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2017.10.21 (Sat)

にぎりとむすび

 コンビニでおむすびが最初に売られるようになったのっていつだったかな、…と無意識にいうように、私はどちらかというと「おむすび」ということの方が多いですね。
 おにぎり、おむすび…実は違いがある? とふと気になりまして。

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 昔、何かの本で、古代日本ではおむすびはおめでたい席に供されるものだった——と読んだ記憶があるのですが、何の本だったかもわからず、また、この説の真偽もわかりません。

 個人的にはおむすびということの方が多い。何となく「おにぎり」の方がカジュアルな印象がある、というのも我ながら妙な話です。😅
 
 例によって検索の旅へ出ましたが、文字通りの諸説紛々でした。
 私が読んだ「神聖」説は、多分、「むすび=むすひ=産霊(万物の誕生)」であるから、神聖なもの、という考え方のようです。
(ムス=生まれる、生じる、誕生する ヒ=霊、霊的なもの、またその力)
 ムスヒ、ムスビの名前を持つ神様もいらっしゃいますしね。

 他に聞いた覚えがあるのは、おむすびを作るときは両手を結ぶような形になるわけですが、これを「人と人を結ぶ」「ご縁を結ぶ」ことを意味し、おめでたい意味になる、という説。
 確かに、握り寿司は握りであってムスビとは言いませんし、両手をつなぐような形にもなりません。

 また、三角形は「神聖な形」であり、三角形にしたものをおむすびと呼んで(聖性があるものとして)区別する。それ以外の形状(円形、タワラ形など)は(一般名詞として)おにぎりという、とか。

 おはぎとぼたもち以上の謎ですね〜😅 
 でも、それぞれの説にそれなりの理屈があって、はあ、なるほどねえ、という感じです。

 また一説には東海地方は「おむすび」呼称が多いとも言われ(真偽不明)、とするなら私の場合は方言みたいなものかもしれない。


 何でこんなことをブツブツ言っているかというと、今年も「おにぎりアクション」の期間中となっているから。

おにぎりアクション 2017
 http://jp.tablefor2.org/campaign/onigiri/

 おにぎりの写真を投稿すると、画像1枚につき100円が協賛企業さんから寄付されて、アフリカ・アジア域の子供たちの給食になる、というもの。
 おにぎりと、伊藤園さんの「お〜いお茶」と一緒の画像ですと、伊藤園さんから給食10食分が寄付されるそうです。

 日常、お弁当を作る方も多いと思いますが、そのついでにでも、おにぎり画像を撮って投稿、いかがでしょうか。(^^)

 私もなにか投稿しようと思いつつ……、そう思うと変な見栄が出てきて(笑) どんな「おむすび」にしようかな…と。
 あれこれ考えてるときに、あれ、そういえば、おむすびとおにぎりって、何か違いがあるのかな? と、思いついた次第です。


 おにぎりアクションは、寄付であってSNSじゃないので、何も「インスタ映え」的なことを考える必要はないのですが、せっかくだったら美味しそうに見える画像にしたいなという、妙な見栄というか欲というか。
 でも、これというアイデアが思いつかない(笑)
 と申しますのも、私、じつは「塩むすび」がいちばん好きで。

 ときどきごはんが余ると母がおむすびにしてくれますが、具材リクエストは? と聞かれても、具はいらない、塩だけでいい、と言ってしまいます。

 でも、本当に美味しい塩と美味しいごはんだったら、実際、シンプルであるゆえにこれがいちばん素材の味を引き出してくれて美味しい、と思う。
 ただし、画像としては地味になります(笑)

 でもまあ、変な見栄を張ってないで、素直に、美味しいごはん(うちは福島県産ミルキークイーン)と美味しい塩(地元、戸田の天然塩)と美味しい海苔があればカンペキ、という、味覚重視でいけばいいですかね。(^^ゞ
  
 
12:33  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑

2017.10.20 (Fri)

