厄よけ祈願

 拍手下さいました方、ありがとうございました。(^^)

 本日の静岡は雨がぱらつく、寒い朝になっております。
 寒がりの私としては思わず、部屋のガスストーブをつけたいくらいの勢いです…。室温を見ると20℃あるので、じっさいには点けても意味がなさそうですが。(^^;)
 夏日の暑さになれつつあった体には、これは寒いわ~。今日の予想最高気温は17℃ほどだとか。
 今年はいつまでたっても、長袖のものが片付けられません。
 今年の夏はこの調子では、気温が上がりきらない、冷夏気味になるのでしょうか。
 酷暑もこまるが、冷夏もなあ…。

 まったく自律神経がいじめられまくっている今年ですが、皆様も体調にお気をつけて。

      ●

 木曜日の午後、ぽっかり時間が空いたので、ここしかない! と思って、昼食もそこそこに神社へいってまいりました。
 今年、私は「厄年」でございまして、本当はお正月、おまいりしたときに厄よけ祈願をお願いしようと思っていたのですが、さすがにそこは初詣。同じくご祈願の人々が列をなしていたのをみて、「いいか、また今度で…」と、だらしなくも帰ってきておりました。(^^;)

 厄年とか、そういうのを気にするのか、と言われると――気にしますねえ。
 昔はそうでもなかったですが、いわゆる「女の大厄」、32歳の年というのはほんとにもう、公私ともにシャレにならない目にあったので、やはり、気をつけるべきなのではと思うようになりました。

 女の大厄は36歳、数え37歳が、いちおう「最後の大厄」ということになりますが……厄年自体はその後もあります。
 厄年とはなにか。――神社でいただいてきたリーフレットにもありましたが、女性であれば19歳、32, 36歳が大厄。
(ちなみに、クレオパトラ、楊貴妃、マリーアントワネット、そしてダイアナ元妃は、いずれも、この36歳もしくはその前後に亡くなっています)

 いずれの年齢も、結婚したり、出産があったり、という社会的な変化があることが多いし、体調や体力が変化を始める時期でもあるので、たしかに、健康面は気を使った方がよい時期でもあります。

 昔は現在ほど医療がしっかりしていなかったし、いわゆる産厄で亡くなる女性の数も多かったし、ということで、「気をつけましょう」というのが、厄年、と言われたのではないかと思います。

 男性の場合は41歳、数えの42ですか、「大厄」は。
 仕事の面でも節目になることも多いかと思いますし(厄年は“役年”とも言われる所以でしょう)、また、体力面での変化もありますから、気をつけるにこしたことはないでしょうね。
 私の場合、大厄は、確かにもう終わっている。けれども、厄年はまだまだこの先にもあるわけですよ~。(^^;)
 私は今年前厄、来年本厄、再来年が後厄ということだそうで;;
 神社の社務所のテーブルにも、一覧表が貼ってありました。(^^;)

 神社というのは基本的にパワースポットです。神社をどこに建てるかというのは、――やはり無闇に建てられるものではなく、ご神職にはちゃんとそういう場所の選定方法があるようです。

 ということで、厄よけの祈願というのは、パワースポットへいくことで、そのパワーをちょっとわけていただきたいというのと、――祈願というのは基本的に「誓願」なので、「私も自分で気をつけます」と、神仏に「誓う」わけですよね。
 そんな具合に、自分で自分に、注意するようになる、そんな目的もあるような気がします。

 木曜日は、お昼頃はまだ雨も降っていましたし平日だしということで、本当に人がいませんでした。(^^;) いたのは鹿と鳩だけ。

 前回の厄よけ祈願のときは、ちょうど結婚式があって本殿には入れなかった(ので拝殿でした)のですが、今回はもうそんなわけで。ばっちり本殿、最前列、真正面。
 雨はしとしと降っていて静かですし、周囲の木々の緑はきれいですし、神主さんのお声はよろしいしで、なんだか、ほわーっと幸せな気分になっておりました。

 最後にお神酒をいただいて、雨に洗われ、緑が深まる森をぬけて帰ってきました。
 あと、三嶋大社の茶店(とか駅の売店とか)で売っている「福太郎」というお菓子………一口大の草餅に、烏帽子を象った餡がついている餅菓子をお土産に買って。これ、けっこうおいしくて好きなんです。
 1月7日に行われる「お田打ち」祭に登場する福太郎の姿を模しているというのですが……。
 餅は生命力をあたえ、草餅の蓬(よもぎ)は邪を払うという。縁起物ですね。
 伊勢神宮の赤福みたいなものですが、個人的に草餅が好きなもので。(^^) 三嶋明神へお参りしたときは、必ず買って帰ります。

 これでパワーをちょこっとわけていただいて、大難であれば小難ですむよう、心がけたいと思います。

 それにしても――正月にいくつもりが、もう6月も目前なんですが;; ま、気は心ということで;;
 じつをいうと、すでに大社からは「夏越しの大祓」用の人形(ひとがた)が送られてきていたので、そちらもおさめてきながらの、祈願申込みでした……。夏も冬も一緒とは;;
 こうも怠慢だと、明神様にも笑われるでしょうか。(^^;)

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おかげさまで…

 拍手下さいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

      ●

 先日、お騒がせいたしました、左頬の腫れと歯の痛みですが。
 おかげさまで、なんとかなりそうな気配になりました。(^^)

 火曜日、夕食のときに、食べながら、つい気になって、舌先で痛む歯のあたりをちょいちょいと触っていたのですが、ふいに、メキッというかぱきっというか、なんともいえない感触と弱い痛みが、電流みたいに走りまして。
 しかし、悪い感触ではなかったんですよね。
 なんというか………外れていた筋が、元の位置にもどった、という感じ。
 
