今年もありがとうございました。m(_ _)m
2009年12月31日 (木) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 そんなわけで今日は大晦日。
 うっかりクリスマス前後に寝込んでいたため、昨日はもう、「一夜飾り」はなるまいということで、なんとか遅れを挽回するべく働きました~;;
 買い出しと掃除! いやはや。(^^;)

 それでも今年は玄関を磨き、トイレは天井まで拭き掃除できたので、細かいところはもう、言い出したら切りがないとして、ともあれ満足です。(^^)
 例によって通販で、長い柄の先にマイクロファイバーのモップが取り付けられるのを買ったんですが、思った以上に活躍してくれました。
 あと、重曹が大活躍。うーんなるほど便利だ。ちゃんときれいになるし、天然素材だし、洗剤と違ってへんに泡だらけにならないから、後始末も楽だし。

 そんなこんなで、なんとか、お正月準備はできました。

 本日は大晦日ってことで、明日(以降)の初詣について、ちょっとおさらいを。
 神社にいったときのお参りの作法とマナーです。


(1)一の鳥居にきたら、いちど足を止め、一礼。
 心の中で「どこそこの誰某です」と名乗る。

(2)参道は、中央は神様の通り道なので、真ん中は通らない。端を歩くようにしましょう。
 ………初詣の人ごみのなかでは事実上不可能ですが、そういう「心づもり」で。(^^;)

(3)手水舎。(てみずや/ちょうずや)
 ここで体を清めます。

 ひしゃくを右手に持ち、水を一杯汲みます。
 左手に水をかけて清めます。
 柄杓を左手に持ち直し、右手を清めます。
 右手に持ち直し、左手に水を受けます。
 左手に受けた水を、一口、口に含んで、口をすすぎます。
 柄杓にはまだ少し水が残っているはずですので、両手で柄杓の柄を持ち、柄杓を静かに立てて、水を柄に伝わせるように流し、柄杓を清めます。
 
(4)本殿の階段は、左足から上がります。

(5)お賽銭はじつは、投げ入れたとき音がするほうがいいんだそうです。「ちゃりーん」ではなく「バラバラッ!」と音がするのが理想。なので、同じ500円のお賽銭でも、500円玉ひとつではなく、白いコイン(100円、50円)と黒(10円)と黄(5円)、それぞれのコインの種類を混ぜ合わせるとよろしいそうです。
 なんでも、このときの音で、神様に気がついてもらう、という意味があるんだとか。(^^)

(6)二礼し、柏手(かしわで)を2回。
 それから手を合わせ、お願いごとを。
 声は出さなくていいので、住所と氏名と年齢(もしくは生年月日)を名乗り、まずは一年のお礼、それから新年の挨拶、で、お願いごとを。
 それから、また一礼。退出。

(7)一の鳥居を出るまでは振り向かない。
 鳥居を出たら、向きをかえ、本殿の方へ向かって一礼。

 といったところが、一般的な作法になるようです。

参拝の作法(東京都神社庁)
参拝作法は大人のたしなみ(All About)
神社本庁


 私は諸般の事情から三が日中に参拝できることは滅多にないんですが、あの混雑のなかでは、上記の作法通りにいかないのは承知しております。一礼という場合、最敬礼、90°体を倒すのが本来ですが、とてもできないですよね。そういうときは、気持ちをこめてできる範囲で、ということで。

 手水舎の作法は覚えてしまうとじつに合理的かつスマートでして、かえって、水で服を濡らしたりなんてことがなくなるので、是非、覚えましょう。
 ひしゃくには、間違っても口を付けたりしないように!!

 いまどきの若いものはなどと、エラソーな口を叩くオトナどもが、みっともないしぐさで水を使っているとき、若い者がスマートにすすっと手口を清め、柄杓を清めて、きちんと参拝できたらかっこいいではありませんか。(^-^)

 ま、それは余計なことではありますが……しかしなんにしても、スマートなしぐさというのは人をより美しく見せますから。教養ってことでひとつ。
 
 個人的に面白いなあと思うのは、神様に「住所と氏名と年齢」を名乗ること。(^^;)
 あちらにはどういう名簿があるんだろうかと気になってしまいます;;
 でもまあ、このへんは、人間のエライ人と会うときと同じマナーですよね。名を名乗り、挨拶をし、しかるのちにお願いごとを申し上げるという。
 
 そうなると気になるのが、コートとかどうしましょう、ってことなんですが。
 ひとさまのお宅にお邪魔するときは、玄関先で、ごめんください、という前に、先にコートを脱いでおきますもんね。
 参拝の場合。
 ショールは一の鳥居で一礼する前にははずす。
 コートは正式には、本殿の階段を上がる前に脱ぐ。
 ………んですけども。
 身動きすら、ままならぬ状況もありますもんね……;; そのへんは神様もわかってくださるのでは、ということで。(^^;) ショールをとるくらいはできますが。

 私みたいに、いちおう松の内ではあるがすでに三が日ではない、なんていう日にのんびりお参りする人は、そのへん、心がけていけばいいのではと。

 ちなみに。和服の羽織は脱がなくてもいいのです。うふふ。いいでしょう♪(…そう?)