本日おやすみ

急遽お出かけとなりまして、本日、こちらお休みいたします。m(_ _)m

季節外れの寒さが続いていますね。私も先週は久しぶりで本格的な風邪をひきまして。
本当に、くれぐれもお身体をお大事にしてください。

それにしても……8月が雨ばかりでうんざりし、9月はわりと過ごしやすくてよかったな〜と思ったら10月がまた水浸し💧
安定したお天気になってくれるのを祈るばかりですね。

それでは。
また明日、お目にかかります。m(_ _)m

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11:00  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑

2017.10.19 (Thu)

ブログとツイッターの使い分け

 サラリーマン金融と昔には言いました、いわゆる「消費者金融」では、法律違反となる利率での貸付が珍しくないのは周知の通り。
 で、その「過払金」を払い戻してもらう手続きを謳って有名な、とある弁護士事務所。
 先日、とってつけたような理由で、東京弁護士会から懲戒処分、業務停止処分となったというニュースを聞いたときは、どうも違和感がありまして。

 弁護士会からの懲戒となりますと、弁護士としての面汚しとなる行為があったとみなされた——という印象です。
(参考:日弁連「弁護士に対する懲戒」(PDファイル))
 が。
 今回のことは、なんでしたっけ、「今なら初期手続き料無料! キャンペーン中!」という広告が、期間中と言いながらずーーーーっとその広告を出しているので、実質、キャンペーンなんかじゃないだろうということで、景品表示法違反かな、そんなことだったんですね。

 いやそりゃ法律違反かどうかというのならそうかもしれないけど限りなくグレーにある状態のもので、それがいきなり戒告でもなく業務停止2カ月って、なにそれ? という印象。
 世の中にはもっと悪どいことを平気でしている弁護士さんだっているんじゃないの? ということで、相当な違和感がありました。

 第一、業務停止となれば誰が一番の不利益を被るかというと、返金請求中のクライアントですよね。
 弁護士が、弁護士を頼ってくる人を困らせるようなことを平気でやるの?
(私の中では弁護士会というのは結構悪役のイメージなので、やるだろうけどさ、と思ったことはナイショ)

 そう思っていたところへ入ってきた続報がこちら↓の記事。

4日間で電話相談3300件=アディーレ業務停止―東京弁護士会
2017/10/18(水)18:59 時事通信社

 なんのことはない、その過払い金返金業務でずいぶん華々しく活躍して、まあ、ぶっちゃけ儲けてもいるのを妬んだのか嫉んだのかして、業界内でそのクライアントと儲けを強制的に「再分配」したんだな、と。

 賭場(とば)で当たって大金せしめて喜んでいたら、胴元が現れていちゃもんつけて金を巻き上げたようなもの。
 ピンハネと言いたいところですが、ピンハネというというのはちゃんと定率の手数料形式なんでして、ピンというのは「1」のことですから、ピンハネは「1割取る」ということ。
 1割を超えてふんだくっていったら、それはもうピンハネではございません。

 ということで。
 まあ、弁護士さんとはいっても、実態はこんなもんだろな——、と思いつつ記事を読んでいた次第。

 最初は、消費者金業界側が弁護士会にねじ込んだのかと思いましたが(そうと聞いても不思議には思うまい)(なんせ今や消費者金融も実際は銀行さんがお金を回しているわけですから)、なんだ「内輪揉め」の類か、と思いました。

 なんにしても現在手続き中のクライアントにしてみればいい迷惑。
 こういう業務は弁護士なら誰でもできるというものではないので、それで交渉なり手続きなりが頓挫したら、誰がどう責任を取るというのか、ちょっと気になりますね。


 …………ということを、ツイートしようかと思ってやっぱりやめていたんですが。

 基本、ツイッターはお気楽に、入り組んだ話はブログで、という方針でやっていまして、その方針に則って、とも言えますが。

 不思議ですよね。「誰の目に触れるかわからない」のは同じだし、「公共出版物」と同じ扱い、同じ責任を問われることも裁判で確定しているので、そう怪しいことは書かないというのはどちらも同じなんですが。
 でも、やはり140文字のツイートでは、こういう話は取り上げにくい。

