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2011.10.31 (Mon)

最高の萌え

 昨日は連休でもなんでもないのに、どこへ行ってもみょーに人や車が多かったです……なんででしょう。
 道路は渋滞まではいかないけど混んでいるし(同じ曜日時間帯にしては)、新幹線もみょーに混んでいるし……はて? と思いながらのお出かけでした。

 昨日は母とお出かけでしたので、品川駅エキュート・サウスの、「ベジテリア」へ母をご案内。
 ビタミンCたっぷりの季節の果物のジュース(名称を忘れました…)を頂きました(むろん氷抜きで)、おいしゅうございました。(-人-)
 前回いったときにはなかったポタージュがあって、一瞬、心が揺れましたが……なんせ猫舌なので;; 時間がないときにぐーっと飲むのは無理ってことで、ポタージュはまたの機会に。(^^;)
 
       ●

 みょうな妄想を脳内で楽しみつつ(ああ不純だわ;;)「塚原卜伝」見ております。

 OPと、――劇中でもたびたび出てきますが、あの「型」(形。かた)のような動きを見ているのが好きで。あれ、決まった流派の決まった形なんでしょうか。OPのスタッフ名を探してもとくに演武関係らしいと思われるお名前も見当たらないようなんですが……。

 昨日は榎木孝明さんがご登場でしたが、いや、さすがでした。二刀流の動き。
 実のところ堺雅人さんも(動作が)きれいだなあと思って見ているのですが……。

 あの型のような動きが、なるほど舞踊のようにも美しく、――その昔、やはり剣術修行に励む人が、ただごとではない身のこなしのご老人をみつけ、あれはただびとではないと思い、弟子入りを志願したところ、そのご老人は剣術ではなく、舞の名手だった――というエピソードを思い出します。

 不思議に、人の体の、鍛えられ、整えられた動きというのは、舞踊のように見えてくるんですね。

 私はどういうわけかああいうのを見ているのが好きでして。

 お能の、あの徹底した「すり足」の動きは、見ているだけでうっとりして、あんまりそのうっとりが深まると、瞑想しているときのような、「起きているんだけどぐっすり眠っている」ような、そういう感覚になることもあります。

 ということであのOPは、ドラマのOPにはまずめったにないことですが、楽しみに見ております。アニメだとやはりOPはその作品の「顔」になりますから、どれも見ていて楽しいですが(たまにOPだけ見る、というものがないわけでもなく;;)――ドラマはなぜか、そこまでは、OP映像には手をかけないように思えますねえ。
 そうでもないのかしら本当は。(^^;) むしろ私が、ドラマのOPにたいして薄情なだけかな。

 ということで(?)、「塚原卜伝」の音楽、オリジナルサウンドトラック発売決定!

BS時代劇「塚原卜伝」オリジナルサウンドトラック
 川井憲次
http://www.nhk-book-music.jp/drama/bs-1.html
 bokuden-sound

 …………それにしても、このドラマを見ては萌えているようなヘンタイは世の中ほかには居らぬものでしょうか。
 べつにやほひじゃなくていいんで、あの可愛い主従で同人誌、ないかな~と思ったり。(^^;)

 すみません、昨日の新右衛門さん対 奥津源三郎、かなり………かなりキました。
 よこしま腐ィルター全開でした。

「敦盛最期」以来、どうも私の好みとしては、「年上⇒美しい年下」べた惚れ、というパターンに弱い気がする。
 新右衛門(卜伝)さんは奥津源三郎の若い頃にそっくり。いまはそのように純粋で美しくても、いずれ、源三郎さんのように、人殺しの「闇」に食われて、源三郎のようになっていくという暗示を吹き込まれて苦悩するさまが、……もうなんとも(悶)

「お前は昔の俺にそっくりだ」
 そんなことをなぜ執拗に、そんなに嬉しそうに言うのか奥津源三郎。
 しかもそれは明らかに好意でありながら、根深い嫉妬と目の前の人間が自分と同一になることを期待する「所有欲」がむきだし。
 ああ、いけない。いけませんわ…!(←なにが)

 ほいで、案外あっさり、自分は奥津みたいに闇にとらわれてしまうのか、それともすでに……と、すっかり奥津の言葉につかまっている新右衛門さん。若いです。
 こんなあたりが、ちょっと嗜虐趣味が刺激されるんでしょうかね。(^^;) オトナって不純だなー。

「年上⇒美しい年下」べた惚れのパターンといえば、トーマス・マンの「ベニスに死す」ですが、あれはてんで興味なかったんですよね私。
 つまるところ、若くてきれいな年下の尻をおっかけてはならんのです。彼は、年下から見て、巨大な障害であったり、超え難い壁であったり、はなはだしくは「自分を殺しにくる誰か」であったり、――ようは、馴れ合うのではなくて、むしろ、鋭く対立する存在でなければならない。

 その障害を超えるところに、浪漫があり、男性同士であることの「意味」が立ち上がってくるのではないか、と。
 そのように考えつつ、榎木さんにうっとりしてました。………そういう意味ではカンペキでした、あの奥津さんの圧倒的な力と「執着心」は。

 だいぶゆがんだ例ではありますが、これもまた、「男が男に惚れる」形状ではある。
 私にとっての最高の萌えのツボはこのへんにあるようです。

 ………ええ、いいんです。わかってくれとは申しませぬ。自分がヘンタイなのは自覚してます;;

 
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2011.10.30 (Sun)

上限と下限

 本日はお出かけのため、おやすみいたします。m(_ _)m

 とか言いつつ、ちょこっと独り言を。
 例によって「誤訳御免。」様の記事から、ある方程式を知りました……。

自分の年齢の半分+7、それが俺たちのジャスティス
http://japancool.sblo.jp/article/49518830.html

 もちろん一定の年齢以上の人の話になりますが――これ、「恋愛対象となる異性の年齢下限」だそうです。
 そ………そんなものにまで方程式が……(←数学苦手;;)

 ということで自分の場合で思わず計算してしまいましたが……ああ……なるほどそうかもしれない……。「下限」ね…。
 最近「年の差婚」カップルの話題もよく聞きますが、なるほどけっこう当てはまるんですね。面白いな。

 腐女子の妄想ははっきりいえばそのへん、犯罪レベルであることが多い(……あ。ロリコンもか)から、あくまでリアリティの話として考えておりますが。
 なるほどこれ、ちゃんと成立する方程式なんだなあ、と妙に感心。
 どなたが考えたというか見つけたものなんでしょうか。(^^;)

 そういえばその、年齢の守備範囲みたいなことってよく聞かれることだったりしますが、私の場合、そのへん具体的に考えたことがなかったということに気がつきました。
 じっさい上限も下限も設けているつもりはないのですが、過去を振り返ると、年下男性から「弟のような扱いをしないように」という注意を受けたことはあります……うーむ。そういう意識をしていたつもりはないのですが、弟がいるせいなんでしょうかそのへんがどうも;;

 思えばわたくし、記憶する限り、昔から、美少年、美青年をすっとばして「美中年」にヨワイという、渋い好みをしておりました。
(幼稚園のときの「好み」が、大川橋三さんですぜ…自分の親より年上;;)

 10代の時点で北大路欣也さんにくらくらしておりましたんで…当時北大路欣也さんは30代後半~40歳代前半くらいですか。当時の私は、いわゆるアイドルにはてんで興味がなく、大河ドラマの「独眼竜政宗」も、最初は主人公じゃなくてそのお父上を目当てで見ていたくらいでした。
(輝宗(てるむね)様がお亡くなりになると急に見る熱意が失せたという…;;)

 そのへんの自分の好みを考えると私、いま、いいところにきているんだなーと思ったりもしますが、……ま、ひとりごとです。ひとりごと。(^^;)

 さて、そんなわけで「下限」年齢算出方法はわかった。
 では「上限」年齢はどうなっているのでしょうね。

 ………なんせ私の10代のときの、「くらくら」対象の最高年齢は、笠智衆さんだったからなあ……。
(当時ですでに80歳前後)(生没年は、1904~1993年)(あ。日露戦争の年にお生まれだったんだ…)

 笠さんは本当に、最高の美老人でいらっしゃいました……ほう…(←切ないため息)

 
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2011.10.29 (Sat)

鼻くそはエライのだ

 この気温差のせいでしょうか、とうとうネコも風邪を引きました。
 今回はあまり鼻水は出ていませんが、目が涙目で腫れっぽく、とうとう瞬膜が腫れてしまったので可哀想で;; 本人はあんまり気にしていないようですが。
 昨日、診察の受付ぎりぎりの時間に病院に駆け込んで診てもらい、薬をもらってきました。

