拍手御礼

 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m
 一言下さいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv

続きを読む
関連記事

本日は雨天なり

「天地人」。
 いきなり選挙のせいで放送時間がずれていましたが、うちの母はこれに気づかず、あやうく見逃すところでした。
 BS-2 では午後10時から再放送していますからそちらを見ました。ことなきを得ましたが、うちの母の怒りっぷりはなかなかのものが。

 それはともかく。
 島左近さんがご登場でした。

 あれほど緊迫した場面なのに、画面に「島 左近」というテロップが出た瞬間、
「しまさこにゃんー!!!」
 と叫んだ私に罪は………、いえ。やはりいけませんでしょうか。(^^;)

 とはいえ、じっさい、あの愛くるしいしまさこにゃんの姿がどーしても目の前をチラチラしてしまいます。

 お話のほうは………ああ……大変ですよねこれからが。
 それにしても徳川家康さんのカタキ役ぶり、ちょっと気の毒な気がしてきました。
 いえ、松方さんの、いやらしー演技はすてきだなーと思います。なんか、楽しそうですねえ、あの役♪

      ●

 シュークリームもそういえば、和製語なんですよね……。これはもう、和製英語ですらない。
 外国の方にはシュークリームでは通じない、という話は聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
 これじつは、英仏ごちゃまぜ語らしいです。

 シュークリームは、英語では a cream puff。フランス語では chou a la creme。発音は存じません。(^^;) (creme の、ひとつめの e には、上にダッシュのような記号がついてます……なんていうのか存じません;;)(ドイツ語のウムラウトみたいなもの…なんだろうな多分)

 ということで、この英仏の単語がくっついて「シュークリーム」になったということのようで。
 奥深いぜカタカナ語。

 もとは外国語なんだけど、すっかり日本語になったものというのはけっこうあるものですね。襦袢(じゅばん)にいたっては漢字で書かれるという状態。
 歌留多、というのもあるしなあ。

 外国語をカタカナで書くというのはなかなか奥深いものがありますね。
 ミルクセーキはmilk shake 、ミシンは sewing machine、……ちょっと大雑把すぎやしませんかい? と思いますね。
 しかし世の中、上には上がある、と思ったのは、野球用語。

 走者が三塁にいて、走者と打者の連係プレーとして、打者がバントし走者が(そのすきに)本塁をおとしいれるプレーのことですが。
 慣れないころは、「え? うぐいす?」とかっていっていた「スクイズ」。
(ウグイス嬢てのは日本独自のものでしょうな)
 Squeeze play だったなんて!
「スクイズ」というカタカナ語から、だれが Squeeze をすんなり思いつくというのか!

 最初に聞いたときは私、「スクイズってスクイーズだったのかあ!」と叫んでしまいましたが。(^^;) 結局発音はカタカナ;;
 
      ●
 
 ただいま台風が日本近海を通過中ということで、今朝、目が覚めたら雨音が。
「台風か………日本のこれからの数年を暗示するようないい天気だね」
 まだぼーっとしている頭の片隅から、聞こえてきた声がそれでした。

 民主党党首が「国民の皆様にありがとうと言いたい」といったというのを見かけて、バカバカしくて。
 みんなそれぞれの思いがあって(あえて《考え》とは申しますまい)投票したとは思うけれども、だーれが民主党や鳩山由紀夫氏個人のために投票したというのか。……そういう人もいるでしょうけど。

 結局、公私混同なんですよね、この発言にあるのは。
 日章旗を切り貼りした事件のときの発言を見ても、「自分本位」ということが見えてくる。自分の気持ちのことしか考えてないよね。という。

 あたしゃあの一件以来、民主党のマークが、切り刻まれた日章旗に見えてしょうがない。そりゃあ中国や韓国が喜ぶわけですわね。
 
 それはそれとして。
 たいていの有権者は、礼を言われなきゃならないほど、「民主党のため」「鳩山氏個人のため」に投票したわけではないだろうが、ならば、国のため、国の将来のため、ひいてはいま若い人、幼い人のために投票したのかと考えると。
 もちろんそういう人もいただろうけれども、それも違うな。と思いました。

 つまるところは自己本位という意味ではみんな同じ穴の狢。
 それにふさわしい結果になったということでしょう。
 
 と思いながら、今朝の日経新聞、あいかわらず寝言をいっているコラム「春秋」を読みながら思いました。

 なんにしても、この小選挙区&比例代表制度ってやめましょうよ。よくないよこれ。あまりに結果が極端に出過ぎる。ということは「死票」が多くなるってことなんですよね。
 これはもとから言われていた問題点なんですが、こうも極端にでるとなると、やはり、改正したほうがいいと思います。
 もっとも、オールオアナッシングは「オール」側には願ってもないことになるので、さて、誰がそんな「道理にかなう」ことができるだろう。できたらエラいもんですが。

 いずれ、今後について、私としては「怪我の功名」を祈るしかない。
 
 ………なんにしても、これで田中派が復活。
 昔の怪談(講談)ふうに言えば「あなおそろしき執念やなあ」ってところですか。(^^;)

 ところで、マイクテストに「本日は晴天なり」というフレーズがひとつの定型になっていますが、あれは英語の It's fine today. を直訳したものだそうです。
 なんでも、 It's fine today.というのには、英語の主要な音が入っているからテストに用いられる、とか。

 これを聞くたび、映画「マイフェアレディ」の「スペインの雨はおもに平野に降る(The rain in Spain stays mainly in the plain.)」を思い出してしまいます。(^^;)
 早口言葉なんだそうですが、これでなんの発音の練習してたんでしたっけ;; ……うーん。確かに言いにくい;; なまむぎなまごめなまたま…………(フェードアウト)


   ※    ※    ※

 追記です。
 政権交代なり、国民の皆さんにありがとうといいたい、という民主党党首の発言について、記事を示しておこうかと思ったんですが見つかりません。
 検索するとブログは山ほど見つかりますが、記事のリンクをたどっても「表示できません。記事が削除されたかも」。
 どういうことでしょう? 私がその記事を見たのはつい昨夜のことなんですが。
 ケータイの、ニュースヘッドラインで見たんですけど、今朝になったら跡形もないとは。
 
