2011年09月 / 08月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月

2011.09.30 (Fri)

「銀の匙」1


銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)
(2011/07/15)
荒川 弘

商品詳細を見る


 荒川弘さんの新作ですね。「銀の匙 Silver Spoon」。
 あ、出てるんだなと思いつつ、私はまだ買っていませんでしたが、(^^ゞ お貸しいただけたのでまずは拝読。
 なんにしてもこのタイトル……中勘助とはやはり……関係ないですよね?(^^;)

 あの「百姓貴族」を読んでいると、「あー………これらのエピソードは大げさでもなければデフォルメでもない、ってところがすごいよなー…」としみじみできます。(^^;)

百姓貴族 (WINGS COMICS)商品詳細を見る


 嗚呼、戦う第一次産業。
 でも、一次産業って基本ですよね。

 私、ひそかに、グローバリズムは(ある意味)後退し、各国内需の充実に注力、今後は金融主義ともいうべき従来の市場経済つまり「虚業」より、こういう、文字通りの「実業」を充実、発展させるというほうへ、進んでいくのがいいのではないか――というより、現在ぼろぼろになっている各国経済を救う手だてがあるとするなら、それしかないんじゃないかと思っております。
 例によって直感勝負の発言です。(^^ゞ

 主人公、八軒(はちけん)勇吾くんは、自然豊かな大蝦夷農業高等学校(通称エゾノー)に越境入学。
 バリバリの進学エリート志望で勉強一筋でいたのが、どうしたのか激しく挫折して、どーでもいーよーな気分でエゾノーに来たもよう。
 挫折感いっぱい、自己否定たっぷり、夢も希望もありませんという、ある意味、たいへんイマドキな少年のようです。

 が、それなりに環境に適応していくところは、ちゃんと彼の精神が健全であることをうかがわせます。(そうでないと主役にゃなれまい。荒川作品ではとくに)

 この1巻ではまだ自己紹介というところでして、農業高校の充実した生活、ならびに、農業の夢と希望と厳しい現実を、少しずつ見せてくれているところですね。
 まだエンジンを暖機しているといったところですが――でも面白い。(^-^)
 八軒くんの同級生の皆様はもちろん、先生方が楽しすぎる(笑)
 一次産業――ここではとくに農業ですが、その将来性と可能性を感じる作品でもあるってところが、個人的に興味深いです。

 21世紀は「水争い」の世紀だ、という話を聞いたことがあるのですが。
 最初にその話を聞いてから20年もたった現在、なるほどその様相が見えてきているあたりがなんともいえません。そんな予想は当たってほしくなかったなあ……。
 それと同時に、やはり「虚業」は20世紀で限界に達し、いまは静かに規模縮小に向かっていると見ていますが(資本主義が嫌いな人には申し訳ないが、だからって市場経済は『滅ん』だり、『終わ』ったりはしないですよ~)。
 それじゃあこれからはなにが国をささえ、勃興させるのかというと、私はやはり、農業であろうと考えます。

 とはいえ、無闇に農業やってりゃいいということでもない。
 本編でもすこし出てきますが、ある意味、市場経済と不可分に組み合わさっていくことは不可欠でしょう。
 それができなければ、やはり、いかな戦う一次産業といえども、本領発揮とはいかないのでしょう。
 一次産業には希望と可能性がある。けれども、それは従来と同じ方法を踏襲するだけでは実現しない。

 ものすごい専門知識を語りまくるエゾノー生徒諸君を見て、そんなことを感じました。
 ……あの、なんか、現実と、この漫画の世界のお話をごっちゃにして語ってしまって申し訳ないのですが。(^^ゞ
 でも、この1巻を読みつつ考えたのはそんなことでした。

 本腰いれて、一次産業を発展させると考えると、ますます政治の役割が重要になるし――それに、宮城県が打ち出した「水産業特区」構想に、いきなり摩擦が生じたことをみればわかるとおりで、政治と、その現場との意識改革が、絶対条件になるでしょうねえ。うーむ。

 ……あ。すみません。なんだかへんな話になった。(^^ゞ

 ともあれ、いま、この時期に、こういう漫画が登場するのも、経済と一次産業の関係が変わる時期が来ていることと無関係ではないのかも。と思いました。時代性っていうんですかね。そういうのを感じました。(勝手に)

 八軒くんの今後が、また楽しみでもあります。(^^)
 
関連記事
11:01  |  アニメ・漫画  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.29 (Thu)

知に働いて丸くなれ

 温泉旅行の話題を書いている間、けっこう注目したトピックもありまして、旅行記が一段落したら書こうかな……と思っていたはずだけど、なんのことだったか思い出せない。(^^;)
 個人的には、鹿野司さんのインタビュー記事を見つけて、なるほど~と感心していたのが私なりのトピックです。

〈祝・星雲賞 鹿野司インタビュー〉part1
  π=3でいいんだ、3.14とか細かいこと気にしなくていい

http://news.nicovideo.jp/watch/nw103749

〈祝・星雲賞 鹿野司インタビュー〉part2
 今のメディアのスタイルは基本的に「バーカバーカ」

http://news.nicovideo.jp/watch/nw104327

〈祝・星雲賞 鹿野司インタビュー〉part3
 結局のところ、ぼくらは放射能汚染で死ぬんでしょうか?

http://news.nicovideo.jp/watch/nw104837

〈祝・星雲賞 鹿野司インタビュー〉part4
 原発が壊れてから、みんなイヤーな気持ちになっちゃったね

http://news.nicovideo.jp/watch/nw105462

 冷静ですねえ……。
 知に働けば角が立つ、と夏目漱石は書きましたが、角を立てるのは、知を語る側ではなく、それを聞いている側の問題なんじゃなかろうかと思えてきた……。「今のメディアのスタイルは基本的に「バーカバーカ」」は秀逸です…。

 なんかこう、久しぶりに、ひとさまの話を聞いて「確かに」と、すとんと腹の中に落ちた気がする。

「ぼくらは放射能汚染で死ぬんでしょうか」というのはインタビュアの質問でして、それにたいする鹿野さんの第一声は「そりゃ、人間いつかは死ぬけどね(笑)」です。

 そーなんですよねー……私が放射能ヒステリーを見ていて不思議に思うのは「そんなに死ぬのが怖いんか」です。
 そりゃ誰だって病気も死ぬのもイヤですがね。
 じゃあそれを永遠に回避できるのかというと、それは無理ってもんです。医学的には、人間の細胞の再生(コピー回数)は、120年が限度だそうで。
 どんなに徹底的に健康な人でも、120年以上は生きられない。いつかは死ぬ。当たり前ですよねえ。
 イヤだと泣こうがわめこうが、死というものは不可避である。
 それなのに、なぜ、死というものをそこまで恐怖し、忌避するのか。
 メメントモリ。――生きるとは、死を覚悟するということではないのかと思いますけどねえ。覚悟というと大げさですが、死をもっと身近に感じた方が、生きることをまっすぐ捉えられる。そう思います。

 3月には、東京ではミネラルウォーターの買い占めが起きましたね。あれは、乳児に対しては水道水の線量規制値を超えたので、赤ちゃんには水道水を使わないほうがいいよという話だったのに。
 あんたが乳児だったのは50年(以上)まえなのでは? という人々が、すごい買い占めをしているのをテレビで見ました。

 現在の低線量被曝による健康に対する影響についてもあーだこーだ言われていますが、これまた、ぶっちゃけると40過ぎてたら、もはや被曝の影響は考えなくてもいいレベルなわけですよ。
 それなのにまあ……40どころか、そろそろお迎えも近いのではないですかという方までが、福島の野菜がどうこうなどと騒いでいる。
 
