが増し、体のキレがよくなりましたね。ことに、それはスピンで顕著に感じます。回転数が上がって、スピンの見栄えもよくなりました。軸も以前より安定しているのではないでしょうか。
 身長がある選手ですから、もとから長い手足で演技が映える人なのですが、ああなってくるとますます映えるなあ、とあらためて思いました。
 でも、彼には黒い衣装より、もっと明るい色のものが似合う気がする。
 なんにしてもフリーのときの手の怪我、大丈夫だったでしょうか。痛そうでした;;

 また、コーチをしている佐藤有香さんのお若いことにはびっくりしますね。なんか、本当に昔から変わらない……うーむ。(^^;)

 羽生結弦選手のフリーですが、曲が「ロミオとジュリエット」、ということは羽生選手、ロミオさまなんですねえ。なんとも麗しいロミオ様で。(←真顔)

 私もその昔、学校の講義で読んでて気がついてびっくりしてたんですが、シェークスピアのロミオとジュリエットは、15歳と13歳で、出会ってから死ぬまで3日間しかありません。
「なんと気の短い……」
「若いんだからしょーがないさ」
 という会話を友人どもと交わしていた記憶があります。(^^;)

 あの度を超した情熱ぶり、思い詰めよう(視野狭窄と呼びたい;;)、そして計画の粗雑さと、「ちょっと落ち着け!」と言いたくなる激しい早とちり(……日本語、へんですね;;)。
 これって、悲劇というよりじつは喜劇なのでは……と思っていたのですが、主人公たちが中学生くらいの年齢では、致し方ないところなのか。
 と、今回の羽生選手のフリーの演技をみてあらためて実感しているのはなぜなのか私;;(レオナルド・ディカプリオのロミオもよかったですけどねえ♪ レオさまが可愛かったわ~♪)(……言われたほどにはセクシーだとは私は感じなかった;;)


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 羽生選手の、はかなげで可憐で、でも攻撃性も(じつは)高いロミオ(という解釈してみました)を見ると、10代特有の雰囲気のせいで、あの物語の悲劇性も、なるほどとも思えてきます。(成人があれをやるとやはり喜劇になる…悲劇足りうるのは少年少女であるゆえ)
 ああガラスの10代。自分自身が発火して、自分の熱でそのガラスの体を溶かしてしまうのね。

 ………なんにしても、グランプリファイナル、楽しみです。(^-^) ファイナルはブレジナ選手も出るしv

      ●
 
 そして大阪のダブル選挙。
 思う事もありますけれども、私、しょせん部外者の立場なのでコメントは(いつもどおり)控えさせていただきます。

 なんにしても、今回の、私にとっての選挙戦の「目玉」は、アホの度を超した週刊誌でした。
 ネガティブキャンペーンの文春と新潮ですか。詳しいことは知らないけど(知りたくもないが)あたし、新聞は読みますんでね。新聞には週刊誌の広告がでかでかと掲載されるので、あの見ているだけで気分が悪い記事の見出しは目に入っちゃうんですよ。
 いいたかないけど、週刊誌関係者の皆様ってさあ、こんなもん書いて、インクと紙の無駄遣いして、生きていてごめんなさいって気持ちにならない? ねえ?

 政治家などのネガティブキャンペーンには私ももう慣れてしまって、もはやなんとも思わなくなっていますが(ということは当然、金の話だろうが女の話だろうが、なにかの判断材料にはしないということ)今回ばかりは本気で呆れましたわ。
 恥を知れといいたいところですが、そんなもの最初からないとわかっているのだから、そんな無茶を言ってはいけませんね私も。

 記憶する限り、中学か、高校のころから、私はネガティブキャンペーンというものには、その問題とされている人よりも、記事そのものに対して冷たい軽蔑の目を向けてきたわけですが。
 ここらへんでひとつお願いしたいのは、ネガティブキャンペーンがまともな批判であるわけはないのはわかるけれども、いーかげん、一瞥(いちべつ)しただけで
「だから何?」
 以外のことを言えるような、もーちょっとマトモっぽいこと、書けませんか。

 金の話でも女の話でも出自の話でもなんでもいいが、ネガティブキャンペーンて、スキャンダルとかいってますけども、「だから何?」の一言で終わる事ばっかりなんですよね。
 ………はっきり言っては悪いんでしょうが、私としてはああいう記事を読んで真に受けて、「(対象者は)けしからん!」なんて憤るのって、あまりに知性に欠けた態度だと思います……。世間じゃ多いらしいけど。

 すみませんこういう言い方しちゃって;;
(どういえばいいか、他の言い方を思いつかないあたりが浅慮なんですよね私;;)

      ●

 大相撲も九州場所、千秋楽でした。
 
 横綱白鵬関は、もうなんども被災地に行っているそうですが、そういう報道、まったく見かけませんねえ。
 どこを訪れたときのことかはわかりませんが、やはり津波の被害が大きかったところでは、土地の人に乞われて、あの土俵入りのときの、「せりあがり」を、海に向かって行ったそうで。

 四股(しこ)を踏むのは、地鎮や、たましずめ(鎮魂)の意味がありますし、せりあがりは、上へ向かって上昇、「あがっていく」「発展する」意味があります。
 津波の被害、その犠牲者、そして生き残ってこれから生きていく土地に、ひとびとに。
 祈りをこめた、四股とせりあがりでしたでしょう。
 
 ………が、さすがだなあ。横綱にそれをお願いした人は、やはり相撲の意味をちゃんとご存知なんですね。

 横綱も改めて、相撲というものが日本の文化に深く根ざしていることを実感したとか。

 というか、相撲って本当はご神事だしねえ。(^^;)
 そういうこと、当の日本人自身が知らないで、なんだか浅くてアホなことを言うようになってしまいましたけれど。

 いっさいそういう報道がないのをフォローしたいらしく、一生懸命、実況の合間でそういうことを話す刈谷アナウンサー。いい方ですね、本当に。

 
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2011.11.27 (Sun)

棺を蓋いて事定まる

 昨日は着付のシーズン到来ということで、急遽、お休みしまして失礼致しました。
 ふと気がつくと、お正月と成人式シーズンが近づいておりますね。(^^;)

 昨日は予期せぬアクシデントもあり、予定時間を大幅に超えてしまい、日記を書いている時間もなくなりました;;
 今日も今日とてお出かけで、あんまりゆっくりもしていられないという……。

 なんなんでしょうか、この慌ただしさ。
 もう年末年始は始まっているということでしょうか。

 昨日のアクシデントというのはじつは、いっしょに出かけていた人が、ちょっと途中で思いがけず気分が悪くなって動けなくなったということでした。
 少し休んでもらったら回復したのでよかったのですが……今年はやはり、どうも気候がよくないですね。
 風邪ではなくても体調不良ということが多いようです。気をつけて…と言いたいところですが、私としてはこれ以上、なにをどう気をつけりゃいいんだ、と言いたくもなります。(^^;)

       ●

 「ほぼ日」で、糸井重里さんの「今日のダーリン」(11月26日分)を拝読し、うーんなるほど、と思いました。
 噺家(はなしか)の(深い意味はないのですが私は落語家という言い方が好きではないので、噺家さんと申し上げます)、立川談志師匠がお亡くなりになりました。
 そのことに関する、柳家小三治師匠のコメント、それに対する糸井さんの感想と、そこから展開して得られた「結論」。

 誰かが亡くなったとき、その人を悪く言わない、というよりもーちょっと積極的に「いいことしか言わない」という世間の慣習――糸井さんのお言葉によれば「かたちのよいことば」ばかりになることへの違和感。
 そして糸井さんがそこから掴んだことは。
「おれが死んでも、美化はよせ」

