話題解禁
2011年01月31日 (月) | 編集 |
 この寒い中、拍手くださいました方、ありがとうございました! m(_ _)m

 というわけで、全日本チーム、アジアカップ優勝おめでとうございます!

 いままでうずうずしながら話題に取り上げなかったのは、
「私がこういうブログなどで贔屓チームの話題を取り上げると、そのチームは敗退する」
 という、そりゃもうイヤなジンクスがあるためです;;

 贔屓チームが絶好調なので、これなら大丈夫だろうと思って書いたら、あっというまに失速したとか、ひどいときには入れ替え戦寸前までいったとか(……ホントに生きた心地がしなかったあのときは……)、とにかく、我ながら縁起が悪いのです。(;_;)
 もちろん私ひとりの行動が、あれほど多くの人が関わるものごとに影響を与えるはずもない。けれども、そのジンクスの確率はいまのところ無視し難いのです;;
 
 そんなわけでじつは、ハラハラドキドキ、悲鳴をあげ、ジャッジにはここでは書けないような罵言を叫び、そして歓喜し、…を繰り返していたのでした。日記に書きたいなあとは思っても、「でも、せっかくチームが頑張って食い下がってるんだから…」と思って、我慢我慢。

 その我慢もこれで晴れて解禁。しかも、嬉しい形での解禁です。(^-^)

 ということで。

 アジアカップは確かに勝つのは難しいけど、それはサッカーのレベルが高いからではなく、アジア特有の「事情」と、はっきりいってヘボゆえの試合の難しさがあるから、というのは、もうちょっとどーにかしてほしい……。
 はっきりいえば審判の質の話です。
「国際試合をまともにさばけるジャッジがいないなら、ヨーロッパからでも来てもらえ!」
 と叫んでいたのは私だけではないと思います……。
 あまりに理解不可能なジャッジが多すぎた。
 敗戦となったチームが収まらないのは当然ですね。

 アジアのレベルの低さを、なんでそんなに自分たちで宣伝したがるのか、私にはまったく理解できない。

 あと、韓国について。
 香川選手が負傷と聞いたときの私の怒りというのは、極限を超えました。
 駒野につづいてまたやりやがった。
 だから韓国なんかと極力試合やってほしくないんですよアタシは。

 マスコミも、何度もいうようですが、アレをライバルっていうのはやめなさい。
 アレはライバルなんかじゃない。ストーカーです。
 しかも、自己の妄想に食われ、意味不明の逆恨みの果てに、傷害、殺人事件にまで至るタイプのストーカーです。悪質です。

 たしかにこれはもう精神的な疾患か、そうではないとしても人格障害レベルだ、と思ったのは、韓国の選手のゴールセレブレーションで、「セレブレーション」ではなく「インサルト insult」を行ったこと、さらにその後の対応をみたときでした。ほかにもいろいろあるけど、言うのも我が身の穢れになることですからやめておきます。

 ただ。
 ストーカーとは縁を切りたい。
 腹の底から願います。
 ……縁切りの神様ってどなただろう。縁結びの神社とかお寺さんとかはあちこちにあるけれど、「悪縁切り」の寺社ってあんまり見ないですねえ。(^^;)

 全日本チームにつきましては、本当にチームとしてのまとまりがある、という点に感じ入りましたです。
 監督さんも予想以上のこまやかな目配りをしているようで、それが非常にいい方向に出ているようですね。

 チームに不協和音があることほど、傍で見ている人間にとって切ないことはない。
 どんなに才能豊かな選手が何人集まっていようと、不協和音があっては、チームがチームとして機能しない。
 そうなると、せっかくの個人の才能も能力も発揮されない。
 ――ということを、我々はW杯ドイツ大会で目撃しました。

 サッカーは囲碁、将棋のような頭脳戦の性質もある。互いの戦略と戦術のせめぎあいを見ることもサッカーの楽しみ。
 なのに、機能すべき駒が機能不全に陥っていては、ゲーム内容を問う以前の状態になってしまいます。

 今回の日本チームはその頭脳戦の妙味というものも、随所に見せてくれたのではないかと思っております。

 個人的に難を申しますならば、――もちろん今回のジャッジは全体的にそのレベルがアレだったという事情はあるけれど(角が立つ単語は全部『アレ』で代用)、それにしてもよけーなファウルはしない、という方向で、今後ともお願いしたい。

 よく、ファウルしてでも止める、という選手がいるけれども、あまりにもそれはリスキーなのだということを、今回ほど感じたこともなかったですよ私としては;;
 技術を磨いて、ぜひ、ファウルしなくても止められるプロを目指してください;;

 そういう点、荒っぽいだの激しいだのなんだのといわれるけれど、プレミアリーグの選手はさすがだなあと思うことが多い……。ものすごいガタイのおにいさんたちが激しくタックルしているけれど、ちゃんと体をいれてコースを消しているとか(あれだと直接コンタクトしなくてもいいわけだ…)、ちゃんとボールにのみ接触しているとかという、「荒っぽく見えるのに正確」であることに、たびたび私は感心しております。
(このへんが私にもハッキリわかるようになったのはスーパースロー再生のおかげですね~)

 お互い体が資本のプロなんですから、シャレにならない怪我は、しない、させない、という心がけをするのも、「仁義」なんじゃないだろうか。(もちろんこんな仁義は韓国にはあるまい)

 日本チームについて、私が本当に感心したのは、「ちゃんと得点する」こと。

 サッカーではゴールを奪うことは基本的に、容易なことではないです。
 ゆえに、「ここで絶対、点が欲しい」というとき、きっちりとれる、ということは、本当にすばらしいことなんですよね。

 なんせ私は25年ほどもまえの、「出ると負けの日本」、「点が取れない日本」「とれるとしても全部セットプレー」「セットプレー以外では点が取れない日本」のイメージが、強く強く脳裏に焼き付いている世代なので。
「今の若い人たちはすごいわ……」
 しみじみと、つぶやいていたのでした。

 感動したのは決勝トーナメントの対カタール戦。
 カタールの2点目。なんとも気分の悪い、意気消沈してしまう形で失点し、ビハインドとなったとき。

 がっかりしていた選手もいましたが、長谷部選手はなお手を叩きながら声を出して仲間を鼓舞していたし、厳しい表情ながらも、みんな顔を上げていた。
 すばらしい、と、思いました。

 マズイ状況に追いつめられても下を向かない。「次」にいく。
 落ち込んでいたって何の役にも立たないから、顔を上げて次にいく。

 ………「ドーハの悲劇」のとき。
 あの失点のとき、当時の選手たちがどれだけぶざまに落ち込んでいたか。あの情けなくうずくまった姿が目に焼き付いていた私には、ホントにまぶしいほどの、いまの選手たちの姿でした。
(もちろん、当時の選手たちを責めているのではありません。私だって同じくテレビの前でくずおれていたし、状況だってまるで違う)
(けれども、時代、世代を経た、いまの選手たちの『意識』のありようの違い、その進歩を見ることができると、私は思っています)
 
 ゆえに、カタール戦、あのまま敗戦となっていても、私は選手たちを賞賛したでしょう。

 もちろん、いきなりいまの若い人がすごくなったんじゃなく、そういう、「情けない」ところから、情けない思いを味わったが故に、もういちど顔を上げ、前を向いて上を目指す、ということを積み上げて来た結果だと思います。