 私なぞは、ま、死ぬときはガンだろうね、というくらいの「がん家系」に生まれていますんで、ある意味、ガンについて考えるというのは子どものころから日常化しています。
 なのでいまさら、まあ最悪でも、1%にも満たないくらい「ガンの罹患率」があがると言われても「ふーん」です。
 それに、そんな家系に生まれているせいもあってまだ中学生のころから関心があり、生来、一種の凝り性のせいもあって、ガンになる要因については、あれこれと、文献なり情報なりを集めてきているわけです。
 放射性物質なんぞより、ガンの発生原因として「有力」なものは、ほかにいくらでもあるということは、私にはすでに「常識」。

 現在の「汚染」状況と比較するならタバコの方が有害、というのは「事実」ですよじっさい。

 そういう判断もなにもぶっとんじゃって、パニックを起こす心理の不可思議さ。
 それを鹿野さんはあっさりと、しかもわかりやすく解説しているので、感心して読みました。
 ――こうしてみると、放射能ヒステリーの根本原因は、外部にあるわけではなくて、やはりその人個人の問題――家庭に不満があるとか孤独感が強いとか、他人と協力できない性分をしているとか、自己不信が強いとか、なにかが原因の疎外感が強いとか、――「内面」のほうから現れてくるのかもなあ、と感じます。

 私は個人的には「こういうときって、その人の『生きる姿勢』や『人間性』がよく見えるなあ」と思っておりますが。
 その人の「本性」がよく見える。そういったら意地悪かな。(^^;)
 
 で、このpart.3についたツイートで、

「放射能が怖い人はなぜ怖い情報をさらに集めてTLを埋めちゃうの?」という私の疑問に上手く答えてくれてる。


 というのがあり、同感同感とうんうんうなずいてしまいました。

 ……まったくだ。なぜか不安感が強い人は、不安を補強されるほうを好むのよね~。大丈夫ですよと言ってあげると、安心するどころか、まさにヒステリー状態で食って掛かってくる。
 武田某みたいな、意味不明の言説で不安を増長されると、喜ぶ。
 マゾなんだろうか。

 はたまた、part.2の最後では、鹿野さんのお言葉ですが、

民主的な社会には、そういう「理性的な考え方の出来る人」がたくさん必要だから、そういう人が少しでも増えてくれたらなあとは思ってる。



 というお言葉に、またも同感同感、と。

 私もこれまでちょこちょこと、
 ――民主主義は、政治家でも役人でもないふつーの庶民、市民一人一人が「政治的な判断ができる」「良識がある」ということを前提にしている。
 議会で話し合って決めるという政体は、そういう、「知的レベルが統一された市民」がいてこそ機能する。
 市民にその能力がないと民主主義は成立し得ない。――

 そのようにつぶやいてきました。
(今年春から中東の民主化というものが国際的に期待感を持って話題にされていますが、私が『中東の民主化はまず無理』だと見ているのはそのへんが理由)

 鹿野さんはもっとすぱっと簡潔におっしゃるんだな、なるほどこういえばいいのか、と感心いたしました。

 日本はまあ、いまのところは、それなりに理性的な人がいてくれているのですが……ネットを見ているとそのへんもだんだん不安になるあたりがどうにも。(^^;)
 しかしまあ、こういう方もいらっしゃるのだな、と――とくに「論争」になったときの態度や考え方には感じ入りましてございます。
 ピンチのときほど冷たく理知的に――ふと、そんな言葉を思い出しておりました。

 まあ、非常事態のときは情に棹さしたらマジで溺れるだけだよねと思う。
 知に働くほうが、現状には求められている態度だろうとあらためて感じました。
 とはいえ、知に働いて角が立つのも「知恵」がない話。角が立つと収まるはずのものも収まらなくなるから、知に働きつつ、丸くなる「知恵」が、必要だな、と感じます。

 現在の世界のトレンドは反原発だ、という報道が、国内国外を問わずよく見られますが、あなたウソ言っちゃいけません、と思っていたのを、やはり鹿野さんがpart.4でご指摘になっているのをみて「ですよね」と思わず。

 そういうことを伝える直接のニュース記事は、どんなにネットを検索しても出てこないでしょう。
 でも、現実を見てご覧なさい。新興国を中心に、世界ではこれから、いったい何基の原発建設が予定されているか。
 脱原発どころじゃない。これから原発はどんどん増えていくのですよ。この動きを無視して「いま、世界は脱原発」という報道が、「正しい」と言えるでしょうか?

 情報を読むとは、本来、こういうことではないですか。
 ニュースソースを示すというのも大事なマナーでしょうが、じっさい、「世の中でなにが起こっているか」を見る、ということが、本当の情報リテラシーではないのでしょうかね。

 それにしても、やっぱり頭がいい人は上手にお話をなさるのだ、と思いながら読んだ記事でした。
 こういう頭がいい人ばかりなら、私ももっと安心して馬鹿やってられるんですけどねえ。(^^;)
 どうも世の中、知に働くよりも、情に棹さして溺れている人が多いようで、つい、老婆心からあれこれ書いてしまう。私としてはそういう自分にひそかに忸怩(じくじ)としているので。(ホントです;;)

 こういう人がもっと大勢いてくれたらいいのになあと思いました。
  
関連記事

タグ : 人間

10:31  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.28 (Wed)

福島行き4・まとめ

 ということで大いに楽しんで参りました福島行きでした。
 皆様、やはりご関心があるのは食品のことかと思いますが。

 私は現在の暫定規制値を信頼しております。
 放射能ヒステリーと反核団体と左巻きのおかげで、本来苦手な化学のお勉強をだいぶすることになってしまいました。(^^;)
 それで私の得た結論は「暫定規制値は充分、人体の安全を担保している」です。

 そうなると問題なのはその規制のじっさいの運用ですが、現行においては問題なかろうと思っております。
 個人的にはきのこ類が出荷停止と聞くと泣けてしまいますがね。………ああ、旬の味覚が。(TへT)

 どうせ反核団体や左巻きというのは、どういうデータがでようとも、故意に危険性を騒ぎ立てるわけで、そこには私が考えるような「判断」は存在しない。(つまり、データをもらって、考えてみてから、結論に至る、ということです)
 結論を最初から決めつけている人のご意見なんぞ聞いても意味ねえ。――これが私の考え。

 もちろんこれは「私なりの判断」なんで、これを人様に「強要」するつもりはありません。つもりはない、というより、できませんわねそんなことは。(^^;)

 ということで、「自分なりに」あれこれ考えますと、現在の規制値も充分、「安全と思われる値に余裕を持たせている」と判断しました。
 食品の賞味期限ですよね。あれ、じっさいは、本当はもっと持つんだけど、でも商品を買ったお客さんがかなり苛酷な保管方法をとっているかもしれないなどの、あえて厳しい条件を考えて、「じっさいよりも厳しく判断して賞味期限を定めている」わけ。
 それと同じように、この規制値にも「あそび」がある。そういう判断をしています。

 先日は、子どもさんの甲状腺からごくごく微量の放射性物質が検出されたというので落ち込んでいるお母さんが、ニュース番組中に取材されていましたが。
 安定ヨウ素剤の使用があのとき指示されていれば「放射性物質をゼロにできたのでは」とおっしゃるのを聞いて「いえ、それはないです」と思ったのは私だけではありませんでしょう。(^^;)

 いずれにしても「ゼロ」にはなりません。
 どの人の体にも放射性物質は存在します。ゼロはあり得ないのです。いわば「検出が可能な値を下回っている」というだけのことで、今回不検出となった人でも「ゼロ」ではない。

 そういうあたりをあんまり、きっちりとは、理解されてないよねえ。と思いました。

 放射能ヒステリーは、放射性物質がたとえ1粒(……そういう単位ではなかろうけれど;;)でもあると、即死する、というイメージでいるようですね。
 そんなイメージが頭の中にあればピリピリするのは無理もないでしょうけども、でも、それ、きっぱり間違ってますから。(^^;)