 同じことを言うのでも——今回ですと、弁護士会のやっていることは、結果的に賭場の胴元みたいなものよねというのが私の主旨ですが、ブログでたらたら書くのはできるけど、ツイートでとなると、どうしても気が進みませんでした。

 連続ツイートというのは基本的にはしないことにしています。1ツイートで完結しないなら言わない。
 というのは、ツイートを連結した形で投稿できるならいいんですが、それはできない。話の途中の一箇所だけが独立して流れていくと、そりゃもう相当な誤解を受けるだろうから。

 同じ主旨を140文字でいうことはできますが、その時の「インパクト」の強さは、ブログでたらたら書くの比ではない。
 短い言葉は、圧縮されたぶん破壊力が増す——と考えます。

 丸い卵も切りようで四角、ものは言いようで角が立つ、と申しますが、まさしく。

 140文字ではオブラートに包むことはできません。
 ズバリ・ズケリには妙味もメリットもあるでしょうが、人様に「どぎつい」印象を与えるのは、やはり考えものですよね。

 いいことであれば構いませんが、今回みたいに悪口になるものですと、なおさら。

 ツイッターは議論には向いてない、と思っていますが、こういう「説明不足にならざるを得ない」ところが、その最大の理由です。
 主旨のみをポンという「だけ」が目的ならいいですが、それで幾らかでも相手の理解を得ようと思うならどうしたって「説明」は必要で、でもツイートではその説明を入れる余地がない。

 なんにしろ。
 すでにある判例から見れば、私の、「今回の弁護士会のやったことは、賭場の胴元みたいだね」という「感想」も、名誉毀損として訴えることは可能でしょう。「みたいだ」という助動詞があるにしろ、個人の感想であるにしろ、厳密に取られたらそういうことになりかねない。

 なかなかこの辺の、「意見の自由」はどこまであるものかというのは難しいところで、そういう「入り組んだ話」にはツイートは向いてない、危険度が高すぎる——ってことですね。

 個人的には、ツイート連投というのはやはり読みにくいので、話が長引くならブログで書いて欲しいなあとよく思います。
 せっかくブログアカウントもお持ちなのに、なぜかそちらを使うことがない、という方もいらっしゃいまして——なんでかな。ツイートしておいて、後からブログにまとめ直してもらうだけでも読みやすくなるんだけどな💧
 ツイートは「サイトに埋め込む」機能があって取得は簡単ですから、そうしてもらえるとありがたいんだけど……。


 短文は、不必要に鋭い刃になりがち。
 入り組んだ、あるいは繊細な話題はブログで——という使い分け、私としてはオススメします。

 ツイートの場合、どうしてもTL上では連投しても間に他のツイートが入るので、連投と気づかないことさえあるし、連投と気づいても、いちいち前のツイートを探すのも手間だし、探している間に前の話を忘れることもある………というのは、これは記憶力の悪い私の脳みその都合です、すみません😅💦 
 
 

タグ : 時事問題

11:46  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑

2017.10.18 (Wed)

盗人猛猛しい

 日本新聞協会がフェイクニュース対応策を協議、と聞いて思わず抱腹絶倒、大笑い。
 泥棒が集まって「最近、窃盗事件が多いんですってね、対策を考えないと」と言ってるようなものです。そりゃ笑っちゃいますよ。

フェイクニュース対応策を討議 広島市で新聞大会
2017/10/17 20:03 日本経済新聞

 防衛省の日報問題という「でっち上げ」でNHKさんがジャーナリスト関係の賞をとったとか言っているのを横目に見て、パナマ文書を追求した女性記者が殺害された知らせを聞いていました。比較するのも亡くなった記者の方には失礼になるので恐縮ですが、でも、つくづく、日本にはジャーナリズムなんかないんだと思いました。
 ちゃんちゃらおかしい以外に言葉がない。茶番ですよあんな賞。
 フェイクニュースって、そりゃ自分たちが日夜垂れ流しているもののことでしょうが。
 日本の健全なジャーナリズムは死んだ。あるいは、そんなもんは最初から、どこにも存在していなかったかのどちらか。ですね。

