拍手御礼
2009年07月31日 (金) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m
 一言下さいました方、ありがとうございますv
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勘違いする人々
2009年07月31日 (金) | 編集 |
 しつこくって恐縮なんですが、先日の、プリンスホテルへの苛酷な判決について。

 昨日の日経新聞朝刊の無記名コラム「春秋」は、あいかわらず左巻きのお先棒をかついで、「恥なし」とホテル側を罵っていましたが、こういう不見識な態度こそ、恥なしだよな、と思いました。

 と申しますのは。
 プリンスホテル側の意見をちゃんと取材した記事をネット上で見つけましたが、考えてみたらいままで、こちらの言い分をきちんと取材したのって、見たことなかった、と気がつきまして。
  ↓↓↓
西武・後藤社長が日教組会場使用拒否への批判に反論する
http://diamond.jp/series/tsujihiro/10018/?page=1

 こういう取材をしない、紙面に載せない、意図的に隠す。そして一方的に自分が正義であるかのようにふるまい、相手をあしざまに罵るという態度は、一般の市民としても問題ですが、ことにメディア、新聞記者という立場では、もはや「失格」なんじゃないでしょうか。
 なにさ日経なんてインサイダー取引なんかでしょっぴかれたくせに。……くらいは、いいたい気分でしたよ;

 昨年の大河ドラマ「篤姫」は、ほんと、いいこと言ってたなあ、と思いました。
「一方を聞いて沙汰するな」
 これは真実ですよねえ…。
  
 たとえそれが裁判の判決文であろうと、自分が実際に見聞きしたものではないのなら、鵜呑みにすべきではない。
 ましてメディアには「公正中立」という大義があるが、それを故意に踏み外している連中である以上。

 先だって亡くなった、アメリカでかつてもっとも尊敬されたジャーナリスト、ウォルター・クロンカイト氏、そして私が「世界的にも珍しい、まともなバランス感覚の持ち主だったのに」と心から惜しんだ、ピーター・ジェニングス氏、ふたりに共通するのは、「誰かの意見を一方的に流さない」徹底した態度、自分自身はきわめて控えめな、謙虚な態度だった、ということですね。それでいて、きちんと、自国を愛していた。プライドがない日本のメディアとは、ここが決定的に違う。

 愛する、ということは、自分の足をしっかり地に着けている、ということ。これができれば人間は揺らがないし、揺らいでも倒れない。

 そんなわけで。
 まともな取材もせず、己の考えを一方的にのべ、のみならず、「恥なし」などとひとさまの人格を攻撃する、最低なのは「春秋」子だ、と。
 そう思いました。
(問題にすべきは誰かの行為や言動についてであり、人格そのものまで貶めるというのは、ほんとにサイテーだと思います)
(こういう、非理知的な態度が、陰湿ないじめの土壌となるんですよねえ)(事象を見ない。ただ、自分の感情に溺れている)

 本当に、どうしてこうもマスコミって程度が低いのか。
 マスコミというのもひとつの権力なんですが、あれですかね、そういうもののなかにいると、気が大きくなる、自分がすごく影響力をもった「特別」な人間だと錯覚し、しまいには自分を見失う、ってことでしょうか。
「なにさまのつもり?」
 そうつぶやきたくなる、テレビの「キャスター」がいかに多いか。

 新聞雑誌、ニュース番組………見たり聞いたりするときは、我々、本当に心してかからないといけませんね。

 判断は個人の自由ですが、こういう連中の、それとは気づかれないように仕組まれたプロパガンダに踊らされることだけは、避けたいと願います。


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拍手御礼
2009年07月30日 (木) | 編集 |
恐竜から一言
2009年07月30日 (木) | 編集 |
 最初にニュースで聞いてからどれくらい経ちますかねえ…少なくとも1週間はたっていると思うんですが。
 最初に聞いてから昨日までずーっと考えてきたのです。
 ミスユニバース日本代表の、宮坂絵美里さんの衣装(民族衣装部門)について。

 ケータイでは見られないと思いますが……こちらの記事にその写真がございますので。
  ↓↓↓
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090728/tnr0907281357010-n1.htm

 ディレクターのイネス・リグロン女史は、
《ファッションの保守主義者や流行遅れの“恐竜”たちは彼女のコスチュームを批判していますが、ファッショニスタたちはそれを愛しています。私が気にするのはファッション産業の有力者の評価だけ》
 とおっしゃっているそうですし、デザイナーの緒方氏は、
《「着物は奥ゆかしき日本人女性の象徴である」という現代の日本人が作り上げた妄想と、「着物は未来永劫変わってはならない」という、現代の日本人が勝手に作り出した不文律の否定》
《日本人女性には世界を虜にする情熱的で官能的な一面がある》

 とおっしゃっているそうで。

 リグロン女史のコメントはともかくとして、緒方氏のおっしゃることはわかります。なんせ私も「お直しおばさん」を始めとして、世の中の、あまりにひどいガチガチの固定概念には、反発しておりますんで。
 
 でも。
 この衣装については私も、感心はできません。
 最初に見てから1週間以上、沈思黙考、いろいろ考えたけれども結論は。
「きものがどうこうの問題ではない」
「魅力的とは言いがたい」
「いくらなんでも下品」
 です。