 ということで、2009年もこれで暮れていきます。

 お疲れさまでした。(^^)

 今年一年は、個人的には――。
 そうだなあ。私自身には、いい一年だったと思います。

 私自身はいいんだけど、私の身近にいる人間にはあれこれ問題があり、となると私も無関係ではいられないので、心情的には厳しいところもあるのですが。
 それはそれとして、「自分自身のことに集中」して考えると。
 忙しかったけれども、健康、精神面もふくめて、かなりいい一年でした。(^-^)
 
 このブログも一年かけてあれこれ、ぶつぶつ、好きなことをほざいておりました。
 おつきあい下さいました皆様、まことにありがとうございました。m(_ _)m

 来る年が皆様にとってよりよい年となるよう、お祈りしつつ。
 今年一年、ありがとうございました。m(_ _)m

 どうぞよいお年をお迎え下さい。(^^)
 
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心はいつも太平洋ぜよ!
2009年12月30日 (水) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)

      ●

 こういったことに限らないのですが、ほんっっとに、ファンというのはしょーもないものでございます。
 買っちゃいましたよ復刻版。

りょうまくんりょうまくん
(2009/12/26)
バンダイ

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ryoumakun-2.jpg

 励まし人形、とパッケージに書いてあるのを見て「励ましてたんだ…」と思いました。それは、昔、この人形の話を聞いたときには気づかなかったな。(^^;)

 昔発売になったときは、ほしいな~とは思ったものの、具体的にどの店で買えばいいのかわからなかったので、そのままお流れになっていたのですが。
 ありがたやAmazonさん。
 新聞で復刻版発売ですよ~という記事を見た次の瞬間、Amazonに駆け込んで検索。そして、「予約商品です」の文字。
 やややややややったーーー!
 と思い、ぽちっとなをしようとしたとき目に飛び込んできたのは、
対象年齢6歳以上

 子ども向けの、じつはおもちゃだ、という現実に、一瞬ひきもどされますが、「いや、いいんだよ。だって私、6歳以上だし!」
 …………6歳だったのは何十年前だ? ってハナシもありますが。そこはそれ。

 それにしても恐るべし大河ドラマ。ほかの通販サイトでも龍馬特集とかっていって、酒器セットとかいろいろ売ってたし。(売れますか?;;)
 ………でもさー。大河ドラマ、いくら岩崎弥太郎視点で描くといっても、そんなにウケるかなあ。坂本龍馬……。面白い人物なんだけど、なぜか、ドラマとして面白い、というのは見た覚えがないんでねえ…。
 ファンとしては逆に、冷めた見方をしているというのが実情です。(^^;)

 で、このお人形は、単4電池2本使用。「励まし人形りょうまくん」。刀のところがスイッチになっていて、ここを押すと、数種類の「お言葉」を喋ってくれます。

 ・小さなことにこだわってちゃいかんぜよ!
 ・くよくよしてちゃいかんぜよ!
 ・でっかい夢を持たなきゃいかんぜよ!
 ・こころはいつも太平洋ぜよ!
 ・日本をいま一度、洗濯致し申し候!
 ・我がなすことは我のみぞ知る!

 ……じっさいの彼の言葉なのは最後の2つだけですな。(^^;) まあいいけど。

 むしろ面白いと思ったのはパッケージにある文章です。

《効能》
 幕末・期末・年度末受験地獄の方、
 失恋鎖国政策の方、薩長同盟的不安感、
 黒船来航的無力感の方などにお勧め。
 こんな元気のない方や大事を控えた
 方は、朝晩水なしで、りょうまくんを
 味わうべし。
 また、こんな症状の方が近くにいたら
 贈り物とするもよし。


 個人的には「黒船来航的無力感」がウケました。(^^)
 無力感を味わっているわけじゃないけど、たまに、やけくそな気分になってはいる……。うむ。

 また、効能書きの反対側には、

天気がいいのにメソメソすると
 風にハカマをなびかせて
 りょうまくんがやってくる
 小さなことにクヨクヨすると
 りょうまくんがやってきて
 太平洋の心を話してくれる


 いいですねえ。ぜひ。(^-^)

 しかしまあなんですね。こういうおもちゃが、自分の没後120年余を経て世に出ることを、ご本人が聞いたらなんと言ったでしょうか。(^^;)

 私もご多分に漏れず、最初の出会いは司馬遼太郎「竜馬がゆく」でした。小学校6年の秋でした。
 その後、自分なりにほかの文献書籍にあたってきましたが、彼の持つ独特の人間性を、魅力と感じることには変わりはありませんでした。
 惜しい人を亡くしたもんです。たぶんあのあとを生き抜いても、彼はもう、歴史の表舞台には現れなかったでしょうが。
 しかしもしも、せめて、薩摩の小松帯刀、そして坂本龍馬が生き残っていてくれたら、戊辰戦争はあれほど愚劣なものにならずに済んだかもしれません。歴史に「IF」はないというのはわかってはいますし、そういう大きなうねりの前では、さすがに人間ができることには限界があるとも、承知してはいるのですが。

 じつは私のみるところ、面白そうな人材はほとんどが幕末でお亡くなりになったり殺されたりしている(安政の大獄、寺田屋事件、池田屋事件、禁門の変、その他暗殺多数)。明治に生き残ったのはある意味××とハナタレ小僧(年齢的に)ばかり、………なんて思っているから、「明治に入ると一気につまらなくなる」と感じるのかもしれません。

 さて、この「りょうまくん」、足下はちゃんとブーツのようです。トレードマークですね、すでに。(^^)

 坂本龍馬、といわれたとき、なぜか私の脳裏をよぎっていくのは、よく登場するあの写真――立ち姿の、なにかの台に寄りかかるように立っている姿ではなく。
 後ろ姿です。

 懐手をして、袴にブーツという姿で、歩いていく後ろ姿。
 その背中。
 
 自分でも器用なもんだと思います。実際には写真すら見たことがない後ろ姿がイメージとして焼き付いているというのは。(^^;) これも「妄想力」のなせる技でしょうか。
 
 この「りょうまくん」、可愛いのはいいのですが、声にいささか納得がいきません。(^^;) 個人的には龍馬さんはもうちょっと美声の持ち主だったんじゃないかと(ほら妄想だ)思うのですが(基本的にスピーチの名人は、発声もいいはずなんですよね)、ともあれ、「我がなすことは我のみぞ知る」を聞いて、じーんと感動していようと思います。……筋金入りの××ですよ我ながら。