 フェイクニュースたあなんだ、我々はちゃんと仕事している、と日本のメディアはいうのでしょうか?
(フェイクニュースというのがお嫌なら、割と最近の言葉、オルタナティヴ・ファクト alternative facts 代替的事実って言いましょうか)
 事実を事実として伝えず、伝えるべきことを伝えず、事実を捻じ曲げて印象操作をすることだって立派な「創作」でしょうよ。
 それほど創作の能力があるのなら、記者等ではなく小説家になるべきなんで、職業を間違えてます。

 新聞、テレビ等の報道を信用するかという、総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査(平成27年)」では、新聞やテレビの信用度は高いという結果にはなったものの、若い世代ほどその信用度が下がる。
 既存メディアはこの辺をあんまり報じていなくて、ネットの信頼度が低下とばかり伝えていました。
 これだって事実を捻じ曲げているわけでしょう——メディアの信頼性の危機という現実を。

 町内の老人会に顔を出しつつ、ネットの情報にも触れるうちの母は、ネットを一切やらない同世代(老人会)は、もう全然情報量が違う、と申しております。
 ネットをやらない人の隔絶ぶりは同世代として見てもちょっと困ったなという感じらしい。

 結局、ネットというメディアを持つことの利点は何かというと、信用度がどうとかというよりも、「比較対象にする材料がある」ってことなんですね。
 既存メディアのみになっている老人会の方々は、それが捏造されたり故意に印象操作されているフェイクニュースかどうかを、確かめる手段自体がない。
 これはいかんね、というのがうちの親の意見です。

 芥川龍之介の「藪の中」ではありませんが、同じ事柄であっても、まるっきり異なる意見や証言があれば、物事を「検証」する材料が手にはいる。
 それがどんなことでも、誰か、何かの意見「だけ」では、どうしたって偏りはある。バイアスのない報道などない、というのが実際で、それはもう人間である以上は仕方のないこと。主観のない人間はいませんから、本人がどれほど公正さを心がけても、バイアスがゼロというのはありえない。

 だからこそ、情報源が複数あるというのは大事なこと。
 その中から、自分はどう考えるのか、どれがフェイクと言えるのかを考え、判断し、決定する——これがいわゆる情報リテラシーと申せましょう。

 上記記事の笑っちゃうところは、自分たちの偏向報道には一切なんの言及もないまま、
「フェイクニュースの拡散を防ぐには取材力や読者の情報リテラシー(知識)の向上が必要」
 というご意見があったというあたり。
 もちろんリテラシーの向上は必要ですが、それ以前に、自分たちが何をやっているのかを反省したらどうなのか。この言い草だと、私ら情報の受信者に問題があるみたいじゃないか。(無いとは言いませんがもちろん)
 自分がやっていることを棚に上げて、悪いことは全部、他人(受信者)のせいだっていうわけ?

 相変わらず、「ネットが悪い」という意識でいるようです。「質の高いジャーナリズムによるニュースの信頼性が損なわれている」ってねえ、質の高いジャーナリズムってどこにあるのよどこに!

 私の目には、これは、
「最近は、我々がせっかく捻じ曲げて、「操作」して伝えたのに、それを草の根の情報発信で反論、反証されて、やりにくいったらない」
 と言っているように読めましたよ。
(これはこれで、超絶バイアス、つまり偏見ですが・笑)

 内省のないところに進歩はない、というのが私の思うところなんですが……、自分の考えや意見は誰でも持ってる。大事なことは、それへ反論や反証が出されたとき、自分に不都合だからと否定することではなく、それでも耐えられるものなのかと自分でも絶えず自己検証することと、誤りがあるならただす勇気じゃございませんかね。