 ……この季節は風邪を引きやすいというのは毎年のことですが、いきなりの冷え込みはホント勘弁してほしいですね;;

        ●

 今週、日経新聞夕刊では、月曜~金曜日の5回シリーズで人物を特集するコラムが、糸井重里さんでした。
 インタビューから構成しているコラムなのですが、…お題は「言葉、この危険なるもの」。
 非常に考えさせられることが多くて、全5回分、スクラップしました。

 自分なりにまた考えをまとめていきたいと思います。
 ただ一点、これは本当にそうなんだなと思ったのは、「不安や恐怖を煽ることはたしかに商売にはなるが、そういうものに近づいてはいけない」ということでした。

 これは以前とある人から聞き、なるほどそのとおりだと思っていたことですが、糸井さんのお話からさらに補強されたかんじ。

 ということで。
 放射「能」恐怖をあおる(故意の)ヒステリーどもにはくれぐれもご注意を。

      ●

 食品安全委員会から答申がまとまりまして、食品の放射線基準があらためられることになりましたね。
 せんだっては原発事故現場で作業している人の被爆線量基準も引き下げられ、目下のところ、全体としては行程は順調に推移していることがわかります。
 
 とはいえ、今回の食品安全委員会からの答申のニュースには、さぞかしまた放射能ヒステリーが湧いて出ているだろうと思ってのぞいたら、案の定でした。
 とくに、なるほどヤフーはひどいですね。(^^;)
 ヤフコメ、というものが、けっこう見下されたニュアンスで語られる理由がだんだんわかってきた気がします。

 あいかわらずのコメント群を見ていると、この人たちは「非常時」の意味を理解していないし、そこから平常時に向けての行程が存在することもまったくわかっていないし(聞いてないわけではなくても無視している)、当然、その行程がどうやって進んでいくかも理解しないか、理解「したくない」ようで。

 もうこのへんについてはさんざん、説明はされているはずなんですがね。(←うんざり)
 テレビでも新聞でもやっているし、わあご親切だなあと私が感心するほど、こういうコメント欄できちんと、懇切丁寧に説明しているコメントもさんざっぱらあったというのに。

 目と耳、ちゃんとついてんのか? と疑問に思わざるを得ません。落語の「抜け雀」になりそう;;
(「おまえの眉毛の下でピカピカ光っているのは何だ?」
「目です」
「見えない目玉ならくり抜いてあとへ銀紙でも張っておけ」
 ――という会話が出てくるのです)

 まあ、何を聞いても見ても無駄なんですから、好きなだけヒスっていてもらうしかないですねえ。
 それにしても、なんでヤフコメとやらは、とくに他よりもコメントの内容がひどいのでしょう? 全体の利用者の年齢が若いのでしょうか? それとも逆か?

 ヒステリーなんてそんなもの、鼻くそほどにも役に立ちませんけどね。
(鼻くそはようは老廃物だから立派に体の役に立った結果だし、そのうえ、鼻くその状態で健康状態もわかるほどなんですから、鼻くそ、立派なものです)

 怒りも不安も恐怖も、自分の体を痛めつけるだけです。
 誰もあなたを傷つけてなどいない。なんのことはない、あなたが、あなた自身を傷つけているだけです。ご苦労様です。
 低線量放射線被曝なんかより、そういう「自分で作りだす身の毒」のほうが、はるかに体には有害。ストレスはガンをはじめ、諸病の主な誘発原因のひとつです。どうぞお大事に。

 なんにしても今回の答申では、念のため、子ども向けの食品(一部ですが)について基準値を設けていくということで。それはけっこうなことだと思います。

 話が少しそれますが、こちら↓の記事、一読してちょっと笑ってしまいました。

放射能持つ花崗岩使った国会議事堂“ホットスポット”だった
Nesw ポストセブン 2011年10月28日(金)16時00分配信
http://news.nicovideo.jp/watch/nw136785

 もちろんそういうことなんだけど、不安症の人のコメント(ツイート)がさっそく付いていて、もう、ニヤニヤ笑いにもならない、乾いた笑いで「ふ…」みたいな感じです。(^^;)
 しかしそれでも、ニコニコニュースでつくツイートはそれなりにバランス取れてますねえ。
(国会は除染より除鮮を! はウケた)
 ここよりも、ヤフコメのほうが本気でひどいというのは事実ですね……。
 なんででしょう? ヤフー利用者ってなにかあるの? なにかって何だ? とつい自分でも突っ込んでしまいますが;;(←本気でナゾに思う)

 
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11:05  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.10.28 (Fri)

雑話

 昨夜はとうとう、我慢できずにガスストーブをつけてしまいました……。なんだろうこのものすごい敗北感;; まだ(曲がりなりにも)10月なのに~;;
 ガス会社との契約で、寒い時期には暖房にガスを使うため、通常時期よりちょっとお得な、なんとかプランというものが適用されるんですが、それ、11月からなんですよね、適用……。
 10月はまだ通常プランのままなのに、ガスストーブを使ってしまいました……(がっくり)

 ガス会社には、暖房お得プランは何月からという考えではなく、そのときの気温を元にプラン適用を考えてもらえないもんだろうか。

      ●

 今日は金曜日ということでなんだか気が抜けております……今週はなぜか、地味に忙しかった;;
 もともと数字には弱い頭をしているくせに、昨日あたりは柄にもなくお金がらみの話をしてしまったので、なんだか今日は頭をリラックスさせてあげたい気分です。
 しかし、円高の話もここまで噛み砕いて、これ以上噛み砕きようがないほどやさしく説明してもらっているのに、私の頭ときたら、それですらいっぱいいっぱいになるんですよねー。(^^;)

 まあ、数字はわからなくても「本質としてのものごとの動き」はとらえられる。
 直感勝負で生きてます。

 最近はすっかりアニメともご縁のない生活になっているのが寂しいところなんですが……これは……静岡県のテレビ局が心を入れ替えてアニメを放送するようになるか、私が県境をこえて神奈川県へ引っ越すかしないといけないのでしょうか。

 さもなければ、現在、テレビ局でじわっと開始している、オンデマンドってやつですね。これがもっと拡充されたところで、テレビでは見られない番組をネットで見られるように環境整備がされるか、でしょうか。
 ただし、オンデマンドは有料だから………これ以上テレビ視聴に金がかかるのは納得できないという気持ちもしてしまいます。(^^;)

 私の悪友には「静岡じゃ放送してないけどニコ動で(違法で)見られるよ」などと口走るものもおりますが。
 あれはねえ……違法というのがまず、私には引っかかるのと、当たり前ですが削除要請があるからすぐ消されてしまうのを追っかけないといかんわけでしょう。あいにくですがそこまで私も時間は自由にならんのよ;;

 違法というところで引っかかる、なんていうと、いかにも私が堅くて真面目な人間みたいに聞こえるでしょうが、そうじゃないんです。
 私の場合、なぜか、そういう、「曲がったこと」を、ほんのちょっとでも自分に許すと、あとで必ずしっぺ返しが(倍くらいになって)やってくるからです。

 ………なんかね……見えない手がとんできて後頭部をぶっ叩いていく。そんな感じなんですよ。
 100円玉を拾って嬉しがってガメていたら、道ですっ転んで500円玉を落とす。みたいな。本当です。本当なんです。どういう星のもとに生まれたかわかりませんが、私の場合本当に、幼少のみぎりからそんな感じなんです。
 およそ不正というものはできません。あとで痛い目にあうのは100%だとわかってますから;; 
 
 ということで、違法にアップされた動画というのも見られない。地元テレビじゃ放送してない。オンデマンドが実現されたとしてもコストがかかる。
 なかなかのジレンマです。(^^;)
 なに、私がもっとお金持ちになって、オンデマンドがんがん利用できるようであれば万事おっけーなんですがね~。(……まあ頑張れ)

 ドラマは…そんなわけで「南極大陸」と……あ、あとは、フジテレビ系ですが(ですが、って;;)「謎解きはディナーのあとで」。

謎解きはディナーのあとで謎解きはディナーのあとで
(2010/09/02)
東川 篤哉

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 原作は未読ですが、ドラマの方はひとまず楽しんでいます。
 映像の編集が凝りまくっているのが楽しいです個人的に。
 謎解き(解説)のさい、その事件発生の状況の中に(つまり『再現ビデオ』のなかに)主役ふたりがまざりこむ演出は「むしろわかりやすくていいな」と思って見ています。
 せっかくの映像メディアなんだから、なにも、語り手と事件の状況説明との映像を分けることはないんだわな、なるほど…と思いました。

 原作も読んでみようかなと思いつつ、ひとまず、なにも知らないでドラマを見ている方が楽しめるかも…ということで、未読状態を続行中。

 いいんですよべつにフジテレビ系だって。キムチのニオイがしなくて、面白いと思えば見ますとも。ねえ。(^^;) ←誰に同意を求めているのか;;

 それに、さすがに財閥のお嬢様(蝶よ花よと育てられた……昔なら『深窓のお嬢様』というところでしょうが…)と、執事さんということなので、まあ毒舌もあるにせよ、基本的にはきれいな日本語なのでけっこうなことだと思います。
 ……二重敬語と、助動詞(される、られる)が多すぎる敬語はたまに気になるけど。

 お嬢様も執事さんも、なんだか可愛いので見ていて楽しいです。はい。
 肩が凝らなくていいですよ。楽しめます。(^-^)
 
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10:34  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.10.27 (Thu)

知恵をいかすために

 寒いです! なんでしょうかこの寒さ!!!