 美化かあ……。まあ、美化する「必要」がある人も、そりゃ中にはいらっしゃるでしょうが、じつのところは、美化するとかじゃなくて、「お亡くなりになってしまうと、不思議と、その人のいいことのほうが印象が強い」感じになることも、ありますよね。

 死者にむち打つというのはもーサイテーだということは大前提として。

 しかし、「死」というのは生の対極にあるせいか、逆に「生」がものすごいエッジを利かせて浮かび上がる。そんな気がします。
 その人が元気で生きていたときの、その人に対する嫌悪とか怒りとか恨みとか、そういうものよりも、その人自身がどう生きていたか、なにを愛していたか、なにを望んでいたか、そのためにどれほど戦っていたのか。
 そういうことが、死というものによって逆に照射される気がする。

 恨みとか嫌悪とかは消えたわけじゃないんだけれども、――自分との利害関係はもうなくなった、いかなる意味でも、もう絶対、もう二度と、遭遇することさえ永遠にない、という、「死という現実」が、残された人間を客観的にし、冷静にし、「現実的」にしてしまうところがある。
 ……ように思います。

 よほどの善人/悪人でもないかぎり、たいていの人には、賞賛すべきことと、まあ、間違っても褒められない行状はあるわけで。
 その人がぴんぴんしているときには「いいかげんにしろよこの野郎」くらいに思っていたことよりも、ああいうところはすごかったなあ、えらかったなあ、と思える側面の方が、際立ってくる。
 
 じつのところ、人の「欠点」というのは大した問題じゃない、それは「欠点」というより、周囲の人間がどう受け止めているかというだけの問題にすぎない。
 その人がどういう人なのか、という「本質」を知るためには、欠点なんていくら調べても意味がない。本質はわからない。
 存在の「本質」はいつも、美点、美徳といったもののことなのだ、という話を聞いたことがありまして。
 ふーんそうかなあ、なんて私も半信半疑でおりましたんですが。

 死という、絶対の「隔壁」によって隔てられてしまうと――死なれてしまうと思い出すのはその人の美点ばかり。そういうことはありますね。

 そりゃあ、死んだくらいじゃとても感情的な浄化なんかできないね、というくらいに、憎悪や怨念の的になっている人というのもあるんでしょうけども。
 通常の人間関係のレベルであれば、まあ、死なれてみたらなぜかいいことしか思い出さないという感覚の方が強いんじゃないかと。

 で、それでもそういうとき、ちょっと故人の毀誉褒貶の、毀と貶のことにもちゃんと触れられる人というのは、故人と近しかった人ということになるのではないかと。
 近いというのはもちろん物理的な距離ではなく心理的に。――人間関係として、かなり親しい間柄の人こそ、「ほめるばかりじゃ気持ち悪い」という感覚になるような。

 どの人間にも、いいところと悪いところがあるが、その、悪いところをぶちまけられる相手というのは親しい間柄に限られる。
 親しい交際がある関係とは限らない。「魂のありようが近い」人。生きているあいだならば「理解者」と呼ばれるような人。
 そういう人なら、故人に対して、いいところも悪いところも遠慮なく指摘できるんでしょうね。
 じつのところ人が死ぬと、いろんな人がいろんなことを言う(言わされる)わけですが――弔辞を含めて――、糸井さんおっしゃるところの「ほんとうのこと」をきちんと言える人は、どのみち、そう多くはないというのが本来なんでしょう。

 小三治師匠がそうであるように、誰かの悪いところ、欠点も、まとめて受け入れている「理解者」の言葉からは、意地の悪さ、悪意というものは出てこない。悪口を言っているのではなく、ただ、あったことをあったままに、語ることができるのではないかと。

 そういえば手塚治虫さんがお亡くなりになったとき、手塚さんが無茶な条件で安くテレビアニメを製作する、そういう「慣習」を確立させてしまったがゆえに、後続のアニメーターが、信じられないような薄給で働く羽目になったということを、遠慮なく、びしばしと批判した(追悼文で、ですよ)のが、宮崎駿さんでしたっけね――なんてことを思い出す。

 いずれにしても、亡くなったときに、誰かから振り向かれ、言葉をもらえるというのは幸せなことだろう――と、孤独死確定の私は思います。(^^;)
(葬式代の確保はもちろんすでに生前戒名もいただいてますんで、準備は万端でございますよ)(むしろ問題なのは、アチラにいくまでの期間のほうなんですよねー)(こればっかりは自分の意志ではどーにもならん)

 
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2011.11.25 (Fri)

聞くべき声

 就活について思うことを書こうと思ったんですが、話が思ったようには膨らみませんでした。(^^;)

「大学は就活予備校じゃない」 学生らが"就活ぶっこわせデモ"
2011年11月23日(水)17時34分配信 ニコニコニュース
http://news.nicovideo.jp/watch/nw150842


 さすがに私も、ユニクロさんの話を聞いたときは「はあ?」でございました。(これは完全に拒絶の態度の「はあ?」)
 大学入ってすぐに就職を決める……べつにそのこと自体はいいのですが、それで本当に学業に励んでいる時間はあるのでしょうか。
 4年間、学校に通いながらユニクロでバイト、卒業したら「店長」。
 大学って就職のために入るところなんでしたっけ?
 と思っていたところだったので「大学は就活予備校じゃない」にはごもっとも、と。

 とはいえしかし、この「就活ぶっ壊せ」デモ。
 これはこれで、聞いたときの第一声は「壊してどうする」でした。

 就活のシステムあるいは慣行に、これはやめてほしいとか、このやり方は変えてほしいとか、あるんでしょうから――そういう、具体的に「是正を求める」主張の方が、わかりやすいんじゃないかと思います。

 壊すというのは意味ないねえ……。見てご覧なさいよエジプトを。
 あの「デモ」も、壊すことは言いもするしやりもするが、「壊して次のこと」はいっさい主張がないでしょう? あれはいけません。
 壊すことが快感になってしまうと、ああなってしまう。
 40年ばかりまえの学生運動をやっていた人々にはわかるんじゃないかなあ、その快感の強さ。潜在的に暴力が好きな人には、強力な麻薬になってしまう。
 田原総一郎さんなんていまだにその調子でやってますもんね。(^^;)

 壊す「だけ」で終わったらタダの馬鹿です。
 改革者は、破壊が目的なのではなく、自分が本当に実現したいことがあるから、結果的に破壊もやらざるを得ないというだけなんですよね。
「目的」が違う。

 昔の全学連みたいに、破壊そのものが目的になっているのなら、だれもまともに相手にはしない。耳も傾けない。
 当然、賛成も同意も得られません。

 このさき、どうすればいいのかと不安に思い、途方に暮れているのは若い人だけではありません。たぶん、生きている人間の大多数はそんな思いを抱えてこの時代に生きていると思いますよ。

 それで、アレが悪いこれが悪い、アイツが悪いコイツが悪いといっていてもしょうがないのです。

 本当に信頼できる人やものを、どう見つければいいか、――私はそれだけはわかった、と思います。

 世の中、たしかに、頭がよく、(一見)説得力もあることを言う人は大勢いるでしょう。
 けれどもその人たちはそれぞれの立場で、まったく異なる主張をしますよね。
 いったい誰がいうことを聞けばいいのか迷うところです。

 私が最近発見した「法則」は、「希望を語る声に耳を傾けよ」です。

 それがどれほど立派で、正確で、説得力があり、隙のない論理性を備えており、議論になれば負けないだろうと思われることでも。

 その「内容」を聞いて下さい。
 もしもその完璧な論理を展開する「対象」が、結局は、他人を罵倒するものであったり、人々にネガティブな思い(怒りも同じです)を抱かせるものであれば。