 
関連記事

リアリティとバーチャル

 拍手くださいました方、ありがとうございますv (^^)

 本日はまた予約投稿中。これが投稿された時間には私はすでに家にはいません。
 投票してから出かけるので、朝はたぶん、けっこうバタバタしていると思われます;;
 ともあれ今日はマスクを持ちます。うがいは……出かけた先ではなかなかできませんからねえ…。(--;)

     ●

 こちらのニュースについては私も聞いていましたが。
  ↓↓↓
「ゲイは招集しない」サッカー伊代表監督発言が波紋
http://www.asahi.com/sports/update/0828/TKY200908280155.html

 私は最初この記事をみかけたとき、その見出しが「ゲイは招集しない」の部分だけだったので、陸上の、アメリカの選手、タイソン・ゲイ選手がなにか、誰かとトラブったのかと思ったんですが。
 そうじゃなかったんですね。(^^;) 個人名のゲイさんじゃなくて、同性愛者という意味でしたか;;

 したらば、とあるサイト様の日記でもこの話題に触れられていましたが、
これじゃあ招集されなかったら、ゲイだと疑われる! と、選手、必死になるんじゃないか
 といった主旨のことを書いていらっしゃいました。

 思わず噴き出しそうになり、しかし呼吸のタイミングが悪かったらしく、本当に息が詰まりました。
 あれですよ、大声で笑うべきところ、息を吸うタイミングと重なってしまい、ひきつけ状態。声が出ず、でも笑ってるもんだから呼吸ができなくなり、腹筋が痙攣したみたいになる、という。

 …………あー。苦しかった;;
 笑って悶絶って、怖い状況なんだなけっこう;;

 不謹慎で申し訳ないのですが、想像すると可笑しくて。(^^ゞ
 実力や戦力、戦略の問題で召集されなかったのか、それともゲイだからなのかなんて、部外者にはわかりませんものねー。わはははははは!(←ヒドい)
 
 おまけに上記の記事。リッピ監督のお言葉として、
「たとえ世論が認めたとしても、代表チーム内の同性愛関係は隠さなければならない。カップルは当面は関係をオープンにできない

 ええええ? と思ってしまいました。
 どうもこういう、インタビューの中から一部を抜粋されると、本当に困りますよね。まあ、意味がよくわからなくなる抜粋をするのは、抜粋する側のせいなんですけどね、はっきり言えば。(要約ができないタイプだよなよーするに)

 いや、この発言だけを読むと、アズーリ、チームの中に(選手同士の)カップルがいるみたいに聞こえませんか?
 一瞬私もこの箇所を読んだときは軽く動揺しましたが、……
「い、いや、そういう意味じゃないんだよな……私はゲイです、パートナーは彼です、てことを、公表できないよ、という意味だよね」

 …………なんでここまで動揺するか私。
 
 しかしま、べつに、ゲイだろうがなんだろうが、それが球蹴りするのとなんの関係があるのさ、というのが私の感想ですが。
 
 いままでゲイである選手の存在を否定してきた監督さんだけに、なぜ、突然こんなことを言い出したのか、その背景も気になるところです。

 同じ件についてのこちらの記事では
   ↓↓↓
リッピ監督の同性愛者差別発言で非難
http://www.sanspo.com/soccer/news/090827/scb0908271530003-n1.htm

 ローマでは、同性愛者が襲撃される事件も相次いでいると報じています。
 たしかにイタリアはバチカンのお膝元ではあるんですけども。なんか、この勢いだと異教徒の観光客も狩られるんじゃないの?

 同性愛だからどうだっていうの。わからないねえ。
 イルカ漁やクジラ漁を基地外になって非難する、アレとまったく同じ論理がここに働いているわけですね。ああ、気持ち悪い。
 私からすると、「自分とほんのちょっとでも異なる存在は抹殺する。それが正義だ」と妄信できる精神状態のほうが、よっぽど気持ち悪いし有害だと思います。

 しかし、こうやって、恐ろしいほど画一的な価値観に人間を押し込めようとする一方で、個性だ、自己主張が大事だ、というカルチャーが存在しているというのは、どーゆーことなんですかね。正反対の「正義」ではないか。
 表裏一体とみなすべきか、それとも、抑圧を、ああいう形で発散させていると見るべきか。

 ちょっと悩ましい。

 蛇足ですが。
 アズーリのなかにゲイが、さらにはゲイのカップルがいるかもしれぬ、と思った瞬間。
 私の脳裏を大音響とともに駆け抜けていったのは、そういう生ものフィールドで活動している腐女子たちでした。
 ………彼女たちにはアリだろうか。それとも、「現実にはそういうことはなくていい」と思うんだろうか。(^^;)

関連記事

拍手御礼

 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m
 一言下さいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv

続きを読む
関連記事

へそ曲がりの効用

 昨日、かかってきた電話をとりましたら、選挙の電話でした。
 とある候補者を「よろしくお願いします」というあれですね。
 
 私は相手が誰であれ、こういう電話にははいはいと返事をし、愛想よく応対しております。
 が。
 今回ばかりは、
「運動員の方もたいへんですねえ。でも、今回はこんなことしなくてもいいんじゃないですか。民主党っていうだけで勝てるんですから」
 と、一瞬、言いそうになりました。

 やれやれ。自分で思うよりよほど、私も頭にきているようです。

 私はいうところの無党派ですし(本人は保守中道くらいのつもりですが)、政権交代にも反対じゃないですが。
 民主党(と、一連の左)には反対です。それだけ。

 選挙権をえて20年。初めて、「べつに選挙行かなくてもいいんじゃない」と思ってしまいました。
 行く必要ないでしょ。もう結果は見えてるんだから、と。

 自分で言うのもなんですが、ほんと、へそ曲がりです。
 大勢の人が黒がいい、というと、「そんならアタシは白にしよう」というところがあります。(いつもじゃないけど)
 どういうわけでしょうか、なにかが極端に偏る、ということをすごく嫌うし警戒するんですよね。だから。

 左巻きみたいに、少数派や、いうところの「弱者」が「正しい」と思っているわけでは金輪際、ない。
 けれども、なにかひとつに全てが統一されるという状況は、「この世の摂理に反する」とだけ、強く感じます。