 じっさい、その一瞬だけは痛みがあったものの、その後にはいっさいなく、また、急に、あごから頬が「軽くなった」感じが。

 ええっと思いました。
 顎関節、ではないんですよね…。あくまで私自身の感触ですが、あごを支えている筋肉が、つっていたのが戻った、というか。
 あごの筋肉がこむら返りしていたのが治った(なんだそりゃ)、みたいな。
 うーん、へんな説明で申し訳ないのですがそんな感触で。(^^;)

 で、噛み合わせの感触が、やっぱり違うぞ、と。
 上下の歯をきっちり噛み合わせたときの感じが「無理がない」「楽」なんですよね。
 いままでの、あの痛みと重さは、噛み合わせに、ものすごーく微妙なずれがあったのかも? と思いました。
 それは鼻炎と無関係だったのかというと、そうとも言い切れないようで……。というのは、いままで薬をのんでいても――鼻水や痰の排出をうながす薬、ムコダイン――左側の鼻からは、なかなかすっきり出てこない感じだったのがおなじく火曜日、いままでたまっていたのが出たという感じで、かなり出てすっきりしました。つまり、鼻炎自体も、楽になった日でした。(薬を飲み始めて9日目)

 ………なにがどうなっていたのかはさっぱりですが…。
 ともあれ、そんな感じで、だいぶ、楽になりました。
 冷たいものや熱いものが歯にしみる痛みは、まだ消えてはいないのですが、以前よりははるかに楽ですし、なにより、頬が重い、腫れっぽい、という感じがなくなったので、このままなんとかなってくれるのでは、と。

 噛み合わせのほうはどうにも不思議なのですが…; 念のため、歯医者さんで、噛み合わせにズレがないかチェックしてもらおうと思います。
 ズレというほどのズレではなく、まさに「筋肉が痙攣して痛かった」みたいな感じなんですけど;; ……そんなことってあるもんだろか;;

 子どもの頃はじつは、噛み合わせが悪く、下あごのほうが前に突き出ているようなかっこうでした。それを小学校1、2年のときに矯正しているので、たぶん、生まれつきなんともない人に比べると、顎の状態がやや不安定なのかもしれません。
 ……関節じゃなく、筋肉が、あるべき位置に戻った、という感触だったというのが不思議なんですけども。(^^;)

 子どもの頃、手の指関節をカクカク動かしていたら、なんだか筋が外れたみたいになって、あれ、指が曲がらない、となってしまい、またかくんとその筋を入れた……ということをしていた覚えがありますが、あの感触に似てたんですよねえ……ううむ。
 
 ともあれそんなわけで……頬が腫れっぽい、というのは、ほぼ、治まりました。(^^;)
 いままで左頬に触ると、やけに頬がかたかったのですが、ただいまは、右側と同じくクタクタにやわらかいです。腫れていたのか、筋肉がひきつっていたのか、わかりませんが。

 そんな調子で……、お騒がせいたしました;;
 ご心配くださいました方、本当にありがとうございました。m(_ _)m

 なんにしても、人の体って微妙なもんですねえ……。微妙すぎて、何科で診てもらえばよかったのか、未だにわからないというのがなんとも…。
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「音楽遍歴」

 拍手下さいました方、ありがとうございましたv (^-^)

      ●

音楽遍歴 [日経プレミアシリーズ] (日経プレミアシリーズ (001))
4532260019
小泉 純一郎


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 いわずとしれた著者の、「音楽とのおつきあいの回想録」といったところでしょうか。いや、面白かった。(^-^)
 音楽とひとことで言ってもじつにジャンルはさまざま。これほどオペラ、クラシック音楽がお好きで造詣が深ければ、外国の要人との雑談にも困ることはなかっただろうなと納得。

 クラシック音楽、とくに、どーも敷居が高く感じられるオペラについても、著者はあくまで、一般の「聞き手」としての視点でだけ語りますから、堅苦しいことはなにもありません。
 お気に入りの見つけ方、鑑賞のとっかかり、初心者はまずここをおさえておくといいよ、という「ツボ」……なるほどね、ということで面白い。
 クラシック、オペラ、越路吹雪さんからプレスリー、X JAPANにいたるまで、「音楽」の楽しさを語っているのですね。

 またへんな話になって恐縮ですが、この本を読みながら、「私がオタク男性に(一般男性に対するよりも)寛容なのは、このせいだな」と思いました。
 何かを心から愛する気持ち、その情熱、というものを、私は愛するのですねえ。

 なんの興味もない人がみたら、ただの馬鹿か気違いか、みたいなものでも、純粋な愛情があると、私はわりと、ふーん、といって聞いていられますし、これをいうとけっこう驚かれもしますが、楽しいです。

 学生のとき、同級生のとある男子に、「水原さんの本の読み方は、本当に楽しむために本を読む、っていう読み方なんだね」と言われたことがございまして。
 んなこた当たり前じゃんと思ったのですが、彼が言うには、どうも自分が本を読むときは、情報を仕入れる、知識を得ようと思う、またそれを他人に話そうというのを前提に読んでいる。「自分が楽しむ」ため、というのとは違う――とのことでした。

 ………じつは。ここだけの話ですが。
 私、生まれてこのかた、異性と話していて(老若問わず)楽しいとおもうことが、滅多にありません。皆無と言ったらおおげさですが……感覚的にはそれに近い。
 