 私も結構な保守派を自認しておりますが、でも、「きものは未来永劫変わってはならない」なんて気色悪いことを考えているわけではない。現在のきものはひとつの完成形だとは思ってますがね。

 しかし。
 これをドレスと考えても、全然すてきじゃない。

 リグロン女史はたびたび、その美女の魅力を「エレガント」という言葉で説明してきたと思うのですが、この衣装に、エレガンスはないし、着る人をエレガントに見せる要素があるとも思えない。
 ボタンなしで前を合わせ、帯を結んで、長い袖を引いている、というだけのことであって、これはきものじゃないし、ドレスだとも思えない。

 こういうものを魅力的だと「ファッショニスタ」が評価するというのであれば、そりゃもう「価値観の相違」ってやつで、魅力的ですと言われれば、そうなんですか~としか、言いようがない。(^^;)

 私は、ミスユニバースも「ひとつのゲーム」であると見なしておりますが、そのゲームのルールを詳しく知っているわけではない。そのゲームで戦う人、当事者、ゲームのルールを熟知している人が、戦略もしくは戦術として、これでいくというのなら、黙ってそれを見ているだけです。

 きものがどうこうという話とは、違うなこれは。
 というのが、1週間か10日以上、考えた私の結論ですね。
 
 私としてはきもののあの形は、大きな一枚の布を、じつに効率的にきられるようにしている、と感心しております。
 きものについて何も知らないころは、衣紋にせよ、おはしょりにせよ、なんでこんな形をしているのか、こんなふうに着なければならないのか、と思ったもんですが、じっさい、人が着る、ということを学んでみると「なんて合理的!」と感心しますよ。
 こういうすっごいこと考えたのって誰なの。そう思います。

 おくみひとつとっても、これはすごい発明だと思う。
 ただいま大河ドラマは桃山時代ですが、あの時代のきものは、衣紋は抜かず、またおくみが充分に機能していない。
 庶民は帯など使わず荒縄で腰で結んでいるだけだったりするため、前身頃の身幅が、現在のきものよりも極端に大きく、つまり、左右の脇までがっちり体を包み込むように着なければならなかった。そうでないと、歩いただけで前がはだけて襟元も何も、ぐずぐずになっちゃうわけです。
 
 衣紋を抜くというのも、最初は、当時流行の大きく後ろに張り出した、髷の後頭部(たぼ、もしくは、つと)が、衿についてきものを汚すのを避けるためだったと思われますが。
 衣紋を抜くことで、衿合わせがずいぶん自由になったのです。体型のために喉~胸元を楽にして着ても、衣紋を抜くのとお端折のおかげで、まえはいっさい、はだけない。
 仕組みがわかればわかるほど、合理的だと感心します。

 そういうことをわかったうえで、きものの形が変わっていくのはべつにかまいませんが。

 きものとはなんの関係もない、ドレスとしてさえ魅力のない衣装をもってきて、え~なにコレ、と正直に批判したら、「恐竜」と罵られるというのは、不本意だなあ。
 いや、べつにいいですけど恐竜でも。(^^;)
 自分がファッションには疎いのは自覚しているし。

 ただ、この衣装、きものがどうこうとは関係ない、ということは、確認事項ってことで。
 この衣装を見て、和服の伝統がどうとか、そういう言い方で批判した人は、それもちょっと違うな、と思いますよ。(^^;) 言葉の使い方、間違えましたね。
 
 レオタードの、フューシャピンクの股間がのぞき見える姿が、さて、魅力的なのか開明的なのかどれほど素晴らしいのかは、たぶん、100年たっても私には「理解」できますまい。
 ただ、それを素晴らしいという人がいるというのなら、そうですか、とは、返事をします。
 それだけですね。

 なんにしてもあらためて、「ミスユニバースって、大変なんだなあ」とは、思いました。はい。

 ということで今年の日本代表、宮坂さんは、いよいよ本戦へむけてご出発なさったごようす。
 これがじつにタフな「ゲーム」であることには違いない。ご本人のここまでの努力も、たいへんなものがあるでしょう。
 衣装のことは別にして、とにかく、ご健闘をお祈り致します。
 
 ミスユニバース日本の公式サイト。
  ↓↓↓
http://www.missuniversejapan.com/


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道理が引っ込む
2009年07月29日 (水) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)
 
 ………今年の梅雨は短め、って、たしか気象庁言ってましたよねえ? ねえ?
 暑さより湿気に弱いので、すでにばてています。
 夏バテはあまりしないたちでして、さしづめこれは「梅雨バテ」ですね…。

       ●

 まったく世の中ってどーなってんでしょうねえ。というお話。

 ひこにゃんのぱちもん大人気だそうで。(^^;)
 ↓↓↓
ひこにゃんそっくり!?彦根市が販売中止要求文書
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090728/trd0907281928007-n1.htm


 最初に写真を見たときは「中国?」と思ってしまいましたよ。(^^;)
 ただ、ややこしいのは、ひこにゃんのぱちもんじゃあるのですが、デザインは原作者であるということ。

