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ショー着付

 昨日はまた着付の講習会。
 今回は、ショーのための着付方法。

 いやあ、すごいもんですね。
 二人一組でどんどん着つけていきますが、通常の着付とはまったく違う。きものショーもファッションショーのひとつですが、お客さんは舞台、ランウェイの下から、椅子席に座ってモデルさんを見上げている(ことが多い)わけなんで、その視点から見てきれいに見えるような着付をするんだそうです。
 私は今回は超初心者ですから、そこまではとてもやりませんが。(^^;)

 なるほど面白いと思ったのは、つまの上げ方。
 きものは「裾つぼまり」といって、腰からつま先へむかって、人の体の形に添うように、裾へいくほど細くなる(タイトスカートみたいなもんですね)ようにしています。
 おおむね、きものの、下前と上前の交差が、右足の親指あたりにくるんですが………写真でわかるかな。

kimono-suso.jpg

 この交差が、ショーの場合は体の正面にくるようにします。
 というのは、
「モデルさんはばっさばっさ歩くから」
 正面で交差がきたほうが歩きやすい、とのこと。
 通常の交差の位置ですと、これで現代風にがに股で歩くとすそがはだけてみっともないことになる。歩きにくくも感じます。

 なるほどねえと思いました。
 先だっての東京ガールズコレクションでも、きもののコレクションがあり、山田優さんが非常にきれいに歩いていたと感動したことをちょこっと書きましたが、――ほかのモデルさんはけっこう、きものの歩き方としてはヤバいものがあったのを思い出しました。うーん。
 洋服と和服って、体型補整も体の使い方も、ほぼ正反対と言えるから、難しいかもしれませんね。

 ただ、着つける側にもそういう工夫があるんだなというのはちょっと感動。

 いちばん面白かったのは帯。
 
 ピンチをばしばし使って、帯枕、帯揚げ、帯締めまでぜんぶセットして、形も作っておいて、きものの上に、よいしょっと帯を背負うようなイメージです。
 あらかじめ、胴回りなどをきめておいて、帯をしょったらぐっと締めて、あとはもう、ふたりがかりで形を作って終わり。

 私のような初心者でも、きものと帯で5分少々しかかかりませんでした。(ちなみに、ひとりで振袖を着付ける、という試験では、持ち時間20分です)
 ベテランの先生がただと2分くらいだそうです。うへ~。

 通常の着付と違い、長い時間着るわけじゃないですから、なんというか、豪快です。
 なんにしてもいろいろ技があるもんですねえ。

 来月の講習は浴衣ですv
 
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特異日のはず…が

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      ●

 本日は昭和の日ってことで……有名な「晴れの特異日」なんですが……。
 今日は天気がよくありません。以前にも、どよ~んとしていた4月29日があったとは記憶していますが、こんなに雨風で天気が悪いのはちょっと記憶にありません。うーん。
 やっぱり、政治がおかしいことをしていると、天の気も乱れるのか。はたまた逆か。
 なんてことをつい、考えてしまいます。

      ●

 小田和正さんのベストアルバムが、長期にわたってランクインの記録、という記事を見かけて思わず嬉しくなってしまいまして。(^^ゞ ファン心理です;

小田和正、ベストアルバム『自己ベスト』が通算400週ランクイン
4月27日8時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100427-00000582-bark-musi

 じつは、レコードからCDへと急速に移り変わった時期、CDシングルというのは、それ以前のレコードシングルにくらべて価格が割高(レコードシングルは1枚500円くらいが主流だったと記憶しています。CDシングルは千円くらいですね)だったため、CDシングルというのはあまり売れなかったんですよね。
 そういう中、CDシングルでは初の、売り上げ100万枚を突破したのが、小田さんの「ラブストーリーは突然に」でした。

 「クリスマスの約束」からじんわりと、やがて月曜組曲「風のようにうたが流れていた」で、大人向けの歌番組という流れを確立させたのも小田さんでしたし、なんだかんだ言って「パイオニア」でいらっしゃるのだなとあらためて思いますです……。

      ●

 そういえばニュースサイトの端っこに、この話題があったような……と、例によって、誤訳御免!様の記事を拝見して思い出す……。
 うーん我ながらうっかりだ。迂闊にも見落としておりました。(←見出しだけは見かけていたけど本文を未チェック;;)

 大阪府がBLの雑誌8誌を、「有害図書」に指定、18禁とした、ということで。

 中身を私は存じませんのでなんとも申せませんが、ようは中身がポルノであれば(同性愛だろうが異性愛だろうが)、18禁は、ま、当然でしょう、ということで。
 個人的には少女漫画で、「これポルノじゃないの? ポルノではないならなんなの?」と驚愕したこともあるので、少女漫画、という雑誌ジャンルも、もはや当てにはならないのかもしれません。

 BLについては、昔は、一部の超少数派が、白眼視されたり蔑視されたりしつつ、こそこそ楽しむものだったので、かなりのお目こぼしをいただいていたのですが、現在はあまりにも、その「市場」が大きくなってしまって、かなり目立つんでしょうね。
 私もこの種のものは高校生になるまでは存在すらしらなかったわけだし、それを思うと現状は……、さて、腐女子にとっては恵まれていると言うべきか、社会的には目立ちすぎというべきか。(^^;)