 異性の友人と馬鹿話していたりっていうのはもちろん楽しいですが……、自分の趣味なり、まあ、世間話でもいいのですが、そういう話をしていて楽しいとは思ったことがない。ほとんど。
 あれはなんでかなーと考えて、後年になって思い出したのは、その同級生の言葉でした。 
 結局、男性の場合、自分の知識をひけらかすほうに力が入っている人が多いんだよね。もちろん全員じゃないけど。
 どれだけ蘊蓄の量があったって、私はそれでは、退屈してしまう。
 しかも相手は無意識にではありますが、聞き手(私です)からの、賞賛をふくむ反応を待っている。
 私もわがままなようでいて、そういうところはへんに迎合しちゃって、へえ~すごいね~よくしってるね~くわしいんだね~などとやってしまい、そうするともう、だんだん自分が馬鹿になっていく気がする。疲れます。

 オタクと言われる人の場合、そういう外連味(けれんみ)がございません。逆に言うと、聞き手がそこにいることをさえ彼らはときに失念するのですが、べつにそれでもかまわないのです私としては。
 その話は、他人からの賞賛を求めているわけではなく、もちろん知識をひけらかしたいわけでもなく、ただただ、その――ゲームでもアニメでもフィギュアでも、対象に対する愛情を「語りたい」だけなんですね。まあ、相手の反応を考えていなさすぎ、というのは、たしかに困る場合もあるのでしょうが……(^^;)

 私には、そういう、愛情の対象物に夢中になる気持ちがわかるので――話の内容自体は私にはサッパリでも、へえ~、ふう~ん、とかいいながら、楽しんで聞いていられます。
 たぶんああいうときの私は、話し手の、その愛情、好きという気持ちそのものに、感情移入をしてるんでしょうねえ。だから話の詳細部分がわからなくても平気なんだろうなあ、たぶん。

 岡田斗司夫さんと森永卓郎さんの対談本にも出てきましたが、本当に――「他人になんと言われたって、私はこれが好き」と、堂々と生きるのがオタク。私もそう思うのですが、たぶん私は、「俺はこんなに賢いんだぜ」「俺はこんなにいろんなことを知ってるんだぜ」「スゴいだろう」「俺様をあがめろ、尊敬しろ」などという、ある意味、他人に「依存」している精神よりも、「これが私の生きる道」と、馬鹿にされても蔑まれても、ときにその蔑みを逆手にとることさえして、顔を上げているオタクのほうが、好ましいのですね。きっと。
 
 そんなことを。
 つい、考えてしまったということは、こちら「音楽遍歴」は――ちょっとオタクっぽい、熱い愛情が必ず底流にある、ということなのかな。(^^;)
 クラシックに、どうやって近づこうかなと、うろうろしている、超初心者にとっては、なかなか有効な助言があります。
 私も、まずはいま手持ちのCDを、「とにかくかけて、聞き流す」ところから始めて見ようかなと思います。
 どういうわけですか、ラックをあさるとけっこう出てくるんですよね。
「こんなの買ったっけ?」などと、記憶にないものがあるのは、どーゆーわけなんだか………(謎)。

 巻末には、本書中に登場する作曲家、指揮者、演奏者(歌手)や、曲目の小解説付き。
 あらためて眺めるとそのラインナップはやはり「王道」という印象。
 それにしても、オペラって……あらすじだけ眺めると「なんだかなー」というのがけっこうあるんですね。(^^;)
 しかしあらすじよりは音楽や歌がやはり主眼になって、名作となるのでしょうね。

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景色のいい

 先日、おめでたい優勝で幕を閉じたはずだった、大相撲夏場所ですが。
 よりにもよって千秋楽結びの一番がまた、見苦しいことになっていたのですねえ。(^^;)

 私はもはや、朝青龍関の一番は見ないことにしているので見ておりませんでした。だってNHKったらモザイク掛けてくれないし。(←冗談半分です)
 結び前の段階で「やー、よかったよかった」といってテレビ前から離れていたので存じませんで、NHKのニュースで見て、思わず手にしていた箸を落としそうになりました。
 あいかわらずですねー。と呆れたのはもちろんですが、私としては、相撲協会理事長にイエローカードですね。
 私の気持ちとしてはイエローは去年の段階ですでに出ているのでこれで累積2枚。サッカーならば、レッドになってサヨウナラというところ。

 あの場合はどーみても先に手を出しているのは朝青龍関なのに、なんで、白鵬関のほうだけを問題にして、宮城野親方に注意なのでしょう?
 すでに勝負がついているのに、ああやって、わざと相手を突き飛ばす、足蹴にする、さらに投げ飛ばすようなしぐさをする、というのは、あの関取の場合、日常的にやっている。それを誰も、ふだんから注意してないもんだから、あえてここで注意するのはためらわれたとでも言うのでしょうか。

 ………北の湖といったら、私が子どもの頃の、憎らしいほど強いと謳われた名横綱だったのですが、なんだか、がっかりです。これほどものごとの判断が鈍い人だったとは……。

 あの一番だけを注意するのがはばかられるなら、今後、しつこく、ああいう見苦しい振る舞いがあったらいちいち注意すればいい。というか、この時点まで野放し状態できたこと自体を、私としては「厳しく」問いたい。
 厳重注意って、お関取にだけじゃなくて理事長にも。ですねえ。

 それにしても、「みっともない」っていう価値観(?)も、最近は聞かないものになったでしょうか?
 みっともない、とは「見とうもない」の転訛(てんか)だそうで。「見たくもない」ですね。見ている方が不快になる、ひっこんでろ、という感じでしょうか。

 まさに「見とうもない」ですねえ……。本場所の千秋楽を、そういう理由で、見なかったのは確かだ。
 見た目にうれしい、「景色のいい男」の登場を、首を長くして待つばかりですね、いま。