 水は低きに流れる、ということで、全体が何色かに決まったら、自分もその色に染まるほうが、安心感もお得感もあるのでしょうが、それは不自然な姿だと感じます。

 安心感もお得感も心地よいものではあるでしょうが、はたしてそれだけでいいんだろうか。と。
 みんなが黒ならアタシは白、というのをあまりにもしょっちゅうやっていると、これはこれで、「他人の行動に自分が左右される」ことになる、つまりは自分を見失うことになる可能性があるので、「なんにでも反対」ということはないです。
 まあ、このへそ曲がりも好意的に解釈するならば、「全体を見ようとしている」とは、言えますでしょう。

 自分個人の感情や損得だけではなく、全体からみたとき、自分のそれはどこにあるのか。なにを意味することになるのか。どういう状況に、いま、あるのか。
 それを見る、ということは、ま、べつに悪いことじゃない。と自分では思っております。

 話は選挙に戻って。
 そんなわけで政権交代には反対じゃないが、民主党には反対。
 地方分権も――これもねえ。ちょっと眉唾なんですよね、個人的見解としては。
 ただ、問題になりました「国がつくった借金を地方に押し付ける(結果的にはそういうこと)」というような、実際のお金の話には、首肯できる点が多い。

 さりとて、地方分権によって、皆さんが大嫌いな「格差」とやらがさらに増大するおそれもあるわけですが、そこにたいする手当てはどうなっているのか、少なくと現時点でははっきり見えていないゆえに「眉唾」だと申し上げる次第。

 なにかが変わるということは、イコール、「すべてがよくなる」というほど、甘いものではないが。
 自分の鬱憤を晴らしたいために、怨念のかたまりみたいになっている人を見ると、どうにも不安になりますね。マイナスのエネルギーはマイナスの結果を招くんで。

 こういうとき、自分のへそ曲がりには少し感謝する。
 雰囲気やら勢いやら怨念やらには眩惑されず、むしろ、皆が一方にむかって集まれば集まるほど「それってどうなのよ?」と、考えるへそ曲がり。

 疑わない人というのは純真で可愛い人なのかもしれない。
 が、本来、民主主義というのは(厳しいことには)市民ひとりひとりが成熟した大人であることを前提にもし、求めているものなので。
 可愛いばかりじゃやっていられない。と思います。

 へそ曲がりは、断固としたへそ曲がりとして、投票してきます。

関連記事

言い換え

 拍手くださいました方、ありがとうございますv (^^)

     ●

 日経新聞夕刊コラム「プロムナード」にて、津村記久子さんのエッセイを楽しく拝見しております。
 何週間かまえの話題が「スイーツ(笑)」でした。

 なんかこれ、ひじょーにイヤなニュアンスを持つ言葉(というか、表記法というべき?)なんだそうで、そういう××は、触らないのがいちばんいいということでそこはスルーして。
(とはいえ、こんな侮蔑語が「ネット流行語大賞銀賞」とは。……やっぱりネットって「そういう」場所なんだろうかと思ってしまった……。経済上のではなく、精神的な「貧民窟」。
ネットスラムとは言い得て妙というべきか)

「スイーツ(笑)」じゃないほうの、本来の「スイーツ」という表現。
 いつから目や耳にするようになったかは、ちょっと記憶としては曖昧です。

 スイーツスイーツってなんのことかと思ったらようはお菓子、ケーキ、デザートのことかい。でも、できるだけ原語に近い発音を求めるなら「スウィーツ」と書くべきではないだろうか。……などと思った記憶が、あることはある。………何年まえかは思い出せませんが;;

 なんでスイーツじゃなくてスウィーツにしてくれないかと思ったかというと、これはたぶん間違えたことがある人はけっこういると思うのですが、ホテルの「スイートルーム」。
 これをものすごい勘違いしていたことがあるせいです。(^^;)

 スイートルームを、sweet room だと思っていて、「新婚さんが、新婚旅行でお泊まりになり、甘い一夜を過ごすお部屋」だと思っていた馬鹿とはアタシのこと;;

 それがじつは、suite room であり、おまけにこいつが「和製英語」であることを知ったときは(英語では、この場合のsuiteは名詞で、スイートルームは、a suite ( of rooms)となる)、ある意味がっかりし、「そりゃそうだよ、そんな部屋がいちいち設定されているわけないんだよ」と納得もしたのは……たぶん高校生のとき。
 辞書を引きまくってこの事実に行き当たり、最初の自分の思い込みを、誰にも話さないうちにちゃんとこの事実がわかってよかった、すごい赤っ恥をかくところだった、と、思ったもんです。はい。

 ただ。いま、あらためて辞書を引いて気がついたんですが、sweet もsuiteも、同じ発音なんですね~。となると、カタカナ表記の問題じゃないってことか;;

 まあいいや。
 ともあれ、お菓子、ケーキでいいところを、なーんでわざわざスイーツなんて言うのさ、と思ったわけですが、ようは、ケーキだのデザートだのという外来語も、かつてはオシャレな洋風イメージを持っていたが、それもすっかり日常の日本語と化したため、ハレとケでいうなら「褻(ケ)」になってしまった。
 ので、オシャレなファッション雑誌ではちょっと目新しい、特別感、オシャレ感を出すために、「スイーツ」になった。と。

 そんなところのようですね。

 まーいーんですけどもさー。(と言いつつなんとなく面白くない)
 なんなんでしょうかねえ。横文字にしてりゃオシャレ、他の人があまり使ってない言葉がオシャレという、安直なこの感じ。

 ここ数年の間でいちばん頭にきたのが「コンフィチュール」。
 テレビを見ていたら、オシャレなお店に、ずらりと並んだ、色とりどりの綺麗な小壜、いかにもオシャレ~な雰囲気に、私は見ているだけで圧倒され(←田舎者)、
「な、なんなの、こんふぃちゅーるって」
 と、半分びびり、半分、なにかスッゴイものなのかと期待したんですが。
 レポーターさんが「こちらです!」と示したものは。