 私はその著作権争いの話は存じませんが、あいかわらず、へんな話ですね。
 原作者ということになっている人も、見ようによってはプライドのない話に思えます。
 ひこにゃんがヒットしたのはいいのですが、真に制作者としての意欲がある人なら、「過去の作品」にとらわれず、「次の作品へ」と、気持ちが向いていくものなんじゃないだろうか。

 芸術家の多くは、ある作品が成功しても、その先へ、さらなる場所へ、と進んでいこうとするもので、むしろ、いつまでも過去の作品の話をされるのを嫌うものですよね。
 アーティストのプライドというか、創造性というのはそういうものだと、私は思っておりました。

 そう考えると、おのれの過去の作品に拘泥するばかりか、原作者みずからが「ぱちもん」を作るっつーのはすごいねえ。
 というのが、私の率直な感想。(^^;)

 ひこにゃんの原作者ですということなら、堂々とひこにゃんのものを作ればいいのであり(また民事でもめるんですかね)、ひこにゃんとは別作品です、というのなら、「ひこねのよいにゃんこ」だなんて、「グッチ GUCCI」ならぬ「クッチ CUCCI」だとか、「シャネル CHANEL」ならぬ「チャンネル CHANNEL」なんてロゴをくっつけているパチモンのようなネーミングとデザインは、おやめになったほうがよろしいように思います。
 権利がどうだとかいうより、クリエイターとしての矜持の部分を聞いてみたいお話で。
 
 もちろんいずれにしても、私には関係のない話で、あくまでも「無責任な第三者の感想」に過ぎませんけれども。
 なんだか、ぱちもん天国、中国が、彦根に湧いて出たように感じてしまいました。(^^;)
 御関係者、ならびに、ひこにゃんのファンの方々には同情を禁じ得ません;;

    ※

 世の中どうなってんでしょうといえば。
 これもひどい話。
  ↓↓↓
プリンスホテルに3億円支払い命令 日教組集会使用拒否で
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090728/trl0907281503008-n1.htm

 賠償金額が半端じゃないですねえ。
 日教組ってやっぱり、民間会社をゆすって金をとるような組織なんですね。

 通常、賠償額というのは、判決では請求額からするとだいぶ減らしますよね。あれも日本の裁判の不文律かと私は思って見ているのですが。
 それが「満額回答」とはただごとではない。
  
 判決を出した方々は正気なのか? それとも左巻きなのか?(けっこういますよね司法の現場には) さもなければ脅迫でもされているのか?
 そうとでも考えないと腑に落ちない「満額回答」でした。
 今朝の新聞で裁判官側の言い分すなわち判決理由を聞きましたが、すごい勢いです。たしかに法令遵守は大事だけれども、これはまさに「お上」思想ですね。
 お上に逆らったのがけしからん。そういうことのようです。
 もちろん、そうであって初めて法治が成り立つ、というのはわかりますが、その法が、実質的に犯罪者集団をかばうようでは、かえって法があやういのでは。

 法律は基本的に守るべきものだ。ソクラテスは「悪法でも法である」といって毒杯をあおいだ。
 でもね。悪法は、すでに法ではないと私は思いますよ。人間にはときに法律よりも守るべきものがあると思う。
 集会や思想の自由をとやらを、例によって錦の御旗と振り回していますが、くどいようですが日本国憲法は、「国を破壊する集会や思想」の自由までも、保障しているわけではないはずです。「公共の福祉に反しない限り」という(日本語としては妙だけど)条件が、ちゃんと宣言されている。

 だいたい、ガッコのセンコーが3億円もふんだくってどうしようというのでしょうか。宴会費用にまわすのか。それとも某国の某サマに上納するのでしょうか。

 それにしてもこういう団体の言うことをそのまま実現しようとしている民主党。
 もしも民主党政権が誕生し、日教組が幅をきかすようになったら、本当に日本の教育は崩壊するでしょう。
 そうなったとき、――こういうことはあまり言いたくないのですが――、民主党に投票した方々には、どう責任をとってもらえばいいのかと考えております。

 自民党を支持できないというご意見はわかる、が。
 とりあえずやらせてみよう、などという、きわめて無責任な態度で民主党に投票する、という人を、私は理解できない。
「とりあえず」? ―――すごい態度ですね本当に。
 もう少し真面目になってもらいたい。せめて。
 それができないなら、もう投票なんか行かなくていい。無責任にへんなことを言われちゃかなわない。
 
 少なくとも日本の場合、左翼というのは本来の意味での左翼ではない。たぶん、これがいちばん問題なんだと思っています。
 本来の意味でのリベラルなら、私もここまで危機を感じずにすむのでしょうが。(まあそれでも、左翼の革命思想って、キリスト教の終末思想をベースにしているので、ヤバイものであることには変わりないですが)

 国の安全保障というのは独立国家のいちばんの基礎ですが(これなくして独立は保てない)、その独立国家を内部から破壊しようとしているのが「日本の(自称)左翼」。
 本来の思想とは関係のない、犯罪者集団になっている。
 だから、支持するとかしないとかの対象にはなり得ない、つまり論外だと申し上げているわけです。