 耳をかす価値はありません。

 それはその人の意見だな、という程度にとどめてください。

 世の中は――どうしてなんでしょうか、厳しい現実を踏まえたうえで、きちんとした未来を見つめ、希望を語る声は存在しているのに、上記のような罵声にかき消されがちですね。
「馬鹿とキチガイは声がデカイ」
 というのが私の考えなんですが、そういうことの弊害かもしれません。

 罵声や怒声に耳を傾けてはいけません。
 いままでだってそうでしたが、これから先の時代はなおいっそう、そういう態度が必要になります。

 どんなにご立派な「理屈」を備えていても、罵声や怒声はしょせん、罵言であり瞋恚でしかありません。
 人を生かすものは怒りや悲しみではなく、愛と希望と勇気です。

 罵声や怒声には、愛も希望も、まして生きる勇気などありません。
 臆病者こそが、その怯えと不安ゆえに毛を逆立てて「怒る」のです。本当は怒る必要がないことにまで、必死になって怒る。

 そんな臆病と罵声が渦巻く世の中ですが、それでも、数は少なくても、かならず、「人を生かす」声は存在している。
 その声を聞くためには、自分自身が心を鎮めてじっと耳を澄ませる必要があります。
 そういう意味では、罵声や怒声に耳を傾ける方が、はるかに簡単ですけどね。(^^;) なんの努力もしなくても、勝手に耳の中に入ってくるのですから。……迷惑なことですが。

 でも、結局、ネガティブなことって自分で自分を滅ぼすだけなんですよね。

 これから先、自分が生き延びて、ということは周囲の人たちとも生きていこうと思うなら、罵声や怒声は無視して、その向こうで静かに、穏やかに、けれども力強く語りかけている声を探して、その声にこそ、耳を傾けて下さい。

 ――それが、若い人に言えることかなあと思います。
 
 若い人限定の話じゃないですけどね。(^^;)

「ほんもの」はいつでも、どんな世の中になっていたとしても、ちゃんと存在してくれますよ。
 それを探すのも、人生の課題ということかもしれません。

 
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2011.11.24 (Thu)

健康の証として

 自動車取得税等を廃止しようという話が持ち上がっていると聞いたときは、「ぜひ!!」と期待したんですが。
 地方自治体から「税収入が減る」ということで反対されているとは………残念なことですねえ。
 あの自動車取得税とか重量税というのは明らかに、自家用車を持つということがお金持ちの特権だった時代のもので、一種の「贅沢税」(贅沢にたいする懲罰税的な;;)なんですよね。

 いまや田舎は自動車がないと生活ができないことになり、自家用車は「生活必需品」でこそあれ、贅沢な、お金持ちだけの持ち物ではありません――とっくに。
 なのになんでこんな税金がいまだに生きてるんだよ~とブツブツ文句をいってきた私としては、この税金が廃止というのは全面的に大賛成、お役所もたまにはいいこと言うね! などと喜んでおりました。
 ………地方自治体が反対か。(^^;)
 気持ちはわかるけど……でも、「懲罰税」がなくなることで自動車の売り上げが伸びれば、巡り巡って税収に結びつくんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。

      ●

 私も「なにかあったらいつでも呼んで下さい」という登録を、地元の血液センターにしてあります。
 登録してから15年ほど、いまのところ、まだ、「血液がないので来て下さい」という呼出しをされたことはないですが……。

 どうもお若い方から献血の協力が得られにくいことになっている、とのこと。
 献血できるのは16~69歳。あんまり子どものうちでもできないことで、献血ができる年齢というのは、案外、短い期間になるのです。
 できるあいだにできることをしておいたほうがいいと思うんだけどな。

献血方法の採血基準(PDF)
http://www.jrc.or.jp/vcms_lf/ketueki_20110301_kijun.pdf

 献血に協力しない理由のトップに「針が怖い」てのがある、のは正直いえばびっくりです。(^^;) 針が怖い? 「なんとなく不安」? なんで?
 先端恐怖症の人ならわかりますけど、………だって予防接種するでしょ? 病院へ行けば検査のための採血もするでしょ?
 病気の治療のとき、すんげえぶっとい針で薬を打たれたり、点滴の針なんかすごいことになってんでしょ?
 あれにくらべたら献血の針なんて、可愛いもんだと思うけどなあ。あとは寝てりゃいいだけよ? はっきり言ってこれ以上、なにもしなくていいボランティアはないですよ?

 ………あれですか、「人間は自分の楽しみのためなら10万円だってぽんぽん使うけど、ひとさまのためには千円だって容易に出さない」というのと、同じ精神てことですか。
 
 子どものときは自分のことだけで世界はいっぱいで、他人のことまで気が回らないものなので………あれですかね、献血に「関心がない」というのは、やはり幼児性が抜けていないということなんでしょうかね。
 私も救急車にのって病院の救急へいきましたけど、ほんと、現場では血液って文字通りの「生命線」よ? 交通事故で大けがした人なんて輸血できなきゃ死んじゃうよ? 血液は長期間保存はできないから、つねに新鮮な血液がほしいわけだし。

 おまけに――献血は、若いからって油断はできない。献血をするのは案外高いハードルが存在している。意外と、あの献血前の簡易検査でハネられちゃう人、いるんですよね。
 自分が本当に健康なのかどうか、知る手がかりにもなるんですよね、献血って。

 西洋医学では「病気ではないなら健康」ということにされてしまいますが(どうにかなりませんかこの概念)、こと献血だけは、東洋医学的に、「病気ではないが、不健康」という判断が存在しています。この判断は大事だと思う。
 自分が本当に健康なのかどうか。献血を申し出ることによって知っておくのも無駄じゃないと思います。

 献血をするとあとで血液検査の内容を知らせてくれますが、そこで、じつはLDLが高かった、といったことがわかったら、生活改善に生かすなんてこともできますしね。(^^;)

 私も長いこと――10年以上――なんだかんだで献血ができない体になっていたので、去年の暮れにひさびさに献血できたときは嬉しかったですよ。
 今年も――いまのところコミケ行きを予定していますが、行けたら献血してきたいと思います。

 コミケ会場では「献血待ち」の行列ができるのですから、こうしてみるとたいしたもんですね。
 私は去年は、いくらなんでもここで行列するのはイヤだなと思って、朝イチでいってきたんですが、窓口の方々の気合いの入りようは、すばらしいものがあると思いました。
 朝イチでしたからまだほとんど人はいない状態ですが、受付のカウンターから何から、「人が大勢来ても大丈夫」なシステムになっていることがわかりましたし、なんといっても、受付の方々は目つきが違った。朝イチでも、もう目が爛々(らんらん)としてました。
 さあやるぞ! どんとこい! といった気合いですね。(^^;)
 
 私もつい、「献血受付の人の目」になって会場をふりかえると、
「こんなに若い生き血がいっぱい…!」
 という感動と、燃えてくるなにかを感じましたです。(^^;)
 
 しかしせっかくの若い生き血も、体調不良では採るわけにはいかないんで。
 ……私も、私のまえにいた女の子が「肝臓の数値が悪い」という理由で、献血を断られたのを見ました…。……肝臓の数値って……;;

 私はいまのところ献血でハネられたことはないのですが(というか、ハネられるかどうかは自分である程度は判断できるので)、ホントにハネられたらけっこうショックだろうなあ。(^^;)

 ちなみに、昔は献血してもヤクルト1本とかでしたが、いまは豪勢にお菓子とジュースがいっぱいなんですね! あの光景には感動しました~。
 チョコとかクッキーが山盛りになっていて、おひとりさまいくらじゃなくて、本当に好きなだけ飲み食いしてもいい、と言われたときは「本当ですか? ホントにいいんですか?」などと念を押しそうになってました。
 が。
 ………今日日(きょうび)の若い人には、あれくらいじゃ「感動」にはならないのかなあ。(^^;)

 なんにしても、情けは人のためならずってことで、もし献血ができる体なら、協力してあげてほしいですね。
 若さと健康があってこそできること。埃を、じゃない、誇りを胸に、献血にいってほしいと思います。

 
 
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2011.11.23 (Wed)

Babel

 「この日本語がおかしい」シリーズというのも鬱陶しいとお思いでしょうが、ちょっとおつきあい下さい。

 号泣(ごうきゅう)って、どういう泣き方か。ご存知ですよね?