 …………よーするにジャムだった………。
 …………よーするにジャムの専門店なのだった………。

 …………………。

 コンフィチュール。フランス語で、ジャム。

「ジャムならジャムって言えばいいじゃんか――――っ!!」

 いえもうね。いいんですけどね。それもお客さんを集める戦略のひとつなんでしょうから。
 なにかものすごい貴重で高価で珍しいものなのかと、勝手に期待した、こっちが愚かでしたのさ。
 それに、正確にいうと、単に果物を甘く煮詰めたものというのではなく、リキュールいれたりなんだり、いろいろ加工もしているようで、それゆえに、じつに多種多様なんですね。
 そこは了解しました。
 が。やはりちょっと疲れた。(^^;) 気持ちとしては。

 そのあと、ちょっと小耳にはさんで同じく「あ~あ」と脱力していたのが、ジュエリー。
 もはや宝石どころかジュエリーとさえ言わず、フランス語の「ビジュー」「ビジュトリ」「ジョワイユリ」を使っていたのを聞いて「知るか! 日本語で言え日本語で!」と、ひとりブツブツ文句を垂れていたこともあります。(^^;)
(ちなみに、つづりは知りませんが上のカタカナ語、意味としては、順に、宝石。宝石細工。宝飾工芸。らしい)

 まあ、「耳新しい」ものって、なんとなく有り難さを感じるということはあると思うので、致しかたないところとは、思うのですが。

 こういうのを言い表す表現、何かなかったでしたっけ。中身は変わってないけど看板だけ掛けかえた。というようなもの。

 ちなみにお菓子について、何語でもいいんだったら、私はイタリア語のドルチェ dolceという言葉が好きです。深い意味はまったくなくて、耳に触れたときの音の感じが「可愛い」から。(←独断)

 しかしま、オシャレっぽい、と思ってやたらに横文字ばかり使っていると、逆に母語を忘れますよね。

 時代物を書き出したとき、いちばん困ったのがまさにそれでした。
 厳密な時代考証など私にできようはずもございませんが、それでも、江戸時代を舞台に書いていて、カタカナ語はないよな、という場面がけっこうありまして。
「こういうものを日本語ではなんというか?」
 ………悩みますよ結構。

 日頃、いかに安易に横文字に頼っているかがわかってきますし、と同時に、日本語表現の面白さも、あらためて見えてくる。
 試しに一日、カタカナ語や横文字を使わないように努めてみると面白いですよ。(^^)

 インターネットはなんと申しましょうか。(もう誰かが考えていそうな気もするけれど)
 国際電子情報通信網とか、………あれ。これじゃ面白くないなー。なにかないかな。

 で、こういうことを考えているとき、明治時代の――それまでの主な西洋の外国語だったオランダ語から英語になったのもすごかったが、さらにそれを日本語というか、漢字を使った言葉に翻訳――正確にいうなら《創造》に近かったと思いますが――していった人々の、言語能力の高さに、恐れ入ってしまいます。
 彼らのレベルから現代人を見ると、もう、子どもも通り越して痴人と言われても反論できない気がする;;(谷崎潤一郎の作品のことではありません)

 なんにしても、カタカナ語をやめて日本語に挑戦というのは、ちょっとお薦めしたい「ゲーム」です。(^^)

関連記事

アニメシリーズ視聴状況

 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 昨日からまたちょっと、このブログのテンプレートを変えてみましたが、表示になにか不具合がございましたら、お手数ですがお知らせください。

 やはり食欲の秋がきたのでしょうか………あまりにワッフルが美味しそうでついつい;;

      ●

 友人のところのサイト作り、骨格ができあがりまして、一段落です。
 8月中にできてよかったー。(^^;) ホッとしました。
 あとはちまちまと、体裁を整えたり、細かく調整を重ねていくだけなので、それほど焦らなくてもなんとかなります。
 よかったよかった。

 ということで、たまった録画の中から、「鋼の錬金術師」の消化を始めました。
 8/9分まで見終わりました。……あともーちょっと;

 しかし今回の鋼は、大佐がかなり出番があるというか、ウェイトがかかっているので嬉しいです。しかも、ちゃんと「悪党」だし。
 スーパーバイザーのところに見えるお名前は、原作の、編集さんですよね。……今回のこのアニメシリーズはどういうわけで企画が立ち上がったのか存じませんが、あれかなあ、やはり原作の制作側としては、あの(前回の)シリーズには、納得しがたいものがあったのだろうか…と考えてしまいます。

 いまのシリーズはそんなわけで、へタレではない、骨のある大佐を贔屓にしている身としては、嬉しく楽しいのですが。
 前回シリーズに比べると。OPとEDの印象が……ありていに言ってしまうと、曲の面白さは、前回のほうが優っていたかな、と思いつつ見ております。(^^;)
 ま、OPや、EDがよいものであるにはこしたことはないんですが、最終的には中身が問題なんで、いいんですけどね。

「化物語」もそんなわけで、最初の1話をみただけであとはひたすら、(録画が)積み上がっている状態です;; が、どうも、こちらは案外、一気に見たほうがその味わい、面白さを楽しめそうな気がする。録画がたまったのはアレですが、でも、それが怪我の功名になりそうな気配。

「シャングリ・ラ」と「絶望先生」は挫折しました、すみません;(と、謝るのもおかしいのかもしれないけれど、なんとなく)
 絶望先生は、……ああいうナンセンス系、難しいと思うんですが、それを本当にうまく作ってるなあ、好きだなと思うんですけど、いかんせん、時間がとれません;;
 個人的には、画面に句読点がでてくるのが、なぜか妙に気に入ってしまって、楽しいです。(^^)
 とはいえ。
 続きが気になるシリーズ物はきりたくても切れないところがありますが、そういう意味では………「いっか、DVDレンタル待ちで」ということに;;
 不本意だが仕方ない;;

 というか私の場合、絶望先生は原作のほうが「向いて」いるかもしれません。(^^)
 なんとなくの直感だけど、ああいうナンセンス系のリズム感は、やっぱり紙媒体かなあ。という気がする。

 それにしても最近擬人化が本当に増えたなあと……なにかの「擬人化」って、奥深いものがありますねえ。
 腐女子はありとあらゆるものを受け攻め二元論で語る、と聞きましたが、擬人化もここまでくると、……ねえ。(なにが)
 この擬人化のハシリはやはりヘタリアでしょうか?