 本当に今年の秋は暑い寒いの繰り返しですねえ。風邪がはやるどころか、すでにインフルエンザで学級閉鎖なんてところがあるんだそうで……。(--;)
 天気予報で「体調管理には充分なご注意を」なんて言われると、「この気温の大変動をどう《ご注意》すりゃいいてんだよ」と思わずひとりごとが出ます。(^^;)
 もちろん、着るものや食事、睡眠時間には気を配るけどさ……気温変動で自律神経やられるのはどうにもならんよはっきりいって;;

 ともあれ私としては、かかりつけの病院(私の場合は内科じゃなくて耳鼻科;;)で最初の時期に予防接種を済ませておいてよかった…と思っています。
 あのへんは暑くて半袖で歩いていたほどだったから……寒い日よりは、体に負担がかからなかったですね。
 予防接種してもらってから10日を過ぎ、そろそろ2週間になるので、免疫の方もぼちぼちではないかと思うのですが。
 
 気をつけるたってこれ以上どうしろてんだよ、と言いたい昨今ですが、ホント、注意してまいりましょう。体調が崩れるとあっというまに悪化する可能性があるから、少しでもおかしいと思ったら病院へ行くなどの手当てを早めにする。それしかないですかね。

      ●

 トルコの地震ですが、こちら↓の記事。
 日経新聞夕刊にもまったく同じ記事が掲載されていました。

「日本人を見習いたい」 被災者らが助け合い 略奪も発生せず
2011.10.26 09:55
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111026/mds11102610020001-n1.htm

 私自身も東北の人々の忍耐強いこと、しっかりした共同体のありようというものには、本当に頭が下がる思いですが、それを参考にして、被災後の無政府状態に陥らないように声をかけあっていると聞くと、それにもまた、頭が下がる思いです。

 大きな災害が襲ったあとの、暴動や掠奪のようすは、私もなんども、海外からの映像で見ております。日本でいうところの火事場泥棒なんてレベルではないので、もう二の句が継げない、という感じになりますが。
(火事場泥棒自体がすでに信じられないレベル、てめえら人間じゃねえ、と叫びたくなるレベルなのに、さらにそこを超えているわけだから――人間じゃないというレベルをこえたらどこになるのか)

 今回のトルコ地震も被害が大きいのですが、掠奪はないというのはほんとうに、聞いた方としてもホッとします。
 できるだけ救助がすすむことと、被災者に支援が行きとどくことを祈っております。

 こういうときに庇いあい、助け合っていられれば、生き残る確率は高まるのだ、というのをあらためて感じますね。
 情けは人のためならず――そういうことになるんでしょうね。

 この小説を嫌う人がけっこういることを私も知ってますが、でも、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」は、「真実」を語っていると思います、つくづく。(^^;)
 嫌っている人のいい分もわかるんだけどさー。
 でも、本当に自分が助かりたいなら、カンダタになってはいかんのです。逆説的なように感じるんでしょうけど。
 カン陀多(かんだた。『かん』の字がパソコンでは出ない;;)になってしまっては、じつはかえって生存率が下がってしまう。

 お互い様、相身互い、助け合うこと――これはじつは、生き残るための「知恵」でもあるんですよね。
 よき知恵を支えるのはやはり、人間性、ということでしょうか。
 知性も理性も大事なものですが、それだけでは、じつは、こういう「知恵」にはならない。

 頭がどんなによくても知恵が出せないようだと、ほんと、ただの馬鹿だよな、というのは、現政権がよくよく見せてくれていることで、私としてはこのへん、考えていると、冗談でもイヤミでもなく胃が痛んできます。
 円高、最高値更新ですって。おめでとう。(←キレかかっている)

 この円高、なんでこんなことになっているのか、いろんな解説や説明を聞いてきたのですが、結局どれを聞いてもピンと来なかったのですが、先日やっと、「あー。なるほど」というお話をうかがうことができました。

 とある会社経営者のお話。

「日本経済の『実力』は震災後、ちゃんと(?)さがってる。なのになんで円が高くなるかというと、ドルやユーロはお金をどんどん刷っているのに、日本はちっとも刷らない。
 ほかの国がどんどんお金を刷っているのに日本だけがちっともお札を刷らないから、(供給量の関係で)どんどん円が高くなっている。
 ドルもユーロもお金を刷っているのに日本だけが刷らないからバランスが崩れている」



 ………シンプルだ……。
 なるほど、腑に落ちました。

 ならばなんで日銀はお札を刷らないかというと、

「お金を余分に刷るとインフレになる、インフレになったらいけないから刷らない――そういう思い込みがある」

「日銀なんかは、
インフレを起こさないためなら日本が潰れてもいいと思ってるかもね」


(赤文字、大文字は引用者)
 不吉な話ですが、ありえそうです。

 日本は現在、震災からの復興をめざすためにお金が要るのです。ですからどんどんお金を刷るべき時期ですが、それをやらない。
 
 インフレかあ………それを嫌う気持ちはわからんでもないですが、しかし現在日本はどっちかつーと長年にわたるデフレで苦しんでいるわけなので、ちっとくれーインフレに振れたほうがいいくらいじゃないんだろうか。
 じっさい(お金を刷る)印刷機を回す、という「噂」でもいいんだそうです。
 それだけで円が安くなる(……市場ってそういうところですよね……;;)。そうしたら輸出ができる。

 なるほどわかりやすい。

社会人の常識!?いまさら聞けない経済用語(4) マネーサプライとは?
http://allabout.co.jp/gm/gc/293072/

マネーストック(旧マネーサプライ)
http://www.findai.com/yogo001/0052y01.html

 入り組んだ事態も、本質を見ればシンプルになるとはわかっていたけど。
 なるほどそういうことねと納得。

 しかし、現政権では――日銀も、なかなか供給量を増やす決心はつかないかもしれませんね。
 なーにが政治主導か。自民党のときより霞ヶ関は生き生きしちゃってんじゃないの。と、最近では以前にも増して悪口がとまりません。どうしましょう。(^^;)

 市場介入よりも有効な、市場への揺さぶり法があるのに、それを実行できる人がいないということでしょう。
 ………知恵がない、どころの話じゃないですね。

 本当に……国民としてはあえてインフレを覚悟のうえで、日銀と政府にたいし、円をもっと印刷するように求め、暴動でも起こすしかないんだろうか。(デモくらいでは間に合わない気がする……ああ、民主主義が;;)
 
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10:58  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.10.26 (Wed)

嬉しいこと

 先日はちょっと嬉しいお知らせがありました。
 このブログのサイドメニューのところにもバナーを貼ってあります、「三陸牡蠣復興プロジェクト」。
 支援としてオーナーになると、復興を果たしたあかつきには、1口あたり牡蠣20個ほどがいただける、というものですが。

 そうはいってっも、じっさいのところ、復興を果たすとはいつになるのか、牡蠣もいつ、充分にとれるような状態になるのかもわからない。じっさい、まだ、オーナー数はまだ(と敢えて申します)20,000人弱。
 