 経済がとか、社会保障がとか、そういうこと以前の話なんですよね……安全保障って。
 現在ですら、そこのあたりはあやふや、いいかげんで、いらぬ恥をかき続けている状況だというのに、これをさらに危うくしようというのか。

 無理ばかりが通る世の中では困るんですけど……。
 
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問うに落ちず
2009年07月28日 (火) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)
 
      ●

 ニュースサイトと言われるところをうろつくと、一般読者のコメントが寄せられているところがあります。
 こういうことは巨大掲示板で好きなだけやってりゃいいんで、なんでわざわざ、ニュースサイトで意味もない一般人の意見を載せなきゃならないんだろう? というのが、そもそもの疑問。
 これはネットの話のみならず、紙媒体の新聞にも思うことだったりして。
 とくに新聞はその購読料がけっこう馬鹿にならないのに、情報ではなく、どーでもよさそうな「読者からの投稿」に、なんで私がお金を払わなければならないのか? と、これは昔から思って来たこと。

 ということでふだんはほとんど、記事は読んでもコメント欄は見ないのですが。
 昨日はちょっと暇つぶしで、読んでみた記事が、こちら。
 ↓↓↓
「気持ち悪い男性」合コンで『席替え~』という等
http://news.livedoor.com/article/detail/4267755/

 もう記事自体、暇つぶし以外のなにになる、というものなので、そんなに真剣に読むものではなく、読んで、へーそんなこと言う人いるの、くらいで終わる話なんですが。
 見たらけっこうコメントがついているので、おやと思い、のぞいてみたわけです。

 記事の下にコメント欄があって、ぽつぽつ読んでいるうちに、うーん、とうなってしまいました。

 気持ち悪い男性などと言っては気の毒だし、失礼じゃないの、と思って記事本文を読んでおりましたが、その「気持ち悪い」一例のなかに、
「ネットでしか悪口を言えない人」
 というのもありまして。

 レッキとしたプロフェッショナルのメディアでさえ、ひとの悪口しか言わない(言えない)昨今ですから、たしかにネット上では、まことに「悪口」が多い。まして掲示板や、こういった「コメント」は、見るも無惨なものがございましょう。

 けれども、この場合、気持ち悪いのは人というより、その悪口が、ですよね。と思って読んだわけですが。

 記事に寄せられたコメントを読むと、「ネットでしか悪口を言えない」に対して抗弁していたり、または「バカって言うやつ自分がバカ」という、子どもの喧嘩みたいな反応がありまして。それでつい、ううむ、と。

 黙ってりゃいいのに、この人たちは、こういうコメントを寄せたばかりに、「自分も、ネットでしか悪口を言えない人間なんです」もしくは「ネットでしか悪口をいえないと思われかねない人間です」と、自ら告白してしまっている。
 …からです。まあ、正直な人々ではあるのでしょうが。

 ――問うに落ちず、語るに落ちる。
 という言葉がありますが、こういうのも「語るに落ちる」に含まれるのかなあ、と。
 黙ってスルーしてりゃいいのにねえ……。
 自分から、自分もそういう人間ですなんて、わざわざいうことないのに。

 それも人間の可愛いところ、なのでしょうか。

 これらのコメントの発言主は、誰もあなたのことだなんて言っていないのに、自分のことを非難されたと思い、つい、カッとなってしまったのでしょう。
 ということは、たとえわずかにでも、そういう自分を、つまらない、気持ち悪い、人様から非難されて当然のことをしている、と、自分でみなしている、わけですよね。
 完全に他人事だと思ったら、「そんな失礼なことを」と、記事にたいしてボソッとつぶやいて、他の記事に移っていくだけですから。

 自分は違うということならこんな記事はスルーだし、自分でもそういうところはいかんかなーと思うなら今後やめればいいんだし、気持ち悪いと言われようとなんと言われようと自分はネットで悪口を言うのだ、ということなら、これもあえて、子どもっぽいリアクションをする必要もない。わかっていてやっている、のですから。

 しかしじっさい、人間て、怒らせるのがいちばん手っ取り早いんだろうなあ、とも、思いました。
 同人活動をしていたときしみじみ思ったことです。ふだん、私の書いたものに感想など寄せてもくれない人が、私がフリートークなり原作の感想なりで書いたことに、なにか気に入らないことがあると、そりゃあもう熱心に反論のお手紙やメールをくださるわけですよ。
 こういう勢いで感想をもらえたらいいだろうなーと思ってました。

 上等なやりくちではないが、もしどうしても、他人の注目を集め、他人を動かしたいことがあるなら、怒らせるのがいちばん手っ取り早くて確実だろう。と。
 このへんは本当に、人間というものについての「勉強」になりました。(^^;)

 ネットでは、わざと不快な、もしくはトンデモな内容を書いてはリアクションを喚起することを「釣る」「釣り」というようですが、これはなかなか、言い得て妙、の表現ですね。(^^;)
 なるほど釣りか、………と、最初に聞いたときはけっこう感心しました。

 美味しいものではなく、マズいもので釣り上げるというところが、現実世界の魚釣り等とは大きく異なる特徴ですが。

 マズいものを口にした上に、自分で自分のつまらなさを語ることになる、というのも、考えると悲しいこと。
 やはり、短気は損気、なんですねえ。(自分が怒りっぽいタチだから実感こもってます)
 私もこーゆーことをしちゃってんだろうなーと思うとどうにも人ごとに思えませんで。(^^;)
 気をつけたいと思います;;


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脱力の月曜日
2009年07月27日 (月) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 週始めだというのに今朝はすでにぐったり;; 月末はほんとに……。
 昨日はまた野暮用でお出かけでした(楽しみでもなんでもない)が、ひさーしぶり(もしかして20年ぶり?!)に、新幹線の車内販売アイスを食べました。
 美味しかったです。(^^)

 販売のカートがきたのが、降りる駅にわりと近づいてからだったので、ほとんどアイスをかっこんでましたが;;

    ●

「天地人」。
 そういえば先週はなにも書かなかったんだなーといまさら気がつきました。(^^;)
 先週はお出かけするのでバタバタしていて忘れたようで;;

 基本的に、歴史上メジャーな人物はほとんどが、私の「好き」には入らない人々なのですが(権力者は好かぬ。人殺しは好かぬ。基地外は好かぬ。権威主義者は好かぬ、といっていたら当然そうなります;;)。
 それにしたってもう、箸にも棒にもかからない、というのが、豊臣秀吉。

 信長にせよ家康にせよ、好き嫌いはともかく評価すべきところはあり、人間像として面白いと思うところもあるのですが、秀吉さんだけはいけません。彼を表現するのには、「梟雄」と呼ぶのが限界ですね;;
 本当はもっとはっきり他の言葉でいいたいところを、それでもまあなんとか、かっこつけた言い方をして…と気を使ってもこれが限界という意味。(^^;)

 若い頃はまともなところもあったのになあ……。彼の晩年は見るも無惨という感じですね。
 人間には、それぞれの立場があり思惑も事情もあり、それぞれに「正義」があるものだ、ということは(頭では)わかるのですが、そういう、「頭ではわかる」程度の理屈さえも成り立たない(と感じる)のが秀吉さん。

 大阪には太閤さん贔屓の方が多いんだそうで、そう聞いてしまうと言いにくいところもありますが、それにしてもねえ……と、あらためて思った昨夜の「天地人」でした。

 なんにしても、関ヶ原へむけて、ドラマは着々と伏線を張っていきます。
 あの直江状(偽書説もあるけど)をどう描くか、扱うか、楽しみにしていきたいと思います。
 
 あのとき、頑として兼続の言を容れず、会津に引き返した景勝を、どう描くか。
 私は依然として原作を読んでいないので、楽しみにしておきます。(^^)


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拍手御礼
2009年07月26日 (日) | 編集 |
浴衣からその先に
2009年07月26日 (日) | 編集 |
 先日の朝刊に、「二枚目の浴衣」を購入する人が増えている、という記事がありました。

 すでに浴衣を持っている人で、もう一枚を――長襦袢をいれて単衣のきものとして着られるような、浴衣というより街着としてきられるくらいの、落ち着いた柄、古典的な柄のものが好まれる傾向があるとか。有松絞りとか。いいですねえv (^^)
 
 いかにも浴衣、といった感じのものもいいのですが、長襦袢を入れれば、ふつうのきものとして着られる一枚というのは6月~9月末、気候や地域によっては10月上旬まで着られますから、いいんですよねえ。(^^)

 浴衣に長襦袢を入れて着る、ということに慣れると、袷のきものにも抵抗なく手を伸ばせると思うんですよね。
 ふふふふふ。お仲間が増えると思うと嬉しい。ぜひハマりましょうv 街着になる浴衣、買いませうv

 先日もご紹介しました「夏きもの 遊衣図鑑」では、かなりそのパターンが紹介されています。
 聞いて一瞬びっくりしたのは「浴衣に、お太鼓結び」。つまり帯は、半幅帯/細帯/四寸帯ではなく。
「一重太鼓袋帯」てんですが……。
 ちょっと悩みましたけどねえこの名称。

 フォーマルな席に出るときに二重太鼓に結ぶには袋帯を使いまして、これは長さが4m以上ある。形状は、ながーい長方形。
 普段着に着て、一重太鼓を結ぶのは、袋帯よりも長さが短い名古屋帯。こちらは3m70cmくらいでしょうか。長さはきっちり規定があるわけじゃないんですが、ようするに二重太鼓を結べるほどの長さはないです。

 その形状は――名古屋帯というのは、手先から、胴に巻く部分を最初から半分に折って縫い止めてあります。なので袋帯と違い、長方形ではなく、途中から半分幅に折られた変形。

 袋帯も結局は、手先と胴体部分を折って使いますが、幅出しと言って、もとが長方形なので、胴体部分の幅を、必ずしも半分ではなく、もうちょっと広げて使うことができます。(フォーマルの場合は、帯もちょっと大きめにするんですよね何かと)

 で。
 この一重太鼓袋帯ですが………。
 さっするに、長さは名古屋帯と同じくらいで、でも、「袋帯」というからには、一枚の長方形をしているのでしょうか。
 ………私はそういう帯を、「京袋帯」と言っていたのですが、でも、帯も名称が多くて、同じものでも名称が違うときってあるんですよね。洒落袋帯っていうのも、長さがないタイプのことじゃなかったかなあ?;;

 一重太鼓袋帯か……。現物を見たことがないんですが、ふつうに名古屋帯を使うより、かえって初心者には難しいような……? どうなんでしょう;;

 なんにしても、浴衣は人気があるようです。
 百貨店はどこも軒並み、婦人服は苦戦しているそうですが、浴衣だけは前年割れするようなことはなくて、どの百貨店も力をいれているそうで。

 浴衣と言えば昔は、夕暮れ頃、昼間の汗を落とした湯上がり肌にさらりとまとうもので、つまり、真っ昼間っから着て歩くようなもんじゃなかったのですが、昨今はもう、すっかり「街着」ですね。

 京都きものパスポートのなかにも、とあるホテルでは、「館内レストランに2名以上で予約を入れ、かつ、浴衣かきものを着てくると、割引等のサービスあり」というのがあります。
 浴衣は、すでに「きもの」に含まれているんだなと思いました。
 などと言うと、え? と言われそうですが、浴衣というのは――そうですねえ、洋服で言うとリラックスウェアであり、いまでいう「ワンマイルウェア」みたいなもんですか。
 そういう恰好でレストランに行く人はいませんよね。そういう感覚なんですよ。

 が。最近じゃ、そういうことでもないってことね――と、感慨を覚えたということです。
 
 そんなわけで最近ではだいぶ、浴衣がきものとして幅を利かせてきています。それはそれでもいいか、と思いますが、浴衣で歌舞伎座はやめましょう~;; と、そこだけは思いますが。(^^;)

 で、そういうとき、長襦袢を入れて、単衣のきものとして着ると、「格」があがるので(ワンマイルウェアから、通常のワンピースくらいに)、自分もその浴衣を楽しめるし周囲にも安心感を与えられる。そういうことで。

 帯は、無理にお太鼓じゃなくてもいいと思います。ポリエステルの浴衣帯ではちょっとつらいかもしれませんが、半幅帯も、かなりオシャレで高級感というか、それなりの質感、クラス感のあるものがありますんで、パーティとか、同窓会とか、観劇なら充分それでいける。
 ここだけの話ですが(小声)、私は個人的には、あのお太鼓って好きじゃないです。面白みがないし背中が苦しい。
 織りの半幅帯でお文庫にすると、けっこう格調もあり、かつ可愛い、という感じになるので、――で、それで帯締め、三分紐、帯留めで遊ぶほうが楽しい、と、こっそり思っています。

「昭和のきもの」という本を読んでいたら、著者の叔母さんという方は着道楽な人だったが(戦前のお話です)、帯枕を使うのが嫌いで、「ダサイ」てんですね。そういって帯枕なんか使っていなかった、というくだりがありました。
 やっぱりね! と思わず嬉しがってしまいました。あれをダサイと思うのはあたしだけじゃないんだわ! と。(^^;)
 
 いつぞやテレビを見ていたら、女優の朝丘雪路さんの夏きもの姿、帯を、――勉強不足で材質がわからないのですが、張りのある、しゃりっとした質感のものに見えました――帯枕なしでお太鼓にしてらしたんですが、それがすごく素敵でした。
 でも、いまは、……へたなことをすると「あの人、帯枕使わないでお太鼓にしてる」なんて、逆に非難されそうな気がするというあたりが悲しい;;
 昔の人はもっと自由にきものをきていたようですよ。それこそ「帯枕なんかダサイ」とかって平気で言って。大正モガの着こなしは、くわしく聞いていると、ほんと「モダン」です。お直しおばさんがオッカナイ、平成の御世に再現するのは、かえって勇気が要りそうなくらい;;

 私も、もっときもの慣れして、そういう非難がましい視線を跳ね返す、「きものと親しんでますオーラ」を放って歩けるようになりたいです。(^^;)

 ………すっかり話が横道にそれましたが;;
 なんにしても。ようするに。
「きもの仲間、増えましょう! きもの着ている人を『珍獣』扱いしないですむ町になりましょう!」
 ってことが、私の願いでございます。

 浴衣ブームからひきつづき、きものブームになってくれるといいなーと、本気で思った記事でした。


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旅の楽しみ
2009年07月25日 (土) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

 今朝の日経新聞朝刊に、自民党細田博之幹事長のインタビュー記事が出ています。
 その記事の横に、そのインタビュー中の発言についての謝罪、撤回が同時に掲載されているわけですが。

 なんとなくの「雰囲気」ではなく、政策論で対応したい、という上で、
日本郵政の西川善文社長の人事問題でも、いろんな議論があったが、それを正しく報道すればいいのに、自民党内はまとまっていないとか、辞めた大臣はこういっていると報道される。字が読めないとかぶれたとか大した問題ではない。役員人事も閣僚人事もどうでもいいことだ。しかし、みんなそのほうが面白いんだ。それは国民の程度かもしれない

 この、「国民の程度」という部分が、誤解を招きかねないということで謝罪、撤回が付記されていますが。
 謝罪も撤回も必要ないんじゃないですか。
 いえ、べつにイヤミで言っているんじゃなくて。

 私はまったく同感ですよ。ええ。
 
 べつに自民党の肩を持つ気はない(反・民主党であることだけは確かだが)。
 ただ、あまりにもどーでもいーことしか報道しないマスコミに不信感を抱き、そういうマスコミを批判もしない「世間様」にはウンザリしているわけですんで。

 マスコミはたしかに馬鹿ですが、しかしその馬鹿に対して「いーかげんにせんかい」と言わないのも、国民ですからね。
 その昔、消費税が導入された20年ほどもまえ、さすがに、ありとあらゆるものに課税されるというのはたいへんなことで大騒ぎになったのですが、とある政治家が「この騒ぎも、プロ野球が始まればみんな忘れるよ」と発言したんですよね。
 なんて人を馬鹿にした発言だろうと、1円の支出だって大変な、学生の私は怒っていたのですが。
 
 ………じっさい、プロ野球が開幕して少ししたら、マスコミも世間も、(ちょうどバブル期のせいもあったのか)すっかり忘れ惚けていましたとさ。
 なるほど、政治家に馬鹿にされて当然のレベルなんだ、あたしら。
 そう思った記憶がございます。

 人間、本当のことを言われると腹が立つものですが。
 事実なんだったら、認めるより仕方ない。
 ということで、この御発言、謝罪も撤回も必要ない。そう思います。

        ● 

 俗に、大阪の食い倒れ、京都の着倒れ、江戸の履き倒れと申しますが、私にとっては神戸が食い倒れの町。(^^;)
 どういうわけか大阪にはあまりご縁がないんですよねえ………。避けているわけじゃないんですが、この方面へいくとなるとどーしても、足は神戸へ向いてしまう;;

 ひとつには、観光するには神戸の町の広さは手頃だということと、それとも関係しますが移動も気楽にできる、ということですね。
 タクシーもわりとつかまりやすいし、地下鉄もあるし、のんびりでいいならシティループ(市内循環バス。主に観光客向け)もあるし、いざとなれば、歩いてしまえる。
 
 今回も、北野坂から布引ロープウェイまで、およそ10分で歩いちゃいましたし。異人館から三宮駅というのも、いつのまにやら歩けてしまう、という距離なんですよね。最初に歩いたときは「あれっ?」と拍子抜けしたくらい、近い、と感じました。

 私にとりましての神戸の魅力は、なんといっても食事のおいしさです。
 ちょっと歩き疲れて適当に目についた喫茶店へ入っても、ケーキなり、コーヒー紅茶なりが、必ず一定の水準にある。
 逆にああいうなかではお店は競争が厳しいんだろうなあと思いますが………ふらっと入ったお店でも、とにかくある程度の味覚は保証されるというのは、ありがたいことです。

 観光客ってのは土地勘がむろんのことありませんから、ふらりと入ったお店で美味しいものがいただけると、ものすんごい幸せを感じるんですよね。超ラッキーな出会いに感じる。

 神戸は港町としての歴史があるせいでしょうか。パンとケーキとコーヒー、紅茶がとにかくうまい。という印象です。
 じっさい、お茶はもう、どのお店でもハズレがないですよね。うらやましい。
 何年か前も、三宮センター街付近をうろうろして、お腹がすいた、と思って行ってみた、人形博物館となりのお店、その二階のカフェの、サンドイッチと紅茶の美味しかったこと。
 
 ということでつねならば、わりと「行き当たりばったり」「目についたところで食事」パターンの私ですが、今回は珍しく、ガイドブックで見て、「ここ、行ってみようかな」と思ったところへいってみました。
 シティループのバス停「北野坂」で降りて、異人館へ向かって坂を上っていく途中にある、「カフェ・ド・パリ」。
 最初はどこが入り口かちょっとわかりませんでした。(^^ゞ

 通りに面したオープンテラスはすぐに目につくのでわかりやすいのですが、この季節で店内はエアコンが効き、ために、テラスへの出入り口はしっかりドアが閉められていて、「え、どこから入るの?」と。
 テラスの横手にまわったら、そこに入り口がありました。

 じっさい、私が食事中にも、通りを見ていたら、「え、どこ?」という感じで迷っている人がいたので「やっぱりね。ちょっとわかりにくいですよね」と思ってました。

 今回いただいたのはランチセットで、スープと、3種類から選べるメイン、パン、サラダ、食後にコーヒーまたは紅茶がついて1,500円ほど。
 お値段リーズナブルで充分美味しかったです。(^^)
 神戸ではほんとに、どこでいただいてもパンがおいしい。

 パンがおいしい、と評判のところを何カ所かいったことがありますが、そういうお店は当然としても、特にそうは謳っていないお店でも、出てくるパンがじゅーぶん美味しい。
 これは、外国人が多く住んできた町の、もはや伝統の味なのでしょうか。

 もちろんメインも美味しゅうございました。(^^)
 
 すっかり満足して食後のコーヒーを飲んでいたら、お店のお姉さんが、ワゴンを押しながらやってきまして。
「ケーキはいかがですか?」
 のおおおおおおお。――と奇声が出そうでした。
 そのワゴンの上には本日のケーキ各種が!!!