「キタユメ」様を友人に教えてあげたのですが、それを見てきた友人、開口一番、
「ホントーおに、ヘタレなんだねえ……イタリア……」

 妙に感心したような言い方だったのが、なんとなく可笑しかった。(*^o^*)
 うん、そのヘタレなところが可愛いよねv
 
     ●

 インフルエンザ、いよいよ広がってきていますね……死亡者がそろりと出てきているところが、やはりちょっと怖いです。
 もちろん通常のインフルエンザだって、致死率というものが存在しているのですが。

 感染が広がるということ自体が、やはり怖いな、と思います。
 ワクチンも足りないようですし、足りても副作用の問題が、これはどうあってもあるわけですし。

 これから秋の行楽シーズンなんですが……私もちょっと出かける予定ですが、やはり、手洗いうがいは励行ってことで。
 無駄かもしれなくても、自衛策を講じていくしか、他にどうしようもないですよね。

 先日、静岡で地震がありましたときは、じつは、単に揺れたのみならず、大雨、強風、雷の三点セットが炸裂中でした。
 ものすごいシチュエーションの中でのあの揺れだったので、友人は
「なんの“最後の審判”か」
 と思ってしまったそうで。

 うん……; じつは私も、そんなことを考えました。天変地異、異常気象に災害、新型の感染症ときたもんだ。
 天譴(てんけん)か、と思うよねえじっさい。
 

関連記事

拍手御礼

 拍手くださいました方、ありがとうございます~。(^^)
 一言下さいました方、ありがとうございましたv
「続きを読む」からどうぞv

続きを読む
関連記事

詮無きこと

 あらかじめお断りしておきますね。
 今日はただ単なる愚痴です。なんとか、明るい方向へ持っていきたかったのですが、できませんでした;;

    ※

 選挙の投票日も近づいておりますが、世論調査に、恣意性や誤差はあるにせよ、民主党優勢なのは変わらない、ということのようです。

 火を見るより明らかであるにもかかわらず、「やってみないとわからない」などと、もし本気で言っているのであれば、よろしいでしょう。やってみれば?

 自民党支持者の中にも、「自民党にお灸を据える」ということを言っている人もあるそうですが――言っていることはわかりますが、状況を良く見て判断したほうがいいかもしれませんね。
 なにせ、子どもを虐待死させた(本来の)保護者たちは、「しつけのためだった」と、しれっというのですから。
 どうぞご注意遊ばせ。ってことですね。

 イルカだクジラだというと目の色を変える白人を見てもいつも思うことではあるのですが(あれはどーみても、本音の部分に潜んでいるのは人種憎悪、人種差別だけどさ)、どーしてこう、世間には、感情に振り回されてしまう人が少なくないのでしょうか。
 そりゃ誰にだって感情はありますよ。好き嫌いはあって当然。
 しかし、なにかを判断しようというときは、こみあげる愛惜や嫌悪の「情」を、それはそれとして措いておかないとどうしようもないでしょう。
 ホモサピエンス(知恵あるヒト)の知恵、というのは、動物的な情動とは違う「知恵」がある、という意味なんじゃないですか。
 大脳の新皮質は、あんまり役に立ってないのが現状ですかね。自己欺瞞ばかりが達者になって。

 閑話休題。

「いちどやらせてみれば」とは、なんとも無責任な、聞いていて“頭痛が痛い”発言ですねえ。一度、やってるじゃないですか。村山内閣が。もう忘れたんですか。
 社民党のみごとなすり寄りぶりに、私としてはもはや、呆れるのも通り越して感心しております。
 また、世間様の「勝ち馬に乗ろうとする」その浮薄ぶりにも。

 日教組の犯罪ぶりも聞けば聞くほど恐ろしい。
  ↓↓↓
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1229794972
『学校の先生が国を潰す』。

 こういう犯罪者集団の集会を断るのは、むしろ、良心的市民としては当然の「義務」でしょう。
 それなのに、断った側に賠償金命令を出した裁判官の、「本音」がどこにあるのか、本気で疑ってしまいます。

 私には子どもはありませんが(結婚すらしてないからな)、子どもがあったら、どれほど頭と心を痛めることになっただろうかと、なんとも気持ちが塞いできます。
 今日日の親御さんは、大変ですよね。本当に。

 東京都の公立学校はことに、まともな教育を望むのなら子どもなんかやれない、という話を聞きますが、それは表向きは、公立はレベルが低いからなどと言われますが、実態は、ガッコノセンコーばかりで真っ赤であり、連中が、子どもの人格破壊にいそしんでいるからだと、はっきり言ったほうがいいんじゃないでしょうか。あれも美濃部都政の呪わしい遺産でしょうか。

 犯罪を、犯罪だとはっきり言えないこの状況。
 これがさらに「進化」するのかと思いますと。
 ………暗澹たる気持ちがしてきます。

 ああ。
 愚痴になってしまってすみません;;
 なんとかこう、もうちょっと明るいニュアンスにしたかったのですが、どうにも。

 なにがどうなるにせよ、少しでもいい方向へ向かってくれることを、祈るだけですね。
 なにがどうでも、我が身を見捨てるわけにはいかないんですから。

 勤王か佐幕か、開国か攘夷かの、二元論しかなかった時代、その中にあって、それらのいずれでもない、ただ「日本人」であったゆえに、理解者をなかなか得られなかった。
 理解力のない連中にそれでも理解させようとする苦労を「牡蠣の殻むき」にたとえ、本人は内心、深くため息をつくこともあっただろうなかで、それでも、歩み続けた坂本龍馬を、こんなとき、思い出してしまいます。

 ………馬鹿を、あれは馬鹿だから、つって見捨てるほうが何十万倍も楽だけれど、そうはできない、というその気概を思うとき、私もあらためて、ため息がこぼれます。

 ほんとうに見るべき人は、いつも、歴史の片隅にひっそり存在している。
 それに比べ、馬鹿と基地外は声がデカイ。
 どうもこれは間違いのないところのようで。

 そして多くの人々は、言葉の内容を聞かず、声がデカイほうへついていく――とは、岡野玲子「陰陽師」でも、こそっと呟かれていた言葉ですが。
 そういうものをみてなお、絶望せずにいるのは難しいけれど。
 ようは、自分のすべきことを淡々とやれ、ということなんでしょうね。
 人として。「情に食い殺される」ことのないように。