 ――世の中の 人は何とも 言わば言え
   我がなすことは 我のみぞ知る
――

 てなわけで、りょうまくんの後ろ姿。

ryoumakun-3.jpg

 ここにスピーカとon/off スイッチがあります。紋所は桔梗紋じゃなくて「龍」になってますね。

 来年の大河ドラマはじつは、「えー………どうなの」と、横目で見ている気分なのですが、でも、それがきっかけでこの人形が復活したのは素直にありがたい、嬉しい、と思っております。(^^)
 
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拍手御礼
2009年12月29日 (火) | 編集 |
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紬の訪問着
2009年12月29日 (火) | 編集 |
 先日は、きものと帯の「格」なんてなことを申しましたが。
 格とはなにか。
 これは、いろんな人がいろんな表現をしていますが――「付下(つけさげ)は小紋よりエラい。訪問着は付下よりエラい」とか(……どなたの表現だっただろう;;)。

 よーするに「格」というのは「フォーマル度」のことだと、私個人は思っております。

 女性の着物の場合、もっともフォーマル度が高いのは、「留袖」「振袖」になりますね。
 既婚なら黒留袖、未婚なら、色留袖か、振袖。
 その次が訪問着。
 次が付下。
 次いで色無地。
 その次はもう気楽に着られる小紋。

 以上のうち、小紋以外はあとは紋(家紋)が入るか入らないか、入るとしたらいくつ紋が入るか、で、また変わります。

 小紋までの各種は基本的にみんな「染め」の着物です。
 訪問着はなんといっても友禅染。
 友禅染は、生地に直接、絵を描くようにして柄付けをしますが、小紋というのは「プリント」です。なので、上記のものほど「エラくない」。

 それでも小紋は、柄や、色によっては、お茶席に着ていくこともできます。

 織の着物である「紬(つむぎ)」は、本来的には、そういうことができません。
 昔の階級社会においては「上流階級の人の日常着」ということで、なにか、催し物や、正式な席には着ていけるものではなかった、というのが本来のようです。
 紬自体はいずれも歴史が古く、中世どころか、結城紬などは少なくとも奈良時代まで遡れるようです。
 その当時はたぶん、紬だからインフォーマル、なんて区別はなかったでしょうねえ。

 結局、現在のきものの、エラい、エラくない、というのは、江戸時代の社会階級制度と明治にできた決まりを踏襲している、ということになるんでしょう。

 紬が普段着というか日常着で、あくまでインフォーマル、――まさかパーティ会場にジャージを着ていく人はいない、というときの、ジャージに相当するのが紬、と考えていただくとわかりやすいのでしょうか。

 しかし、昔の上流階級では普段着だったかもしらんが、庶民である我々から見ると、紬は「高級品」です。これほど値の張るものなんだから、パーティとかに着ていってもいいじゃん! と、言いたくなる気持ちはわかる。

 ということで、悩ましいのが「紬の訪問着」ってやつです。

 訪問着は明治時代にできたきもので、フォーマル度は高めですから、「染め」が基本。
 訪問着は、その柄付けが「絵羽(えば)」「絵羽模様」であることが特徴で(振袖も同じ)、上半身の肩、脇から、袖、おくみ、衿、裾は前身頃~後ろ身頃と、ずーっと柄が続いているもののこと。

 その柄を友禅染で表現しているのがフツウですが、いまは、紬で――つまり、生地を織りながらその模様を作った、というものがあります。
 技術的には大変なものです。お値段もそらぁもう、あたしなんぞには、桁もなかなか数えられなかったりして。(^^ゞ

 しかし、であっても、紬は紬。
 正式なパーティ、結婚披露宴に着ていくものではない。
 ――という考え方が、まず、あります。

 その一方で、紬かどうかはともあれ、訪問着は訪問着。絵羽になっていれば訪問着なのだ、という考え方もあります。

 和物の雑誌「花Saku」1月号は、市田ひろみさんの特集ですが、この話が出ているんですよね。
 昭和40年代ですか、市田さんがテレビ番組で、紬の訪問着をお召しになっていたところ、当時のご年配のご婦人から「紬は正式には訪問着にならない」という投書が来た。市田さんは翌週の番組中で、「絵羽の模様であれば、紬でも化繊でも模様が絵羽につけてあれば訪問着」と解説なさったんだそうで。

 悩ましいですねー。
 私個人の体験としては、先生が「最近じゃ紬の訪問着を、結婚式にも着ていけるからって薦めるお店があるから、困る」と、ちらっとおっしゃったのを聞いたんですが。
 最近じゃないんですね…。少なくとも昭和40年代にはあったんだわ、この問題……。(^^;)

 訪問着かどうか、というのなら、そら、訪問着です。
 が。
 結婚式などの正式の場に着ていけるかというと――どうなんでしょう……。

 かつては、叙勲があって皇居にいくとか、園遊会でよばれたなんてときでも、女性は黒留袖を――本来のドレスコードに則って――着ていたが、なにしろ真っ黒ですからねえ黒留って。
 ことに園遊会というのはパーティですから、華やかさを演出するのも、また、出席者のマナーではある。
 ということで、現在では、色留袖を着ていくのがむしろ好ましいということになっているそうです。

 てなわけで。
 私個人は、それがパーティにもふさわしい、フォーマルとして充分やっていける存在感があるものなら、紬で訪問着も、いいと思うんですよ。

 でも。
 華やかなパーティに、地味~な色使いのきものってのは、どうもあまりふさわしいとは思えないし。

 結婚式の場合、下手をすると、新郎/新婦に恥をかかせることにもなるんですよね。(--;) 自分ひとりの問題じゃないということに。
 たとえば披露宴でジーパン姿でいっちゃったなんて場合、周囲の人はさすがに顰蹙し、あれは誰、どなたの関係、と、聞くでしょう。
 新婦の友人ですなんてことになると――新婦、あとが大変です。親戚筋から「あんなのが友人」てなことを言われちゃいます。