 先日、例によってチャンネルザッピング中、耳に飛び込んできました。
 映画館で号泣、というナレーションでした。
「泣ける」映画をみて泣いてストレス解消しましょうという話題だったようです。泣くというのは一種の感情の浄化作用があるから、それを利用してのストレス解消法ってことですね。
 それはまあいい。私はあまり好みじゃありませんが、そういう解消法があることも、人によっては効果が高いことも聞いておりますので。

 ただ、――「映画館で号泣」ってのはどうなの。周りに迷惑なんじゃないの? と思って、ちょっとのあいだ、その番組を見ていたんですね。
 そうしましたら、被験者になっているらしき方々、たしかに、アイラインがボロボロになるほど泣いてはいましたが、べつに「号泣」はしていなかった。

 わたくし、思わず首を傾げました。
 号泣という意味を間違って解釈している人が、このナレーションの原稿を書いたのか。それとも、「号泣」をお勧めしているのだが、さすがに被験者の方々はそこまでやる気がしなかったということなのか。

 ………どうも号泣という言葉の意味を取り違えてるんじゃないだろうか、と疑問に思いつつ、(あまり興味もなかったので)そのままチャンネルを替えてしまい、結論は聞いていません。(^^;)

 号泣というのは「声をあげて泣く」こと。ただ声をあげるよりも強い表現で「泣き叫ぶ」に近いニュアンスですよね。
 映画館で映画を見ながら、わあわあ声をあげて泣いたら、これは相当、周囲に迷惑だろうと思われます。そういうこともOKな国もあるんでしょうが、ひとまず日本では。(^^;)

 最近、「ちょっとぉ、……大丈夫?」と不安になる日本語が多いんですよね。
 なんだそりゃ。言葉の意味がわかってて言ってんの? と思って、恐る恐る聞いてみると、やっぱりわかっていないとか、意味を取り違えているということが本当に多い。

 私も気が短いタチなので、つまらないことを言われるとすぐに、「もういっぺん言ってみろ!」と、カッとなるところ――最近では、「いや。もしかして日本語の解釈がまちがっているのかも」と、少し冷静を保ち、いちおう、確認するようになりました。

 …………いいんだろうかこれで。(^^;)
 いえ、これですぐにカッとなる短気なところが治れば、私自身にとっては、まことにいいことなんですが……。
 なにかあって反射的にカッとなるよりも、たとえ一瞬でも「ちょっと待て」と、自分にブレーキをかけられるというのは、これはたいへん大事なことです。私には。

 ………意味が通じない日本語に蹴つまずいてばかりいる状況そのものは、私にとっては快適とは言い難いのですが、でも、さんざん蹴つまずいた結果、ちょっと用心深くなり、短気なところがちょっとだけ、改善されたのはいいことですね。

 とはいえ、母語はもうちょっとまともに使ってほしいとは思います……。
 ニュース原稿、新聞記事、そういう「公器」においてはホントにお願いしますよ;;
 冗談抜きでこのさき、お互いの言葉を誤解しあって、意志の疎通ができない、という状況が頻発してきそうな気がして;;
 同一の言語を使っていながら、事実上の「バベル babel」に陥っているというように想像すると、ちょっと怖い……ヘタな怪談より怖いです個人的には。

 どうすりゃいいんですかねえ。(^^;)
 私の提案は「古典を取り戻す」こと。もう夏目漱石が「古典」でいいから。(←めいっぱい妥協している)

 ひとさまを情弱などといって馬鹿にしている人のコメント。肝心の日本語レベルがアレなことになっているのを見ると、なんともいえない気分になるこのごろです……。情報に強くても日本語には弱いのねみたいな……。

 ちなみに、号泣、慟哭、という表現があって、ならば。「声をあげずに黙って泣く」表現があるんだろうかとふと気になり、ざっと調べてみました。
 とくにそういう表現はないみたいですね。あえて「声を出さない」ということを強調する表現はちょっと見当たらない。

 人前でわあわあぎゃあぎゃあ泣くということのほうが「珍しい」、または「特別な」行為、という感じですね。ただ「泣く」といったら、黙って涙を流していることが、まず第一義になるから、でしょうか。

 黙って泣いている、というニュアンスを強調して言いたいなら、「涕泣(ていきゅう)」とか「落涙する」とかかな。(彼女はその光景を見て、はらはらと紅涙をしぼった、なんて表現は最近、めっきり聞きませんねえ…)(女性の涙を紅涙というのです)
 本当は声をあげて泣きたいところを、じっと耐えている、そういう意味での「無音」の泣き方は「忍び泣く」でしょうか。これはなかなか切ない泣き方。

 しゃくりあげる、すすり泣く、むせび泣く、……声をあげて泣く方が、「特別な行為」扱いされてますね。
 やはり基本的には「泣く」という行為は、感情の抑制をしようとする感じがつきまとう――そんな文化に、我々は生きているということなんでしょうか。

 映画館ではすすり泣くのも目立つぞー……まして「号泣」なんかしたら、外へ連れ出されちゃうレベルですかね。本来は。(^^;)
 
 
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2011.11.22 (Tue)

現場検証

 冬至まであと一ヶ月となりました。(11月22日で「いい夫婦」の日、という話題は当然のようにスルー)
 さすがに日が傾いてきましたねえ。しかしこれですら、あの冬至の頃にくらべれば明るいほうなんですよね。(^^;)

 そろそろ年末年始の雰囲気がやってきていますね。

 私は交通事故処理をみてしまい、「ああ年末が近いなあ」と。

 とある公共施設に用事があって行ったらば、その駐車場で、事故車と関係者数人とおまわりさんと、警察の車両とJAFさんのレッカー車が勢揃いしてまして。
 駐車場のなかで事故ったのか、すぐちかく(に交差点がある)で事故ったのを、ひとまずこの駐車場を借りて車を置いたのか、わかりませんが。
 ちょっとビビりました。(^^;)

 ああやって現場検証しているということは人身事故になっちゃったんでしょうかねえ…。うーむ。
 私も過去2回、事故をやっているのですが、いずれも、怪我人はなく、車に傷がちょっとついた程度だったため、警察に電話して(もちろん110番じゃないですよ。地元の警察署に電話しました)かくかくしかじかと説明したら「じゃあ現場検証省略しますから、近くの××交番に行って下さい」と言われただけでした。

 人身事故ではない場合、いたって簡単に処理されるんだなあと思った次第。(交番にいるおまわりさんが、ちょっと事故った場所を確認に行くくらいでした)
 それを、ああも仰々しく警察車両はくるわレッカーはくるわ;;
 怪我人は救急車で運ばれたあとだったかもしれませんね。なにをしたのかわかりませんが、事故の関係車は、乗用車2台バイク1台でした……。
 あんな(見通しのよい)ところでいったいどんな事故を;;

 年末になると、人心はある意味、荒みますねえ。急いだって仕方ないのは百も承知で、でも急いでしまったりします。
 ああいう殺気だった雰囲気を感じると「ああ年末だなあ」と感じる――のは私だけでしょうか。(^^ゞ

 そして帰りには、そうやってまだ警察車両があっておまわりさんがいるというのに、自分が駐車場から出ることだけに頭がいっぱいになり、周囲をまったく見ていない車に私(の車)がぶつけられそうになりました。
 ………いーかげんにせんか(この駐車場はなぜか、本当に他人の意志などまるで無視して突っ込んでくるような人が、ほんっっとに多いんです。いつもヒヤヒヤしてます)
 たしかに、いま事故ると警察を呼ぶ手間は省けるけどさ。(そういう問題か?)

 あれで私が「あ、あの車、なんか挙動不審…」と思って止まっていなかったら、本当にまともに私の車の横っ腹にぶつかったでしょう。
 ………これからまた、外出には気を使う季節になるんですねえ。ふー……。(ため息)
 この斜になってしまった日差しで、意外と視界が悪いことも多いんですが、そういうのも関係あるのでしょうか。
 年末からお正月にかけては、かえって晴天時のほうが、日差しでまともに目を射られてしまい、視界が利かないってことがありますよね。
 私、あの日差しが苦手で……。サングラスをかけていても意味ないし、信号の色は見えにくいし。(田舎なので、LEDの信号機は数が少ないです)
 
 おまわりさんも大変ですね。現場検証たって……事故というのは、起こすときには一瞬のことなので、当事者も、あとからあれこれ聞かれてもわからない(とぼけているんじゃなくて本当に思い出せない)ってことは多いですから。
 事故を起こした人の話を聞きながら、「いやー。それじゃ、こういう傷にはならないねー」と首を傾げているおまわりさんを横目に見ながら帰ってきました。

 皆様もどうぞ、くれぐれもご注意くださいませ。
 命あっての物種(ものだね)です。本当に。

 
 
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2011.11.21 (Mon)

便利なフレーズ

 プロ野球、日本シリーズも終了しましたね。
 1、2戦目を見ているときは、このまま中日がぶっちぎりで優勝するのかと思ったんですが、結局、フルに7戦。
 福岡の皆様、優勝おめでとうございます。
 8年ぶりと聞いて「……そうだっけ?」とちょっとびっくり。
 何年かは間があいたという感じはあったんですが……8年も経っていましたか;;

 でも8年くらい、どってこともないですよね……20年とか30年とかよりは。

 というより、意外だったのは中日は、リーグ優勝はあるんだけれども、日本一になったことがまだない、ということでした。
 今度こそと、期する思いはファンの方にも関係者にも、それは強いものがあっただろうと拝察しますが……うーん;;

 野村克也氏は、SBが勝つよ、というようにおっしゃっていたそうですが、そういうことになりましたようで。
 勝敗は時の運とはいえ、なかなか厳しいものでございますね。

 私はどちらのファンということでもないので、完全に中立の立場で拝見しておりました。

      ●

 大河ドラマ「江」はそういえば、すっかり横目で見るような状態になっております;;
 大阪城落城の段は、宮沢りえさんがさすがの貫禄で、もう、誰が主人公のドラマなんだかわからない感じでしたね。(^^;) 仕方がないことなんですが。

 なんにしてもあいかわらず、考証がどうこうと言われているようですが、私はその辺はあんまり気にしておりません。
 学術的なものにこだわったあまり、ドラマがドラマとして成立しないようでは意味がないんで。

 そんなことより私が気になっていたのは言葉遣い。
 会話で、相手になにか言われて聞き返すとき、「は?」というアレはやめてもらいたいなあ、と思ってみていた前半でした。
 最近はそういえばあまり見かけない気がしますが……そうでもない?

 基本的に自分より身分が高い人に反問する、聞き返すというのは無礼なことなので――現代人ならまだしも、あの時代ではちょっと考えられないですね。

 基本聞き返すのは失礼なことというのは現代でも同じことなんですが、しかし「は?」はやめてほしい;;
「お仕事は何をやられてるんですか」と同じくらいやめてほしいです個人的には。(^^;)

 は? ならまだマシなほうなんで、「はあ?」っていう若いヤツがいるんだよというお嘆きを聞いたこともある………流行りなんでしょうかそういうの。(←基本、流行には疎い)

 相手の言葉がうまく聞き取れなかったとき、聞き取れたけど意味不明のときは、「は?」はやめてくださいホントに。友人同士であればべつにかまいませんが。

 これに関しては、「ダーリンは外国人」に登場する、便利なフレーズがありますね。
 それは、
「と、申しますと?」

ダーリンの頭ン中 英語と語学ダーリンの頭ン中 英語と語学
(2005/03/04)
小栗 左多里、トニー・ラズロ 他

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「と」はずるい。というのがダーリンことトニー・ラズロさんのご意見で、日本人としては「なるほど!」と、盲点をつかれたようで楽しいです。

 ともあれ、直接「どういう意味ですか?」などというより(くどいようですが『は?』は論外)、はるかにやわらかい、いちどは相手のいうことを受け止めたよ、というサインを送りつつ、聞き返せる、いいフレーズです。
 は? ではあんまりな場合、このフレーズのご使用をお薦め……というより、伏して「お願い」します(涙)←なぜ泣く;;
 
「と申しますと」の応用は、いきなり「と」で接続するのではなく、ちゃんと単語をいれるとけっこう丁寧に感じられます。
「あんぱん、と申しますと?」
「例の件、と申しますと………?」
「ケツかっちん、と申しますと…」

 いちおう相手の話は聞いている、耳に聞こえている、受け取った、ということがより強くアピールされたうえで、聞き返すことになるので、聞かれた方も「あ。説明が足りなかったかな」とちょっと反省して、より丁寧に話してくれますから(たいていは)、おすすめいたします。

 は? というのは「なに言ってんの?」という「拒絶」のニュアンスに受け取れちゃうんだよなあ……。若い人同士なら気にしないのかもしれませんが、社会というところは、いろんな年齢、いろんな背景、いろんな事情をもったいろんな人の集まりなので、可能な限り、それらの差異を乗り越えていこうという工夫はいるのです。

 もちろんお若い方には言い分もあるでしょうし理不尽とも思うでしょうが、耐えて下さい。耐えるとまた自分が成長できます。
 耐えているつもりでいたら、圧殺されていたなんていう、私みたいなヤツも出てきますが、ま、それも人生経験だし。
 
 ……というか、そういうあたりに「オトナ語」の価値はあるのかもしれませんね。
 オトナ語というよりただの業界用語すなわち符丁にすぎない、ってものもあるし、若い人の言葉同様、「寝言か?」とツッコミたくなる言い回しもありますけどねー。(^^;)

 最近聞いた中で、一瞬返事ができなかったのは「御社さま」という表現でした……。
 ……いやそこまで(馬鹿)丁寧に言っていただかなくていいんですけど……ていうか慇懃無礼(いんぎんぶれい)ってヤツですか? もしかして馬鹿にしてんですか? と腹の中でつっこみつつ、「いつもお世話になっております」などと返事をする……ああオトナの世界;;

 ということで、「オトナ語の謎。」は、ことに若い人にはおすすめです。

オトナ語の謎。 (新潮文庫)オトナ語の謎。 (新潮文庫)
(2005/03/29)
糸井 重里、ほぼ日刊イトイ新聞 他

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 ちなみに私がよく使うのは「便宜上」。
 ……便利ですよなにかと。(^^;)
 
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2011.11.20 (Sun)

1972より

 本日、ブータン国王ご夫妻が離日なさいますね。
 今回は私としてもちょっと意外なほど、日本のマスコミの取り上げ方も量があったので、よかったなあと思っているところです。
 日本のマスコミって、国賓で来日している場合でも、わりと気楽にスルーすることが多いですからねえ。けっこう無礼な連中だと思っているのですが、今回は、きれいな王妃さまもごいっしょのせいか、報道される量が多くてよかったです。(^^;)

 国会での演説は、ぜんぶをニュースで流してくれてもよかったんじゃないかな。各局、超・ダイジェストだったのは残念。
 本当にありがたく心のこもった演説なのに……。
 日本の国会議員に聞かせるのはもったいないくらいですね。

「国民総”幸福”量」を重んじるブータン国王が国会で演説 全文
http://getnews.jp/archives/152497

 今回私があっと思ったのは、被災地をご訪問の際の映像を見たときでした。
 ブータンはチベット仏教の国ですが、今回は、チベット仏教のお坊さまも、ごいっしょに来て下さっていたんですね。
 本当に犠牲者のお御霊を供養しようというお気持ちだったのだ、と思うと、――ありがたいです。こちらも思わず合掌でございました。

 ブータンは、知る人ぞ知る、という感じの国でしたが、今回のことで、その特徴、親日国であることなども、広く知られることになったのではないかと思います。
 ここであらためて、ブータンが提唱するGHN(国民総幸福量 Gross National Happiness)のことも報道中にとりあげられ、だいぶ認知度もあがったのではないかと思いますが。このGHNを提唱したのは、先王陛下でいらっしゃいました。つまり今回来日なさいました国王さまの、父王陛下(第4代国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下)。

 私は長いこと、この方のファンでございましてねえ。(^^) なんせ、いい男には目がないので――というのはまあ、半分冗談ですが。

 先王陛下が即位なさったとき、年齢はわずかに16歳。父王が急なことで崩御なされ、突然に王位につくことになったのです。
 ――世界最年少の王、ということで、小国とはいえ、話題になったんでしょうね、私、この方の即位式のときのニュース映像を見た記憶があるんですよ。(1972年。私は幼稚園児)

 そのときの、少年王のたたずまい、横顔に、まさに胸を撃ち抜かれた感じがしたのを覚えております。幼稚園児とはいえ、おなごは侮れませぬぞ。(^^;)

 もちろん、紅顔可憐の美少年でいらした、ということもありますが――じつのところ、現国王陛下も男前でいらっしゃいますが、私が見るところ、おそれながら先王陛下はもっと男前でした。マジで。

 即位式のときの映像か画像、ネットにないかなーと思いましたがさすがに40年ほどもまえのものでは見つかりませんね;; テレビ局のアーカイブにならあるだろうけど。

 私はいまだに忘れられませんです――美しいお姿ではありましたが、その横顔には、極限の緊張と深い悲しみがあふれ、しかしそれに打ち勝っていこうとする強い意志がありました。
 悲愴ではありながら、敢然とした、高貴な横顔でした。

 なんせ私も当時3~4歳児ですからそういう言葉は知りませんが、あの横顔に私がみたものは、胸を打たれた衝撃は、「ノーブレス・オブリージュ」だったのだ、と、いまにして思います。
 高いご身分だから高貴なのではない。高潔な魂をお持ちだから、高貴なお方なのだ、ということを感じていました。
 
 以後、ふだんはほとんどニュースでみることもなかったですが、しかし、たいへん英明な方なので、ちょこちょこ、ニュースや、アメリカやイギリスの雑誌ではお見かけすることがありました。Newsweek誌に寄稿なさったこともあります。

 私が最後にそのお姿を拝見したのって、現在のジグミ・ケサル国王陛下の即位式じゃないのかな……。うーん。ここ何年も拝見していないことになりますね。
 1955年のお生まれだそうなのでまだ56歳。もうちょっとメディアに露出して下さってもいいような気がします、ファンとしては(笑)

 ブータンを知るための記事として、私のお気に入りは、西水美恵子さん(世界銀行、元副総裁)によるものです。

ブータン国王に学ぶリーダーシップの形
http://www.rieti.go.jp/users/nishimizu-mieko/glc/004.html

 まあ、もちろん毀誉褒貶はある。
 しかしそれでも、ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下の、名君でいらしたことには疑いの余地はない、と私は思っております。

 ブータンは、中国とインドという強国に挟まれた小国ゆえ、その独立を保つために、事実上の鎖国をつづけています。(少しずつ緩和されていますが)(……それで近代化による諸問題が、すでに起こりつつあるというのは切ない……)
 小国が独立を保つということの厳しさを、日本の左巻き政治家には、ブータンならびにワンチュク4世陛下の事績をみて、よおっっっく学んでいただきたいと思いますよ。そんな頭はないから、ああなっちゃってるんだということはわかるけど。

 なんにしましても、今回は、国王陛下をお見かけするたび、先王陛下が思い出されてなりませんでした。………気楽なお立場になって、来日して下さらないかな~。(^^;)

 
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2011.11.19 (Sat)

あんまりうるさいので、つい…

 女子、男子、という言い方はたしかに、よく聞きます。
 女子会、アラフォー女子、草食(系)男子、料理男子。

 これらについて、やけに粘着質なご意見を耳にするたび、 うるさいなあと思いつつ、私にとってはどーでもいーことなので、右の耳穴から左の耳穴へ流しているだけという状態でしたが。

 最近、あまりにも感情的に、この女子なり男子なりという言葉を罵倒するご意見を聞くにおよび、私、ほかのところが気になりました。

 アラフォーというのですから40歳前後、そういう年齢にもなって「女子」たあなんだ、いつまで子どものつもりでいるのだ、男子以下同文(オプションで、情けないとか軟弱とか)、とわめいている男性のご意見でした。
 なににそんなにいきりたつ「必要」があるのか、私には不思議ですねえ。(^^;)

 なんせ――辞書を引けばわかりますが、「女子」というのは必ずしも「若い女性」を意味するのではありませんから。男子も同じ。

 満面の笑顔だの、雪辱を晴らすだの、「ご参考」と「勉強」の言葉の使い方が逆だの、「お見えになられる」だの。「読まさせていただきました」だのという言葉づかいには、いっさい抵抗ないらしいとわかるレベルの日本語を、自分は恥ずかしげもなく書いていながら、なんでそう、べつに目くじらをたてる必要もない言葉に噛み付くんだろう。

 私個人としては、女子会というような言葉にはべつに抵抗もありません。ようは便宜上の表現だろう、くらいにしか感じない。
 女子男子という言葉に、幼い、というイメージはありませんから、女子、男子、という言い方は「年齢層幅広く」というイメージなります。
 そりゃ、小学校のなかで女子とか男子とかいうときはまったくイメージは異なるけど、一般社会のなかで使用されるときは当然、対象も意味も変化する。べつにおかしなことじゃないでしょう。

 女子会と呼ぼうが婦人会と呼ぼうが、べつにどっちだっていいようなことを、それこそいい年をした、大のオトナが、目を三角にしてぎゃあぎゃあわめいている、この「未熟さ」こそ、どう解釈すればいいのかと思います私は。

 私は個人的には女子とか男子とかという名称よりも、「歴女」という言葉のほうに抵抗がありました。もう慣れたけど。(^^;)
 20年前からやってきたことを、なんでいまさら、「歴女」だなどと、あたかも現在の流行であるかのような呼ばれ方をされなきゃいけないんでしょう、と思いました。
 単純に、20年前よりも、そういう女性の「数」が増えたということかもしれません。
 ま、どちらに転んでも大したことではないですね。(^^;)

 ふりかえってみると、●●女子、○○男子、というような言い方を聞くようになったとき、それとほぼ同時に、その言葉を尋常ならざる勢いと悪意をもって非難するご意見も聞こえていました。
 しかし私も、なんせ自分が興味がないことは、目に見えても耳に聞こえていても脳の中に残らないという、ちょっと特殊な脳味噌を持っているので、いままでは、「うるさいな~」と思うだけでした。

 私もわりと保守的なほうなので、●●はかくあるべし、という考えを強くもつ人の、脳味噌の中がどういう回路になっているかは、理解できないわけでもないんですが。
 だとしても、世の中、もっとほかに注目して考えるべきことってある。それをまあ――まるでこの「女子/男子」なる言葉が、人殺しでもしたかのような非難ぶり。
 うるさいな、くらいでは、すまされないものを感じましたので、私もちょっと書いてみました。

 女子、男子という言い方は、必ずしも「若い」男女を示すわけではない(現在においては、そういう用例の方が一般的だというのは事実ですが)。
 男性、女性、とか、ずばりと男、女、というのでは、ちょっと「表現として」どうだろう、というとき――ただ男、女、というときの「語気の強さ」を調整する、ていどの「子」ですからねえ。

 「男の子」というのはもちろん「こども」ですが、日本男児の男児は「こども」のみを意味するか? 大和撫子の子は子どもの意味か?
 「子」が示す意味は、「こども」以外の意味が伝統的にあるんですよね。
(売り子、踊り子、江戸っ子、編集子、コラム子、等)

 男の子ではなく、男児でもなく、男性でもなく男でもなく「男子」という言葉が選ばれた。そこにはたしかに目的か意図がある。使用者にはどういうニュアンスを表そうという意志があるのか。――そのへんを理解してから女子男子という言葉を見れば、そんな「いつまで若い気でいるんだ」「いつまで子どものつもりでいるんだ」などと、見当違いなセッキョーすることにもならないでしょうに。

 どっちにしろ私の目には、そんな罵言を口にできるほど、今の「大人の男性」が、立派な人々であるようには見えないなあ。(^^;)
 そもそも立派な成熟した男性は、こんなこといわないよね。(社会的に、『大人の男性』よりも立場の弱い)オンナコドモの悪口を言うことだけが私の楽しみです、みたいなことは。
 自分より立場の弱い人間を狙い撃ちにする。それってようはいじめの原理ですよ。

 私個人は女子、男子、という言い方は「便宜上のもの」という理解をしています。「女性会」とか「料理男」というのでは、表現としてあまりにも生硬ですもんねえ。(^^;)
 さすがに姫とか王子とか言い出されると困惑しますが、それらに比べたら女子男子というのは、ようはカテゴリー名だよねというくらいで済みます。

 女子会ではしかし雰囲気がない(じつのところは、雰囲気がないからこそ、女子という言葉が使われているのですが)、大人の女性らしく「淑女会」というのはどうだろうか、という提案もおみかけしました。
 まあ、いいですねえ淑女会。(^-^)

 しかしそれ、「女子会」を名乗るのにくらべると、あまりにも「看板に偽りあり」の名称だと思うんですがどうでしょう。(^^;)
 女子会という言い方は、むしろ、あちこちに角がたたず、謙虚であり、「中立」である表現だと思いますけどねえ。

 話かわりまして。

 世の中、「女性専用」「女性限定」プランばかりで「男性限定」がないのはずるい、「男性差別だ」というご意見がある、と聞いて、ちょっと笑ってしまったことがありました。
 男性差別(笑)

 しかしまあ、不満を感じる気持ちもわからないでもない、と思っていたところ、私も見つけました、「メンズプラン」。

 先日、ホテルに予約をいれたのですが、そこにはちゃんと「男性限定プラン」がありました。(^-^)
 ホテルサンルート新橋さんで、「メンズプラン」というのです。

【男の休息】メンズプラン
男性用アメニティセット&ドリップコーヒー、ミネラルウォーター付
仕事でお疲れのビジネスマンのお客様へ
翌日スッキリ!身だしなみを整えて・・・でも、荷物になるのはちょっと・・・(><;)
「あったら便利!」なアメニティをご用意いたしました。



 とのことです。
 アメニティに関しては、日頃から、男女それぞれに分けてくれるとありがたいかもしれませんね。
 昔はビジネスホテルに泊まってシャンプー使うと、いかにも男性向けの香料のもので閉口したもんです。
 逆に男性にとっては、たとえばダマクスローズの香りのシャンプーはちと恥ずかしいということになるのかな、とすれば、アメニティを分けてくれたほうがいいのかもな、と思いました。

 このメンズプラン、ほかにどんな特典が? と思ったら。

 PAYーTV 観放題

 …………なるほど。(^^;)

 私も、アニマックスが利用可能ならお世話になりたいところです。
 アニメ有料番組見放題! ってないですかね?

 メンズプランでもなくレディースプランでもなく、「コミケ前泊プラン」で。(←真顔)
 
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2011.11.17 (Thu)

眠れない夜のために

 本日は、ボージョレ・ヌーヴォの解禁日ですね。
 日付変更線の関係で、世界のなかでは日本がいちばん解禁となる時間が早い、んでしたっけ?

 私はあまり悪酔いはしないほうなんですが(アセトアルデヒドを分解する酵素には、それほど不自由していない)、なぜか、ワインだけは体質に合わないみたいで。(^^;)
 生まれて初めてやらかした二日酔いはワインで……その頭痛のあまりのつらさに懲りて以来20年余、基本的にワインは飲みません;;(ハーフボトルのさらに半分ならぎりぎりセーフ)

 こうしてみるとやはり日本酒はいいです……杉玉を見るとわくわくしますねv
(杉玉: 日本酒の新酒の合図)

      ●

 落ち込んでいるときに考え事をすると、そりゃもう果てしなく落ち込んでしまうというか、あとから検証するとなんでそんなあほーなことを考えたのかというほど、本来の問題とはなんの関係もない方へ、思考がとんでいたりしますね。

 それとたぶん同じようなメカニズムなんでしょう、考えごとは夜にはしない方がいい、というのはホントですね。
 昔、「朝は夜より賢い」というタイトルの本を見たことがありますが(中身は未読;;)、じっさい、そのとおりのようです。

 以前はこの日記、夜に書いておいて、朝になって見直してからアップするということをしていたんですが、どーも最近、夜間に書いているとろくな話題にならない。そもそも、――先日もちょこっと書きましたように、なんだかしょーもない話題ばかりを思いつく――読んだ人にまでイヤな気分を伝染させるであろう愚痴ばかりになる。
 というところが悩ましいのです。(^^;)

 じつは静岡でもアニメ番組見られるのがありますよとせっかく教えていただき(ありがとうございましたv)、録画もしているんですが、まったくといっていいほど見ている時間がない昨今。
 ……あれですかね。バタバタしている忙しさでじつは内心、いらついているんでしょうか私;;

 たしかに太陽が出ている時間帯であれば、そんな(愚痴っぽくなる)傾向も、いくらかでもおさまっているようなので……「ものを書いたり考えたりするのは、やはり明るい時間帯の方がいいんだろうな~」と思っているこのごろです。