 人間は、個人ももちろん一生のあいだ成長できるけれど、チームとか組織とか国とかというものも、成長できるものなんだろうなと思った今大会でした。

 成長したい、成長しようという意志がある限り。

 そういう意味で、ザッケローニ監督の目指すところは、いまのチームにフィットしてるんでしょうね。
 
 本当に、優勝おめでとう、と、心から申し上げる次第でございます。
 
 
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制服萌え
2011年01月29日 (土) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございますv (^^)

 かーなり以前なんですが、「パンの缶詰」というものをご紹介致しました。

20050218100739.jpg

2005.02/18(金)「おいしい非常食」
http://hsmile.blog4.fc2.com/blog-entry-16.html

 ……なんと、もう6年も前か;;

 このおいしい非常食、パンの缶詰の会社がこちら。
     ↓↓↓
株式会社岡根谷 パンの缶詰・ケーキの缶詰
http://www.okaneya.co.jp

 えー。そんで、昨夜は、ブラウザに登録している「お気に入り」、ブックマークを整理しておりました。
 で、この「パンの缶詰」が目にとまりまして、そういえば久しくサイトを見ていないなあ、と思って岡根谷さんをクリックしたら。

 目に飛び込んで来た文字が「自衛隊」。

 いわく、防衛省共済組合本部契約商品。

 ………ああ、まあ、たしかに、保存が利くし、非常食にもいいだろうし、おまけにおいしいから、自衛隊にはいいかもね……と思ってページをスクロールしていったらば、なんだかどんどんディープな世界に;;

 パンの缶詰も超リッチな感じの新製品も出ていて、へーと思っていたら、現れたのは「2010年自衛隊観閲式」ラベル。
 う、……うわ~;;

101024_4.jpg
(c)株式会社 岡根谷 様
(クリックで拡大)

 ご承知のように静岡県には自衛隊の駐屯地もありますし(米軍のキャンプ・フジもわりと近所)、なんといっても、静岡県は、予想される東海地震のさいには、そりゃあもう自衛隊にはお世話になる気満々。
 日頃から、連携のための訓練もばっちり行う土地柄ですから(どこかの知事みたいに、自衛隊が嫌いという個人的感情のせいで、あれほどの大災害、緊急事態でありながら災害出動の要請をせず、県民を実質上見捨てるなんてことをされたら困るわ)それほど遠い存在ではないのですが。
 なんだか一気に、この岡根谷さんのイメージが変わりましたよ。(^^;)
 
 それにしても……どーしてこう、どこの国のものでも、海軍、空軍関係の制服ってカッコいいんですかね~。
 すみません、よく女性に見られるように、私も「制服姿の男性」に、みょーな萌えを感じるところがありまして;;

 警察官の礼服も消防士礼服も皇宮護衛官もカッコいいけれど、やはり、そのかっこよさは海軍(士官)にとどめを刺す。(←あくまで個人的趣味;)

 NHKがすんごい力を入れているドラマ「坂の上の雲」、じつはほとんど見ていないのですが、海軍の制服姿の本木雅弘さんにだけは、たまにチャンネルザッピング中に遭遇して、うっとりしてます……。

 制服に(ある意味)拘束されているときの男性に感じる肉体美ってなんなのかしら~。
「僕、脱いでもすごいんです」
 という方もいらっしゃるのかもしれないけども、私のような趣味の人間は、そんなことをいわれても、こういう↓返答をするのが落ちですね…。

「脱がないで! 絶対!!! むしろポジティブな意味で!

 考えて見るとスーツも一種の制服……。スーツ姿がすてきだわ~と思っていた男性の、私服姿をみたときに、それはそれでもちろん素敵ではあるのだけれども、なーんとなく、萎えていくものを感じることって……ありますよねえ?

 制服を着ていてこそセクシーなので、脱いでしまうと意味がないが、しかし、脱がないことには実質的なセクシーとは接触しようがない……というのも、考えてみたらけっこうなパラドックスって気がする。(^^;) 
 ま、腐女子妄想のパラドックスですから、しょーもないのは当たり前ですが。(^^ゞ
(だから妄想なんだって……;;)

 現実とは乖離した場所にあるもの。それが「妄想」。

(だから、妄想を現実に持ち込むヤツはアレだということになるんだな……)
 
 
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電子書籍への道
2011年01月28日 (金) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^-^)
 御礼が遅れてしまってすみません~;;

 テニスの全豪ですが、ナダル選手、フェデラー選手ともに敗退ということで、「えええ~~~」になっているみずはらです;;
 いえ、もちろん、だからこのあとを見ないってことはないですけども(もうベスト8まできますと、どの選手も見所があるから、試合としてはもう遜色ないわけで)、でも……ちょっと寂しい感じがするのはたしかですね。(^^;)

       ●

 最近、本気で考えているのが「書籍のPDFファイル化」。
 紙の本を、PDFにしてくれる、というサービスがありますよね。あれです。

スキャポン
http://www.scapon.jp/

 昨日も、うちの母が、なんですかテレビのワイドショーかなんかで風水の話を聞いたらしいのですが、「読まない本は処分して、すっきりさせたほうがいいんだって」というのです。

 ……読むのよ! 読まない本は(滅多に)ないの!!
 あたしゃ忘れた頃にまた読み返すの!!!

 ゆえに、捨てられないで困っとるのです。

 古本屋に送るというのもなんどかやってみましたが、大して効果はありません;
「これはもう読まないな」
 なんていう本はほとんどないんですよ~。ああああ、どうしよう~;;;

 もう読まないかなと思わないこともないですが、たまに、ふと「そういえばあの本…」などと思い出し、本棚の奥から引っ張りだして(←部屋が片付かない原因)読み返すことが多いのです。
 なのでなかなか処分できません;; いちおう処分はしているつもりですが、実際上、なんの処分にもなってないな……と、いつも本棚の前で実感してます。(やっと空けた本棚の空間は小さい上、その空間は半年も保たない)

 とはいえ、読まない本ではないけれど、再読の頻度が下がっている本、というものはある。そちらをデジタルデータにしてしまえば、これは、かなり本棚がすっきりします。(と思われます)
 
 で、1冊350pまでで、データ化するのに90円。

 このときのファイル名は本のタイトルとはなんの関係もない、読み込んだときの日付時間がファイル名になっちゃうそうで、わかりやすいファイル名にしてくれるサービスはオプションで、上記プラス50円。

 さらにデータ化された本文を、OCR作業で、検索できるようにすると、さらにプラス90円。

 これで、1冊あたり230円。

 350pを超えると、さらに割り増し。

 ……………どうしたものか。
 一度にやると金額がえらいことになるので、少しずつ頑張っていくかな、とか、本棚をながめ、電卓を叩いて悩んでいるこのごろです。
 ………350p未満のものを優先的にピックアップして順次、お願いしていくとか…。