 ということで——、マスコミ報道とそれへの反証の例として、昨日お見かけしたツイートをひとつ、例として、提示させていただきます。(ツイート表示がサポートされていない環境のかた、ごめんなさい💦)
 ツイートを開くとリプライが表示されますが、こちらでも追加の情報がありますので、そんなあたりとも合わせてご覧いただければと思います。

 大事なことはテメエの意見を無理矢理押し通すことではなく、社会にとってきちんとした利益になるのはどんなことかを見出すことじゃありませんか。

 社会の木鐸たるべきジャーナリズムは、もうとっくに滅んでいる、あるいは最初からなかったのだ(少なくともこの国では)、と確信してしまった、小さな記事でした。



 
 
12:00  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑

2017.10.17 (Tue)

食べる順序で

 食事のときに、自分の好物があったら、それを最初に食べるか、最後にとっておくか? という話になりまして。
 これで確か性格がどうとかって話題が昔あったっけなーと思い出して、ちょっと検索の旅へ出ておりました。

 単に性格というばかりではない解説もありましたが、それらをよくまとめて書いてくださっているブログ様がありました。
 こちら。↓↓↓
好きなものは最初に食べる?最後に残す?それぞれの性格的傾向やメリットとデメリットについて。
2015年11月13日 更新日:2017年5月1日 「そよかぜ速報」様

 恋愛傾向もどうとかという解説もありましたが、それはまああまりにも個人差があると思われるので省略。

 性格というより、脳みその傾向としての話になって、なかなか面白い。
 自分が好きなものがあれば、ぱくっといきたいのは自然な本能。ゆえに、素直に、あれば最初に食べちゃう、という人は素直な性格であるとも言えるし、本能優先で、「誘惑に弱い」とも解釈できる、と。
 なるほど。

 好きなものをあえて取っておいて、最後にゆっくり味わって食べる、という人は、慎重派でもあり、また、本能より理性優先なので、堅実、誘惑にも負けにくくギャンブルにハマりにくい、と。

 最初に食べる派にも、最後にとっておく派にもそれぞれ言い分がある。
 聴けばいずれももっともなところはあるので——、まあ、好きにすりゃいいんじゃないですかと(笑)

 私自身は最後まで取っておいて、最後にゆっくりいただいて、その余韻を長く楽しみたい派です。
 べつに最初に食べちゃってもいいんだけど、ポイントは「ゆっくり、じっくり」「心置き無く」であり、「余韻」をすら求めるってあたりですかねえ。

 脳みそが抑制的で、本能より理性派だから、というのは自分ではちょっと納得しがたいところがあります。たしかに私自身の日常を知る人からは、私は本能より理性優先だと思われているでしょうが、私の実感はそうではありませんで。

 自分では、本能的なものだったり感情的なものだったりが、ちょっと尋常ではなく強い、というのが実感するところ。
 ただ、本当にその通りにやっていると、はっきり言って人格破綻、社会不適応、というよりはっきりきっぱり反社会的というレベルにまでなってしまいます。

 根っから理性的なわけではなく、あまりにも感情的なものが「ひどい」から自制しないとやっとられんのです。ゆえに「止むを得ず」そうしているだけ、というのが、本人の語るところ。
 実際、過去4回、理性も何も吹っ飛ぶ勢いで怒ったことがありますが、そのうち2回は、その現場に不幸にして居合わせた人々から本気で恐れ戦(おのの)かれたという悲しい経験がございます。😅
(残り2回の、うち1回は第3者がいない状況だったのと、残り1回は、怒りすぎて感情も臨界点越えをしたせいで液体窒素なみに冷たい表現になり、表面的には「穏やか」にすみました💧)