関連記事

拍手御礼

 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m
 一言下さいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv

続きを読む
関連記事

人体の不思議

 「天地人」。
 なんかいろいろ、不憫でしたねえ…。
 お国替えと簡単にいうけれども、ほんと、移っていくほうも、移ってこられるほうも、並大抵じゃないですよね。罪深い政策があったもんだと思いますが、それがどう、必要なものだったかは理解します…。
 政治というのは非情なものです。きれいごとじゃないですよつくづく。

 それはそれとして。
 兼続さんのあの口ひげは……うーん。なくてもいいんじゃないか、というか、ないほうが好みなんですけど、やはり貫禄付けのためにはいるのでしょうか。(^^;)

     ●

 「バ行の腐女子」さんによる替え歌に、そんなわけでハマっているわけですが。(2009/8/2 記事
「Don't say "crazy"」の原曲は「Don't say "lazy"」、「けいおん」でしたか。なるほど。
 なんかもー、この曲は自分のテーマソングにしたいです………て、そういう話をしたいんじゃなかった;;

 同替え歌「コミケが近い」では「いつだって 酸っぱさにあふれた即売場 野郎たちのスメル」という歌詞が出てきますが、私はあまり、そういうスメル(におい)に遭遇したことが、実はなかったんですよね。
 しかし今年、同じ日に特撮が入っていたせいかどうか、初めて「おお、これが…!」と思いました。(^^;)
 ゆりかもめを降りて、西ホール側へ向かっているとき、一般待機列のとなりを通るわけですが、そのとき、早朝の潮風に乗って、なるほど「酸っぱいにおい」が。
 面白いもんだなーと思いまして。

 酸っぱいにおいと、制汗剤のにおいが分離して流れてきたので。(^^;)

 うまい具合ににおいが混ざり合い、適当なところで折り合うってことは、ないんだなあ。人間の体臭って、やはり芳香剤とは混ざらないものなのかねえ、と思いながら入場しまして。

 コミケでも、私はそんな程度の体験しかない。
 人の体臭でノックアウトされたのは、学生のとき、金曜日夜の超絶混んだ新宿発の京王線でのみ。

 だったのですが。
 昨日はよりにもよって病院で、本気でノックアウトされていました。

 馬鹿が引くという夏風邪を引いたらしくて鼻がずるずる、のどもヒリヒリ痛んでどうしようもないため、例によって午前中、耳鼻科へ駆け込んだのです。
(考えてみると風邪を引いても発熱はしにくくなりましたねえ。体調は、本当に少しずつですがゆっくり、回復しているようです。ありがたい)

 ほしたらば。
 以前お世話になっていた耳鼻科でもよく会った、ちょっと私が苦手にしているご婦人といっしょになってしまいました。仮にAさんとお呼びすることにいたしますが。
 Aさんは、年の頃でいうなら古稀あたりなのでしょうか。少々足がお悪いらしくて杖をついていらっしゃいます。
 一人暮らしをしておいでのようです。そのために人懐かしいところがあるのか、よく、看護師さんや病院の事務員さんのみならず、待合室の患者もつかまえては話し込みます。

 ………これが、私には少々、つらいものがありまして。
 食べ物は好き嫌いないんだけど人間にはどーも好き嫌いが激しくて;;
 とはいえ、私は親和欲求が強い(よーするに、仲良くしたい、という欲求)のが幸いなところでして、そういう好き嫌いの激しさは、ふだんはほとんど表に出ません。
 出ませんけれども、親和欲求ではどーにもならないレベルにくると、ひどいもんです我ながら;;

 社交的ではないにしても人と話すのは嫌いじゃないですから(タクシーの運転手さんとはよく話し込む)、そのこと自体がいやなわけじゃない。ではなにがいかんのかというと、このAさんのお話というのは、とにかく、愚痴と不平と不満と、誰か、何かの悪口になるのですよ。
 ………つらいのなんのって(涙)

 それでまあ、いまの耳鼻科でお会いしてもとにかくできるだけ、離れるようにしていますが、昨日はまずいことには、受付順序が、私のすぐあとでした。
 診察の順番が近づくと、診察室のなかに数人が呼ばれて、またそこでもちょっと待つのですが、このとき、逃げようがない状況でごいっしょになりまして。
 昨日はもう、なんと話しかけられようと、横を向いてうつむいてじーっとしておりました。

 と申しますのも。
 においが。
 どうにも。

 少々足がご不自由らしいせいもあるのでしょうが、以前から、あんまりお風呂とか洗濯とか、頻繁じゃないんだろうな、という感じではあったのですが。
 昨日は。
 ………限界超えました;;

 同じくいっしょに診察室へ呼ばれた女性も、最初は、Aさんのとなりに座ったのですが、2歳くらいのお子さん連れで、その子をあやすふりをして(べつにその子がぐずったわけでもないのに)、すぐに席を立ってさりげなく距離をとりました。
 ああ、わかるわ~と思って横目で見ておりました。
 これは、ちょっと、いくらなんでもたまらないですよね。と。

 しかし――においのことって、ご本人には言いにくいものですよねえ;;

 また、こういうときに限って、なかなか診察には呼んでもらえない。ちょっと症状がややこしいらしい患者さんと、検査の方と、あと、機器のメンテかなにかで業者さんらしい人と話し込んだりで時間がかかり、診察室内に呼ばれてからじつに20分、放置された状態でした。

 もーたまらん……と思い、ハンカチで口元(じっさいは鼻先)を覆い、話しかけられないようにほとんど壁にもたれるように座っていたら「大丈夫ですか?」と看護師さんに声をかけられました。
「大丈夫です」
 とは言いつつ、たぶん私は涙目になっていたと思います。
「すみません、もうちょっとお待ちくださいね」
 と、申し訳なさそうに言われてしまいました。

 いえ、待つことがつらいんじゃないんです……とは思ったけれどもどうしようもなく。
 でもまあ、ここ耳鼻科だけど病院なんだし、気絶しても手当てはしてもらえるよね、とか、うっすら考えておりました。
 あんなにつらい診察待ちって初めて;;

 それにしても、どーして人のにおいって、不快さをもたらすんでしょうか?
 私だって風呂に入らなかったり洗濯しなかったりすれば、ああいうにおいを放つことになる。
 自分だって持ち合わせているものなのに、どーして気持ち悪くなったりするのかな?