 で、ちょっと珍しいなと思ったのは、お支払いはペイパル PayPalで、とのこと。

 電子書籍というのも、結局、いま二の足を踏んでいる理由は、iPadでもキンドルでもガラパゴスでも、統一規格がないということ。

 ほんとにもう、どうしてこう、……ビデオといいDVDといい、いちいちいちいち業界は同じ過ちを繰り返してくれるのだろう。(T_T)
 学習機能がついてないんじゃないの?(そういう事情によるものではないことは理解しているけれども、ほんとにいーかげんにしてほしいわ…消費者としては)

 ともあれ、PDFなら、利便性はいまいちでも、そういう規格のことは考えなくてもいい(パソコンでも読める)し……などと考えているところです。

 電子書籍の統一規格がないからこんなことにもなるのだ、と思ったのは、この「スキャポン」さんでは、たとえば楽天ブックスなどでふつーに、書籍を購入→その書籍を自宅ではなくスキャポンに送るよう指定→本をデータ化→アナタの手元には購入した本のPDFが届く。

 ということができるんだそうです。
 紙の本をこよなく愛する私としては「なんか……不合理だな…」と思わざるを得ません。

 が、電子書籍はそんなわけで販売箇所がバラバラ。ある本がほしいと思っても、購入できるサイトに用意されているとは限らない。
 ゆえに紙の本を買い、データ化してもらい、データを受け取るなんていう、ややこしいものでも需要が出てきてしまうのですね。

 2010年は日本における電子書籍元年だったそうですが………まだまだ、私が手を出す時期ではないようです……。(←基本的にわがままな消費者)

 ともあれ目下の私の最大の課題は本棚のスリム化。
 しかし元手がいる。

 電卓叩いて悩む日々は続く………。
(あ。そのまえにペイパルに申し込まなければ;;)
 
 
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求む正常化
2011年01月26日 (水) | 編集 |
 拍手くださいました方、本当にありがとうございます。m(_ _)m
 いまだリハビリ中ののんびりペースですが…おつきあいくださってありがとうございますv

 じつは今週は、久しぶりに酵素ダイエットで断食中です;;

 体重増加のせいもありますが、いやもう、胃が重い、右の脇腹背中側が重苦しく痛い、という、私にとってはひじょーにマズイ状態になりまして。
 胃腸のみならず、こういうときは胆嚢、膵臓、十二指腸あたりまでもがお疲れってことなんですよね。過去の経験から。

(こういうときは私はへんに太るのです。食べたものの栄養をうまく吸収できず、へんに余った栄養は皮下脂肪になって溜まっていくが、しかし体には栄養がいっていないというなかなかスゴイ状況)

 こうなりますと、もう内臓を休める他はない。そんなわけで酵素ダイエット。
 ちょっと体をリセットしたいだけならファスティングも3日やるだけですが、今回はちょっと症状に厳しいものがあるので5日くらいは継続する予定。

 というか……やはり内臓の働きが活発ではないせいか、なにもいわれんでもあんまし食べたくないという感じがする。(^^;)

 酵素ダイエットは助かります。昔は、内臓を休める他はない、となると、ただ単なる絶食にするしかなかったんですが、酵素のおかげで食べるほうはお休みしつつも栄養はとれるので、体にショックがなくてすみます。
 ………酵素というものに、幼稚園とか小学校の頃に出会っていたら、ずいぶん予後が違っていただろうになーと思ったりもしますが……。(^^;)
(大高酵素さんはその当時すでにあったらしい……)



 ファスティングも今日で4日目。おかげさまで今朝はだいぶ、体も軽いです。昨日はまだ、お腹(上腹部)に、石が入っているみたいに重苦しかったですから、おかげさまで今日は楽~。

       ●

 現政権には、その成立の根本そのものに問題を見ている私なので、なにがどうなろうといいから早く政権からおりてくれ、としか思わないのですが。

 これはまことに結構なこと。ぜひこのまま進めていってもらいたい。

規制改革、医薬ネット販売緩和へ
行刷会議がTPPにらみ8分野250項目検討 酒類卸免許も
2011/1/26付日本経済新聞 朝刊

 日経さんは電子版が有料になってますんで記事全文は読めませんが、まあそういったことです。
 ……なるほどTPPの関係で、そういうことになったか…。

 厚労省は「セルフ・メディケーション」を推進といってるくせに、ネット販売規制をするのでは、まるっきり言うこととやることの整合性が取れてないじゃないか! なにを露骨に業界(業者)保護してんだよ! と、私はネット販売規制に反対していたわけですが。

 思わぬところから規制緩和の話になってきたなあ……と、ちょっと複雑な気持ち……。

 現在、ネットで2類、1類の薬は、規制前の購入実績がある人のみが、今年の5月か6月までは購入できるということになっているので。
 規制緩和は急いでほしいと思っています。

 私は漢方薬を、ネット薬店さんに相談しながら購入してきたので、ほんとうに迷惑してるんですこの規制。
 近所の薬局よりこのネット薬店さんのほうがはるかに親切なんだもの~。私はこちらのお店で購入したいのよ!

 現政権は金輪際、支持しないが(私、日本人ですから)、すべての政策や行為を支持しないということではない。政治家が好きな言葉の是々非々ってヤツですね。

 規制緩和、というより、状態の正常化を急いでほしい(つまり、現在の、ネットにおける医薬品販売禁止を異常事態だと認識してます)と思った記事でした。
 
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知の砦
2011年01月24日 (月) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます~。(^^)

 昨日の日経新聞で松井今朝子さんの読書エッセーを拝見したのですが。
 事情あって近所の図書館にいったらば、なんと、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の本が一冊もなかったという。

 なんですとっ?!!

 それは許せん!! と、朝っぱらから思わず握りこぶし。

 まあ、大きな図書館ではないらしいのですが、それにしたってさー……。
 英語で書かれた日本についての彼の随筆がないのはしょーがないかもしれないが、「怪談」くらいは置いておきましょうよ!!

 そういえば国語の教科書から夏目漱石が消えた、と聞いたときも思わず涙してしまいましたっけ……。

 国語力を養うには、現代日本語だけを読んでいたってあんまり意味がない、というのが私の持論です。
 高層ビルにはしっかりした基礎が必要なんで――免震構造がどうとかって話はここではしないでくださいまし――、その基礎をおろそかにして、高層階だけを作ろうってのは無理な話。

 その言語をきっちり理解したかったら、古典をやることは必須である。語源までもいちいち理解する必要は(ふつーの人には)ないけれども、しかし『語感』というものは、そういう、言葉の「古層」に触れることで知らず知らず養われるんだと思うんですよね。

 で、現代日本語にとっての「古典」は、明治文学に帰す、と思うのです。
 ありおり侍りいまそかりの古典はもちろん古語ですが、現代日本語の基礎は、言文一致が(手探りで)始まったところにある、と思います。

 小泉八雲の場合は、彼自身が日本語で書いているわけではないのですが、しかし、その「現代日本語黎明期」の日本と「同時代」の著作だ、というところが八雲の場合は意味があると思う。

「怪談」は、日本の民話、昔話をもとに八雲が創作していったものなので、――なんというか、面白いテイストです。西洋文化を背負った人が、日本の民話を捕らえ直した、ということで、ストレートに日本の文化ではないし、当然西洋の文化でもない。
 その異文化同士がどう化学反応を起こしているかを、「感じ取る」ことで、あらためて、日本というもの、その文化、その中で育った自分というものを自覚したり、客観的に見ることができる。これはけっこう大事な「体験」になるわけで、私は充分、八雲の文章に触れる価値はあると思います。