(液体窒素は沸点がマイナス196℃。ってことはそれ以上の温度では沸騰状態が続くってこと。室温20℃くらいを常温とするなら、液体窒素は常に沸騰状態にあると言えます)
(融点は−210℃くらいだそうですから、この温度以下になれば、液体窒素も固形化するんですね………見たことないけど💧)
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 一個の人間への評価も、他人が下すそれと、本人が思う評価が噛み合わないことが多いですが、こういう内情までは他人にはわからないものだから、かもしれませんね。
 もちろん、だからと言って他人の評価が「間違っている」わけでもない。視点の問題。

 話が逸れまくっておりますが、そういうわけで。食べる順番。

 上記ブログエントリーでもありますが、心理学的には、経済的には、とそれぞれの視点から見れば、最初に食べるのも最後に食べるのにもそれなりにメリットはある。
 てことで、別にどちらが正しいってことはない。
 出された食事を美味しくきちんと食べるのであれば、それでいいでしょう、本人が美味しく楽しくいただける方法で。

 最後に食べる派から一つお願いしたいことがあるとすれば、皿の上に残っているからって、
「いらないの? 食べてやろうか?」
 っていうのはご遠慮ください。一瞬、焦りますので(笑)

 食事を食べ終わっても残っていたら聞けばいいことで、食事の途中でひとの皿にまで色気を出さないように願いたいと思います。
(ご親切心から、そうおっしゃっていることもあるだろうとは存じますが)
 よろしくお願いします。
 
 食べ方ひとつとっても、クセも考え方もあって、なかなか楽しいですね😁
 
 
13:45  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑

2017.10.16 (Mon)

猫のナゾ

 お寒うございます。
 暑くてエアコンを使っていたのに、いきなり10月とは思えない寒さ! もう今日は薄手とはいえコートですよコート! 11月並みですかね、この気温。
 寒いし連日雨だしでちょっとめげてます……。お日様が恋しい。

 床暖房どころかストーブを使いたいくらいですが、ガス会社さんの暖房割引となる「ぽかぽかプラン」は11月からなんですよね〜(所帯染みた話題💧)
 床暖はしょーがないとしてストーブはギリギリまで我慢しようかと考えております。なんかねえ、ちょっと業腹っていうのもヘンかもしれないけれど、でもそんな気持ち。

 1年のうちでも10月って、5月についで過ごしやすい季節のはずなんですが、9月は残暑もさほどなく過ごしやすかったし、季節が前倒しになった感じなのかな。しょーがないのかな。今年は秋、冬の訪れが早いんでしょうか。

 ということで今日は無気力のまま、しょーもない話をひとつ。
(選挙の話ももううんざりですしね〜)(たまには他人の悪口抜きでやってみろ、くらいのことは言いたくもなりますよまったく💧)

 ひそかに昔からずーっと悩んでいるのは、うちの猫ども。
 どうしても、テント型の猫ベッドや、潜り込むタイプのベッドを、そのように使ってくれないんですよ。
 ………いやもう本気でしょーもない話題ですみません。(^^ゞ

 うちでは、近所のお宅から家出してきた(本当💧)猫が居着いて以来、もう30年以上、常に猫がいるのですが、……総数何匹飼ったことになるのかな…。
 もう合計すれば20匹を超えていますが(野良猫を引き取ることが主体なので割とどの子も短命のせいもある…)、とにかくこれほどの数がいて、未だに、まともに猫ハウスを使ってくれた仔がいない。

 ペット用品のカタログ、あるいは店頭でも、テント型だったり、小さいハウスになっていたり、というのを見るとついうっとりして、そういうところで猫が入り込んで、中で丸くなっているのを眺めているというのが憧れなんですが……。

 ………誰も実行してくれない……。

 はいこれ使ってねー♡ と買ってきて渡すと、ふんふん鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、その柔らかくて気持ち良さそうな素材を確かめ、ハウスに入った! ……と思うのもつかの間、しばらく中で考えて、結局、出てきてしまうんですよね。

 で、おもむろに屋根に乗り、上部を潰し、布団状態にして敷いて寝ている……。

 跳ね返るような弾力のある素材のものなら、ちょっと潰されてもすぐに形状を復元しますが、猫は何度もなんども上に乗り続け、材質がクッタリくたびれるまで根気よく乗っては形状を潰し続けます。