 農業ももちろんですが今回の震災では漁業関係の受けた痛手はあまりに深い。まだまだ、継続して何年でも支援が要ると思っているところです。が。

 なんと――今シーズンにも、一部ですが、『1年牡蠣』の出荷が始まるというお知らせがきまして。
 三陸の牡蠣は通常では「2年牡蠣」なのだそうで、1年牡蠣だとまだちょっと身が小さいそうです。
 それでも、――あの被害を受けてから半年あまりで「1年牡蠣出荷」の知らせがくるとは思わなかったので、本当に嬉しいです。

 まだまだ諸事情、厳しいものがあると思いますが(どうも農業に比べると漁業って冷遇されている……と思うのは気のせい?)、少しでも、こんなふうに前進しているようすを聞くと、ありがたいやら、頭が下がるやらです。

 じつのところ、こんなふうにオーナーを募っている活動というのはほかにもけっこうあるので――日本赤十字には、余分があるなら少しこういうところに回してほしいです。地方自治体の人手が足りないから配れないなんていってお金を貯め込んでいたってしょうがないんだから。

 寄付金付きの商品もよく見かけるようになりましたが、その寄付金の行き先が日赤だなどと書いてあると「ほかへ回してくれ……」とつぶやいてしまいます。
 お金というのは使うためにあるものなんだから。
 有効に、しかも早急に使ってくれる先があるんだから、こういうところに寄越してほしいです。

活動報告
http://www.sanriku-oysters.com/results/index.html

牡蠣産地レポート(宮城県石巻市 雄勝)
http://www.sanriku-oysters.com/report/index.html

 気仙沼の唐桑にも番屋が完成するとのことですし、――今回の被害にあった地域の広さを改めて実感してしまいますが、でも、なんとか、復旧していくようすには、泣けてくるほど嬉しくなりますね。

 私も……私もまた1口……。
 こんなことしかできないが、できることがあるなら、それをちゃんとやる。
 もうそれしかないなあ、と思います。

 そういうなかで、本当に嬉しい知らせでした。
 
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10:21  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.10.25 (Tue)

独断と偏見で

アラブ トルコでまた大地震ですね。
 津波はなくてもあの被害。映像を見ていも本当に胸が苦しくなります。

 震災後は私もいきなり不整脈になりましたが、なんだか、映像を見ていてそれが再発しそうな感じで苦しいです。気をつけます。

    ●

 リビアのカダフィ氏が、いちどは生け捕りにされたにもかかわらず、結局、どう言い繕おうと「不審な死」を遂げたのは、残念の一言です。
 「中東の民主化」などと、楽観的に、もしくは期待を込めて語られているけれども、民主主義が成立するための諸条件を考えると、「イスラム圏では民主主義は無理」というわたくしの、個人的見解が裏付けられつつあるというのは残念なところ。

 法治という概念においては、次の政権の正統性を主張する意味でも、カダフィ支持派による復讐に「正当な理由」を持たせないためにも、また、この40年余の間の、多くの行方不明者について、その情報を明らかにする意味でも、カダフィ氏は生かして裁判にかけるべきでした。
(とはいえ、あるんですかね、そうい制度と法律が)
 明らかにすべきことがこれですべて、闇の中へ消えていきました。

 この一報を聞いたときの私の反応は、「なぜ殺した」。
 すべてはこの一言につきます。
 だから、男性原理で脳味噌やられている暴力馬鹿には民主主義など無理だというのです。

 チュニジアは辛うじて、その形態を維持しつつ事態は推移しているようですが、エジプトはすでに雲向きが怪しいですものねえ…。
 チュニジアにしても結局イスラム色が以前より濃くなりそうだし、それはいずれの国でも同じことなんで、私としては「だから無理だって……」と、天を仰ぎたくなります。

 現在の「アラブの春」とやらのじっさいの状況は、「民主化へのプロセス(過程)」などではなく、「次の独裁政権へのトランジション・ピリオド(過渡期)」だろう、というのが私の個人的見解です。
 暴力こそが実力という価値観においては、ものごとの道理も倫理も通用しません。ただ、より暴力的である誰かが、その暴力(=実力)によってリーダーになるだけです。
 猿の群れのボスが決まるのと同じ原理ですよ。

 私はそういう見方をしています。

 もちろん、そういう見方が外れる――法治というものが実現された社会が、あのへんに誕生することを、私も望んでいます。
 私のこういう見立ては外れてくれたほうがいい。
 そうは思いますが、それはちょっと難しいとも、思っているということで。
 
 だってイスラムってその本質は、宗教ではないですからねえ。
 私としては宗教「ですら」ない、と言いたいところですが。

 改宗というものは彼らにはありえないそうです。なぜかというと、ムスリムであることこそが人間の証であるので、ムスリムではなくなるということは「人間ではなくなる」ことを意味する、そうなので。
 それで、あちらで改宗、などと言い出すと、いきなり殺されちゃうんですね。

 人間ではないというのなら放っておけばいいのに、いちいちそれを殺すというところが、私がイスラムを嫌う理由のひとつではあります。
 大きなお世話なんですよ基本的に。一神教はどれもそうだけど。

 改宗なり棄教なりでその人が地獄に堕ちるというなら、それでいいじゃないですか。
 放っといたって地獄に堕ちるんだもの。ほっときゃいいじゃないの。
 それをなんで、いちいち神の名を騙(かた)って、殺さなくてもいい人を殺すの。
 結局それは、神様を引き合いにだして自分たちが殺しを楽しみたいだけじゃないか。

 ――私の見解としてはそういうことになります。(^^;)

 改宗したら死刑。――この説明を聞いたときは私は目を剥きましたが、それが当たり前の「感覚」だというなら、(これは教義の話じゃなくて、じっさいそこに生きている人たちの肌感覚のお話)それはもう宗教じゃない。

 日本人にはそれに該当するような概念はないんじゃないかなあ。
 神道というものも、だいぶゆるやかな、でも根源のアイデンティティではありますが、神道に帰依しなければ人間ではない、よってどんな扱いをしても構わない、ということはないですものね。
 自分が人間であるということまで、日本の神様は規定しない。
 ある共同体に属するか、属さないか、という区別はあっても、ただそれだけ。

 言えるのは、そこまでいうなら、イスラムは、我々が考えるところの宗教ではない。ということですね。
 宗教ではないなら何なのか。――イスラムです、としかいいようがないなあ。(^^;)

 たぶんユダヤ教も同じなんだと思います。思いますが、あちらは、現在のイスラムほどには世界各地であるいは、彼ら自身の社会のなかでの、軋轢や摩擦は目立たない。
 ………考えてみるとこれもちょっと不思議な気がするけど……人口の違いですかね?

 アラブの春だなんて欧米は持ち上げているけれど、さあそんなに楽観していていいものかしらね――と、突き放して見ている次第です。
 欧米の言うところの「民主化」とは、そういうイスラムの価値観が、せめてもうちょっと穏健化して、欧米とも「話し合える」レベルにくることを意味していますが。
 民主化という言葉に「量はともあれ欧米化」という意味を持たせるのなら、そりゃあまず無理です。と思います。

 せっかくイスラムを「宗教」という枠に押し込めて、政治からは切り離すことで成功してきたトルコでさえ、最近ではイスラムがじわりと政治において伸長しているわけですから。
 
 なんでそんなにイスラムを嫌うの、と言われそうですが。
 ご心配にはおよびません、私が嫌いなのはイスラムだけではありません。一神教はどれも平等に嫌いです。
 男性原理、嫌いですから。(^^;) ドグマの問題じゃないんですよ。

(現実に生きている生身の男性が嫌いという意味ではなく、概念として存在している男性原理が嫌い、ということなので、念のため。すべての男性が男性原理に忠実なら人類はとっくに滅んでます)
(男性原理に忠実な女というのもけっこういるし、その逆もある……)
(つまり問題なのは、人の考え方、概念、ということ)

 私は中学生のころに「権力者は好かぬ」と決めましたが、ほかにも、「権威主義(者)は好かぬ。キチガイは好かぬ。なにより、人殺しは好かぬ」と決めました。
 今のところ、この方針を変える予定はありません。
 
 ――独断と偏見なのは自覚してます。(^^;)
 
 
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2011.10.24 (Mon)

久しぶりでイベント参加

 そんなわけで昨日は久しぶりにイベントへ行って参りました。
 夏コミが不参加だったから、5月以来ですねえ………そんなになるのか;;
 ご参加の皆様、お疲れさまでした。m(_ _)m
 暑かったですね~。(;>_<;)

 前日まで気温が20℃そこそこみたいな感じだったので……いやたしかに天気予報じゃ予想最高気温25℃とか言っていたけど、信じてなかったんですよね;;
 私は今回、雨のことが心配で、それできものではなく、ふつーのカッコウでいってしまいましたが、大正解でした。