 景色のいい男とは、女優、山田五十鈴さんのお言葉だそうで。
 これを聞いたときは本当にうなりました。すばらしい。なんて的確、かつ、過不足のない表現なんだろう。
 単にいい男、ではないのですよ。イケメンなんて軽いもんじゃない。おそらくは、外見だけではおさまらぬ魅力(人柄だったり教養だったり)が感じられるattractiveな男。
 それを称するのに、「景色がいい男」ときたもんだ。
 この表現の的確なこと。
 さすがの感性と表現だ、と頭が下がりました。
 塩野七生先生の「いい男は公共財」と並んで、好きな表現です。(公共財といわれたら、独占、占有してはいかんのだ、というのは実感できますね。(^^;))

 あと、故・城山三郎さんの「粗にして野だが、卑ではない」というタイトルを聞いたときもみごとだなと思いました。目に浮かぶようですね、風貌のみならず、人柄、その人の生き方までもが。
 そういう魅力的な人もありますね。いわゆるイケメンではないけれど「景色がいい」男って。

 願わくば、そういうおのこを、ぜひまた見られますように。(全力で祈願)
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衣替え

 5月も最終週になりまして、6月も近づいて参りました。
 ということで衣替えですv

 新しい台芯を買ってきたので、夏用の絽の長襦袢に、絽の半襟をつけようと思います。
 6月は、和服は、長襦袢、半襟も絽。
 帯揚げも絽になり、帯締めも「夏用」ですが……帯締めについては、昔は、帯締めには夏も冬もなかったんだそうで。
 現在は帯締めも、夏になると、いかにも軽やかな、レース風に編まれたものを使いますが、昔は帯締め、つったら、帯締め、だったんですね。

 絽というのは布地の織り方の種類で、「薄物」のひとつ。ちょっとだけ、透けています。縦絽とか横絽とか、一枚の布の中で線状に透けている部分があるもの。
 全体が透けているのが「紗」。さらに薄くなってすけすけ「羅(ら)」などもございますね。
 帯も、絽の染め帯、絽つづれとか……ちょっとだけ夏物を先取りで。

 6月はそんなわけで、小物は、そうやって初夏のものを用いますが、着物は「単衣」です。裏地はありませんが、透ける素材ではない。
 同じ合い着のシーズンでも、9月は、単衣に、袷用の、通常の小物を使います。
 和服は基本的には、すこしずつ、季節を先取りにしていくのですね。

 ………しかし……、当代の9月は、「こんなもん着てられっかー!」と叫びたくなるほど暑いことが多いです。袷用の帯なんてみただけで汗が;;(なのでできるだけ、涼しげに見える八寸名古屋帯とかで努力しました去年;)

 そんなわけで、基本ルールはそんな感じですが、気温にはちゃんと適応しましょうということになってますよね。いいんじゃないでしょうかそれで;

 とはいえ、さーて衣替えだv と思って、いそいそと半襟の付け替えにかかるのも、なんだか心楽しいものですね。
 洋服の衣替えで入れ替えるよりも、「季節」がはっきりするような気がするのは不思議。

 ただいまお茶の「伊右衛門」のCMで、宮沢りえさんが衣替えしている、という設定だったりしますが、なんだかうっとりです♪
 美人は何をしても美しいものですが、衣替えの、あの、ちょっとだけ気持ちが浮き立つような感じに共感し、やっぱり(美人は)いいよな~と思います。(^^)

 これからくる季節の衣装をあらためて取り出して眺めているときの気持ちって……、こればっかりは、洋服よりはきもののほうが、「風情」という点で優っている気がします。

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謎がナゾ呼ぶ

 拍手下さいました方、いつもありがとうございます~。(^^)

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 先日、父が歯の検診に行ってきたのですが、細かいところに汚れが残っているといわれたそうで、「追試」になってしまいました。(^^;)
 私はいまのところ経験がないのですが、あまりに汚れがひどい、つまり、歯の磨き方に問題があるという場合、2週間から一ヶ月後くらいに、もう一度、検診にいくのだそうです。
 磨き方を指導してもらって、そのうえで、どうなっているかを見るんですね。

 父は最近、以前に比べると、手先が細かい動きができにくくなっているそうで、どうも手が利かないといったら、歯医者さんが「電動歯ブラシでもいいですよ」とおっしゃったとのこと。
 そういや世の中にはそういうものがあるんでしたねえ、ということで、買ってみまして。
 やっぱりいいそうです。

 まだ手が利かないってことはないものの、それを見ていた母が、じゃあ私もというので、ブラシを買って使っていますが、いいそうですね。
 ブラシを歯にうまく当てる必要はあるようですが、歯間ブラシなど使わなくても、うまくすると、歯と歯の間もきれいになっているそうです。すんごい微細な振動らしいのですが、それで歯の間の汚れも振るいだされている、という感じらしい。
 この電動ブラシを使った上で、さらに歯間ブラシやデンタルフロスを使うと丁寧ですよね。
 さて、次回の父の「追試」、いい結果が出るのでしょうか。(^^)

    ●
 
 私の方はここ一ヶ月――以上、なぞの症状で悩んでおりますじつは。
 そもそもは4月アタマに、左上の奥歯(6番)が痛くなりまして。
 虫歯の痛みとは違うのですが、冷たいものがしみる。知覚過敏? と思って歯医者に駆け込んだのですが、異常なし。
 じつはこの時点で、左の頬から、耳下腺あたりかな、そのへんが腫れっぽくて、虫歯か何かかと思ったんですよね。
 レントゲンをみても異常なし、おまけに半年に一度は歯はチェックしてもらっているし、レントゲンも3年に一回くらいはしてもらっているので、急におかしくなるはずもない。