 CMとか見ていて、可愛い猫ハウスに収まっていたりすると、いいなあ可愛いなあ、と思うのですが、私自身はそういうの、見たことがありません……。
 なんでそうハウス型を嫌うの? 何がいかんの? というのですが、猫はどうでもいいじゃん、という顔をするばかり。

 日本古来の、藁で編んだ「猫つぐら」(ねこちぐら、等)も使ったことがありますが、不思議とこちらは使ってはくれたものの、やはり長時間寝ていたい場所ではないらしくて、本格的に寝ていたことはありません。
 最後には「爪とぎ」にされて終わりました…(涙)

 なんでそんなに嫌なんだろう。形を潰してしまうと大満足の様子でひっくり返って寝てますから、素材が気に入らないとかではないんですね。むしろ、肌さわりや弾力などはお気に入りらしい。

 一説には、そういう場所に下手に入り込むと、「何かあったときにさっと逃げられないから」とも。

 外敵が来たときに、そういう狭くて逃げ場もない場所にいるのは危険で、たとえゆっくり寝るにしろ、何かあったらさっと逃げられる状態にしておきたいのではないか。と。

 うちの連中はみんな野良猫、外猫出身で、外敵もいたでしょうし、中でも人間という、いっちタチの悪い生き物にいじめられた経験があるわけですから、この説は、一定の説得力はありますね。

 ……だけど野良だったらまずやらないようなヘソ天(完全な仰向け。野生の動物はまず取らない姿勢)でグースカ寝てるくせに、説得力ないよ! 中に入って(可愛く)寝てなさいよたまには!
 と説得を試みるも、あえなく玉砕する日々。

 毎年それでも、寒くなるとそろりとひとつはハウス、テント型のものを用意して反応を伺うのですが。
 やっぱり、平らになるまで寝潰していきます(涙)

 じつは、昨年の冬至の日に保護した猫は、明らかに室内飼いの生まれ育ちの仔なので、ちょっと期待したのですが。
 ……やっぱりダメでした。
 
 狭いところが好きなのに、なんで猫ハウスがそうも嫌われるのか。
 不思議です。

 ドリトル先生に通訳をお願いしてちょっと聞いてみたい。と思わず真顔になるほどの謎でございます。
 
 
12:20  |  身辺雑記2017  |  EDIT  |  Top↑

2017.10.15 (Sun)

サイコパスの魅力

 私のツイッターのホームをご覧くださっている方(そんな奇特な方があるのか😅)はお気づきだったかもしれませんが、ここ数日、黙々とRTしていたのが、ハリウッドの大物プロデューサーのセックススキャンダルに関するものでした。
 特にコメントも訳も何もつけずに、自分のメモがわりにRTしているだけでしたが、関心はございまして。

セクハラで捜査 米大物プロデューサー 映画界から追放へ
2017年10月15日 11時27分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171015/k10011178491000.html

 私がおもにRTしていたのは外電の方が多かった……というか、日本のメディアではほとんど取り上げられていなかったかな。
 ハリウッドの大物プロデューサーと言われてもピンとこないせいか、他の理由によるのかは存じませんが。

 スキャンダルの中身については興味ある方は調べてみてください💧 さすがNHKさんは上品にまとめておいでなので事態の深刻さは全く伝わってきませんが、概要を知るにはいいまとめになっているのでリンクさせていただきました。

 セクハラと言いますが、実際にはレイプ疑惑というべきですねえ。しかも常習犯。おまけに何十年も。
 これほどのことが、ただ彼が大物だからという理由で表沙汰にならなかったのだとしたら、ちょっと違う方向で問題が生じてくるでしょうね。
 もっと気が重くなるのは、こういう奴はこの世に一人二人じゃない、ってことなんですけども。