 冷静に、というのはそんなに難しいことなのかい――とは、考えてみりゃ3月ですでに私が大いに疑問に思ったことですが、半年経ってもまだ、その疑問から解放されないですね。やれやれ。

 放射性物質はそこらじゅうにあるし、自分の体の中にもある。つねに。
 であるにも関わらず、京都五山送り火、福岡の支援ショップ、成田山のお焚き上げ、日進市の花火大会などなどに抗議しまくる人は論外だとしても、それを支持する人々は、なんと非科学的で情緒的であることか。
 ――ある意味、「因習」に「忠実」な人々ですよね。

 かつて、エタ、非人という賤民層をうみ、彼らをいわれなく差別した(…あ、現在進行形ですか)「汚れ」思想以外の何者でもない。

 じっさいには存在しないもの――ケガレであり、「放射能による被害」であり――を妄想し、そのケガレが「同席するだけで伝染する。自分も穢される」と妄想するアレです。

 私もかなり、頭の作りは文科系、おまけにけっこう保守的な人間ですが、こういうところで、我が国の悪弊である「ケガレ思想」にしがみつく趣味はないです。
 すでに悪弊だとわかっているのに、なんでまだそんなにしがみつくのか理解できない。(^^;)

 今回の旅行で少し残念に思ったのは、そういうわけで温泉宿のお食事は――じつは、福島県産の食材を使っていないと聞いたときでした。

 今回お世話になった仲居さんのおっしゃるには、
「食事で、これは福島県産じゃないよね、といちいち聞くお客さんがあったが、そのお客さんは他県ではなく、南相馬市からのお客さんだった」
 とのことでした。
 なんじゃそりゃ。と、さすがに我々、呆れてしまいました。

 どうも話にならんな。――と思った場面でしたね。

 放射能ヒステリーから言わせると私みたいなのは「安全厨」というのだそうですが(あっはっは♪)、もちろん私だって高線量の現場に無防備にしていく気はないですよ。高線量ならね。

 判断、というものの意味が分からない、冷静、という意味を理解しない。この21世紀にもなって、まだケガレ思想に取り憑かれている自分を自覚しない。――恐れ入るほかに、どうしようがあるだろう。(^^;)

 私が今回福島にちょっとお邪魔して、その地の恵みたる温泉と果物などに触れて思うのは、「ガタガタ言ってんのは人間だけ。大地は揺るがない」
 ということでした。

 生命力、というものを、全身に浴びてきたと感じます。
 
 そういうことを忘れているのは人間だけかもしれないですね。

 ――またお邪魔しにいきます。
 私などではたいした経済貢献もできませんけどね~。(^^;)

 みそぱん、美味しかった。あれはお茶請けにいいですねv
 
関連記事
10:38  |  旅先日記  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.27 (Tue)

福島行き3

 コラッセふくしまではなんと1個100円の白菜を買いました。
 ちょっと迷いましたが最後の1個だったので購入し、それを袋に入れてもらってぶら下げて御倉邸見学へいったのは書きました通り。

 今回は可能な限りお土産を買うつもりで出かけておりましたんで、――折しも季節は「食欲の秋」「実りの秋」。買いましたともさ!
 福島駅の1階の、あれは――スーパーマーケットでいいのでしょうか、あそこで一箱1,300円の梨を見つけ(たぶん5kgですよね)、帰りに地方発送でお願いしようと決めていたのですが。

 御倉邸から駅へ向かって歩いている途中、とある青果店の前を通りかかりましたが、思わず足がとまりましたね。
 同じ5kg1箱の梨が、なんと900円!!!!
 えー!!! マジで?!!!
 と思わず飛び込みますと。
 それ以外にも美味しそうなものが積んであるわけですね。(^^;)

 梨1箱以外にも、袋入りのトマトとかもいっしょに送ってもらえますかと聞いたらOKだったので。
 胃袋の事情も考慮するのでちょっと迷いましたが、結局、梨、トマト、リンゴを買って、送ってもらうことになりました。
 ……すでに2、3個食べたあとですが、その梨。

nashi.jpg

 みずみずしくて甘くて、いい梨です。(^-^)
 トマトも完熟タイプだし、りんごは、品種がわからないけどちょっと小振り、でも美味しかった。
 駅の売店では桃の甘い香りに誘われてすでに1kg入りの箱を買っていたし。

peach.jpg

 しかしいずれも――
 本当に、申し訳ないほどのお値段でした。(--;)
 それに、青果店から送ってもらった荷物、送料が安かったです。私がふだん利用しているクロネコさんの、最低料金よりも安い。700円ぽっきり。
 私もお支払いのときに、あれ、送料、安いな、と思っただけで確認をしなかったですが、あれ――もしかして、ネコさん、被災地応援料金なのかな?
 と申しますのは、送り状がね、普段のとはちょっと違う印刷だったので。
 ネコさんならそういうこともやっていそうな気がする……。
 けど確証はない……;;

 いい加減な情報ですみません。(^^ゞ ともあれ、こちらからの送料はお安かったです~というお話。

(※追記※ 1kg入りの桃が送料430円、5kg入り梨+リンゴ5個+トマト5個で送ってもらった方が700円ぽっきりでした。やっぱり通常より安い…)


 それ以外に面白かったのは、「みそぱん」。

みそぱん
http://www.furusato-bussankan.jp/fukushimashi/products/detail.php?product_id=18

 これも同じく御蔵邸から駅へ向かう途上でした。
 Tさんがおいしそうなおせんべいを先ず、ウィンドー越しに見つけ(……なんでしたっけ、商品名;;)、お店に飛び込んだのでした。
 おせんべいは見た目からしてふわふわして美味しそうなものでしたが、私の目にとまったのは、「ずんだ大福」(ヨワイわ、ずんだには;;)。
 そしてこの「みそぱん」。

 登録商標ということではなくて、一般的な名称みたいですね。
 私どもが入ったお店はそういうわけで「駒田屋本舗」さんだったようです。ほかのお店でも同名の商品があるんですね。

 ずんだ大福も美味しかったですが、そういうわけで、みそぱん。
 美味しかったです。

 もとは「みそ饅頭」というお菓子があり、その皮が美味しいということで、「まんじゅうじゃなくて、この皮だけで食べたい」というご要望があった。
 それで誕生したのがこのみそぱん――というような説明が、お店にありました。

 みそぱんは蒸しパンのような食感です。
 で、それに味噌が練り込まれているわけですが、甘いわけでもしょっぱいわけでもなく、味はふんわりとやさしく、でも味噌の風味と香りがきちんと生きている。あれですね、噛んでいるほどに風味が口の中に広がるという感じで、飽きないおいしさ。

 日持ちもするようですし、これはちょっとおすすめしたいです。
 福島駅の改札内にあるお土産売り場でもこのみそぱん、ありました。
 けっこうあちこちで買えるのかな。

 みそぱん以外にも温泉宿であれこれお土産を買いまして。
 あとはお米だなあ。

 いままで意識していなかったのですが、うちがふだん買っているお米は、福島県産でした。
 いつも決まったお米屋さんで米を買うのですが――なんせブランドにはこだわりがないタイプなもんで、「価格と美味しさのトータルバランス」で決めていたんですよね。買う銘柄。
 で、先だって、あらためて袋を見たら福島県産だったという次第で。

 今年はいいお米が育っていると聞いていますし、新米が出るのを楽しみにしています。
 ……あー。でもその前にお米屋さんに、ちゃんと仕入れてよ! と念を押しておくべきだろうか。
 まったくアホらしい仕儀に相成っておりますからね。(--;)

 とまあ、そんなわけで、良い温泉、いいお食事(よすぎて夕食後は満腹で撃沈/笑)、いいお買い物、そしてなによりいいお天気――ということで、福島行き、満喫して参りました。(^-^)