 前日までの気温のつもりで袷(あわせ)のきものなんか着ていったら、蒸し風呂状態になってましたわ;;
 着ていくとしたら単衣(ひとえ)でしたでしょう。
 七分袖のチュニックで行って、けっこう汗だらだらでしたよ私;;
 本当は半袖で歩きたいくらいでした。
 これだもの、今年の秋は本当に、暑い寒いの繰り返しで、体調を崩してしまうのはある意味当然だとさえ言えますよね。

 完全に一般参加でいったのも久しぶりでしたが(たいていは、友人のサークルの手伝いでいくため)、今回はちょっとメゲてしまいました。
 たぶん昨日だけで1週間分は歩いたと思います;;(田舎者は自動車がないと生活が成り立たず、ふだんは自動車移動ばかりなので、都会人に比べたら圧倒的に1日に歩く距離は短いのです)
(起きてから寝るまでの歩数は、通勤に地下鉄を利用する人の、地下鉄構内を歩く分くさえもないんじゃないかと私はけっこう本気で思う)

 今回私はゆりかもめで会場へ参りました。
 連れがいればタクシー代を割り勘にできるので、東京駅あたりからタクシーにしますが、ひとりのときはそれはキツい。ということで、本当にひとりで行くときはゆりかもめにお世話になります。(^^;)
 ということで、西ホールの方から入ろうとしたら、サークル参加証がいる、というのですね。
 私がゲートあたりに着いたのはちょうど正午で、入場制限もなくなっているらしいのに、なんですかそれはと思いましたが、入れないというのだからしょーがない。
 言われたとおり外へ出て、歩いていったら、――すみません私、根性ないもんで、いままで一般で行ったときも、待機列にまざったこともないし、入場制限している時間に行ったこともないのです。

 西ホールから、あのゴキブリホイホイみたいな連絡通路を横目に見つつ、東側へ回り、それでいいかと思ったら、そこからさらに、ぐるーっと東6ホールの裏手まで歩かされたのには、正直言って参りました。
 一般参加で行き慣れている方には、なにを寝言を言ってんだ、というところでしょうが、私としては本当に初体験。
 もう途中でやめたくなりましたが、こんなところでは(東5ホールの裏あたり)、やめようにもやめられない。引き返すにしても相当の距離がすでにあるので無意味なんですよね。ドロップアウトするための通路なんかもないわけだし。
 ぜーぜーいいながら、都合20分も歩いてやっと、一般用のゲートに着いたという次第です。

 にしても、なんであんなルートになっていたかというと。
 西は、3、4ホールが今回のイベントの会場(の一部)でしたが、西1、2ホールが、別のイベントだったんですね。えーと、たまごくらぶ、ひよこくらぶ、とかの。
 あちらさまはそんなわけで小さいお子さん連ればかり。やはり、そういう家族連れのところに、オタク集団がわずかにでも接触するのはマズイという判断だった――のでしょうか。

 入場時、あんなに厳密に振り分けられるとは思いませんでしたよ。(^^;)

 また今回は、行くか、行かないか、けっこうギリギリまで迷っていたので、パンフは買ってないわ、会場のチェックはしていないわで……ちょっと混乱してました。
 屋台村たる「ごち豚」は、西棟4階の屋外。

 東1~6を歩き、西3、4をさまよって、さすがにお腹が減った……と思ったときには私、すでに西棟のエントランスホールから外へ出ていました。
 つまり、ごち豚会場にいくためには、外階段を自力で歩いて登らなければならない。
 あれか。
 と、思わず目で段数を数えるように見上げてしまいました。

 あれか、――あの階段を上るのか。
 すでに足の裏は痛むだけ痛み、トートバッグは戦利品で重さを増している。その荷物を抱え、あの「天国への階段」みたいな、傾斜と段数のある階段をのぼるのか。
 違う意味で天国へ行けそうだな。そう思ったとき、思わずひとりごとが口をついて出ました。
「………いいやもう……」
 恐らく本日も来ているであろう、我が愛しのシシケバブに背を向けたとき、ちょっと根性足りないなとは、思いました。(--;)

 家に帰ってきてからパンフを見て通路を確認したところ、――ゆりかもめで到着し、西ホールにお買い物があった私は、東ホールがわへ回るのではなく、そのまま、ごち豚へいくのと同じ階段を上ればよかったらしいのですが。
 ………正午についたせいだろうか。そのへん、なーんも案内がなかったぞ。いやホントに。看板もなかったし、案内の人もいなかった。
 前売りを買っておければよかったんでしょうけどねえ……。(^^;)

 重いのと痛いのと空腹なのとですでに私の、元から少ない根性は底を突いておりました。
 もともとの絶対量がアレなもんですから;;
 
 ということで、シシケバブはあきらめて、空腹を抱え、初めてかしこのタリーズコーヒーさんへ行ったのですが。
 7種の温野菜とペペロンチーノのスパゲッティに本日のコーヒーセット(無料でトールサイズに変更可能)に、シーザーサラダを付けてもらいまして。
 おいしゅうございました。(なぜかスライス玉葱が塩辛かったが…)
 ごちそうさまでした~。(-人-)

 ともあれ、夏コミは参加自体ができなかったのですが、今回はかなり、その夏のフォローができたのがよかった。
 今回のイベントは人もサークルさんも多くて、よかったです。
 基本的にはコミケだけに参加で、通常のイベントにはこないサークルさんもいらしていたので、私としては嬉しかった。まさかここで本が買えるとは思わなかった。らっきー♪
 ………ジャンルは変わってたけど。(←ありがち;)

 気が多い私は、ああいうオールジャンルのイベントになると、本当に買い物がたいへんで。
 金額的にはたいしたことはなくても、その範囲が広いので、なかなか時間と体力が……。(^^;)

 なんにしても、久しぶりで羽根を伸ばしてきた気がします。
 やっぱりイベントはいいなあ、と思いつつ、帰途につきました。

 冬コミは……行けるといいな、と希望しているのですが、年末はねえ…どうしてもいろいろねえ…;; 去年は、喪中でやることも少なかったから行けたんだよね。今年はどうでしょう。
 インフルエンザの予防接種は受けてきたので、その気合いだけは持っております。
 
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2011.10.22 (Sat)

お題…じゃなくて課題

 日曜日――明日ですね、ひさびさ、イベントに行きたいなあと考え中。
 というか、行く気満々でいたのですが、なんだか諸事情が微妙な感じになってきて。(--;)

 しかし、なにかというと自分の希望を押さえ込んでしまうというのが私の悪い癖なんで、なんとか明日は頑張りたいと思います。
 じっさい、「私さえ我慢すれば丸く収まるのだ」という意識が強いというのは、どうもよろしくございません。

 はたの人間にとっては「便利」で「都合のいい」存在ではあるでしょうが、しかしそういう「便利」な人間は本当の意味では感謝もされないし重んじられることもない。ということが、さすがに骨身に沁みてきましたんで私も。
 たしかに、「いま、私さえ我慢すればみんな丸く収まるんだ」という選択をすることは、その場では私自身にも「楽」なことなんですが――へんに他人との摩擦を起こすことがないから――、しかし、長い目で見ると結局それは少しも丸く収まっていないということが、ようやく、わかってきました。

 そうやって、自分を抑えて他人の都合ばかりを優先すると、自分で自分を蔑ろにし、軽んじているわけですから、他人からも軽く見られるわけです。
 などというと、いえべつに軽んじているわけじゃないよと反論されるでしょうが、――大丈夫です、あなたは私をちゃんと軽んじていますよ、と、いまの私なら指摘できますねえ。
 
 ここでいう「軽んじる」というのは、「馬鹿にする」という意味ではないのです。
「この人の言うことを聞く必要はない」と、意識の底のほうで、本人さえ無意識のうちに考えている、感じている、という意味なんで、こいつは馬鹿だと思っているわけではない。
 見下すのではなく、この人はいつもこっちの都合を優先してくれるんだ、という「思い込み」が存在しているということ。

 それは相手の人の責任ではなくて、つまるところは私自身の問題なんですよね。
 自分で自分をそうやってないがしろにし、「お前の都合なんかどうでもいいんだよ」と、他人ではない自分自身で扱っていれば。
 他人様が、それに乗ってくるのは当たり前のこと。それだけ。