 そういうことはひとまず置いといて、私が興味を引かれ、考えたのは、「なぜ犯罪者はときに魅力的な人物とされるのか?」ということでした。

 黙って話を聞いていると、この大物プロデューサー、ワインスティーン氏というのはサイコパス(精神病質者)の疑いがあるように思うんですよね。
 妻子もある方だし、家庭内では特に問題もなかったようですが、被害者たちの話を聞いていると、まさに鬼畜としか言いようがなく、一切の良心を持たず、他者への同情心も文字通りの皆無である、という、サイコパスのことが、どーしても思い出される。

 ちなみにサイコパスというのは正式な医学用語ではなく、医学としては「反社会性パーソナリティ障害」というんだそうです。

 ワインスティーン氏が、一般にサイコパスとされる条件に全て合致するかどうかは存じませんが、少なくとも犯罪の場面においては、当てはまるように思います。

 この件についての記事をいくつか読んでいて気になったのは、ここまで彼の行状が取りざたされなかったのは——もう何年も何年も、多くの人にとっての”公然”の事実だったにもかかわらず——、もちろん彼が大物だったということもあるけど、非常に魅力的な人で、社交的であり、必ず場の中心になるような人物だったためもある、という指摘でした。

 お金や権力がある人は人気があるのがフツーですから、大勢の人に取り囲まれること自体は不思議ではない。でも、彼が「魅力的な人」であることは確かだった様子。
 人間、なんか怪しいなとは思っても、自分が好きな人については悪いことって言いにくいもの。今回のことがなかなか明るみに出なかったのは、そういう「雰囲気」に守られてきたから、だというんですね。

 不思議なもんですよね。サイコパスって、ときに、極めて魅力的な人がいる。
 反社会的とは言いながら、何もかも自分の都合よく動かすために非常に狡猾に、他人の好意も利用する、のでしょうか。そのためだったら「社会的」であるように振る舞えるということか。

 結婚詐欺を繰り返した挙句に連続殺人を犯した人もありましたが、彼女もまた、他者への良心も同情も一切持たないのは目に見えてわかることでした。
 事件後の報道に接した人々は、なぜこんな女が、と首をかしげたけど、それでも、何かしらの魅力があったのは事実でしょう。そうでなければああも次々と被害者を作っていけるはずもない。

 いわゆる「人たらし」——たいていの人を、その魅力でもって魅了してしまう。
 相手を心酔させ、結果、相手をコントロールしていく。

 他者への同情心などかけらもない人が、なぜ、「魅力的」になるのか。
 これ、本当に不思議です。

 彼らは、フツーの人間みたいに他人の顔色を伺ったりしない。好かれようと努力したり、嫌われたくないと怯えることはない。
 どうすれば相手の警戒心を解き、きやすそうに思わせ、親しくなり、心酔させられるのかを、冷たい計算で実現できてしまう。

 相手を自分と対等な人間だなんて思わないからこそ、相手の「弱点」に冷たくつけこんでいける。

 犯罪者にはときに、本当に魅力的な人がいるという話はちょいちょい聞きますが、今回あらためてそんな話を思い出して、慄然としていました。

 こちらは、相手のことを魅力的な人だと思い、「いい人」だと信じ、素敵な人だなと心酔しているのに、それはすべて、相手からすれば計算通りの反応でしかない。
 狙ったとおりに餌に食いついて、満足している愚かな動物。

 自分のいいように相手をコントロールするためなら、いくらでも、相手の歓心を買える振る舞いができるのだ、と思いますと。
 怖いなと思いますね。

 人に好かれたい、嫌われたくない、人からどう思われるか気になる——という方が実は人間としては「まとも」であるのに、人はときに、そういう人を踏みつけにし、自分を傷つける相手にこそ心惹かれていくのだ——と思いますと、どーにも。
 絶望的な気分になる。

 なぜ、自分を傷つける人をこそ「魅力的」だと感じてしまうのか。
 その場合の魅力って、実際には「何」なんでしょうね。
 その「正体」は。
 
 

タグ : 人間

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