 新幹線も気合いを入れて頑張っているし、現在はあれこれお得なプランもありますので、私としては秋の行楽におすすめです。

 私信ですがTさん、本当にありがとうございました。m(_ _)m
 いろいろあれこれ我がままやら情けないことやらを申しましたが(……いつものことだが;;)、おかげさまで楽しめました~v ありがとうございましたv

 温泉はしかし、まだまだいっぱいあるので、また足を運びたいです。

 あのハイパワーな湯があれば、私の冷え性もなんとかなりそうな気がするな~。
 
関連記事
10:41  |  旅先日記  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.26 (Mon)

臨時速報―誤訳御免。様復活

 8月12日以来、更新が停止されていたブログ「誤訳御免。http://japancool.sblo.jp/」様、復活を確認。
 
 ………よかった~;;
 なんだかいろんな怪情報が飛び交ってたんですよね~;;

 
関連記事
11:20  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.26 (Mon)

福島行き2

 高湯温泉の朝。

takayu4.jpg

 ごそごそ起きだしたときは(午前5時半)ちょっと曇っていたんですが、そのうち、みるみる雲がなくなり、すっきりした空に。
 山の木々がくっきりはっきり見えるすばらしい晴天となりましたが、朝食の準備をしてもらいながら聞いたところでは、「ちょっと珍しい晴天」とのこと。
 え、そうですか? と意外に思いましたが、――山の中のことなので、案外、朝は靄(もや)がかかったりして、こうもすっきりと曇りのない空になるのも珍しいとのことでした。

 朝ご飯をいただいたあとは、朝風呂に。
 前日は外にあるお風呂ばかりにいってましたが、朝は、建物の中にある大浴場へ。
 こちらはさすがに、洗い場も、シャワーもあります。

 チェックアウトは午前10時。
 駅までの送迎バスは10時半発なので、それまではロビーにある喫茶コーナーでコーヒーをのみながらゆっくり。
 こちらのカフェからも、清流と、そのほとりにたたずむ湯小屋が見えてきれいです。
 1km ほどの散策路があるとのことでしたが、そちらは行けずじまい。根性と体力がちょっと;;

 駅にいく途中には果樹園や、その果物を売るお店がずらーっと並んでいる、フルーツストリート……でしたっけ、それがあるんですよね。
 今回は時間と日程の都合で果物狩りはあきらめていた、はずだったんですが、あまりの好天ぶりに、駅のインフォメーションで聞いてみようかということになり。
 調べてもらいましたが、やはりちょっと無理でした;; 当たり前ですが果樹園は市街地からはちょっと離れているんですよね。移動の時間だけで厳しいものがある……。
 帰りの新幹線の時間があるので、今回はやむなく見送り。

 駅目の前にあるコラッセふくしまhttp://www.corasse.com/)でお土産品を眺め、産直市のようなコーナーで、なんと1つ100円の、有機栽培の白菜を見つけてつい買ってしまい。
 白菜を手に持ったまま、予定どおり、「御倉邸」見学へ参りました。

 福島駅から徒歩15分という、旧日銀福島支店長さんの、役宅、「御倉邸」へ。

ogura-tei1.jpg

 建物は昭和2年に建てられたもので、平成11年までじっさいに人が住んでいたということですが。
 いや~、予想以上に立派できれいで、よかったですよ~。

 役宅ですから、半分は、公の施設ですね。首相官邸みたいなもんで。
 玄関はそういうわけで立派な「公用玄関」と、ちんまりした家族用の玄関があります。

 ここもしかし、米沢藩とゆかりがある場所だったので、私としてはちょっとこう……、「やはりなにかのご縁が……」みたいな、みょうな感慨を覚えていました。(^^ゞ

 と申しますのは、目の前が阿武隈川ですが、この水運を利用して、江戸時代にはこの場所に、地元福島の御蔵のほか、米沢藩の米蔵もあったとのこと。敷地内にはその御蔵も残されています。

 昭和初期、大正の香りも残る建物は、こういうレトロなものが好きな方にはおすすめしたい見学スポット。
 内部は撮影禁止のお知らせもなかったので、資料もかねて写真を撮ったのですが、ちゃんと撮影OKかどうかは確認しなかったので、……写真はやめておきます;;
 
 現在は福島市が管理しているそうで、以前は台所だったところを事務所にし、こちらから女性が出てきてあれこれ説明してくれました。(^-^)
 天井や、障子の桟などにも、聞かないとわからないような見所が隠れているので、もし可能でしたら、ちょっと説明を聞く方が楽しめるでしょう。

 ちなみに、その私用ではなく公用部分のお座敷は現在、お茶会などで借りることができるそうです。
 お庭がまたきれいでしてね~。これは写真をちょこっと。

ogura-tei2.jpg

 敷地内には休憩所ということで、お土産品やなつかしい駄菓子、軽食、喫茶ができます。

 台風後の川はちょっと増水気味でしたが、でも、ごらんのとおりのいい景色でした。

ogura-tei5.jpg

ogura-tei4.jpg

ogurra-tei3.jpg

 ちなみに私、こちらで「福島の民話」という冊子を購入。
 方言で語られるのを書き起こしてある、民話集。
 B5サイズの薄い冊子です。

 こういうものに巡り会えるとなんかこう、すごく「得した」気分になりますね。(*^_^*)

 こちらでお昼ごはんを軽くすませて駅へ向かいました。

 続く。

 いよいよ福島味めぐりでございます(笑)
 ……結局、食欲の秋なんですな。(^^;)
 
関連記事
10:51  |  旅先日記  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.25 (Sun)

福島行き1

 とまあ、そんなわけで、一泊2日ですが、福島県福島市は高湯温泉に行って参りました。
 Tさん、本当に何から何までお世話になりました~。ありがとうございました。m(_ _)m

 Tさんにあれこれプランを見てもらい、またあれこれわがままを言いまして、決まったところが、「高湯温泉」の、「玉子湯」さん。
(高湯、は、たかゆ、でいいん………ですよね?;;)

旅館玉子湯 公式サイト
http://www.tamagoyu.net/

 ひじょーに伝統のある温泉で、駅から車で30分ほどとのことでしたが、なるほど「高湯」の地名どおり、か~なり山を登ったところにありました。
 いまでこそ車があれば福島駅から30分ですが、昔はあの山道を、よくても馬、基本は自分の足で登っていったのだろうと思いますと……ちょっとすごい。

 しかしそれだけの手間をかけてもいく価値は充分にある温泉ですねえ。
 お宿について車を降りると(あ、送迎バスを利用させてもらいました)すでにもう、硫黄泉の香りが。
 硫黄の匂いはなんとなくゆで卵っぽい匂いですから、それで「玉子湯」さんなのかなあと思ったり。

 写真はウェルカムケーキとでも申しましょうか。利用したプラン特典の美味しい笹団子v
 昔友達のお土産でもらったっけな~。と懐かしく思いつついただきました。笹の葉がいい匂いでv

dango.jpg


 一服したのち、まず向かったのは写真の、「湯小屋」。
 昔の建物そのままです。百四十年以上まえのものとか。

takayu1.jpg

takayu2.jpg

 昔は混浴だったんでしょうが、現在はいちおう、男湯女湯に分かれています。
 たまげたのはその内部。
 引き戸を開けて、のれんをくぐると、目の前に浴槽が!
 脱衣所はあるけど、いわゆる「洗い場」はない! 水道なし! シャワーなし!
 