 理屈で、体系的に勉強するのもいいんですが、とにかく直接触れること、というのが、言語の場合はすごく大事だと思います。
 言葉は文化を映し、文化は言葉によって助長される(よいものも悪いものも)。

 また、八雲のエッセイは、近代化する日本に対する深い憂慮に満ち、これは夏目漱石の指摘と並んで、なんだかんだ言いつついまだに「近代」にいる我々に、警告と示唆を与えてくれるもの。

 ………だと思うんですが。
 まさかそこまでシカトされるようになっていたとは(涙)
 図書館てところは庶民にとっての「知の砦(とりで)」なんですよ~。そのへん自覚してほしいな~。(;_;)
 ただいま売れ筋の本なんか別になくたって困らない。売れ筋なんだから探せば誰かが持っている。
 図書館てところは、流行とは無関係に、でも人にとっては必要になる、恒常的な知識を守ってくれるところだと私は思っておるのですが……。

(流行が悪いというわけじゃないけども、人間の知識欲とか、悩みとか、答えを求める疑問というのはあんまり時代には関係ない。『いつの時代も変わらない』知識を蔵しているところが図書館である――といったら、期待しすぎでしょうか;;)

 夏目漱石の警鐘も鋭いものがありますが、八雲の場合は、日本の「外部」からの視点があるだけに説得力もなお強烈で、――しかも彼は日本を愛してくれたわけですから、読んでいるとだんだん、たいへん申し訳ない気持ちになってくる、ってところが特徴;;

 温故知新じゃないけれど、古いものを知ることで、現在から未来にかけての様相が見えてくる、というのは事実だと思うんですよねえ。

 応用編は当然必要だけど、もーちょっと基礎を大事にしてもいいんじゃないだろうか。
 と思ったお話でした。
 

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リハビリ中
2011年01月23日 (日) | 編集 |
 遅くなりましたが、拍手くださいました方、ありがとうございました。(*^_^*)

      ●

 ただいま、母がちょっと風邪気味で。
 熱も何もないのですが、私と同じで鼻にくるんですよね。
 で、薬をのんでいてもなかなか改善しないので、ついに昨日は観念して耳鼻科に。

 私はおかげさまで何ともないのですが、考えてみるとそろそろ杉花粉の季節。敏感な方はもう症状が始まっているそうで;;
 私は例年、アレルギーにやられるのはちょうどバレンタインデーのころから。
 ですが、聞けば今年は花粉量が壮絶に多いらしいし、薬は本当は、「症状が出る前から、早めにのみ始めるとよい」んだそうですね。

 いつもは症状が出てきて、しょーがない、耳鼻科に行くか……という感じなんですが、今年は攻めの姿勢で、じゃあ、いまのうちから薬をもらってのんでおこうかなと思い。
 母は風邪、私は花粉症のため、耳鼻科にいってきました。

 やっぱり耳鼻科で鼻に薬をつけてもらったり、ネブライザーで吸引すると楽だな~とか思いながら帰ってきました。
 ところが帰宅してからしばらくすると、左の鼻がみょーにつんつんしてきて、鼻の粘膜になにか異物がくっついているかのように感じる。これが息をするだけで違和感となり、くしゃみ連発。
 鼻水がとまらず(尾籠ですみません~;;)、涙が流れ、もう、どうしようもない。

 これ、じつはときどきあるんですよね……治療して来たはずなのに、かえって薬が刺激になったみたいに、くしゃみ鼻水涙がとまらなくなる、というのが。
 どうしてなんでしょうねえ。

 あんまりひどいので、花粉症の症状がひどいときにのみ服用する、ちょっと強めの錠剤を、限界の2粒のんで、布団に入って寝ておりました。
 ………あの薬、たしかに効くんだけど、眠くなるんですよね。(^^;)

 おかげさまで薬で治まり、いまはもうなんともないです。

 どうしてなんだろう……謎です。耳鼻科にいってかえって鼻水がひどくなるって、他の人にもよくあることなんでしょうか;;

 ともあれ、そんなわけで、今年はすでに花粉症の薬をのみ始めております。
 症状がまったくない状態で飲み始めて、さて、今年の花粉症はどうなるか。(^^;)
 症状が出ていないうちから薬をのむと、本当に症状としては楽に季節を過ごせる……といいんですけど。

      ●

 昨日はHTVこうのとりの打ち上げの中継をニコ生で見ていたのですが、途中で、プレミアム会員がきたので場所を譲れ、といわれてそれっきり。
 一瞬、プレミアム会員に登録しちゃおうかと思ったんですが、それほど熱心に動画を見る方ではないので……。
 会員登録ではなく、「有料放送」として、PPV ペイ・パー・ビューで、ひとつの番組ごとにお金を払ってみられるといいなあと思いました。

 しょっちゅう見たい番組があるわけではない。けれども、たまには、お金を払っていいから見たいものがある、ということが多い私としては、月額とか、有無をいわせぬ契約ではなく、もっとゆるく、番組ごとに買えるようになるとありがたいんですけどね~。

 動画は、あたりまえですが見ていると時間が要る。これがネックです私の場合。
 あんまりゆっくりネットをしていないのがバレる発言ですね。(^^;)

 じっさい、画像なら、サクサク見ては次に行く、というやりかたができますが、動画はねえ……。時間が1分程度なら見ますが、5、6分ときたら大抵は見ません;;

 それでも、従来ならテレビニュース以外に、打ち上げのようすをみる手段はなかったのに、インターネットで生中継が見られるというのはありがたいことだなあと思います。
 テレビCMに邪魔されることもないし、じっくり見られるところがいいですよね。(^-^)

 なるほどこれはそのうち、インターネットテレビが当たり前になるだろうと思いました。
 私は3Dより、インターネットテレビの方が必要性があるかもしれません。

 3Dは……どういうわけですか、昔からちょっと目がおかしいんじゃないかと自分で思うことがあるんですけど(各種検査ではひっかかりませんが)、ああいうの見ていると気持ちが悪くなるんですよね。

 人間の目というのはなるほど目の前のものを立体的に見るのだな、と思うことは多いのですが、あの機械的に、あるいは擬似的に立体感をだすというものには、私の場合は、目の方はともかく脳味噌がついてきてくれない感じ。
 つまり、なるほど目には立体的に見えているけれども、脳味噌が、「でもこれってじつは2次元じゃん!!」といって納得してくれない感じなんです。ホントに。
 ある意味、器用な脳かもしれない。

 なので、短時間ならいいですが、15分を超えるともう、その、騙されない! と頑張っている脳味噌が限界を感じるのか、だんだん気分が悪くなり、軽い吐気さえもよおしてくるのです。

 私にとってはバーチャルは健康に悪い。(^^;)

 深夜の冴えた月光を愛し、葉ずれの音、波の音を愛し、緑の葉の上で輝く日の光を愛するものとしては、あーゆーバーチャル体験が、ちょっと「気持ち悪い」ようです。
 近代化されてない脳味噌なんですかねえ。

 そういえば、私は足の小指は、しっかり第1と第2関節がある、お猿さんのような足の指をしているのですが、現代の人類はその骨がひとつ減り、退化している人が少なくないそうで。
 退化というか――でも、もう二足歩行する人類としては、退化するのが「進化」ともいえるらしく。
 私の足は現代人としては「古い」らしいのです。そんなあたりを考え合わせると、やっぱりなにかと近代化されていない体なのかもしれません。
 そう思うとちょっと面白い。
 
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拍手御礼
2011年01月20日 (木) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます~。(^^)

 今日のところはの~んびりしております。m(_ _)m
 本日は大寒、そして満月。

 というか、今日、20日の午前6時過ぎくらいで満月になったらしいです。厳密には昨夜のほうが「満ちていく(満ちた)月」でしたね。
 昨夜の月は皎々(こうこう)と――というよりも、なんかもっと凄みがあるほどの強烈な光に感じました。

 ということで、ひとことくださいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv

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お休み予告
2011年01月19日 (水) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 ひとつお知らせ――ってほどでもないんですが。
 今後、ちょこっとこちらのブログも、更新に間があくようになるかもしれません。
 いまのところほぼ毎日書いておりますが、数日おきとかになる……かな。と思います。(←曖昧;;)

 と申しますのは――四十九日も納骨も百箇日も無事にすみましたところで――さすがに、ちょっとバテ気味かな~と。(^^;)

 関係各方面、関係各位の皆様には、とくに四十九日後、ぶっ倒れないよう、気をつけるようにと何度もお諭しをいただきました。「なるほど、そんなにアブナいものか」と思い、気をつけておりまして、おかげさまで、そこらへんはなんとか乗り切ったようでございます。
 いろいろお心遣いいただき、ありがとうございました。(^-^)

 そんなわけで百箇日も過ぎ、成人式も終わったいまごろ、なんだかこう――どかっと疲れが出てきた感じです。
 体調崩してぶっ倒れて、なんてふうにはなる気配はないので、なかなか我ながらしぶとい。

 が、――この寒さの影響もあるようなんですが、どうにもこうにも、気持ちが疲れている感じなんですよね。
 こちらの日記は私にとっては息抜きそのものなんですが(いいかげん;)、その息抜きも、ちょっと休みたいくらいの気持ちになることがありまして。

 ここんとこ、集中力が落ちているとか、どうも愚痴っぽいとか、自分でもいかんなーという気がしておりました。こういうときって大体、疲れてるんですよね……メンタルが。

 このまま放っておくとメルトダウン……じゃなかった(炉心融解はアブナい)、ブレイクダウン、ウォーンアウト(worn-out)、「擦り切れ」状態になりそうなので、息抜きすらしない、ぼけぼけ状態にしてみようかと。(^^;)

 そんなわけで、ちょっと途切れ途切れの更新になるかと思います。いちいちお断りをいうほどのことでもないのかなあと思うのですが、でも、知らん顔してサボるというのも……と思いまして。

 ことに、毎日なにがしか、ぽちっと拍手をいただいておりまして、………あらためて、本当にいつもありがとうございます。m(_ _)m
 根が寂しがりやなので、ぽちっといただけると本当に嬉しく、気持ちにも張り合いが出ます。
 ふだんはなにやら、簡単なお礼だけになっておりまして申し訳ありません;; でも、本当にありがたく思っております。(^^)

 昨日の午後ですが、車を運転中、我ながらもう信じられないような不注意から、あわや大事故、下手したらアタシの人生ここで終わってた、というようなことをやらかしてしまいまして。
 広い交差点で、右折しようと思って待ってたんですね。
 私のまえに3台車がありました。
 まえの車が次々に右折していったので、私、なーんにも考えずについていっちゃんたんですよ。

 そしたら、目の前に直進の車がきていて――幸い、ぶつかるようなことはなかったんですが、あっ、と思いました。
 停まるのも危険だったのでそのまま右折しきってしまいましたが、当然、クラクションを鳴らされてしまい。
 いやーもー、内心で「すみませんすみませんすみません!!!」叫んでました;;

 目は開いてるのに、意識が真っ白になっていたというか……。
 いま思い出しても肝が冷えます。
 直進してきた車の方には本当に悪いことをしてしまいました。それなりに寿命を縮めてしまったのではないかと思います。

 自分で思っている以上に、疲れてるんだなあと思いまして………。
 気を張っていようとしても、なにかが臨界点を超えていて、ふーっと意識が遠のく感覚です。
 これはちょっとヤバイわ、と。(^^;)

 ただでさえお疲れなのに、太陽が弱くなると抑うつ状態になる人間だし、おまけに今年はこの寒さで、本当に心身ともに弱っているのを自分でも感じておりまして。

 本当に休暇をとるわけにはいきませんが、可能な限り、ぼーっとして自分を「ゆるく」する時間が要る、ということを痛感してしまいました。

 たぶん日記も、お休みしがちになるのではと思いまして、あらかじめ、お断りというか、事情説明でございます。

 とはいえ、なにせこれが息抜きなんで――休む~とか言いつつ意外と短期でひょこひょこ顔を出しているかもしれません。
 勝手ばかりを申しますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m

 なんにしても………この大寒波とやら、いいかげんどこかにいってくれないですかね~。明日は大寒ですが、もうこここまでじゅーぶん大寒なので、遠慮しないでさっさと消えて~と思ってしまいます……。

 あ。明日は大寒&満月だ。
 
 満月の夜はお財布のお掃除を。(^-^)
 
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「聖☆おにいさん」6
2011年01月18日 (火) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございますv (^^)

 考えてみると1月のイベントはまったく参加できず……ということで、次にイベントに行けるのは3月、HARU コミってことになりますね。
 今年は3月20日か~……、きっとこのころには(少なくとも今よりは!)暖かくなっているだろう、と考えるだけで思わず現実逃避気味にうっとりします。(^^;)
 気温としてはアレだとしても、もう、日差しも、日の入り、日の出の時間も違いますもんね。
 春が待ち遠しいこのごろです。

       ●

 書いたつもりですっかり忘れてました;;
「聖☆おにいさん」6巻!!!


聖☆おにいさん(6) (モーニングKC)聖☆おにいさん(6) (モーニングKC)
(2010/12/24)
中村 光

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 クリスマスに発売日でしたね。イエス様のお誕生日v

 私は例によってAmazonさんに予約をお願いしていたのですが、発送日の都合なんでしょう、届いたのは27日でした……;
 まあしょーがないんだけど。(^^;)
 それとも、Amazonプライム会員とやらになれば、せめて26日には届いたのだろうか;;

 そんなことはともかく。(^^;)

 今回は宗教行事としてはハロウィンが登場してます。いつものことながら可笑しい(←抱腹絶倒)
 ジャック・オ・ランタンの説明が――というかその翻案が。(⌒▽⌒)
 内容的にズレがあるわけじゃないのに、説明の仕方ひとつでこうもイメージが違ってきちゃうものか(笑)
 
 そしてまた今回は、イエス様のお父様が以前にも増して活躍なさるのですが……、私は毎度呑気に笑っているのですが…。
 笑ったときに不安になるんですけど、この漫画、大丈夫ですよね? 海外に出ていったりしませんよね? バチカンとか、厳格なプロテスタント系とかの方面にはバレてないですよね?;;
 ――といった不安を覚えてしまうのにも、だいぶ慣れたなー。(^^;)

 まあ、世界三大宗教のうちの、いちばんシャレを理解してくれない筋は登場してない漫画なので、なんとか……、なんとか収まってくれるかな……。
(なんの心配をしているのか;;)
(いや、その《最大値でシャレが通じない》あたりをこの漫画に登場させて笑ってしまった場合、バレたら本気でコミケがテロに遭いそうで;;)

 もっとも、これもコミケで見かけちゃって、「いいんですか……バレたら本当に、命とられませんか…」と、腋の下に冷たい汗をかいてしまったものもあるんですけど。(^^;)
 ヤバさでいったらこちらは、聖☆おにいさんをすら、超えているかもしれない…。


ムダヅモ無き改革 (近代麻雀コミックス)ムダヅモ無き改革 (近代麻雀コミックス)
(2008/09/05)
大和田 秀樹

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 私は特に麻生元首相のファンということはないのですが、しかしこちらに登場なさる麻生さんには思わず惚れそうになりました(笑) 渋い。カッコイイ(笑)
 そして民主党のご面々がすごいことに;;
 この漫画、中国だったら間違いなく発禁だな……というより、作者は逮捕されてしまうかもしれない;; なにせノーベル平和賞受賞者を、それぞれ反乱分子扱いする人々だから。

「ムダヅモ無き改革」は、バチカンはもちろんのこと、各戦争、その関係の各国首脳や、歴史上の世界的タブーに触れまくる、恐ろしい(麻雀の)漫画です……。でも面白いんだ……。
(困ったもんだ;;)
(タブーであるほど緊張感の裏返しで笑いがあふれてしまうのね;;)

 なんにしてもこの「聖☆おにいさん」は、たとえ、地獄に落とされたひとでも、悪魔でも、なんとなく憎めない、なんとなく可愛い、なんとなく、うふっと笑いを誘われる、そんなところがいいですよね。(^-^)

 次回7巻は7月発売予定! だそうです。(^-^)
 
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逆チョコ応援
2011年01月17日 (月) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます。(^^)

 ブログのテンプレート、少し気が早いですがバレンタインデー仕様にしてみました。
 どうも、見ているとお腹が減る(笑)

 そういえば最近はじわっと「逆チョコ」すなわち、男性から女性にチョコを贈るという人も出てきているそうで。
 個人的には逆チョコ大賛成。(^^)
 意外と逆風もあるのかもしれませんが(なんで;;)、私は応援しますよ~。

 こういうこともひとつのお祭りですから……そりゃ、お祭りは、傍観するより自分も参加する方が楽しいに決まってますものね。

 それにしても逆チョコに「逆風」って……;; どうしてこう世間様ってときに難儀なのかねえ、と思うのは、その固定観念。

 銀座のクラブで小ママをつとめるほどのおねえさん。基本的には男女関係の相談事には、さすがの観察眼を発揮なさるのに、こと、「男はこうあるべし」みたいな話題になると、思わず私なんぞは目をむくほど、超保守的なことをおっしゃる。なので、本気でたまげております;;
 男はかくあるべし! という意識がすごく強いのです。

 よくそれで、「かくあるべし」という基準から外れまくっている男性相手に商売できるなあ、と思うのですが……。そういう価値観をもっていて、それらからは外れまくる男性を見ているとかなりストレスになるのでは? と思うのですが……それは素人の考えなのだろうか。(^^;)

 逆チョコもそうですが、最近は「スイーツ男子」という(……うーむ)名称も現れました。
「男性で甘いものが好きなんてオカシイ」という意味不明の社会通念から、ようやく自由になれた、なんて話を聞きますと、なんか、気の毒にすら思い、目頭を押さえてしまいます;;

 どうも私はそういう、社会通念によるこの手のイメージがわかりません;;
 自分が好きな食べ物くらい、好きだと言いたいですよねえ。それだけのことなのに、どんな言論(?)弾圧。

 女性でも、甘いものは苦手、塩をなめながら一升瓶を抱えるようにして飲むなんていう「うわばみ」もいるんですから(迫力あるよ……あれも)、男性で、甘いものに目がないひとがいたって、べつにへんじゃないでしょう。好き嫌いは個人差ですものねえ。

 いちばん理解し難いのは、そのスイーツ男子にしても、「男がお菓子好きなんてオカシイ」というくらいならまだしも、「気持ち悪い」っていう人がいること。
 甘いもの好きの男性が気持ち悪いというのは、いかなる意味か?

 たいへん申し訳ないが意味不明なので、こういうことをいわれると私は本当に固まってしまいます。
 どういうリアクションをすればいいのか本気でわからん;;

 これは私の性分なのか、それとも世間様のほうが「おかしい」のか――私にはどうもそういう、男はかくあるべし、女はかくあるべしという考え方、また、それから外れると、いきなり、「気持ち悪い」と言ってしまうその感覚が、子どものころから理解できずにおります。

 だってそんなの個人差でしょ――? というわけで、私の疑問は行き詰まり、社会通念と、私自身の考えかたの「すりあわせ」が、いまだにできていません。(^^;)

 人間というのは、ようは、あらゆる「属性の集合体」だと私は考えます。
 たくさんある属性の中で、「性別」というのはかなり強力な「要素」「属性」ではあるのですが、だからって、いきなりそれで、世の中の人間を、たとえば「甘いもの好き」「辛いもの好き」に二分した上、「あなたは男だから甘いもの苦手」「あなたは女だから甘いもの好き」と、「決めつける」というのは乱暴すぎやしませんかねえ。
 その決めつけの根拠が私にはわからない。

 不思議だなあ…。
 なんで、性別だけで、食べものの嗜好まで、他人に決めつけられなきゃいけないんだろう。
 あげくの果てには、そのイメージにそぐわないことをいうと「気持ち悪い」ときたもんだ。
 甘いもの好きの男性、うわばみ級の女性が、あんたにどんな被害を及ぼすっていうんだ。

 この手の決めつけはものすごい暴虐だ、ということを、認識してもらいたいと私は思うんですけど、無理なんですかねえ。
 無理なのだとしたら、それはなぜだろう。

 私は以前から、「男性からチョコを貰えたら嬉しいよな~」などと思ってきたので(ホワイトデーもいいんだけど、やっぱり、お祭りは当日、みんなで楽しんだ方がより楽しいと思う)、逆チョコは、まことにけっこうなことと存じまする。

 で、あの……私としてもあんまり女性を敵に回したくないので小声になりますが……個人的に、せいぜいが数千円のチョコレートに対し、ホワイトデーには、数万円の、アクセサリーなどの「お返し」が期待される男性には、深ーく同情してきたということもあり。

 バレンタインデーには、男女双方が、愛と感謝をこめてチョコを――もちろんチョコが苦手な人にはそれ以外を――贈り合う、元来のバレンタインデーの姿に近づくのはいいことだと思いますです。

 嗜好は個人別である、ということで、そこに性別による差別を持ち込む気はない私ですが、それでも、うわ~、すげー、と思ったのは。
 辛口の日本酒のつまみに、ぼたもちなどを食べる人がいたこと。

 これは昔、小説の登場人物でそういう人があって、へー、と思っていたんですが、これ、現実にこういう好みの人に遭遇したときは「本当にそういうのが好きな人っているんだ…!」と感動しておりました。

 甘いのも辛いのも、どっちも好き。どっちにも強い。
 私自身は、いくら「美味しいよ」とすすめられても、粒あんを食べつつ日本酒、というのはよくわからないのですが、でも、なんだかカッコイイ、と思いました。(^^;)
 
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素材を活かす
2011年01月16日 (日) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

「宇宙は何でできているのか」の著者、村上斉さんがご出演のNHKラジオ第一、「ラジオあさいちばん」、やっぱり受信できませんでした;;
 ライブラリに納められるのは来週ですよね……タイムラグが生じてしまいますが仕方ない。楽しみにして1週間待つことに致します。

       ●

 寒いですねー……というのにも飽きてきましたが寒いですね。
 毎年毎年思うことなんですが、センター入試って、どうしてこう、試験時期としては最悪の、大寒ごろにやるんですかね?

 天候によるトラブルは春や秋に比べても多いし、風邪もインフルエンザも流行っているし、二重三重に受験生に負担をかけるわけですが、なにか、そういうサディスティックな喜びでも感じているんでしょうか?(えーと……文科省?)

 ときどき言われることなんですが、大学って9月始まりに戻せませんかね?
 その昔、夏目漱石の「三四郎」を読んでいたら、大学入学が9月だったので、えーっと思ったんですよね。
 会計年度なんぞはべつにいつでもいいけれど、学校は9月始まりのほうがなにかと都合がいいんじゃないかなあと思うのは私だけでしょうか。

 9月入学なら、試験はこんな、あらゆる意味で試験に不向きな時期にやらなくてすむのになあ、と毎年思っております。
 自分自身が受験生だったときも、もう正月以降となりますと、勉強よりも体調管理にすんごく気を使った、という記憶があります。あのときはしみじみ、春から初夏に試験があればいいのになあと思いましたです。

       ●

 昨日、1月15日の、ほぼ日「今日のダーリン」を拝見しまして。

 糸井さんが、そのツイッターで、

若いときには「おまえなんか、ただの頭のいいやつじゃないか!」とか言われたら、腹を立てなかったんじゃないかなぁ、言われたことないけど。いま年をとってみると、あちこち「ただの頭のいいやつ」ばかりに見える。

 と書いたところ,その「ただの頭のいいやつ」を擁護する――ということはこの場合、ほぼ同時に糸井さんを非難する――人が現れたということのようで。

(……話はズレますが、それにしてもツイッターの画面て読みにくいですねえ。(^^;) 慣れれば大丈夫なんだろうけど;;
 いくら短文でも、読みにくいとついつい敬遠してしまいます)

 で、15日付「今日のダーリン」で、糸井さんがあらためて、「ただの頭のいいやつ」という言い方のニュアンスは、「ただの顔のいいやつ」や「ただの金持ってるやつ」、っていう言い方と同じですよと書いていらっしゃいまして。
 あ。それわかる。と思いました。

 頭がいい、ということはいいことですが、それが絶対の「人としての意味」にはなり得ないんですよね。
 顔がいい、金持ち、ということと同様に、頭がいい、というのも、もしもそれだけであったならば――だから何? ということになるわけですね。

 頭がいいということと、「賢い」ことは別なんですよね。

 どういう意味さ、と言われるかもしれませんが、たとえば政治家、たとえばキャリア官僚あたりを見ればおわかりでしょうということで。
 あの方々は――国会議員でも大臣でもいいですが――あんなありさまですけど、学歴なり、知能指数なりは、かなり優秀という方が多いです。
 ゆえに、頭が良ければ賢い人間になれるってことではない、とは、よくわかるのでは。

 賢い、人としての「知恵」があるかどうか、ということは、必ずしもIQや学歴などとは関係ないんですよね。
 このへんが、「人間てのは面白い」と思うところだったりして。(^^)

 賢い、知恵がある、というためは、どうしても人格上のバランスとか、見識とか、判断力とかが「総合的に」必要になる。
 頭がいい、というのは、たくさんある必要な要素のうちの、ひとつ、であるに過ぎません。おまけにこの要素、「必須」というわけでもない。

 学歴でいうなら特別優秀でもないひとが、社会に出るや、体当たりで起業し、いまや年商数億円、みたいなことは世の中にはいくらでもあるわけでして。

 このへんを考えていると石川啄木を思い出す。
 彼は自分の才能に自信があったし、そういう才能豊かで優秀な自分が、成功しないはずはない、という自負もあったんですね。
 しかし現実にはなかなかそうはならず――後世の人間である私どもからみれば、啄木さんだってもちろん立派なものなんですが、彼自身の思惑とはズレがあったらしい。そして「じっと手を見」ていたようで。

 それにしても糸井さんの「ただ頭がいいだけ」の発言、そんなにわかりにくいものには思えないんだけれど、でも、意味が通じない人もいるもんなのね、と思いましたです。

 現在の人類は分類上「ホモ・サピエンス」、「知恵ある人」という名称ですが、さてしかし、ついた知恵は悪知恵ばかりで、本当に人を活かす知恵、自分を活かす知恵、豊かに人生を生きる知恵、といったものを持つ人は、いまだにけっこう貴重だ(つまり人数が少ない)という気がします。

 頭がいい、というのは「素材」の段階にすぎないでしょう。
 ちょっと実り方が悪かった果実でも、加工によってはすんごい美味なる酒になったり、べらぼうに美味しいうえに健康にも抜群に効果のある発酵食品になったりします。

 素材は、素材であるにすぎません。

 素材をどう活かすか、という「知恵」こそが、たぶん、人間にとっては目指すべき目標じゃないかなあと思っております。

 素材を活かす知恵を獲得するには、時間もかかるし手間もかかるし、試行錯誤が必要、つまり失敗した経験がぜったい必要になるわけですから。
 やっぱり大事なのは、それがどんな素材であっても、素材自体を大事にして、活かすことを考え続けることではなかろうか。

 で、素材を大事にし、活かすことを考え続ける、そういう作業を支えるのは、その素材に対する愛情ではなかろうか。

 じっさい、この世に存在する素材は、どれもこれもが宇宙に祝福されたからこそ存在している、と思うのですよね。――あの、素粒子とか量子の世界の話を聞きますとね、「物質として安定して存在している」ことが、もんのすごい奇跡みたいなものだ、ということが、だんだんイメージできてくるんですよね。
 なので、最近では私は、存在は全て祝福だと感じております。

 どんな素材も、必ず活かされる場所がある。方法がある。それを見つける知恵を得ること、それが人間の生きる目標(のひとつ)になるんじゃなかろうか。

 ……と思って拝見した「今日のダーリン」でした。

 言うは易く、行うは難し。他人に対してはそういうこといえるんだけど、なかなか、自分自身には、そういうことを言ってあげられないんですけどね、私も。(^^;)
 自分という素材を愛し、活かそうと奮闘する――口で言うほど簡単なことじゃない。
 でも、目指す方向自体は、それで間違ってないと思っております。