 自分のやりたいことを通そうとすれば、ある程度の摩擦が生じるのは当然。それゆえ、コミュニティや社会においては、周囲と話し合って譲ったり譲られたり、ということが、大事になるわけですが。
 ………そういうことを、いつも、肝心な場面では避けて通ってきたんだなあ、というのが、私の現在の反省であり、「課題」でもあります。

 ということで。
 後ろ髪をひかれる思いがあったり、外出するにあたってはひじょーに心配なこともあったりしても、それが物理的に不可能だということではないのだから(つまり、人間の心持ちの問題ということ)、摩擦や抵抗を越えて、自分の「やりたいこと」を通す、その「練習」を重ねていくようにしたいと思います。

 ………こういう話をしたときに、パッと、「そういうことか」と理解してくれる人はどれくらいいるもんでしょうか;;
 妙な寝言ですみません。(^^ゞ

(でも、心当たりがある人には、かなりピンポイントで『わかる』感覚だと思う)

 ということなので、無事、明日はその「課題」をクリアできましたら、こちらの日記もお休みいたします。
 明日、またぐだぐだ書いていたようなら「自分に負けたのね」と思ってやって下さい;;

 そういえば天気予報も雨ですねえ。
 雨にも負けず風にも負けず、楽しんできたいです。(^-^)
 
 
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2011.10.21 (Fri)

抑圧への対策

 その昔、雑誌に連載されていた林真理子さんのエッセイを読んで覚えているのは。
「社会的に地位があると見なされる人、いわば『エリート』には、ヘンタイ性欲者が多い」
 という内容のものです。

 交友関係も幅広く、それには当然、男性も女性も大勢いる林さんですから――人間観察の材料には事欠かないのだなあと思いながら読んだ覚えがあります。

 それで――いわゆる高級官僚、医者、弁護士、大学の教授なんていうような、社会的には「えらいひと」たちの、うちわだけの集まりというかパーティというか、そういうところでは、庶民が見聞きしたらぶっとびそうなくらいの乱痴気ぶり、あるいは、隠されたヘンタイ性欲の露出が見られる、ということなのでした。
(もちろん法に触れるような類いの話ではございません。話の内容とか、パーティの出席者のために持ち込まれたビデオソフトの内容がちょっとアレだとか、ってレベルのことですが)

 世間の人が思うより、彼らは(立派であれ、というように)抑圧されていて、抑圧されれば歪むのが人間性というもの。それで、庶民よりむしろヘンタイ性が強く存在しているというお話だったと記憶しています。

 なんでこんなことを言い出したかと申しますと、昨日、静岡県では、相次ぐ「学校の先生」の不祥事のあまりの多さに、とうとう、県教育委員会のエラい人が「万策尽きた」と嘆くさまが、ローカルニュースで放送されたからでございます。

県教育長「万策尽きた」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20111020-OYT8T01283.htm

 まあ、なにかと不祥事が発覚するたびに、カメラの前に出て釈明したり頭を下げたりする羽目になるのは、本人ではなくてこういうエラい人なのだから、もう、ウンザリも何も通り越した気持ちで「万策尽きた」と嘆きたくなる気持ちはお察しします。

 しかしまあなんですね――我々が高校生だったときもヘンタイ教師がいやがって、そいつがわりと若死にしたとき、元教え子である我々は、ざまあみやがれというのが「お悔やみの言葉」だったりしましたが。

 最近のエロ教師の手口というのは、セクハラまがいに触ってくるなんてレベルではないからびっくりします。

 まあ、問題になるのは性犯罪ばかりではなくて、麻薬関係のこともありますけども、やはり下半身関係は多い。
 それがこうも次々と露呈するのは、昔に比べ、彼らがよりアホになったのか、それとも泣き寝入りが減っただけなのか。さてどっちだろう、というのが気になるところです。

 県教委は、今後、さらに管理指導の徹底を、と言っていますが、ま、管理指導じゃどうにもならない問題でしょうなあ。ヘンタイ性欲だもの。

 それで思い出したのが、上記、林真理子さんのエッセイ、というわけでございます。

 社会的に地位がある(と見なされている)人々にこそ、ゆがんだ嗜好は強く存在するというお話。

 もし、ガッコのセンコーどものヘンタイ性欲に対抗する手段があるとすれば、その、ヘンタイ性欲の解消もしくは発散の手当てをするしかないだろうと思います。

 社会的に地位があるとされる人になぜ、歪んだ嗜好が強いかといえば、それはようは、ふだん、おキレイな顔をして、ご立派なことを言わなければならないという、ある種の抑圧が原因であるというのが、林真理子さんの分析だったと記憶しています。
 じっさいそれはあるだろうと思う。

 私、フロイトの著作を読んだとき、ありとあらゆる夢の事象がセックスに結びついているのに仰天し、これでいったらアタシなんぞは潜在的なニンフォマニアになっちまうぞ、とビビったのですが。
 なんのことはない、あれは、ビクトリア朝の、性的に抑圧されまくった時代と社会においての解釈なのだということには、すぐに気がつきました。

 性的にはむしろすでに解放されすぎなんじゃないのという、現代日本人には通用しない解釈が多い。(^^;)
 逆にいうとあの時代、人々はもうどんだけ、セックスというものを抑圧されていたかということなんですよね。
 生殖という意味においてさえ。

 当時はすんごい「えっち用の服」がありましてね。滅多にお目にかかれない資料でみたことがあしまして、男女ともに、全身着ぐるみみたいな寝間着なんですが、局所だけが空いているわけです。つまり、性器だけを露出して、あとはぜんぶ隠している。

 前戯もへったくれもなくて、まさに、生殖のためだけに「仕方なく」セックスを認めざるを得ない、という態度の服なんですね。
 これ、最初に見たときはさすがに私も、あごがはずれんばかりにびっくりでしたわ。
 こんなんでちゃんと「用」は足りたのか、ご夫婦の人間関係は大丈夫だったのか、と本気で疑問に思いました。

 これのほうが、はるかにヘンタイ性が高い気がするのは私だけ? と、そのスッゴイ服のイラスを見ながら悩んでおりました。

 とまあ、そんなわけで。
 学校の先生にそんなに抑圧が高いというのなら、どういう手段が有効かは存じませんが、専門家の知恵を借りて、対策をしてみたらどうだろう。
 カウンセリングになるのか行動療法があるのか、そのへんはわかりませんが。

 人間ですからねえ――ありとあらゆる場面で抑圧されまくってりゃ、そりゃあおかしくもなると思います。
 思いますが、犯罪者を見逃すわけにもいかないし、せっかくの「社会的に地位がある」人が、いきなり、庶民をも通り越した犯罪者になるのを見ているわけにもいかんでしょう。

 万策尽きたという教育長の嘆きはわかるのですが、このさい、人間性、という「現実」を、見たくはないでしょうがしっかり見て、抑圧を少しでも解消できるような、「現実的アプローチ」をとっていくしかないのでは。

 ――自分が高校生だったときのヘンタイ野郎のことをどうしても思い出すので、私としてはこういう話題は不愉快でたまらないのですが、それでも、こうも悪質性が高まり、また、人数が増えてくるとなると、万策尽きたとさえも言っていられない。
「現実的な」対策が必要なんじゃないかと思って聞いた(ローカル)ニュースでした。
 
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2011.10.20 (Thu)

年賀状印刷

首相帰国 通貨融資枠拡大で一致
10月19日 18時32分 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111019/k10013376171000.html

「韓国の通貨ウォンの下落が続いていることを受けて、両国の間で通貨を融通し合う枠組みについて、今の5倍以上の700億ドル(日本円でおよそ5兆4000億円)に拡大」



 野田さんは民主党の中では真面目なほうだと思うんだけれども、このニュースを聞いて
「やっぱり、しょせんは民主党だ……」
 と思いました。
 民主党が政権を取って以来、だいぶなれたつもりでしたが、久しぶりにきましたよ、聞いた瞬間、脳貧血を起こしてぶっ倒れそうになる、この感じ。
 怒りは怒りなのですが、その怒りがあまりに激しいとショック状態になる。この現象。
 
 いま、これ以上口をきくとなにを口走るか自分でもわからないので、ここでやめておきますが。
 やはり民主党には政権から下りてもらわなければ。
 しかし、民主党が下野するその日まで、日本は持つのだろうか。(←本気) 

        ●

 紅白歌合戦の司会者が決定、なんてニュースを聞いて、「ああ、もうそんな季節か」と思わず遠い目をしてしまいます。
 早いねえ。(^^;)
 年賀欠礼の挨拶状を印刷したのが、もう1年前になるとは。

 ということで、来年の年賀状の準備も始めてもいい季節になりました。

 自宅近くの郵便局から、年賀状の予約などを知らせるダイレクトメールがきていたのですが、今回は、年賀状印刷の案内もありました。

郵便局の総合印刷サービス
https://print.postal-jp.com/index.php

 種々絵柄が用意されていまして、好きなものを選ぶと印刷イメージが表示されますので、それを選んで、差出人名、住所の形式などを指定、枚数を指定して、注文できます。
 10枚単位でオーダーできるので、小回りが利いていいですね。
 私はカタログをすでにもらっていたので、カタログをみながら絵柄を選び、申し込みました。

 いままでは父の分まで含めて100枚以上を自力でパソコンで印刷していたのですが。
 これ、差出人名も、法人用と個人用で指定できるのが便利です。

 私も、自分の個人用の年賀状と、仕事関係の年賀状をそれぞれ、オーダーできました。仕事用には仕事用の住所とかメアドとかが印刷できるので助かります。
 いままで自分で年賀状のデザイン、差出人ごとの印刷をやっていたのが、オンラインでささっと指定すればいいだけなので、涙が出るほどありがたい。
 宛名印刷もしてくれるらしいのですが、それはちょっと……思うところもあり、(^^;) そのへんは自分でやります。100枚も200枚もあるわけじゃないんで。

 結局、私の、個人用と仕事用、母用の3種類をオーダーしました。
 それでもって、早い時期なので割引、ウェブ割引、複数オーダー割引ということで、じつに2000円以上の割引となりまして、年賀状本体の値段を含めてもこんなもんで済むのね~というお値段に。
 助かる……(感涙)

 それはともかく、現在、郵便局もこういった営業のノルマがあって大変らしいんですよね。それで、地元の郵便局から知らせてもらったことをアンケートに答え、その郵便局を表す番号を入力しておきました。
 いつもお世話になっている郵便局なので、営業にちょっとでも貢献できるといいんですけど。ね。

 その郵便局からきたダイレクトメールには、印刷申込書類が同封されておりまして、その申込番号を入力するとまた割引がある――とのことだったんですが。
 なんど入力しても、半角であることを確認しても、なにをやっても「正しい番号を入力してください:と言われて弾かれてしまいまして。
 なんでだろう。Macで申し込んでいるからだろうか――と首を傾げつつ、まあ、それほど割引にこだわる気もなかったので、番号を入力しませんでしたが……。
 なんの不備だったんだろう……(謎)

 ともあれ、私にはけっこう便利でありがたかったです、というお話でした。

 毎年年賀状はクリスマスもぶっちぎり、元旦に届くのはけっこうぎりぎり、なんて時期に投函してきたのですが、今年は、ちょっと優等生で投函できるかなと思っております。(^^;)

 それにしても。
 本当は、こんなところで手抜きしてちゃいかんのだよなーと反省もしてます。

 すでに故人の、とある大作家は、……誰だったのか思い出せませんが、なんでも、年賀状はすべて手書きだったというのです。
 その人は正月が終わると年賀状を書き始めたという。もちろん、その正月用の年賀状ではなく、翌年用の年賀状です。
 枚数が多い上に、ひとりひとり、すべて手書きとなれば、それくらいにはなるのでしょう。

 たいへんではあるが、真心がこもった話でございまして……これを聞いたときは私はひたすら恐れ入って、その大作家が目の前にいたら、深く額突くであろうというくらいに感動もしました。

 現代人はどうも、便利という「悪魔」に魂を売っているような気がする……ときがあります。
 仕事用はそうでもないですが、私個人で出す年賀状には、一言、自筆で添えることで、愛を表現する、それくらいのことはしておきたいです。宛名はたぶんまた、パソコンで印刷ですけど。(^^;)
 え、いや、だって。字が汚いから……(ごにょごにょ)
 
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2011.10.19 (Wed)

本来おくべきところ

 アメリカで始まった、若者中心の「反格差」デモですが。
 なんかこう、話を聞いてすっきりしなかったんですよね。
 主張がいまいち明確ではないことと――まあお定まりですがデモがいつの間にやら暴徒化するということになり――ローマは派手でしたな~――、東京のそれは暴徒化することはなかったにせよ、でも参加者おのおのが好きなことを言えばいいという、いかにも左巻き的「平等」の考えだったせいか、なにをやっとるのかぜんぜんわからん、ということになってしまいました。

 フジテレビにたいする、「偏向報道の是正を求める」デモは主張がはっきりしていていいと思うけどなあ。(^^;) あいかわらずシカトされてますね。

 なんにしても。
「気持ちはわかるんだけど、積極的に支持する気持ちにもなれない、このもやもやは何かしら」
 と思っていたところ、こちら↓のブログを拝見して、あー、なるほどそれはある。と思いました。


「先進国生まれ」という既得権益を守るためのデモ
2011-10-18
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20111018

「興味深いのは、このデモが「格差に反対するデモ」と呼ばれていることです。「トップ1%にしか希望のない世界はおかしい!」と彼らは叫びます。

しかし彼らの多くは、つい最近まで(先進国に生まれたという理由で)世界で最も恵まれたグループに属していた人たちです。

彼らが格差解消を叫ぶ時、そこには「先進国の底辺としての自分」と「より恵まれた人たち」だけが存在しており、過去ずっと存在していた「自分より圧倒的に恵まれていない人たちと、自分との格差」は意識されていません。(後者の格差は今、どんどん解消されつつあります。)

先進国で連鎖する「格差に反対するデモ」を、発展途上国の人たちはどんな思いで見ているのでしょう?」




 この指摘は傾聴に値します。
 賛成するという意味ではない。示唆に富んでおり、考えるべきことをいろいろふくんでいる、ということです。

 私はそもそもそのグローバル化とやらには懐疑的な人間なので、「グローバル化=南北問題の次への進展」とはとらえることはできないのですが――ただ、筆者が指摘していることはわかる。

 デモ参加者の言っていることもわかる。
 ただ、「ならばなぜ、彼らはその格差是正のために求める主張をしないのだろう」という思いが、私の胸の底にはわだかまっておりました。
 私は、食料問題と直結する、たとえば穀物の先物取引くらいは制限を設けるべきだと思うし、FX取引なども、「もうかるのは胴元だけ」という、昔の賭場みたいなやりかたを、もうちょっと近代的に洗練できないのかと思っているし、なにより、格付会社をあんなに威張らせておいていいのかよと思っているわけですが――そういう主張、やらないのかなあ。
 私なぞより頭がいいひとは大勢いるわけだから、そういう人ならもっと具体的かつ有効な提案ができるでしょうに。(^^;)

 ただ。
 デモ参加者の胸の奥にあるものは本当は「格差是正」の思いなんかじゃない、のではないかと思いました。

 胸の中に強いどろどろしたものがある。それを、彼ら自身がうまくつかみきれず、それで、実のところは見当違いである「格差是正」なんてことを言っているだけなのではないか。
 自分自身が本当に求めているものとは違うことを言葉にしているので、それで、「だからなに?」と突っ込まれても返事ができないような、具体的ではない、抽象的なことばかりを叫ぶことになっているのではないか。

 テニスの、ラファエル・ナダル選手の叔父にしてコーチの、トニ・ナダルさんのインタビューで、非常に印象に残っているものがあります。
「希望がない、ということが、現代の問題だ」

 ああ、それだ。と私は思ったんでした。

 希望がない。

 いまの若い人々には(あ、今回デモをやっているような、先進国の若者という意味です)、生まれたときから住むところがあり、着るものがあり、食べるもの、飲むものがあり、教育があり、デジタル情報機器にも囲まれていた。
 いわば、物質的には「ある」環境なんですよね。

 物質はある。けれども希望がない。

 日本における昨今の昭和懐古ブーム(昭和ったってじつに60有余年あるわけですが、おもにここで懐古されるのは昭和30年代らしい)においても、「ものはなくても、人々は明るかった」ことが指摘されます。

 それはなにより、人々に希望があったからでしょう。
 地獄を味わったあとの平和。それだけで、人々の胸には、少なくともいまの若い人よりは、あたたかいものが感じられていたのではないかと思います。

 物質がないことが、いまの問題ではない。
 希望がないことが最大の問題なのではないでしょうか。

 ネットを見ていると、すぐに終わりだ終わりだと騒ぐ人がいますね。なにがどう終わりなんだよ、と、私などはきょとんとしながら、その自虐というよりほとんど呪詛になっている、意味不明のコメントを見ているわけですが。