 湯に入る前は、桶が置いてあるので、これで浴槽から湯を汲んで、かけ湯しながらざっと汗を落とすしかない。
 なんともワイルド。

 温泉はそういうわけで硫黄泉。
 白い湯の花がたっぷりと湯の中にあり、その濃度の高さは、湯に浸かった瞬間「これは効く!」とわかるほど。
 注意書きには10分以上入るな、とありましたが――いやあ、ありゃあ入るなと言われなくても入れませんね;;

 じっさい、この湯小屋と、もう1カ所、露天風呂にはいったら、なんだか頭が痛くなってきまして、どうも湯あたりしていたらしい。
 いままでそんなふうになったことはないんですけど。(^^;) 湯あたり初体験。

 あとで聞いたら、我々は、同館に数あるお風呂の中でも、もっとも濃度の高い、ほぼ源泉そのままの湯に、いきなり入っちゃったことになるようです。
 いきなりあのパワーに晒されて、体の方がびっくりしたんでしょうね。
 
 気温は――いや、そりゃ涼しくなってくれとは思ったが、涼しいのを通り越してすでに「寒い」んですけど! という気温でしたが、露天風呂にはよかったのでしょうか。
 お湯の温度は私には適温で(ということはたぶん42℃くらいかな~)、暑いかなと思って湯から出ると、その冷たい風でいきなり肌が冷める。
 さっと浴衣に着替えていくのには好条件だったと思います。

 源泉は、この雰囲気のある建物「湯小屋」のすぐとなりにあり、注連縄を張って、祀られていました。
 まことにこれは、山の恵の湯でございますね。

 殺菌力が強く、体を洗うにも、石けんなんぞ使わずとも、湯をつけながらこするだけで充分汚れが落ちるそうです。
 じっさい、皮膚病、なんと水虫にも効果覿面だそうで。
 赤ちゃんのおむつかぶれ、汗疹(あせも)にもいいそうです。
 おかげさまでお肌は私もぴかぴかにv

 それにしても本当によく温まるお湯です。
 冷え性の私めが、湯から上がって2、3時間もたっても、まだ、体の芯がぽかぽかしているのを感じました。
 湯冷めというのは絶対にない。すごい威力です。

 ということで、6月には行きたいと言っていた福島県の温泉行き、やっと行ってきたわけで。
 以前から行きたい行きたい言っていたから、ちょうどいい機会となってくれましたね。
 詳細はまたおいおいと。

 写真は、福島駅でつい見学してしまった、やまびことつばさの切り離し。
 考えてみたら持っていたカメラは動画も撮影できるんでした……。動画でとったほうがよかったかな……。(^^;)

separation1.jpg
↑連結状態から…

separation2.jpg
↑切り離し中

separation3.jpg
↑つばさちゃんとはここでお別れ

separation4.jpg
↑お世話になりました、やまびこ

 ちなみに、我々がでかけたこの日、東北新幹線は、完全に通常運転に戻った日ということで、なかなかおめでたい日だったのでした。
 
 続きます。

 ……私信。――そんなわけで留守だったため、メール返信が遅れていて済みません~;;
 今日中にはメールしますので!! 失礼してしまって申し訳ありません!! m(_ _)m


関連記事
10:31  |  旅先日記  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.24 (Sat)

福島で朝ごはん




おはようございます。
写真は今朝のごはんです。
おいしゅうございました♪
夕食も素晴らしかったのですが、つい食べることに夢中になり、撮影していません;;

温泉に来ているのですが、いや~、本当に素晴らしかったです。(*^o^*)
また帰ったら詳細書きますね。

本日の高湯温泉は、地元の人も珍しいというほどの、超・晴天です♪
関連記事
09:59  |  旅先日記  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.23 (Fri)

臆病者の作法

 iPhoneがauさんから発売、かもしれない、という件。

 目下のところは正式なニュースリリースもないので「かも」の話でしかないですけど。
 もしauさんからiPhoneが出たら。
 買うかな? と考え中。

 なんせ、次にケータイ買い替えるときはたぶん私もスマホであろう、ということで、auさんのこれまでの機種をながめては、ふんふんとお話を聞いて検討していたわけで、iPhoneという選択肢はまったく、これっぽっちも、爪の先ほども考えていなかったので。
 あらどうしましょう。( ・_・;) みたいな気分。
 嬉しいんじゃないの? と言われそうですが目下のところは、戸惑いの方が強いですね。

 なんせ日本独自の進化をしちゃったケータイに、意外と私も馴染んでまして、そういうものを置いて、iPhoneに乗り換えるメリットはあるのだろうか――なんてなことを考えております。
 おサイフケータイは使っていませんが……ひとまず私がいちばん欲しいのはワンセグテレビです……。この機能はどうしても捨て難い。毎年、初詣での外出中に箱根駅伝みてるんで。
 
 もちろん本体価格、料金がどうなるかということも重大事項ですから、どうなるかはわかりませんけどねー。(^^;)
 ただ、Macユーザーであるので、iPhoneにするメリットも小さくはない、と思われます。
 ………さてさて。

 こんな話はいまのところ、「だといいな」という夢見がちな仮定の話ではありますが、いままではその夢さえ見る余地はなかったから、そこはちょっと嬉しい。
 正夢になることを願うばかり。(^^;)

         ●

 最近つくづく思うことは。
 ――臆病者であること、弱虫であること、不安神経症であることは致し方ない。
 そのこと自体を責める気はないけれども、いくら不安でしょーがないからって、いちいち「お仲間」を求めるのは、見苦しいし、最終的には迷惑である。公共の福祉に反している。ということ。

 私も、自分のことを相当、小心者、臆病者、不安神経症タイプだと思ってきたのですが、いやいや、まだ甘かった、ということを、今年の春からずーっと感じ続けています。

 ほんとうの臆病者は、怖がることさえ、ひとりではできないんですね。
 これは新発見でした。

 怖いというなら家にかえって、布団かぶってふるえていればいいのに、布団から首だけ出して、なんだかもっとも「らしそうな」理屈を並べ立て、怖がっている自分を正当化し、とにかく誰彼かまわず、自分と同じように怖がらせようとする。
 そうやって「怖がるときのお仲間を募る」、という、あれは、私、さすがに理解できません。

 怖がるくらい、自分一人でやってろよ――そう思うんですが、そう言ったら怒られるんでしょうかねえ。………怒られるとしたら、なんで? (^^;)

 なぜ、怖がるためにわざわざ怖いと思い込もうとするのかも、いいかげん、私には謎なんですが。
 そんなにガタガタブルブルふるえて怖がって、というのはなにかを守ろうとしてのことでしょうが、いったい、なにをそうも怖がるのでしょう。

 怖がって、誰彼かまわずぎゃんぎゃん吠えまくって、あげくの果てには無差別殺人者よろしく暴力をふるって。
 それが何になります。誰のためになるというのでしょうか。

 いま、じっさいに自分で考えて企画をたて、人にその話をしては協力を求め、少しずつでも実効性のある、「現実的な」行動を起こしている人の中には、そんな臆病者はいません。
 まあ当たり前ですよね。布団かぶってガタガタふるえていたら、なんの仕事もできませんからね。

 厳しい現実というものを見て、それにうちのめされかかっても、いえ、じっさいにはすでに打ちのめされていても、逃げ出さず、誰にも吠えかからず、それどころか笑ってさえ見せて、「この街のために、こういうことをしたい。こういうことをしている。よかったら、手を貸して下さい」
 そういっている。

 こういう人々を見たとき、布団をかぶってがたがた震えながら、他人にぎゃんぎゃん吠えているだけで、自分では一歩も歩こうとしない弱虫や臆病者は、自分を恥としないのでしょうか。

 いやまあ、私も臆病ぶりでは人のことを言えた義理じゃありませんから、それ以上はいいませんけども。(……ここまででもう充分言ってるか;;)