 アップルタルト、チョコレートケーキ、モンブラン、ベリーのタルト……。

 あれですね、たんに「ケーキはいかがですか」じゃなくて、ワゴンに乗せてガラガラ運んでくるところが味噌ですよね。
 目の前にケーキがてんこもり!!
 この状況で誰がケーキを断れるだろう!
 断れるヤツなんかいるのか!? いないよな?!!
 ――内心で叫んでましたよホントに;;

 じつはケーキは他のお店でいただこうかとも思っていたのですが……。
 根性なく、「じゃ、このベリーのタルトを」と頼んでしまいました。
 これまた予想と見た目を裏切らない美味しさだったので、幸せでした。
 それにしても………ホント、おねーさん、お勧め上手;;
 あの状況でケーキをあきらめるには、私には鋼鉄の意志が必要でしょうが、そんなもん、水飴のごとくにでろんでろんですよ;;

 神戸へいくと、みょーに満足感を持って帰ってこられるのですが、それはつまるところ、このように、美味しいものを食べた! という満足感のようです。
 旅先ではやはり、美味しいものを(できれば肩肘張らず)食べられることが、なによりの幸せですよね。しみじみ……。


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拍手&コメント御礼
2009年07月24日 (金) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)
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マイペースで朝ご飯
2009年07月24日 (金) | 編集 |
 デジカメ初体験中。
 ということで、今回旅行で撮ってきた写真をば、さっそく自宅テレビで見てみました。
 なかなか感動です。(^^)
 動画も撮れるというので、モザイクガーデンの観覧車の照明と、ディナークルーズに出る船を撮ってみましたが、自宅テレビで再生するとなかなか面白い。
 しかし、撮影していたときつけっぱなしにしていた、テレビの音声がばっちり入っているのには雰囲気ぶちこわしで、がっくり;;
 ……マイクの性能がいいことはよくわかりました……ハイ。(^^;)

 今回は奇しくも新月と皆既日食の日が同じ、ということでなかなか劇的な7/22でしたね。
 私はといえば、すっかり味を占めてしまった、「自分で簡素な朝食を気楽~に楽しむ」を実行してました。

 もとを糺せば数年前、朝食ルームサービスをお願いしたら、そのあまりの気楽さにやめられなくなったんですが、しかし、これはいい加減、お金がかかる。
 ということで、荷物をホテルにまとめてどーんと送るのですがその荷物の中に、お湯を入れて作るインスタントスープ(今回はオニオンコンソメスープ)と、にんじんジュース、紙コップ、紅茶ティーバッグをいれておきます。

 部屋にお湯はあるので、朝起きたら、紙コップにお湯を注いでスープをつくり、コンビニで買ってきたおにぎりを頬張り、人参ジュースをのみ、紅茶でほっこりする。
 自前モーニングサービスとでも申しましょうか。(^^ゞ

 起きて洗面を済ませたら、パジャマ姿のままのんびり部屋で朝ご飯を食べられるので、これは本当にいいですよ~。あまりにも色気がないので、一人旅のときに限りますが。(^^;)
 今回、前夜の夕食が、はからずもすんごいヘビーなものになってしまったので(夏のパワフルディナー、というように銘打たれていましたが、本当にパワフルでした………量が)、翌朝はあまりお腹が空きませんで、おにぎりにスープくらいで充分でした;;

 で、食べてのんびりしたところで片付け、着替え、荷造りを始めましたが、そのときに、日食の中継をテレビで見まして。
 日食が始まったとおぼしい時間帯、窓の外の景色はたしかに、ちょっと暗さを増していました。
 雲が厚かったので、日食の影響なのか、雲のせいなのかはいまいち判然としませんでしたが、「せっかくなので日食のせいと思っておこう」と。

 印象的だったのは、22日朝、けっこう蝉の声が聞こえていたんですが、ふと気がつくと、日食の中継を見ている時間帯、蝉が静かになっていました。
 暗くなったからかな? とも思いましたが――私は室内にいたのでわかりませんでしたが、気温が下がっていたとか、なにか影響はあったのでしょうか。部分日蝕くらいではあまり関係ないかもしれませんが、皆既日食の地域では、一気に気温が下がったそうで。
 やっぱり太陽って偉大ですね。

 ということで私は当日、本邦で見られるのは40数年ぶりという日食の間、まことにマイペースに過ごしておりました。
 もっとも良好な観測地点であるはずの悪石島が、予想外の悪天候でびっくりした、というのが、いちばん印象に残りました。(^^;)
 自然現象が相手ですから仕方ないですよね;;
 
 さてそれにしても。
 デジカメで撮った写真をこちらにもアップしたいんですが………これ、引き延ばしてもOKなくらいの高画質で撮っているので……、パソコン画像用に画質を落とすことって、できるんでしょうか……。
 まだしばらく、取扱説明書を読み込む日が続きます。(^^;)


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拍手&コメント御礼
2009年07月23日 (木) | 編集 |
 拍手くださいました方、ありがとうございました!m(_ _)m
 一言下さいました方、ありがとうございます~。
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