 私としては「だーからさー、こうやって目立って問題にされるまえに、自分たちで自主的に判断できないの?」というのが本音だったりします。

 人間の、刺激に対する反応というのは「慣れ」が生じてくるわけで、それで放っておくとどんどんその刺激はエスカレートするわけですが、やはりそれを野放しにしていていいとは思えませんです。

 こういうことを言われる前に、自分らでもーちょっと、良識ある判断をしてほしかったよ……とは思いますが、じっさいを見ていないので、あんまり、そういうことも言わない方がいいでしょうか。(^^;)
 
 私も受け攻めが判定できなかったり、じつは性描写にはそんなに執着なかったり(同人誌でいちばん好きなのは、どのジャンルにハマっても結局『オールキャラギャグ』だ、ということがわかってきましたんで…)、じつはあまり、腐女子の嗜好を代弁はできないんだなあと思ったりしてますが……。

 ……でも、JUNEも、不覚にも栗本薫御大のやおい系もぜんぜんしらなかったときでも、「平家物語」の、『敦盛最期』で感動しつつもみょーに興奮したとか、西郷隆盛への「愛」を語った、増田宋太郎の言葉に悶絶していたとか……そういう反応をしていたことを思い出すと、やっぱり、一般女子とも言えなかったように、自分では思います;;

 まあ、なんにしても。
 人に言われるまえに自分でなんとかする、ということも、少し考えてもいいんじゃないかなあ。言われないのをいいことにいささか派手なことをしすぎて目を付けられ、そんで規制されて自由の侵害とかなんとかって言うのも。
 自由も権利も否定しないけど(享受してますから私も)、人間の刺激に対する欲求は無尽蔵であり、放っておいていいもんではない、ということも、いいかげん、学習してもいいんじゃないだろうか。コドモじゃないんだからさ。

 てなことをいうと、また叱られるかしら。(^^;)

 でも、なんといわれようと、自由は放埒のことではない、というのだけは、私は譲る気はありませんです。あしからず。
 
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人間なるものに

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      ●

殺人の時効撤廃=改正刑訴法が成立へ-過去事件にも適用
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201004/2010042700041&rel=j&g=pol

 なにもすべての刑事事件の時効を無くせと言っているのではなく、殺人、強盗殺人などの重犯についてのことなんですけどね。どーして共産党は反対なんでしょうか。
 昨日も、ニュース番組を見ていたら、弁護士の先生がやはり反対だということでご意見を述べておられましたが「冤罪を防ぐという観点から反対」ということでした。
 ………が。私、頭が悪いので意味が分かりません。時効が延長されるとなんで冤罪になるのでしょうか。その結論になるまでに想定されるプロセスを、少なくとも2つ3つ跳ばしていきなり結論を言っておいでなのでは?

 なんかこれって三段論法みたいだなあ。(^^;)
 学生のとき哲学概説をとっていたのですが、そこで出てきた三段論法。
 先輩の某さんが(三段論法をからかって)つくった例題が面白かったのでいまだにときどき思い出します。

 大前提:「(世間一般において)おふくろは怖い」
 小前提:「(後輩の女の子の)山田(仮名)は怖い」
 結 論:「よって山田はおふくろである」

 論法自体は間違っていない(笑)
 頭が良くて理屈優先の人は案外、こういうところに入り込んじゃうのかも、と、笑いながら思ったことを思い出す。

 閑話休題。
 せんだって、冤罪が証明され、あらためて無罪判決を受けるという事件がありましたが、あれをみて理不尽に感じてならなかったのは、
「被害者の人権はどーしてくれるわけ?」
 ということでした。

 冤罪はもちろんあってはならないこと。これはあまりにも重大すぎることです。
 が、冤罪であるならば、真犯人は依然、逮捕されてはいないことになります。しかし、その真犯人については時効が成立している。つまり真犯人には「逃げ得」を許しているわけです。――これってどうなのよ? ええ?
 警察や検察や裁判官がボンクラだったせいで(故意でもなく悪意もなくても結果的に)わざわざ真犯人に時効を許してしまったということについて、なぜ、誰も、なにも言わないのか。
 私はこの点についてはまったくもって、鼻毛の先端ほどにも納得できません。
 
 なにかっつーとエラソウに正義漢面するマスコミ。こういうときこそ、自分らが率先して問題提起し発信していくべきなんじゃないの、と思いましたが、………私が知っている範囲内では聞きませんでした。ふん(←鼻息)

 時効の延長。――これは被害者の心情、ということもあるけれども、人権ということをもしも本当に重んじる気があるのなら、冤罪がわかった時点で全ての捜査をリセット、つまり時効もリセットしてやり直すべきなんじゃないかと――思っておりました。

 時効延長といっても、じっさいの運用にはまだまだクリアしなければならない問題があると思いますので、そこのあたりも具体的に報道してもらいたい。マスコミって、ほんと、目立つところを大雑把にしか「報道」しないから困る。おまけにバイアス掛けてねじ曲げるからねえ……まさに、こちらには「読解力」が必要となります。

(そういえば――余談ですが、ツイッターを使用しない/できない年上の先輩方を、『情報弱者』と罵っている若人のコメントを見かけました。わたくし思いますのに、ニュースソースやツールの数が問題なのではない。本当の情報弱者というのは、情報を鵜呑みにせず、自分の言語能力と判断力で、分析、取捨選択、本質を見る――ということができない人のことを言うのです。お若い人で、この条件をクリアしているひとが、お年寄りに比べて多いとは私にはとても思えません。お互いに精進したいものです)

 にしても不思議だねえ。共産党と言えば、二言目には自由だ権利だ、人権だと大騒ぎする人々ですよねえ? なぜ彼らは――あの弁護士の先生も――被害者の人権という観点を、すこーんと見落とす――無視する――のでしょう。

 冤罪をふせぐ、といいますが、黙って聞いていると、彼らは「犯罪者とされる側にばかり立つ」ということに気がつくんですよね。
 お互いに人間なんですから、いつなんどき、自分が、犯罪をする側、される側、どちらの立場に立つことになるかわからない。なので、双方の立場について、自分のこととして考えるということが大事だと思うんですが、彼らは、犯罪者(や、そう疑われた人)の権利ばかりを考えている。
 私の目にはそのように見えます。

 ――被害者の人権はどーしてくれんだよ。

 というのは、昔から、私がつぶやいてきたことです。つぶやく対象は、面白いことに圧倒的に法曹関係者。
 今回、奇しくも小沢一郎氏を起訴すべしとした検察審査会の声明の中に、「一般市民の感覚」ということが強調されていましたが、たしかに、法曹界はそういうところからずれている。
 それがために裁判員制度が導入されることになったということを考えても、「頭はいいはずなのに、どーしてこう、あのギョーカイの人ってああいうのが多いんだろう?」と不思議に思います。

 ちなみに、この疑問に対するうちの母の回答。
「法律の条文ばっかり読んでるからじゃない?」

 ………たしかに。(^^;)
 できるだけ主観をいれないようにということを目的にした、あの条文てヤツは、「あんたねえ、一体なにを言いたいわけ?」と叫びたくなるような文章ですものねえ。
 難しいことばっかり扱っていると、脳の回路がどこか焼き切れちゃうんだろうか。

 いずれにせよ、日本における人権派とやらは、じつはとある外国勢の利益のために、もしくは反日を目的として活動するのであり、ホントの意味での人権には興味なんかないんだ、ということはわかってますけどね。(人権をお題目に、その活動の隠れ蓑にしているだけ)
 2008年中国によるチベット弾圧、ならびに、そのあおりを受け、オリンピックの「聖火」(自称)が日本を通過したときの、赤い人々の横暴についても、ついに一言もなかった、という「実績」が、彼らの本性について全てを語っています。

 化けの皮を、自分たち自身で剥いだ、というところが興味深かったです、あれは。

 話がまたずれてしまいましたが。

 これまでがあまりにも、被害者にたいする配慮にかけていた法曹界。彼らには、むしろ自分たちこそが、犯罪者に率先して被害者の人権を蹂躙してきたのだ、ということをよっくお考えいただきたい。
 そういう意味で、私としては、今回の、重犯についての時効撤廃には、ひとまず、よかったですねと言っておきたいと思います。

 でも、やはり一番大事なのはバランスだと思うので。
 本当は、もっとも考えていきたいのはバランスなんだけど……とも、こそっと呟いておきます。
 数年後には、つぶやきじゃなくて、叫ばないといけないなんてことがないよう、ひそかに祈りつつ。

 反動と揺り返しはやはり警戒したい。それも、私の本音です。
 そういう点においては私はまったく――人間なんてものを信用していないんだなあ、と、自分で実感してしまう。(^^;)
 ……このへんはちょっと切ない。

 
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キックバックは無しで

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     ●

 たしか4巻の予告では、4月発売って言ってたけどなあと思っていた「聖☆おにいさん」5巻。
 ちょっとずれこんでいたんですね。
 待ってます~。(^^)

聖☆おにいさん 5 (モーニングKC)聖☆おにいさん 5 (モーニングKC)
(2010/05/24)
中村 光

商品詳細を見る


     ●

 今日はまとめて「最近の(個人的)ヒット」。
 
 その1。マスカラコート。
 ごく最近になってようやく、フィルムタイプのマスカラのおかげで、マスカラを使えるようになりました。
 目ヂカラが謳われる昨今なので、お使いになる方には常識なんでしょうが、なるほどマスカラコートというのも便利なものだったんですね。

 私が使っているのはDHCさんのマスカラコート。

マスカラコート

 マスカラのみならず、アイブロー(眉毛)のあとも、これでコートしておくと、いつのまにか眉毛がなくなっているなんてことを防げるので、ありがたい。
 コートし終わったら、マスカラやアイブローがブラシについているわけなので、ティッシュで拭き取ってから容器にしまっております……って、これ女性には常識なのかな~。(^^;)
 すみません、何かと育ちが遅いタイプでして;;


 その2。リキッドリップカラー。
リキッドリップカラー
 どちらのメーカーさんだったか、最初に見たときに、「あ、これよさそうだな」と思ってました。
 あれいいだろうな~と言いつつ、どこのブランドだったか思い出せない…とか言っているうちに、これもDHCさんで新発売ってことで、ひとつ買ってみました。
 リキッドというので、グロスみたいなものを想像していましたが、グロスよりももっと固い(ソリッド)ですね。スティックになる前の状態、という感じかな。
 こちらもフィルムタイプなんだそうで、唇のしわを、フィルム効果でぴーんと張ってくれる、という感じらしいです。
 私は唇の縦じわが気になる、ということはないのですが、とにかく乾燥しやすいんですよね。
 で、このリキッドタイプだと、いちど塗布するとか~なり、そのしっとり感が持つ(途中でお茶を飲んだりしても)ので、なるほどこれはいいや、と。
 グロスほどべたつかず、しかし従来のスティックなどよりは保湿力が高く、グロスを使ったみたいに光沢もあるので――マットに色をべた~っと載せるのを苦手とする私には、これはけっこうありがたい。

 ただ、ロングラスティングではないのは確かです。(^^;)
 私はもとから、口紅になにを使おうとも、途中で必ず、いちど色を落として下地のリップクリームからつけ直さないと、唇が乾燥しちゃってカピカピになるので、ああいう「色が落ちにくい」口紅は使えませんから気にしませんが。
 つやよりも、色持ちのほうが大事、という方には、ちょっと、不都合ではあるでしょうね~。
 まあそのへんは、ユーザー側のTPOってことで。


 その3。プロテインダイエットケーキ。
プロテインケーキ

 これは!!!
 大ヒット!!!
 粉末を、40ccの水で溶いて、カップに入れ、レンジでチン。
 蒸しパンみたいな感じに仕上がります。

 一袋をまるごと使ってひとつ作って食べてみたら、かなり食べごたえがあってびっくりでした。デザートのつもりでひとつ食べたらお腹いっぱい!
 これ、小さいカップに2つに分けて作ったほうがいいかも、と思ったほど。

 ダイエット中、やはり甘いものはできるだけ避けた方がいいかな、でも食べたいなというとき、このケーキはいいんじゃないかと思いました。
 プロテイン(アミノ酸スコア100)の他、CoQ10、ヒアルロン酸、食物繊維、プラセンタなども含まれていつつ、カロリーはだいたい、180 Kcalほど。
 いちごのショートケーキひとつで240 Kcalほど。さらにはこのプロテインケーキには、ただいま問題にあげられつつある、トランス脂肪酸が含有されない。
 しかもお腹いっぱいだ~。デザートにはちょっと重いくらいで、なるほど、これを1~2食置き換えてダイエット、と書いてあるわけだなあと思いました。
 個人的には、このプロテインケーキに、同じく砂糖不使用のヨーグルトソースをかけたら美味しいだろうな~と。(^^) ……こんどやってみようv
 ダイエット期間中でも食べられる、しかもタンパク質を補うことができる「ケーキ」ってところが画期的。


 ということで、みんなDHCさんのものばかりで、私がDHCの回し者みたいですが、単なるユーザーです。
 こういうことを書いてもキックバックはいただいておりません。アフィリエイトでもありません。(^^ゞ 
 個人的にお気に入りなので、もし興味がおありでしたらどうぞということで、リンクはしておりますが。
「個人の感想です」ってヤツですね。

 ホント、このケーキには感動しましたよ~。
 現在、お味の種類は5種類ですが、(チョコ、イチゴ、バナナ、紅茶、抹茶)あと、キャロットケーキもあれば嬉しいなあと思っているところです。

 トランス脂肪酸をとらないで済む、超簡単お菓子、というのが、もう本気でありがたくて。(^^;)
 
 
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つぶやいても公共

 拍手くださいました方、ありがとうございましたv (^^)

     ●

 またよそさまから話題をひっぱってきてしまいますが。(^^ゞ
誤訳御免!」様の記事が、どうも、J-CASTさんに転載/引用されたようだとのことなんですが、――それはいいけど、問題なのは無断で、ってところなんですね。うーむ。

 私もそのJ-CASTさんの記事を見たときに、ああ、これ、誤訳御免!様と同じ話題だなと思って。
 Amazonさんのレビューのお話なので、同じものをご覧になって、へーと思い、取材なさったのかと思ってましたが。
 ともあれキューピーさんの広報へ取材しているのはJ-CASTさんの独自記事部分となるわけですが、そのレビュー訳文(英文和訳)は、どうも誤訳御免!様の記事からそのまま引用しているようだという――、ありますよね、訳文の内容からそのへんのことがばっちりわかっちゃうというのは。(^^;)

 引用はいいんだけれども、その場合はやはり、ちゃんと出典を示すべきというのは社会常識――ですよねえ; うーん。
 私だってほかから引用させてもらうときは出典示すし、引用したうえに、自分で強調した場合(傍点…はネットじゃできないけど、傍線引いたりして強調した場合)は、傍線は引用者、つまり私がやりましたということは明示するわけでして。

 というか、こういうことは一般書籍では当たり前のことであり、それをやらないと盗用になってしまう。
 しかしどーも、ネットだとそのへんがずるずるとだらしなくなる、という傾向はあるようです……なんででしょう;;

「日経パソコン」の最新号でも、先だっての最高裁判決(ブログによる名誉毀損が認定された)をもとに、ツイッターでも、迂闊なことはつぶやけませんよ、ということがコラムにありましたが。

 以前から、ネットも公共物であり、ブログなども雑誌などと同じ扱いとする、ということを言ってますよね。

 私は、ある程度の読者の絞り込みができている雑誌より、ほんっっっとーに、もう、どこでどういうひとが見るかわらかないネット上の文章/画像の方が、気を使わなければならないんだろうと思ってきましたんで。

 ネットはぜんぜん個人的な、もしくは閉鎖的な空間ではないということが、なんでかくも無視されているのかは、やはりちょっと不思議に思います。
 
 J-CASTさんというのが、どの程度のレベルの情報メディアなのかは存じませんが、まがりなりにもニュースサイトということでやっている人が、素人より無防備なことをしてはいかんのでは…と思ったり。
  
 それとも、大手になればなるほど、むしろ、尊大になっていくのかしら。個人がやっているブログから無断引用するのは、そのブログの「著作権」を認めていないということになりかねず、うちは大手だから、個人ブログにいちいち断りをいれなくてもいい、くらいの感覚なのだとしたら。

 いささか、由々しきことかもしれません。

 あんまりこういうことに目くじら立てるのもなあ、とは思いますが、結局、「素人ではない」ところが、そういういい加減なことをしていると、逆に、素人は「無断でやっても、べつにいいんだな」という認識をしてしまうのではないかと思うので。

 専門家であるならば、専門家らしい見識を、むしろ、素人にたいして率先してみせてくれるくらいであってほしいなあ、と思った次第です。
 
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耳たぶから奇跡

 昨日はふがいなくお休みしておりましたが、拍手くださいました方、ありがとうございます~。m(_ _)m

     ●

 高校の無償化にともない、あしなが育英会への寄付が減っているそうで。
 無償化はまあいいのですが(私はいいとは思いませんが)、高校が無償化されても、奨学生の多くは従前から減免措置を受けているので、無償化による「恩恵」はむしろなく、「無償化されたんだからもう寄付しなくてもいいだろう」というのは、大いなる誤解とのこと。
 こういう誤解はそりゃ困るだろうなあ、ということでうちでもちょこっとだけ、周知へのお手伝い。(^^ゞ

あしなが育英会
寄付・支援方法

 寄付は、現金以外でもできるものがあるんですね。
 私も些少ではございますが(←比喩でもなんでもないところが;;)サポートをお送りしたいと思います。

     ●

 私が現政権の「事業仕分け」のあのスタイルをなぜ嫌うかというと、じつに陰険だからです。
 事業仕分けというけれど、じっさいには仕分けする側は結論を持ってあの場に臨んでいる。事業廃止にせよ予算縮減にせよ、です。相手からの「説明」など聞く気はない。
 相手にしゃべらせるのは揚げ足をとり、イヤミをいい、皮肉をいい、つるしあげ、公衆の面前で笑い者にするため。
 これを陰険と言わずになんと言おう。

 最初から聞く耳などもたないし結論が決まっているのですから、あんな猿芝居をせず(会場を借りる料金などの、経費と時間の無駄!)「我々の調査の結果、この事業をこのように評価する。よって、予算は縮減/事業は廃止です」と報告すればいいだけのこと。
 衆人環視のなかで相手に恥をかかせるようなことをする「必要」はまったくありません。

 本邦においては重大犯罪を犯したものさえ、きちんとした裁判で裁かれ、弁護人がついて、少なくともその場――公開の場――においては、重犯罪人といえども、いたずらに誹謗されることはありません。
 なのに、なんですか、あの事業仕分けという名の「見せ物」は。
 
 また、言っていることが振るっているではありませんか。ああいう陰険な真似をすることで、国民に、独立行政法人の「実態を知らせる」んですって。
 悪いけど、どういうお金の回り方をしているかは知ってますよ。なにをいまさら。
 基地問題を「知らなかったでしょう」といった首相と同じ認識レベルですねえ。この人たちはどんだけ一般市民をものしらずの馬鹿だと思っているのか。(否定できないところもあるけども)(というか、世間は自分と同じレベルにあると思っているのか)

 彼らは天下りを目の敵にしていますが、それが必要(有効)なところもあります。天下りぜんぶが「悪い」わけではありません。
 ではなにが問題なのかというと、「有名無実」「退職金を不自然な金額と回数、もらう」「癒着」「受注その他についての不正」といったことであり、こういうことをきっちり取り締まるというほうが筋。
 天下り自体が問題なのではない。不正行為、もしくは背信行為が問題なのです。かつて国鉄をつぶした国労(なのに救済しろってどういうこと?)と同じで、へんなふうにその地位に甘えているところが問題。
 そこにはいっさい手を付けず、味噌もくそもいっしょにして「天下り根絶」とは。
 こういう、「極端なんだよ、いうことが」という彼らの主張は、政治資金規正法にも見られます。どーなってるんですかねあの頭の中は。

 そういうわけですから、重犯罪人さえ受けないような扱いをしては悦に入っている「人民裁判」など、私には気分が悪いだけです。
 中国共産党、文化大革命を思い出させてくれて、ひたすら気持ちが悪い。文革で知識階級が、いわれもなく、どんな辱めを受けたか、ご存知の方ならおわかりくださると思います。

 あんなもんを見たがる人々についても私はその「趣味」を疑います。ああいう陰湿な「いじめ」を見て、なにか楽しいですか?

 ちなみに、独行法を整理するとなると、「その多くを国営にする」のか、「民間にまかせる」か(それで充分だと判断するのか)をも、大筋で示すのが本来だと思います。それが判断基準となって「仕分け」しているはずですからね。
 つまり、大きな政府を目指すのか、小さい政府を目指すのか、政策の根本になる考え方を示す、ということ。(現在、政府のいっていることを聞いているかぎりでは、大きな政府を目指すのだろうと思われますが)(それこそ古い政治だと思うけど禁句ですかこれ)
 そういうグランドデザイン(←和製英語?;;)もなしに、ただ、無駄だ無駄だと喚く姿を見ていると、なにか個人的恨みがあってこういうことしているのかと思えてくる。
 個人的恨みはなくてやってるなら、ただ「いじめ」が好きなだけの、陰険人間の集まりだな、くらいにしか、私としては「評価」のしようがございません。
 ルサンチマンて、本気で気持ち悪いです(またそれで正義を気取るってところがね)。人間、愚痴を言うだけでも知能が低下するというのに、みずからが怨念の塊と化せば、それは陰険にも陰湿にもなるだろうとは思うけれども。

 ああ……さらっといくつもりが、あまりに気分が悪いので一気に書いてしまいました;;

      ●

 昨日はそんなわけでお出かけでしたが。
 ちょっと奇跡のような出来事が。(^^;)

 私はクリップイヤリングを愛用しております。

 我ながら耳たぶが厚めでして、クリップイヤリングがちょうどよく使えるのです。
 ときどき、自分で耳たぶ触って遊んでおります。ぷにぷにの感触がなんとも言えなくて。
 やわらかくてぷにぷにだけど、ぐにゃぐにゃでもない、しっかりした芯もあり、なんとも形容しがたいよなあ人の耳たぶって。――とか思いつつ。(^^;)
 
 そんな具合ですからピアスは断念しました。
 私の厚い耳たぶに穴を開けるとなると、けっこうな「傷」になると思われ、となると、穴が安定するまでの期間もかかってしまうと思われ――じつは抵抗力が弱いところがある私としては、ちょっとハイリスクだなということで。(化膿するのはイヤだ…)

 通常のイヤリングもありますが、あれも意外に――ねじ式バネ式、どちらも痛くなるんですよね…; 調整したつもりでも、結局は。

 ということで、すっかり愛用品になっているのがクリップ式。なのですが。

 昨日、新幹線に乗り込んで、iPod shuffleを取り出し、音楽を聴き始めたところではっと気がついた。
 ――イヤリング!!

 触ってみると、左はあるけど右側にはない。
 どこでどう触って落としたかわかりません。いちおう、座っているシート周辺を見てみたけれども、わからない。
 なくしちゃった、と思ってガッカリでした。

 ものは直径5mmほどのロースクォーツ。それに華奢なクリップがくっついているというだけの、大変シンプルな形状。普段使いに愛用していたのです。

 出先から帰宅し、お気に入りだったのになあ、これも厄落としと思うしかないなあと思いつつ着替えておりました。
 そしたらば!
 なんと、ブラのカップのすぐ上、鎖骨の下にくっついているではありませんか!

「きゃ――――!!!」

 一瞬我が目を疑い、ついで歓喜の奇声を発してしまいました。(^^;)

 不思議です。耳たぶからぽろっと落ちたものが、うまい具合に胸元に入り込んでいたとは!
 なんとも器用な落ち方をしたもんだと、感心するやら興奮するやら。

 昨日私は、少しゆったりしたタートルネックを着ておりました――ゆったりしているので、ややオフタートルになっているわけですが、それにしても、その襟元にぽとりと入り込んだとは!

 すごい。これはちょっとした「奇跡」だ! と、本気で感動しました。
 ローズクォーツは、私のラッキーストーンのひとつ。(ほかにはブルートパーズやピンクトルマリン)
 ローズクォーツのクリップイヤリングというのは、長いこと探していたのですが、なかなか見つからず、やっと入手したものだったので、なくしたというのはかなりショックに感じておりました。
 それが、思いがけなく胸元から出てきた日には。

 ささやかな奇跡だ――と本気で思いましたです。
 ありがたやありがたや。(-人-)
 
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 一言下さいました方、ありがとうございました。
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 本日はお出かけのため、お休みといたします。
 来月になればもーちょっと、時間的にはなんとかなると思うんですが、今月はまだ、年度替わり~大型連休のあおりで、やっぱりどうにもならない感じ。
 週末の方が時間が取れなくなるというふざけた事態も、もうちょっとの我慢かな。(^^;)
 これでも先月よりははるかにマシになっているので、たぶん来月には落ち着けるだろう……と希望をこめつつ。
 本日はこれにて。m(_ _)m

(余談ですが、事業仕分け。無駄というならまず国会議員ならびにその内容を仕分けするのが先じゃないの? あの猿芝居、どーにかなりませんか)(事業仕分けを評価できるというご意見も聞きましたが、あの結論ありきの人民裁判をどう評価しろと;;)
(私の目には仕分け人こそが『無駄』に見えるんですがねえ)
 
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 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m
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「鋼の錬金術師」25

鋼の錬金術師 25 (ガンガンコミックス)鋼の錬金術師 25 (ガンガンコミックス)
(2010/04/22)
荒川 弘

商品詳細を見る


 リアル本屋さんにはなかなか行っていられない私、今回もAmazonさんで予約していたのですが、いつ届くのかなあ、といっていたら、届いていました。(^^ゞ
 じつは昨日はあいにくの雨天で、しばらくポストのなかに放置されていたため、本がちょこっと湿って(濡れたということではない)、へろりと紙がゆがんでおりました;
 ちょっと乾かそうと思い、テーブルの上に置きっぱなしにしておりましたら、うちの母の一言。
「鋼の錬金術師? すごいねえ」
「?? なにが」
「錬金術だって――お金持ちになる話なの?」

 なりません。(^^;)

 ということで25巻。
 ネタバレになるんだろうなーと思うので、それは困るという方、本日はここで失礼致します。m(_ _)m
 大丈夫~というかた、で、なおかつ、つきあってやってもいいぞという方、以下は「続きを読む」(Read More)へどうぞv
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「ひとり」の意味

 日経新聞夕刊にて、山折哲雄先生のインタビュー記事がありまして。
 拝読して、うーんなるほど、と。

「死」というものを隠してしまう、現在の社会のありようについての疑問を呈しておいでです。
 死を恐れ、「ひとり」を恐れる、ことに若い人についての、ご心配でもありますね。
 死は、疎み、恐れるべきものではない。生きることばかりを強調することで、価値観のゆがみが生じている現状を憂えていらっしゃる。
 死は、生きることと「等価」であり、死を排除して生きることは(本来)できない。それを無理に死を排除し、排斥し、それによって無闇に死を恐れる人々が多くなっている。

 これは漠然と私も思ってきたことでもあるので、うーん、と考えておりました。

 文中、山折先生は「ひとり」という言葉を、「本来、非常に美しい言葉だった」とさりげなく、さらっとおっしゃっておいでですね。
 
 現在は奇妙に、人とのつながりや、「友達がいること」を求める風潮があります。
 それが本当に人間への興味や、あたたかい気持ち、人に対する健全な関心からのことであれば、けっこうなことなんですが。
 なんかこう――話を聞いていると「そりゃ『知人』だろ」というレベルの付き合いをして「友達」と言い張ったり、そういう「友達」が多ければ安心、少ないと不安、あげくの果てには「あの人は友達が少ない」ということが、人間的な深刻な欠損であるかのように評価する。

 なんなんすかね、その強迫神経症的な、「友達はいなければならない」という思い込みは。

 ひとりは恐ろしいことじゃない。ひとりであることと孤独であることは、じつはイコールではない。

 たとえば、ひとりでいることが「寂しい」というのはある意味、当たり前のことですが、何人も大勢の人がそばにはいるのに、寂しいと感じるとき。
 私はどっちかつーと、そういう寂しさのほうが耐えられない、と感じます。

 ひとりでいる寂しさは当たり前だから平気。でも、すぐそばに誰かがいるのに、寂しさを感じる状況というのは――これは、つらい。ひとりでいるほうがマシだ、と思いますよホント。

 それに――山折先生もおっしゃっていますが、人間というのは基本的には「ひとり」です。
 たったひとつの存在である、ということを、なぜ疎む必要があるでしょうか。
 広大な宇宙に、その人の存在はひとつだけ。過去にも未来にもそのひとつだけ。
 そう考えると存在の価値というものに気づくと思いますが、その存在の価値は裏返すと、「たったひとり」ということでもあるわけでして。

 自分がどれほど貴重な、大事な、「たったひとつ」であるか。それを認めるとはつまり、自分が「ひとり」であることを認めること。
 
 ひとり、は、孤独とはちょっと違う。
「ひとり」である自分を見つめてみれば、その貴重さに気づく。ひとりだからこそ、大事なのだと思う。そう芯から思ったとき、ほかにも無数に「ひとり」があることに気がつく。自分「ひとり」が大事な存在であるように、それら、無数にある「ひとり」の、ひとつひとつが、愛しくなる――そういうもんなんじゃないでしょうか。

 まあ、他者の存在を求めるというのも人にとっては自然なことなんで、それはそれでいい。他人と出会うことは自分と出会うことでもある。他人に出会ってびっくりしたり感心したり、好きになったり嫌いになったりすることで、自分がどういう考え方をし、どんな価値観があり、またどういう性質の人間であるかを知っていくわけですから。

 ただ、無闇にひとりを恐れ、その恐れや不安を「ごまかす」「まぎらわす」ために、強迫的に、ともだち、ともだち、というのであれば、まあちょっと落ち着いて、お茶でも飲んだら。ということになりますね。

 不安や恐れをなんとかしようと思って他人を貪るのは、愛情でもなんでもない、ただの「依存」です。これは、相手にとっても悲しいことじゃないかと思います。
 それは、その人を「たったひとつの存在」として認めているのではなく、ただ自分の不安や恐れを埋めるための道具としか、見ていない、ということですから。

 自立とか独立とかって言いますが、それはようは「ひとりである自分を受け入れる」ことなんですよね。
 ひとりということを否定的に受け取ることはない。ひとりは孤独という意味ではない。
 孤独というのは自分が心を閉ざしている状態のことです。
 心を開いているとき、人は孤独とは感じません。心を開くというのは、楽しむこと。自分を楽しませること。楽しむことで他者とつながっていくということなんで。

 ………といったところが、私の考察でございます。なかなか、うまい具合に言葉にはなりませんが。

 それに――面白いことに、そうやってこの宇宙に「たったひとつ」の我々は、けれどもその宇宙の始まりを見るに、源を同じくしてみーんなつながっている。ここが面白い。
 量子レベルで見ると、物質は、なんだかんだいってもつながっているんですよね。分断されて存在しているわけじゃない。

 人はだれでも、「ひとり」の存在である、ということと、
 それでも、宇宙の始まりから存在を共有して、つながっている、ということが、
 矛盾ではない、ということ。

 ことばにしているとかえって訳わからなくなりますが、でも、この「観想」は面白いですよ。(^^)

 ひとり、は、恐れるようなことではないし、恐れたところでどーにもならないことでもある。
 いささかも揺るがない事実ですから。「ひとり」だということは。
 それに、ひとりなのは自分だけではなくて、誰もがそうだ、と思えば、べつにいっかー。と思えてきますしね。

 自由だ、個性だ、自立だといいながら、その根本である自分を無視し、他人にばかり依存する傾向が強まっているのはなんでだろう。
 自立だ自由だ個性だということを、自分自身には認めず、他人に認められることで保証されようとするわけですよ、いまの社会の風潮は。

 考えて見ると不思議な現象かもなあ、と思います。
 
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キャベツの値段に思うこと

 拍手くださいました方、ありがとうございます~。m(_ _)m

     ●

 考えて見ると最近は、漫画は読んでないアニメも見ていない(鋼とコナンくんだけ;;)本もあんまり読めていないという状況であることに気がつきました。
 いえ本はね。読んではいるんですけどね。例によってちょっと人様にあれこれお話しするのには向いてない本だったり。
 べつにエロ本じゃないです。
 一例を挙げると、「化粧の歴史」とか。男性の化粧の歴史です。ふふ。ちょっと面白いんですよv 化粧するのは「男らしくない」なんて、とんでもない誤解だとわかる本です。
 ……でも、内容として一般向けじゃないかなと思うと、つい話題の対象からははずしてしまったり…;; (やはりマニアックな話題かなあと思うとどうもね)

    ●
 
 そんなわけでまたニュース記事の話題なんですが。
 野菜。
 高いんですよねいま(涙)

 あまりのキャベツの高値ぶりに、「これではトンカツ屋さんはさぞお困りだろう……」と思ってしまいます。
 へたすりゃ肉よりキャベツの方が高いんじゃ……。

 ということで、「規格外」のお野菜も売って! というのは、私としても魂の叫びでございますよ! ぜひ!

イオン、規格外野菜を実験販売
2010.4.19 14:30
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100419/biz1004191431003-n1.htm

野菜高騰「出荷前倒しを」 農水省、生産出荷団体に要請
2010.4.16 21:46
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100416/plc1004162148015-n1.htm

 毒物や、毒物同然に農薬で汚染されているなんてものじゃないなら、ぜひ、お野菜、出荷してください;
 常日頃の生産調整の話には、これまでも、怒りのあまりに血圧上昇、脳の血管ぶっちぎれになりそうになってきたことがたびたびありましたので――正直言ってそのへんについてはあまりお話ししたくありません。
 ので、そこらへんはスキップして。

 じっさいのところ、あるんなら出していただきたいですよねえ。規格外とやらのお野菜。
 そんな、高級料亭さんじゃないんだから、きゅうりが曲がっていようが、人参が曲がっていようが、大根がねじれていようが、形がでこぼこしているとか小さいとか、そんなの、料理しちゃえば関係ないんですって。
 というか、私などにいたっては、ちっとくれー見た目がアレだとしても、「胃に入れば同じ!」などといって、気にしたことはありません。(←少しは気にしてくれという話もある;;)

 ということでふだんから、ふぞろいの野菜、くだもの、あるんなら出してくれればいいのに、と思っているわけです。
(まして、生産過剰とやらで、せっかく作ったキャベツをつぶすとかさあ! ああああ、考えると血圧と脈拍が跳ね上がるわ。このバチ当たりが!)
(荒川弘さんの『百姓貴族』でも話題になっていますね)

 アイスランドの火山噴火も依然、収まる気配がないそうですね。
 こういう、大きな火山噴火があるとどうしても気候にも影響が出て、今夏は冷夏となり、作物の収穫にも影響が出るのではと言われています。(過去の事例からみても)
 ただでさえ、今年はこんなありさまなのに、と思うと心配ですよね。

 そんなわけなので、この際ですから、食べられるものなら出荷をお願いしたい、というのはけっこう切実。

 それにしても、空輸がストップしたらいきなり、食料にも、工場の部品調達にも支障が出るというこの状況を見て。
 これもひとつの、警告なのかもしれないなと思います。
 ……なんていうんでしたっけ、こういうの。人間の警告じゃなくて、天からの諭し、という意味の言葉があったはずですが……思い出せない;; 天譴だと「天罰」になっちゃうから違う。……えーとえーと;;

 ともあれ、これはいかんのじゃないか、おかしいんじゃないか、やめるべきなんじゃないかと疑問に思っていたことについて、まさにそのとおりの事態が出来している。
 こういうことが、これまでの考え方や行動を(いい意味で)変える、いいきっかけになってくれればいい、とも、じつは、思っています。
 スーパーへ買い出しにいって、キャベツの値札のまえで茫然自失の態となりつつも。(^^;)
(キャベツだけじゃないですが、キャベツやほうれん草って、もっともよく使う葉もの野菜ですんで……切実ですわ……)
 
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