 正しい臆病者というのは、危険があるならそれを正しく察知する能力のことで、ということは、裏返しにすると「怖がる必要がないものは、怖がらない」判断ができる、ということです。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、でございましてね。
 臆病者は、日頃からびくびくとなにかに脅かされることを「心配」しているので、暗い夜道、ふとうごめいた影が視界の隅をよぎっただけで悲鳴をあげる。怪しいものだと思ってはっと身構える。そういうことはあります。
 ありますが、「あ、なんだ、枯れススキか」――とホッとするのが、正しい臆病者のありかたです。
 臆病というのは、まあそれでも、なんとか自分を守ろうとする態度のことですよね(勇気にかけた態度ですが)。
 だとするなら、自分を守るためには、その幽霊がどんなものかは、ひとまず見極めなければならない。すでに、どうせ逃げ腰にはなってるんですけどね臆病者って。(^^;)
 でも、どういう逃げ方が有効かをすばやく判断するために、日夜、なにもないときから怯えて過ごしているのですから、ひとまず、幽霊を見極めることが臆病者には大事なことです。

 なぜかというに、本当は枯れススキなのに、それをいつまでも幽霊だと思い込んでいると、恐怖のあまりに心臓がショックでとまったり、闇雲に暗い夜道を走り出して峠から落ちたり、――恐怖故に自分を損なうことになるからです。

 剛胆な人は、うごめいた影を、うごめいた影だ、と思うだけ。はてなんだろう、と思ってみるときに、べつに恐怖はありません。油断もありませんが。
 あるものをあるままに見る。これが、びくびくするあまりに幽霊だといきなり思い込む、臆病者とは違うところですね。

 臆病者は、なにかに傷つけられまいとして、つまりは自分を守ろうとして、警戒心を強くしてびくびくしているわけです。
 それなのに、本当はなにもないのに、自分で自分の恐怖心によって自分を害したら、臆病者をやっている甲斐がありません。

 私は臆病者であることを、そのようにとらえてきました。
 臆病というのは、――体力もなく自慢できる腕っぷしもなく、はっきり言うならあんまし頭も良くなく、知恵がなく、すばやい逃げ足もない、自分の身1つを守るだけがせいいっぱい、とても人様のお役に立てるような人間ではないが、それでも、自分を守るための、悲しいけれども「最後の知恵」なのだと思っております。

 ところが、世の中にはそんな知恵さえない臆病者がいる、ということに、私は今春から、驚き続けているのです。
 じつのところ、自分を害するのみならず、怯えるあまりに他人様までをも損なう臆病ぶりに、「臆病者の風上にも置けぬ」と憤慨しているのです。

 弱虫でも臆病者でもいいが、自分が勝手に作った幽霊で自分を害し、あまつさえ、他人を巻き込んで他人までをも害するのはやめてもらいたい。
 ここまでくると臆病ではなくてすでに卑怯だ。
 おなじ臆病者としては看過し難い。

 怖がるなと言ったところで、それは臆病者には無理な注文だということは、私自身、よくわかります。(先日も書きましたように、蜘蛛一匹に殺されそうなくらい怯えるような奴ですから;;)

 ただ、そのときは自分が臆病であることはよくよく自分で認識し、いちいち、「お前も怖がれ! 俺みたいに怖がらないお前は馬鹿だぞ!」なんていうのはやめてほしい。
 迷惑だから。

 勇気と知恵を持ってすでに歩き出している人の、足を引っ張る真似だけはしないでもらいたいのです。

 それが、こういう非常時に役に立たない臆病者が、唯一、社会に対してできることなんですから。

 臆病なのは仕方ない。しかし、人としての節度を守るくらいの、仁義は守ってもらいたい。
 私はそれが、社会のお役にはたてない臆病者としての、最低限の、守るべきマナーだと思っております。
 
関連記事

タグ : 人間

10:00  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.22 (Thu)

停電の夜

 昨日の台風15号、ちょっと予想外なまでに雨風が強かったわけですが、皆様、ご無事でしょうか。
 現在台風は北海道の東あたりでしょうか。

 うちのほうは昨日、午後4時から7時間にわたる停電でした。
 近所の電線が切れて垂れ下がっているというなかなか怖い状況。
 今朝のニュースで、やはり、垂れ下がっていた電線に触れてしまい、感電死した方がいらっしたそうで、……痛ましいことです。
 ……電線の地下埋設、本気ですすめてくれないかな。

 停電が発生したのは午後4時、作業車が来たのが午後9時、終了したのが10時半ごろ、さらに電気が来たのは午後11時20分ごろでした。
 どうも電線が切れたのは数カ所に及んだようで……もう喧嘩にはなりませんが。(^^;)

 停電時の連絡先となっている東電さんのカスタマーセンターに電話しても「復旧の見通しはたっておりません」とのことだし、午後10時過ぎにはカスタマーセンターにつながることすら、なくなりました。みんなが一斉に、どうなってるんだ、と電話をかけたんでしょうね。

 電話と言えば、現在は停電すると電話機も落ちるから困りますねえ。ま、ケータイが生きていてくれればなんとかなるけど……。
 私は昔の黒電話時代を覚えているのですが、当時は、停電しても電話は生きていたのでよかったです。
 とはいえいまさら、黒電話には帰れないんでしょうが………停電しても電話は生きていられるような、なにか手段はないものでしょうかね;;

 計画停電のあとですから、停電には対応できましたけどねえ……。あってよかったLEDランタンと手回し発電式LED懐中電灯。
 電池の要らないLED懐中電灯は意外と重宝しましたよ。いつもは、万一に備えてベッドヘッドにある、小さい引き出しに入れてあるんですが、昨夜は意外なまでに大活躍。電池切れの心配がないのもありがたい。

 しかし……冷蔵庫、なかんずく冷凍庫の中身がちょっと心配です。停電後は一度もドアを開けなかったし、昨日は暑くもなかったから、ある程度の時間、なんとか庫内でもってくれたと思うんですが。
 しかし停電が7時間におよぶとは予想外だったので。
 買い置きの冷凍シューマイ、大丈夫だろうか;; 昨夜の11時からはまた通電してますから現在は凍ってますが、……中途半端に解凍状態になっていたとしたらちとマズイ;;

 私の方はもう、電気がないと本当になにもできない。ネットも当然できません。折悪しく、ケータイの電池も心もとないまま停電になっていたので、ワンセグテレビを見ることもできず。
 風呂にも入れず(給湯器がダウンしてるから)、本すら読めないとあっては、もう不貞寝(ふてね)をするしかありませんで、午後11時前に、はやばや就寝。
 おかげさまで睡眠時間はたっぷりありました。(^^;)

 それでもうちなどはガスがあるので、電気はこなくてもお湯を沸かしてお茶を飲むくらいはできるし、トイレも流れるし水もくるから、ありがたいです。
 マンション住まいの友人は、停電になると水も止まるそうですから………水が止まると本当に困りますよね。
 オール電化住宅の大変なことはもう充分聞いていますし。

 サバイバルのためには選択肢は多い方がよい、ということを実感しますね。
 オール電化は見直しましょうよ;; どうしてもというのなら、完全自家発電のシステムを考えるべきでしょうね。難しいけど。

 ということで昨夜は当然、ネットもできず、日記も書けずにおりまして……本日はまたも事実上お休みです。(^^;)

 これ以上の台風被害のないことを祈りつつ。(-人-)

       ●

 ところで、auさんでiPhone発売ってホント??

