アキツシマの夢
2009/11/28(Sat)
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)

      ●

 先日の神戸行きのお土産のひとつが、帰りの新幹線(グリーン車)で貰ってきた雑誌、「ひととき」。
 一般の書店や、新幹線車内等では扱いがないのかな……と思ったら、ひとまず、こちら、ウェッジ社のサイトでは、単品でも購入できるようです。(定期購読もあり)
  ↓↓↓
http://www.wedge.co.jp/

 なんでこれを貰ってきたかというと。
 今回――「ひととき」11月号には、例の、邪馬台国、卑弥呼の話題があったため。(^^;)

 ただいまMSN産経ニュースのサイトでのeアンケートがこの話題なんですよね〜。

「纒向遺跡は邪馬台国か」/「邪馬台国の所在地論争は決着する?」
 (1)畿内説を支持するか
 (2)纒向遺跡近くの箸墓(はしはか)古墳は卑弥呼の墓と思うか
 (3)九州説との邪馬台国所在地論争は決着すると思うか

 …………アンケートの意味があるんだろうかと一瞬思ってしまった設問でした。(^^;)
 ちなみに、私も脳内シミュレートしてみましたら、回答はいずれも「わかりまへん」でした。……このアンケートに答えちゃダメだ私;; 

 テレビを見ていたら、そんなわけで今回発見の遺跡が一般公開された、というニュースのなかで、見学者のおひとりが、「邪馬台国はここ。確信しました」と――まあ、冗談半分だとは思うのですが答えていたのには、思わず私も苦笑い。
 確信とおっしゃるけれど、それには根拠がないわけで(笑)

 このエキサイトぶりはなんだろうなあと思っていたところに、上記の雑誌だったので、へえ、と思ってもらってきた次第。

 古代史紀行「アキツシマの夢」と題しての連載、その第1回。筆者は恵美嘉樹さん。

 私が、おや、と思ったのはそのなかの一文。

 魏志倭人伝は、当時の有力国としてまず末盧(まつら)国、伊都(いと)国、奴国(なこく)と、玄界灘の諸国を挙げる。このなかでもっとも有力だったのは伊都国。
 例の金印「漢委奴国王」は、奴国の王様宛でしょうが、この金印は卑弥呼より百年もまえの話であり、卑弥呼の時代には奴国は衰退していたと見られるとのこと。
 衰退していたのは他の国も同様。というのは、半島方面からの情報や物品の独占状況が崩れた――つまり、北九州の諸国の優位性が崩れ、国力が衰えていたということ。

これが、日本の中心が九州から近畿のヤマトへと移った一因となる。

 ふむふむ。

 こうしたなかでも唯一、(卑弥呼と同時代に)王墓を築いていた(=国力があった)のが伊都国で、ゆえに、ここ――伊都国(北九州)が卑弥呼の国と断じたくはなる。

だが、魏志倭人伝は「卑弥呼のいた女王国の北にある伊都国」と記述している。つまり、卑弥呼の居場所は伊都国ではないことになる。
魏志倭人伝には、卑弥呼は女王国の王であり、他の王に推戴され日本全体の女王になったとあるだけで、卑弥呼が邪馬台国の女王と明記されているわけではない。

 つまり、「卑弥呼は邪馬台国の女王ではない」ってことですね。…あ、いや、卑弥呼は邪馬台国の女王とは限らない、というべきか。

 なんだか面白いことになってきました。(^^)
 
 ひとまず今回の結論としては「卑弥呼は九州、邪馬台国は大和とすることで、邪馬台国を巡る論争の矛盾の多くは解消できる。」ということに落ち着きます。
 が。
 まあ、いまのところ、聞いた誰もがそれで納得、ってわけにはいかないでしょうねえ。
 私などは無責任に面白がってしまいますが。(^^ゞ

 言えることは。
 具体的に西暦何年とは特定できないにしても、この時期、日本の中心が九州北部から近畿の大和へ「遷都」された時期だったということ。
 女王卑弥呼がいた、という記述があること。
 邪馬台国、という名前が文献に見られること。
 墳墓や遺跡はたしかに関連各地にあること。
 ということくらいですね。

 このパズルのピースみたいなものを、しかしどれほど組み合わせても、「決定的証拠」はなかなか現れないと思われます。
 なにしろ、はっきり全体像を示すには、ピースの数があまりにも少ないわけですから。
 少ないピースでも組み合わせれば「状況証拠」にはなるかもしれないが、いくつかある説にはそれぞれに、それぞれなりの説得力はあるので、「決定的証拠」にはならない。

 なので、上記、MSNのeアンケート、設問(3)については、もし答えるなら――九州説と畿内説の論争は決着しないでしょうねえ、と、私としては回答することになりますね。回答しないけど。(^^;)
 自分は答えないけど、アンケートの集計結果はちょっと見てみたいです。

 今回の「ひととき」のこのコラムには参考文献がかなり挙げられているので、ひとつずつ(入手が可能ならば)読んでいくのも面白そうです。
 ああ、ロマンだなあv(←無責任)
 
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拍手御礼
2009/11/27(Fri)
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m
 一言下さいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv
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御身大切に
2009/11/27(Fri)
 先日のNHK、「ためしてガッテン」、ご覧になりましたか?
 肺ガンの話題でした。
 とくに女性の。
 女性の場合、肺ガン患者の8割が、非喫煙者(男性では3割)というのはちょっと聞き捨てなりませんで。
  ↓↓↓
http://cgi2.nhk.or.jp/gatten/archive/program.cgi?p_id=P20091125

 恐ろしいもんですね。子どもさんがいるお父さんで、子どものいるところではタバコを吸わない、といって気をつけていらっしゃるんですが。
 それでも、子どもさんの尿検査の結果、喫煙者のいないご家庭の子どもに比べ、ニコチン代謝物の量が4倍。
 つまり気づかないうちに副流煙を吸っているということ。

 お父さんは気を使って、換気扇の下でタバコを吸う。これはいいんですが、吸い終わってすぐに子どもさんのそばにいっていっしょに遊んだりする――のは、NG。
 タバコを吸い終わっても、その後5分間くらいは、呼気の中にタバコが含まれているんだそうです。つまり、子どもの顔に煙を吹き付けながら過ごしているようなもの。

 ………うへえ。(^^;)

 女性の場合、たとえ本人が喫煙をしていなくても、女性ホルモンの関係で、肺胞のガン化を招きやすい。予防としては大豆などの豆類を摂取するとよろしい、ということでした。

 そんなわけで、タバコを吸わずにいても肺ガンになることは多い。――だから「気をつけても無駄」「だからタバコを吸っていい」ということにはなりません。
 タバコを吸うと、ニコチン以外の、多様な有害物質を吸い込むことになるうえ、ビタミンCを著しく消耗する。ということは、べつに肺胞とは限らず、細胞に傷がついたときの修復能力が低下するということ。

 喫煙が、肺ガンとは限らず、癌になる危険要因のひとつであることには変わりがありません。

 それにしても番組中、専門のお医者様が、ガンになる、ならないは「運」の部分がある、とおっしゃっていたのが印象に残りました。(^^;)
 たしかにそれはありますね;;

 ガンになる危険要因はいろいろありますが、つまるところは、「低体温」「血流が悪い=酸素不足」ということになるのでしょう。
 がん細胞というのは、体温が低く、血流が悪い場所が大好き。なので、体中、あらゆるところにガンはできますが、心臓にだけは、存在しない。
 心臓は筋肉のかたまりであり、さすがに、ここだけは体温も高く保たれ、血流もきちんとあるから。

 たしかに病気になるのは運不運もあるし、どんなに気をつけても、なるときにはなる。
 でも、だからって、できる範囲で節制したり気をつけたりすることが「無駄」だとは私は思いません。

 病気になるとどうしたって家族にも心配かけるし迷惑かけるし、周囲の人を、まちがっても明るく楽しい気分にさせるものじゃない。
 なので、やっぱり、できることはやっておく、――早期発見早期治療じゃありませんが、気をつければ、同じ病気になったとしても、少しでも、軽くできるのなら、意味はあると思います。

 それが自分を大事にし、同時に周囲の人々をも大事にするということだと私は信じます。
 
 うちも家族、家系としてがん患者が多いし、私はもう、その最大要因と思われる冷え性ですから、思わず真剣になってしまいました。(^^ゞ

 お互いに、自分と他人を、大事にしていきたいと願います。

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ファンタジーの代償
2009/11/26(Thu)
 拍手くださいました方、ありがとうございますv (^^)
 
    ●

 議論をするのはいいこと、という一言を聞いて思ったこと。
 議論とは何か?

 Macに入っている辞書(たしか大辞泉を元にしているはず)によると。
 
 ――互いの意見を述べて論じ合うこと。またその内容。

 つまり、参加者それぞれがそれぞれの意見や思惑を述べ合ってこそ議論なのであり。
 一方が、一方に対してひたすら責め上げ、つるしあげ、相手からの質問をさえ封じるようなものを、議論とは呼べません。
 まして、最初から結論は用意されており、その話し合いとやらの過程でなにが出てこようとも、最後の総括では強引にその結論になる、というのでは。その話し合いとやらはただの「形式」にすぎません。いちおうそういうポーズをとりましたよ、というだけ。

 ふたことめには話し合いだ話し合いだという人間は、本当は話し合う気などないようです。自分の意見を一方的に叫んで騒いで押し切ることを、彼らは話し合いと呼ぶわけですから。
 日本語の定義が違う。あいかわらずだなあ、と思います。

 野依先生ほか、著名な科学者の先生がたが、あの人民裁判を批判なさいましたが、まったく当然のことだと思いました。
 むしろ、あの人民裁判に対する批判の声が上がらない、それどころか世論調査で内閣支持率が高い、ということに、もう本当に、この日本の国民は、脳味噌が死に絶えたのだろうかと思わざるを得ません。

 先生は仕分け人を「不見識」とおっしゃいましたが。
 私の思うところ、本当に非常識、不見識という「だけ」ならまだマシでしょう。

 愚かである故に愚行を働くのならわかる。
 しかし、そうではなく、はっきりした目的の元に――つまり、この国をぶっ潰すという目的をはっきりもって、こういうことをしているのではないかと考えると。
 私としては、慄然といたします。

 しかしなお、いちばんアタマが痛いのは、――現政権が、結果的に国力を損ない、貴重な科学資源をつぶし、教育を破壊し、その一方で、経済政策をなにひとつ行わず、デフレを宣言したがデフレ対策は行わず、株価は下がり、円高はなおつづき、いよいよジリ貧状態の経済に陥っているにもかかわらず。
 それらにたいして現政権は、なにひとつ、なんの手当てもしていない。それにも関わらず。
 ――多くの国民がそれらの「現状と現実」を「無視」している、という点です。
 
 これはなぜなのか。本当に私にはわからない。

 与党は国会の会期延長も渋っているそうですが。
 重要議題は山積みになってるんだからキリキリ働け、と思うのは私だけなんでしょうか。(^^;)
 こういうときにはお得意の「国民の皆さん」が出てこないんですねえ。

 国民の皆さんのためにしっかり審議して、必要な法律を作っていくのがいちばんの国会の務めなんじゃないですか? それなのに、国会そっちのけで、新人議員には地元に張り付いてさらに顔と名前を売り込んで次の選挙に備えよというのはどういうことですか? 国会より選挙?
 どうしてこういうときには、国民の皆さん、という言葉がないのでしょう?

 無駄無駄と連呼する方々ですが現状を見る限り、最大の無駄な出費は、国会議員にかかる費用ではないでしょうか。議員数を削減するか、参院自体をなくせば、かなりの「無駄」を削減できると思いますよ。

 という次第でして、私はもう、ニュース番組を見ていると、血圧が上がるわ頭が痛いわ、かと思えば見え透いた美辞麗句を聞いて吐気がするわで大変です。(^^;)
 まことに、そういう意味では自民党にも腹が立ってきますね。あなた方がしっかりしないから、あんな連中が政権をとることになっちゃったんだよ。と。

 亡くなった方についてあれこれ言いたくはありませんが、まったくもって、韓国のノ・ムヒョン政権を思わずにいられない。あんなのが政権とってお気の毒にと思っていたら、対岸の火事ではなかったというこのオチ。

 これは過去の歴史になんども現れたことですが、いまもなお、世間様は「雰囲気」に弱い、というところに怖さを感じます。皆様お得意の「空気を読む」っていうのはこういうことですか。だとすれば、KYって「良識派」なんじゃないかしら。(^^;)

 それにしてもこういう気色悪い現状を生み出している「世間」というものは、いったい、どこにその本体があるというのでしょう。
 いつものことながら謎だ……。
 
 とりあえずその正体不明の世間様にいま望むのは、「もうちょっと現実を直視してくれ」ということですね。
 なんなんだろう、この「空気」って。
 
 
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神戸コラボレーション
2009/11/25(Wed)
 拍手くださいました方、ありがとうございました。m(_ _)m

    ●

 物憂い雨が降る今朝となっております。
 いつも日記は夜に書いているのですが、昨夜はまたしても胃腸のストライキにちょっと苦しんでしまい、早々に寝てしまって(でも、ライアーゲーム・シーズン2はしっかり見た)、今朝はいまごろパソコンを開いております。(^^ゞ

 いくつか世事にも気になることはあるのですが、本日はこんな天気だし、時間もないしということで他愛もないことをひとつ。

 写真は、先週行ってきました神戸土産のひとつ。

kobe-kitkat.jpg

 新神戸駅でもちらりと見かけていましたが、そのときは足早に通り過ぎ、地下鉄で三宮駅へ出て、三宮駅でコインロッカーに荷物を預けて……と思って歩いているとき、はっきり目について、うわ、と思ったもの。(^^)

 キットカットと神戸プリンのコラボレーション(笑)

 もう、見た瞬間、「今回のお土産はこれにしよう!」と即決でした。(^^)

 いまはポッキーをはじめ、いろいろご当地ものがあるわけですが、神戸のお土産代表の神戸プリンが、ほかのものとコラボするとは予想していなかったので思わず大ウケ。

 キットカットの製造販売はネスレさんですが、ネスレさんは神戸にあるんですよね? そういった関係で、このコラボが実現したのかなと思いました。
 で、よくよく見たら「期間限定」ではなく「数量限定」。いったいどれくらいの数を予定しているのかわかりませんが……これはおみやになるなと思いまして。

 私はあまり、期間限定とか、なにかの限定販売といったもの、「特別なあなたさまだけに」みたいなプロモーションにはほとんど関心をもたないのですが、そうそう頻繁には出かけられない地域のものだと思うと、さすがにこの朴念仁も、ちょっと心動かされました。(^^;)

 で、お味のほうですが………。
 たしかに「プリン」だ…(笑)
 プリンの香るホワイトチョコ(笑)

 お茶請けにちょうどいいくらいのお味です。プリンの香りをいかすためか、通常のキットカット、もしくはホワイトチョコに比べても軽やかな、しつこくない風味で、私としてはなかなか好みの味でした。

 それにしてパッケージに、ひとつでいくらのカロリー(68 kcalでしたっけ)、としっかり書いてあるところが、ありがたいような。
 あの数字をみるとはっと我に返り、ついついあとを引きがちなキットカットも、ひとつをいただいて、終わりにしようと決意できます。
 ダイエッターにもやさしいキットカットでした。(^^;)
 
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拍手御礼
2009/11/24(Tue)
 拍手くださいました方、ありがとうございました。(^^)
 一言下さいました方、ありがとうございますv
「続きを読む」からどうぞv
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山茶花
2009/11/24(Tue)
sazanka-1.jpg

 写真は、先日ちょこっとお話しした、振袖の帯結び「山茶花(さざんか)」です。
 ちょうど山茶花はいまが開花時期ですね。(^^)

 ということでちょっと自宅でも復習してみましたが……ああ……なんか、全体的に大きくなってしまった;;

 講習会では、帯ヒモを使っていたのですが、今回は「三重ヒモ」というものを使ってみました。
 ………かえって難しい気がする;; こういう道具って、結局、ふつーにヒモで手結びするほうがいい、という結論になることが多いような;;

 私も自分で着るとき、結局、きものベルト(コーリンベルト)は使いません。
 最初、自分で着る着付を習ったときはきものベルトも使いましたが、結局、自分で胸ヒモを締めたほうが、調整できるんですよね。
 きものベルトのほうが苦しくないのかと思ったらそうでもない。結局、ゴムだからでしょうかね。ちゃんと自分の体の幅に合うように調整して使っているんですが、それでも、やっぱり、あのゴムに、衿を引っ張られるような感じで、私としては気持ちよくない。
 
 自分で胸ヒモで、苦しくないようにゆるく、でも折り上げた下前と、襟元を押さえていられる程度にはちゃんと締めたほうが、結局は着ていて楽です。

 ということで、もらってきた説明書のとおりに、三重ヒモを使ってみましたが……帯枕の位置が、うまくいかなくて、これ、枕が低いです;;
 ともあれ、山茶花の花と葉っぱのイメージの結び方らしいです。

sazanka-2.jpg

 正面は……ああ……なんか、長襦袢の衿合わせが曲がってる;; すみません;

 帯締めは練習用に買いました;
 昔はふつーに、丸組の帯締めだったと思うんですが、いまはなんか、すごいんですねえ。飾りヒモみたいに、この帯締めだと、片側の先端が4つに分かれているし、ベルトのバックルみたいな部分もある。

 もっと魂消たのは重ね衿(伊達衿)ですが。(^^;)

 なんか、エリザベス一世の肖像画にもある、ああいう、レースの立て衿みたいな飾りがついている重ね衿があって、あれ、どーしろっていうんですか;;
 あれじゃあどうやっても半襟なんか隠れちゃいますよ……と思ったら、先生が「半襟はもう見えないね。それでやるしかないから」と。
 先生がそうおっしゃるならそうなんだなあと;;
 半襟も見えるようにして、なおかつ、あんなビラビラのすげえもんを衿からだすとなると、衿合わせが、事実上、合わないです……ということは前がはだけてしまう;

 ………デコもいいけど、もうある意味、きものの限界を超えたかもしれない;
 
 恐ろしいのは、レースの立ち上がった飾り衿に、スパンコールだの真珠だの、スワロフスキーだのがついたもの。
 ………たぶん私のようなペーペーは、当日、じっさいに自分が着付するようなことはなくて助手をやるのがせいぜいですが、それにしても、そういうものをきものの生地に引っ掛けて、傷をつけないように注意しないと。……私、本当にそういうあたりがウッカリ屋なので、想像するだけで緊張してしまいますよ;
 着付をする側のことはなんにも考えてないよねえと先生も笑っていらっしゃいました。(^^;)

 それにしても成人式のスケジュール、まったくえらいことで……聞いているだけでくらくらしてきました。そこで思ったのは。
「振袖の着付ができる人が、もっともっと増えればいいんだよな。そうすればここまで超・集中して苦労することもないだろうに」

 中島梓御大の「着物中毒」では、御大は、着付師など頼まず、お母様とお手伝いさんに着せてもらっていたとありますが。
 まあ、本来はそうすべきところなんだろうなと思いました……。振袖はたしかに、ちょっと特殊ではあるけれど、あんまり数は多くない着付師が、フル稼働以上に働く羽目になるというのは、やはりちょっと考えものかもしれないなあ、と。

 やはりもうちょっと、きものが、日常の中に「帰って」きてくれるといいなあ……と思いましたです……。
 
 
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