 そりゃあもうね。自分で、俺は終わりだと思ってりゃ、ありとあらゆるものは終わりですともさ。
 ただ、彼らの「俺はもう終わりだ」は、自分のせいではない、という感覚なんですね。
 自分のせいで終わりなんじゃなくて、社会のせい、エスタブリッシュメントのせい、政治のせい、大企業のせい、大人どものせい、とにかく「自分以外の誰かのせい」だという感覚。

 私もねえ――自分の人生に熱心ではなく、すぐに幕引きを考えるような人間なんで、えらそうなことは言えませんが、それでも、それを「すべて他人のせい」だと思ったことはないです。

 夢も希望もない、と感じることのつらさはわかる。
 でも、――じつのところ、夢や希望は、自分で自分の中から汲み上げるしかないんですよね。
 これも、かれこれ40年、夢も希望もないつらさにのたうちまわってきた私の、たどりついた結論なんでございます。

 自分を救済できるのは自分しかいないということです。(他人を拒否するという意味じゃないんで、念のため)
 環境はたしかに影響は大きい、でも、すべてを環境のせいにして恨み言をどれほど吐いても、自分が救われることは決してない、のです。

 デモ参加者の多くにとっては、本当の問題は格差そのものではなく、自分に希望がないことではないのか。
 私はそのように見ています。

 ただ、そうなりますと。
 希望は自分で汲み上げるものですよつって突き放すだけではしょうがないわけなんで――なにか、社会の側にも意識の転換、構造の変化というものが必要なのだと思います。

 これほどものがあふれていながら、心には夢も希望もない、などとは、じつは、多くの人にとっては認めたくない「現実」なのかもしれません。
 自分が、夢も希望もない人間だなどと、真正面から認めるのは、意外と勇気が要るんですよね。あんまり惨めな気がしちゃうと、認められない。だからぜんぶ他人のせいにする。

 他人のせいではなく、希望のない自分だということを認められれば。
 逆に、つぎの一歩を探す気持ちになるのではないかと思います。

 我々が本来みるべきところ、意識を置くべきところは格差ではなく、荒涼とした人の心の景色そのものではないでしょうか。

 見当違いのところでいくらわあわあ騒いでも――本来どうにかすべき問題がおきざりにされているのでは、本当の意味での対策もへったくれもない。
 そんな気がします。
 
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2011.10.18 (Tue)

四方山話

 本日は軽く雑談で……、って、基本的に雑談しかないんですけどうちのブログ。(^^ゞ

 うちの母はインターネットはやりませんので、武田邦彦氏の妄言を知りません。
 ネットではすっかり有名人ですが、ネットをやらない人には――テレビで見かけることがあっても、やはりたいしたインパクトではないようで。

 じつのところ私はすでに、この御仁に関しては怒髪天を衝くという状態をもうなんども経験済みなんですが、――この心情を、うちの親に理解してもらうのはなかなか厄介。

 とにかく、福島、東北への、彼の差別発言ぶりは目に余る(なんども言うようですが、問題なのは野菜の産地ではなく、野菜そのものの放射線量なんですから! 福島県や東北を差別していじめていればなんとかなるような話じゃない)、ということを、仕方がないので逐一説明しました。母には。
 いちばんいいのは、百聞は一見にしかずってことで、彼がどんな寝言を言っているか直接、ネットで見てもらうことなんですが、
「あんな細かい字を読むのはイヤ。おまけに(本来は読む価値のない)寝言なんでしょ」
 と言われてしまっては、もう私が口頭で説明するより方法がないわけです。(^^;)

 それでまあ、話しているうちに私も怒りがぶり返してくるような状態ですが、一通り説明し、――
 そこでふっと、あらためて気になったわけです。

「……考えてみりゃ、なんであのヒトって、あんなに東北を目の敵にするのかしらね。東北地方に恨みでもあるみたいにさ」

 この疑問に対する母の見解がすごかった。

東北美人に振られたことがあるんじゃない?」

 すみません。腹を抱えて大笑いしました私。(^^;)
 あっ、そーか! なんて、一瞬でも納得してしまった自分の馬鹿馬鹿しさも含めて大笑い;;
 いくら非科学的な人とはいっても、それはないだろう――と思いつつウケてしまいました。(^^ゞ

 失礼な妄想なんですが、しかしそう考えると、わずかにでもかの御仁に人間味をふと感じられたりして。

      ●

 ドラマ「南極大陸」。ご覧になりましたか。
 後半、けっこう見入ってしまいました。木村拓哉さん演ずる倉持さんのスピーチでは不覚にもほろりとしてしまいました。
 思っていたより面白かったです。全部は見ていませんが;;

 ささいな疑問があるとすれば――他のご出演者はいいのですが、木村さんだけが、「昭和31年」には見えないのはなぜだったのでしょう。(^^;) いえ、いいんですけど。
 以前は特攻隊員の役をやったときも、あり得ない髪型だったから、そのへんにはもう驚かないです。
 いえ木村さん、よかったですよ。主役の華というものをきちんと持っておいでです。よかったです。

 大蔵官僚の役でご登場の堺雅人さんは、「化けるなあ」と感心して見入ってしまいました。
「塚原卜伝」では素朴にしてさわやかな好青年を演じているわけなんで、この別人になりっぷりがスゴイ、と思いました。
 まさに役者さんですね。

 ドラマを見ながら、途中からそんなふうに思ってはいたのですが、主題曲がかかった時点でそれは確定的な思いになってしまいました。
 なんせ、主題歌は中島みゆきさんなので、つい、
「うーむ。『プロジェクトX 挑戦者たち』のドラマ版……」
 ここまできたら、いっそナレーションは田口トモロヲさんで。ぜひ。

 本田宗一郎氏、盛田昭夫氏、井深大(まさる)氏という顔ぶれで、この南極観測隊を、商売抜きで応援したというくだりは、なにかこう、……ああそうだった、という感慨、忘れていたなにかを思い出した、という感覚がありました。

 ……やはりプロジェクトX……。(^^;)

      ●

レアメタル使わず大容量電池=資源コスト抑え実用化へ-大阪大など
(2011/10/17-02:04)時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011101700019&google_editors_picks=true

 リチウムイオン電池は、目下のところレアメタルであるコバルトを使用しているそうですが、そのレアメタルを使用せずに大容量のバッテリーが開発されたとのことで。

 蓄電量は増えるし寿命もOKだし、なにより軽量化が可能というのはいいな、と思って聞いたニュースでした。

 電気自動車はいまのところ、リチウムイオン電池を入れる都合上、重くってしょーがないらしいですが、これが軽量化されれば車両の大型化もできるようになるわけですものね。
 現行の市販電気自動車は可愛いけど……でも、本格実用と考えると、やはり、もーちっと大きい車体は欲しくなるでしょうからねえ。
 日産のリーフは軽自動車ではない大きさなのかな。私、あちらは現物を見たことがなくて。(^^;)
 
 三菱自動車の電気自動車、i-MiEV(あいみーぶ)は可愛くて個人的には好きなんですが、 小さい子どももいる家族向け、ファミリーカーとしてはちょっとつらいでしょうね。チャイルドシートの規制の都合上、やはり大きさは必要ですものねえ。

 ということで、電気自動車もリチウムイオン電池なので…現行の軽自動車サイズから大きくなると、さらに普及するのでは。…と、そんなことも考えてしまいました。

 ところで、レアレタルとレアアースはどう違うか。というお話は、こちら↓で。

レアメタルの基礎知識
NIMS 独立行政法人 物質・材料研究機構
http://www.nims.go.jp/research/elements/rare-metal/study/index.html

 じつは私、レアアースを精製とかしてレアメタルを取り出すのかと思ってました。バクゼンと。(^^ゞ
 ちゃんとお話を聞けてよかった;;

 そんでもって問題のレアメタルの生産なんですが。
 これは中国がアフリカで「投資」しまくっているのはいいけれど、あまりにテメエカッテなやりかたをし、肝心の地元であるアフリカ諸国にはメリットがない状況になっている(つまり、やらずぶったくり)ため、中国への反感が高まっているとのこと。

アフリカで広がる反中国 投資ラッシュでも潤わず
雇用奪い、貧困改善せず

2011/10/17 22:15 日本経済新聞 電子版

 不安定要素ですねえ…。
 このへんのリスクを考えると、今回開発された技術には、大いに期待したいところです。
 
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