KDDI株が年初来高値更新、iPhone5を11月発売との報道
http://money.jp.msn.com/newsarticle.aspx?ac=JAPAN-232970&cc=03&nt=00

 またガセネタじゃないでしょうね日経さん?
(せんだっては企業合併情報がガセだった……)


 
 
関連記事
10:11  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.21 (Wed)

利尻ヘアカラートリートメント

 台風が来てますね。
 こちらはお昼頃から午後にかけてが大雨の予想なので、午前中、朝イチで用事を済ませてきましたが、それでもやっぱり降られました;;
 今回の15号は、せんだっての12号よりは速度があるようですが……なんにしても被害は可能な限りださないで通過していってほしいと願っております。

       ●

 本日はひさびさコスメ関係のお話。
 とはいっても化粧品ではなくて、「白髪染め」なんですが。(^^ゞ

利尻ヘアカラートリートメント

利尻ヘアカラートリートメント(自然派サスティ)
http://www.sastty.com/

 使用を始めてからどれくらいかな、1年くらいにはなるのかな。
 とはいえ、うちは風呂場が死ぬほど寒かったので(じつは今年改装しました)冬の間は使えませんでした;;
 髪を濡らしたまま数分おくなんて、風邪を引くわ、というくらいの寒さなので致し方ない。

 ということで本格使用は今年の6月からになります。ゆえに、使用期間は実質、3ヶ月ですね――使ってみての感想は「いいですよこれ」です。

 化学物質のかたまりみたいなカラーリング剤にはどうしても抵抗があるんですよね。(^^;)
 それで40になるまでカラーリングではなく、ヘアマニキュアで粘っておりました。
(ヘアマニキュアは、髪に色素をしみこませるのではなく、コーティングするだけなので、髪は傷まない。というか、コーティングですから髪の保護にもなるわけです)(ただし、色持ちはしません)

 現在はもうあきらめて2ヶ月にいちどくらいでカラーリングをしてもらっていますが、でも、去年から今年にかけては美容院にいくひまさえないことも多くて、どうにも、ちらりちらりと見える白髪が、気になってしまいました。
 それで、自宅で毛染めができるうえ、化学物質もなしというものを、あれこれ試しておりました。

 こちら利尻ヘアカラートリートメントは、シャンプーで洗ったのち、通常のトリートメント剤と同じように髪にしみこませ、少なくとも5分くらい時間をおいてから、洗い流すだけ。

 同じく自然派原料による髪染めもあったんですが、そちらは、洗髪前に髪につけて、20分ほども待つというもの。これは、ちょっと私には不向きでした。20~30分はちょっとキツい;;
 入浴中に、髪につけて5分おくくらいなら、どのみち体を洗ったり顔を洗ったり湯船に沈んだりしていれば、それくらいは軽くクリアできます。

 私は髪が細くてなかなか色が浸透しない感じでしたが、別売の、専用のトリートメントキャップをかぶっていれば、1回でもかなり染まりました。

haircolor-cap.jpg

 同じく別売の、カラーリング用のコーム&ブラシも、使いやすくていいです。

haircolor-comb-.jpg

 素手でやってもいいんですが、それをやるとどーしても、手に染料がついてしまう。……いえ、簡単に石けんで洗い流せるんですけども、爪の端にどうしても残ってしまうんですよね。
 コーム&ブラシがあると、丁寧にトリートメント剤をつけることもできるし、手も汚れない。やはり道具ですよねこういうことは。(^^;)

 使用感ですが、――私の場合たしかに、髪がしっとり、かつ、サラサラになります。カラーリング剤よりは髪自体にはいいと思います。
 ただ、どういうわけか、洗い流した直後には髪がきしむんですよね。体調によるようですが、髪を乾かすとパサつきを感じることも正直、ありました。
(いつもではない、ってところが悩ましい。ゆえに、体調次第なのだろうというのが私の推測)

 ということで、現在は、シャンプー⇒ヘアカラートリートメント⇒コンディショナー、という順で使用しております。

 髪はよく染まります。丁寧にやれば美容院にいく回数もぐっと減らせると思うんですが、私の場合、あんまり器用なタチではないため、どうしても髪の根元に染め残しが;;
 ということで、美容院行きが1ヶ月に1度だったのを、2ヶ月に一度にするのが限界っぽい。(^^;)

 ふつーに髪を下ろしていれば目立たないくらいの、本当に根元部分のみ、なんですが、私はどうしても髪をアップにしてしまうので……そうすると根元がね……出てきちゃうんですよね;;

 ということで。
 一年以上かけてあれやこれやを試した結論は、「利尻ヘアカラートリートメント、いいですよ」。でした。(^-^)

 カラーリングで髪が傷んでしまったようだ、という方にもお勧めできると思います。
 傷んだ髪の対策はやはりトリートメントということになりますが、同じトリートメントするなら毛染めもできるといいですよね。ということで。

 それに、化学物質であるカラーリング剤でアレルギーを起こす人にもおすすめ。
 話を聞いてビビりました。カラーリング剤でアレルギーを起こすと本当に大変なことになるんですね。
 そういう心配がないというのも、天然素材のありがたいところ。

 色は、ブラック、ダークブラウン、ライトブラウンの3色。
 私はダークブラウンを使っていましたが、地毛の色が真っ黒のせいか、なんか「浮いて」見えるときがあるので、現在はブラック使用中。

 以上、お試しの、結果ご報告でした。(^-^)
 
関連記事
11:15  |  おすすめ・お試し  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.20 (Tue)

詭弁と水増し

 原子力発電所の「安全神話」。
 すみませんが、この安全神話、というのはだれのネーミングでしょう? 誰が言い出しっぺなんですかねこの単語。

 なんでそんなことを言うかというと、私はこの安全神話なる言葉を、事故以前に聞いた覚えがないからです。
 反核団体がぎゃーぎゃー騒いでいたのは知っていますが、そのときでも、こういう言葉は聞かなかったと記憶しています。

 安全神話って誰が言い出したんですかね? いつから?
 存在していなかったものを、あたかもずっと以前から存在していたかのようにいって、「だまされていた」という言い方で、知るべきことを知らなかったと認識させ、その認識によって罪悪感を植え付け、同時に「たしかに原発に反対しなかったことは悪い。でもだまされていたんだからあなたは悪くない。悪いのは原発とその関係者である。だまされたあなたは被害者です」――そういう認識を植え付ける。
 被害者だったにしても「騙されたことにたいする罪悪感」はそっと仕込まれている。それで忸怩(じくじ)としている人々には、その罪悪感から「逃れる」手段として、反原発の運動を示している――右も左もわからない人々を煽動して、従来の反核運動に巻き込もうとしているのではないか。
 ――という疑問をふと覚えました。
 深読みが過ぎる、というなら申し訳ありませんが。

 ただ、原発は安全ですという言い方は、はっきりいいますが聞いた覚えがない。なんどもお話ししておりますように、私は以前から「原発はやめようよ」派で、原発の運用者たちの言い分を鵜呑みにしたこともないし、まして、興味関心がなくて聞きもしなかったということもない。

 原発は安全ですとは聞いた覚えがないです。ハッキリ言いますが。
 ただ、危険性は指摘したうえで、こういう対策を講じていますから大丈夫。問題ない。そういう言い方だったと記憶しております。

 それってようは安全だといっていたわけでしょう、と言われるかもしれませんが。
 だいぶニュアンスが違うので私としては無視もし難い。安全だというのと、「問題はない」というのとでは。
 考えうる危険性の話はちゃんとしていましたよ。
 安全神話と言ってしまうと、そういう危険性もしくはデメリットの話はいっさいせずにいたように聞こえる。

 だいたい、本当に原発が安全だなんて「信じて」いた人はいただろうか。
 だまされた、というのは詭弁に聞こえる。

 賛成であれ容認であれ反対であれ、興味関心がある人には、原発が一発事故ればエラいことになるというのは、共通認識だったと思うんですよね。
 その認識の上で、「技術的な対策を講じて使っていくから大丈夫」、という結論になるか、私みたいに「技術はわかるが、運用面が信用できないから――ことに日本人にはリスクマネジメントができないから――原発はやめていく方向で」という結論になるかの違いはあったにせよ。
 原発は事故ると大変だ、という共通認識を持たなかったのは、ようは、原発になどなんの興味関心もなかった人たちでしょう。
 こういう人たちはべつに、「だまされる」もなにも、なかったんですよね。
 最初から聞いちゃいないんだから。

 だまされたなんて言い方はしてほしくない。興味関心がありませんでした、と正直にいってもらいたい。

 これほど身近な電力の問題に無関心だったことを「反省」するのはもっともなことですが、騙された、なんていう、「被害者意識」を持つのはいかがなものか。
 それこそ、反核主義者のロジックに、いつのまにか取り込まれて、ある種の暗示をかけられているんじゃないですか?