 気分が悪いことがあったら、その日はもう可能な限り、さっさと風呂に入ってさっさと寝るに限りますね。
 考えても堂々巡りしにしかならないし。

 とはいえ――眠ろうとすればするほど、目がぎんぎんに冴えてきてしまい、それこそ無限ループのしょーもない考えばかりがひどくなる、という経験を、最初にしたのはいつだったかなあ。
 いつのまにか、そういうこととはすっかりお馴染みさんになってしまいました。
 いまではそういう事態になっても、「またか」と慌てず騒がず。
 そういうときは眠ることはすっぱりあきらめて部屋の灯りをつけ、本を読んで過ごす、という対処法まで身につきました。
 亀の甲より年の功ってやつですかね。(^^;)

 本を読んでいて眠くなる? と聞かれたこともありますが――そのときの状況にもよりますね。本を読んでいるうちにいつのまにか眠っていたこともあるし(途中で気がついて、灯りを消してあらためて寝る)、結局そのまま、完全徹夜状態ということもあるし。
 羊を数えるよりは、私には効果がありますよ。

 じつは私、ここ5年くらいは、かかりつけの病院で、デパスという薬をもらっております。(^^ゞ
 ほんっっっとーに眠れないときには、この薬を服用します。そのへん、なんとなく「ズル」をしているような気分もありますね。

デパス(エチゾラム)
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1179025.html

 私の場合は継続的にのんでいるわけではなく、ほんとに「お守り」みたいなもんです。
 眠いはずなのにちっとも眠れない、というとき、ごそごそ居間に起き出していって、この薬を1錠のんで寝ます。
 上記リンクにありますように基本的には精神安定の働きがある薬なんでしょうが、なぜか、高血圧を指摘されている従兄も処方されているそうで。
 血圧を下げる働きがあるわけでもないようなのに、と思ったんですが……。
 あれか。従兄の高血圧って、ストレスが原因てことか? (^^;)

 ちなみに私の父は、この薬を就寝前に2錠のんでも、ぜーんぜん眠くならなかったナゾの人です。デパスを2錠も飲んで眠くならないなんて、私には信じられない;;

 この薬も面白いもので、ほとんど作用を感じないで、自然に眠れるときもあれば、服用してから30分後には、眠るというより気絶するくらいの勢いで、やけに効いてしまうこともあります。体調によるんでしょうか。

 またここだけの話、じつは私、旅行好きなくせに、外泊すると寝られなくなるタチです。
 遠足が楽しみで前夜、ほとんど寝ていない子ども状態になるわけですね。(^^;)
 が、いまはこのデパスのおかげで、旅先でもよく眠れるようになりました。
 わくわくするのは楽しいけど、睡眠不足はいいことじゃないから、助かりますです。

 とはいえ――本来はこれ、「旅行先で眠れないから処方して下さい」といって貰えるような薬じゃないですよね。
 私の場合は、うつ病ではないけれども、けっこう精神的にヤバイ時期があって、それで貰えたようなものなんで。(^^;)
 症状としては内臓だと思ってかかりつけの内科にいったら、内臓には特に所見はなく、先生ともろもろ話しあったすえに、デパスを処方されたという次第。
 心療内科等にはかかっておりません。

 本当は、こういう薬に頼ってはいけないんでしょうねえ……。でも、睡眠不足は、とくに旅先では避けておきたい要素ですし。
 そろそろデパスもいらんでしょといわれるところ、いえまだときどき「発作」が…とか言って、もらってみたり。(^^;)

 じっさいデパスを使用するのは(旅行をのぞけば)数ヶ月に数錠、という程度です。無くても大丈夫なんでしょうが、持っている方が安心という、まさに「お守り」です。

 デパス以外で有効な「睡眠導入剤」は私の場合、なんといっても読書ですけどね。(^^;)
 字を追って読むんですからかえって目が冴えてきそうなものなんですが、なぜか、いつのまにか開いたページの上につっぷして寝ている、という状態に持ち込めます。
 こっちは副作用も無いし習慣性も……。あ、習慣性は(ある意味)あるのかな……。ただ、デパスと違い、効いてくるのに時間がかかることと、場合によっては効かないことがある、というのは弱点か。

 そういえば、大学に入った4月、環境の激変と過密スケジュールのせいで、人生初の不眠症気味になったんでした。
 眠いはずなのにぜんぜん眠れないというだけならまだしも、食欲もおちてきたので、これはいかんと思って、学生生協のなかにある薬局にいったら、………目の前のカゴに用意もよく、漢方薬が積まれていたんでした。

 たぶん毎年のことなんでしょうね、新入生が、眠れない、といって薬局に相談に来るのは。
 
 あの漢方薬はなんだったのかなあ。効き目はごく穏やかで、これで効き目が無いようなら、また来て下さいねと薬剤師さんに言われていました。
 おもえば、あれが人生初の睡眠薬だったんだなー。
 
 いままで眠れていなかったぶん、漢方薬が効いたその夜は、文字通りの爆睡だったことを覚えています。眠れるというのは、本当に幸せなことですよね。
 
 コミケには必ず睡眠不足でくる友人、Nちゃん。
 もうちょっと早めに寝たら? といったらば、「ちゃんと早めに寝てるんだよ」と意外なことを言いました。
「だけど、明日コミケだと思うと嬉しくって眠れなくなるんだよー!」

 …………気持ちはすっっっっごく! よくわかる……。(^^;)
 
 しかしそれで体調不良になってしまって早退しては意味が無い(一度、夏コミで気象条件最悪のときにやらかしました)。
 ということで、一般の薬局で手に入る睡眠薬、「ドリエル」というのがあるので、おすすめしました。



(ネットでは新規には購入できませんが、ご参考までに)

 花粉症の人は経験があるでしょうが、アレルギーをおさえる抗ヒスタミン剤って、眠くなる副作用がありますよね。(脳内の神経伝達物質をブロックするため)
 あれを応用した睡眠薬なので、習慣性もなく、穏やかな薬です。

 それを飲んでみたら? とおすすめしておいたわけです。
 しかし、コミケで会ったら、Nちゃん、やっぱり寝ていないという。
「ドリエル、効かなかったんだねえ」
 といったら、
「ううん、逆。――コミケの前にいちど試しておこうと思って飲んでみたんだけど、すっごい効きすぎて寝坊しちゃった。寝坊のリスクが高すぎてコミケのときには飲めぬ」
「………難儀だのう;;」

 眠るということも、人生にとって大問題ですね。(^^;)

 眠れぬ夜の対応策には、ほかにどんなものがあるんでしょうか。不眠症とまではいかなくてもちょっと寝付けない夜というのは誰にでもあるものだと思います。
 対処法もいろいろあるんじゃないかな。そのへん、聞いてみるのも楽しそうです。

(就寝前のホットミルク、は、乳糖不耐症が多い日本人には却下だろうな~)
 
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2011.11.16 (Wed)

おやすみ

 本日多忙のためお休みいたします;;
 
 近況としては、ずーっと具合が悪そうだったうちのネコがようやく元気になった、ということが、個人的にはいちばんのトピックかなあ。(^^;)

 重症ではないのですが、なんとなく体調が悪いというのが続いていたんですよね。
 ネコといえども具合が悪そうで元気がないと、こちらとしてもやはりイマイチ、気持ちが盛り上がってこないというか……。

 ネコはそんなわけで、いままでおとなしかったのを取り戻すように、すごい勢いで走り回り飛び回っています。……いいんだもう。好きにしてくれ。元気が一番(しみじみ)。

 あいかわらず、暑い寒いをくりかえしている節操がない今年の秋はまたここで冷え込むそうですね……皆様もどうぞお体をお大事に。

 ……私は今年、ちょっと無謀にも冬コミにいきたいと思って予定をいれてみました。
 本当に実現するかどうかはちょっとドキドキですが。(^^;)
 まあ何はなくともベットしないとなにも始まらないということで。

 年末に向けて気合いだ~(←すでに年末は始まっている)

 
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