 てなわけで、歯医者さんでは耳鼻科をすすめられ(上顎洞炎かも、といわれ)、耳鼻科へいったのですが、これもまた、――症状的には副鼻腔炎ぽいのですが、たいしたことはないといわれ、とくに処方はなし。
 ちょうど花粉症の季節だったのでアレルギー薬をくれましたが、効果はない。
 おまけに4月30日夜には左目下が赤く腫れ上がりまして。
 まあ、腫れたと言ってもたいしたことはない。ぎゃー、なんだこの腫れ! といった直後から少しずつ、赤みも腫れも引き始めまして。薬の副作用に潮紅というのがあったので、それかと思って耳鼻科へいったが、違うといわれ。
 どーにも納得できずに、少し大きめの病院の耳鼻科へいって、今度はCTまでとってもらったのですがこちらも「異常なし」。
 副鼻腔炎を疑われていたものの、CTの画像では、副鼻腔はきれーなもんなんだそうで、これでは副鼻腔炎とは診断できませんとのこと。

 そんなこといわれても、左頬は腫れっぽいし、いかにも頬の腫れから歯の神経が影響されている感じの痛みは、だいぶよくなったとはいえ引ききらない。
 それでも、こちら、大きめの病院では、抗菌剤(化膿止め)と、ムコダインというお薬をくれまして、1週間服用し、だいぶ楽にはなりました。――が、楽になった、というだけで、治ったわけでもないんですよねえ。
 首を傾げつつ、さらにもう1週間分の薬をいただいてきて、いま、それをのんでいるところです。

 なんともないと言われたって、頬はな~んとなく腫れっぽい感じがあるし(現在は、見た目ではまったくわかりません)、歯が痛いのも完全には消えていないし。
 ほかのことはともかく、痛い、というのは嫌なものです。
 どうしたものやら。
 鼻や、歯に異常はなく、しかし顔のリンパ腺に腫れが生じ、歯が痛む、ということは、あり得るものなんでしょうか。

 なんせ初体験のCTまでやってなんともないと言われた日には……。
 もちろん、大事がないのはありがたいことです。

 あとは診てもらうとしたら内科かな~と思いますが……うーん。なんせ、現在は腫れもほとんどないので(ただ本人が、ちょっと痛みを感じたり鬱陶しかったりするだけ)、当分放っておいて、また、あんなふうに見た目にわかるほど腫れたら内科か、皮膚科かで診てもらおうかと思っているところ。
 なんともへんな話です。(--;)
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作用反作用

 拍手下さいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

    ●

 今日はひさびさ、ゆっくりしている日曜日になりました…。
 今年は正月早々から4月までお葬式が多くて、それだけが理由ではないはずですが、それにしても、なんだかずーっと、ひたすら忙しかったような感じです…。今日は正直なところ、無理矢理、スケジュールあけたといったほうがいいんですが、いままでの状況だと無理矢理に空けるのも難しかったということで。

 今朝は雨になっております。雨の日はなんとなく好き。(^^)
 災害になるほどの大雨、大風でなく、かつ、この間の神戸行きで遭遇したみたいな寒さもない――春から夏までの雨の日は、「嫌いじゃない」のではなく「好き」。梅雨時はうんざりしてますが。(^^;)
 静かな雰囲気と、空気が洗い流されていく感じがいいんですよね。
 つまんないこともうだうだ考えていられる雰囲気でよろしいなと。(^^)

 そんなこんなで、「オタク」について、雨に洗われる景色を見ながら、あれこれ考えています。
 そうやって考えつつ、我ながら不思議なのは、なにもこうもむきになってオタクとは。などと考える必要はないはずなんですよねえ。
 たしかに同人誌も好きで読むしコミケもいくし、対象物の数は多くないにしても「萌え」状態になると歯止めが利かなくなるし。
 世間から見れば立派に女オタク、腐女子なんでしょうが、しかしじつのところ、「腐女子として生きる」などと、力を込めているタイプでもないんですよね。

 ゆえに、本来なら、さほどオタク論にものめりこむ必要もないし、格別の興味をもつべき理由もないはずですが、なのに、なんでこんなにむきになってんのかしら、と考えると。
 よーするに、私自身にはどうでもいいようなことをあげつらわれ(針小棒大、白髪三千丈)、「オタクなんか」と馬鹿にされ、差別され、「喧嘩を売られた」ことへの反発なんですよね。(^^;) あ~オトナゲねー;;

 先だってのスパコミのときも、タクシーの運転手さんはけして悪い人ではなかったが、ああいう「漫画の集まり」を「理解できない、理解できない」としつこく言ってまして、こっちもしまいにゃ面倒くさくなって、「無理に理解する必要はないんじゃないですか。こっちもべつに理解されたいとも思いませんし(←これは本音)」くらい、言ってやろうかと思いました。
 面倒くさかったので沈黙をもってこたえとし、返事をしませんでしたが。(こういう奴だ…;;)

 理解できないなら、わからないなあと思って通り過ぎてりゃいいのに、まったく、世の中の何もかもを自分には理解できると思っているのか、そういう必要があると思うのか、それとも、「自分に理解できないものは存在してはならない」とでも思うのか、――こういう人はほんっとうに! 多いですね。

 それでだんだんこっちも意地になってきた……というのが、私の「オタクとは」と考えている理由ですね。
 けんかするときは理論武装するタイプなのでつい。

 しかし、理論武装をしたくても、しきれないのが、このオタクなるもの。
 なんせ、――なんども申し上げておりますように、考えれば考えるほど、これは特定の集団や、特定の性質を表す言葉ではない、と実感されてしまうから。

 そんなわけで今回「オタクに未来はあるのか」を読んでくだらないことをまた考えておりましたのは、以下の二点。

その1:「二次元キャラに萌えるのがオタク」という“定義”が「正しい」かというと、必ずしもそうではない。通称「てっちゃん」こと鉄道オタクは、オタクなのは確かだが、彼らに二次元キャラは関係しません。となれば、「二次元キャラに萌えるのがオタク」という「命題」は「偽」であると結論するしかない。
 そういう、ぜってー無理なくくりを、なぜ、世間は(というより、ある種の人々は)したがるのだろう。

その2:本当にオタクは、二次元キャラで「のみ」恋愛というものに満足する人のことなのか?

 恋愛というのは、たとえそれが片思いで終わっても、恋愛であるならば、「双方向性」のものであって、――二次元キャラに「萌える」のは、一方通行ですもんね。失恋はないが成就もないのだ。なのに、それらが同質のもの、もしくは代替品となりうるものだとは、――私にはどうしても思えないのです。
 たとえ、「綾波が僕のすべて」というオタクさんがいても(いそうですが)、それでも私は、それが彼の恋愛のすべてとは思えない。
 たとえ本人がそう思い込み、信じていても、です。
 ほかの誰かが「オタクってあれだから」と言ったとしても私にはそうは思えない。

 自分がそう思っているんだから、それが「真実」だ、なんていう認識には、私は賛同いたしかねます。

(余談ですが、だいたい、最近、マスコミでもなんでも真実って言葉の使い方が軽すぎる。誰かの打ち明け話を「いま語られる、知られざる真実」なんてサブタイトルがついたりして、真実ってそんな程度のもんかい! と、あきれたり、軽く憤ったりしております。言葉にたいする、あの無神経さと軽躁ぶり、どうにかなりませんかね;;)

 人間は、案外、自分で自分を簡単に――いえ、無理矢理にでも、だましていることは多いですからね。脳の新皮質の役割を聞くとなおさらそう思うようになっちゃいましたよ。

 それがその人にとっての「世界」だ、ということは認めますが(つまりそれはその人のパラダイムってことで)、「その人がそう思い込んでいるということと、本当の意味での実態(実相)がそうかどうかは、別の話だ」と思っております。
 
 ただ私も、萌えをリビドーの一種と考えておりますし、恋愛には「発情」が含まれるわけだしなーと(身もふたもない)考えると、まあ、そこで「萌えがオタクにとっての恋愛」だという見方が生じてくるのは、仕方がないのかなとも、思いますが。
 
 ………どっちにころんでも、これは他人様の内的世界のお話。
 元来、他人があれこれいうべきことじゃない。
 私はそう思います。
 そう思うのについつい考え込んでしまうのは、喧嘩売られた、と感じ、「…んだとぉ?」と反発しているからなんですね。(^^;)

 作用と反作用。私自身も「柳に風」といきたいところですが(これができたら、大人じゃーん、と思う)、………自分のことは棚に上げ、そもそもの「作用」がなければいいのに――つまり、ほっといてくれれば、それがいちばん平和なのに、と思わずにはいられないってあたりが、コドモですよね;;
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「オタクに未来はあるのか!?」

オタクに未来はあるのか?!「巨大循環経済」の住人たちへ
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森永 卓郎 岡田 斗司夫


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 岡田斗司夫さんが、ダイエット本のおかげでひっぱりだこになり、そっちで忙しくなっちゃって、なかなか発行されなかった、森永卓郎さんとの共著「オタクと経済学」の本がようやく発行されたそうで。
 どれどれと買ってみたのですが、ご覧の通りの表紙だったので…いやはや。(^^;) 経済学なんていわれると、ちょっとおかたいイメージですが、こんな感じですか、表紙。

 中身ですが、岡田さんと森永さんの対談ですので、たいへんに読みやすいです。カタイ話もやわらかくできるというあたり、さすがですね。
 難しい話をやさしくする、というのは、本当に頭が良くて理解力がある人じゃないとできないこと。
 簡単なことをわざわざ難しくいうのが大好き、って人がいますが、あれはありがたくないですね。(^^;) 

 それにしても、結局、「オタクとはなにか」という定義は、やっぱり難しいんだなと再確認できたかんじ。
 「ジャンル」でいうならじつに多岐にわたっているし細分化もされちゃったし。
 オタクというものの「共通言語」になりえる、「代表作」というのは、エヴァを最後にもう10年、登場していない。ということは、この先も、そういうものは「もはや」登場し得ないのでは――という観測が語られます。
 これはオタクに限ったことじゃないですよね。アイドルであれ、なにかの歌であれ、「国民的」なんちゃら、というものが、登場しにくい世の中になっている。そういう「社会的傾向」は、オタクといえども無関係ではいられない。ということなんでしょうね。

 萌えという言葉の定義もじつのところは難しい、ということも途中で語られてしまいます……。オタクだの腐女子だの、それは個々人が勝手にもっているイメージに過ぎず、オタクはこうだ、腐女子はああだ、萌えとはあれだ、という、きっちりした定義があると思うのは「幻想」にすぎない、と私は考えておりますが……「やっぱり?」というところ。

 それにしても、「腐女子」論の本でもそうでしたが……どーしても、このお話って、「恋愛」の話が出てくるんですねえ。(^^;)
 どうなんですかねえ、私はそういう、現実と、二次元でもなんでも虚構の世界を混同しちゃった経験がないので、「二次元キャラでのみ、“恋愛”する」のがオタク、という認識が、果たして「正しい」のかどうか、判断できません。
 萌えがリビドーの一種であることを思えば、結果的にそうなっちゃう、もしくは他人からはそう見える、というのはあるだろうなーとは思いますけども……。うーん。

 にしても今回、いちばん、なるほど! と膝を打ったのは。
 実にさりげなく簡単なお話ですーっと通り過ぎてますが、ヴェルナー・ゾンバルトのお話。
 彼は「恋愛と放蕩が資本主義経済の本質」といったんだそうで。

 中世のヨーロッパの経済は爆発的に拡大するが、その起爆剤となったのは陶器、絹織物、鏡、宝飾品だった。なぜそういったものが起爆剤になりうるほど求められたのか。――それは貴族が、高等遊女を口説くときのネタだった、というのですね。
 つきつめると、女性の歓心を買うために、莫大なお金がつぎ込まれて、「研究開発」され、新製品がどんどん出てくる。これがのちの経済力の発達につながる。
 恋愛と放蕩こそが、経済の要だ、というお話。

 なるほどねー! と。マックス・ウェーバーなんぞより、そりゃ、はるかに説得力がありますね。高校の社会科では、ウェーバーより、ゾンバルトを紹介した方がわかりやすいんじゃない?
 後段で、森永さんの発言で、「新興の金持ちたちって、話題がインサイダー取引と節税と合コンと3つしかないんですよ(笑)」(135p)というのがあって、「なるほどね~」とさらに説得力が増す。

 オタクも、そろそろ、自分たちの仲間内だけの「循環型経済」で満足してないで、一般市場へ打って出よという話になりますが、しかし、――森永さんいわく、「金融業界では悪人でないとやっていけない面があ」るし、そういう意味ではオタクは「やさしくて遠慮深いので、生身の女性が無理だとわかると萌えに走っていくんですけど、金融市場で生きていく人っていうのは、ガンガン金稼いで、その札束でひっぱたいて言うこと聞かせて女性を自分のものにするっていうのが根底にあるんですね」――。
 ああ、ああいう奴ね……と、イメージできちゃうあたりが、なんとも。(^^;)

 まあ、難しいところでしょうねえ…、オタクの志向には、いわゆる職人気質(かたぎ)が多かれ少なかれ含まれて、それゆえにこそ、オタクの面白さが醸成されるのですが、この国においてさえ、その職人気質はときに経済観念とは衝突してきた歴史がある。
 まして、現代の「市場」というものは……; ねえ;;

 ほかにもいろいろ――「ネット住民はそのうち“スラム”化する」というような予測も、面白かったです。(基本的に森永さんはペシミストだな、とも思った……予測として間違っているという意味じゃないです。同じ事実でも、どういう側面から見るかで、明暗が違ったりするわけで、そういう意味で、ペシミストだなと)
 しかしいちばん、「あー、そーそーそー」と、うなずいていたのは、メイド喫茶について、成功するところとそうでないところの違いを分析しているなかでの、次の一節。

今の市場原理主義の人たちのいちばん悪いのはね、それら(成功の条件――立地・コンセプト・メイドの質)は均一なパーツだと思ってるんですよ。働く人を使い倒して、つぶれたらまた別のパーツを連れてきてパチッとはめれば、おんなじアウトプットが得られると思っているんですよ

 まさに。
 私が記憶する中では少なくとも、バブルのころから日本の経営者ってのはイカレた発言するおじさんのことでしたが、その傾向はバブル崩壊後さらにひどくなり、いま、「名ばかり管理職」はじめ、諸問題が吹き出している。その原因の最たるものですね。

 私はべつに左翼主義者じゃない(とんでもない!)。イカレてる人を、あいつイカレてるよ、と言える程度には、正気の人間のつもりでいます。(王様は裸だよ、って)

 オタクはじつは社会性が高い人々です、という発言が、本書中にもあるのですが、……なんだかそんなことを、あれこれ思い合わせて読んで楽しゅうございました。(^^)
 ただし、おすすめかどうかは何とも。
 自分の好みが、あんまり一般的じゃなさそうだ、というくらいの自覚はございます。(^^;)
 ひとまず、私には面白かった、ということで。
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来月の予定は

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 平城京遷都の記念事業のマスコットキャラもだいぶ有名になりましたが、橿原考古学研究所附属博物館の、出土した埴輪をもとにデザインされたマスコット、「イワミン」が可愛いと評判とのこと。
 私もちょっと拝見してきましたが、本当に可愛かったv
  ↓↓↓
http://www.kashikoken.jp/museum/
 ひこにゃんの愛くるしさをみるにつけ、話題性は十分だけれど、「人々に愛される」という意味では、ちょっとどうかなー…と思ってしまう「せんとくん」も、こーゆー路線じゃいけなかったのかな~と思ってしまいました。(^^;)
 こちら「イワミン」には、可愛らしさとともに、一種の品位というものを感じる。うむ。

 ところでこちらの橿原考古学研究所附属博物館も面白そうで、「行くとしたら最寄り駅は?」と思ってサイトをうろうろしたのですが、住所以外、これといってアクセスの案内が見当たらなかったあたり、なんとなく、のんびりした雰囲気を感じました。(^^)
 住所を聞いても、静岡県民にはまるで土地勘がございません; でも、考古学ファンの間ではつとに有名なんだろうなという気もする。

 じつは6月から着付け教室もいよいよ資格コースへ、と思っていたのですが、先生のご都合などもあり、講座の開始が、6月も下旬になってから、ということになりまして。
 6月のスケジュールがぽっかり空いたことになりまして、ならばこの時期に、ちょっといってこようかしらと……1泊でもいいから、と思っているのです。
 ………奈良か。源氏物語か。はたまた彦根か。(一気に全部回ってこい、というのは、体力的に私には無理ですので念のため)
 さあて、どうしようかな~;;

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 そういえば先日、コンプレックスビズから、新作ご案内のメールがきました。
 ……なるほどだんだん、凝りまくって買いまくりそうな気配が。(^^;)
 名古屋近郊の方はいいですねえ。アウトレットセール、私もちょっとのぞいてみたいです。
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サッカーの名誉のために

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 エスパルスが負けると次の日、機嫌が悪くなる友人がおります。
 なんて書くと他人事みたいですが、(^^ゞ まあ、私はそれほど露骨ではございません。(と自分では思っている)
 
 今期はあいにく、不機嫌になっていることも多いですし……不機嫌になるだけならまだいいんだが……と、順位をみるたび不安感にも襲われていますが。(シャレになっとら~ん!!)