 猫を見ていますと、彼らは、人間が悪臭と感じるものでも平気ですよね。
 仲間であることを確認するのか、お尻のにおいを嗅ぎ合っていることがありますが、べつに、それで悪臭とかなんとかって、感じているふうではない。

 たまに、うちの猫は、「ほれ。アンタも嗅ぐ?」と、私の鼻先に尻を持ってくることがあります。
「人間はね、尻のニオイを嗅いだってわかんないの!」
 といって猫を押しのけながら疑問に思ってきたことではあるのですが……。

 本気で倒れそうになった昨日は、かなり真剣に考えてしまいましたよ。
 どうして人は、おなじ人のにおいで、ぶっ倒れそうなくらい気分が悪くなるのか。

 悪臭かどうかを決めているものは、具体的にはなんなんでしょうねえ。
 なにしろ私には精神安定の働きがあるラベンダーの香り、あの香りで、じつは蚊は死ぬ、とわかったときはけっこうショックでした。
 人間にとっての芳香も、蚊には毒ガス同然なのだと思ったら。

 もしかしてそのへんがわかると、悪臭を悪臭とは感じなくて済む方法とか、あるんじゃないかなあ。
 もしそれが可能なら、だいぶ、いろんな場面でお互いに助かるんじゃないか――などと、本気で考えた昨日でした。

 

関連記事

よせばいいのに

 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)
 昨日、大阪インテックス「コミックシティ」にお出かけの皆様、楽しんでいらっしゃいましたでしょうか。

      ●

 毎年、夏になりますと、テレビではけっこう、怪談を聞くことができるのですが、今年はやけに静かでした。
 が。
 面白いことにはNHKこそがそこをフォローしてくれたようで。

 何日だったかな、百物語ということで、午前零時頃から4時間ばかりかけて、さまざまな怪異譚を十人の語り手が語る、というのがありましたし。(録画はしてあるんですがまだぜんぜん消化していません;)

 8/22深夜、BS-2では怪談夜話とのことで。
 司会にはNHKの中川緑アナ、俳優の佐野史郎さん、荒俣宏さんという顔ぶれで、語り手は、つまみ枝豆さん、中澤裕子さん、といった方々が「現代の怪談」――ようは体験談ですが――が語られました。
 私の趣味に合ったのはこの番組、本当に「話す」のみ。再現VTRなんて野暮なものはない。
多少の効果音と照明はありますが、基本はあくまでも「語り」です。

 怖い話が好きなんていうのもみょーな話でしょうが、……やっぱり好きなんですよね~。
 つい、見てしまいました。(^^ゞ

 いちおう録画はしましたが、例によって、途中で席を外したり用事を片付けたりで、まだ全部は見ておりません。だいたいは見たと思うのですが。

 いやはや、なるほど怖かった。(^^;)
 怪談の古典、四谷怪談、牡丹灯籠といったものは怖いながらも、あらすじはわかっていますから、さほどでもないのですが、誰かの、直接の体験談というのは、やっぱり怖いですね~。
 この、怖い、というときの、感情のひだ、揺れている感じ。どうにもやめられないです。

 荒俣さんは、あれほど怪異「にも」詳しい方ですが、ご自身は体験がないんだそうで。番組中のお話の中でも、「僕のところには出てきてくれない」とおっしゃってましたが、こういうタイプはじつは、ちょっと嫌われてしまうのかもしれませんね。(^^;)
 仮に、「出た」ものがあっても、その場でその現象をカテゴリーやジャンルに分けて、あれこれ解説を始めそうな人ですからねえ……「あやしいもの」「正体不明のもの」であるべきものたちには、荒俣さんは敬遠されるんじゃないかなあ(笑)

 私が怪談が好き、なんて寝言を言うのはそんなわけで、「正体不明のもの」に感じる興味深さ面白さということと、それを、怖い、と感じているときの、自分の「感じ方」を、じっと観察している面白さが、同時に存在しております。

 怖いというのはきわめて原始的な、本能に深く関わる感情、感覚なので、――充分な発達ではないにしても「文明」にどっぷり浸かった現代人としては、どこか、懐かしさもあるのかもしれません。

 ただし。
 私が好きなのは、そうやってお話をうかがう、ということであり、私自身が、そういうものに遭遇したいというのでは絶対にありませんので念のため。

 たいていの怪談はそんなわけで、真面目に聞き入る私ですが、唯一、「あ、それは。いえ。けっこうです」と逃げ出す系統のお話というのがひとつだけありまして。
 それは、「心霊スポットとわかっていて、冷やかしや茶化す気持ちでそこへいった」という場合のお話。
 これはじつは怖いんじゃなくて腹が立つから聞きません。

 今回の「怪談夜話」の番組中でもありましたが、最初から心霊スポットだとわかっているなら、あまり近づかないほうがいいですし、どうしてもいかなければならないという場合は、決して、そんなふうに茶化したり馬鹿にしたり、なにかを嗤ってやろうなどという、ふざけた態度でいくべきではありません。(無闇に怖がる必要も無いですが)

 自分だったらどう思うのさ、と、いつもこういうふざけた人の話を聞くと、腹がたつんですよね。
 たとえば。あなたが、熱を出して、苦しんで横になっている。そういうところへ、見ず知らずの人間がわあわあ騒ぎながらやってきて、あなたの枕元で、「こいつ、熱出してる、寝込んでる、バッカじゃねえの」などとケラケラ嗤っていたら。
 どう思います。

 お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ、というのはそのひとの勝手ですからかまいませんが、たとえお伽噺のたぐいであるにせよ、他人を馬鹿にしたり冷やかしたりからかったり、という態度がいいわけはない。
 怖がるより先にムカッ腹がたってくるので、そういう人の話は聞かないことにしています。

 ということで結局、いちばん怖いのは、生きている人間、その愚かさ、というオチになりそうですね。(^^;)

 とはいえ。
 今回はさすがに、当代随一の語り手がそろっただけのことはありまして、本当にけっこう怖かったです。
 番組は、午後11時~午前0時半の、一時間半でしたが。
 私の通常の就寝時間はおおむね、午前零時。

 いつもなら、寝る前にいちどトイレに行けばそのまま眠れてしまうのに、この日に限って、零時すぎにもういちどトイレに行きたくなったのには参りました;;
 いつもならこんな時間にトイレに行きたくなんかならないから、大丈夫だと思ったのに~といいながらトイレへ。

 よせばいいのに、それでもつい、見ちゃうんですよねえ。(^^;)
 なんにしても、寸評でありながら、荒俣さんの解説はあいかわらず面白かったです。
 ああいう視点がふっと入ると、怖さからもちょっと離れられます。

 やはり、荒俣さんのところに「出る」ってことは、ないだろうなあ(笑)

関連記事

悩ましい髪型

 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 今日はインテックス大阪でコミックシティですねえ…。
 ご参加の皆様、暑い中ですが、体調にお気をつけて楽しんできてくださいね。(^^)

 お天気はいかがでしょうか。
 昨日、高校野球の選手諸君が休めるから雨でも降ればなどと言ってしまいましたがとんでもないですね。(^^;) 今日はイベントだよ;;

 こよみでは今日は「処暑」。
 暑さも一段落するころ、というわけですが。
 今年は夏が無かったのに残暑はあるのかと思うと……なんか……納得できないっつーか。(--#)
 とにかくもう晴れてくれれば秋でいい。というか、暑い分だけ(今年は)腹が立つので、さっさと涼風がたつことを祈っております。
 
     ●

 昨年から購読している、和物の雑誌、名前も新たになって現在は「花 Saku」という雑誌。
   ↓↓↓
http://www.sakuracom.net/

 先月発売になった8月号は「自分でできる! きものメイクとヘアスタイル」でした。

 もう一ヶ月発売が早ければ私も卒業式に間に合ったんだけどなと思いながらみておりました。
 じっさい着付とメイクはまあなんとかなるとしても、髪型って、難しいですよね。
 我々も、卒業式にあたり、髪型をどうするか、けっこう真剣に話し合っておりました。結局美容院のお世話になったひとは誰もいなかったというのは、なかなかの根性。
 でも、みなさんそれぞれ素敵な仕上がりでしたから、よかったんですが。

 それにしても……と、あらためてこの特集号を見ながらため息が出ました。

「きもの=クラブのママみたい」
 というイメージがある、というのを私もちょこっと聞いたり書いたりしましたが。
 ………困ったことには、これって事実ですよね。ある意味。

 この号では、20~60代、それぞれの世代ごと、また、カジュアルとフォーマルで、「自分でできる」髪型を紹介しているのですが、………ううむ;;

 30~40代のフォーマルヘア。
 参考にしたいところですが、写真をみて唸ってしまいました。
 いや、おきれいですよ。モデルさんは一般の人で、きれいに仕上がっているんですよ。

 ………でも、なぜかちょっと、仕上がりの印象はオミズっぽい。
 なぜだ。

 くどいようですが綺麗なんです。それに、べつにどこか下品とか、崩れた感じがするという意味でもありません。
 なのにやっぱり。
 なるほどクラブのママっぽい。
 ――と思ってしまい、思った自分に戸惑いました。

 メイクやヘアスタイル完成前の、いわば「素顔」の写真と比べると、たしかにきれいなんだけど、雰囲気は逆に老けて見える……(失礼なことを言ってすみません;;)
 どーしてだ;;

 これはフォーマルなんですが、それにしてもやっぱり、かもじ……かもじとはいわないのかな、髪の毛を膨らませる土台となる「梳き髪」がはいり、ホットカーラーを巻くんだなー……と、いずれの方法もあまり好きではない私としては、ちょっと涙。でした。

 和装じゃなくて「盛り髪」というのが最近あるようですが。
 頭部を盛り上げると、たしかにフォーマルっぽいボリュームにはなるんですよね。
 どうしてもそういうのが、ある意味「不自然」な印象になって、そのへんから、きれいなんだけどオミズっぽい、という印象に、連想的に結びついてしまうのかな;
 悩ましいなあ;;

 私は卒業式では夜会巻きにしました。巻き上げて、毛先をしまい込んで、スワロフスキーでキラキラのクリップでぽん、と留めて。
 ………私が江戸時代の町の女性だったらば、丸髷などはやはりいやがって、櫛巻きなんていうのをやりたがったかもしれない、と思いました。
 どーも、「ごてごて」を美しいとは感じない感性してるようで……。(櫛巻きはしかし、どっちかつーと逆に、当時は堅気とはいえない系統だったようですが)

 いちばん気に入ったのは同年代のカジュアルヘア。コンプレックスビズの、小さい、ドームクリップを使えばこれできるわ~と思いました。

 それにしてもやはり難しいですねえ。
 きものはどうしてもボリュームがあって、それに負けまいと思うと、髪もメイクもはっきりやりたくなるし、そのほうがいいんだろうと思うんですが、やりようによっては「ごてごて」した印象になっちゃう、ということは、ちょっと覚えておいたほうがいいようで。(^^;)

 ちなみにこちらの雑誌、現在発売中の9月号では、「角出し結びを前結びで」というのが載っていましす。
 どーしても名古屋帯で角出し(銀座結び)をやると、形付けに悩んでしまい、うまくできないことも多いんですよね私。
 半幅帯みたいに、自分の前で結んで、結んだらくるっと背中へ回す、なんてことができたらありがたい!
 ちょっと練習してみます。
 
 ………もうちょっと涼しくなったら。(^^;) ←やはり暑い

関連記事
プロフィール

みずはら

ブログ内検索
最新記事
リンク
地球の名言

presented by 地球の名言

カテゴリー
RSSフィード
月別アーカイブ