 自分の友人に、そんな恥をかかせるなんて、あたしゃ耐えられない。
 と、考えてしまう方なので。(そういう考え方をとらない、という方ももちろんいらっしゃるでしょうが)
 こういう場合は、従来の価値観にしたがっておこうかな、というのが、私にとっての選択になるでしょう。(^^;)

 そういいながら、自分ひとりでふらふら歩くときは、小紋にピンクの長羽織(H/Lだよん)、衣紋と袖ぐちからは白いセーターをチラ見せ、足もとはブーティ、という恰好をしているわけです。……だって寒いもん;; きものの下なんて(外からは見えないけど)あったか素材のステテコにヒートテックですぜ。

 ようは、TPOじゃないのかなーと、そのように考えています。いまのところは。

 伝統の衣装ではあるけど、その時代時代で考え方は変わるし、流行もあるし(今は長羽織が流行りですね)、そんなにガチガチになることもねえべ、と言い。
 しかし関係者にいらぬ恥をかかせたくないから、保守的に行く方が無難と思えば、そうするし。
 
 そのへんの「兼ね合い」が、難しいところかもしれませんね。

 でも、ちょっと買い物とか、旅行、観劇なんてときは、ひと様からは「なんだあれ」と言われるくらい傾(かぶ)いたことをするのも、楽しい気がします。(^-^)
 
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拍手御礼
2009年12月28日 (月) | 編集 |
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仕事納め
2009年12月28日 (月) | 編集 |
  全日本フィギュアスケートなんですが……あのお…、男子シングルのほう、放送、なかったですよねえ? それともBSとかでやってたのかな?
 女子はちゃんと放送があるのに、なにゆえに男子の方はなかったのでしょう……。見たかったんですけど…。スポンサーの関係なのかな? (^^;) 気の毒な男子…;;

     ●

 本日は仕事納めの日………なんですが;
 予定はあくまで未定である、なんてことになりませんように(祈)
 なんせ先週、結局ほとんどなにもできなかったので;;

 でも、毎年のことではありますが、お正月に向けての準備って、忙しいけど、なんとなく嬉しいですよね。(^-^)
 嬉しいというか、やはり心弾むと申しましょうか。……今年はちょっと出遅れて、お飾りとかもこれからですけども;;
 でも、細かいことをあれこれ準備していると、なんとなく、お正月が待ち遠しい気持ちがしてきます。

 そのためにも今日を頑張って乗り切るのだ~。
 
     ●

 かぼちゃのポタージュですが、――冬至は過ぎちゃいましたが、おととい、挑戦してみました。(^^)
 これが正しい手順かどうかは不明なんですが……。

 玉葱を刻んで炒める。
 カボチャを3~5センチ角くらいの大きさに切って下ゆで。
 フードプロセッサにかけて、ペースト状に。
 これを、カボチャを下ゆでしたお湯と牛乳でのばし、味付けをし、生クリームもちょっといれて。
 ポタージュっぽくなりました。(^^;)

 たしかテレビで見たレシピでは、ゆでたじゃがいもも入れていたような気もしましたが……まあいいや。(いいのか?)
 んー……。あれかな、じゃがいももいっしょに入れると、より、とろりとした食感になるのでしょうか。
 ちゃんとしたレシピ、探した方がいいのかな。(^^;) ←いきあたりばったり料理

 ポタージュというと、とにかく裏ごしをしないと作れないと思い込んでいたんですが、あのフードプロセッサっつーのはすごいもんですねー。裏ごししなくてもできますねー。
 もちろん、裏ごしした方が、より、丁寧で、やわらかな舌触りになるんでしょうけど。

 じつはうちにはフードプロセッサなんてものは数十年来、影も形もなかったのです。(^^ゞ
 それが、先日、ある意味よんどころない事情によって購入しまして、せっかく買ったんだから、ちょっと使ってみようということで。
 いままで、外食か、さもなきゃ出来合いのポタージュしか食したことはなかっただけに、自宅で作れたというので感激もひとしおでございました。

 私は基本的に、味付けは薄味、素材の味のほうを味わいたいという舌をしているので、自分で作る「あっさりめポタージュ」、おいしゅうございました。
 市販のものは、やはり、やや味が濃いですよね。塩っけが強いというか……でも人間て、しょっぱいもの、味が濃いものを美味しく感じる傾向があるので、市販品としては、仕方ないところなんでしょうね。
 私好みに仕立てた味は、濃い味つけが好きな人には嫌われるんだろうな……。(^^ゞ

 そういえば、料理に生クリームを使うなんてことも、じつは、過去にはなかったりして。
 昨夜は、カレーに、残った生クリームを「もったいないから」と、母が入れてみたのですが。
 味は確かにまろやかになり、コクもでて美味しかったのですが、存外に生クリームって主張が強いんですね~。カレーが、たしかにカレーではありつつ、ホワイトシチューっぽい感じにもなり、なんとも不思議な味付けに……。(^^;)
 ホワイトシチュー入りカレー、みたいな(謎)

 謎の料理となりましたが、でもおいしかったので、ま、結果オーライってことで。

 そういえば、薄味。
 これはほとんど、習慣ですよね。

 先日は、大きな総合病院へいっていたのですが、待っている間、モニターにそういった医療情報が、テレビコマーシャルみたいに流れていて、例のあれですね、高血圧の人は塩分を控えてね、というお話でした。

 どうしても、濃い味がやめられない人は、断食をするといいんだよなあとぼんやり思って眺めていました。

 いつぞや、「酵素」を使ったファスティング(断食)ダイエットのことをちらりと書きましたが。
 不思議なことに断食のあと、重湯からまたもとの食事へ戻していくのですが、このとき、強烈なまでに舌が味に敏感になっているのに気がつきます。

 酵素をとりながら断食をすると、文字通りのデトックス=解毒ができるわけですが、そうしますと、味覚もまた、ある意味リセットされるのかもしれません。
 通常であれば、塩もいれていない重湯では、味を感じないと思うんですが、断食後の重湯は、米粒さえ数えるくらいしか目に見えない、ほとんどスープ状なのに、お米の甘さをびっくりするほど感じるんですよ。

 傍で見ている人からは、味がついてないよ? などと訝しがられたりするんですけど、ほんとうに、調味料がいらないんですよ。お米ってこんなに甘いんだなあ! と感動します。

 昔と同じように伝統的な食生活を守っているエスキモーの子どもに、我々がふつーに食しているお菓子をあげたら、彼らは一口口に入れるや、すぐに吐き出した、という話を聞いたことがあります。それくらい、我々が慣れ親しんだ味は、(調味料というものを使わない食事の人には)「毒」っぽい、ということ。
 ……ぽい、んじゃなくて、本当に、ある意味毒なのかもしれませんね……精白された砂糖や、穀物なんてのは。

 本来の、人の味覚というのはそういうものであったのだろうと思いました。
 お米であれ、肉、魚であれ、その食材そのものの味を、「味」というのだろう、と。

 塩というのは、もちろん、人の体には必要なんですけどね。ここでは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」の話ってことで。(^^)
 
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拍手御礼
2009年12月27日 (日) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます。(^^)
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吉祥紋様
2009年12月27日 (日) | 編集 |
 例によってニュースサイトをザッピンングしていたら、次のような記事が目にとまりました。
  ↓↓↓
キャリーバッグ事故多発、国民生活センターが初の注意喚起

 だいぶ以前から駅構内では注意喚起が行われているのですが……馬耳東風ってか?
 じっさい自分があぶない目や痛い目にあわないとわからないのかなあ? あってもわからないのかもしれないけど。
 なんだかなー。(--;) 私としてはあんなもの、人ごみのなかで使うもんじゃないと思うし、じっさい、あぶない目にも痛い目にも遭っているし、自分が使ってみて、べつになにも便利じゃないという結論になりましたんで、よく皆さんあんなもの(失言)使うよなーというのが、個人的にはもっとも率直な感想。(^^;)

 しかし、こんなことを、いちいちいちいち言わないと(言われても)わからない、というのはすごいことですよねえ……。
 
     ●
noshi.jpg

 
 写真は、今回購入した染めの帯です。

 自分で持っている帯というのがいずれも織の帯ばかり。
 洋服で言えばワンピースに該当する小紋のきものを、もうちょっとカジュアルダウンして着たくなりまして、となると、織の帯より染めの帯だな、と思った次第。

 基本的に帯は、模様を染めつけたものよりも、織で表現したもののほうが「格が上」になります。西陣織、佐賀錦、唐織錦、綴錦の帯、などですね。(きものはその逆で、染めのきもののほうが格が上です)
 織の帯とはいえ、紬(つむぎ)はあくまでもカジュアルです。

 この帯ですが、アウトレットでして、お値段なんと、お仕立て込みで7,000円(税別)。
 アウトレットとはいえ、いいのかなあ、と申し訳ない気持ちになります……といいつつ買いましたが。(^^ゞ
 この柄は「束(たば)ね熨斗(のし)文(もん)」と言います。

 熨斗は本来、アワビの肉を伸して、祝儀の引き出物などに用いた縁起物。これを細長い帯状のものに図案化したのが、この束ね熨斗文でして、「吉祥文様」のひとつです。おめでたい柄なのです。なので、お正月に着るのにいいかな~と。(^-^)

 今年も初詣はきもので行きたいと目論んでいるわけですが、寒いので、羽織を着ていく予定。
 羽織を着ちゃうと帯はほとんど見えないので、ま、カジュアルっぽい染めの帯でもいいかな~と。染めの帯も欲しかったし。(^^ゞ

 色は白地のものが欲しかったのでちょうどよかったのですが、こうなると気になるのが汚れ。なんせ挙措動作が粗雑な人間なもので……どうにも。(T_T)
 購入したお店ではきものや帯のガード加工もしてくれるというので、お願いしました。こちらのガード加工のお値段が、3,000円(税別)。
 帯本体、お仕立て、ガード加工、しめて1万円ですからねえ……。アウトレットとはいえ、「そりゃ、ふつうのお店じゃ買い物しなくなるわけだわ」と母に納得されました。

 ………私だって「ふつうのお店」で買い物したい気持ちはありますよー……。(^^;)

 でも、無理な買い物をしてあとで悲鳴をあげるとか、もったいながってせっかく買ったのにろくに着ないとか(たんすの肥やしにするのが最大の無駄!)、――そんな事態になるくらいなら、できる範囲で努力した方がいいや、ということで。

 また、このガード加工というのも、やっぱり進化しているんですね。
 どうも従来のガード加工をすると、かつては、絹の風合いが損なわれたりってこともあったようですが、最近ではそういうこともないようです。
 夏物のガード加工も、風通しが悪くなるなんてこともないそうですし。

 ただ、クリーニングに出してしまうと、ほぼ、効果はなくなる、と聞いていたんですよね。
 しかし、今回のガード加工はアプトネス(R)加工シルク、というんだそうですが、数回ドライクリーニングしても効果は維持される、とのことでした。
 ↓↓↓
http://www.kinutec.com/aptness/index.htm