「ただ頭がいい(だけ)のやつ」にならないためには、自分という素材を愛し、活かそうとして試行錯誤と思考を重ねていく――ということになるのかも。

 そして自分の呼吸がとまるまで、素材を愛するという「ミッション」を「完遂」できたら、その人生は大成功なんだろうなあ。そう思うわけです。
 
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特別ではなく
2011年01月15日 (土) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございますv (^-^)

        ●

 うーん、やっぱりなにか不都合があったのかな…と思ってしまいました。

「何が必要か、事前に施設に問い合わせを」 “タイガーマスク運動”受け、児童養護施設協議会が「お礼とお願い」
2011年01月14日 12時40分 更新 IT Media News
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1101/14/news034.html

 恐らく最初にランドセルを寄贈した「伊達直人1号」さんは、事情をよくご存知の方だろう、と思うのですが。

 これ、必ず出てくる問題ですよね……。被災地に支援のための物品を送るのはいいけれども、受け取る側の都合や事情を「無視」してしまう、ということは、どうしても出てくるもののようで。

 じっさい、そういう支援の気持ちがあるならば、いま、なにが必要かを問い合わせることは「必要」なことでしょうし。
 そこでいちいち問い合わせるのも先方には迷惑では、と気が引けるというなら、そりゃあやっぱり、現金がいちばん強いですよね。

 支援をしよう、というのはいいことです。が、それが「自己満足」で終わってしまうのはもったいないこと。相手にも、自分自身にも。

 その支援は誰のためのものか、なんのためにするのか。――そこを見落とさなければ、「相手に取ってかえって迷惑になりかねない」事態を避けることは、けっこうできると思うんですけどね。

 少し気になるのは、これがなにかのファッションというか、……「祭り」になっているのか、という雰囲気を感じること。

「伊達直人1号」さんは本当に支援のお気持ちからだったんでしょうし、それにつづいた2号さんも(…あ。この単語ちょっとマズイ;;)、「善意の輪」が広がることを期待はしたでしょうが、これがブームとか祭りとか、一種の「ごっこ遊び」「自己満足」になることは、望んでいなかっただろうと思うと……ちょっとフクザツ。

 寄付や、なにかの支援、その「マナー」が、まだ社会全般に確立されてないってことなんでしょうかねえ。
 ま、昔は、被災地に衣服の提供をと呼びかけたら、古着の処分と間違えているとしか思えない、ひどいものを送りつけてきたなんて話もありましたんで、そのへんから見れば、現在は少しずつでも進歩はしていると思うんですが……。

 ここで大口の寄付/寄贈を1回だけするよりは、たとえ小額でも、息長く、ずーっと、支援をつづけていく、そういう「土壌」ができあがるといいですよね。
 ことに、リーマンショック以後、各団体では寄付金がかなり落ち込んだ、という話は本当によく聞きます。支援は無理せず、細く、息長く。

 お互い庶民ならば財布の事情は似たり寄ったりでしょう。自分なりに、こういうことを支援したい、というものを定めて、継続的に支援することを「当たり前」にできるように、それが一般常識となるといいでしょうね。

 また、支援というものは見返りを求めないことが前提だということも、わかってもらいたい気がします。
 相手から感謝されることを期待しないこと。親切の押しつけは、結局、親切にはなりません。

 また、寄付をしても、どうせ、なにかろくでもないことにお金を流用するだけだから寄付なんかしない、という人も、ときどきお見かけしますが。

 もちろん、きちんとした団体であること、その活動を吟味することは、大事なことです。

 でも、支援するときの心構えは「見返りをもとめない」ことです。寄付を行う、支援を行うと決めたとき、そこには「自分の動機」があり、自分が決めているはずです。
 だれに言われたからとか、他人から評価されたいからとかではない、自分なりの理由があって、「手助けしたい」と思ったはずです。

 それは、自分にとって、「自分がすべきこと」「自分にできること」のひとつでしょう。
 自分ができること、自分がすべきことを淡々とこなす。

 寄付や支援の「心構え」はそういうことだと思います。
 他人がどうこうではなく、自分がそうすると決めたのなら、実行するだけのこと。
 
 そういうことが広く一般常識になったとき、寄付やらなにやらが「大げさなこと」ではなくなり、「ちょっと恥ずかしい」という感覚も消え去り、伊達直人名義に頼らなくても、さらりと自然に寄付や支援ができる、そういう世間になるのかもしれません。

 してみると、いまは――あまりにも、寄付なり支援なりが、「特別な行為」だと思われているのかもしれませんね。
 
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栄養失調?!
2011年01月14日 (金) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます。(^-^)

      ●

 冬コミで、14年ぶりに献血してきましたが、その血液の状態を調べてくれた結果が、先日届きました。

 丁寧なことに、前回、前々回の献血のときのデータも合わせて表示してくれてあります。

 なにせ14年まえですから――ああアタシも若かった、みたいな感慨で数値を見比べていたのですが、あれっと思ったのがアルブミン値。

 アルブミンというのは、ホルモン、脂肪酸等の輸送と膠質浸透圧の維持を行うもっとも基本的な血清蛋白。
 この数値が正常値にない場合、早い話が「栄養失調」状態だということになります。

 ……今回の検査結果はおかげさまで正常値範囲内ですが、よくよくみれば、その14、5年前の数字は、正常値を下回っているではないですか。
 
 これは健康診断ではないので、ちょっと怪しい数値がでても、病院へいったほうがいいよ的なアドバイスはつきません。

 献血できたということはそんなに深刻な状態でもない、ということでもあります。

 ありますが――なんでしょうね、数値だけを見るならば、20代のときの私は栄養状態がイマイチだった、ということになりますよ。
 当時はそういうことを気にしてなかったんだなあ。(^^;)
 いささかわけあって、肝臓にかんする値は気をつけていたんですが……。

 まさかいちばんの基本となるタンパク量に(ちょっとだけ)不足があったとは。

 おかげさまでこの数値は現在の方が健康的ですね;;
 
 その他の数値も異常はないですが――
「若いときの方が、逆に自分の体をぞんざいに扱って、結果、不健康ってことはあるんだろうなあ」
 と、しみじみ眺めてしまったアルブミン値でした。

 いえ、日本において、癌で亡くなる人の多くは、じつは癌によってではなく、栄養失調――つまり、飢餓が原因で亡くなる、という話を聞いて以来、どうもこの名前が気になっておりまして。

 健康か、病気かの判断は、こういった数値だけでは単純にできないのは確かですが、しかし、栄養不良、飢餓状態では、効く薬も効かなくなるというのは容易に想像できることなので。
 栄養状態というものには、もうちょっと、医療機関含め我々ももっと気にしていく必要はあるんじゃないかと思いますです。

 ………中性脂肪や悪玉コレステロールが高くて、アルブミン値が低かったら……これはシャレにならんわな……としみじみ、つくづく眺めてしまった献血後の結果でした。
 
 寒い日が続いて体力が奪われていますから、タンパク量の摂取には気を配っておきたいですね。
 風邪予防にビタミンCというのは事実なんですが、低タンパクで体が飢餓状態にあるのでは、ビタミン以前の問題ですもんねー…。
 
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