 しかし、先日の、浦和×G大阪の、乱闘事件はいただけませんねえ…。機動隊が出てきたのは、Jリーグ始まって以来、初ですか?
 まあいろいろあったようで、傍から話を聞けば、「まあそりゃ………喧嘩両成敗が、妥当なところでしょうねえ…」というところです。

 しかし、そもそもの発端となった、G大阪サポーターが浦和サポーターに水風船を投げつけたというのは感心しません。
 しかも、聞けば、その人って、厳密には個人ではなく「グループ」であり、かなり「前科」があるらしいですね。
 そのサポーターを特定した上、一部「出入り禁止」(というか、応援禁止)にしたそうですが、永久追放にしたほうがいいんじゃないのと思ってしまいました…。
 そういう人って、だって、本当の意味での応援団とは思えませんもの。

 プレーのレベルはまだまだなのに、サポーターの凶悪度だけは世界標準だなんて、そんなみっともないことにならないように、祈っております。
 じっさい私は、「ブラジルはプレーヤーは文句なしに世界一流だが、サポーターは最低だ」と思ってしまいましたし。……まあ、そういう意味で最低なのは、ブラジルに限りませんが……。

 サッカー自体は本当に好きなんですけどねー…。小学生サッカーの観戦でも楽しめますよ私。それくらい、競技として好きなんです。
 サッカーの楽しさと、まったくばかばかしいとしかいいようのない、無益にマッチョなカルチャーが出てきて犯罪行為の温床になることと、双方の間に、私はなーんの相関関係も見いだせません。(つまり、暴力やお下劣行為のいいわけなんか、いっさい聞きませんということ)
 そんなことならサッカーなんかやめちまいな。とは、言わせないでもらいたい。
 真剣にそのことを祈っております。

 エスパルスが負ければそりゃあたしだって不機嫌さ。観戦しながら吠えることもあるさ。でも、だからって、そういう自分の馬鹿さを暴力のいいわけにしたり、まして犯罪行為をサッカーに必要なことだなんて、鼻毛の先ほども思ったことはない。

 そういうこと、わからない人って、本当にわからないのか。わからないふりをしているのか。どっちなんでしょう。
 私は、こういう××のせいで、「サッカーなんて馬鹿みたい」と言われることが、本気で悲しいし腹立たしいのですよ。
 ああいう××と、サッカーとは、本来なんの関係もないのに。(;_;)
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ニュースサイトにて

 先日、思わず、――市場主義はべつに否定しないが、こうも相場の高騰がつづき、生活にも明らかな障害が出てくるとなると、野放しにしておいてはいかんのではないかと申しましたが。
 アメリカ議会はこのたび、商品先物取引について、規制を強化する法案を可決したそうですね。
 相場を不当につり上げるなど、不正取引を行った場合の、トレーダーに課す罰金は一気に10倍引き上げられるほか、ヘッジファンドがよく「活用」している、店頭取引についても、監督官庁の所管におくそうです。

 先日も、じつは、原油市場は、OPECの……えーとどこだったかな…どこかの国の増産発表には反応せず、先物取引の市場予測の方に反応したそうです。原油価格はいっこう下がる気配がない。
 げんざい、実質的に市場は、実態としての需要と供給にもとづいて動いているのではなく、トレーダーの「予測」(“目論み”といったほうが正確では?;;)によって動いている、いい証拠になるみたいですね。

 私の目には現在の各市場が、いささか「暴走」気味に見えます。この程度の規制強化も、現在の不当な価格高騰にたいする直接の対策になるとはいえませんが、なにもしないよりはいいでしょう。

 ………日本はそのへん、市場対策はどーなっているのでしょう? 無策? 市場は野方図? ええ?
 国民の生活がどうだこうだいうのなら、暫定税率じゃなくて、こういう、「臭いニオイはもとから断たなきゃ駄目!」という話をちゃんとしろよ日本の国会も! と思います。
 また、そういうことをちゃんと指摘しないマスコミもねえ、………わざとなのか、本気で××なのかは知りませんが、……ほんと、どーにかなりませんか。と思ってしまいますよ。
 マスコミが指摘しなくたって、見ている国民がそのへんを、「文脈から」理解していくことは可能ではありますが……、しかしそうなると、マスコミの意味とか存在意義とかって、限りなく軽くなるけどいいのかしらんそれで。

 先日は、原油価格、1バレルあたり200ドルまでいく(現在は120ドル前後ですか…以前は80ドルとかだったはずが…)なんていう、寝言にしたって大概にしろといいたくなるような「予測」を聞いてしまい、さすがに慄然としております。

 生活の格差がどうこういうのなら、こういう「無法」をちゃんと問題点に挙げて、解決を求めていくべきだと私は思うのですが。
 いまのマスコミはどーだっていいような、他人の悪口しか言わないんですねえ。いいんだよ政党や内閣の支持率なんかどーだって。そんなもんは「現象」でしかないでしょ。問題の解決には何の関係もないじゃないの。
「悪口だけなら馬鹿でも言える」というのが私の持論です。馬鹿にはそれくらいしか、言えることがないんだと思っております。(ほかには『バカと気違いは声がでかい』というのもある……枚挙に遑はございませんが、グリーンピースジャパンのあの愚行を見よ)

 そんなことを、良心的だがいささかおつむの回転が鈍い、私みたいな小市民に言わせるなよ、と思います。
 ………頼むよ本当に…。政治家も役人もマスコミも。
 いい意味でのエリートって、ほんと、どこにいっちゃったんでしょう……;;

 そんな具合で、ニュースサイトを見ていると、ためいきばかり。(^^;)
 だれかどーにかしてくで……。

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