 ああ、それはいいなあ、と思いました。
 できあがってきた帯もたしかに、絹の風合い、手触りはそのままのようです。
 進化してるんですね~。(^-^)

 ところで、きもののほか、帯も、たまには洗濯してみるといいですよ。
 私ももっぱら、ネットのお店でお願いしてばかりですが、京都の専門店が多いので、うちの近所のクリーニング店に出すよりも安心だったりして。(^^ゞ
 古い帯も、洗ってもらうだけで、ホントに生き返るようでびっくりします。

 あと、もう帯芯がくたびれてしまっていたり、へんな折り皺がくっきりついちゃってる、なんて場合は、帯も、ぜんぶ解いて、洗って、それからまた芯を入れ直し、仕立て直してもらうと、かなり生き返ります。
 
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「鋼の錬金術師」24
2009年12月26日 (土) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます。m(_ _)m
 
 昨夜は、毎年恒例となりました、小田和正さんの「クリスマスの約束」でしたが、録画はしっかりしましたが、見ていません;;
 本年は、風邪からの回復につとめて寝てました……。
 お正月にゆっくり見たいと思います。それにしても………すんごいゲストの数と顔ぶれですよね。どうなったのか、楽しみです。(^^)

     ●
鋼の錬金術師 24 (ガンガンコミックス)鋼の錬金術師 24 (ガンガンコミックス)
(2009/12/22)
荒川 弘

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 そんなわけで本日は「鋼の錬金術師」24巻でございます。
 おおお、いかにも「最終章」な展開だ…! と感動したんでございますが、アニメのほう、じつは録画が溜まるばかりで全然見ていません(涙)

 ということで(?)。
 ネタバレはダメです、という方、本日はこれにて失礼致します。m(_ _)m

 べつにノープロブレム! という方、以下、追記部分にておつきあいくださいませ。
 ありがとうございます。


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天道に恥じず
2009年12月25日 (金) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます。(^^)

 本日はクリスマス。
 メリークリスマス、ですv ま、カタイことは言わず♪(←仏教徒)

 昨日はイブでしたが、さすがに今年は半分(以上)忘れてました;;
 が。
 よそさまのクリスマス漫画とか拝見して、幸せな夜でした……。(^^)
 おかげさまで私の方はだいぶ復活しました。
 今日はケーキ買ってこようと思います。1日遅れましたが;;

      ●

「鋼の錬金術師」の新刊も入手できまして、そちらのこともあるのですが、本日のところは世間話。

 結局、自分の都合や好き嫌いや保身のことばかり考えていると、「まこと」がない、ということになるんだな。
 ――と思って聞きました、昨日の、鳩山由紀夫氏の弁明会見。

 聞きました、というほど、じつはちゃんとは聞いていませんが。なにしろ見苦しかったので、つき合いきれなくて。(^^;)
 最初の3分は我慢していたのですが、なんだかぐちゃぐちゃと棒読みしているだけなので、要領を得ず、チャンネルをかえてしまいました。

 そしたら、そこでは、ゴンこと中山雅史選手の移籍会見を放送していました。
 いつもの中山節炸裂の、でも、内容はとても濃い、主張とポリシーがはっきりした、小気味いい言葉を聞いていて――なにしろあの寝言の直後ですから、どうしても引き比べてしまい。
「自分にさえ嘘をつく男と、《まこと》に忠実に生きる男とでは、これほどに言葉に違いが現れるのだな」
 と、しみじみ思ってしまいました。

 まことというのは、単に誠実という意味ではなく、道理というか、天道地道(てんどう・ちどう)、宇宙を貫いて不変、不易の「理(ことわり)」だと思っていただきたい。
 それはとてもきわめてシンプルなもので、シンプルである故に、この世の不条理に生きる我々人間には、守ることが難しいもの。

 たとえば、嘘を語るなというのがその「天道」だとすると……これを忠実に守るのは、けっこう難しいことじゃないですか? (^^;) お世辞だって嘘の一種だとすれば。
 でも、お世辞くらいは言えないと、社会性がないことになっちゃう。それが、この世の不条理。

 そこはまあ、「まこと」と、自分の生きる「都合」を、どうすり合わせるかというのがこの世のバランスってもんだと思うので、厳密に守ればいいとは私も思ってはおりませんが。

 それにしても、自分の都合だけ、自分の保身だけ、自分の好き嫌いだけを押し通そうというのは、そうとうな、「まこと」に逆らうことだと思ったわけです。

 他人のことをあげつらうときは、ずいぶんおキレイなことを言っていたのに、自分の身に降り掛かったとたん、いいわけの山、弁解の山。屁理屈の山。
 自分は悪くないと言い張る見苦しさ。――秘書の罪は政治家の責任と言っていた、あれは自分には当てはまりません、だって自分のことだから――というのは、どういう論理?

 悪いことはすべて他人のせい。よいことはすべて自分のおかげ。という、「他人に厳しく自分に甘い」態度は、最後には、自分自身にさえ嘘をつくことになる。
 自分でも、重ねるいいわけには道理がなく、見苦しく、聞き苦しく、説得力もない、ということはわかっているはずです(わかっていないなら本当に××だ)。
 しかし、そこをあえて無視し、自分に嘘をついてさらに虚言を重ねる。

 苦しいだろうな、と思います。同じ人間としては同情します。

 自分がそういう意味での嘘をついていることがわかるからこそ、あんなに生気のない、覇気のない、ごにょごにょと、声は小さく、言葉は不明瞭に発話され、見るからにみすぼらしい様子になってしまう。

 あるいは見苦しいことになるのかもしれない、といいながらも、それを「覚悟」しながらも、自分はこの道を行きたい、この道をいく自分をみていてほしい、と、瞳の奥に力強い光を宿して、声も言葉も明瞭に訴える人の姿を引き比べたとき、「まこと」を踏み外した人間の、悲しいばかりの見苦しさが、いっそう際立ってしまう。
 そう思いました。

 個人的には私は、ああいう、政治献金や税金のからみで騒いだことはないので、今回も、べつに、その点についてわあわあ言う気はございません。
 私が考えるところ、お金の話というのは、政治家の使命とどっちが大事かと考えたとき、じつに「本論」からは外れた話だとしかいいようがないので、まったく無視することはないまでも、そんなことで辞任だ辞職だという話にまでもっていくこともない。そう思ってきましたから。
(国を売ってお金を得ている場合は別ですよもちろん)

 政治家として、もっとも求められるもの、もっとも重要な責務はなにか、という「本質」というものを考えていれば、そのようになるしかありません。
 
 それなのに、誰かを陥れる口実にしようと執拗に攻撃したり、あるいは、そういう攻撃から逃れようと必死になったりと、その状況によって、言うこと行うことをころころ変えるから、ああいう見苦しいことになる。
 ものの本質や本論を考えず、ただ、その場その場で適当なことを言っていると、結局、自分で自分の首を絞めることになる――。

 もうひとつ思ったのは。
 まこと、というものがわからないと、本当に言葉がわからなくなるんだなあと。

 お互い人間ですから、そりゃ、意図していなくても、これはマズいよ、という立場に立たされたり、失敗したり、トラブルになることはありますよ。必ず。
 大事なのは、そういうトラブルになったとき、どういう態度で対処するか、ということではないでしょうか。

 今回の場合、ああやって言い訳をすればするほど、「まこと」からは遠ざかる。
 なにしろ、秘書の罪は政治家がこうむって辞任するべきと、ずいぶんなことを自ら言ってきたのですから。その状況におかれたのなら、自分がまず、その言葉に従うべきだと、誰だって思うでしょう。

 それなのに、ごめんなさいのひとことさえ言わず、私は悪くない、私は知らなかった、というのでは、あまりにも不誠実。
 不誠実。何に対してか。――(過去の)自分自身に対してです。
 もしも過去の自分が間違っていたと思うなら、当時の発言も含めて、自分の過ちは認め、謝るしかないのです。本来なら。

 悔しい思いも納得できない思いもあるでしょう。けれども、そこであえて、ごめんなさいといわなければ、人々には「誠実」さが伝わらないのだから、致し方ない。
 弁明をすればするほど「嘘」に陥る。

 もうひとつ思ったのは。
 これはなにも、鳩山由紀夫氏のみに言えることではないのですが、――「率先垂範(そっせんすいはん)」「率先躬行(そっせんきゅうこう)」という言葉を、我々は、思い出す必要がある、ということ。

 市井の人だって同じなんですが、重職にあるひとはなおさらです。
 多くの人に見られている、あるいは判断の基準にされる立場であれば、自分のもつ影響力を考え、手本となるようにしなければならない。
 そういう「覚悟」があまりにも薄弱だ、と思いました。

 反面教師のつもりなら、それはもういい。反面教師だらけの世の中ですからね。反面教師はもうけっこう。(^^;)
 ちなみに、一般人としては「いい人」なのだろうとは思いますが、政治家としては「最悪の資質」を持つらしい鳩山氏は、つねに右顧左眄、人の言うことに左右されてしまうようですが、今回のことでも、
「辞めろと言う国民の声が圧倒的になった場合には尊重しなければならないが、そうならないように最善を尽くす」
 とおっしゃった。
 なんとも他人任せなことで……。

 私は、今回の件ではべつに、ぜひ辞めろ絶対やめろとは申しません。
 辞めていただきたいのは確かですが、それはまったく別の理由によるものですから、ご安心ください……と言っていいのかどうか。(^^;)
 でも、辞めてほしいのは鳩山由紀夫氏おひとりではありませんし…。たぶん、そこがいちばんの問題。

 昨日はそんなわけで、気分が悪いまま終わるところだったのを、中山選手のおかげで、「これこそ」という人の姿を見ることができて、本当によかったです。清々しいものがありました。
 いろんな人に、いろんなことを言われるんでしょうね。それでも、いま、自分が最も求めるものはなにか、自分を偽らずにすむ方法は何か、自分にとってのまことというものをまっすぐに見つめて考えた、あれが、その結論なのでしょう。
 その気持ちは本当に、よく伝わりました。

 まことに近づくために、頑張っていきたい。そういう、いいお手本ですね。
 応援してます。(^^) 

 いやまったく。
 素敵な手本を見せてくれる、いい男って、人類の宝ですよねえ。大事にしないといけません。
 なるほど、「いい男は公共財」だ。ナットク。
  

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拍手御礼
2009年12月24日 (木) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございます。(^^)
 一言下さいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv

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GUNDAM is coming to SHIZUOKA!
2009年12月24日 (木) | 編集 |
 GUNDAM is coming to SHIZUOKA~♪、とくると字余りというか、音があいませんが。(^^ゞ
 ともあれ、あの1/1のガンダム、静岡にくるんだそうで。
  ↓↓↓
等身大ガンダム 静岡で再び大地に立つ

 JR東静岡駅前かあ……。
 私の行動半径には入ってこないなー…。
 いつか見られる日はくるでしょうか。(^^;)

       ●

 本日はまだ調子がいまいち、ってことで、事実上、お休み状態です…。
 でも、どうやら熱があったんですねえ。今朝になってから体調が楽になったのを感じ(あの体の芯のだるさがだいぶなくなりました)、「あー。やっぱり熱っぽさはあったんだ」と思いました。べつに寒気もないしと思って、体温計も取り出してなかったんですが。
 ヤマを過ぎてから覚る…。(^^;) ←ニブい。

091224_1020~0001

 写真は、先日買ってきたトルコキキョウと小菊。
 最初に買ったときのお花は終わってますが、これ、買ったときは固いつぼみだったんですよね。
 このつぼみ、咲くかな、どうかな、と言っていたんですが、みごと! 咲いてくれました。(^^)

 もとは濃いピンクのお花ですが、切り花になってから咲いたせいか、色はこんな具合に、うっすいベージュピンクで、これ以上は色は濃くならないようですけども。
 でも、ちゃんと咲いてくれて嬉しいです。
 なんとなくお得な気分♪ (^_^)

 
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ローマン・ドライバー
2009年12月23日 (水) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 拍手表示がまだ直ってませんよ~。(T_T)
 いつになったら直るのでしょうか。

 ともあれ、管理画面から、ありがとうございます~。
 
       ●

 ついに風邪を引いてしまいました;;
 先週末からの冷え込みで、鼻炎から副鼻腔炎、扁桃腺化膿まで進行してしまいました。
 私の場合は風邪というより「自家中毒」に近い気がする;;

 病院へ行けなかった土日で一気に悪化しまして、久しぶりに、扁桃腺のみならず、喉の粘膜そのものに、ちょっとだけですが化膿が出ました。
 こうなるともう、熱は出なくても微熱くらいはあるようで、だるいわ頭が痛いわで……。
 事実上今週の予定はぜんぶキャンセル。

 結局、ここまで悪化するというのはもう体の方が疲れて抵抗力が低下しているサインなんでして、もう無理はしないという方向で努力することに。寝正月はイヤです~。(T_T)
 ということで、じつは月曜日午後、また病院へ駆け込んで抗生物質をもらってきたのですが、やっぱり効き方が遅いですねえ; いや、効いてはいますが。
 もうこうなると、栄養とって寝ているのがいちばん。
 今日がお休みでよかった;;

       ●

 またも「誤訳御免!!」様からの連想の話題。(^^ゞ
 日本のドライバーの振る舞いのひとつに「サンキューハザード」があります、という話題なんですが。

 3車線から2車線へ合流するとか、高速道路の本線に合流してくる、という車に、道を譲って「どうぞ~」と入れてあげると、本線に入ったところで「ありがとう~」という具合に、ハザードを1、2回、点灯させるあれです。

 私も免許をとったばかりの20年前は、あれをやられてびっくりしました。教習所では教えてくれなかったし、たしかに、考えてみるといまほど一般的ではなかったようにも思います。
 とくに大型車は、みんな、自分の前に来られると視界が遮られてイヤですから、わかっていても割り込みをさせてあげない、というパターンが多いですね。なので私はわりと、大型トラックでも譲っていたのですが、そうすると、ハザードがちかちかっと。
 最初は「え?! あたし、なにか変なことしました?!」とビビっていたのですが、そのうち、それが御礼サインだと気づいてホッとしてたり。
 
 このハザードによるサイン、じつは発祥の地はドイツであり、日本では昭和54年、運送業界紙で紹介したのが最初とのこと。
 たしかに、私が見てびっくりしていたのはみんな大型車でしたから、なるほどなあ、と思いました。

 で、このハザードのサイン映像に寄せられたコメントのなかに、スイスの方からで「日本人ドライバーって、イタリア人ドライバーとは180度違うんだな」というのがありまして、それで思い出したのが。

 これももう15年くらいまえですが、いちど、イタリアはローマへいきまして。
 永遠の都に、日本の田舎者。あたし究極の「おのぼりさん」だわ~と思いましたが、いやあたしかに、交通マナーはすっごいものがありました。
 歩行者は、およそ信号なんか守らない。守るとしても、青になるやいなやというよりは、青になる前に足早に歩き出す。
 自動車の方もなんだか容赦がない感じ。
 イタリアはヨーロッパの大阪、というのはこういうことかと、へんなふうに納得していたりして。
 ただでさえ、のんびりペースの田舎者にはこれはキツいわ~と思っておりましたんですが。
 バチカンへいったおり、ほんっとーに困ってしまいました。

 横断歩道に信号はない。けど、けっこう車は通る。おまけに道は広い、という交差点で、文字通り、立ち往生してしまいました。
 通る車の間隙(かんげき)を縫って、足早にこの横断歩道をわたらねばならない、ということは理解できたんですが、どうにもタイミングがつかめず。
 横断歩道のほとりで、踏み出しかけてはやめ、やめてはまたトライしようとし、とにかく困っておりましたら。
 一台、車が、停まってくれました。
 地獄に仏、ローマの道路に親切なドライバー!
「すみません! ありがとうございます!」
 と、思いっきり日本語で叫びながら、通らせてもらいました。(^^;)

 あれほどスッゴイ運転するのが当たり前の、ローマのドライバーが道を譲ってくれたからには、私の、信じられないほどの鈍くささに、思わず憐憫の情を抱いてしまったのだろうと思うと、どうにもお恥ずかしいですが、でも、ホントにあれは嬉しかったし助かりましたです。(^^ゞ

 この話を聞いたときのうちの母のひとこと。
「あんたのことだから、お礼をいいながら頭を下げてたんでしょー」
 ……はい。
 実はそうなんです;;

 これは日本人の習性ですよねえ; 電話でもつい頭を下げたりとか、意識してるんじゃなくて、体が勝手に動いてるんですよね。(^^;)
 お礼を言いつつ頭を下げつつ目の前を横切って行く、東アジア系の鈍臭い女の子(当時)に、ローマのドライバーはどんな感想を抱いていたでしょう……。いやはや;;

 あのとき道を譲ってくれたドライバーのおにいさんとは、たしかに「異文化コミュニケーション」が成立していたのかもしれない……と、そんなふうに思い出しています。(^-^)
 
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