 私が日本の反核団体、反原発を言う人々に同意しないのは、彼らは日本のことしか言わず、中国、ソ連その後ロシア、北朝鮮には口をつぐんでいることです。……わかりますよね。
 孫正義氏にいたっては、日本では反原発、韓国では「原発礼賛」だ。すばらしい二枚舌ではないですか。
 もう、大江健三郎氏が出てきた段階で「だめだこりゃ」です私には。(^^;)

 こういう人々にいいように利用されて、それでいいんですか、というのが私の疑問です。
 私はこういう人々と同類扱いは絶対にされたくない。ゆえに、彼らのおかげでかえって「原発はやめる方向で」という話がしづらくなっている。はっきり言いますが迷惑です。

 無関心だった人々にお願いしたいのは、無関心だったのなら、ぜひこのまま無関心をつらぬき、不安や恐怖、情緒にとらわれない思考と判断をしてくれということです。

 子どもの未来がどうこうというのも――ごもっともなご心配ではありますが、私の目にはどうも、子どもをダシにしてるんじゃないかと思えてならないこともある。
 不安にとらわれているのは大人のほうなのに、それを「子どもたちを守らなければ」という、自分の不安感を子どもに転嫁している。そう見えることがあるんですが、そういったら言い過ぎでしょうか。

 うがちすぎだったらすみませんけど。(^^;)

 でも、あまりにもヒステリックな言動を聞いていると「大丈夫なのか?」とつい、思ってしまうんですよね。
 自分が冷静さを欠いている、という認識ができるようなら冷静なんで、「冷静になって」といわれて「俺は冷静だ!」と逆上するのは、どう見ても冷静ではありません。(^^;)

 ちなみに昨日ですか、反原発デモの参加者、主催者発表は6万人、警察発表は3万人だそうです。
 あいかわらず、この種の人々は「水増し」が好きなんですねえ。

 フジテレビの偏向報道に反対デモは「水減らし」されてるのに(笑)
 
関連記事
11:21  |  身辺雑記2011  |  EDIT  |  Top↑

2011.09.19 (Mon)

黒紋付について

 そんなわけで無事、一周忌も終わりました。けさは妙に気が抜けている感じ。(^^;)
 しかしほっとしたのもつかの間、来年は法事が目白押しであることが判明しました。
 うちが三回忌、母方の祖母の二十三回忌、……おおお。6~9月は毎月、法事があることに;; ま、ありますよねこういうこと;;

montuki.jpg

 写真は、昨日着ていった黒紋付(くろもんつき)、すなわち喪服です。(夏物の絽)
 これはじつは母のもので、染めて縫ったのは祖母。
 母が嫁入り支度で持ってきたものですね。
 ところが母は暑がりの汗っかきで「夏にきものなんか絶対着ない!」という。
 なんつーもったいない。ということで譲り受けました。

 とはいえ今を去ること約半世紀まえのもの。おまけにれっきとした庶民ですからじつに経済状況もささやかだったので、嫁入り支度とはいえ、黒紋付も新品ではない。
 べつの色だった絽のきものを、黒に染めて、紋をつけたという「リサイクル品」です。それに、いちおう絹ものとはいえ、正直をいうと、あまり、いい品質ではありません。(^^;)
 それでも、亡き祖母の手縫いと思うとやはり愛着も覚えます。
 なので、昨日も、母の長姉、祖母の長女である伯母にも、ちょっと見てもらいました。

 同じく、母の次姉である伯母の持ち物だった、これは冬物の喪装用帯も、じつはちゃっかりいただいているのです。(^^ゞ
 こちら次姉である伯母はすでに故人でして。本人が亡くなる数年前に自分が使うつもりで誂えた帯を、結局は使わないままになってしまいまして。それを私がいただいております。こちらはさすがに、品質はしっかりしています。
 きものを着る、なんて言っていることのメリットのひとつに、「きものを着るということが周囲に知れると、だんだん、親戚や知人からあれこれ譲ってもらえるようになる」ことがあります。けっこうお得ですv

 ともあれこの黒紋付、母がタンスにしまいっぱなしだったのを譲り受け、今回、こちら↓で、丸洗い(生洗い/なまあらい、いきあらい、いけあらい、とも)と汗抜きをお願いしました。

楽天特価着物丸洗いクリーニング(単衣)

楽天特価着物丸洗いクリーニング(単衣)
価格:3,990円(税込、送料別)


 こちらは本当に丁寧で――ものを送ると検分して見積をくださいますが、この紋付、染めの色むら、ほつれ、しみ、紋が黄変ということでした。

 色むらは私にはぜんぜんわかりません。黒一色であるようにしか見えない。(^^;)
 しかし、プロが見るとわかるみたいですね。
 色の補整もしてくれて、紋は、染めでも縫いでもない「貼り紋」だったので、それをとりかえてもらって。
 ほつれや当て布で直してあるところがもともとあるから、新品同様とはとても言えませんが、本当にきれいになって感動です。

 手入れをお願いしたのは6月でしたが「どーせ9月じゃ死ぬほど暑いに違いない」と予想し、「一周忌にはこれを着よう」と決めた判断は正しかった。(^^;)
 もし、いかにも秋めいた気候になっていたら絽ではおかしいので、そのときのためには単衣の色無地を用意していました。
 ――が。
 案の定と言うべきか、昨日の最高気温は、なんと33℃。
 ………夏だ……。

 黒紋付は法事にしか用がないため、あまり着る機会がありません。
 使わないものだからといって準備しないと、しかし、これはこれで、「そのとき」になると困るものなんですよねえ。フォーマルってそういうもの。(^^;)

 ゆえに、昔の人の知恵で、「女紋」ということだったのでしょうか。
 母方の紋所を入れ、親戚の女たちで貸し借りできるようにした、というのは庶民としてはじつに合理的なアイデアではあるまいか。
 と思いまして、このきものの紋は母方の家。作った色無地も母方のものにしてあります。
 従姉妹がお茶をやっているので、なにかの折りには貸せるよv といっております。(父方の親戚には貸せませんが;;)

 調べましたところ、故人の近親者は一周忌は黒紋付でOK。色無地でもいいそうですが、本来は黒紋付。
 葬儀のときと同じ装いですね。

 で、三回忌からは色無地に、帯や小物(帯揚げ、帯締め)は黒いもの。
 七回忌は小物は黒で帯は薄いグレー。
 それ以降は小物も派手ではない色で……という具合に、だんだん、「黒」から離れていくんだそうです。

 衣装が漆黒から淡いグレーに移るように、悲しみも薄らいでいく……そういう表現でしょうか。

 とはいえ喪服=黒というのは誤解で、本来は「白装束」が、故人に近しい人の服喪の装いでした、という話もあります。(^^;)
 じっさいそういうものだったそうなんですが、その「誤解」とは何か、を話していると長くなるので、また機会がありましたら。

 本来は白装束、を聞いて、私が思ったことは、
「黒だから数年、数十年、タンスにいれておいてもなんとかなるんで、近親者は白なんていわれたら、どうやって用意したらいいんだろう。白はたんすに入れっぱなしでも変色が目立つよ~;;」
 でした。
 地方によっては近親者は白装束というところがある、と聞いたことがあるのですが、じっさい、どうしていらっしゃるのでしょう。ちょっと聞いてみたいです。
 
関連記事
10:05  |  きもの・和服  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT